2009年12月27日

坂本鉄男 イタリア便り 欧州にも「ウマミ」


 「母のお節料理はだしがきいているので、うま味が違う」といった自慢話が出る季節になった。昔から魚やコンブのだしを使ってきた日本人は、味には、「甘み」「塩味」「酸味」「苦味」のほかに何かがあることを知っていた。

 その日本の学者たちの手で今から約100年前、コンブに潜むうま味物質グルタミン酸が、続いて、かつお節のだし成分のイノシン酸やシイタケの持つグアニル酸が発見された。以来、日本の主婦は、これらの発見から生まれた化学調味料のおかげで、手軽に食物に「甘み」「塩味」「酸味」「苦味」のほかに、「うま味」を加えることができるようになった。

 だが、コンブもかつお節も使わない欧米人には、味覚の主なものはあくまでも舌の先端で感じる「甘み」、その後ろの周辺部分で感じる「酸味」、さらに後ろの縁で感じる「塩味」、舌のやや奥の中央部で感じる「苦味」だけであった。

 ところが、約10年前に苦味を感じる舌の部分よりもさらに奥に、「グルタミン酸類」を識別する広い部分が発見され、そこで感じる味も「ウマミ」と呼ばれるようになった。日本語が専門用語化したのである。

 もちろん、欧米の「うま味」は日本のものとは違って、例えばイタリアでは、肉のスープ・ストックやチーズなどに含まれるものと考えられてはいるが…。

坂本鉄男
(12月27日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2009年12月24日

東京ヴィヴァルディ合奏団2010ニューイヤーコンサート

東京ヴィヴァルディ合奏団2010ニューイヤーコンサート
第23回 <新春は「四季」を聴きたい>

ゲスト:滝千春 (ヴァイオリン独奏)
                       
日時:2010年1月17日(日)、14時開演、13時30分開場
会場:第一生命ホール
主催:東京ヴィヴァルディ合奏団
後援:読売新聞東京本社
協賛:ヤマハ株式会社
協力:第一生命ホール

プログラム詳細はこちら: http://www.vivaldi.jp/concert/index.html

料金:バルコニー指定 ¥6,000 
        S指定         ¥5,000 
        A自由        ¥4,000

日伊協会会員には割引あります。
直接お問い合わせください。

お問い合せ:東京ヴィヴァルディ合奏団 
 〒106-0032 東京都港区六本木4-1-16六本木ハイツ307
TEL 03-6277-8450

MINESTRONE 4

 NATALE

今年もまた、Natale の季節になりました。
ご存じのように、カトリックの国イタリアで、Natale は1年で一番大切な日です。
最近はイタリアも少子化や価値観の変化により「家族」の意味が一昔前とはだいぶ変わってきましたが、それでも Pranzo di natale は家族・親戚で祝う大切な家族の行事です。

私がイタリアに来た20年ほど前、Natale の25日は交通機関もストップし、  Pranzo di natale が始まる昼ごろから午後3時くらいまで、街には人っ子一人いないという感じで閑散としました。
一方、24日まではすごい殺気です。家族・親戚へのプレゼント探し。
イタリアでお歳暮に当たるのはクリスマスプレゼントなので、日ごろお世話になっている人や仕事関係のクライアントへのプレゼントも用意しなくてはなりません。
その上、Pranzo di natale の準備。とにかく、あらゆる店が日曜も開店し、街は人にあふれ、中心部の道は車が動かないほどの渋滞になります。
24日がピークで、25日の朝には、昨日までの喧騒が嘘のように街が閑散とします。

イタリアに来たてのころ、そんな様子に既視感を感じました。…そう、昔の日本の大晦日から元旦と同じ!
duomo.jpg大晦日に至る日々の高揚感と喧騒。そして、そんなあわただしさがまるでウソみたいに静まり返ってしまう元旦。
東京の街が閑散とし、人っ子一人いない感じ…。
交通機関はストップしないまでも本数が減り、元旦は家族が集い、三が日はすべての商店が休みで、親戚  にご挨拶に行くか初詣に行くくらいしかすることがなかったものでした。
イタリアも同じでした。25日26日はとにかくすべての店が休業し、家族と過ごし、親戚に挨拶し、ミサに行くくらいしかすることがありませんでした。
最近は変わりつつあります。25日の午前中は営業している商店があるし、午後になると開く BAR さえあります。ファーストフードはいつも開いている。
日本も同じですね。三が日も街は賑やかにりましたね。
先進国、一人の人も増えているので、そんな人たちは少し賑やかなほうが寂しくないかもしれません。

