2010年6月29日

プーリア便り25

Ciao dalla Puglia !

W杯、前回優勝国のイタリアはまさかまさかの1次リーグ敗退でした…。これで4年間使い続けたスポーツ番組やニュース番組のスポーツコーナー冒頭の優勝シーン映像も「世界一」の称号も返還です。

ブログ “MINESTRONE” で香織さんも書いていらしたように、イタリアに住んでいるとサッカーに興味の無い私でもかかわらずに生きることはできません。
GIANもイタリア男性の多分に漏れずサッカー大好き! 私達の1次リーグ中の過ごし方はこんな感じでした。
  ・第1戦目 対パラグアイ
  → 早めに仕事を切り上げたGIANが開始5分前にウキウキしながら帰宅。「サッカーの日だけはずいぶん早い時間にきっちり帰ってくるのね~」と言っても『こんな日にアポを入れる野暮なクライアントはいないよ』と私の厭味もどこ吹く風。
  ・第2戦目 対ニュージーランド
  → 友人夫妻と共にスペイン旅行中にもかかわらず男性陣はTVでのサッカー観戦を譲らず…。結局、出先から一旦戻ってホテル内バーの大型TVで観戦。
  ・第3戦目 対スロバキア
  → 昼休みを延長して自宅観戦後、落胆して仕事へ。
このようにアッズーリの試合日は試合中心に生活が動きます(^^;)

サッカー大国イタリア、愛郷心の強いイタリア人はファン(tifoso)からフーリガン(ultra)までそれぞれ熱狂的に応援する地元チームがあり、そのチームが降格しようがメンバーの入れ替えがあろうが他チームに浮気はせず、一途に応援し続けるケースが多いです。

普段は犬猿の中の各チームサポーターですが唯一彼らが1つにまとまる日…、それがアッズーリの試合日。8年前の日韓大会の時、例えば「ベッカムがイケメンだから~」とイングランドを応援したり、「ロナウジーニョのプレーがすごい!」とブラジルのユニフォームを着て応援したりといった日本人も見かけましたが、イタリア人がイタリア以外の国のユニフォームを着たり応援するのはありえません。「イタリア人が唯一愛国心を抱く日」と皮肉る人もいるほどで、旗日でも見かけたことの無いイタリア国旗がこの日ばかりは多くのテラスに翻ります。

P6240003_resize.JPG
サッカーに興味の無い私でも試合のある日はすぐ分かります。なぜなら試合時間中は店も道も人や車の往来が極端に少なくガラーンとするから。そして例え中継を見聞きしていなくても試合の勝敗はすぐに分かります。勝てば興奮した人々が窓を開け、表に飛び出し、雄叫びを上げたり歌を歌ったりで一気ににぎやかになるから。
前回のW杯の時、私は日本にいたのですがイタリア優勝の日は全ての、ほんとに全てのイタリア人の友人から“Campione del mondoooooo!!!!!!(世界一だーーーーーー)”と全員ほぼ同じ内容・興奮状態のメールが送られてきたものです。

ちなみに当時、GIANはイタリアの次に日本を応援していたのですが試合後に「日本選手のプレーはわけが分からないよ。だって“今だ~今シュートを打たずしていつ打つというのだ!”っていう決定的チャンスを前にしてパスを回し合ってるんだもん。あれじゃあいつまでたっても国際舞台では上に行けないね」とぐっさり言われ、「なによ、日本人はねぇあなたたちみたいに攻撃的な民族とは違うの! 協調性と和を大切にする穏やかな民族なんだもの、突出するプレーができなくても仕方ないじゃない!」ととりたててファンでもないのにムラムラ愛国心に燃えて反論してしまった私。やっぱりサッカーは愛国心を掻き立てる何かがあるのでしょうか!?

