イタリア マンドリン通信 
<コロナ第2波 ヨーロッパ到来><秋のハイク><隣人の疎開>

<コロナ第2波 ヨーロッパ到来>

5月に規制解除が始まり、7月までは数百人代の感染者数増であったのが8月下旬から千人代になり徐々に上がり10月頭に2千人代、そして11月7日に約4万人増になりました。余りの数字の上がり方に改めてこの感染力に驚きました。

原因は報道されているように、バカンス中から緩みだしたソーシャルディスタンス・マスク遵守が若者を中心に守られず、大人でもレストランでの近距離での同様な行動、下校後の若者や親子達の密な行動だと思います。

その様子を見ながら予想はしていました。残念です。一体あの辛かった2か月余りのロックダウンは何だったのか?そして10月25日に政府はまた規制を発令しました。(ミラノ領事館情報)10/26から11/24まで有効。更に11/3にイタリアを3つのゾーン別の規制に変更。

・移動制限:仕事上・学業上・健康上の理由や、必要性のある状況(宣誓書を携帯、5時から22時まで可能)除き、交通手段にかかわらず移動を禁止、或は5時から22時までは自由だが、他の自治体への移動は禁止。屋内外を問わず、同居していない親戚 や友人への訪問や面会は 認められない。
・飲食サービス業:営業は、持ち帰りか午前5時~18時まで。1テーブルには(同居者でない場合) 最大4人まで。ホテルや病院など、施設利用者だけに サービスが限られている場所は、営業時間制限の例外。宅配サービスや、持ち帰りサービス(※)は、引き続き営業可能。(※持ち帰りサービスは、5時から22時まで。但し、店の近辺での飲食は禁止。)
・学校:幼稚園~中学校までは対面授業継続。高校は75%以上の活動をオンライン教育。(自治体により異なる)
・ジムやプール:営業停止(一部例外あり。)。
・劇場、コンサート会場等:劇場、コンサート会場、美術館、映画館など(屋内外関わらず)
 市民に開かれた/観客が入る(aperto al pubblico)場所は閉鎖。
・広場は21時で閉鎖。

州により対応がやや異なります。この報道後、ナポリで反対デモが発生して混乱しました。毎日救急車のサイレンがまた多くなり、入院と救急患者の上昇が数字で表れています。感染者の上昇率が3月~4月とは異なり大きいです。ミラノの見本市の敷地に広大な病棟が完成した報道を見ました。重症患者への治療機器も足りなくなるでしょう。
テレビでは一日中コロナ感染報道が流されており、病院のひっ迫感が見えます。

友人は、仕事打ち切りが相次いで折角再開や新たな仕事に就いたのが、消えてしまいました。期間は1か月ですが、クリスマスに家族で集まり過ごすイタリア人達の楽しみは
どうなるのか???日本の友人達もユーロでの仕事がないため、円を海外送金で調達しないと生活できないと嘆いています。深刻です。

大手スーパーは混雑する時間帯は入場制限を再開しました。時間帯を外さないと長蛇の列となります。

私もレッスンはまたオンラインに戻りました。。。再開したばかりのオーケストラの練習も中止。辛抱の時期が再開し、多分当分続くと予想されます。ただ、3月の時より、2回目でもあり、皆慣れた様子ではあります。。

<秋のハイク>

10月と11月ロックダウン直前に、友人を誘いいつものCANZOの山にハイクに行きました。夏は開いていた山小屋は一つ以外は閉まっており、やはりコロナのせいで夏だけの営業だと再認識しました。勿論テイクアウトだけでしたが。冬季は締め切りの小屋にハイカーが密になる状況は多分無理でしょう。。。その後は山小屋は完全閉鎖となりました。

山頂のMonte Pe`sora 1190m 山頂は風が強く寒かったですが、素晴らしい展望で、来た甲斐があると思いました。偶然にグライダーが湖上を飛行しており、接近して
きたのでビデオが撮れました。頭上を飛行して私達に挨拶してくれたようでした。

10月のハイクでは駅に着くと、本来1時間に1本ある電車が9月からダイヤが変わっており、17:35がなく次は19:05で待つ羽目に。。。バールで時間を潰して早めに駅に
行くとその電車も結局30分遅れとなりました。友人にWhatsAppすると集中豪雨の影響の様でした。

11月の時は、早めに切り上げ午後早めに帰りました。友人はイタリアの山は初めてで、来られて歩けて嬉しいと言ってくれました。大体は1回で軽いハイクでも、2回目はない人が多いので慎重に案内しました。暫く散歩以外は籠り生活です。外食は出来なくても、普段も殆どしないから良いですが、自然散策が出来ないのは寂しいですね。

<隣人の疎開>

今回のロックダウン数日前、家のチャイムが鳴り誰かなと思ったら隣のシニョーラのM.Lでした。手には小さな紙袋を持って。10月に出たミニロックダウンで、彼女は両親の田舎に暫く身を寄せると。ヴェネト州のウーディネで山のある所です。羨ましい。仕事はスマートウォーキングなので、この先どうなるか分からないミラノに居て不安な日々を過ごすより、両親家族の居る所で過ごす方が良いと判断したそうです。

ついては、共通廊下に出した植木鉢の水やりともし何かあったら知らせてほしいと。勿論快く引き受けました。そして小さなプレゼントだけどと、手紙とお母様手作り
のジャムをいただきました。

以前彼女とは特別親しい訳ではありませんでしたが、私が日本に一時帰国するたびに日本のカレンダーやお菓子をプレゼントしていました。あとで、メールで「どうして私にこんな優しいプレゼントをするの?」と聞かれました。友人曰く、イタリアでは家族・友人以外からプレゼントされる、する習慣がないからでしょうねと。

私は日本には「汝隣人を愛せよ」という習慣があり、大事にするものというのを幼い頃から親から学ぶと書きました。これはイエスの言葉ですが、彼女は知らなかったようでした。いたく感心され、とても素晴らしいと書いてきました。ですから、今回私にジャムを持参されたのだと思います。多分親元に帰って家族にそんな話もするのかなと思いました。実はそのジャム、蓋が固くて開けられてません。どうしようかと。。

イタリア マンドリン通信 
<スカラ座オーケストラのコンサート開始><ギターレッスン再開><コロナ状況>

<スカラ座オーケストラのコンサート開始>

9月にロックダウン中クローズしていた、スカラ座のプログラムが開始となりまずオーケストラのコンサートのテレビ中継がありました。

9月4日:ミラノ大聖堂内、新型コロナ犠牲者のためのヴェルディのミサ「Messa da Requiem」。
    スカラ座主席指揮者 Riccardo Chailly
    スカラ座オーケストラ・合唱
    歌手 ソプラノ・メゾソプラノ・テノール・バッソ
    マッタレッラ大統領ほか政府関係者と一般客(無料)多少

9月13日:ミラノの大聖堂前広場、Concerto per l’Italia
     スカラ座主席指揮者 Riccardo Chailly
スカラ座フィラルモニカ・オーケストラ
     ヴァイオリンソリスト
     一般観客多数

9月12日には、スカラ座にて再出発としてベートーベンの第九が行われましたがこれはテレビ中継はありませんでした。残念(>_< ) まず最初のレクイエムは、大聖堂の重々しい荘厳な雰囲気の中、尚且つ大統領を始めとする政府関係者が観客の殆どを占め、オーケストラおよび歌手・合唱は黒いマスクで登場し、歌と吹奏楽者以外はマスク姿での演奏となりました。 このレクイエムの音楽は、この半年間北イタリアが体験した辛い苦しい時期を過ごしてきた、その情景にふさわしいものであったと感じました。 対して13日の大聖堂広場でのコンサートは、広場一杯に用意された客席に一般客が溢れ、華やかな照明の中に浮かび上がった大聖堂前のオーケーストラの演奏は、ロックダウン以後の初めての大規模ななワクワクするものでした。曲目もバリエーションある内容で盛り上がり、観客のアンコールにも数回答える心晴れる楽しいものでした。

<ギターレッスン再開>

9月の学校再開により、私の通う音楽学校も対面レッスンが再開されました。事前にマエストロから、対面かオンライレッスンのどちらを希望するかの質問が届きました。私はロックダウン中のオンライレッスンで、矢張り難しいなと思いましたので、対面でと回答したら喜んでました。やはり音楽の指導は難しいと感じていたと思います。音も良くないし表現も説明しにくいですし。聞くと、ある生徒(ティーンエイジャー)はいつも父親と同席のレッスンしてましたが、コロナを心配してオンライレッスン希望だそうでした。イタリアでは中学生位でも親が同行のレッスンは普通のようです(友人談)。

<コロナ状況>

9月の中旬から学校が始まり、ロンバルディア州では学校関係で教員・用務員・技術教員等で約5300人の増強をしました。(La Repubblica記事)。机も二人用を1人用に入れ替えられました。公共交通機関内もやや規制が緩み、車内にベタベタ張られていたシールは剥がされましたが、新しいマスクの注意掲示がありました。つまり割と口はマスクしても鼻を外している人が多いからです。息がしにくいのだと思います。このアナウンスも数分毎にあります。またバスには、消毒用ジェルが配備されている路線もありました。結構細かい処置してますね。当然お店・レストランに入る時は検温とジェルを付けるよう指示されます。ですから、数件お店を回ると手がジェルでベタベタとなります。

主要なターミナル駅には警官がおり、時折外国人風の人々にドキュメントの提示を求めてチェックしてます。私も最近初めて声をかけられました。ハイキング姿にも関わらず。在住の証明書を持ってると言ったら、それならいいで終わりましたが。夏のバカンスでギリシャに旅行したミラノオーケストラの友人は、ギリシャ入国時とイタリア入国時で2回もPCR検査したそうです。友人の娘さんはスペイン在住で、マルペンサ空港で検査を受けて、ミラノ中央駅から移動。数日後に陰性の結果メールが届いたとか。彼女はすでにその日に移動してましたが。。。

映画好きな友人がやっと映画館が再開したと喜び勇んで出かけたら、200人収容が5~6人の観客だったとか。まだまだ警戒してますね。

マスクは出回っており、私も大手スーパーの割安50枚入りを€22.5でゲットしました。一枚あたり約55円位。医療用マスクです。移民の道端のお店では1枚更に半額でした。手縫いのマスクも着々と内職の様に作ってます。友人にプレゼントすると喜ばれます。ちょっとした気晴らしになります。しかしハンカチは日本の様に売ってないイタリア、手芸店に生地はあるようですが、沢山の量は要らないので、持参している手拭いやバンダナで縫っています。当然細いゴムもないので日本から送ってもらいました。

イタリア マンドリン通信 <ミラノオーケストラ、スフォルツァ城でのコンサート>
<友人とワンデイハイク><アパート水漏れ事件>

<ミラノオーケストラ、スフォルツァ城でのコンサート>

前回の通信に書きました、8月1日のミラノ・スフォルツァ城での夏のイベントコンサートが無事開催されました。連日猛暑で当日は40度を超える湿度高い日でした。幸い雷雨はなく、チケットも席がコロナ対応のため約半数の約300席がsold outになる人気となりました。人々も数少ないコンサートを待ち望んでいたのだと思います。

スフォルツァ城の夏のイベントは有名で、そこで演奏できるのは光栄な事ですし、ライトアップされたその歴史あるお城のシチュエーションは、うっとりでした。ロックダウン後の厳しい規制の後で、気分はもう高揚感で溢れていました。

ただし、この場所は物凄い数の蚊がブンブン飛んでおり、まさに私達人間は「飛んで火にいる夏の虫」です。数年前も多数刺され痛い思いをしました。前々日の練習でコロナ対策の換気のため、開け放した室内でなんとズボンの上から15か所も刺されたので、当日はイタリア製最強虫除けスプレイを何回も吹き付けコンサートに臨みました(効き目あり被害は2か所で済みました)。

プログラムは「映画音楽シリーズ」で、舞台オーケストラ背後上面に設置されたスクリーンに懐かしい映画の画面が映し出され、その挿入音楽を演奏して楽しむものです。観客は画面にくぎ付けで、かつてのスーパースター達の優雅な、そして当時を思い起こさせる数々のシーンとともに、色付けされた音楽を楽しんでいる様でした。

メンバーはバカンス中で半分位にも関わらず、やっと舞台で演奏出来る嬉しさと音楽を奏でる気持が、観客に感動を伝える事が出来素晴らしい舞台でした。観客も大満足だったと思います。コロナの為、客席は空けねばなりませんでしたが。厳しかった時期のあとのこの感動と例えようがない満足感で一杯です。

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<友人とワンデイハイク>

友人達に誘われて、北のアルト・アディジェのParco Adamelloにある「Valle Adame`」という山に出かけました。ブレイシャから約車で2時間でその山の麓の到着。そこから約1時間の急な石階段を登ると、そこは大きな山々に囲まれた草原でした。(標高2020m)雪解け水が速い流れで大きな川となっており、家畜が夏の間豊富な草とタップリの水のあるこの草原に放されていました。馬・牛・豚・ヤギなどが至る所でゆったりと一日中のんびりしてる様子を見て、私達は「羨ましい!」と。

日本では、まずこういう山はないですね。やはり大陸の景色です。イタリアには高山でも近くまで車で気軽に来られて、幼い子供連れでもハイクを楽しめる山が沢山
あります。日本でしたら近い所まで車道はないですから、まずこの高さに登るには4~5時間はかかるでしょう。往復で約16キロの行程でしたが、最近4回ほどハイクを
していたので、ひどい筋肉痛にはならずに済みました。

イタリアもコロナの被害は酷かったですし、まだまだ規制中でもあり、人々も余り思い切ったバカンスをしてません。地元地域のバカンスが中心のようでしたが、夏後半は、規制が緩んで海外からの例年のバカンス客(ドイツ・オーストリア・フランス)が多少戻っていたようでしたが、まだまだの状態です。