毎年12月に入ると、街中がクリスマスのイルミネーションに包まれるミラノですが、今年は有名デザイ ナーやコンペの入賞者によるライティング・フェスティバルのモダンなイルミネーションが街を飾りました。
ミラノ大聖堂横のガレリア ビットリオ・エマヌエーレの中心の円蓋は青いイルミネーションに包まれました。

ガレリア ビットリオ・エマヌエーレの青の円蓋.jpgその中心からメタル製の葉が下りていて、小舞台に上り、葉の下でキスをすると照明シーンが変化します。
  キスするカップル.jpgキスするために並んていたカップルたち。キスする瞬間、皆主役になりきった感じでほほえましい。ちなみに…私は一人でした!あぁ残念!!

皆さん、BUON NATALE お父さんと娘もキス!.jpg

2009年12月22日

プーリア便り8

Ciao dalla Puglia!

今回はプーリア便り6-2で触れたサン・マルティーノ聖堂(Basilica di S.Martino)についてもう少し詳しくご紹介します。

この見事なバロック様式の聖堂は1747年建立。ユネスコの平和文化モニュメント(Monumento Unesco messaggero di una cultura di pace)に認定されています。
以前もお伝えしたように17年にも及ぶ修復がやっと昨年終了したのですが、なぜ17年もの歳月を要したかと言うと修復に要する費用は国からの予算だけでは到底足りないため(イタリアには多くの歴史的建物や遺跡がありますから予算配分もさぞかし大変なのでしょう)、寄付が欠かせません。
資金が尽きるたびに寄付を募る → ある程度まとまった寄付金が集まる → 修復再開 …、というサイクルで続けていくためです。

単純に旅行でイタリアを訪れていた頃は「イタリアは地震や津波も少ないし、石造りだから火にも強くて建物が保存しやすいのだろうなあ」と考えていた部分もあったのですが、やはり歴史ある古い建物をきちんと保っていくというのは並大抵のことではなく、多くの人の協力と献身があって成り立つのだと知りました。
そのことを思うにつけ、彼らの強い愛郷心と信仰心に感心します。

おかげで今は聖堂内部も美しく整えられ、痛みの激しかったフレスコ画も鮮明に見られるようになりました。
内部にはマルティーナ・フランカの守護聖人である聖マルティーノ像が中央に鎮座し、数多ある天使や聖母子などの彫刻は全て真っ白な大理石、そして祭壇、壁、柱などに使われている色大理石も大変見事です。

San_Martino_altare_maggiore_finali_024.JPG 建築家であるGIAN は、建築部門リーダーとして他の学術部門の専門家、エンジニアと共に聖堂修復に当たりました。
床石を外しての地下調査もあり、多くの遺骨や宝物が発見され、とても興味深いプロジェクトだったそうです。
写真で見せてもらったその様子は映画「ダ・ヴィンチ・コード」さながらでした(これらの宝物は修復完成記念式典の時のみ一般公開されました)。
 
この聖堂の主、いつも優しい微笑を絶やさないフランコ神父は住民から「ドン・フランコ」と呼ばれ、敬愛されています。お目にかかるといつも「NAMIが幸せに暮らしていくこと、そして日本のご家族に幸多かれと毎日祈っていますよ」とおっしゃって下さいます。
私自身は仏教徒ですがフランコ神父がお祈り下さること、大変ありがたいです。

PC130440.jpg12/13(日)、地元の人々の心の拠り所であると共に町の中心であるこの聖堂でクリスマスコンサートが開かれました。
私達も石造りの高い高い聖堂内に響き渡る吹奏楽団によるクリスマス曲の演奏とソプラノの歌声を楽しみました。
時々、時刻を告げる教会の鐘の音が入り混じるのもイタリアならではですね。

