2010年1月31日

坂本鉄男 イタリア便り 身辺警護は難しい


 去る12月中旬にベルルスコーニ伊首相がミラノの大寺院前広場で暴漢に襲われ顔面に歯を折るなどのけがを負った。大聖堂の模型を顔に投げつけられたのだ。

 それから10日余り後の24日夜には、バチカンのサンピエトロ大聖堂で恒例のクリスマスミサのため祭壇に向かって歩いていたローマ法王ベネディクト16世に若い女性が柵を乗り越えて飛びかかった。法王にけがはなく、予定通りミサを執り行った。

 首相、ローマ法王ともに周囲を厳重にボディーガードに囲まれて、守られていたにもかかわらず、事件は起きた。

 数年前もローマで男に襲われ、頭部を負傷したベルルスコーニ首相の場合は、首相専用の屈強なボディーガード5人が首相の周囲2メートルを取り巻き、10メートル以内には群衆に紛れた別の多くのボディーガードが配置されている。

 一方、ローマ法王庁には儀式などに花を添えるスイス人衛兵110人のほか、公式行事に出席する法王の身辺警護に当たる130人の私服警官がいる。

 両事件ともに、犯人は軽い精神障害者であり、ピストルなどの武器が使われなかったのが幸いという点で共通している。

 イタリアでは、人道的見地から精神病院は1978年に廃止されてしまっている。不特定多数の人との接触が求められる要人の警護は警備の人数だけでは解決されないという問題点を提起した事件であった。

坂本鉄男
(1月31日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年1月26日

プーリア便り11

Ciao dalla Puglia!

今回はちょっとミーハーな話題です。
 
世界中の人々を魅了しているサーカス、シルク・ドゥ・ソレイユ。私も GIAN も大ファンなのです!
GIANはラスベガスまでショーを見に行ったほどですし、我が家でも各国で開催されたショーを収めた DVD をしょっちゅう一緒に見て楽しんでいます。
日本でもツアー・ショーに加え、2008年から常設ショーも始まったので実際にご覧になったかたも多いと思います。
今回、その常設ショー「ZED」でクラウンとして活躍されている、我がマルティーナ.フランカ出身のオノーフリオさんにお目にかかる幸運に恵まれました!
 
きっかけは私達の友人であり、サルサダンスの師匠でもあるアントニオがオノーフリオのお兄さんであること。
オノーフリオはそれまで世界各国のショーでご活躍だったのですが昨年から「ZED」に参加となったことをアントニオを通じて伺った私達。
「日本帰国の際に絶対に行こう!」と盛り上がっていた私達の様子を知るアントニオが今回、オノーフリオの帰省に合わせてこの機会を設けてくれたという次第。
アントニオ、ありがとう!
そしてわずか3日間という駆け足での帰省にもかかわらず時間を作ってくれたオノーフリオ、ありがとう!
感謝感激です。
 
当日は会った途端に「ヨロシクオネガイシマ~ス」と日本語で言いながら深々とお辞儀するオノーフリオ。
日本の言葉や風習についても色々と覚えたようです。
「サラリーマン(サラリーマンは和製英語のはずだけど…)は、いつもみんな暗い色の同じ服を着ているね。でも女の子はおしゃれな人が多いなあと思うよ」
「英語で道を尋ねたり質問をしてもあまり答えてもらえないんだ…、日本人は英語が苦手なの?」
『日本はシャイな人が多いし、完璧に受け答えできないと思うと腰が引けてしまうのかも』と答えておきました。
日本に対する感想の他、ショーの経営会社(オリエンタルランドとフジTV)の社風の違いや舞台裏の様子についても話してくれました。
ただ仕事が多忙なうえ、昨年お子様が生まれたばかりでプライベートも忙しく、残念ながら観光はほとんどしていないとのこと。
私達の帰国の際には一緒に東京観光をしましょう、と約束しました。
  
写真にも気軽に応じてくれました(向かって左がオノーフリオ、右がアントニオ)。

P1190006.JPGイタリア人はピースサインでポーズをとることはあまりないので、これも日本で覚えた習慣なのかも!?
『日伊協会にブログを書いているのですがお写真と今日のことを記事にしてもいいかしら?』と伺うと「もちろん! ぜひ記事にするべきだよ」とまるで某伊首相のような口調でおどけ、とても感じの良いかたでした。
 
最後にもう1枚、とカメラを向けるとすかさずクラウンを思わせるポーズで決めるサービス精神!
根からのエンターテイナーなんですね~。話もそれに付随する表情や動作もおもしろくて初対面にもかかわらず笑いっぱなしだった今回。

P1190007.JPG日本での再会が今から楽しみでたまりません。皆さんも「ZED」にお出かけの際はぜひ注目してみて下さい!

