プーリア便り12-1

Ciao dalla Puglia!

先週は3泊4日でミラノへ行ってきました。
ブログ「MINESTRONE」」でおなじみの香織さんと一緒においし&楽しい時間を過ごしたり、GIANのお供で建築デザインの国際フェア「MADE expo」を見学したり、13年ぶりにドゥオーモやV・エマヌエーレのアーケードを散策したりして短いながらも充実した滞在でした。

さて今回はその往復に利用したローコストキャリア(以下LCC)、いわゆる格安航空会社についてお送りしたいと思います。

日本で十数年前にスカイマークやエア・ドゥといったLCCが誕生した時は「航空業界に新風」「価格革命」のように取り上げられてかなり話題になった記憶があります。
しかし新規参入会社には色々と不利な事情があるようで今だにあまり浸透していないようですし、価格面を見てもそれほど格安とは思えません。
対し、ここヨーロッパでは、LCC はすっかりメジャーな地位を確立しているようです。
なかでも価格や利便性で利用価値が高いと思うのは1985年にアイルランドで生まれたライアンエアー。
私達もヨーロッパ内の移動で今回のように日程がタイトな場合は飛行機が便利なのでよく利用しています。

多くのイタリア国内&国際路線があり(現在152都市に就航)、本当に格安!
例えば今回利用したバーリ⇔ベルガモ往復(ベルガモ⇔ミラノ間は車で片道約1時間)は税金や空港使用料等全て込みで1人38ユーロ(ちなみに同時期にバーリ⇔ミラノを大手航空会社で往復した友人は料金208ユーロ)。
LCC から登録者に届けられるEメールやサイトの情報をチェックすると更にお得なフライトもたくさんあります。
国際フェアのような大きなイベントが開催される日や週末等は避け、早めに予約をすれば片道5ユーロなんていう驚きの運賃も!
復活祭やバカンスといった最繁忙期に飛行機を使う場合も LCCなら金銭面の心配がかなり軽減されます。

私達の共通の趣味は旅行なので情報をチェックして自分達の希望やスケジュールと合うものがあれば「では来月はパリに行こうか」という感じで気軽に利用しています。
LCC でローマ、ピサ、トリノ等の国内都市、フランス、イギリス、スペインといった他のヨーロッパ諸国もたくさん旅しました。

どうしてこんなに格安で運営できるのか?
アリタリアやJAL といったフラッグキャリアが経営危機に陥ったのに対し、新参で乗客1人当たりの運賃が比べ物にならないほど安いLCC が健全運営を続け、今も規模を拡大し続けているのはなぜ?

続いてその理由について利用者目線で気づいたことをお送りしたいと思います。

プーリア便り11

Ciao dalla Puglia!

今回はちょっとミーハーな話題です。
 
世界中の人々を魅了しているサーカス、シルク・ドゥ・ソレイユ。私も GIAN も大ファンなのです!
GIANはラスベガスまでショーを見に行ったほどですし、我が家でも各国で開催されたショーを収めた DVD をしょっちゅう一緒に見て楽しんでいます。
日本でもツアー・ショーに加え、2008年から常設ショーも始まったので実際にご覧になったかたも多いと思います。
今回、その常設ショー「ZED」でクラウンとして活躍されている、我がマルティーナ.フランカ出身のオノーフリオさんにお目にかかる幸運に恵まれました!
 
きっかけは私達の友人であり、サルサダンスの師匠でもあるアントニオがオノーフリオのお兄さんであること。
オノーフリオはそれまで世界各国のショーでご活躍だったのですが昨年から「ZED」に参加となったことをアントニオを通じて伺った私達。
「日本帰国の際に絶対に行こう!」と盛り上がっていた私達の様子を知るアントニオが今回、オノーフリオの帰省に合わせてこの機会を設けてくれたという次第。
アントニオ、ありがとう!
そしてわずか3日間という駆け足での帰省にもかかわらず時間を作ってくれたオノーフリオ、ありがとう!
感謝感激です。
 
当日は会った途端に「ヨロシクオネガイシマ~ス」と日本語で言いながら深々とお辞儀するオノーフリオ。
日本の言葉や風習についても色々と覚えたようです。
「サラリーマン(サラリーマンは和製英語のはずだけど…)は、いつもみんな暗い色の同じ服を着ているね。でも女の子はおしゃれな人が多いなあと思うよ」
「英語で道を尋ねたり質問をしてもあまり答えてもらえないんだ…、日本人は英語が苦手なの?」
『日本はシャイな人が多いし、完璧に受け答えできないと思うと腰が引けてしまうのかも』と答えておきました。
日本に対する感想の他、ショーの経営会社(オリエンタルランドとフジTV)の社風の違いや舞台裏の様子についても話してくれました。
ただ仕事が多忙なうえ、昨年お子様が生まれたばかりでプライベートも忙しく、残念ながら観光はほとんどしていないとのこと。
私達の帰国の際には一緒に東京観光をしましょう、と約束しました。
  
写真にも気軽に応じてくれました(向かって左がオノーフリオ、右がアントニオ)。

P1190006.JPGイタリア人はピースサインでポーズをとることはあまりないので、これも日本で覚えた習慣なのかも!?
『日伊協会にブログを書いているのですがお写真と今日のことを記事にしてもいいかしら?』と伺うと「もちろん! ぜひ記事にするべきだよ」とまるで某伊首相のような口調でおどけ、とても感じの良いかたでした。
 
最後にもう1枚、とカメラを向けるとすかさずクラウンを思わせるポーズで決めるサービス精神!
根からのエンターテイナーなんですね~。話もそれに付随する表情や動作もおもしろくて初対面にもかかわらず笑いっぱなしだった今回。

P1190007.JPG日本での再会が今から楽しみでたまりません。皆さんも「ZED」にお出かけの際はぜひ注目してみて下さい!

プーリア便り10

Ciao dalla Puglia !