今、イタリアの町々もクリスマス一色。「Auguri」「Buon Natale」(良いクリスマスを!)の挨拶が飛び交っています。
私達は今年のクリスマスもイタリアの家族が集まってテーブルを囲む伝統的なスタイルで過ごす予定です。

去年は24日のイブ+25日の本番+26日の聖ステファノの日(祝日)+27と28日が土日、という暦の関係で計5日間パーティー三昧。
家族や親戚、友人らと昼も夜もおなかがはちきれそうに飲み食いしましたが…、今年は少しセーブしなければ!

皆様も良い年末年始を。
Tanti Auguri di un Sereno Natale e Felice Anno Nuovo

2009年12月20日

坂本鉄男 イタリア便り 質屋の今昔


 質屋は昔から庶民の手軽な金融機関だった。イタリアでも質屋の歴史は古く、15世紀末に金融業者の高利に悩んでいた庶民を助けるため、カトリック教のフランシスコ修道会が設立したのが、その嚆矢(こうし)である。

 カトリック教では「利息で稼ぐことは神の教えに反する」とされていたから、イタリアの質屋は、利息を稼ぐのを目的とした日本の質屋とは違い、もともと一種の公設質屋だった。その後、中央銀行の監督の下、全国で約50の銀行がこの業務を引き継いで今日に至っているものの、公共的な性格は変わってはいない。

 質草を担保にして借り入れできる金額は、その物品が抵当流れになった場合を考慮に入れ、貴金属の場合は、専属の鑑定士が査定した時価の4分の3まで、他の物品では、時価の3分の2までと決まっている。

 利息も、あるイタリアの大手銀行のケースを紹介すると、1万ユーロ(約135万円)までは年13%前後、期限も3カ月が基本で、1年まで延長可能だという。

 質流れ品は、宝石・高級時計・毛皮が多く、1件当たりの最高額は2万5千ユーロ前後らしい。昔は質流れは5%程度だったが、最近のような不況下では、10%以上に増えているという。

 年の瀬は、どこの国の庶民にとっても厳しい季節だとはいえ、昨今は身につまされる話が少なくない。

坂本鉄男
(12月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2009年12月15日

イタリア文化セミナー「カフェ・イタリアーノ入門4」

「カフェ・イタリアーノ入門」シリーズ第4回
IMG_1041.JPG「コーヒーをとことん楽しむ!」
横山千尋先生(デル・ソーレ、バリスタ)

バリスタの世界大会でも活躍する横山さんに、実際にエスプレッソとカプチーノを入れていただきました。
まずは砂糖なしで楽しみ、砂糖を入れて違った味を楽しむ。
小さなカップのなかで、何度も美味しい。

エスプレッソカップ、カプチーノカップにも美味しく飲むための機能美と、美しく飲むためのデザイン美があったとは知りませんでした。

IMG_1046.JPG IMG_1045.JPGタイムリーに椎名さんのブログ「MINESTRONE 3」 http://www.aigtokyo.or.jp/blog1/2009/12/minestrone3.html も、カプチーノの話題でした。
執念とも言えるカフェへの思いが伝わりますよ。

日伊協会I

2009年12月14日

MINESTRONE 3

Caffè Caffè!

    bastianello.jpgミルクティーと自家製ジャムをたっぷりつけたパンで朝食を済ませた後、どこにいようが、何があろうが(って大げさすぎ)、私はBarにカプチーノを飲みに行きます。