それはさておきイタリア敗退が確定した24日夜、失意のイタリア人と共に我が家で日本VSデンマーク戦を観戦しましたが、日本代表のレベルの高さに一同舌を巻きました! 今後の活躍も楽しみです。Forza Giappone!!!!!!(がんばれ、日本)

P6210089_resize.JPGスペイン旅行中に見かけた町の様子:海に面した眺めの良いバーなのにスペイン戦の時はみ~んな海に背を向けて店内のTVに釘付け。

2010年6月27日

坂本鉄男 イタリア便り 法は万人に平等なり


 イタリアの裁判ののろさは定評がある。世界銀行の裁判制度の効率性に関する報告でも、調査対象国181カ国中、アンゴラやガボンなどと同じ150番代という効率性の悪さだ。もちろん、ヨーロッパ諸国の中では最低という不名誉な評価をつけられている。

 だが、判事や検事たちはそんな評価は気にせず、93%の加入率を誇る一種の組合を通じ、年に48日の有給休暇など自分たちの既得権を守ることに余念がない。

 最近も、ヨーロッパ諸国を襲ったユーロ危機に対処するための政府の緊急経済政策で、公務員の昇給凍結が打ち出された途端に「スト」を宣言した。

 イタリアの司法関係者の給与は高く、任官したばかりの者でも、安いといっても年収4万ユーロ(約480万円)で、イタリア人の平均年収よりも高い。

 また昇給も自動的で、30年勤務すると年収15万ユーロ以上になるばかりか、最高給の憲法裁判所判事ともなると年俸41万ユーロで、退職後も月に2万ユーロの年金を受け取る人もいる。

 左翼過激派がテロの標的にしたこともあったように、司法の混乱は社会的混乱のもとだけに、この弱みにつけ込んで「スト」で自分たちの利益を守る態度は、非難されても当然だ。

 イタリアの裁判所の法廷には裁判官の席の背後に「法は万人に平等なり」と書かれているが、むしろ裁判官によく見えるように入り口に掲げてもらいたいものだ。

坂本鉄男
(6月27日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年6月21日

坂本鉄男 イタリア便り 移民と重婚


 昔の日本では、一般民衆でも妾を囲うのは全く不自然ではなく、皇室や大名家でも、皇后や正室のほかに沢山の典侍や側室がいたが、これは男性の跡継ぎをもうける正当な手段であった。

 実際、江戸時代の歴代天皇の生母はほとんどが典侍である。生母が典侍という最後の天皇は大正天皇で、その後、皇室でも普通の婚姻制度になった。

 だが、正式な結婚となると違ってくる。わが国では、正式に結婚した配偶者と離婚あるいは死別しないで、もう一度正式に、新しい配偶者と結婚すると重婚罪になり、2年以下の懲役、イタリアでも5年以下の懲役になる。

 しかし、ヨーロッパと境を接するイスラム諸国では、重婚を禁止しているトルコ、チュニジアなどを除き、多くの国、特に庶民の間では、「4人までの妻を持てる」との昔からのイスラムの教えが生き続け、妻帯者の約2%が2人以上の妻を持っているともいわれている。

 問題は、近年急増を続けるこうしたイスラム信者の移民である。もっとも、祖国で重婚していても、移民先では最初の奥さんだけを届ければ問題ないらしい。

 この結果、イタリアでは未確認分を含めると、イスラム重婚者は約2万件、ドイツでは約6万件、フランスでは約10万件と推定されている。

 わが国でもこうしたケースへの対応策を講じておくべきだろう。

坂本鉄男
(6月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年6月18日

プーリア便り24

Ciao dalla Puglia !

こちらは連日真夏日。私達も日本より帰宅後、毎週末海に出かけており、すっかり海開き、といった感じです。

P6280211_resize.jpg海開き、と言っても日本のように“沖縄はGW開始前、関東は梅雨明け後”のような目安やニュースでの海開き宣言のようなものはイタリアにはないのですが、海と日焼けが大好きなイタリア人。春になり、気温が少しずつ上がってくると、もういても立ってもいられず、天気予報をチェックし、友人同士が会えば「もう行ったか?」「今週末は天気もいいし、気温も上がるらしいぞ」等々話題が持ち上がり、一緒に海水浴の計画を練ることになります。