<アパート水漏れ事件>

8月15日はイタリアの祝日「Ferraagostoフェッラアゴスト」です。今年は土・日が連休で殆どのお店が閉まります。その前夜、流しの前の床が塗れており「?」、耳を澄ますとポッタンポッタンと音が。。慌てて中を除くとなんと不運にもキッチンの流しの下の水道管から水がぽたぽた漏れており、慌てて中の物を出して雑巾で拭き、ごみ箱を置きました。すかさずビデオで撮影。心配なので元栓締めて就寝。。

翌朝、まず業者に電話するも出るはずもなく。。。どうしてこんな日に!長期バカンス中の大家さんに連絡してビデオも添付。暫くすると電話があり、救急対応の業者に連絡したから1時間後くらいにそちらに着くと。しかし、まず70ユーロの出張費に被害程度によりどう金額が加算されるかは不明。多分かなり高いだろうと。

友人に聞くと、その手のSOSがぼったくられるという話。不安なまま水道屋が到着。見せて見積もりを聞くと、なんと350ユーロという驚きの修理代!すぐ大家さんと業者が電話で話して議論展開、しかし値段は下がらず費用負担は後でということで修理実行。他に方法なく仕方ないと大家さん。

イタリアでは、家の全ての管(下水道・ガス等)の故障については、壁の内側の管は貸主の負担、室内側は借主の負担と法律に規定されていることを知りました。私の大家さんは、とても礼儀正しく思いやりがあり「本来であれば、全額修理費用は借主負担だが、今回はとても例外的なケースで私にとって思い負担だから、半分持つけどどう?」と言ってくれましたが、私は全額貸主負担と思ってました(泣)。落ち着いて良く考えて、まあこの時期に起きた不運だけど、1日で直ったことはイタリアでは奇跡ですし、それで175ユーロなら安いと自分を納得させました。

2009年夏にイタリア短期留学したときも、洗面所の下の水道管破裂で水が噴き出しあっという間に寝室は床上20センチ以上のプールとなりました。なんとか大家さん
に連絡して駆けつけてくれ対処してくれました。その友人も他のアパートでやはり水道破裂があり、外出から帰り外から自分のアパート見たら、自分の部屋から水が
流れ出ていたと。

ミラノの友人にも話すと、「ああ、うちも昨年いきなり破裂してプールになったわ」と。イタリアの家は古いので、水漏れ事件は日常のようです。まあ、それでも家に居た時で良かったと思いました。今後は泊りで外出の場合は必ず元栓を閉めることにしました。こういうのは日本ではまずないと思います。

イタリア マンドリン通信 
<四重奏コンサート鑑賞><ガイド付きハイク参加><ミラノオーケストラ練習開始>

<四重奏コンサート鑑賞>

4月に開催する予定だった弦楽四重奏のコンサートが、コロナロックダウンのため延期となっていましたが、解除後改めて開催の知らせを受け取りました。友人の1人がその四重奏のヴィオラ奏者で、やっと音楽鑑賞が可能となりました。場所はミラノの郊外で、21;00が満員のため22:00の部を予約しました。

本来はこの建物内にある素敵な歴史的なホールでの予定でしたが、まだ室内のコンサートは禁止でしたので、建物の入口のポーチでの演奏で客席は外の席が用意されていました。ですが、22:00開始直前に雨が降り始め急遽そのポーチで演奏と立ち見でのコンサートとなりました。

何ヵ月ぶりの生で聴く音楽。久しぶりに、籠っていた気分が洗い流されるようなクラッシック音楽に鳥肌が立ちました。観客はマスク姿で立ちの鑑賞でしたが、特に問題なくコンサートは進みました。雨が止むと一部の観客は外の椅子に戻ったり、そのまま最後まで立ち見であったりとそれぞれでした。

マンドリンと違い、やはり弦楽四重奏は迫力あり、満足いく音量で羨ましいと思いました。照明の不備でチェロ奏者が譜面が見えないと一部演奏中断もありましたが、私の友人が機転良くスマホの照明で彼女の譜面を照らすというハプニングがありましたが、その後照明がすぐ用意され事なきを得ました。

この建物が夜照明に浮かび上がる光景は、その時代を思い起こさせるようなうっとりするものでした。ヨーロッパの貴族が、音楽をこんな場所で演奏させたのだろうと想像できます。

演奏終了後、ミラノまで友人奏者と別な奏者一緒に地下鉄の最終電車に乗り、お喋りしながら私はマンドリン活動についてお話ししたり。友人のお蔭でこの様な機会を持て、交友関係がまた広がる楽しさを感じました。

<ガイド付きハイク参加>

ロックダウン解除後、異なる州への移動が可能となり、早速友人が時折参加していたガイド付きハイキングに参加しました。その友人が、私達の体がまだ慣れないため「慣らしハイク」をガイドに相談しましたら、企画してくれたとの事。他の参加者が集いましたが、キャンセルもあり当日は3人の参加者でのハイクとなりガイドが気の毒でした。当日朝ドタキャン2件だったそうです。急病とかの理由では
なく少し酷いなと思いました。
場所はイタリアロンバルディア地方とスイスのティチーノ州との国境に近い「シギニョーラ(Sighignora)」で、イタリアのバルコニーと呼ばれている素晴らしい景色の所でした。スイスのルガーノ湖とその街並み、山の後ろにはマッジョーレ湖が垣間見えるというアルプスの景色を一望出来ます。

その日は電車・バスでの行程で、車よりやや時間がかかるため朝6:45の電車に乗りこみました。電車は時間通りでコモ湖の駅に到着。Lanzo行きのバスに乗りました。チケットはロンバルディア共通1日チケット€16.50というのがあり、ロンバルディアの公共交通機関全てが有効な便利なチケットです。都度チケット売り場を探したり買ったりする手間が省けて、割安です。

バスも時間通り出発しましたが、1時間余り乗ったところで突然途中の停留所で全員乗客が降ろされました(?)。乗り換え?と思いましたが、ガイド曰く「バスの運転手はガソリン入れに行った」との事。。。15分位で戻るらしいと。私と友人は唖然!他の乗客は特に気にしてないよう(日常?)でしたが。待っている間にガイドが地図を広げて今日の行程を参加者に説明。イタリアとスイスの境界線の真上ややスイス寄りの尾根道を歩いて、シギニョウーラに向かうとのこと。思った通りバスは15分で戻るはずもなく、やや遅れて戻ったバスに乗り直し出発。

10:00頃に登山口にて下車して、トレッキング開始しました。ハイライトはスイスとイタリアの国境の上の尾根道を歩くのですが、かなりの傾斜と落葉樹の枯れ葉が積もっており、ただでさえ細い50センチ以下の幅で歩きにくいと言ったらないというか、足元が緩いのでアブナイ山道でした。ところどころ更に山道がないような場所の通過があり、金属のロープを伝いながらでひやひやでした。

各参加者が不安を隠せない表情の中、ガイドは皆を励まし(?)一体いつまでこんな状況が続くのかわからないまま、ひたすら安全に通過をすることに集中しました。何回か参加した友人曰く「いつもこうなの。彼の提案するよく分からないコースを行くと通過出来れば良いけど、結局行けずに引き返したこともある」と。その場は絶対に引き返すなんて考えられず、通過出来る事だけを祈りました。結局目的地に着いたのは14:00で、もうお腹が空きすぎて体力消耗しました。(途中の休憩でバナナ1本食べたのは正解でした)。でも展望は素晴らしく参加者は笑顔で写真に納まりました。

下りはどうなのか?心配でしたが、問題ないスキー用スロープをたった1時間で下山。バスの時間迄、冷たい軽いアルコールRadler(ビールとレモンソーダソーダを割ったもの)を飲み爽やかでスッキリし、その日の苦しかった(?)歩きを忘れさせてくれました。

<ミラノオーケストラ練習開始>

ミラノオーケストラのプレジデントから、8月1日にミラノのスフォルツァ城の夏のイベントで、ミラノ市から演奏オファーがあったと連絡ありました。久しぶりのコンサートに心躍るニュースです。演奏プログラムは「映画音楽」のシリーズです。夏のイベントにふさわしい聴きやすいものです。

既にバカンス・シーズンに入ってますので参加者は募った結果約半数でしょうか。でも、主要なメンバーが集まっているようなので、しっかり演奏すれば何とかなりそうだとの判断だったようです。勿論私も長いバカンスないですから参加意志を伝えました。

7月初めからマスク厳守、換気とソーシャル・ディスタンスを空けた、いつもと異なる場所で練習スタートしました。3回目の練習から通常の場所で行えると聞き私は参加をしました。ところが、到着すると鍵がないことが分かり、プレジデントは色々連絡取り合ってましたが、どうやら持っているメンバーの家まで取りに行き、蚊が飛び回るその場所で待ち、約1時間後に入れました。。。いつも不思議に思うのですが、何故鍵の事を確認しなかったのか? まあイタリアですねで余り考えないことにしました。誰も文句も言わずお喋りしてましたから。こういう事はいつも鷹揚です。見習いたいです。そして再会を喜び、観客の期待を裏切らない演奏をしたいと皆張り切っています。

イタリア マンドリン通信 <新型コロナウィルス感染症の世界的流行>

<新型コロナウィルス感染症の世界的流行>

2020年開けて始まったこの新しい感染症の流行を、誰がこんなに世界中に広まるかを予測出来たでしょうか。

私は2月21日に日本の一時帰国からイタリアに戻り、その翌週から大変な事態となりました。北イタリアの小さな町コドーニョで発生したコロナウィルスは、その周辺に広がり周辺区域が封鎖されましたが、まだ北イタリア全体には広がっていませんでした。その後、感染はあっという間に北イタリアとイタリア全土に広がってしまいました。

3月初旬にイタリア首相がロックダウンを決定し、約2ヵ月半に渡る厳しい規制のある外出禁止令・商業活動禁止の生活が始まりました。

*3/12のコンティ首相の演説の最後の言葉*

「(現行の移動制限を指して)もし、皆がルールを守ったら、より早くこの危機から脱することができるでしょう。国は、私たち一人ひとりの責任を必要としています。6000万人のイタリア人が、毎日、大小の犠牲を払って果たす責任です。この危機が続く限り、私たちは同じ共同体の一部です。それぞれ個人は、自分の犠牲だけでなく、他人の犠牲の恩恵も受けているのです。これが我が国の力、ノルベルト・エリアスが述べるところの「諸個人の社会」です。

今日は距離を置きましょう。明日、もっと早く走るために、もっと熱く抱擁するために。皆で一緒に、きっと上手く行くはず。」

イタリア人は、この言葉を信じ受け入れました。日本人友人達も、「コンティ首相で良かった」と言ってました。

生活に必要な食糧と一部の営業を除いては、殆どのお店・活動がストップしました。世界にも知られたイタリアの尋常でない感染者数と死者数は、恐ろしいほどの勢いで上がり続け、ヨーロッパと世界中が次々と異常な事態となりました。

<ロックダウン徐々に解除>

そして家に籠る生活2か月半が過ぎ、数字が徐々に下がり始めました。5月8日にイタリア首相により徐々に生活を戻す「Fese2」という政令が発令され、段階的に経済・産業活動・文化活動、人々の行動範囲が解除されるという喜ばしい、しかし、完全に封じ込めてはいないこのウィルスとの共存が前提の生活が始まりました。

今このコロナについて語るには、とても言い尽くせない余りにも長い辛い日々であり、様々な出来事があり、人々はウィルスの恐ろしさを忘れてはならないですし、決して終わったわけではないのです。まだ6月21日現在、感染増は224人、死者は24人(ピークは3/27の969名)で、ロンバルディア、ピエモンテが殆どです。つまり経済中心地です。

人々の移動は州内は宣誓書なしで可能となり、6月3日から他の州への移動が解除になりました。また、EU加盟国・シェンゲン協定加盟国・英国・北アイルランド・アンドラ・モナコ公国・サンマリノ共和国・バチカン市国との移動は、証明される仕事上の必要性・絶対的に緊急である必要性・健康上の理由を除き,6月30日まで禁止のままです。自らの住所・居住地・居所への帰還は認められる。(在ミラノ日本国総領事館情報より)

現在はヨーロッパ中で、いかに経済を取り戻していくかの議論が毎日展開されてます。これからの夏に向けて、ガラガラの海辺や観光地がテレビの画面に寂しく映し出されています。。。観光収入のイタリアは海外からの観光客が来れないことには、どうにもなりません。

しかしマスクをするのは義務です。このヨーロッパで殆どの人々がマスクをしている姿は過去にない想像しがたいものです。コロナ流行が進むにつれ、マスク議論が毎日あり、結局マスクの必要性を認識する迄に長い時間がありました。マスクは医療従事者か病人がするものでしたから、当初かなりの抵抗がありました。私達(中国人・韓国人含む)は外で堂々とマスクをすることが出来ることにホッとしています。

しかしもう夏到来。人々はアペリティーボに繰り出し、夕方からもう密状態。マスクをしている人は殆どなし。パーソナルディスタンスは守られず、皆お喋りしまくりです。これが7月にどう反映されるのか? 北京・ドイツでの第二波は報道されてますが、人々は、もうあのロックダウン中のことは忘れている?ようです。まともな友人達は心配し嘆いています。私はまだまだ慎重です。必要以外stay homeです。

私の音楽活動(レッスン・オーケストラ活動)は、中断されたままであり、幸いレッスンはスカイプにより継続はしています。まだまだ、人が集まる活動は当分延期されており、いつ皆で演奏活動が再開できるかは不明です。