今回はプーリア便り6-2で触れたヴェルディ劇場(Teatro Verdi)についてもう少し詳しくご紹介します。

マルティーナには劇場が2つあり、もう1つの劇場の名は「Teatro Nuovo」訳すと「新劇場」といったところ。
名前からもお分かりのように新しい劇場。

対してヴェルディ劇場は言わば「Teatro Vecchio:古劇場」。
1912年に建てられ、その後、数度の修復を経て今も住民に愛されています。

宣伝カー.JPG座席、空調等ハードは新劇場の方が整っていて快適な面もあります。
 でも私はヴェルディ劇場が大好き!
というのも訪れる度にまるでトルナトーレ監督の映画「ニュー・シネマ・パラダイス」をほうふつとさせる温かみのある雰囲気と懐かしさを感じるから。
入口には昔のヴェルディ劇場の様子を伝える写真が飾られており、これはその一部。
50年代の宣伝カーだそうです。
昔はこうやって軽自動車にポスターを貼って町中を回りながら拡声器で宣伝していたんですね。

またヴェルディ劇場は映画館としてだけでなく芝居や演奏会も行われるオペラハウスのような役割もあることから、1932年に修復された内部の装
 飾もなかなか豪華で美しいです。
金色の縁飾りが少々錆付いた入口の大きな鏡、少々剥がれかかっている所もあるビロードの座席等も落ち着く心地よさ。

コンサート.jpg
館長.jpgそして何といってもいちばんの魅力はこの劇場の主、みんなから「ディレットーレ(Direttore)!」と呼ばれて親しまれている館長のサンティーノさん。
 いつもきちっとスーツを着ていてニコニコ顔で優しく話しかけてくれます。
50年もこの仕事をしているだけに作品の批評眼も確かで、時には私達の鑑賞前に「この作品は実にくだらなくておもしろくもなんともないから今日は映画はやめて食事にでも行った方がいいよ」なんて商売っけのない忠告をしてくれることも…(笑)。
 お仕事中にもかかわらず気軽に映写室にも入れてくれて笑顔でパチリ。
壁には有名人とのツーショット写真がいっぱい…、ディレットーレ、けっこうミーハー!?
ハード面もソフト面も古きよき温かさでいっぱいのヴェルディ劇場。いつまでも変わらずにいて欲しいです。

 

有名人.jpg-余談-
先日、映画を見に行った際、途中2~3度、時間にして計10分程、音声が途切れるフィルム不具合がありました。
でもこういう時、イタリア人って「がんばれ(Forza)!」「頼むよ、順調に進んでくれ(Dai, andiamo)~」等、やいのやいのにぎやかにはなりますがあまり険悪な雰囲気にはならないんですよね。
日常の様々で時間通りに進まなかったり、不具合が多いことに慣れているからなのか、諦めているからなのか、細かいことは気にしないからなのか…。
トラブルさえも笑い話にしてしまうようなところがあります。
もちろん終了後にディレットーレに怒って詰め寄ったり、返金を要求している人も皆無(トラブルの大小にもよると思いますが)。
色々な意味で日本ではありえないことが起こるここイタリアですが、こういう大らかなところ、いいな~と思います。

プーリア便り9-2

 続いて本番25日。
いただいた後にツリーの元に置いておいたプレゼントを25日の朝に開けるのがお作法…なのですが、私もGIANも気になって気になって、いただいたそばからそ~っと開けては戻していました。
GIANからのプレゼントはコート、私はGIANが好きなメーカーのワインクーラーとフランチャコルタ(伊の高品質スプマンテ)を一緒にプレゼントしたのですが、ワインクーラーは前日のパーティーで早速大活躍でしたし、フランチャコルタも義妹に目ざとく発見され、25日を待たずして消費(笑)。
また、日本のお歳暮と似ているのですが、GIANの顧客からも色々なプレゼントをいただきました。
 例年、大半はワインやハムなどの詰め合わせの類なのですが、プーリアらしくておもしろかった物は新鮮魚介類の詰め合わせ!
 これは24日にみんなでおいしくいただきました。
  
さて、25日は義弟宅で肉メインのフル・コースでお祝いでした。
 私は特にこの時期のよそのお宅訪問が大好き!
どこのお宅も思い思いのクリスマスの飾り付け満載だからです。
 おくさんのローザは主婦の鑑のような人で家はいつも塵一つなくピカピカ。
今回も至るところにセンス良くクリスマスの飾りつけがされ、たくさんのキャンドルが灯っていてとてもすてきでした。
PC250109.JPG  
彼女はお料理もお菓子作りもとても上手。そんな
 ローザが作ったクリスマスメニューは…。
 
【前菜】
この日も様々な前菜をいただきました。
 メインの肉料理に合うサラミやチーズ類、russula
PC250096.JPGという大変貴重でこちらではポルチーニより人気
 があるキノコのマリネなどなど。
また義弟一家は趣味でオリーブを育てており、彼らのオリーブから作られたこの秋できたてのオイルは隠れた主役。ついついパンと共に食べすぎてしまいました…。

【プリモ・ピアット】
パスタのオーブン焼き。この日は円形に作ってケーキのように切り分けられ、見た目も華やかでした。
 
【セコンド・ピアット】
ウサギの肉詰め焼き。
ローザが作るこの料理には大勢のファンがいます。
ウサギはイタリアに来てから私も食べる機会が多くなりましたが下手するとパサ付いたり味わいが淡白だったりしてあまり好きでないのですが、ローザが作るととってもジューシーで旨味たっぷり。
ウサギに限らずジビエ料理はこちらで大変ポピュラーなのですが私は未だレパートリーがなかなか増えていません。
2010年はローザに習って少しづつマスターしていきたいな。

【デザート】
昨日同様果物から始まり、義母手作りの伝統菓子、加えてローザ手作りの栗のリキュール煮(栗の渋皮煮のイタリア版のようなもの)やみんな大好きなチョコレートなどが並びました。
イタリア人は老若男女問わず甘いものが大好きで大の大人も食後酒片手に次々と口に放り込んでいました。
  
食後はみんなでトンボラ(tombola)というビンゴに似たこの時期に行われる伝統的ゲームをしながら、にぎやかに過ごし、この日も7時頃にお開きとなりました。
この日は夜に友人が我が家に集まったのですが、おもしろかったのはみーんな「おなかがはちきれそうだからビールとナッツくらいであとは何も用意しないでいいよー」と口々に言ったこと(笑)。
どこも家族が集ってにぎやかにおしゃべりしながらとにかく食べる!と言うのがクリスマスの過ごし方の定番のようです。