先週末はマルティーナ.フランカからカラブリア方面に車で1時間ほどのピスティッチ海岸(Marina di Pisticci)に出かけました。
この海岸脇のアルゴナウティ港(Porto degli Argonauti)には『プーリア便り16』にも登場したラウラ&オラツィオ夫妻他2組の友人がクルーザーを泊めているので、各自適当な時間に出発後に無線で連絡を取り合って海上で落ち合い、みんなで海水浴をしたり昼食をとったりするのがいつもの過ごし方。

P6280228_resize.JPG肝心の海中は-“つ、冷た~い!!! まだ海水浴にはちょっと早すぎたのでは…”と思ったのは私だけだったようでイタリア人は平気でジャブジャブ浸かったり泳いだり。あまりの冷たさに少しずつそろりそろりと浸かっていく私にみんなは「気持ちいいよ~」「早くおいでよ~」「一気に水に飛び込んじゃえば平気!」と口々に言います。その言葉に意を決して一気に肩まで浸かったのですが、あまりの冷たさにギャーと叫んで笑われてしまいました(欧米人は日本人に比べるとかなり寒さに強いようです。この傾向は北にいくほど強まるのかドイツからの旅行者の中には早くも4月に泳いでいる人も…)。でも確かに1度全身が浸かった後は慣れてきてひとしきり海水浴を楽しむことができました。

海水浴の後はデッキでゴロゴロしながらおしゃべりや昼寝。日本女性と反対にヨーロッパ人は日焼けが大好き。日焼けはモテる条件のひとつでもあるので、海水浴後のこの甲羅干しをむしろメインと考えている人も多いのです。
ちなみに観光バスから降りてくる日本人女性達が揃って日傘をさす光景はイタリア人の間で話題になっていました。私自身は普段は不精していてもさすがに海に出かける時は全身日焼け止めを塗り、日陰を選んで過ごすようにしていますが、それでも日本に帰る度に家族や友人から「黒~い!」「どこの国の人かと思った~!」等と言われ続けています(^^;) イタリアで生活する限り、日焼けせずに夏を越えるのは“無理”!

P6120045_resize.JPG夜はサンバミュージシャンの友人が港に面した広場でコンサートを行い、こちらも大盛り上がりでした。
真夏でも夜はぐっと気温が下がって過ごしやすいので、この時期は毎日のように各地で野外コンサートが開かれます。私の大好きな季節です。
あと1ヶ月もすればプーリアの美しい海を求めてイタリアのみならずヨーロッパ各地から多くの人々がバカンスに訪れ、週末はパラソルを張る場所を見つけるにも苦労するほど混む海辺が多くなります。今の時期にのんびり楽しめる地元人の特権を満喫した週末でした!

2010年6月16日

MINESTRONE 9

南アフリカW杯が始まりました。
第1戦、日本もイタリアも6月14日でしたね。日本は1-0でカメルンを破り、イタリアは1-1でパラグアイと引き分けました。翌日の朝のニュースで、「日本はSORPRENDENTE(一瞬間をおく強調の仕方で)に、カメルンを破った」と言っているのを聞いて、「へ~そんなにすごいことだったんだ」と知ったくらい、実はサッカーには疎い私です。それでも、このサッカー大国イタリアに住んでいて、サッカーに関わらず生きることはできません。

まず、静かな夜を過ごしている時に、時々我がマンションの四方八方から「うぉ~~~~」という怒声が聞こえてくることがあります。最初に聞いた時は、一体何事かと、思わずイスから腰を浮かせてしまったものです。何と言うことはない。単に、少し重要な試合で、ひいきチームがゴールしたというだけの話です。
私はミラノに住んでいるので、ミラノをホームにしているミランかインテル、場合によっては、トリノのユベントゥスの場合もあります。ミラノにユベントゥスファンは多いのですよ。