仕事に行く時は、ミラノ中心街の Bastianello(60年の歴史を持つPasticceria、泡が硬くて最高のカプチーノ) か Cimmino(各種ブリオッシュのおいしさ!)へ。
週末家にいる時は歩いて15分ほどの Sissi(東京の朝の地下鉄を思い出すほど流行ってます。ここも手つくりブリオッシュが有名)へ。
旅行中や出張中でも、その街で有名なBarまで出向いて、私の朝の「貴重なる1杯」カプチーノをいただきます。

  sissi.jpgなぜ家でコーヒーを飲まないか、と言えば、どんなに頑張っても、家では bar で飲む Caffè と同じ味  のものは入れられないから。
イタリアが誇る Bialetti で入れたコーヒーだって、それなりに美味しいし、最近はやりのエスプレッソマシーンでいれれば大分いい味がでるけれど、やっぱり違う。
ましては、カプチーノは bar 以外ではありえない。

bialetti.jpg私は頑固じゃないし、主義主張なんてすぐ曲げちゃうけど、朝のカプチーノに関しては、譲れません。この辺は、すっかりイタリア人になってしまいました。
あんまり物事にこだわらず、融通のきく国民性のイタリア人ですが、食べ物のこととなると、突然頑固になります。
私も時に、正しい bar を求めて、何十分も街を探し回るし、出張中なんて、そのために30分早くホテルを出たりします。
一番確実なのは、その街で有名な Bar 付き Pasticceria に行くこと。
大抵 Caffè もカプチーノも美味の上、自家製のブリオシュが最高。ブリオッシュというのは、ご存じのように甘いクロワッサンです。
 朝barで、かっこいいイタリアファッションに身を固めたビジネスマンが、カプチーノ飲みながら、口の周りをジャムで汚しながら食べてる、あれです。
 私が毎朝のように行く、ナポリの有名 Pasticceria“cimmino”ミラノ支店の、カスタードクリームと Amarena(スミノミザクラ)ジャムのブリオッシュ! クリームのまろやかさと、Amarena の甘酸っぱさの、微妙なるハーモニー。
Golosa な私、話はそれましたが、主題は Caffè でした!
まあ、こんな風に、bar でおいしいカプチーノを飲むと、よし今日も頑張ろう、と元気が湧いてくるのでした。

cimmino.jpgイタリアにいらしたことのある方なら分かると思いますが、イタリアの街には1ブロックごとに、2つ位 bar があります。当然、それくらい利用されていると言うことです。
そして原則としてイタリアの bar は Caffè を飲む場所であり(または他の飲み物)、寛いだり、時間をつぶす場所ではない。
もちろんテーブルのあるところなら座って寛ぐこともできますが、ほとんどの人が、立ち飲みで、さっさと出て行ってしまいます。
ビジネスの街ミラノ。ミラノ人のせっかちさは、他の街の人から嘲笑されることも多いですね。
例えば私が朝に行くbarでは、カウンターの前に立ち“un Caffè”と一言。あっ、ご存知だと思いますが、イタリアでcaffèと言えば、エスプレッソのことです。
そして、カウンターの前で、砂糖の袋の口を切り、Caffèが出されるのを待つビジネスマンが並んでいます。
そして、Caffèが出された途端、すでに口まで切っていた砂糖を入れ、さっとかき回し、2,3口でエスプレッソを飲み干し“arrivederci”と出て行く。
Caffèが出されてから、出て行くまでの平均時間は、15秒と言うところでしょうか。
これ南に行ったらもっとのんびりしているのかな?
口を切った砂糖の袋を右手に持ち、カウンターの前に列をなすビジネスマンの姿を見たら、「のんびりした」イタリア人のイメージが変わるかもしれません。

もう1つイタリアらしいな、と思うこと。
友達、同僚、仕事仲間、数人で bar に行き caffè をオーダーすると、見事全員のバリエーションが異なります。
普通のcaffè、caffè lungo, caffè doppio, caffè macchiato caldo, caffè macchiato freddo, caffè coretto と caffè だけでもこれくらいのバリエーションがあり、capuccino となれば、泡がたくさんとか泡がないのとか、沸騰するほど熱いのとか、冷め気味のとか、chiara(牛乳が多めで色が薄い)とか、カカオ付きとか、カカオなしとか、良くオーダー覚えられるな、と感心します。

日本で数人で喫茶店に行き、「オーダーはお決まりでしょうか?」と聞かれた後、1人が「あっ、僕はコーヒー」「ああ、僕も」「私も」と言うのを聞くと、私もつい「じゃあ、私も」って言い、あ~日本に帰ってきたな、と思います。
ちなみに、イタリアでは、カカオ入り泡のとても硬いカプチーノ、と頼みます。郷に入れば郷に従え、です。