プーリア便り9-1

Ciao dalla Puglia !
本年もよろしくお願いいたします。

年始の挨拶直後に恐縮ですが冬休みにつきUPできなかったクリスマスの様子をお送りしたいと思います。
多くのイタリア人にとって最も大切な行事(と言っても良いでしょう)であるクリスマスの雰囲気が伝われば幸いです。

クリスマスは家族揃って祝うもの…といっても日本のお正月同様、この習慣も少しづつ希薄になってきているようなのですが、南イタリアではまだまだ健在。
今年は24日は我が家、25日は義弟宅にて、普段離れて暮らす家族や親戚も帰省して連日総勢約20人が集まってお祝いしました。
 
昨年は義母宅開催で私は少々お手伝いしただけ。
なので総勢20人ともなるとまずどれくらいの材料が必要なのかもピンときません。
メニューも調理器具や作業時間が重なり過ぎないよう考えないといけません。
今回GIANはもちろん、料理上手な義弟や親戚も共にメニュー作りや買物など事前準備をし、当日も朝から手伝ってもらいました。
デザートは義母が恒例のクリスマス伝統菓子を数日前からこつこつと準備(おせち料理同様クリスマス菓子は日持ちするものが多く、中に詰めるクリームだけ当日作ります)。
  
こちらではイブは魚料理を食べる習慣がありますのでメニューは魚づくしのフルコース。

【前菜】
プーリアは前菜の皿数がとにかく多いことで有名。そして日本人同様、生の魚介類も大好きなので、まずは乾杯のスプマンテと共に様々な生貝(レモンのみでシンプルにいただきます)、エビやスズキのカルパッチョを。
そして義弟自らが釣ったマグロを持ってきてくれたのでこれは鮨(写真は箸の練習中である義弟の唯一の成功の瞬間)、刺身、タルタルに。
他にもアンチョビのパン粉焼き、タコとポテトのサラダ等々。私はこの時点で既におなかが少々きつめ…。

sushi.JPG【プリモ.ピアット】
パッケリのグリーンソース(PACCHERI AL VERDE)。
パッケリ(大きく太い筒状のパスタ)にエビから取った濃厚なダシとバジリコ、イタリアンパセリ、ホウレンソウで作った鮮やかな緑色のソースを合わせます。
具はムール貝、エビ、イカ等々海の幸満載。とーっても手がかかっている分、様々な材料からの濃厚な旨味たっぷりでとーってもおいしいのです。

verde.JPG【セコンド.ピアット】
セコンドはタイのオーブン焼きとウナギのグリルの2品。
オーブン焼きは普段はスパイスやハーブと共にシンプルに焼くことが多いのですが、今日はキノコや野菜などをおなかに詰めてちょっと豪華なクリスマス使様にしました。
この時点で既におなかははちきれそうなのですがクリスマスに欠かせないウナギが待っています。
ウナギはイタリア語でanguillaもしくはcapitoneと言うのですが、クリスマスにいただくのはcapitoneの方。
capitoneと言う名称は太ったメスのウナギにのみ使われ、anguillaよりお値段も張りますがより肉厚で脂が乗っていて美味なのです。
これは1品目を食べている間にGIANがつきっきりで焼いてくれました。サーヴ前はみんな「もうおなかいっぱいで入らない~」と言っていたのに脂したたるアツアツのウナギのおいしさには勝てず…、きれいに平らげてしまいました。

【デザート】
dolci.jpgまずは果物。農業が盛んなプーリアは果物が非常においしく、かつ激安。
そのためでしょうか、毎食後プーリア人は驚くほどたっぷり果物を食べます。
果物が一段落したところで別腹のお菓子!
義母のお菓子に加え、家族や親戚も様々なお菓子、遠方から来た親戚はその地方のお菓子、とそれぞれ持ち寄ってくれたのでお菓子だけでキッチンテーブルがいっぱいになるほど(ちなみに写真中央に写っているのは消化を助ける薬。イタリアではこの時期、CMにも頻繁にこの薬が登場します)。

食後はメインのプレゼント交換。この時のために選んだプレゼントは大人数なので間違えないように包みに相手の名前を事前に書いておき、一人一人手渡します。
義母からはみんなにお小遣いでした。日本のお年玉みたいですね(子供だけでなく私までいただきましたが)。
その後はチビっ子達はツリーやプレゼーピオの周りで仲良く遊び、大人達は食後酒片手ににぎやかなおしゃべりが続き…、8時頃、長い長いランチはお開きとなりました。
もちろんこの日は夕食抜き。そして25日に続きます…。

PC240054.jpg 

プーリア便り8

Ciao dalla Puglia!

今回はプーリア便り6-2で触れたサン・マルティーノ聖堂(Basilica di S.Martino)についてもう少し詳しくご紹介します。

この見事なバロック様式の聖堂は1747年建立。ユネスコの平和文化モニュメント(Monumento Unesco messaggero di una cultura di pace)に認定されています。
以前もお伝えしたように17年にも及ぶ修復がやっと昨年終了したのですが、なぜ17年もの歳月を要したかと言うと修復に要する費用は国からの予算だけでは到底足りないため(イタリアには多くの歴史的建物や遺跡がありますから予算配分もさぞかし大変なのでしょう)、寄付が欠かせません。
資金が尽きるたびに寄付を募る → ある程度まとまった寄付金が集まる → 修復再開 …、というサイクルで続けていくためです。

単純に旅行でイタリアを訪れていた頃は「イタリアは地震や津波も少ないし、石造りだから火にも強くて建物が保存しやすいのだろうなあ」と考えていた部分もあったのですが、やはり歴史ある古い建物をきちんと保っていくというのは並大抵のことではなく、多くの人の協力と献身があって成り立つのだと知りました。
そのことを思うにつけ、彼らの強い愛郷心と信仰心に感心します。

おかげで今は聖堂内部も美しく整えられ、痛みの激しかったフレスコ画も鮮明に見られるようになりました。
内部にはマルティーナ・フランカの守護聖人である聖マルティーノ像が中央に鎮座し、数多ある天使や聖母子などの彫刻は全て真っ白な大理石、そして祭壇、壁、柱などに使われている色大理石も大変見事です。