このマンドリン通信を再開したのは、この未知の感染症に怯え、ただただ家からⅠ一歩も出られなかった2ヵ月半の生活がやっと終わり、無事に乗り切ったとことの安堵感と嬉しさ、これからどうやって新しい生活をつなげて行けるのかを考え始めたからです。

例年通りの夏は迎えられそうもなく、でも自分自身を奮い立たせて、前に向かって行くしかありません。これから、少しづつまたイタリアの様子をお知らせするために書いていこうと思います。

<プロジェクト Suoniamo insieme>

5月初旬、ミラノオーケストラにフェッラーラのマンドリンオーケストラ”Orchestra Gino Neri”から、あるプロジェクトへの参加の誘いがありました。タイトルは”Suoniamo inseiem per il 2 giugno”です。目的は、この苦しい時期を乗り越えてFese2を皆が迎えることが出来、6月2日の”Festa della Repbblica(イタリア建国・共和国記念日”の記念すべき日に、私達マンドリン音楽を再出発の喜びと感謝を込めて、皆に聴いてもらいましょうという事です。

事前にそれぞれが自宅で演奏を録画し、リモート編集をして作るという大変な作業でした。最終的にかなりのオーケストラ総勢170人の参加となりました。

私も是非ともこの意味あるプロジェクトに参加したいと思い、参加表明しました。でも実際録画するのにイヤフォンで音源聴きながら、テンポを体に刻み、他のパートを聴きながら合わせるのは苦労しました。また、私のアパートは町中にあり道路に面しており、様々な騒音が入り何度も取り直しました(-.-;)。

また録画を撮るに当たり、注意書きがA4で4ページ位あり事前に良く読まなければなりませんでした(締切日・前奏ソロ部分の説明・全員が弾く箇所・画像解像度・横画面で録画・調律440ヘルツ・音源2つの使い方・速さ・音の大きさ・曲の表現ポイント・音の強調・衣装の色・録画ファイル名の付け方と送り先のURL・未成年参加者の場合届けなど)。締切日でしたので、なんとか間に合わせもうクタクタで大仕事でした。そのあとの編集は更に大変だったと思います。イタリア人がよく期限に間に合わせたと感動です。

今回のコロナで分かったことは、イタリア人は普段は期限守ることは余りないですが、緊急事態は仕事するのだと。速い!毎回の政令の文章も見事でしたし、給付金の振り込みも素早く(申請は勿論オンライン、初日殺到してパンクしたにもかかわらず)、感心しました。なんだやれば出来るんだと。

今回コロナ危機時にこの意味あるプロジェクトに無事参加でき、発表出来たことは喜ばしい限りです。一生の思い出の一つになりました。

イタリア マンドリン通信 <新年最初のミラノオーケストラのコンサート><本格的劇場での学生指揮者への指導テレビ放送><新しい友人との会食>


<新年最初のミラノオーケストラのコンサート>

新年開けて最初のコンサートは、”VIVA NAPOLI!”というタイトルで、ソプラノ歌手2人・テノール歌手三人との共演カンツォーネ・ナポレターナ特集でした。

プログラムは、それぞれの歌手が歌い、オーケストラがナポリに因んだマンドリン曲を挟み合計12曲でした。今回は、先月クリスマスコンサートが終わってその後バカンスに突入したため、練習とリハーサルをする日が少なくというか1回しかありませんでした。

コンサート2日前の夜、歌手2人とのリハーサルでした。オーケストラも殆どの譜面が初回であり、難易度は低いにしても歌い手とのテンポ合わせが難しく、?で終了し、やや不安残るなか当日の事前リハーサルとなりました。

しかし、いつもと同様2時間前集合でありながら、時間通り来たのは10名足らず・・・開始時間は30分遅れでした。テノール歌手とはその時初めてのリハーサルでした。なんだか分からない部分ありのまま本番突入。指揮者に合わせるしかないのです。歌手も、思わぬところでリタルタンド(ゆっくり)したりしますから、目が離せませんでした。つまり、歌手と指揮者を見つめつつの演奏(伴奏)でした。

まあ、多少不明瞭でも観客は歌手しか見てない(聴いてない)ので、余り気にせず目立たずで無事終了。皆偉い! さすがはイタリア人です。本番強いですね。練習ではあんなにメタメタでしたが・・・

北イタリアで、南の音楽をするのは結構珍しいですが、満員で観客は大喜びでした。やはり歌は大好きで一緒に歌ってました。まずは一安心でした。

<本格的劇場での学生指揮者への指導テレビ放送>

私が素晴らしい番組と思う一つに、イタリアでの有名な指揮者(スカラ座他)による若い勉強中の指揮者への、本格的劇場でのオーケストラ指揮指導放送です。

何度か見ていますが、ある夜に偶然に見ました。指揮者は、「Riccardo Muti(リッカルド・ムーティ)氏」で現代を代表する巨匠として知られています。

画面を見て驚きましたが、若手フル・オーケストラに、本格的なオペラ曲なので若手オペラ歌手も勢揃いしており、そのオペラ曲の指揮を手取り足取り指導するのです。つまり、オーケストラ・指揮者・歌手全部の指導なのでした。

勿論観客は関係者のようでしたが、その劇場はRavennaの本格的劇場でした。その放送は数時間に及び、学生指揮者がアジア人からイタリア以外の外国人含め、5~6人も登場しました。学生達はまだ指揮の振りが私から見ても、素人風で棒立ちでしたが、それでもこの有名な超一流の指揮者は、決して苛立つこともなく、ユーモアある指導と説明に唖然としました。なんと学生がリラックスして笑顔でその指導を受け入れているのです。

本格的な劇場で、フルオーケストラ・オペラ歌手というその舞台で指導受けるなんて、日本でしたら(まずないでしょう)学生はコチコチになると思います。

しかし、全体を通して何回もダメ出しをそのプロの指揮者はしますが、オケも歌手達も当然ですが学生指揮者に従うのです。

私は、こういう経験をさせてくれるイタリアの音楽指導の理解の深さに脱帽でした。素晴らしいです。大好きな番組の一つです。

<新しい友人との会食>

私の友人Sが、ミラノ学んでいる「占い教室」で知り合った友人との夕食会に私も招待してくれました。肉団子鍋! 喜んで、プロセッコとリクエストの抹茶ティラミスを作り持参して行きました。勿論小豆も炊いて。抹茶のお菓子は人気ですね~。

そのイタリア人女性Hは、ヴィオラ奏者で現在は引退して、現在は室内楽のクァルテットを編成しているそうです。多趣味でハーブも勉強しているとのこと。

私と友人Sはミラノ近くの山のハイクで知り合いましたが、彼女は画家で表千家の
茶道マエストラです。遊びでアコースティックギターを弾いたり、着物の着付けも互いにします。共通の趣味と私と同じ1人暮らしなので、何かと一緒に行動することが多いです。2人とも好奇心旺盛で何でも興味が沸くのです。私は音楽の楽しさとコンサートに出かけることを勧めました。そして今回の彼女の友人Hは北のBolzano出身で、山に詳しいです。

たった3時間でしたが、私達はかなり互いの情報交換を得て親しくなりました。Hさんは、私のイタリアマンドリン留学の経緯を興味を持って聞いてくれました。ご家族も器楽奏者がいて、4月にミラノで室内楽コンサートをすると聞き、私達は是非聴きに伺いたいと申し出ました。日本文化にも親しみあり、この日の和食メニューを全て美味しそうに平らげて、楽しい時間を過ごしました。

友人のお蔭で、新しい出会いはとても嬉しいです。マンドリン仲間は居ますが、音楽以外日常では中々イタリア人と親しくなれる機会は少ないので、これからの展開が楽しみです。

イタリア マンドリン通信 <ブレイシャのクリスマス・コンサート><カンティーナでのミニ・コンサート鑑賞><カゼルタでのクリスマス休暇>


<ブレイシャのクリスマス・コンサート>

12月からイタリアのそれぞれの町はイルミネーションが点灯し、クリスマスマーケットも始まり、すっかりクリスマスシーズンの到来です。ミラノのDuomoも恒例のリナシェンテデパートの豪華なイルミネーションと、広場の色彩豊かな電飾ツリーが観光客を楽しませています。

ブレイシャでは、西山みきさんが指導している我々「アルモニア・イン・ピッチコ」他二つのグループ合同のクリスマスコンサートが、ブレイシャ郊外のある素敵な教会で開催されました。

教会はまず暖房がありませんから、かなりの寒さを想定していましたが、当日は寒さはそれほどではなく安堵しました。

今回は、合唱も共演し神聖な歌声も教会にはふさわしく、私達も落ち着いた選曲で無事演奏を終えました。演奏後は教会側のリンフレスコという、手作りのパニーノやケーキを振る舞って下さるお茶会で、お客様と語らいつつワイン片手にゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。

<ミラノ・オーケストラのクリスマス・コンサート>


クリスマス・コンサートは、例年通りの「Piazzina Liberty」という練習場所に近い、雰囲気ある会場です。今回はハープのソリストを迎えての共演がありました。たった一度だけの合わせで、当日本番でした。正直言いまして、我らオーケストラは40数名の人数なので、あのハープの華麗な調べはかき消されてしまいます。ソロは良いのですが、一緒に奏でる場合はオーケストラはピアニッシモより弱い音で弾かねばならず、よく分からないうちに終わってしまいました。。。

お客様は、そのうっとりするハープの音色に魅了されていましたから、まあ良しとはします。が、余り向いているとは思えませんでした。

このコンサートは、12月初旬でクリスマス直前でないことから、お客様もメンバーも出席率高くて良かったと思います。この時期は、各地でコンサートが開催されますから、特に土日ですと他に流れてしまうのです。

<カンティーナでのミニ・コンサート鑑賞イン ブレイシャ>

前回の通信に書きました、マンドリン・ピアノ・オルガネットの「トリオ・アンコルディス」が、ブレイシャのボッティチーノ(Botticino)にあるカンティーナでのコンサートがあると聞き聴きに行きました。というか、その地のワインがかなり美味しいと聞いたので。

マンドリンの西山さんが教えている生徒さんのご家族が、カンティーナを経営されていてその試飲イベントでのライブを依頼されたとのこと。その辺りは大理石の産地であり、その大理石土壌がワインを美味しくするのだそうです。

演奏を聴きながら、3種類のワインをテイストしていくうちに、やはり最後の熟成ワイン「Gobbio」が他と比較すると最高に美味しく、ワインに詳しい訳ではありませんが、滑らかな口当たりが特別でした。音楽とワインと生ハム・チーズなんて最高の組み合わせですね。ワイン倉庫内の一角で行われましたから、部屋と異なり寒いのですが、暖かな薪ストーブが燃えており、雰囲気あるシチュエーションでした。

演奏終了後は、ワイン貯蔵施設も見学して、最後は勿論ワイン「Gobbio」を購入しました。日本ではかなりのヴィンテージワインのようです。

<カゼルタでのクリスマス休暇>

クリスマスには、例年友人家族の居るカゼルタで過ごしています。今年も事前に誘いがあり、また昨年に続き友人達とトリオで演奏する機会があると聞き、喜んで行くことにしました。

24日0時から、いつもの教会でのイヴのミサでの合唱伴奏をして、翌朝も来てほしいと言われて10:30から同様に演奏。連日でやや疲れましたが、この教会での伴奏はとても得難い経験で、まずこんな機会を与えられたことに感謝し、遣り甲斐があります。ミサ終了後は、複数の方が私達にお礼と素晴らしい演奏だったとのコメントを必ずしてくださいます。

今回のコンサートは、1800年代のイタリア人指揮者・作曲家のジュゼッペマネンテ(Giuseppe Manente)の生誕地モルコーネ(Morcone)で、カゼルタ友人の音楽友人仲間が企画した、セミナーとコンサートに呼ばれました。

カゼルタからは約70k位の所にあり、山の斜面に張り付くように家々があるイタリアらしい古い小さな町です。旧市街は道は細く、路面は勿論アスファルトではない敷石でアンティークな雰囲気漂う町でした。

会場は広く、イタリア語でAuditoriumoという町の公会堂でした。南イタリアらしくプレゼーピオが沢山飾られていました。幸い暖房はありましたが、ファンの音が煩く実際会が始まると切られてしまい、寒い空間となりました。

我らトリオが紹介され、舞台に上がり、まずイタリア・マンドリン作曲家で有名なカラーチェの2曲演奏後、セミナーが再度始まりコメンテーターのそれぞれ会話を挟んで、2回目はマネンテの曲を4曲演奏、セミナー再開と最後に2曲のやや難易度高い曲を用意しておりましたが、第一マンドリン奏者が寒さのため指が思うように動かないと言う事で急遽最後の1曲キャンセルしました。曲とコメンテーター達の話の間がかなり長くて指を冷やさない様に注意しておりましたが、本当にその曲を演奏出来ないのは残念でした。

こんな内陸の小さな町に、マンドリン演奏出来る機会で訪れられるのは光栄です。まして日本人でアマチュア演奏家でありながら、演奏に参加出来るのは友人達のお蔭です。演奏も地道にレッスンを続けながら、オーケストラでないトリオでの演奏が叶うようになり、イタリアに来た甲斐があると実感しています。

イタリア マンドリン通信 <ミラノ・マタロン・コンサート><三夜連続コンサート><イタリア異常気象>

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<ミラノ・マタロン・コンサート>

毎年会員になっている、あるギャラリーでの「Trio Ankordis」のコンサートでした。プロデュースしている2人のピアニストに、昨年彼女達のCDを渡して広報宣伝をしていました。このマタロン美術館では、毎年11月から翌年6月まで、月1回会員に向けてクラッシック中心ですが、様々なジャンルのコンサートを提供しています。