2010年1月24日

坂本鉄男 イタリア便り 原作に忠実であれ!


 昨年末、有名な映画監督兼オペラ演出家のゼッフィレッリがローマオペラ座での「椿姫」の演出に当たり、「原作の椿姫の主人公のイメージはもっと初々しい女性だ」として、イタリア人ソプラノでは第一人者の一人、ダニエラ・デッシーを降ろして、ギリシャ人の若い美人ソプラノ歌手パパタナシュを起用した。この交代劇は、物議を醸したばかりでなく非難も浴びた。

 ヴィオレッタ役は非常に歌唱力を要求されるだけに、これまでもキャリアを積んだソプラノが歌うのが普通である。だが、デュマの原作やヴェルディが作曲に使ったオペラのリブレット(台本)に忠実であろうとすれば、歌唱力の点を除いては、原作重視主義のゼッフィレッリの主張は正しい。

 ドイツを中心に数十年前から流行しているオペラ演出の現代風化、つまり作曲者が基にしたリブレットに書かれている舞台装置、衣装、動きを無視し、勝手に現代風にアレンジしたオペラの演出が多くなっている。

 極端な例で説明すると、「忠臣蔵」で討ち入りする四十七士に二・二六事件の陸軍士官と兵士の服装をさせるような例が多いということだ。

 オペラの歴史が浅い日本では、若いオペラファンの教育のためにも、当分は新演出流行に迷わされず原作を忠実に守るべきだと思うが。

坂本鉄男
(1月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年1月18日

プーリア便り10

Ciao dalla Puglia !

今回はプーリア便り6-2で触れたヴェルディ劇場(Teatro Verdi)についてもう少し詳しくご紹介します。

マルティーナには劇場が2つあり、もう1つの劇場の名は「Teatro Nuovo」訳すと「新劇場」といったところ。
名前からもお分かりのように新しい劇場。

対してヴェルディ劇場は言わば「Teatro Vecchio:古劇場」。
1912年に建てられ、その後、数度の修復を経て今も住民に愛されています。

宣伝カー.JPG座席、空調等ハードは新劇場の方が整っていて快適な面もあります。
 でも私はヴェルディ劇場が大好き!
というのも訪れる度にまるでトルナトーレ監督の映画「ニュー・シネマ・パラダイス」をほうふつとさせる温かみのある雰囲気と懐かしさを感じるから。
入口には昔のヴェルディ劇場の様子を伝える写真が飾られており、これはその一部。
50年代の宣伝カーだそうです。
昔はこうやって軽自動車にポスターを貼って町中を回りながら拡声器で宣伝していたんですね。

またヴェルディ劇場は映画館としてだけでなく芝居や演奏会も行われるオペラハウスのような役割もあることから、1932年に修復された内部の装  飾もなかなか豪華で美しいです。
金色の縁飾りが少々錆付いた入口の大きな鏡、少々剥がれかかっている所もあるビロードの座席等も落ち着く心地よさ。

コンサート.jpg 館長.jpgそして何といってもいちばんの魅力はこの劇場の主、みんなから「ディレットーレ(Direttore)!」と呼ばれて親しまれている館長のサンティーノさん。
 いつもきちっとスーツを着ていてニコニコ顔で優しく話しかけてくれます。
50年もこの仕事をしているだけに作品の批評眼も確かで、時には私達の鑑賞前に「この作品は実にくだらなくておもしろくもなんともないから今日は映画はやめて食事にでも行った方がいいよ」なんて商売っけのない忠告をしてくれることも…(笑)。
 お仕事中にもかかわらず気軽に映写室にも入れてくれて笑顔でパチリ。
壁には有名人とのツーショット写真がいっぱい…、ディレットーレ、けっこうミーハー!?
ハード面もソフト面も古きよき温かさでいっぱいのヴェルディ劇場。いつまでも変わらずにいて欲しいです。