San_Martino_altare_maggiore_finali_024.JPG 建築家であるGIAN は、建築部門リーダーとして他の学術部門の専門家、エンジニアと共に聖堂修復に当たりました。
床石を外しての地下調査もあり、多くの遺骨や宝物が発見され、とても興味深いプロジェクトだったそうです。
写真で見せてもらったその様子は映画「ダ・ヴィンチ・コード」さながらでした(これらの宝物は修復完成記念式典の時のみ一般公開されました)。
 
この聖堂の主、いつも優しい微笑を絶やさないフランコ神父は住民から「ドン・フランコ」と呼ばれ、敬愛されています。お目にかかるといつも「NAMIが幸せに暮らしていくこと、そして日本のご家族に幸多かれと毎日祈っていますよ」とおっしゃって下さいます。
私自身は仏教徒ですがフランコ神父がお祈り下さること、大変ありがたいです。

PC130440.jpg12/13(日)、地元の人々の心の拠り所であると共に町の中心であるこの聖堂でクリスマスコンサートが開かれました。
私達も石造りの高い高い聖堂内に響き渡る吹奏楽団によるクリスマス曲の演奏とソプラノの歌声を楽しみました。
時々、時刻を告げる教会の鐘の音が入り混じるのもイタリアならではですね。

今、イタリアの町々もクリスマス一色。「Auguri」「Buon Natale」(良いクリスマスを!)の挨拶が飛び交っています。
私達は今年のクリスマスもイタリアの家族が集まってテーブルを囲む伝統的なスタイルで過ごす予定です。

去年は24日のイブ+25日の本番+26日の聖ステファノの日(祝日)+27と28日が土日、という暦の関係で計5日間パーティー三昧。
家族や親戚、友人らと昼も夜もおなかがはちきれそうに飲み食いしましたが…、今年は少しセーブしなければ!

皆様も良い年末年始を。
Tanti Auguri di un Sereno Natale e Felice Anno Nuovo

プーリア便り7-2

もう1つの目的である「カンデラーラ(Candelara)のロウソク祭」-電気を消し、ロウソクの光で町を彩るマルケ州ペーザロ県カンデラーラで開かれる祭です。
カンデラーラという町名は伊語で「ロウソク」を意味する「カンデーラ(candela)」に由来し、それにはこんな言い伝えがあります。

~昔々、まだ電気が無く、夜間勉強するには炎の光に頼るしかなかった時代、ペーザロ領主が築城に適した地を探していました。
彼は領地内の3箇所にロウソクを置き、最も炎が消えにくい地を選び、そこがカンデラーラの町となりました~

祭は12月5~8日にかけて開催され、私達は最初6日夜に出かけたのですが、既に遅く…。
目的地に到着する大分手前から道の両脇がびっしり車で埋まっていて全く駐車スペースが無かったため、翌日再訪問して鑑賞してきました。

PC070223.JPG 
翌日は4時頃到着し、クリスマス市を回りながら買い物したり、氷の彫刻で造られたプレゼーピオ(presepio:キリスト降誕の場を表現したジオラマ様の展示)を見たりしているうちに、町のそこかしこにロウソクが準備され、辺りも段々暗くなってきて….
5時半、一斉に町の電気が全て消え、目に映るのは無数のやわらかいロウソクの光、という光景が広がりました。そしてその中をロウソクの冠を被った光の神様、聖ルチアに扮した町の少女達の行列が「サンタ・ルチア」を歌いながら練り歩いてゆきます。
電気が消えた時間は15分ほどでしたが一瞬タイムスリップしたような美しい幻想的な光景に私達も周囲の観光客もうっとり…。
 
PC070313.jpg様々な電化製品に囲まれている現代、僅かな時間でも電気が使えないというのは相当不便な筈ですが、その分一層、全住民の町を大切にする思いや祭に協力しようという思いが強く感じられ、それらが更に祭を盛り上げているように感じられました。
 目に映るロウソクの光同様、温かい気分で町を後にしたのでした。

PC070293.jpg

プーリア便り7-1

Ciao dalla Puglia!
早くも師走、日本の街はクリスマスモード真っ盛りだと思います。
日本では11月初頭には完璧な飾り付けを呈するお店も少なくありませんが商業的な意味合いがかなり強いですよね。
イタリアではカトリックが最大宗教でクリスマスは彼らにとってとても大切な行事。
イタリアのクリスマスの正式なお作法は「12月8日のインマコラータ(Immacolata:聖母の無原罪の御宿りの日)に飾りつけ、1月6日のエピファニア(Epifania:東方の3賢人がキリスト礼拝に参じた日)の夜に取り外す」と決まっています。
とはいえ最近はフライングして飾り付けする人も増えてきたようですがそれでも11月末頃にようやくちらほら目にする程度。
飾り付け始める日も取り外す日も日本とは大分違いますね。

インマコラータの祝日に週末と休暇をくっつけて計4日間、GIANと共に中部マルケ州を旅行しました。
今回の旅行の主目的は「ワイン生産者、ブルノリ(BRUNORI)訪問」と「カンデラーラ(Candelara)のロウソク祭鑑賞」の2つ。
 
まずは6日にブルノリを訪問。
PC060069.JPGブルノリ家とは私が日本でワイン輸入会社で働いていた頃からのお付き合い。
電話やメールでやりとりをしていたブルノリ家の長女、クリスティーナはとても感じが良いうえに、イタリア人には珍しく(?) 締切もきちんと守るし、レスポンスも早くて正確。おかげ様でとーっても気持ちよくお仕事できたのです。
私の退職時には「私達はとても良いコラボレーションができていたからNAMIの退職はとても残念。でも必ず遊びに来て!」と言ってくれていたのが、この度やっと実現。
当日は日曜の朝にも関わらずクリスティーナとお父様のジョルジョが畑と醸造所を、その後クリスティーナと弟のカルロが町中にある彼らのお店を案内してくれました。

ブルノリのブドウ畑と醸造所はマルケ州アンコーナ県イエージ(Jesi)にあります。
良質なブドウ栽培に欠かせない条件である、日当たりがよく、急傾斜の丘陵地に位置する畑から彼らのワイン、グラッパ、オリーブ油が生まれます。
 
