シエナの裏-美術展

Siena.JPGはじめまして! イタリア中部の町シエナにあるダンテ・アリギエーリ校の金子です。
菜の花が春風にゆれるトスカーナよりお便りです。

今春シエナで、初期ルネサンスをテーマにした大規模な美術展“Le arti a Siena nel primo Rinascimento”の幕が開けました。
世界各国の135もの美術館から集められた芸術作品は、いずれもためいきの出るようなものばかり。
さながら優美なるタイムカプセルのごとく、在りし日の栄華を物語っています。
町を知る人の中には「え?ルネサンス?シエナ?栄華?」と思う方もいるかもしれません。
現在のシエナは人口6万人ほどの小さな町で、ユネスコに登録されているとは言え、芸術の都パリのような華やかさもなければ、メガロポリス東京のような都会のダイナミズムもありません。
また、ゴシック建築の町並みやパリオ祭に代表される「中世」「コンサバ」というイメージが浸透しているため、ギャップを感じるのはもっとも至極と言えます。
今回は、ステレオタイプのラベルを裏切るシエナの顔をご紹介したいと思います。

【歴史のミルフィーユ!】
映画のセットのようなレンガの町並みで有名なシエナですが、その起源は中世から大きく前にさかのぼり、紀元前のエトルリア人居住地が発祥とされています。
その後、古代ローマ帝国軍の城塞を中心に町は発展し、南北に縦断する巡礼路 via Francigena に沿うように3つの丘の上に広がっていきました。
強大な中世都市国家として勢力をのばすころ、旧市街地はおおむね現在の形となりました。
何世紀にも渡る変遷を経たものの、各時代の痕跡は今も町のいたるところにとどまり、エノテカの地下にあるワイン倉がエトルリア時代に掘られたものであったり、アパート内部に中世の教会のアーチが残されていたりと、歴史が日常に溶け込んでいます。

Santa Maria della Scala Retro.JPGまた、美術展の会場の一つともなっている Santa Maria della Scala は、時代の変遷を凝縮しているシンボルとも言えます。
現在、複合アート施設となっている建物は、エトルリア建築を土台に今世紀まで増改築が繰り返され、複雑な構造のあちこちにその歴史を宿しています。
代表的なフレスコ画は、建物がヨーロッパ最古の巡礼者宿泊施設・病院の一つとして使われていた当時を伝え、治療や慈善活動の様子をありありと物語っています。

【アバン・ギャルド】
もう一つのシエナの顔は、ルネサンスの夜明けに興ったアバン・ギャルドの精神です。
時代の最先端をゆくメンタリティは、強大な都市国家を実現するとともに、ヨーロッパ文化の発展にも大きく貢献しました。
この精神はルネサンス前派とされるシエナ派の芸術家たちにもよくうかがえます。
13世紀ごろの作品には、遠近法を試みたり、絵画のモチーフに風景を取り入れたりと、彼らが“primitivi senesi”の通称とは裏腹に新時代のアートを模索していた様子がよく表れています。
「金地の背景に聖人」という当時の定番をくつがえす飛躍的な転換は、あの世からこの世への視線の転換、現世の肯定というルネサンスの思想そのものです。
さらに、実生活の面でもシエナはヨーロッパ全体に多くの影響力を及ぼしていきました。
15世紀半ばには世界初の銀行と言われる Monte dei Paschi di Siena が生まれ、勢力下の町からは二人の教皇を輩出します。
また、続く16世紀には他の町に先駆けて本格的なイタリア語教育機関が設立されるなど、まさに最先端の代名詞ともいえる町でした。

現在のシエナは、伝統と現代の共存をめざすヒューマンサイズの町として21世紀を生きています。
さまざまな歴史的変遷の中、いずれの時代も町の精神には「調和」というキーワードが共通しているように思えます。
国立絵画美術館、キジャーナ音楽院、国立大学、諸研究所など、町が擁する多くの文化施設や教育研究機関には現在も世界中から文化人が集まり、国際色豊かな調和は、ルネサンス前夜に描かれたロレンツェッティのフレスコ画『善政』を彷彿とさせます。
lorenzetti buongoverno2.jpgこのような町シエナから、これから「旬のイタリア」をテーマにお便りをしていく予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。