今回私が紹介した「トリオ・アンコルディス」は、ピアノ・オルガネット(小型のアコーディオン・マンドリンの編成で、曲は主にピアソラのタンゴ曲が中心で、あくまでクラッシックは弾かないのです。勿論編曲は彼女らが行い、それぞれの楽器の魅力を活かしたオリジナリティー溢れるものです。まず他には見られない音楽スタイルです。

全員がピアノのディプロマを取得しており音楽のプロです。私はブレイシャでこのトリオのコンサートに行き、ミラノでも是非コンサートで弾いてほしいと願っていたものです。ついにその機会が訪れて、彼女達は勿論のこと私も自分のプレゼンが成功したことを喜びました。

このギャラリーは奥にあり、観客はおよそ50~60人規模のプライベート的空間です。なんと、soldo out で満員のお客様の熱気に包まれたなかコンサートが始まり、聴衆は始めて観る・聴くこの音楽を食い入る様に飲み込まれて行きました。MCはピアノ担当が、にこやかにそして魅力ある会話で更にお客様を引き込み、私はそのコンサートの成功を確信しました。

約1.5hを通しで演奏し、もう盛り上がりは彼女達も聴衆も共有して、2回のアンコールで全ての演奏が終了し、割れんばかりの拍手と「Brave!!!]の連呼で、私も感動で涙が出そうになりました。3人のもう演奏しきった安堵の笑顔は素敵でした。トリオ・アンコルディスはすっかり聴衆の心をとらえたようです。主宰者もシーズン最初のこのコンサートの成功を大変喜んでおりました。

<三夜連続コンサート>

11月の初旬の週末に、三夜連続同じミラノのホールでコンサートがありました。以前、このマンドリン通信に書きましたがミラノのスカラ座を小さくした、アンティークな劇場です。舞台も狭いのでミラノオーケストラ全員が乗れません。でも、小さいのでマンドリンの様な音が小さい楽器には相応しいとは思います。

同じブログラムとはいえ、三夜連続は結構キツイと皆言っておりました。ある程度人数は3日間ばらけて、なんとか終了しました。指揮者は、曲の合間にフランクに聴衆に話しかけたりするものですから、すっかりリラックスな雰囲気でした。

最終日には、指揮者の曲紹介に物足りないのか、ある年配シニョーラが指揮者が指揮棒を挙げた時、大きな声で「作曲者は誰なの? 説明してくれないとわからないわ!」と大きな声で言うものですから、一旦指揮棒を下げ説明する羽目になり小さな劇場は爆笑の渦に。それからは、指揮者は彼女のリクエストに答えて(?)、司会者の説明ありながら更に時代背景その他曲紹介を加えて説明するようになりました・・・親切。

そして、全曲終了後は熱い拍手とBravi!!!の連呼のなか、「Bis! Bis!(アンコール!)」とまあ、いつもながら続いた訳です。そして指揮者再登場し、アンコールにお答えすべく挨拶すると、すかさずそのシニョーラの発した言葉が「Eh il bis è obburigatorio!」(アンコールは義務よ!)でした。これには、またまた大爆笑でした。

この劇場は小さいながらも、結構本格的なクラッシックな劇場のコンサートですが、この掛け合いには笑えましたね。かなりフランクでユーモア(?)ある堅苦しくないコンサートでありました。これもイタリア人モード満載のユニークさに溢れ、まず日本ではありえない、微笑ましい?笑える楽しい時間となりました。本格的クラッシックコンサートでは、こんなことはないと思います。マンドリンという楽器が、聴衆には受け入れやすい聴きやすい親しめる音楽なんだろうなあと感じました。

<イタリア異常気象>

11月は晴れた日が数える位しかない雨の多い月でした。ニュースでご存知かと思いますが、ヴェネツィアのアックア・アルタ(満ち潮で水位が上がる)は有名ですがとんでもない高さの水位になり、水位を堰き止めるMose」という設備が完成していない政治のスキャンダラス問題も議論になり、毎日報道されてました。

南プーリアでは石の町マテーラが大洪水になり、濁流が町の道路の様々なものをなぎ倒して行く恐ろしい様を動画で見ました。また北イタリアでは、早すぎる豪雪により道路を閉鎖させ、雪崩を引き起こしとイタリア全土の様々な都市で異常気象による被害がこれでもかと襲いました。

日本でも大型台風による甚大な被害を受けましたが、ここイタリアでも同様の自然環境の、大きな変化を感じさせる出来事が度重なって起きています。今まで穏やかだった欧州大陸・地中海が地球温暖化による環境変化がじわじわと起きていることを痛感します。

来年は東京オリンピックが夏季に開催されますが、日本の報道を見ても不安材料が沢山あり、特に台風と暑さによる影響がイタリアに居ても心配でなりません。

イタリア マンドリン通信
<新しいギターとの出会い><クーネオ栗祭り><アコースティックギター>

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<新しいギターとの出会い>

イタリアでクラッシックギターを始めて5年目となりました。最初は軽い気持ちで始めましたが、やはり正式に毎週レッスンをしていると、それなりの努力と精進する気持ちが大事で、先生の指導に応えるべく気持ちも生まれて来ています。

現在のギターは、イタリアの友人ギタリストからプレゼントされたYAMAHAの練習用のギターで、ほぼ初心者にはふさわしいレベルでした。

しかし、最近今後の自分のレベルのあり方や、どういったギターの表現を学ぶのか、もう少し、深くクラッシックギターを理解したいと思うようになりました。

ミラノの日本人ギタリストに相談し、細かいことを教えてもらいました。その時彼は私のギターを試し弾きしながら、こう言いました。「関さんのギター4年間は、その年輪に合わせたレベルにあるからこそ、今の楽器では不満なんです。見合う楽器が必要です」と。その時、私は、自分に見合った楽器が必要な時期に来たのだと思いました。

早速、ジェノバの友人ギタリストに相談しましたら、彼の推奨するギター製作者
が作るギターが、素晴らしい音色でそれが良いのでは?とアドバイスされました。まだギターを始めて5年ですから、知られた有名な製作者のギターはとても私の手の届くものではありません。彼の助言に従い、丁度現在製作中のギターが2本仕上がるのと聞き、試奏を兼ねてその製作者のジェノバの工房を友人と訪ねました。

製作者はスペインの方で、もう若い時からイタリアの工房で修行を重ね、現在は独立してオリジナルのギターを製作しています。私は譜面を色々持参し、友人ギタリストの試奏を聴きつつ、その二つのギターを何度も試奏しました。楽器店と異なり、こういう経験が出来るのは素晴らしいことでした。

彼らの専門的な話しを聞いたり、質問したりともうワクワクする時間でした。その製作者のギタは一般的ではなく、かなりオリジナリティあるものでした。それも触って、弾いた途端に想像もしなかった音の響きと鳴り方に唖然でした。弦の振動が素晴らしく、ボディに響き渡るのです。

クラッシックギターは、3本はナイロン弦ですから音も弱いのが通常ですが、全くそれを感じさせない音の威力に脱帽でした。私はギターに詳しくありませんが、余りの今の自分のギターとの違いに驚いた次第です。

友人もコメントも私と同じで、それで疲れない弾き方で十分音が鳴るということでした。ギターはマンドリンと異なり大きいですから、かなり疲れるのです。まあ上手くないからという事もありますが、体を疲れさせない指先の触れ方で
素晴らしい音が出るのは魅力的でした。

まだ、現在結論が出せませんが、折角現在仕上がっており試奏出来、確かめられたこの二つのギターのどちらかを選ぶ予定です。私の希望のギターでの演奏が可能になるのはもうすぐで、期待で一杯の日々となりました。

<クーネオ栗祭り>

2年前の10月に、トリノの友人の誘いでトリノからリグーリア州寄りのクーネオ(Cuneo)に行きました。前回は嵐のような天気で、それでも良い栗を手に入れたい一心で町の中心にある広場やメインストリートの出店で探し周り、マッローネというマロングラッセ用の栗より大きい品質良いものを、1キロゲットしました。そして広場にある、老舗菓子店で栗入りパネットーネを発見し、それも大事に持ち帰り
ました。

今回も、まず出店をチェックして品定めをしてから、マッローネ・出店で味見してとても美味しかった手作り栗入りパネットーネ・マロンクリーム入りチョコレート・
剥き栗・リグーリア産3日のフレッシュオリーブオイル1L・可愛い瓶入りのプーリア産のオリーブオイル・老舗菓子店の栗入りパネットーネ2個を購入し、やや予算オーバーながらかなり満足する買い物でした。持参した30kのリュックが満杯となりました。

友人と品定めしながら、焼き栗の実演を見たり、屋台のマロンスイーツを食べたり屋台のお店の人達をお喋りしながら楽しい時間を過ごしました。栗だけではなくイタリアの食品や、お菓子・チーズ・ワイン・オリーブオイル等が殆ど揃っており尚且つ安いのです。ミラノは都会なので、そういう商品は高いので遠方でも出かけて買う価値大なのです。

家に戻り、明くる日に早速一人前の栗ご飯を炊き、つややかな甘い香りで美味でした。残りの栗の時間掛けて剥き、友人を招くための栗ご飯、残りはシロップ漬けにして忙しい日々でした。

<アコースティックギターでフォークソングを楽しむ>

ミラノでのある友人の1人は、表千家のマエストラですが画家でもあります。そして、彼女はアコースティックギターで日本のフォークソングを歌うという趣味があります。私は一つ古い世代ですが、共通するジャンルでもあり最近一緒に弾き語りを練習し始めました。

彼女は以前のご主人も同じ趣味で始めたそうです。私は、高校時代が正にリアルタイムでのフォークソングブームでしたので、当時のマンドリンクラブの中で、自己流でコードを覚えて、弾き語りを一生懸命練習したのがギターとの出会いの始まりでした。

「あれから何年たったのだろう?」と歌にもあるように、まさかまた始めるそれもイタリアで? でした。彼女はとても熱心で、2人で何時間も歌い続けて楽しい満足した時間を過ごしました。1人より2人の方が断然楽しいです。

今後継続して練習しようということになりました。マンドリンで前奏や間奏入れても面白いかなとか。歌詞・コードは現在はネットでも見ることが出来ますが、友人は沢山歌詞本を持っており、なんとカラオケボックスにある(昔あった)電話帳の様な分厚い歌手別・曲別の本を日本から持って来ており、もうあらゆる歌がそれで歌えるのです。その熱意にはビックリでした。

ミラノでは色々な人と知り合えますし、またお付き合いが始まると意外な今回の様な発見があります。今後も楽しみです。

イタリアマンドリン通信 <ブレイシャのシーズン初コンサート>

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<ブレイシャのシーズン初コンサート>

夏休みが終わり、早速月末の金曜日にブレイシャのある小さな教会でコンサートを行いました。

バカンス明けで、練習も3回しか出来ず直近で演奏した曲目と馴染ある曲目中心でした。場所はブレイシャの中心地からかなり離れており、静かな住宅街の中にある教会教でした。大きさといい、雰囲気はマンドリン演奏するにはピッタリのロケーションで、演奏するのが楽しみでした。

開始時間には、お客様は満員で(嬉しい!)その場に入場すると温かい拍手で迎えられ気分は高揚し始めました。劇場と違い、教会は聴衆との距離が近く、直接にお客様との期待、我々の演奏への反応が直に感じられる場所で大好きです。やはり音楽はお互いのキャッチボールですから。

最初の曲は、ヴィバルディの”Concerto in Do maggire”。西山みきさんのソロが教会に響き渡り、美しい音色に観客はうっとりでした。全ての曲とアンコール曲9曲を弾き終えたときは、達成感と満足感で一杯でした。お客様のスタンディングオベーションで温かい拍手は、このコンサートの大成功を確信しました。

今回から初参加の、15歳女性ヴァイオリンチェリストのAは、このコンサートを楽しみにしていて、私達と演奏出来たことをご両親と共にとても喜んでいました。

<ミラノオーケストラのシーズン初コンサート>

そしてブレイシャでのコンサートの翌々日には、ミラノオーケストラのシーズン初コンサートがありました。場所はミラノ中心地に近いサン・シーロの住宅街の中にある中庭でした。

到着するとそこはアパートの中庭で、地域住民に対する子供教育支援・保育所運営・健康管理・老齢者支援等をされている非営利団体のイベント企画でした。スタッフに限らず住民や子供達総出の準備の様子を見て、今までとは異なるアットホームなコンサートでありました。

子供達はオーケストラの脇の敷物に並んで座り、まさかの桟敷席という感じで例えば映画試写会とか、盆踊りなどの地元開催色満載の雰囲気でした。

しかし、中庭であるため最近夏日でもあり、蚊が物凄く慌ててスプレイを手足とクビにするという状況でした。また4~5人友人を誘っておりましたが、その内二人が事前に着物で来ると聞いており、それにふさわしい環境とはいえませんでしたがいざ着物で登場すると、観客からの写真撮影に何度も応ずるというハプニングがありました。

実際コンサート開始されると、蚊はブンブン飛んでくるわ、飼い犬の吠え声や子供達の嬌声で煩いわ、後ろにはいつのまにか観客がおり掛け声あり、写真撮ったりしてるわ、暗くなり指揮者は黒づくめですから見えなくなりと、何とも落ち着かない少々荒っぽい演奏になったような。割れるような拍手と「Bravi!!!」の連呼でその盛り上がり様は半端でない地元開催祭という感じで終了しました。

今まで、色々なロケーションありましたが、今回の様なのは初めてで、まず日本ではないだろうと友人達と後で話しました。ミラノオケの団員たちは別に驚く風でもなく楽しそうに演奏して過ごし、子供達に声を掛けたり違和感なく過ごしてました。私としては、ナポリ民謡は良いとして、最初に演奏したバロック音楽は外した方が良かったのでは?と思いましたが。とてもそんな雰囲気でないので、イマイチ弾き辛かったです。