 
有名人.jpg-余談-
先日、映画を見に行った際、途中2~3度、時間にして計10分程、音声が途切れるフィルム不具合がありました。
でもこういう時、イタリア人って「がんばれ(Forza)!」「頼むよ、順調に進んでくれ(Dai, andiamo)~」等、やいのやいのにぎやかにはなりますがあまり険悪な雰囲気にはならないんですよね。
日常の様々で時間通りに進まなかったり、不具合が多いことに慣れているからなのか、諦めているからなのか、細かいことは気にしないからなのか…。
トラブルさえも笑い話にしてしまうようなところがあります。
もちろん終了後にディレットーレに怒って詰め寄ったり、返金を要求している人も皆無(トラブルの大小にもよると思いますが)。
色々な意味で日本ではありえないことが起こるここイタリアですが、こういう大らかなところ、いいな~と思います。

2010年1月17日

坂本鉄男 イタリア便り ワクチンのバーゲン


 昨年3月末にメキシコで新型インフルエンザの発生が最初に報告されて以来、世界保健機関(WHO)の大流行警告もあって、各国ともワクチンの手当てに奔走した。昨年末までの全世界の死者は1万3000人弱で、感染拡大のペースは減速しているという。

 イタリアでは、新型インフルエンザによるこれまでの患者は400万人と多いが、死者は200人足らずと予想をはるかに下回っている。こうなると、峠を越えた今になってはワクチン接種を受ける人も激減し、政府がせっかく2400万人分のワクチンを買い集めたのに、約80万人が接種を受けたに過ぎない。

 こうした状況は他の欧州連合(EU)諸国でも同じだ。

 フランスでは9400万人分のワクチンを購入したが500万人分しか使われておらず、5000万人分を購入したドイツでは国民の5%強しか接種を受けていないという。

 原因はワクチンの準備が遅かったためである。まだまだ、流行が再燃するかもしれないし、ワクチンの有効期限は1年間であるにもかかわらず、各国とも購入代金を少しでも取り戻すため、発展途上国へのバーゲンセールも考えているらしい。

 「ワクチンの用意は流行のピーク前までに」という教訓を与えたようだ。

坂本鉄男
(1月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年1月14日

トーニャとレジーナの南イタリア紹介 「ジェノヴェーゼ」というのは何だと思いますか?

みなさんはナポリでレストランに行って「ジェノヴェーゼ」という料理を注文すると、どんな料理を持ってくれると思いますか?
きっとバジルソースのパスタだと思いますよね。ところが、まったく違います!
genovese1.JPG多分みんなさんはビックリすると思いますが、ナポリの「ジェノベーゼ」は違う料理です!
ラグーのようなミートソースで、とてもおいしいですよ(一般に日本で「ジェノヴェーゼ」といわれているバジルソースのパスタは「ペスト・ジェノヴェーゼ」でナポリの「ジェノヴェーゼ」とは別物です)。

 「ジェノヴェーゼ 」というソースはナポリ料理の誇りですが、残念  ながら現在はレストランでその料理を見つけるのはとても困難です。
時々トラットリアで食べられますが、通常は家庭だけで作られて  います。

genovese2.JPGほとんどの人が「ジェノヴェーゼ 」はジェノヴァ起源の料理だと思っていますが、それは違いますよ!
 ナポリの代表的な料理なので、ジェノヴァは全然知られていません。?

そうすると、レシピの名前の由来は何でしょう…? これは難しい質問ですね。
由来は諸説あります。
ひとつはジェノベーゼという名前のコックさんが始めて作ったレシピだからという説。
その他には、15世紀にナポリの港に到着したジェノバの船員がこのレシピを広げたという話もあります。
このナポリのジェノヴェーゼのレシピを習ってみたいと思いませんか?
日本の雑誌クロワッサンでも紹介された、イタリア料理の講師、ティルデ・ジョルジョ先生が、ゼンゼロ・ア・タヴォラ(ZENZERO a Tavola)で本当のジェノヴェーゼをお教えします。
 

tonia_regina_tilde_1.jpgCiao a tutti
logo_zenzero.jpgTonia & Regina

 


興味のある方はゼンゼロのウェブサイトをご覧ください:www.zenzeronline.it

また、レシピを知りたい方、記事を読みたい方はお名前とメールのタイトルに「レシピ希望」/「記事希望」と記載の上、ゼンゼロにメールをしてください:info@zenzeronline.it