プーリア便り7-2

もう1つの目的である「カンデラーラ(Candelara)のロウソク祭」-電気を消し、ロウソクの光で町を彩るマルケ州ペーザロ県カンデラーラで開かれる祭です。
カンデラーラという町名は伊語で「ロウソク」を意味する「カンデーラ(candela)」に由来し、それにはこんな言い伝えがあります。

~昔々、まだ電気が無く、夜間勉強するには炎の光に頼るしかなかった時代、ペーザロ領主が築城に適した地を探していました。
彼は領地内の3箇所にロウソクを置き、最も炎が消えにくい地を選び、そこがカンデラーラの町となりました~

祭は12月5~8日にかけて開催され、私達は最初6日夜に出かけたのですが、既に遅く…。
目的地に到着する大分手前から道の両脇がびっしり車で埋まっていて全く駐車スペースが無かったため、翌日再訪問して鑑賞してきました。


PC070223.JPG 
翌日は4時頃到着し、クリスマス市を回りながら買い物したり、氷の彫刻で造られたプレゼーピオ(presepio:キリスト降誕の場を表現したジオラマ様の展示)を見たりしているうちに、町のそこかしこにロウソクが準備され、辺りも段々暗くなってきて….
5時半、一斉に町の電気が全て消え、目に映るのは無数のやわらかいロウソクの光、という光景が広がりました。そしてその中をロウソクの冠を被った光の神様、聖ルチアに扮した町の少女達の行列が「サンタ・ルチア」を歌いながら練り歩いてゆきます。
電気が消えた時間は15分ほどでしたが一瞬タイムスリップしたような美しい幻想的な光景に私達も周囲の観光客もうっとり…。
  PC070313.jpg様々な電化製品に囲まれている現代、僅かな時間でも電気が使えないというのは相当不便な筈ですが、その分一層、全住民の町を大切にする思いや祭に協力しようという思いが強く感じられ、それらが更に祭を盛り上げているように感じられました。
 目に映るロウソクの光同様、温かい気分で町を後にしたのでした。

PC070293.jpg

プーリア便り7-1

Ciao dalla Puglia!
早くも師走、日本の街はクリスマスモード真っ盛りだと思います。
日本では11月初頭には完璧な飾り付けを呈するお店も少なくありませんが商業的な意味合いがかなり強いですよね。
イタリアではカトリックが最大宗教でクリスマスは彼らにとってとても大切な行事。
イタリアのクリスマスの正式なお作法は「12月8日のインマコラータ(Immacolata:聖母の無原罪の御宿りの日)に飾りつけ、1月6日のエピファニア(Epifania:東方の3賢人がキリスト礼拝に参じた日)の夜に取り外す」と決まっています。
とはいえ最近はフライングして飾り付けする人も増えてきたようですがそれでも11月末頃にようやくちらほら目にする程度。
飾り付け始める日も取り外す日も日本とは大分違いますね。

インマコラータの祝日に週末と休暇をくっつけて計4日間、GIANと共に中部マルケ州を旅行しました。
今回の旅行の主目的は「ワイン生産者、ブルノリ(BRUNORI)訪問」と「カンデラーラ(Candelara)のロウソク祭鑑賞」の2つ。
 
まずは6日にブルノリを訪問。
PC060069.JPGブルノリ家とは私が日本でワイン輸入会社で働いていた頃からのお付き合い。
電話やメールでやりとりをしていたブルノリ家の長女、クリスティーナはとても感じが良いうえに、イタリア人には珍しく(?) 締切もきちんと守るし、レスポンスも早くて正確。おかげ様でとーっても気持ちよくお仕事できたのです。
私の退職時には「私達はとても良いコラボレーションができていたからNAMIの退職はとても残念。でも必ず遊びに来て!」と言ってくれていたのが、この度やっと実現。
当日は日曜の朝にも関わらずクリスティーナとお父様のジョルジョが畑と醸造所を、その後クリスティーナと弟のカルロが町中にある彼らのお店を案内してくれました。