<映画鑑賞>

ある親しくなったミラノの友人が映画鑑賞が好きで、誘われて時折水曜10:30の様々な映画を観ています。自宅から徒歩15分位の所にある映画館で、月曜夕方と水曜日午前中が€3の割引となっています。

日本に居たときは、映画鑑賞は観たい映画を観に行ってましたが、こちらではその映画館チラシで、大体のあらすじを事前に見て観に行きます。台詞は最初慣れませんでしたし、全部イタリア語ですから速くて、訛りあり当然全て分かる訳ではありませんが、徐々に観かたが分かってきました。

彼女は数十年通っていますから、映画は良く知っており、私にとっては新しい経験でした。イタリアはもとよりアメリカ・フランス・ドイツ・イギリス、ヨーロッパ各国の映画を観ています。この映画館が選ぶ映画は色々で、イタリアですからコミック作品は勿論ありますが、SFやヴァイオレンス等、まず派手な映画は殆どなくコミックでもヒューマニズムあるドラマ作品が殆どです。受賞作品もあります。

ある日観た映画もハンガリーの作品でしたが、まず日本では見られないであろう地味なしかし中身ある考えさせられる作品で、とても良い映画でした。よくこんなストーリーで表現方法があるものだと、観ながら思わせるものでした。俳優も演技が素晴らしく引き込まれました。実に淡々とした深い内容でした。終わったあとに二人で暫く席でボーっとしつつお互いの所感を話し合いました。

ヨーロッパに居ると、こういう知らない世界を知る・観ることが出来るシーンが多々あり外国に居るのだなあとつくづく思い、そしてそれが自分の中に新たな感性や人間観が生まれている気がします。

イタリアマンドリン通信 <夏バカンス編>

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<夏バカンス編>

イタリア及びヨーロッパのバカンスの過ごし方は、良く知られているとは思いますが、7月~8月の間長い休みを取る習慣です。仕事をしている人は、約2週間の休みを2回に分けて取る傾向があります。他は海や山でず~っと何もしないで?休みます。

さて、私は日本人でそんな長い休暇で旅行等出来る身分ではありませんから、日帰りや数泊の旅行で我慢しております。イタリア人大好きな海は暑くて苦手なので、涼しい山に逃げるのが一番過ごしやすいと感じております。今回この夏、友人と日帰りで出掛けた話題です。

*マントヴァ湖の沼地自然ウォッチング:Valli del Mincio(ポー川の沼地)

ブレイシャの隣にあるマントヴァは、3つの湖に囲まれた歴史ある美しい街です。その北のエリアにある湿地帯から、小さな船での自然ウォッチングツアーに参加しました。マントヴァの街近くからの乗船は大きな船ですが、ここ”Grazie di Curtatone” の船着き場からは小ぶりの船で、その日は私達3人と一組のイタリア人夫婦のみのプライぺート周遊でした。

自然溢れるその景色と静けさの中、沼地には様々な植物や沢山の鳥たちが生息しており、自然ウォッチングが楽しめました。驚いたのはアジアから持ち込まれたという、蓮の花の群生が見られたことです。その広い群生は見事で、私の生まれた東京の「不忍池の蓮池」を思い起こさせました。

船はゆっくりと進み、幸い少ない人数のため操縦ガイドの方は、沢山の説明とお喋りで、私達と会話を楽しみながら、のんびりとしたひとときでした。

URL:http://www.fiumemincio.it/proposte.htm

ランチは船のガイドさんに聞いた、近くにあるアグリーツリズモが経営するレストランで。なんと飲み物(ワイン・水)込でたった€10+カフェ。新鮮な野菜の前菜取り放題、有名なカボチャ味のパスタ、コールドビーフを頂けました。(超満足!)やはりイタリアの地方は、郊外のアグリートリズモのレストランが安くて新鮮な食材で、ワインも魅力です。市内とはかなりの差です。

*San Benedetto Po:マントヴァ県にある町

昼食後に、サン・ベネデット・ポーにある有名な教会と博物館を見学しました。教会広場には、毎年8月14~15日に行われるお祭りでアーティストが集まり、2日間で仕上げるコンクールで描かれた、道路のアートを見ることが出来ました。細かい仕上げには驚きました。

見学は、幸い既に到着していた5~6人と合流してスタート。ガイドは全てボランティアだそうです。見応えある内容で、約1.5時間以上かかりました。熱のこもった案内でさすが地元のボランティアです。全部聞き取るのは大変でした。

中は広く、様々な歴史とその文化に触れ、終わったときはもう夕暮れ。とはいえ夏ですからまだまだ15時位のようでしたが。

*52のトンネルがあるパスビオ山へのハイキング:Strada delle 52 gallerie al Pasubio

友人のご主人がかねてから行きたがっていたという、オーストリアとの戦時中に、山の中に砦を作り物資を運ぶために掘られたという52もの興味深いトンネルが、ハイキングの目玉になっています。

約1200m地点にパーキングをして、そこから1950mの高さにある山小屋まで52のトンネルを通過して登りました。

1200m地点でもう涼しく、これから始まるトンネル通過はどんなものなのか?皆期待を膨らませてスタートしました。8月20日は過ぎており、平日にも関わらず、駐車場は満杯。その人気を物語っている光景でした。若者・家族連れ(幼い子供もパパが背負って)・熟年グループと老若男女がそこに参加していました。

山道はとても広く整備されていて歩き易く、感心しました。しかしトンネル内は涼しいですが、当然ライトを点灯しながら登ります。かなり険しく、濡れていて滑る場所もあり神経を使いました。

トンネル内には、物資を保管した所や大砲が残置されていたり、その歴史を物語る場面が色々ありました。兎も角結構長い道のりで、まあゆっくり楽しみながら、トンネルの数を見ながら約3.5hで最後のトンネルを通過して、山小屋を見下ろした時は達成感を味わいました。

山小屋には沢山の人々で賑わっており、私達も冷たいビールと下山のエネルギー補給に肉をタップリと頂きました。

下山はトンネルを下る勇気はないので、だらだらの高度差ない尾根道をひたすら下り、約2.5hで無事出発地点の駐車場に着きました。この日はなんと27000歩・18kを歩きました。2日後に疲れが来ました。。

URL:https://www.magicoveneto.it/Pasubio/Pasubio/Strada-delle-52-Gallerie-del-Pasubio-Rifugio-Papa.htm

*グランパラディーゾのコーニュへの日帰りハイキング

トリノのある友人が、今年7月に叔母様とその友人とマッターホルンや、ドロミテ渓谷のハイキング旅行に同行・案内したことがきっかけで、山が大好きになり、是非私と山に行きたいと連絡がありました。

その友人は仕事をしているので、結局天候とスケジュールの都合により、日帰りハイクをアオスタ近くにある「グランパラディーゾ国立公園内のコーニュ」ですることになりました。

コーニュは日本のサイトでも知られた、モンブラン等の壮大な山々が町の中央から一日中見渡せる素晴らしいロケーションです。幸い好天に恵まれましたが、私はミラノから長距離バスで2.5h、友人はトリノから1.5hで待ち合わせはアオスタのバスターミナル。しかし、友人のバスは40分も出発が遅れ(?)、コーニュへの乗り継ぎバスは二人の到着時間には間に合わずで、結局お昼頃に到着しました。

まあ、この日は二人のハイクは初めてでしたし、のんびりと高度差ない楽なコースで限られた時間内での歩きを選びました。目的地はLillazという小さな村を通過し、その先にある、2つの滝を目指しました。

山道は色々あり、道標も沢山ありレベルにより幾つかのコースが分かれていました。晴天でしたので、陽が降り注ぐ道は避け、やや山側の低いコースを森林のエキスを浴びながら、涼しく気分よく歩いて滝に1.5で到着。行きの山中では、殆ど誰とも会いませんでした。大抵は車で滝近くまで行くようでした。もったいないですねえ、素晴らしい自然のエキス満載なのにハイクしないのは。。。

滝は美しく清らかな水流で、まさにエアーシャワーのようでした。持参したオニギリのお弁当を食べ(山はオニギリが最高ですね)、涼んでから町まで帰途に着きました。帰りのバスまで時間を残してありましたので、二人でアペリティーボ。もうこれがたまりません。日本だとビールとお蕎麦ですが、イタリアではやはり冷たいワインでアペリティーボでしょうか?

二人で来年は是非フランス側にある「クールマイヨール」の山小屋に泊まり、シャモニーまで連なるコースをケーブルやリフトを乗り継いで、ハイク三昧しようと計画を話し合いました。その計画を指標に体を鍛えねばと確信した一日でした。

イタリアマンドリン通信 
<Ascoli Picenoへの小旅行><料理教室><日本文化講座><ピラティス体験レッスン>

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<Ascoli Picenoへの小旅行>

5月は音楽活動が殆どなく、かねてより行きたかった友人の町を訪ねることにしました。マルケ州のやや内陸にある「アスコリ・ピチェーノ」という町です。ミラノ中央駅から列車でアドリア海沿いに出て、Ancona(アンコーナ)で乗換え含め約6.5hです。

有名なリゾート地のリミニから、海外線沿いを電車は下ります。まだシーズン前で静かな海辺の景色は癒されました。

アスコリ・ピチェーノは思ったより大きな町で、山に囲まれ景色良し空気も清々しく自然溢れる所でした。夏はやはりかなり涼しいようです。友人は、サクスフォン奏者のイタリア人夫と5歳の可愛いお嬢さんの3人暮らしです。

*料理教室*

友人は、ほぼ毎週土曜日に日本家庭料理講座を開いていて、彼女が言うには「こんな田舎なのに、日本食ブームのお蔭で毎回ほぼ満員」とのこと。一番人気メニューは「巻き寿司」。嫌になるほどリクエスト多く、イタリア人はこれを習って家で作って自慢したいとか。時折プロのシェフさん達も参加するのだそうです。

でもシェフ以外のイタリア人生徒さん達は日本人と違い、いくら事前に説明しても、それぞれが説明したことをバラバラと質問するのに閉口だと。日本人は準備が良く、飲み込み早く指示通りに動くし優秀で手が掛からないけどイタリア人生徒は殆ど聞いちゃいないそうで(彼女はイタリア語のレシピも渡しているにも関わらず)納得。これは集団で事を運ぶことに慣れていないからでしょう。料理教室は皆で協力して料理を作る訳ですから、日本人の得意分野ですね。

2番目人気メニューは、「ラーメンと餃子」。ミラノと異なり、麺も餃子の皮も全てパスタ・マシーンで手作り。さすがピッツアの国イタリアらしく、小麦粉大好きですから問題なく作れるのだそうです。

*日本文化講座*

最近「日本語講座」と「お習字講座」の依頼があったそうです。私達日本人は、お習字は幼い頃に習ったことがありますから、本格的でないにせよ教えられます。

生徒二人の日本語講座に参加しました。まだ、初級で「挨拶、自己紹介と数字」ですが生徒の一人は、良く見受けるアニメとゴスプレが大好きな若い学生。もう一人は70歳位の男性で、なんと空手一段。やはり日本の文化を知って、惹きつけられたとのこと。友人は先生として、やや厳しいかな?と感じましたが。

*ピラティス体験レッスン*

友人はストレス?解消のために、週1回ピラティスに通っているとのことで、事前の体験レッスン参加を聞かれ興味ありOKしました。ミラノでも、イタリア人年配中心のヨガ講座に半年ほど通った経験から、大体の流れは分かっていました。

ピラティスは初めてでしたので、ヨガと比べてややハードだと思いました。一つの動作が終わると連続して次の動作となり、久しぶりのこともありましたので、ややキツイと感じ汗びっしょり。まあ、ヨガをやっていたせいと日々ストレッチとスクワットも続けており、殆どこなせてホッとしました。

1人シニア男性生徒が、後半からインストラクターに質問やお喋りが始まり、煩く集中出来ず、これも日本では有り得ない光景でした。終了後は皆が私の初ピラティスを褒めてくれてました。ヨガよりハードなところに興味を持ち、ミラノに戻ったらやって見たいと思い始めました。楽器を弾いている姿勢は、疲れますので有効かと。

*ヴァイオリンレッスン見学*

ある日は、友人が教えているヴァイオリンのレッスンを見学。生徒の少女は以前2年程習っていたそうですが、友人曰く、調弦も教えられてなく全然出来ないので以前の先生は泥棒みたいだと言ってました。音楽院出ではなかったようです。

聡明な少女で、まだまだこれからだと思いますが、友人のお蔭で上達してくれたらと願いました。友人は田舎で音楽活動の機会も殆どないので、錆びついてしまいそうだとも・・・

4日間も滞在し、友人はメルカートの新鮮で安い美味しい食材で沢山お料理を作ってくれ、
地元の名物料理もご馳走になり、本当にゆったりとした時間を過ごせて感謝の旅でした。

<イタリアの医療事情>

4月に酷い風邪を引き、中々治らず不調が続いて食欲もなく寝てばかりでした。ある日、瞼が目ヤニが酷くて開かなくなりました。ネットで症状を検索したら、「結膜炎」のようでした。

友人に相談しましたら、ミラノのある救急病院の一つ(pronto soccorso)の眼科が優秀で有名と紹介してくれました。イタリアの救急病院は大抵の友人達も1度はお世話になっているようで、しかし救急なので当然緊急度の高い、命に関わる怪我人・病人が優先されます。ですから大概5~6時間は待たされると聞いておりました。救急病院に行くほどでもないかと判断して薬局で説明して、薦められた目薬で4日で治りホッとしました。