2010年1月10日

坂本鉄男 イタリア便り これぞ真の友愛精神


 「椿姫」、「リゴレット」、「アイーダ」など多数の名作オペラを書き上げたイタリアの大作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813~1901)の名前はオペラファンならずとも知ってはいるが、彼が友愛精神の体現者だったことはあまり知られていない。

 貧しい幼少期を過ごした彼は、功成り名遂げて莫大(ばくだい)な著作権料収入が入るようになると、手始めに1888年、北イタリアの居住地の隣村に、費用を全額負担して、小さな病院を建設した。それまで約40キロ離れた地方都市の病院まで行っていた隣人たちを助けるためである。病院は今も残っている。

 次いで、89年秋にはミラノ市内に土地を購入、手持ち資金と著作権料収入を全額、投じて、老齢で恵まれない音楽家80~100人を収容できる「憩いの家」を建設、運営することを考えた。謙虚な彼は、「自分の最大のオペラ(イタリア語では作品、仕事という意味もある)」と呼んだ「憩いの家」の開館を自らの死後と定めたのである。彼の死の翌年秋に開館したこの家は今も、老音楽家の憩いの家と音楽学校生徒の宿舎として、運営されている。

 飛び抜けて恵まれた家に生まれ育ち、政治活動だけに巨額の資産を使う鳩山首相は果たして、「友愛」の本当の意味を知っているのだろうか。

坂本鉄男
1月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年1月 6日

「新春ピアノ・コンサート」ご招待 <日伊協会会員限定>

明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

ピアニストの関孝弘氏の「新春ピアノ・コンサート」に日伊協会会員、先着30名様を無料ご招待いたします(申込方法ご参照)。
関氏は、今年デビュー30年を迎える、日本とイタリアを結ぶピアニストとして活躍されています。

日時:1月22日(金)、19:00~(開場18:30)
場所:イタリア文化会館アニェッリ・ホール
プログラム:ピアノ・ソナタ「エレナ」(ガルッピ)、ピッコロ・タンゴ(プッチーニ)、インテルメッゾ(マスカーニ)ほか
主催:財団法人日伊協会、イタリア文化会館

申込方法:
1月8日(金)、11:00~ お電話予約開始(日伊協会事務局:03-3402-1632)
会員番号、氏名、電話番号をお申出下さい。

プロフィール:関孝弘(せきね たかひろ)
東京生まれ。東京芸術大学、同大学院を修了。
1979 年ブレーシャ国立音楽院に留学。在学中から数多くのコンクールで優秀な成績を収める。
その後も活躍の舞台は世界各地の及び、色彩感に溢れた美しい音色と豊かな表現力でイタリア音楽を意欲的に演奏している。
東京交響楽団、東京都交響楽団を始め、旧レニングラード・フィル、モスクワ国立交響楽団、ワルシャワ・フィル、ベニス室内合奏団など世界の著名なオーケストラと共演するかたわら、国際音楽コンクールの審査員を務める。
1988年~2005年まで東京芸術大学講師。
ガルッピ、チマローザ、レスピーギ、ショパン他の優れたピアノ曲集をCDリリース。

2010年1月 5日

プーリア便り9-2

 続いて本番25日。
いただいた後にツリーの元に置いておいたプレゼントを25日の朝に開けるのがお作法…なのですが、私もGIANも気になって気になって、いただいたそばからそ~っと開けては戻していました。
GIANからのプレゼントはコート、私はGIANが好きなメーカーのワインクーラーとフランチャコルタ(伊の高品質スプマンテ)を一緒にプレゼントしたのですが、ワインクーラーは前日のパーティーで早速大活躍でしたし、フランチャコルタも義妹に目ざとく発見され、25日を待たずして消費(笑)。
また、日本のお歳暮と似ているのですが、GIANの顧客からも色々なプレゼントをいただきました。
 例年、大半はワインやハムなどの詰め合わせの類なのですが、プーリアらしくておもしろかった物は新鮮魚介類の詰め合わせ!
 これは24日にみんなでおいしくいただきました。
  