ブルノリのブドウ畑と醸造所はマルケ州アンコーナ県イエージ(Jesi)にあります。
良質なブドウ栽培に欠かせない条件である、日当たりがよく、急傾斜の丘陵地に位置する畑から彼らのワイン、グラッパ、オリーブ油が生まれます。
 
ジョルジョはまず畑を1つずつ案内してくれました。
PC060054.JPG収穫は既に終わり、ここ数年と同様、2009年もブドウは大変良い出来とのことで醸造後が今から楽しみです。
次に案内していただいたのは醸造所。
ブルノリは家族で伝統的手法でワイン造りをしている生産者ですが、フィルターやステンレスタンクなど衛生面や厳重な温度管理に要する設備は、良質なワイン造りのために最新のものを取り入れていました。
 
その後は4人でおしゃべりしながら地元特産のサラミとペコリーノチーズをお供にワインを賞味。
「ワインは土地の文化や伝統をも一緒に味わう飲み物なので、工場の大量生産のようなものではなく、ブルノリのワインのようにその土地や生産者のキャラクターがしっかりこもったものをこれからも大切に楽しんでいきたいと思います」と私が言うと「同感です。私達は高品質を維持するために今後も栽培や醸造はもちろん、商品化に至る工程全てを自分達の手で行っていきます。なので生産できる本数はこれが限度。先代もそうでしたし、今後もそれは変えるつもりはありませんよ」とジョルジョが言いました。
この思いは次の世代に受け継がれ、今後もブルノリはすばらしいワインを作り続けるであろうことを確信しました。

PC060072.jpgさて彼らのワインについてですが、イエージといえばワイン好きなかたはDOCワイン「ヴェルディッキ  オ・デイ・カステッリ・ディ・イエージ(Verdicchio dei Castelli di Jesi)」がまず頭に浮かぶのでは?
辛口で瑞々しい味わいに続いてほろ苦い繊細な後味が来るこの白ワインはマルケが面しているアドリア海の幸を使った料理にはもちろん、繊細な和食にも合うし、食前酒としても使えます。
赤ワインでは同じくDOCのロッソ・ピチェーノ(Rosso Piceno)とロッソ・コーネロ(Rosso Conero)が有名でこちらはマルケの山の幸であるサラミや肉のローストの他、名物のオリーブの肉詰めフライ(Olive all’Ascolana)などフライ類にも合うと思います。
いずれも合わせやすく、普段使いできますがブルノリのワインはプラス、エレガントな味わいが特徴で数々の評価誌でも高く評価されています。
ダース買いして来たので我が家でも今後大活躍してくれそうです。

-続く-

2009年12月13日

坂本鉄男 イタリア便り 古代の回転レストラン


 「今年の忘年会はあのホテルの最上階の回転式レストランで市内を一望しながらの食事でいこう」といった年末恒例のプランは、建築技術が進んだ現代だからこそ立てられるのだと思っていたら、大間違いだ。

 紀元1世紀半ばから2世紀初めに生存したローマ時代の歴史家、ガイウス・スエトニウスは、その著書、「ローマ皇帝伝」に、自分と同年代か少し前の時代のローマ皇帝たち、つまりカエサル、アウグストゥス、ティベリウス以下、ドミティアヌス帝までの12人の生涯を、自ら見聞した事実と当時、自由に手に入った資料に基づいて書き上げた。

 さて、彼は、有名なネロ帝の項で、豪壮にして奇抜この上ない同帝の建築趣味について詳述していて、その中に、「豪華な食堂の貴賓用の特別室は球状で昼夜を分かつことなく回転していた」とのくだりがある。招かれた客たちは、さながら現代の高級ホテルの最上階の回転式レストランでの食事のように、ローマを上からぐるりと見下ろしながら会食できたわけだ。

 イタリアの有力日刊紙が今年9月末に報じたところによると、最近、パラティーノの丘のローマ皇帝宮殿遺跡から、この回転式(水力或いは人力による)食堂の跡と考えられる構築物の跡が発見されたという。