例えば、ある友人はアレルギーで呼吸困難の症状を起こし、救急車を呼んで救急病院に行きましたが、待たされ順番が来る頃には治ってしまったとか。 

またある友人は、目の下が突然痙攣を起こし夕方に行くも、重症患者に次々順番を飛ばされて結局診て貰えたのは0時頃。でも担当医はその病名をピタリと当てて処方された薬で事なきをえたとか。

そしてまたある友人は、薬局で購入した日本にはない成分入っている鎮痛剤を飲んだら、唇がパンパンに腫れ上がり、慌てて救急車で救急病院へ。診てくれた医師に「君はこの薬は絶対に飲んではいけない。危うく死ぬところだったから」と言われたそうです。

イタリアの病院は、保険扱い医とそうでないプライベート医があり、いずれも事前予約が必要で、日本の様に行けばすぐ診察してくれるというシステムではありません。ですから、すぐに治療を受ける必要がある場合は皆この救急病院に行きます。

血液検査やその他の検査をしたい場合も、社会保険に加入している一般人はまずホームドクターの予約をとって相談し(診察はしない)、処方箋を書いてもらい、自分で該当する診療科のある病院に電話または赴いて、予約をします。そして検査結果が出たら、それをホームドクターの所に持参して判断を仰ぎ、さらなる検査や入院が必要になれば、また処方箋を書いてもらい該当する病院を探して・・・となります。そして検査も何か月も先ということもしばしばです。

ですから治療を急ぐ必要な場合は、保険の効かないプライベート医を選ぶことも多く高額な診療代を払うことになります。歯医者も保険外です。私も歯の治療で€650の見積額に驚き、その時期の日本への往復フライト代より高かったので、日本に帰って治療しました。

このようにかなり面倒なイタリアの医療事情のせいか、皆なんとか薬局で購入する薬で治すようです。ですから、町中に薬局が沢山あるのはそのせいなのか?と思っています。我々日本人には強い薬が多いと聞いており、慎重さが必要です。

イタリアマンドリン通信
<ブレイシャ第2回合同コンサート><ヴァイオリン・ソロコンサート鑑賞>

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<ブレイシャ第2回合同コンサート>

昨年に続き4月に、先生の西山さんが音楽指導をされている3グループ合同コンサートがブレイシャで開催されました。

第一部はそれぞれが各2曲演奏し、第二部は全員で演奏しました。2回目でもあり、進行はスムーズに進み無事終了しました。

今回は、新しい参加メンバーが15歳のチェロ奏者と西山さん友人のお二人。この先生友人の一人はピアニストCでもう一人がオルガネット奏者Gです。何故お二人がマンドリンを弾くことになったのか聞きました。西山さんはお二人とはトリオとして演奏活動している旧知の中で、西山さんが指導しているグループのマンドリン奏者が足りないことから、協力を求め、心良く引き受けてくれたそうです。Cはマンドリン、Gはマンドラを購入し、初めてのコンサートの参加でした。

楽器は異なれど音楽知識と経験・センスはあり、まして向上心月あるわけですから、きっと短期間でマンドリン演奏が実現すると思います。お二人は弦楽器は初めてで、やや控えめな様子でしたが、友人が西山さんのために立ち上がって、協力してくれるなんて素晴らしいなあと思いました。私もいつかピアノを弾けるようになりたいと思っており、異なるジャンルの楽器への興味と感心が彼らによって更に増したような気がします。

<ヴァイオリン・ソロコンサート鑑賞>

ピアニストであり音楽記事を書いている友人から、日本人ヴァイオリン奏者である庄司紗矢香さんのコンサートの情報を得て、早速聴きに行きました。1999年にパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで史上最少年15歳で優勝した世界的ヴァイオリニストです。

ヨーロッパに留学、著名なヴァイオリン指導者に師事し、数々の国際コンクールで常に優勝(1位)、現在欧米・アジア各地で多数のオーケストラとの共演、及びソロ演奏活動をしている素晴らしい奏者と知りました。

コンサートはミラノ音楽院内にある、大きなホールで開催されました。バイオリン1本(ソロ)、共演はこれも有名なイスラエルのピアニスト。

まだ36歳の若さで、繊細で堂々たる演奏に見入ってしまいました。友人によると「もしこのコンサートが日本でしたら、まずチケットは手に入らないだろう!」と。勿論高額でしょうが、今回はわずか数十ユーロでした。

使用楽器は1729年製のストラディヴァリウスとの事。これはもう表現出来ない程の透明感ある音で鳥肌が立ちました。

イタリアに居ることで、こういう貴重な経験・機会を普通に得ることが出来る喜びを改めて感じ、滞在している限り出来るだけコンサートに足を運びたいと思います。

<コンサート鑑賞>

会員になっているピアニスト夫妻のプロデュースするコンサート鑑賞がありました。今回はスペインソプラノ歌手のスペイン歌曲でした。

情熱的な心揺さぶられる素晴らしいソプラノでした。当初は2部制でしたが、なんと1時間以上連続でのコンサート。その歌いっぷりに観客は打ちのめされ、引き込まれイタリアのオペラとは異なる感動を味わいました。

イタリア人観客も大拍手の嵐。アンコール曲は当然イタリアオペラからで、お隣のシニア女性お二人は大喜びで、「私達この曲良く知ってるわ!」と口ずさみます。毎回異なるプログラムで、本当に素敵な音楽を味わえるのは幸せです。

イタリアマンドリン通信
<着物に関する講演会><他の生徒のギターレッスンに奮起><和菓子作りに挑戦>

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<着物に関する講演会>

前回お茶事稽古でお手伝いした茶道表千家の先生が、着物に関する講演をするというので着物で参加しました。

事の発端は、ある日本文化マニアのイタリア人女性がとんでもない着物の知識を披露して、誤った着物に関するルールをイタリア人達に講演していたことを聞き、正しい説明をせねばと思ったからだそうです。

講演は、先生の以前のお弟子さんの協力で、彼女が経営しているティールームにて開催されました。約2時間という長い講演で、「着物の種類とどんなルール着装するのか、相応しい着付けとは、着物の仕立てや模様・染や織の説明」など盛り沢山でした。最後にはお弟子さんモデルに着付け実演もありました。

先生はある程度お茶の稽古が進んだ時に、お弟子さんに出来れば着物でお稽古をしてほしいと言った時に、その彼女はこう答えたそうです。「どうしてお茶のお稽古に、着物を着てお洒落をしなくてはならないのか?」先生は何故着物着用の意味があるのかを、幾度も説明したそうですが、理解はしてくれなかったそうです。決して洋服のドレスコードのようにお洒落をするためではなく、茶室でのその振る舞いには必要なことを。

今回先生は、ある日本の諺を引用して説明をイタリア語で書いて説明したのです。「外見は内面を移す鏡である」、つまり外見は内面の一部で、その人の思想や価値観を表すものであると。

(ネットより引用)
茶道とは、「茶をたてる作法により精神を修養する」という千利休が大成した着想です。相手を持て成すの心、持て成される心を育てる事も大切な要素として考えられています。亭主役(持て成し役)は、客に対して敬意を持ってお茶を立て持て成すのです。その心得には正式には着物でということになります。伝統にのっとった着装でお客様を迎え持て成すためのものだと。決して自分を美しく見せるためではなく。確かに亭主役の振る舞いには、着物着装を想定した所作になっています。当然、季節感も想定した着物で柄・色も限られます。

約30人位のスペースで立ち見もあり、予約希望者殺到の講演でした。キャンセル待ちの方々も大勢だったそうです。日本文化・食が広まりブームとなってますが、このように少しづつでも正しい知識を知らせる活動も必要だと思いました。かなり複雑で難しいとは感じましたが。また、次回も企画するそうです。

<他の生徒のギターレッスンに奮起>

ギター始めて早4年が経ちました。ある日レッスン待っている時に、先生とある生徒のレッスン時の演奏音が聴こえ、ドアに耳をあてると1年以上前にレッスンした私のお気に入りの曲で、思わず聴き入ってしまいました。その演奏はまだ初心者レベルのようでしたが、丁寧で正確かつ綺麗な音でどんな生徒か想像してしまいました。

そのレッスンが終わりドアが開いたので、中に入ると若い女生徒(15歳)でした。私が先生に彼女の事を幾つか質問しましたら、まだギター始めて短いのに彼女はとてもブラーバと答えました。

その時、私は最近自分の練習がマンネリしている事にハッと気付き、自身の怠慢をとっさに反省しました。先生が余り厳しくないことをいいことに甘えていた自分が居ました。矢張り何年か続けていると、どういう練習が良いのかを余り考えずにただ楽譜を読みながら、間違えない様に弾くと言う単純な練習になっていました。

それから、楽譜を良く読み、メロディを考えながら音を意識する練習を始めました。若い彼女との年齢差はどうしようもないですが、時には聴講レッスンも必要だと思いました。

<和菓子作りに挑戦>

ある日曜日朝早く友人達とハイキングに行き、1人の仲間が茶道の先生で、翌日のお稽古のお菓子を作るので早めにミラノに戻るとの事でした。

ハイキングは順調で疲れもなかったので、私もお手伝いを勝手出て一緒に作ることになりました。

和菓子はなんと「練り切り」で、本格的に作ると聞き益々興味が沸きました。外側の練り餡、中の漉し餡とつなぎの求肥は事前に作って冷凍してあり、まず混ぜ込むことからスタート。レンジで温めを2回して丁度良い粘り気が出た所で色付けして丸めて形付けました。

4月ですから桜の花ということで、難しいのはそれらしい花びらにすることでした。教えて頂きながら大半を私が仕上げました。

そして、お薄も頂き満足。先生からは和菓子の頂き方も教わりました。上品な味と我ながらうっとりする出来栄えで、充実した一日でした。

5月には菖蒲の花をイメージした練り切りだそうで、また弟子入りする予定です。日本に居た時は、簡単に味わえる和菓子でそれほど興味ありませんでしたが、ここイタリアで中々材料揃わない中で、工夫して作ることに意義を感じ始め、練り切りは高度レベルですが、きな粉餅や苺大福なら出来そうなので試そうかと思います。

イタリアマンドリン通信 <日本の私のギター><お茶事稽古お手伝い><隣のシニョーラとのプレゼント交換>

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<日本の私のギター>

日本に置いていたギターが、壊れてしまっておりました。年に1度か2度しか一時帰国しないのですが、イタリアのギターのマエストロからいつも休暇で日本に帰国する時に、
練習が出来ない事を気にされていました。やはり、後戻りするからです。いざギター購入となると、それなりの価格となるのでどうしたものか考えており、中々決心がつきませんでした。

今回1月に日本に帰国した際に、色々楽器を持っていた友人に会いましたら、電子ピアノを誰かに譲ったと聞き、その他の楽器(ギター数本、ウクレレ等)について尋ねました。私が練習用に必要なのでと理由を言いながら。彼は一つは息子さんに譲り、もう一つスペインギターがあると答えました。

私はもしもう弾かないのであれば、是非私に譲ってくれませんか?と聞きましたら、なんと私に無償で譲ってくれると言ってくれました。勿論私は適正な価格でお支払いしますと話しましたが、その楽器が私によって有効に役に立つのであれば、喜んで提供したいと。

余りの偶然のギターの出会いと、その嬉しい申し出に驚きました。その友人とはイタリア語を通じて知り合い、15年以上お付き合いを続けて互いに情報交換し、また昨年はミラノにも来てくれました。

いつも思う事ですが、イタリアと音楽を通じて様々な人と出会い、友好関係を継続して常に新しい発見や嬉しい出来事が沢山起きています。私の人一倍の好奇心もそれを更に有効にしています。

その新しいギターは現在日本に置いてあるので、私を待ってくれています。次回会えるのは来年?