さて、25日は義弟宅で肉メインのフル・コースでお祝いでした。
 私は特にこの時期のよそのお宅訪問が大好き!
どこのお宅も思い思いのクリスマスの飾り付け満載だからです。
 おくさんのローザは主婦の鑑のような人で家はいつも塵一つなくピカピカ。
今回も至るところにセンス良くクリスマスの飾りつけがされ、たくさんのキャンドルが灯っていてとてもすてきでした。
PC250109.JPG  
彼女はお料理もお菓子作りもとても上手。そんな  ローザが作ったクリスマスメニューは…。
 
【前菜】
この日も様々な前菜をいただきました。
 メインの肉料理に合うサラミやチーズ類、russula PC250096.JPGという大変貴重でこちらではポルチーニより人気  があるキノコのマリネなどなど。
また義弟一家は趣味でオリーブを育てており、彼らのオリーブから作られたこの秋できたてのオイルは隠れた主役。ついついパンと共に食べすぎてしまいました…。

【プリモ・ピアット】
パスタのオーブン焼き。この日は円形に作ってケーキのように切り分けられ、見た目も華やかでした。
 
【セコンド・ピアット】
ウサギの肉詰め焼き。
ローザが作るこの料理には大勢のファンがいます。
ウサギはイタリアに来てから私も食べる機会が多くなりましたが下手するとパサ付いたり味わいが淡白だったりしてあまり好きでないのですが、ローザが作るととってもジューシーで旨味たっぷり。
ウサギに限らずジビエ料理はこちらで大変ポピュラーなのですが私は未だレパートリーがなかなか増えていません。
2010年はローザに習って少しづつマスターしていきたいな。

【デザート】
昨日同様果物から始まり、義母手作りの伝統菓子、加えてローザ手作りの栗のリキュール煮(栗の渋皮煮のイタリア版のようなもの)やみんな大好きなチョコレートなどが並びました。
イタリア人は老若男女問わず甘いものが大好きで大の大人も食後酒片手に次々と口に放り込んでいました。
  
食後はみんなでトンボラ(tombola)というビンゴに似たこの時期に行われる伝統的ゲームをしながら、にぎやかに過ごし、この日も7時頃にお開きとなりました。
この日は夜に友人が我が家に集まったのですが、おもしろかったのはみーんな「おなかがはちきれそうだからビールとナッツくらいであとは何も用意しないでいいよー」と口々に言ったこと(笑)。
どこも家族が集ってにぎやかにおしゃべりしながらとにかく食べる!と言うのがクリスマスの過ごし方の定番のようです。

プーリア便り9-1

Ciao dalla Puglia !
本年もよろしくお願いいたします。

年始の挨拶直後に恐縮ですが冬休みにつきUPできなかったクリスマスの様子をお送りしたいと思います。
多くのイタリア人にとって最も大切な行事(と言っても良いでしょう)であるクリスマスの雰囲気が伝われば幸いです。

クリスマスは家族揃って祝うもの…といっても日本のお正月同様、この習慣も少しづつ希薄になってきているようなのですが、南イタリアではまだまだ健在。
今年は24日は我が家、25日は義弟宅にて、普段離れて暮らす家族や親戚も帰省して連日総勢約20人が集まってお祝いしました。
 
昨年は義母宅開催で私は少々お手伝いしただけ。
なので総勢20人ともなるとまずどれくらいの材料が必要なのかもピンときません。
メニューも調理器具や作業時間が重なり過ぎないよう考えないといけません。
今回GIANはもちろん、料理上手な義弟や親戚も共にメニュー作りや買物など事前準備をし、当日も朝から手伝ってもらいました。
デザートは義母が恒例のクリスマス伝統菓子を数日前からこつこつと準備(おせち料理同様クリスマス菓子は日持ちするものが多く、中に詰めるクリームだけ当日作ります)。
  