 科学振興予算をケチケチするような国は今に、古代ローマにも及ばなくなるに違いない。

坂本鉄男
(12月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2009年12月11日

新国際版「マダマ バタフライ」世界初演-国際オーディション in東京

このオーディションでは、オペラ「マダマ バタフライ」の蝶々さんとそのアンダースタディ、すずきとそのアンダースタディ、ごろー、芸者9名を選抜します(アンダースタディ2名は芸者9名より選出。)
2003、2004年ティアラこうとうでのNPOみんなのオペラ「蝶々さん」公演で、岡村喬生が、リコルディ社パリ版における原作台本歌詞とト書きの日本の習慣・固有名詞・宗教の誤認を世界初に訂正して上演した版を、1904年スカラ座での初演以来107年後の第57回プッチーニ・フェスティバルにおいて、原語・新国際版で世界初演します。

詳しくは、http://www.minna-no-opera.com/ をご覧下さい。

共催:NPOみんなのオペラ/プッチーニ・フェスティバル財団
後援:読売新聞社

2009年12月 6日

坂本鉄男 イタリア便り 観光不振→カジノ増設


 イタリア政府は自国民が大の賭け事好きであることを知っているためか、これまで水の都ベネチアと音楽祭で有名なサンレモのほかは、スイスとの国境に近い辺鄙(へんぴ)な2都市にしかカジノの設置を認めてこなかった。

 イタリアの公認賭博場4カ所は、フランス(188カ所)、チェコ(150)、英国(131)、クロアチア(20)、スイス(17)、スペイン(13)など他の欧州諸国と比べて極端に少ない。これは、イタリアのように景勝地と名所旧跡に富む国では観光客誘致にわざわざカジノの助けを借りる必要はないと思われてきたのが原因である。

 だが、最近のように観光業が不振になってくると、話は違ってくる。モナコ公国や米国のラスベガスの例でも分かるように、カジノは観光客誘致の有力な手段である。それに、もともと人間の欲望に関係のある商売はもうかるのである。

 この結果、ここにきて、イタリアで浮かんできたカジノ増設案は、全国の5星の豪華ホテル全部にカジノの設置を認めようという極端なものだ。さすがに、ホテル業者の間には、賛成派と、「ホテルの品格を落とす」とする反対派がある。一般市民側からも、「教育上問題がある」と反対の声が上がるのは必定だ。

 さて、賛成派と反対派のいずれが勝つか、ひとつ賭けてみることにするか。

坂本鉄男
(12月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2009年12月 4日

プーリア便り6-2

イタリア鉄道のマルティーナ・フランカ駅を起点に私のおすすめコースをご紹介しますね。

まず駅から徒歩3分の聖家族教会(Chiesa della Santa Famiglia)。
1982年創立の新しい教会でモダンな外観ですが、一歩中に足を踏み入れるると正面の壁一面を彩る豪華なモザイク画に圧倒されます。
内部の梁や彫像は木製で温かみがあり、大変落ち着きます。

PA080041.JPG次にCENTRO(中心街)の標識に沿って歩くこと10分。
中心街入口の聖ステファノ門(Porta di S.Stefano)手前右側にヴェルディ劇場(Teatro Verdi)があります。
建てられたのは100年以上も前ですが今も現役で、映画や芝居の舞台として多くの人々を楽しませています。

PA040007.jpgそしていよいよチェントロ.ストーリコ。石灰岩や大理石で作られた真っ白なバロック様式の建築群に包まれた美しい白い町並みに入ります。
門をくぐってすぐ右手はドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)。
現在は役所として使われている他、様々な芸術活動に開放されています。
特に力を入れているのは音楽活動で、室内楽のコンサートが開かれたり、夏に3週間ほどかけて開催される「イトリア谷 音楽祭(FESTIVAL DELLA VALLE  D'ITRIA)」の時期は海外からの音楽家やオーケストラも招いて毎夜、中庭でオペラやクラシックの野外コンサートが行われます。