<お茶事稽古お手伝い>

ある日、ミラノで茶道を教えている友人から「お茶事稽古」をするので、お手伝いをお願いしたいと依頼がありました。炭点前からお懐石、お濃茶、お薄と、利休の時代のおもてなし作法にのっとった、お茶席の一連の作法を勉強するお稽古だそうです。

最近日本から持ち込んだ建材・建具・畳等全てを、彼女が不器用なイタリア人大工にイタリア語に翻訳したマニュアルを元に、苦労して(彼女が)組立てられた本格的な茶室が彼女の家にあります。

今回は、台所で懐石料理の準備と洗い物で、盛り付けやお料理の手順を伝統にのっとり行うと言う事なので、和食の勉強ならと引き受けました。

その前日に、もう一人のお手伝いの方と先生の友人が魚料理を準備され、私はその後野菜料理の下ごしらえを手伝いました。出汁は本格的に一番だし、二番だしそして八方出しを用意し、野菜を切り、明くる日にすぐ出せる状態まで準備しました。

懐石料理を扱うのは初めてでしたので、大変だったのはお膳を作るまでの行程と出す直前の用意です。温かいお料理を温かく出すために、二番だしで漬けておいた野菜を温め実際に器に盛って掛ける出しは一番出汁であり、そのタイミングと温度加減に神経を使いました。コンロはガスでなく電磁調理器であったため、速やかな温めが難しく調整に苦労しました。

先生のイタリア人女性生徒1人が着物着用で「亭主役」。お客様がご夫婦一組とイタリア人男性(カメラマン)、イタリア人男性生徒(お茶マニア)も遠方からこのお稽古のために駆けつけました。レッスンは全てイタリア語で行われますが、私達お手伝いは台所に籠っておりましたので、茶室での様子は分かりませんでした。

兎も角、手順とタイミング、多い品数の準備で何しろお手伝い二人とも初めてなので、あたふたと(始終先生に叱られ注意されながら)、お料理をお出ししました。

安堵の間もなく、お客様が食されている間に我らもその食事を味見しければならず余り余裕なく急いで頂きました。その後すぐに次の準備があり、お酒のお代わりのお燗、食後のさ湯、御新香など次々とありてんてこ舞い。ですからお料理の写真も撮れませんでした。

そして皆様、茶室から出てこられて椅子着席でのお点前となりました。もう正座が我慢できないからとか。。。それはそうでしょう。うん時間もかかってましたから。

私達日本人は幼い頃から自然に、ある程度身につけている習う側の「心得」や「作法の有り方」「生まれた文化の背景・しきたり」は、それが無いイタリア人が、表だけから見た日本文化の洗練さや簡素さだけでは理解出来ません。茶道の中に全て含まれるその感性と背景はどうやっても説明しがたい、説明しても納得させられないものがあると先生である友人は語ってました。

<隣のシニョーラとのプレゼント交換>

私が日本から友人から分けて貰った日本のカレンダーを、隣のシニョーラにお土産として郵便ボックスにメッセージと一緒に入れました。2年前にも喜んでくれたので、きっと気に入ってくれると思いましたので。

このカレンダーは、以前勤めていた会社に障がい者雇用のための特例別会社があり、毎年絵を書くことが好きな、才能ある障がい者のアートによる作品が描かれており、その説明も彼女にしました。

その後、家のインターフォンが鳴り、扉を開けると彼女でした。私にそのプレゼントのお礼と、どんなに気に行ったかを話してくれました。昨年秋に彼女は一人で日本に初めて旅行しイタリアに帰国して会った時に、日本がどんなに素晴らしかったかをとうとうと話してくれました。最初の言葉は「Il Giappone è un’altra pianeta!」(日本は他の惑星だ!)と言ったセリフがいかに想像を超える国で彼女にとっての最上の褒め言葉でした。

つまり、全てが完璧で清潔で整っていて、礼儀正しく親切で・・・と続いたのでした。今までアパート内で出会うと勿論挨拶を交わしますし、問題あると相談したりしていましたが、この旅行を境に私に対する印象が変わったようで、ぐっと身近に感じる振る舞いになったような気がします。

そして手に持っていたのは、イタリアのカレンダー。私へのお返しでした。私のささやかなお土産で、こんなに喜んでくれるとは思いませんでした。更に中には手紙があり、彼女の思いが綴られており、嬉しくなりました。

そしてイタリアでは、「カレンダーは沢山の日にちがあり、つまり沢山の日々が贈られるから、カレンダーをプレゼントすることは希望と良い縁起良い」と書かれていました。またそのカレンダーには月毎に格言の様な言葉が書かれており、それも素敵だなと感じました。

私の気に入ったのは、”La vita è troppo corta per aspettare. Andiamo!”です。

イタリア マンドリン通信<南イタリア小さな町でのクリスマス・コンサート><ナポリ観光>
<イタリア日曜日の電車スト><カウントダウンパーティ>

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<南イタリア小さな町でのクリスマス・コンサート>

クリスマス時期、例年通りカゼルタの友人の家で過ごしました。今回は、友人が約数週間前に知り合ったという方からの依頼で、カプアという小さな町にある小さな教会でのコンサートで、オルガン・リコーダーとマンドリンで共演することになりました。友人が選んだバロック曲・マンドリンオリジナル曲をデュエットともう一人の友人とトリオで演奏するプログラムでした。

しかし、数日前に一緒にリハーサルした来るはずの歌手が風邪で声が出ないため、ピンチヒッターのピアニスト兼歌手で、予定のプログラムが一部出来ませんでしたが、マンドリン演奏が好評で安堵しました。この地域では、マンドリンのバロック演奏など聴いた事ない人々が殆どなので。

この教会は、ビザンティン時代のフレスコ画が宝石のように美しく素敵でしたが、暖房なくとても寒かったです。イタリアは無名の小さな町に、こういう小さな素敵な教会があり、いつも驚かされます。人や町、空気、音楽、雰囲気が北イタリアとはかなり違います。友人のお陰で良い経験を得ました。主催者から来年も是非一緒に演ろうと言われました。

<ナポリ観光>

カゼルタのナターレ滞在の帰りに、ナポリに行きたかった考古学博物館見学に立ち寄りました。ナポリは新しい地下鉄が主要な観光場所を通過しているので、かなり便利になりました。

やはりナターレ季節のため、観光客が多くて驚きました。博物館から「スパッカ・ナポリ」と呼ばれる界隈に脚を伸ばしました。意味は「真っ二つに割る」だそうで、ナポリ湾に平行にひたすらまっすぐ伸びている通りで、立ち並ぶ家々を正に南北に切り分けていることから命名されたそうです。ナポリの見どころが集まっている人気スポットです。ただし夜はやや一人では危険。くれぐれもスリやかっぱらいに注意です。

いや~ 物凄い人でまるで年末のアメ横街のようでした。観光客が目当てのピッツェリアの前で並んで待っているから、ただでさえ狭い路地が人で溢れて中々進めませんでした。こんな混んでいるのは初めて見ました。コートの下にハンドバックを隠し、しっかりと上から抑えて進みました。

スパッカ・ナポリ中心から外れた場所にあったピッツェリアを見つけ、やや空いていたので入り、念願のナポリ・ピッツアを頂きました。とても美味しかったです。久しぶりに食べて感動しました。ミラノにもナポリピザありますが、全く違いますね。安いし来る度に必ず食べたいです。

人混みをかき分けている時間が長かったため、予定の観光出来ずにナポリ中央駅に戻り、電車に乗り込もうとしたら、予約したのは9号車。しかしホームに泊まっているその列車は8号車までしかない??? 出発時間10分前でしたので、慌てて近くにいた車掌さんに聞くと、「あ~、7号車に乗って」と。そして、同じ座席番号に座り検札時にまた確認したら問題ないと。。。

しかしこの席の乗客がローマから乗って来て、私は状況を説明し、穏やかな男性でしたので空いていた隣の席に座ってくださいました(安堵)。結局検札係は来ないのでミラノ到着。実は行きもミラノ中央駅で電工掲示板のトラブルがあり、慌てて乗りこんだのです。やれやれの旅行でした。イタリア鉄道、必ず何かしらあるので本当に速やかな対応をしないと見過ごして乗れない危険性大なのです。かなり鍛えられて慣れましたが・・・

<イタリア日曜日の電車スト>

ある日曜日山にハイキング仲間と行きました。3連休なので人は多めでした。たまたまトレイルランニングを開催しており、出走者はサンタの帽子を被りながらのランで微笑ましかったです。

帰りに駅に着くと、なんとその朝3時からストをやっていて、乗る予定の電車およびその他の電車もキャンセルされてました。当日朝通常通りの電車に乗れたので気づきませんでした。幸い1時間後の電車が来ることがわかり、まあ運が良いと皆で言いつつ電車でミラノに無事戻ることが出来ました。

着いたミラノ・カドルナ駅には、いつ出るか分からない電車を沢山の人々が不安そうに待っていました。12月の連休ですし、このクリスマス時期の日曜日で外出した「お年寄り夫婦」「小さな子供を連れた家族」等々。私達は職員が連休で休みたいがため?の電車のストに憤慨し、意気消沈して諦めの境地の人々が気の毒でなりませんでした。本当に日曜日のストは酷いです。

<カウントダウンパーティ>

今回は私の家で友人二人とカウントダウンパーティをしました。朝からスーパーで買い出し、夕方まで料理し夕方二人の宿泊準備完了。

0時前に年越しそばを食べることになったので、パスタやご飯系を外し料理とナッツ類・ポテトチップス。

ナターレのカゼルタ滞在で、たっぷりの南イタリア料理三昧であったため、野菜中心の惣菜と魚と肉料理にしました。日本人なので毎日イタリア料理はやはり胃腸が持ちません。

0時前から自宅近くにあるチャイナ系レストラン等の従業員が、恒例の花火と爆竹爆音で驚かせさせられました。実際0時同時に私のアパートの5階真下の交差点で花火が打ち上げられ、大音響が周囲に轟き、友人達は驚き耳をふさぎながらでした。かなり長い間でしたが、無事終了してホッとしました。

翌日のTVでは、各地の花火で何人かが指を飛ばしたりする怪我で病院に担ぎ込まれたとか・・・ ホント危険で、禁止されているはずですが警察は見て見ぬふりだとか。

イタリア マンドリン通信 <メンバーの追悼コンサート><ミラノ再発見ツアー参加><友人ピアニストのCD発売プレゼン><偶然の出会い>

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<メンバーの追悼コンサート>

昨年11月に、長い闘病生活を経て亡くなったブレイシャのマンドリングループのあるメンバーを偲ぶコンサートがありました。私も数年間一緒に演奏活動出来たのでそれなりの思い出があります。控え目で笑顔が優しい温かい人でした。まだ58歳の若さでした。

当日は彼との思い出深い曲と、私達グループと親交のあるギタリストもソロ曲で参加し、開演は18時でした。小さい教会でしたが、彼の友人や仲間他沢山の方々で埋まり、熱気ある雰囲気となりました。

最初は彼の自転車仲間による思い出のビデオが映し出され、その代表者の挨拶のあとコンサートは始まりました。通常の演奏とは異なる「偲ぶ」演奏は、私達も聴衆もぐっと身近に寄り沿い合う密な雰囲気を感じました。

亡くなった友人の奥様はクラリネット奏者で、2曲私達の演奏に参加されました。また、彼から私の先生に提供された古いマンドリンが、あるブレイシャ在住の少女の楽器となり、彼女も1曲一緒に演奏しました。

写真の皆が身につけている赤の小物は、生前亡くなった友人が好きだった色です。温かい心が通いあう素敵なコンサートでした。

<ミラノ再発見ツアー ヴィジェバノ ツアー参加>

毎年10月から翌年の6月迄の間に5回程開催される、北イタリア日本人会の「ミラノ再発見ツアー」の11月版に参加しました。

通常はミラノ中心地での散策が中心でしたが、今回は少し郊外のヴィジェバノ(Vigevano)という町にバス仕立てで約35名の参加者でした。

*以下北イタリア日本人会会報のお知らせから*

~Naviglio Grande に沿ってLeonardo とBramante が創ったSforza家の町Vigevano へ~

イタリア国内でも最も美しいピアッツァの一つと云われているヴィジェーヴァノの廻廊広場。この広場にはお城への入り口があり、ミラノの君主であったルドヴィコ・スフォルツァの統治時代、1400年代後半にミラノのルネッサンスに息吹きを与えたレオナルドとブラマンテが、彼らの創造力により実現させた建物の集合体から成りたっています。レオナルドは斬新な厩舎をデザインしています。

とういうお知らせと美しい写真(北イタリア日本人会提供)に惹かれて、友人3人で早速申し込みました。

その当時天気が良くなくうっとうしい天気でしたが、当日は幸い雨が降らず曇り空でした。バスはナビリオ運河沿いを走り、イタリア人ベテランガイドのクリスティーナさんの運河の歴史の説明を聞きながら、その昔は運河の町ミラノであったことを想像しました。ミラノまで荷物を積んだ船は上流から流れるように作られ、漕がずに運ばれたのです。帰りは空の船で労力を掛けずに戻るという賢い方法だったそうです。

この運河は荷物の運搬だけではなく、ミラノの貴族が建てた別荘まで船で行き来があったり、周囲の畑への灌漑水として引き入れたり、農民が家から畑まで通う水路の役割もあったそうです。改めて感心しました。その後ムッソリーニが町の開発のためにミラノの運河の殆どを埋めてしまったとのことでした。

現地に到着して、早速美しい広場を見学し、現在に至るまでの歴史の説明を聞きながらミラノのスフォルツァ城とそっくりのお城を見学。その後、この町はイタリアの靴の生産地としても有名で、資料館があり特別な見学をすることが出来ました。

楽しみのランチは町から離れたアグリーツリズモで、安価な美味しいお料理を頂き皆満足してミラノに戻りました。とても落ち着いた雰囲気の町でミラノから電車でも近距離なので、また改めてゆっくり散策に来たいと思いました。

<友人ピアニストのCD発売プレゼンテーション>

毎月スフォルツァ城近くのギャラリーで行われるクラッシクコンサートを企画されているピアニストご夫妻のCD発売のプレゼンテーションが、ある音楽書店兼サロンで開かれました。

その場所は、ミラノ中心地よりやや外れたある建物の中庭を隔てた内部にあり、表からは見えない知る人ぞ知るという楽譜・書籍販売及びサロンでした。友人と参加し、そのCD作成にあたりお二人の曲に対する思いとそれぞれの曲説明、それに合わせて幾つかの曲を披露してくださいました。

CDタイトルは「FOUR SEASONS FOR HANDS」。日本人作曲家:中田 喜直氏の作曲の4手連弾のための組曲「日本の四季」とピアソラの「ブエノスアイレスの四季」が挿入されています。「日本の四季」には中田喜直氏が作曲された童謡・唱歌が織り込まれており、美しい日本の四季を流れるように歌い上げる曲で、その情景が思い浮かび思わず日本人であれば懐かしく口ずさんでしまう心打たれるものでした。

いらした方々は私も知っている方が多く、久しぶりに再会出来たり、改めて名刺交換したりと交流が深まりました。このサロンにはカフェが併設されており、プレゼンテーション後はお二人が用意してくださったアペリティーボで、お喋りと挨拶で時間を忘れてしまうゆったりとした時間を過ごしました。

<偶然の出会い イン・ブレイシャ>

イタリアでは、各地でクリスマスのイルミネーションが点灯し始めました。それぞれの町らしい綺麗なそれは、夜に外出したくなるウキウキさせるものです。今月最後のブレイシャでのグループの練習日に、町のイルミネーション見学をするためにミラノの友人も同行しました。