6月5日、ミラノのインテルがローマを1-0で下し、通算6度目のイタリア杯の優勝を飾りました。
毎年、優勝が決まると、狂騒にわく地元の様子をテレビで見ては、そのラテン的大騒ぎぶりに驚いていたものです。
今年はミラノのインテルなので、騒ぎはミラノ。この騒ぎは、なかなかの迫力ものです。外を歩くのが怖いほどの熱狂。奇声をあげて街を闊歩する若者たち、クラクション、又は、巨大な音を出すラッパを鳴らしながら、街を徘徊する車。1台の車にすし詰めになって窓やサンルーフから頭を出してインテルの旗を振る若者たち(違反罰金を切られる様子は一度も見たことがありません)、そんな騒ぎが深夜過ぎまで続きます。正直言って、うるさいなんてもんじゃない。まあ、攻撃的なことでエネルギーを発散するより、サッカーの試合でひいきのチームが優勝した歓喜でエネルギーを発散する方が良いに決まっていますが…、それにしても、正直な感想を言わせてもらえば、大騒ぎしている若者たち、あまり賢そうな顔はしてないな~ でも、幸せそうです。すごいエネルギー。まあ若いんだからいいか(実際は、40,50過ぎの、いい年の男性も結構おりますが…)。http://tv.repubblica.it/copertina/inter-campione-milano-invasa-dai-caroselli/47197?pagefrom=43&video=

さて、ワールドカップに話を戻すと、皆さん、覚えていらっしゃいますか? 前回のドイツW杯は、イタリアが6大会ぶり4回目の優勝したのです。それも、宿敵フランス相手。絶対に、フランスにだけは負けるものか。というイタリア人根性の上に、ジダンの頭突き事件があったり、PK戦に持ち込んだりという、壮絶な試合でした。手に汗を握る、なんてものではない、心臓が飛び出るようなハラハラの末の優勝。あの時の街の興奮は筆舌に尽くしがたいものでした。私も、寿命が縮まる思いで、テレビの前に座っていました。フランスがPKを1回失敗し、イタリア最後の選手がPKゴールした途端、街中が歓喜の声で包まれました。私は、自分が4時間走り回ったみたいに疲労して、がっくりソファーに沈み込んでしまいました。でもすぐ後、なんだか嬉しさがふつふつとわいてきて、「よし、街にでも出るか」って気分になりました。街でも徘徊しながら、ラッパでも鳴らして「うぉ~」なんて叫びたい気分。
あっ!!!! なんだ~インテルファンの悪口を言っておいて、私も同じか!!

italia-maglia-home.jpg最後に、イタリアナショナルチームのユニホームの話。
私は個人的にですが、ワールドカップの度に、イタリアのユニホームのデザインに感心します。皆大差なくみえるユニホームですが、ちょっと注目してみてください。イタリアのものは、デティールにセンスが行き届いていて、他の国に比べると、毎回さすがイタリア、と感心します。色はもちろんazzurro(空色)。イタリアのナショナルカラーです。イタリア人は、イタリアチームを「アズーロ」と色名で呼びます。
ナショナルカラーは国旗から来ることが多いけれど、イタリアの場合は青空の色、そして地中海を連想する「azzurro」です。
ところで、このアズーロ。辞書で見ると「青」と訳されています。でも、アズーロは青と水色の中間くらい。色というのは言葉にするのがすごく難しいけれど、まさにイタリアの青空の色です。

2010年6月13日

坂本鉄男 イタリア便り 公衆電話ボックス


 イタリアの公衆電話ボックスは1962年2月に北部のミラノの中心部に設置されたものが最初である。

 だが、最近のように猫もしゃくしも携帯電話を持つようになると公衆電話ボックスの利用者は激減する一方だ。

 電話ボックスの利用者減の原因には、携帯電話の普及のほかに、コインを狙って料金箱を破壊する悪徳漢が横行したため、たばこ屋でしか買えないプリペイド式電話カード制が導入されて不便になったことも挙げられている。

 電話ボックスを管理するテレコムイタリアの調査によると、イタリア全国にある13万カ所の電話ボックスのうち27%は1日3通話しか利用されず、54%に至っては1日わずか2通話以下であり、しかも、この維持費用に年間、数千万ユーロの巨費が費やされる。