PA040010.JPGドゥカーレ宮殿の次は地元民が「まるでカスバ(アルジェ旧市街)のよう」と呼ぶ細い迷路のような通りを進んでいきましょう。
通り沿いの店を見たり、民家から流れる話し声や音楽を聞いたり、時分時には各家庭から漂うおいしそうな匂いをかいだりしつつ、にぎやかな方向へゆるい坂を上っていくとマルティーナの中心点であり、最も高い標高に位置する聖マルティーノ聖堂(Basilica di S.Martino)に着きます。
マルティーナの守護聖人の名を冠したこの1747年建立の見事なバロック様式の聖堂は、17年にも及ぶ修復がようやく昨年完了したばかり。
その美しさに魅かれてマルティーナ住民のみならず、他の町からもここを結婚式場に選ぶ人も多く、休日にはパイプオルガンの音色に合わせて幸せそうに聖堂から出てくるカップルを見かけることも多いです。

PA040005.jpg以上、駆け足で紹介致しましたがいかがでしたでしょうか?
今回はマルティーナの一部のみですが、今後も機会を見てプーリアの他の地域やおすすめの店、マルティーナについてももう少し詳しくご紹介していく予定です。
日本人旅行者には研究し尽くされた感もあるイタリアですが、プーリアは見応えが多くありながら日本人観光客にあまり知られていない地域のようで、日本のガイドブックの情報などもまだまだ十分ではないように思います。
このブログが少しでも参考になれば幸いです。

2009年12月 3日

プーリア便り6-1

Ciao dalla Puglia!
様々な季節の話題を取り上げていたうちに順序が逆になってしまいましたが、今回は2度に分けて我が町イタリアのプーリア州ターラント県マルティーナ・フランカ(Martina Franca)をご紹介します。
 
プーリア州はイタリアの踵部分にあたります。
マルティーナ・フランカ(以下マルティーナ。地元民は愛着を込めてこう呼んでいます)は、そのプーリア州の真ん中くらい。
北側のアドリア海、南側のイオニア海から共に30km程に位置する人口約5万人の町。
南伊というと輝く太陽、温暖な気候、というイメージがあるかもしれませんが、マルティーナは標高431mの丘の上に位置するので冬には雪が降る日もあるんですよ! 

マルティーナが位置する一帯は「イトリア谷(Valle d'Itria)」と呼ばれており、他にもアルベロベッロ(Alberobello)、ロコロトンド(Locorotondo)等のかわいらしい町がたくさんあります。
この一帯は「白の町」という別名を持ち、文字通り壁も石畳も真っ白。天気のいい日は日光の反射がまばゆく、サングラスが欠かせません。

DSCN1046.JPG旅行者にも人気があるこれらの町のチェントロ・ストーリコ(centro storico)と呼ばれる歴史的市街区は、石灰岩や大理石で作られた歴史あるバロック様式の建物やトゥルッリ(trulli)と呼ばれるプーリア州の中でもこの一帯だけに見られる円錐形の屋根の家並みが美しく保たれています。
アルベロベッロのトゥルッリ群は世界遺産にもなっているので有名ですがトゥルッリがあるのはアルベロベッロだけではありません。
イトリア谷の町はどこでも住居や農作業小屋として使われている本来の姿を今も保っている生活感溢れるトゥルッリがたくさん見られます。
トゥルッリのB&Bもあるので旅行中に実際に滞在するのもおすすめです。

P9090084.JPG手前味噌になりますが、マルティーナはイタリアの都市の中でも色々な意味で、かなりレベルが高い町なのではないかと思います。
例えば、建物の造りが丁寧で伝統的建造物もきちんと保存されている(チェントロ・ストーリコは伝統的建造物を残さなければいけないのが、中には近代家屋への立て替えが横行している町もあるのが実情)、公共の場も汚れていない(なぜかイタリアは犬の糞を始末しない人や平気でポイ捨てをする人などがとても多く、汚れている町も多い)、ピザ屋はどこも薪窯を使っている(他の町では電気窯を使っている店も多く、ピザの風味が全く異なってしまう)・・・という具合になんでもない普通の生活が特に法律等で厳しく決められて
いなくても手抜きなくきちんとしているのです。

-続く-