ジョルジョはまず畑を1つずつ案内してくれました。
PC060054.JPG収穫は既に終わり、ここ数年と同様、2009年もブドウは大変良い出来とのことで醸造後が今から楽しみです。
次に案内していただいたのは醸造所。
ブルノリは家族で伝統的手法でワイン造りをしている生産者ですが、フィルターやステンレスタンクなど衛生面や厳重な温度管理に要する設備は、良質なワイン造りのために最新のものを取り入れていました。
 
その後は4人でおしゃべりしながら地元特産のサラミとペコリーノチーズをお供にワインを賞味。
「ワインは土地の文化や伝統をも一緒に味わう飲み物なので、工場の大量生産のようなものではなく、ブルノリのワインのようにその土地や生産者のキャラクターがしっかりこもったものをこれからも大切に楽しんでいきたいと思います」と私が言うと「同感です。私達は高品質を維持するために今後も栽培や醸造はもちろん、商品化に至る工程全てを自分達の手で行っていきます。なので生産できる本数はこれが限度。先代もそうでしたし、今後もそれは変えるつもりはありませんよ」とジョルジョが言いました。
この思いは次の世代に受け継がれ、今後もブルノリはすばらしいワインを作り続けるであろうことを確信しました。

PC060072.jpgさて彼らのワインについてですが、イエージといえばワイン好きなかたはDOCワイン「ヴェルディッキ
 オ・デイ・カステッリ・ディ・イエージ(Verdicchio dei Castelli di Jesi)」がまず頭に浮かぶのでは?
辛口で瑞々しい味わいに続いてほろ苦い繊細な後味が来るこの白ワインはマルケが面しているアドリア海の幸を使った料理にはもちろん、繊細な和食にも合うし、食前酒としても使えます。
赤ワインでは同じくDOCのロッソ・ピチェーノ(Rosso Piceno)とロッソ・コーネロ(Rosso Conero)が有名でこちらはマルケの山の幸であるサラミや肉のローストの他、名物のオリーブの肉詰めフライ(Olive all’Ascolana)などフライ類にも合うと思います。
いずれも合わせやすく、普段使いできますがブルノリのワインはプラス、エレガントな味わいが特徴で数々の評価誌でも高く評価されています。
ダース買いして来たので我が家でも今後大活躍してくれそうです。

-続く-

プーリア便り6-2

イタリア鉄道のマルティーナ・フランカ駅を起点に私のおすすめコースをご紹介しますね。

まず駅から徒歩3分の聖家族教会(Chiesa della Santa Famiglia)。
1982年創立の新しい教会でモダンな外観ですが、一歩中に足を踏み入れるると正面の壁一面を彩る豪華なモザイク画に圧倒されます。
内部の梁や彫像は木製で温かみがあり、大変落ち着きます。

PA080041.JPG次にCENTRO(中心街)の標識に沿って歩くこと10分。
中心街入口の聖ステファノ門(Porta di S.Stefano)手前右側にヴェルディ劇場(Teatro Verdi)があります。
建てられたのは100年以上も前ですが今も現役で、映画や芝居の舞台として多くの人々を楽しませています。

PA040007.jpgそしていよいよチェントロ.ストーリコ。石灰岩や大理石で作られた真っ白なバロック様式の建築群に包まれた美しい白い町並みに入ります。
門をくぐってすぐ右手はドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)。
現在は役所として使われている他、様々な芸術活動に開放されています。
特に力を入れているのは音楽活動で、室内楽のコンサートが開かれたり、夏に3週間ほどかけて開催される「イトリア谷 音楽祭(FESTIVAL DELLA VALLE  D’ITRIA)」の時期は海外からの音楽家やオーケストラも招いて毎夜、中庭でオペラやクラシックの野外コンサートが行われます。

PA040010.JPGドゥカーレ宮殿の次は地元民が「まるでカスバ(アルジェ旧市街)のよう」と呼ぶ細い迷路のような通りを進んでいきましょう。
通り沿いの店を見たり、民家から流れる話し声や音楽を聞いたり、時分時には各家庭から漂うおいしそうな匂いをかいだりしつつ、にぎやかな方向へゆるい坂を上っていくとマルティーナの中心点であり、最も高い標高に位置する聖マルティーノ聖堂(Basilica di S.Martino)に着きます。
マルティーナの守護聖人の名を冠したこの1747年建立の見事なバロック様式の聖堂は、17年にも及ぶ修復がようやく昨年完了したばかり。
その美しさに魅かれてマルティーナ住民のみならず、他の町からもここを結婚式場に選ぶ人も多く、休日にはパイプオルガンの音色に合わせて幸せそうに聖堂から出てくるカップルを見かけることも多いです。

PA040005.jpg以上、駆け足で紹介致しましたがいかがでしたでしょうか?
今回はマルティーナの一部のみですが、今後も機会を見てプーリアの他の地域やおすすめの店、マルティーナについてももう少し詳しくご紹介していく予定です。
日本人旅行者には研究し尽くされた感もあるイタリアですが、プーリアは見応えが多くありながら日本人観光客にあまり知られていない地域のようで、日本のガイドブックの情報などもまだまだ十分ではないように思います。
このブログが少しでも参考になれば幸いです。

プーリア便り6-1

Ciao dalla Puglia!
様々な季節の話題を取り上げていたうちに順序が逆になってしまいましたが、今回は2度に分けて我が町イタリアのプーリア州ターラント県マルティーナ・フランカ(Martina Franca)をご紹介します。
 
プーリア州はイタリアの踵部分にあたります。
マルティーナ・フランカ(以下マルティーナ。地元民は愛着を込めてこう呼んでいます)は、そのプーリア州の真ん中くらい。
北側のアドリア海、南側のイオニア海から共に30km程に位置する人口約5万人の町。
南伊というと輝く太陽、温暖な気候、というイメージがあるかもしれませんが、マルティーナは標高431mの丘の上に位置するので冬には雪が降る日もあるんですよ! 