 これでは、テレコムが電話ボックスを撤去したいのも当然で、今年は手始めに3万台の撤去を申請した。

 ところが申請を受けた公共通信保護委員会は、撤去予定の各電話ボックスに告示をはり、利用者の意見を集めることを命じたのである。

 また、病院、刑務所、小中学校、50人以上の兵士のいる兵営、携帯電話の届かない山の避難小屋などの電話ボックスは残すように命じた。

 今年中に3万台の撤去に成功すれば、来年以降も年に3万台撤去の予定だが「来年のことを言うと鬼が笑う」かどうか。

坂本鉄男
(6月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年6月10日

プーリア便り23

Ciao dalla Puglia !

こちらは先週末から夏のような陽気が続いています。そんな中、1泊2日でプーリア州レッチェに出かけました。
なぜ真夏日なのにマルティーナ.フランカより更に南のレッチェへ出かけたのかと申しますと、GIANが出張で家を空けていたため、これ幸い(?)と『プーリア便り17』にも登場したレッチェ近郊に住む大学時代の友人宅へおじゃましたというわけ。
イタリアはカップル単位で外出する機会が日本とは比べ物にならないほど多く、それはそれで好きな文化ではありますが、時々気の合う女友達と日本にいた頃のように日本語で思いっきりいわゆるガールズトーク(ま、ガールズって年でもありませんが…)をしたくなる時があるのも事実。
…話が逸れましたが、そういうわけで到着当日はおしゃべりを楽しみ、翌日彼女の案内でレッチェ旧市街を観光をしましたのでその時の様子をお便りします。
 
レッチェはイタリアの踵の先っぽに位置する地理的条件のためか日本人旅行者で足を伸ばす人は残念ながら多くはないようですが、“バロックのフィレンツェ”と称されることからも分かるように旧市街の至る所に豪華で繊細なバロック建築や装飾があふれ、欧米人旅行者には大変人気があります。
建築物に使われているあたたかみのあるブロンズ色をしたレッチェ産の石は柔らかく、細かな彫刻に適していると聞きましたが、それにしてもすごい! そんな町の様子は私の拙い文章よりも写真の方が分かりやすいと思いますので今回訪れた中から一部ご紹介します。

まずは“レッチェ・バロックのパンテオン”と呼ばれ、凹面と凸面の複合体のようなファサードが特徴的な“サン・マッテオ教会(Chiesa di San Matteo)”(画像左)。お次は1429~38年に建てられた“サンタ・キアラ教会(Chiesa di Santa Chiara)”(画像右)。

P6080008_resize.jpg続いてドゥオーモ(Duomo)。正面左手、カラフルな屋根がかわいい鐘楼は高さ約70mで遠くからも目印になります。

P6080026_resize.jpgそしてレッチェのシンボル、サンタ・クローチェ聖堂(Basilica di Santa Croce)。細かなバロック装飾がびっしり施されたファサードは圧巻で、特にバラ窓付近は目がチカチカするほどです。

P6080015_resize.jpg宗教施設以外にも町の建物の至る所に美しいバロック装飾が見られます。この町で生まれ育ったらさぞかし美的センスが養われるのでは…。

P6080005_resize.JPG P6080028_resize.jpg当日は30度を越える真夏日だったため、日陰を選んで休憩しながらの観光となりました。暑い中、ガイドしてくれた友人に感謝です! 写真は休憩中にいただいた地ビール。黒ビールですが意外にあたりが柔らかでおいしかったですよ。

南イタリアの町は13~17時くらいまでは昼休みで飲食店以外は軒並み閉まっていますし、夏場に訪れるかたは体力の消耗を避けるためにも朝方か夕方以降に観光するのがオススメ。日差し対策や水分補給を十分なさって楽しんで下さいね!

2010年6月 7日

プーリア便り22

Ciao dalla Puglia!

