こんにちは。シエナのダンテ・アリギエーリです。いよいよ、春本番となりました。みなさん、お元気ですか?
昨年度の「オペラ」をテーマにしたお便りに続き、本年もイタリア語の「音」にフォーカスを当てて伊日2か国語のお話をお届けします。2019年のブログテーマは、イタリア現代詩。歌うための言葉、と言われるイタリア語の魅力があふれる詩の世界へとみなさんをご招待します。
このお便りでは、みなさんと一緒に20世紀のイタリア現代詩の世界をのぞいてみたいと思います。イタリア文学史においてもとりわけて詩が豊かに花開いた100年間を考察しながら、その中でも特筆すべき代表的な詩やそこに宿る詩人の美学について見ていきましょう。
Il primo poeta che andremo a conoscere è Umberto Saba. Due elementi segnarono profondamente la sua esistenza e dunque la sua poetica: la nascita a Trieste, città-nido da cui non si allontanò mai, se non per brevi periodi e l’assenza del padre, che abbandonò la madre prima della sua nascita, provocando nella donna una profonda e lamentosa infelicità.
最初にとり上げる詩人は、ウンベルト・サーバ(Umberto Saba)です。サーバの人生を語るには無視することのできない2つの大きなポイントがあり、それは彼の詩作や美学にも大きな影響を与えました。まず一つ目のポイントは、トリエステという出生地。ごく短い期間を除いて、サーバは自らのふるさとを決して離れることがありませんでした。そして二つ目は、父親の不在。サーバを身ごもっていた母は父に棄てられ、深く傷つき悲しみと不幸に包まれていました。
Il legame di Trieste con la cultura austriaca e tedesca gli offrì l’opportunità di conoscere con notevole anticipo rispetto agli intellettuali italiani l’opera di importanti autori come Nietzsche e Freud. Tra il 1929 e il 1931 Saba si avvicinò alle teorie psicanalitiche, sottoponendosi egli stesso alla terapia con il triestino dottor Weiss, un allievo di Freud, nel tentativo di comprendere e alleviare le frequenti crisi depressive che lo tormentavano.
トリエステはオーストリアやドイツの文化と密接なつながりをもっていたため、サーバはイタリアの文化人たちに先駆けて、かなり早い時期にニーチェやフロイトといった大家の著作を読む機会に恵まれました。そして、1929年から1931年にかけては、精神分析学がサーバにとってとても身近なものとなります。たびたび苦しめられていた自らの抑うつ発作を理解して症状を軽減するため、サーバはセラピーを受けたのです。担当したのは、フロイトのもとで学んだトリエステ出身のヴァイス医師でした。
この経験は、サーバにとって大きな契機となります。サーバはそれを自分の人生や現実の世界を理解するカギとし、創作活動に反映して極めて現代的な詩を生みだしました。失われた心の安定を取り戻すために、胸を引き裂かれるような幼少期のトラウマを意識の表層に呼び起こした精神分析の経験。これが、詩人サーバを決定的に特徴づけるツールとなったのです。
「ベルト(Berto)」と呼ばれていた幼きサーバは、太陽のように喜びに満ちたイストリア人の乳母に3歳まで預けられたのち、抑圧的で被害者妄想に取りつかれていた母に厳しく育てられました。権威と罰の象徴である母親、父親の不在による空虚感、心がつぶれるような最愛の乳母との別れ。たとえ詩によって心の深い傷を埋めることができないと分かっていても、サーバは底知れぬ深みから自らの魂の声を詩に詠い、社会に順応して生活を送れるような精神的な統一感を取り戻しました。
Alla prima edizione del Canzoniere del 1921, la vasta opera che raccoglie le poesie di Saba, seguirono, in un incessante lavoro di rielaborazione quella del ’45, ’48, ’51 e ’61 (postuma). In esso le esperienze umane e artistiche del poeta possono essere lette come un grande romanzo psicologico in cui Saba, rifiutando ogni sperimentalismo delle forme, che appaiono semplici anche se mai banali, afferma la superiorità della verità onesta e profonda delle cose rispetto alla loro bellezza.
サーバの詩を幅広く集めた詩集『Canzoniere』。その初版は1921年に発行され、サーバによるたゆまぬ改訂を伴いながら1945年、1948年、1951年、1961年(死後に出版)と版を重ねました。人間として、また詩人としてのサーバの経験を収めたこの詩集は、壮大な心理小説として読み解くことができます。サーバは実験主義的な詩作を拒み、ともすれば平凡に感じられることもあるほどシンプルな形にこだわりました。物事の奥深くに宿る実直な真実は、形骸的な美しさに勝ると信じていたのです。
【イタリア語ワンポイントレッスン】
☆ 本のタイトル表記
日本語では、本のタイトルは二重かっこに入れて表記するのが一般的です。イタリア語の場合は、タイトルをイタリック体で書き、最初の文字を大文字にします。文章の中にタイトルを入れる場合は、その前に定冠詞が付きます。
例:
Alla prima edizione del Canzoniere del 1921…
☆ 町の名前と形容詞
イタリア各地の町の名前には、それぞれ形容詞があります。英語とは異なり、最初のアルファベットを大文字にする必要はありません。ただし、修飾する名詞に合わせて語尾が変形するので注意しましょう。
例:
Trieste トリエステ(町の名前) → triestino トリエステの、トリエステ人の(町の形容詞)
il triestino dottor Weiss トリエステ人のヴァイス先生
Siena シエナ → senese シエナの、シエナ人の
i vini senesi シエナのワイン
Triesteと同じようにFirenzeやPerugiaはfiorentino、peruginoとなったり、MilanoやGenovaはSienaのようにmilanese、genoveseとなったり、多くのケースには規則性があります。ただ、中にはAnconaとanconetanoといった意外な変形をする町もあるので、新しい町の名前に出会ったらその形容詞も調べてみましょう。
【お知らせ】
今年、シエナのダンテ・アリギエーリは創立40周年を迎えます。音楽をテーマにした新規開校コースMuSIcaや、イタリア語プラスαを学べる魅力的なプログラムをご用意して、実りあるイタリア留学のお手伝いをいたします。ご興味のある方は、ぜひ日伊協会の留学サポートにお問い合わせください。
ダンテ・アリギエーリ シエナ
(翻訳:ヴァンジンネケン玲)