マルティーナが位置する一帯は「イトリア谷(Valle d’Itria)」と呼ばれており、他にもアルベロベッロ(Alberobello)、ロコロトンド(Locorotondo)等のかわいらしい町がたくさんあります。
この一帯は「白の町」という別名を持ち、文字通り壁も石畳も真っ白。天気のいい日は日光の反射がまばゆく、サングラスが欠かせません。

DSCN1046.JPG旅行者にも人気があるこれらの町のチェントロ・ストーリコ(centro storico)と呼ばれる歴史的市街区は、石灰岩や大理石で作られた歴史あるバロック様式の建物やトゥルッリ(trulli)と呼ばれるプーリア州の中でもこの一帯だけに見られる円錐形の屋根の家並みが美しく保たれています。
アルベロベッロのトゥルッリ群は世界遺産にもなっているので有名ですがトゥルッリがあるのはアルベロベッロだけではありません。
イトリア谷の町はどこでも住居や農作業小屋として使われている本来の姿を今も保っている生活感溢れるトゥルッリがたくさん見られます。
トゥルッリのB&Bもあるので旅行中に実際に滞在するのもおすすめです。

P9090084.JPG手前味噌になりますが、マルティーナはイタリアの都市の中でも色々な意味で、かなりレベルが高い町なのではないかと思います。
例えば、建物の造りが丁寧で伝統的建造物もきちんと保存されている(チェントロ・ストーリコは伝統的建造物を残さなければいけないのが、中には近代家屋への立て替えが横行している町もあるのが実情)、公共の場も汚れていない(なぜかイタリアは犬の糞を始末しない人や平気でポイ捨てをする人などがとても多く、汚れている町も多い)、ピザ屋はどこも薪窯を使っている(他の町では電気窯を使っている店も多く、ピザの風味が全く異なってしまう)・・・という具合になんでもない普通の生活が特に法律等で厳しく決められて
いなくても手抜きなくきちんとしているのです。

-続く-

プーリア便り5

先週末はGIANが建築見本市、私が大使館にそれぞれ用事があったため、小旅行も兼ねて金~日曜にローマに滞在しました。
ローマ中心部は旅行や留学で滞在されたことのあるかたも多いと思いますし、情報も多くありますので、今回は日曜に出かけたアリッチャ(Ariccia)について綴りますね。
 
アリッチャはローマ中心部を抜けて30kmほど郊外に位置する町。
イタリアの町はどこもそうですがチェントロ(centro)と呼ばれる中心部に教会や商業施設が集中しており、それを抜けて車を30分も走らせれば、様々な作物が植わる農園や牛・羊などが草を食むのどかな風景が道の両脇に広がってきます。
それは首都ローマを抱えるラツィオ州でも同じこと。
気軽に自然が溢れる場所に出かけられるのは、私がイタリアを好きな理由の1つでもあります。

そしてアリッチャは海抜412mに位置するので見晴台から臨む景色は格別!
特にこの時期は収穫が終わり、紅葉が残るブドウ畑の景色が美しいです。
見所も聖母被昇天教会(Collegiata Maria SS. Assunta in Cielo)、キージ宮殿(Palazzo Chigi)、水道橋など色々ありますが、なんといってもポルケッタ(porchetta:子豚の丸焼き)で有名な町です。もちろん私達もいただきましたよ!

アリッチャを抜けるアッピア街道を1本脇に入ったボルゴ・サン・ロッコ通り(Via Borgo S. Rocco)は言わば‘ポルケッタ通り’。
通りの両脇は全てポルケッタの店で呼び込みも激しいので初めて訪れる際はどのお店にしようか迷ってしまうかも。
その中で私達が行くお店は‘オステリア ヌーメロ・ウーノ(OSTERIA N.1)’と決まっています。
他の店は行ったことがないので「ここが1番!」かどうかは分かりませんが、ポルケッタはもちろん豊富なハムやサラミ類もおいしく、またカジュアルながらも温かく気の利いたサービスも気に入っています。

PB150405.JPGオステリアとはイタリア版居酒屋と言うかカジュアルな食堂のようなもの。クロス類は紙、気軽に飲める地ワインが並び、所狭しと置かれた長テーブルと椅子に案内されます。
時分時はもちろん相席なので近くの席の人に「ちょっと失礼(Permesso)!」と言いながらスペースを詰めてもらって腰を落ち着けましょう。
時には流しのアコーディオン弾きが来たり、近くの席の人と会話が弾んだり、こういう店ではにぎやかな雰囲気もごちそうのうちです。

PB150396.JPG今回はポルケッタ、数種の生ハムやサラミ類・チーズ類・ポレンタなどの前菜盛り合わせ、肉の炭火焼の盛り合わせを注文し、どれもおいしくいただきました。
そして今回の名脇役はイタリア各地でそろそろ出回ってきたヴィーノ・ノヴェッロ(vino novello:新酒)。
イタリアでは11月11日のサン・マルティーノの日(S. Martino di Tours)にブドウがワインになるというという言い伝えがあります。
日本でも有名なボージョレ・ヌーヴォーは解禁日・ブドウ品種・生産地区など全て統一して決められていますが(フランス人はこういうところ、イタリア人に比べて商売上手)、ノヴェッロには、その年に収穫したブドウで造るという以外、決まりはありません。
その分、当たり外れもありますが、各地で色々な品種や作り手のノヴェッロを味わえる楽しみがあります。
私達がいただいたのは地元アリッチャで作られた‘TENTAZIONE D’AUTUNNO’その名も‘秋の誘惑’。
素朴な果実味とほんのり甘みも感じられ、名前通り秋の料理にピッタリな味でした。

この時期にイタリア滞在されるかたはレストランやエノテカで“E’ arrivato il novello(新酒到来)”の張り紙を見かけたらぜひ各地方のノヴェッロを秋の料理と共に楽しんでみて下さい!
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プーリア便り4

イタリアに来てからホームパーティーの機会が随分増えました。
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着席スタイルで本格的なフルコースの時もあれば、立食でピザパーティーやパンツェロッティ(様々な具の包み揚げ、プーリア版ミニカルツォーネといった感じ)パーティーなど一品料理の時もあり、‘旅行の写真鑑賞’‘釣りや狩りの獲物のお披露目’‘ダンス’とテーマがある時もあれば、ひたすらおしゃべりの時もあり。
夏であればテラスや庭で、冬であれば暖炉の前で、一年を通して開かれ、そのスタイルも様々です。