上海滞在後、日本へ一時帰国をしました。といっても今回は3日間の駆け足での滞在だったため、日本の友達には不義理をしてしまったことをこの場を借りてお詫びします。

そんなタイトなスケジュールの滞在中、どうしても行きたかった場所がありました。それはシルク・ドゥ・ソレイユの観劇!
プーリア便り11』でご紹介した、我がマルティーナ・フランカ出身、“ZED”でクラウンとしてご活躍中のオノーフリオとの約束です。航空券を手配すると同時に公演チケットも予約し、GIANともどもこの日を楽しみにしていました。

いよいよ当日、開演5分前に劇場に入ると、既に2人のクラウンが場内を駆け回ってお客さんをからかっては笑いを誘っています。
このようにシルク・ドゥ・ソレイユの舞台は開演前から楽しめるので早めに入場されるのがオススメ。私も“あ~もっと早く入場していればよかった”と後悔しました。
それにしてもこの時点ではどちらのクラウンがオノーフリオなのか…、濃いメイクゆえに全く分かりません。

そして開演! 公演内容はこれからご覧になるかたのためにも詳述は控えますが、芸術的な舞台装置や衣装、音楽等すばらしく、そして何といっても人間とは思えない数々の技(大人の私が見ても未だにどうやったらあんなことができるのかさっぱり分からない大技がいっぱい)に大感動でした!
最後に舞台上に全アーティストが揃って挨拶をした時、90分もの時間が過ぎたとは信じられず、“休憩を挟んで第2幕があるのでは?”と思ったほど、それほど夢中になってあっという間に時間が過ぎてしまいました。肝心のクラウンは舞台の中で狂言回しのような役回りで、アクロバティックな動きはないけれど開演前から最後のシーンまで出番があるので大変な役だと思います。

閉演後、私達にはもうひとつのお楽しみがありました。
なんとオノーフリオよりバックステージツアーという嬉しいオファーをいただいていたのです!
公演後、メイクを落としたオノーフリオと嬉しい再会。
挨拶しながら「公演が進むうちにどちらのクラウンがあなたなのか分かったわ。台詞に時々イタリア語が混じっていたから」と伝えると『今日は特別にマルティーナ・フランカ弁も使ったよ』と茶目っ気たっぷりに答えるオノーフリオ。
GIANとは方言丸出しでしゃべっていましたが、シルク・ドゥ・ソレイユは多国籍のアーティストやスタッフの集団。共通言語は英語でオノーフリオ自身も流暢な英語他、計6ヶ国語を操るマルチリンガルなのです。

DSC_1868_resize.JPGバックステージも舞台同様とても
興味深く楽しませていただきまし
た。
このシアターが20m近くある7F建
ての建物ということを案内していた
だくまで知らなかったのですが、そ
このディレクター席から見る舞台
全体の眺めが壮観でした!
アーティストのかたは高所恐怖症
では勤まらないなあとも感じたの
でした。DSC_1870_resize.JPG
また舞台装置や小道具の仕組み
を実際に見ながら教えていただい
たり、衣裳室やメイク室等も見せて
いただきました。
それと驚いたのは公演直後にもか
かわらず、メイ クも落とさずに練習
に励んでいるアーティストが大勢
いらしたこと!
あの技の数々は才能+日々の鍛
錬から生まれるのだということを
目の当たりにしました。

撮影禁止のため舞台とバックステDSC_1871_resize.JPG
ージの写真はありませんので、最
後に夕食をご一緒した時の写真
を連写で。
ビールのCMをしている日本の女
優の物真似だそうです。ほんと芸
達者(笑)
この後も妙に甲高い声で「イラッシ
ャイマセ~~   ~イカガデスカ~
~~」と店員の物真似をしたり、
鼻をつまんで「ツギワ~~~シブ
ヤ~~~」と車内放送の物真似
をし、「なんであんな変な声を出すの?」と質問されたのですが、日本人である私にとっても謎です。ご存知のかた、教えてください!