こちらではイブは魚料理を食べる習慣がありますのでメニューは魚づくしのフルコース。

【前菜】
プーリアは前菜の皿数がとにかく多いことで有名。そして日本人同様、生の魚介類も大好きなので、まずは乾杯のスプマンテと共に様々な生貝(レモンのみでシンプルにいただきます)、エビやスズキのカルパッチョを。
そして義弟自らが釣ったマグロを持ってきてくれたのでこれは鮨(写真は箸の練習中である義弟の唯一の成功の瞬間)、刺身、タルタルに。
他にもアンチョビのパン粉焼き、タコとポテトのサラダ等々。私はこの時点で既におなかが少々きつめ…。

sushi.JPG【プリモ.ピアット】
パッケリのグリーンソース(PACCHERI AL VERDE)。
パッケリ(大きく太い筒状のパスタ)にエビから取った濃厚なダシとバジリコ、イタリアンパセリ、ホウレンソウで作った鮮やかな緑色のソースを合わせます。
具はムール貝、エビ、イカ等々海の幸満載。とーっても手がかかっている分、様々な材料からの濃厚な旨味たっぷりでとーってもおいしいのです。

verde.JPG【セコンド.ピアット】
セコンドはタイのオーブン焼きとウナギのグリルの2品。
オーブン焼きは普段はスパイスやハーブと共にシンプルに焼くことが多いのですが、今日はキノコや野菜などをおなかに詰めてちょっと豪華なクリスマス使様にしました。
この時点で既におなかははちきれそうなのですがクリスマスに欠かせないウナギが待っています。
ウナギはイタリア語でanguillaもしくはcapitoneと言うのですが、クリスマスにいただくのはcapitoneの方。
capitoneと言う名称は太ったメスのウナギにのみ使われ、anguillaよりお値段も張りますがより肉厚で脂が乗っていて美味なのです。
これは1品目を食べている間にGIANがつきっきりで焼いてくれました。サーヴ前はみんな「もうおなかいっぱいで入らない~」と言っていたのに脂したたるアツアツのウナギのおいしさには勝てず…、きれいに平らげてしまいました。

【デザート】
dolci.jpgまずは果物。農業が盛んなプーリアは果物が非常においしく、かつ激安。
そのためでしょうか、毎食後プーリア人は驚くほどたっぷり果物を食べます。
果物が一段落したところで別腹のお菓子!
義母のお菓子に加え、家族や親戚も様々なお菓子、遠方から来た親戚はその地方のお菓子、とそれぞれ持ち寄ってくれたのでお菓子だけでキッチンテーブルがいっぱいになるほど(ちなみに写真中央に写っているのは消化を助ける薬。イタリアではこの時期、CMにも頻繁にこの薬が登場します)。

食後はメインのプレゼント交換。この時のために選んだプレゼントは大人数なので間違えないように包みに相手の名前を事前に書いておき、一人一人手渡します。
義母からはみんなにお小遣いでした。日本のお年玉みたいですね(子供だけでなく私までいただきましたが)。
その後はチビっ子達はツリーやプレゼーピオの周りで仲良く遊び、大人達は食後酒片手ににぎやかなおしゃべりが続き…、8時頃、長い長いランチはお開きとなりました。
もちろんこの日は夕食抜き。そして25日に続きます…。

PC240054.jpg 

2010年1月 3日

坂本鉄男 イタリア便り 「トラ」不在の西欧言語


 今年は干支(えと)で「寅(とら)年」である。トラは日本に生息したことはないが、中国の諺や逸話をもとにした諺や成句、例えば「虎視眈々(たんたん)」、「トラの威を借るキツネ」、「トラは死して皮をとどめ、人は死して名を残す」から卑近の例としては「庶民のトラの子の財産」にいたるまで沢山ある。

 ところが西欧語にはトラを使った成語は非常に少ない。古来から「獰猛(どうもう)で残忍な人」の意味では使われていたが、近年、有名になったものに「張り子のトラ(paper tigers)」がある。

 これは、1946年に当時の毛沢東が米国人女性記者に「すべての反動勢力は“張り子のトラ“で、見かけは怖そうだが実際はそんなに強くない」と述べたことで、世界的にこの慣用句が知られるようになった。
 西欧にトラを使った表現が少ない理由は簡単だ。今でこそトラは西欧の主要動物園のどこにでもいるが、トラはもともとアジア大陸の動物で、シベリアから朝鮮半島、中国北部・南部からヒマラヤ南部のインドなどの国々とスマトラ島にだけ生息する動物だからだ。

 実際、ヨーロッパに初めてトラが持ち込まれたのは、一説によるとインドの使節が初代ローマ皇帝アウグストゥス(在位紀元前27年~紀元14年)にトラを献上したときであったという。
 どうか皆さん、年始の酒で大トラになりませんように。

坂本鉄男
(1月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)