またゲストの時は「早めに行って手伝うことある?」「何か料理を持っていこうか?」、ホストの時は「殻むきを手伝ってもらえる?」「前菜を何か一品お願いね!」などなど。
機会が多い分、遠慮なく気軽に手を借りたり持ち寄ったりもします。

料理と演出も楽しみの1つ。新しいレシピを教えていただいたり、参考にしたいすてきなテーブルセッティングやサービスにもたくさん出会います。
 
私達がホストの場合、私が必ずと言っていいほど作るのが、ちょっと早めに調理してそのままほったらかしておいても温かいまま保たれるオーブン料理。
来訪時間が読めない、よく言えば時間に大らかな南イタリア人。きっちり時間を決めるのはビジネスライクに感じて嫌う人も多いので、友人同士のパーティーではそもそも厳密な集合時間を決めません。ですので温めなおさずに済むオーブン料理は大活躍。

ランチであれば1時前後、ディナーであれば9時過ぎ頃からお客様が来始めます(南伊の食事開始時間は日本に比べて約1~2時間遅いのです)ので、それ迄にオーブン料理の仕込み、冷蔵庫で冷やしておく料理、食前酒と前菜を準備します。

前菜に関してはチーズやハム類、野菜の酢漬けなど、シンプルでおいしいものが豊富にあるので全く手間なし。なぜかというと専用のスライサーでカポコッロ(capocollo:豚の頸肉の生ハム。我が町、マルティーナ・フランカの特産)をスライスしてサービスするのはGIANの役目だし(私は未だにこのスライサーで手を切ってしまいそうで怖くて使えないので)、新鮮なモッツァレッラやブッラータ(burrata:プーリア特産のフレッシュチーズ。味わいはモッツァレッラに近いがより柔らかく、クリーミー)、義母手作りのドライトマトやアーティーチョークの酢漬け等は器に並べるだけ。
ハードチーズやサラミ類はナイフと共にオリーブの板の上に載せておき、ゲストに食べたい分だけ各自切り分けてもらうようにしています。
こんな感じでお客様全員が揃うまで、食前酒片手に好みの前菜を適当につまみながらソファでのんびりおしゃべりしているうちに、段々と人が集まってきます。
 
全員が揃ったらテーブルに場所を移してお食事開始。
P9270130.JPGオーブン料理はパスタ、魚介、肉、野菜、どんな食材とも相性がよく、下処理をした材料を放り込むだけなので簡単!
またオーブン料理に限らず、滋味豊かな素材が豊富なプーリアでは、それを生かしたシンプルな調理法が多いです。
究極にシンプルなメニューはBBQや暖炉の炭火を使って作られるグリル。マルティーナ・フランカは海が近いのでもちろん新鮮な魚介類も豊富なのですが肉の町としても有名で町中に20件もの肉屋があり、良質な素材と良心的なお店のおかげでグリルするだけでもおいしい立派なごちそうにありつけるわけです。

PA080043.JPG そしてホームパーティーにお招きいただいた時の様々なお宅拝見も大きな楽しみ。
というのもイタリア人のお宅はパーティーに限らず来客の機会が多いこともあってか、インテリアや部屋の造りがすてきなお宅が多く、みんなほんときれいにしているのです。
ホームパーティーの時、イタリア人はそのお宅訪問が初めてのゲストには、まず居間や食堂はもちろん、バスルーム、子供部屋、寝室まで自宅の中を全て案内します。こうすることでゲストに“自宅にいるように寛いで下さいね”“バスルームでも台所でも遠慮なく使って下さいね”という気持ちを伝えるのです。
イタリア人のセンスやおもてなしの心を随所に感じられるホームパーティー。ゲストとして、ホストとして、これからも楽しみたいと思います。

プーリア便り3

前回のブログに書きましたトスカーナで大量に拾った栗-こちらの家族や友達におすそ分けしてもま
PA210003.jpgだたっぷりあり…、せっかくなので友達をお招きして栗御飯で堪能することにしました。

メニューは純和食。
前菜:中トロとタコの刺身、揚げナスの南蛮ソースかけ
メイン:数種の天ぷら
付け合せ:海鮮サラダ
〆:栗御飯、アサリの潮汁
デザート:抹茶プリン

天ぷらパーティーは以前も主催したことがあったのですが、その時はお招きした人数が多すぎて、わたしは台所で天ぷらにつきっきりになってしまい、“Tempurista(テンプラニスタ)”というあだ名まで頂戴する始末…。
その反省から今回は和食大好きな友達4人をお招きして少人数で行いました。

日本米や基本調味料は帰国の際にまとめ買いしてあるのですが、それ以外の日本食材はプーリア州で入手するのはなかなか難しいので、あるもので工夫しなければなりません。例えば今回のメニューでも、南蛮ソースに使う酢は白ワイン酢を煮立たせて酸味を和らげて代用したり、天ぷらに使うカボチャは日本でメジャーな果肉の黄色いものが入手しにくいので果肉がオレンジ色のもの(ハロウィーンでおなじみのタイプ)で代用、栗御飯の器も茶碗代わりにカフェオレボウルを使う等々。

PA170019.JPGそんな在伊の涙ぐましい努力の甲斐あって(?)、どのメニューも好評でした。
おもしろいのはイタリア人ってワサビの辛さは苦手な人が多く、刺身にほ~んの少しつけただけで「辛い!辛い!」と大騒ぎなのに、揚げナスの南蛮ソースに刻み入れたトウガラシは平気な人が多いんです。
天ぷらも魚介ネタよりむしろカボチャ、ニンジン(葉も)のかき揚げなど野菜ネタの方が好評なのも少々意外。
主役の栗御飯は焼き栗にした後で御飯に混ぜ込んだところ、香ばしさも楽しめておいしさ倍増!
日本の秋の味覚をイタリアでイタリア人と共有した楽しい夜でした。

PA160002.jpg次回はお招きする機会もお招きいただく機会も多いホームパーティーの南伊スタイルについて綴っていきたいと思います。

プーリア便り2

イタリア人が小躍りして喜ぶと言うポルチーニ茸の季節がやってきました! GIANも私も御多分にもれずポルチーニ好きなので、平日は車で20分ほどの森林でキノコ狩り、週末はトスカーナ州で“キノコと栗の祭”を楽しんできました。

東京育ちの私にはキノコ狩りは縁のないものだったのですが、こちらで暮らし始めて、シーズン中はGIANと共に獲物を求めてちょこちょこ出かけるようになりました。
南イタリアは昼休みが長い職場が多いので(3時間くらい)、平日でもキノコ狩りが可能なのです!