オノーフリオの感じる日伊の違い、日本観、シルク・ドゥ・ソレイユのこと等々、話は尽きず…。「9月の帰国時にまたマルティーナで会いましょう」と約束して別れました。
オノーフリオ、シルク・ドゥ・ソレイユのアーティスト&スタッフの方々、楽しい時間をありがとうございました!

2010年6月 6日

坂本鉄男 イタリア便り 夫の産休の権利


 日本の民主党政権は、児童手当の増額や教育手当てなどをスローガンにして、働く女性の援助、ひいては少子化対策を金銭上で解決しようとするが、社会的な根本的改善がもっと必要だ。

 イタリアでは働く女性が妊娠した場合、日本より手厚い保護を受けている。

 まず、出産予定日の前は2カ月の休暇が認められ、出産後は3カ月の休暇が認められる。

 また、もし妊婦が8カ月目までの勤務を希望すれば、1カ月が産後に繰り延べされる。つまり出産前後で合計5カ月の休暇だが、これは妊婦の身体の保護と産後の母体の保護が目的で、産休は権利より義務である。このほか、幼児が1歳になるまでは給料は減額されても育児休暇が認められている。

 また、いくら男性は妊娠しないとはいえ、配偶者の妊娠には逃れることができない責任があるのだから、産後の妻に代わって家事や育児の手伝いぐらいの義務はあるはずだ。

 義務があれば権利もあるわけで、イタリア全国社会保険公社(INPS)は、たとえすべての夫が権利を行使しないにせよ、建前上は妻の出産後6カ月までの夫の有給休暇(給料の30%支給)を認めている。

 仕事人間の多い日本では到底無理だとしても、働き、しかも育児をする女性を助けるためには、「夫の産休の権利」を問題にし始めてもよい時期だと思うのだが。

坂本鉄男
(6月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

2010年6月 4日

プーリア便り21

DSC_1602_resize.JPGCiao dalla Puglia!

5月末、GIANと共に万博見学のために上海に滞在しました。
今回は“プーリア便り”というお題から離れ、万博のイタリア館についてお便りしたいと思います。

私達が万博に出かけたのは24~26の3日間。
平日にもかかわらずかなりの人出、イタリア館もなかなか人気で2時間ほど並んでようやく入館できました。以下、写真と共にお伝えします。

まずはパビリオンから。
イタリアの各都市をイメージし、異なる地区の多元的な文化が調和、共存する関係を表しているそうです。メイン部分が全面透明な建物でした。
入ってすぐは様々なイタリア製品の展示。
中でもフェラーリの周囲は多くの人でにぎわっていました。
 
DSC_1601_resize.JPG広い吹き抜けのホールではファッションと楽器の展示。
壁に垂直にオーケストラの楽器を配置するという斬新な展示でした。

DSC_1614_resize.JPGそして上の写真のドレス…、実はこんなに巨大!
D&G、プラダ、ヴェルサーチ等、イタリアを代表するデザイナーの巨大ドレスが並んでいました。
  DSC_1606_resize.JPG DSC_1610_resize.JPG更に進むと次はイタリア食品の展示。様々な種類のパスタが壁一面に並び、その向かい側は壁一面にワインが並んでいました。

2階は芸術、建築、町等の紹介。
中でもカラブリア州はかなりの展示スペースをとってプロモーションしていました。
財政状態の苦しい州なのでこのために費した金額を考えると個人的には見学しつつも少々心配でしたが…。



この他、職人さんが製作実演を行っていたり、館内にイタリアンレストランとバールがあったり、展示以外にも様々な方法でイタリアが紹介されていました。
産物を展示紹介しているだけの国も多い中、イタリア館はミラノ万博を5年後に控えていることもあってか、規模も大きく、取り上げているジャンルも多く、見せ方も工夫されていて、今回の万博にとても力を入れているように感じました。
それにしても思うのはイタリアは各地から今も昔もすばらしいモノをたくさん生み出しているなーということ(月並な感想ではありますが)。
食品、車、家具…、様々な分野で世界的に高く評価され、人気のあるモノを今も昔もこれだけ生み出し続けているってやっぱりすごい!と改めて感じたイタリア館訪問でした。