キノコ狩りには免許が必要で事前にキノコの知識や見分け方などの講習を受け、合格者のみが手数料を支払って免許を得ます。免許保有者のみが採取可能となり、免許は毎年更新しなければならず、また交付された州でのみ有効なので、他州でキノコ狩りをする場合は同様の手続きを踏んで各州の免許を取得しなければなりません。
というわけで一緒に出かけても私はキノコを取ることはできないので、名目はただの森林浴となります。キノコを見かけた時だけこっそりGIANに知らせます(笑)
GIANは子供の頃から父親に付いてキノコを見つけるコツや見分け方、森林内を迷わず散策する方法などを自然に覚えたそうです。

さて肝心の結果は…、この日は少し気温が上がりすぎたため状態の良いものはあまり多くなかったのですが、それでも前の週に雨が多かったおかげで、30分ほど探したところポルチーニ含め数種のキノコをなんとか2人分の量は取ることができました!
帰宅後、早速これらのキノコの土や汚れを丁寧に包丁で落とし(水洗いは水っぽくなってしまう上、旨味まで失ってしまうのでNG)、ニンニクで香り付けしたオリーブ油でソテーして夕食にいただきました。
キノコが新鮮そのものですからちょっと塩を加えるのみにしてシンプルにいただくのが一番。しみじみおいしかったです!

PA060038.JPG続く週末はトスカーナへ遠征。
この時期は‘Toscana(トスカーナ)、sagra(祭)、日付’を入力してWEB検索すれば、秋の味覚を堪能できる催事情報がたくさんヒットします。
その中からシエナ県オルチャで開催のお祭をチョイス。秋晴れの日曜、13時頃到着すると既に焚火の上にかけられた大鍋で大量の栗が炒られ、様々な物産品を並べたスタンドが立ち並び、野外レストランは大勢の人でにぎわっています。
私達もまずは腹ごしらえ…。地区全体のお祭なのでこの日はどのレストランもキノコと栗にちなんだ魅力的なメニューを提供していたのですが、私達は地元のボランティアの人々が運営するレストランで食べることに。
公民館を会場に地元のマンマが腕を振るって料理し、サービスやお会計もこれまた地元の老若男女が協力し合って楽しそうに行っていました。
各3種のプリモ、セコンド、デザートがメニューにあり、ポーションは小さめだったので各1品ずつ頼んでそれぞれ味見をしながら、地元のDOCワインのモンテクッコと共に楽しみました。どれも美味でしたが中でもポレンタのキノコソースは絶品でした!

PA110047.JPG食後はこの日のために整備された森林浴コースを歩きながらキノコの勉強を
 したり(キノコと共に説明
PA110060.jpg板が立てられていた)、山のように落ちている栗を夢中で拾ったり、トスカーナの秋色に染まった風景を眺めたりして、体も心も秋を存分に堪能したのでした♪

プーリア便り1

Buongiorno! NAMIと申します。はじめまして! 
P3140207.JPG南伊プーリア州でGIAN(生粋のプーリア人)と共に生活を楽しんでいます。
 
世界遺産のカステル・デル・モンテやアルベロベッロのトゥルッリはもちろん、古代ギリシアやビザンチン、オスマン・トルコ、と歴史的に様々な国から文化の流入や侵攻を受けた影響の残る趣ある建物や遺跡、世界有数の美しい海であるアドリア海とイオニア海に囲まれた豊かな自然、その土壌から生まれる滋味溢れる素材を使ったおいしい料理やワイン、そして何より、すばらしい気候の影響でしょうか、のんびり、ゆったりしたリズムの暮らしと温かい人々…。これらに彩られた日常生活に加え、在住者ならではの新鮮で役立つ情報などもご提供できればと思います。
  
自己紹介代わりに「私とイタリアとの関わり」を
1997年 2月:
卒業旅行で親友と共にイタリアへ。ちなみに大学は栄養学専攻で“食べ物のおいしい国”ということで行き先決定。
初イタリアは人にも食べ物にもお天気にもばっちり恵まれて、最高の旅となると同時に言葉ができない、気持ちが伝えられないもどかしさを痛感。
1997年 4月:
新社会人として仕事に邁進するも“いつかイタリア語を勉強して再び戻りたいなあ”と漠然とではあるが常に思い続けるようになる。
2004年 4月:
ようやく一念発起! 時間を捻出してイタリア語講座に通い始める。
2005年 5月:
共通の友人から依頼されたボランティアガイドを引き受けた縁でGIANと出会う。
2005年10-12月:
ウンブリア州のUniversita’ per stranieri di Perugia(ペルージャ外国人大学)より奨学金をいただき、留学。
2006年 4- 9月:
留学経験を生かし、イタリアに関わる仕事に就くべく、貿易学校で勉強。
2006年10月-2008年 5月:
ワイン輸入販売会社イタリア部門に就職。仕事を通じて様々な体験や新しい知識を得ることができ、充実した日々を送るも、イタリア語の更なるブラッシュアップとワインについてきちんと体系的に学ぶ必要性を痛感。
また様々なワイン生産者とのやり取りを通じ、“実際に現地でワインの勉強をし、五感を使って様々なワインを味わいたい”という思いが日に日に強まる。
2008年 5- 6月:
日伊協会より奨学金をいただき、エミリア・ロマーニャ州のCultura Italiana(語学学校クルトゥーラ・イタリアーナ)で1ヶ月間、語学、ワイン、料理を学ぶ。
2008年 7月:
プーリア州でGIANと暮らし始め、現在に至る。

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P9270126.jpgそんなイタリア生活初心者目線から綴ります。まだまだ勉強の毎日ですがよろしくお付き合い下さいね。
  
☆風景や建物の写真だけでなく、本人の許可が取れた場合は人物の写真もお送りしていきたいと思います。
何といってもいちばんおもしろいのは人ですから!
私の記事や写真に興味を持ってくだされば大変嬉しく思いますが、無断での複製・転載・加工はお断りいたします。