暗くなるまで、彼女をブレイシャの中心地を案内していたとき、ある通りで偶然、時々ブレイシャのグループと共演するあるギタリストに出会いました。彼は立ち話の中で、この夕方に私の先生の西山さんとある養老院でコンサートするので、観に来ないか?と誘ってくれました。

その施設はとても立派な建物で、私達の想像を超える豪華な養老院でした。1階にある礼拝堂の併設の広間には、電飾がキラキラとクリスマスツリーが飾られており華やかな雰囲気でした。出来た当初から評判の5つ星の養老院だとか。

コンサートは約1時間程の楽しく聴きやすい演奏曲の数々で、その養老院で過ごされている皆さんもとても和やかに音楽を楽しめた様でした。

西山さん曰く、1週間前に急に連絡あり依頼されたとのことでした。普段からそのギタリストとデュエットをされているので、そんな急な依頼でも息の合ったレパートリー曲を演奏出来たとのこと。

その後陽も暮れ、友人と美しいブレイシャのイルミネーションを見ながらドゥオモ広場の素敵なバールでアペリティーボして、彼女はミラノに帰り私は練習に参加しましたが、思いがけず良いひとときを過ごせました。

イタリア マンドリン通信<日本人会の親睦音楽会参加><マンドリン フェスティバル><トリノ・ジャパン・ウィーク><嬉しい出来事>

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<日本人会の親睦音楽会参加>

10月14日(日)に、ミラノのテアートロ・フィロドランマティチで北イタリア日本人会主催の親睦音楽会にブレイシャのマンドリンアン・サンブルとして出演しました。2015年に初めてマンドリン・クインテットで演奏して以来です。今年の5月のミラノで「5月のコンサート」をプロデュースされたアソシエイツ・ノットゥルノさんから、是非と誘われ出演に至りました。例年はカーザ・ヴェルディのホールで開催でしたが、今回はミラノ・スカラ座のすぐ近くで客席200程の可愛い劇場で行われました。

プログラムの中心は、イタリアで活動されている主にオペラ歌手とピアニストの方々で、一部にピアノソロやイタリア人演奏家の器楽演奏もありました。私達ブレイシャのマンドリン・ギター・アンサンブル「アルモニエ・イン・ピッツィコ」は二部の最終演奏でした。歌が多い中、器楽演奏は少なかったせいもあり、2曲演奏しましたが聴衆の方はとても喜んで下さいました。いつもマンドリン演奏は初めて聴いたという方々は多いですね。

ミラノで演奏する機会はそうはありませんから、この機会を提供してくださった日本人会とアソシエイツ・ノットゥルノさんに感謝いたします。

<マンドリン フェスティバル>

10月20日(土)にミラノ・マンドリン・オーケストラ主催で、ミラノ・マンドリン・インターナショナル・フェスティバルがスフォルツァ城近くのテアートロ・ダル・ヴェルメで開催されました。

出演オーケーストラは、ミラノ・タオルミーナ・バルセロナの3つです。この劇場はイタリアでは、収容1400名の大きいホールで集客が心配されましたが、メンバーの努力、
またラジオ局の告知インタビュー出演などで頑張りました。

このフェスティバルは、シチリアのタオルミーナ・オーケストラで参加しているあるご家族の提案であったことを知りました。ミラノオーケストラで演奏参加しているあるカップルがタオルミーナ出身で、そこでもメンバーとして演奏活動をしています。更にその青年のお父様とお母様がギターとマンドリンでそのオーケストラに参加しています。
そして青年の妹さんが、スペインのバルセロナ在住でバルセロナのマンドリンオーケストラで演奏活動をしているのです。正に音楽家族です。

このことから、私がイタリアに来る何年か前からそれぞれの町、タオルミーナとバルセロナでの合同演奏会を行い、そして今回最終ミラノでの共演となったのです。このご家族のマンドリン演奏への熱い思いが、この3つの異なる町、タオルミーナ・バルセロナ・ミラノを繋いでマンドリンフェスティバルが実現したという訳です。

各オーケストラが4曲位、合同演奏は3曲をそれぞれの指揮者の振りで演奏しました。当日午前中のリハーサルで参加した時に、バルセロナとタオルミーナ多彩なプログラムを知り、このコンサートに誘った友人達に慌てて再度情報を送りました。彼らはオペラ歌手との共演があり、曲目もそれぞれの地域の特色ある内容でした。これなら友人達も楽しんでくれるかと。

何しろ日本と異なり、各オーケストラのプログラムの曲目を知ったのが12日前で、プログラムが出来たのが4~5日前でした。当日は満員とは行きませんでしたが、6割は埋まった客席からの熱い視線と期待、それぞれ演奏が終わる度に盛り上がる雰囲気に私も心が躍りました。最終の合同演奏は最高調でした。やはりマンドリンは大人数の方が魅力あると感じました。

日本では余り、複数のオーケストラで共演するコンサートは殆どないように思います。ブレイシャのアルモニエ・イン・ピッチコのプレジデントは、ブレイシャでのマンドリン・フェスティバルをやりたい意志があり、これもいつか実現出来ると良いなあと思います。

<トリノ・ジャパン・ウィーク>

10月21日~24日まで、トリノで開催されている「ジャパン・ウィーク」に、ミラノで着物の着付けやレンタル・イベント企画をしている友人がヘルプすると聞き、見に行きました。

そこにはいくつか日本の伝統工芸を紹介・展示しているのですが、今年日伊協会さんが夏のイタリア人留学生の日本語講座で、日本文化紹介の一つで和裁講座をされた岩本和裁さんがこのジャパン・ウィークに出展され、私の友人がバックアップすることになりました。

このイベントはトリノ東洋美術館で開催されており、入場料が無料とのことで初日より沢山のイタリア人が訪れて入館制限されているほどの人気イベントでした。各日本の紹介ブースでは実際にお客様に参加して貰う体験講座をそれぞれ用意されていたそうですが、初日にあっという間に品切れとなるという盛況ぶり。

専門の通訳はいませんでしたが、その代わりにトリノ大学で日本語を学んでいる生徒さんが各ブースでボランティアで通訳をするとの事でした。実際岩本和裁さんのブースでは殆ど友人が通訳を兼ねてました。

岩本和裁さんでも、可愛い和風生地で小物入れを運針(手縫い)するとか飾り結びの紐を作る講座をされていました。従来外国人は余り器用でないケースが多かったそうですがなんとイタリア人の器用さに驚いたとのこと。人気でした。

他出展は日本刀剣・ビーズ刺繍・日本酒の紹介・お習字やアニメキャラクターのカード作成(日本の大学生のブース)等。この出展の他、日本の踊りや着物のファッションショーなども別途広場はテアートロで開催されたとの事でした。ますます日本文化が人気上がっています。

<嬉しい出来事>

2年前日伊協会の「イタリア人のための日本語・日本文化講座に参加し、私の家にホームスティしたイタリア人友人の息子さんが、10月末無事大学を卒業しました。

彼が13歳の時に私とカゼルタで出会い、私が日本人であることから日本語に興味を持ち、ナポリ東洋大学で日本語科を選択して勉強していました。私の勧めで日伊協会の日本語講座に参加した際は、レベルが高いクラスになり、皆について行くのが大変で毎晩私が勉強のヘルプをしました。

その後も、カゼルタに行く度に日本語の勉強を一緒にし、時にはWhatsAppで日本語の作文の添削を頼まれたりと彼の勉強を手伝い続けました。文法も難しくなり、私でも上手く説明出来ないことも多く、彼もめげることもありました。でも一生懸命応援しました。試験合格の報告を受ける度に、胸をなで下ろす日々でした(母親の心境)。

10月末にFacebookの掲示板で彼の卒業した晴れの写真と、沢山のお祝いの言葉の掲示板を見てすぐに「おめでとうの言葉」を送り、居ても立っても居られなくなり彼の父親である友人に電話しました。そして本人に改めて「Auguri!!!」と本当に頑張ったねと伝え、彼の母親とも話し、私も母親の心境で胸にこみ上げる嬉しさを彼の家族と分かち合い
ました。

イタリアでは大学入学はたやすいですが、卒業するのは大変で父親曰く沢山の生徒が落第したそうです。その中、息子さんは死に物狂いでの勉強だったそうで、普段のおっとりとしたどちらかというと、勉強するのが苦手な面を見ていた私は正直驚きました。今年の9月に良い成績で試験合格の報告を受けた時に、きっちりと4年で卒業すると決意したその心境が伝わったことを思い出しました。

友人曰く、彼はこれから自分の進む道を現実的に考え始めているそうです。勿論以前に、私は彼の思いと考えは多少聞いていましたが、13歳のあどけない少年が毎年成長しながら大人になったことを、家族の思いで見てきた自分を感じています。

イタリアマンドリン通信<シーズン開始><音楽仲間><アルザス旅行>

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<シーズン開始>

9月初旬に日本のバカンスから戻り、早速一つ演奏機会がありました。ミラノオーケストラはミラノ市のカルチャープログラムの組織に属しております。毎週木曜日はオーケストラの練習日でもありますが、音楽監督のマエストロがマンドリン教室も開催しており、その日は他の教室同様にそのPRと告知を兼ねた「オープンデイ」のコンサートでした。場所はある中学校の中の観客席のある広い部屋で、出番は夜20:30頃でした。他にダンス教室、コーラス、器楽演奏など色々披露されていたようです。

コンサートと言っても3~4曲の演奏でしたが、観客は子供を持つ親とそのお子さんが中心でした。マンドリンに興味を持ってくれたらよいなあと思いつつ、マエストロと指揮者が日ごろの活動状況を説明後、演奏はすぐ終了しました。この組織は、音楽だけでなく様々なカルチャープログラムを実施しており、ジャンルは多岐に渡っています。この組織に属していることから、ミラノ市内から演奏オファーが多いのです。

また、ある日の練習にはアメリカからフェッラーラにマンドリン留学をしているシニアの男性が飛び入り参加してました。彼はその週末の演劇プログラムのマンドリン伴奏に興味を持ち、是非参加したいとのことでした。英語教師をされていたとかでイタリア語もある程度わかり、ミラノのメンバーからも歓迎されて楽しかったようでした。

<音楽仲間>

昨年知り合ったミラノの音楽友人が二人います。一人は18歳でイタリアに留学しイタリア男性と結婚し、ミラノスカラ座バレエダンサースクールの伴奏、オペラやバレエのイタリア海外レポートを寄稿しています。もう一人は彼女の友人で、日本である小学校の音楽教師の仕事をしており自身もソプラノで歌い、勿論ピアノも抜群に上手くリコーダーも吹きます。学校を休職しての音楽留学で、昨年は歌のレッスンそして今年2年目はなんと音楽史も専攻していました。音大出ですがイタリア語で更に知識を深めて、日本に戻ったらそれを活かした授業と指導を試みたいと。素晴らしい意志と学習意欲ありすっかり私達は意気投合しました。

3人で演奏してみたいと私が提案し、先日ミラノの音楽学校の1室を予約しました。彼女達がピアノと歌とリコーダー、私はマンドリンで殆ど即興です。二人はピアノの名手で即興が得意。私が持ち寄った楽譜は殆どギター伴奏なのですが、あっという間にピアノ伴奏とメロディを奏でてくれました。凄いです!こんなコラボが簡単に出来るのもイタリアならではで、音出しできる場所と仲間がいるからこそ。これからもレパートリーを増やして、何かしてみたいなと思っています。

また、ある夜その一人がジャズピアノを習っているマエストロが弾いているジャズバーに遊びに行きました。サイトにも地図にもない隠れ家的な場所でした。その友人達はサプライズがあると言ってましたが、なんとマエストロから二人のピアノ連弾即興を披露してみたら?と誘いがあったそうで、他のお客様の前で二人は見事に2曲ジャズ曲とアニメテーマ曲を披露しました。ビックリでした! 正にサプライズ。こんなお店で弾かせて貰えるお店の懐の深さと「Bravi!」と褒めてくれる温かさをとても感じました。勿論録音しました。貴重な経験した二人を見て嬉しかったです。

<アルザス旅行>

9月下旬の週末に、ミラノの日本人2人とイタリアの旅行代理店でアルザス地方のバスツアー旅行に2泊3日で行きました。イタリア旅行代理店のツアー旅行は初めてで以前から興味ありました。丁度私は夏の間はビザの更新中で仮の滞在許可証しかなく、旅行代理店は、正式に許可証が下りてからでないと旅行の申し込み受付は出来ないと言われました。つまり、その間外国には行けない、日本に一時帰国するにもヨーロッパ便は乗り換えは出来ず(入国出来ない)、アリタリアの日本直行便かアジア・中東航空会社の便しか選べません。幸い旅行前2週間前に滞在許可証が発行され、無事申し込みが出来ました。

アルザス地方はフランスとドイツの国境地帯沿いにあり、古くからドイツとフランスの度重なる戦争で両国の領地としての複雑な歴史を得て、現在フランス圏となっています。旅行で訪れたのは主にストラスブールとコルマールそして周辺の美しい小さな村です。地元の言語はフランス語ではあるけれど建物や食文化・村の名前もドイツだと思いました。度重なる過去の戦火で町は幾度となく再建されたそうで、コルマールは戦火を逃れた古い街並みだそうです。

ツアー人数は48人位でバスは満員、私達以外は北イタリア在住(ヴェローナ・ブレイシャ・ミラノ周辺)のイタリア人等でした。とても礼儀正しく大人しく、また時間に正確(集合など)で3人で南イタリア人が居ないとこうも違うのかと納得しました。

朝食と夕食付の低価格ツアー(mezza pensione:メッザペンシオーネといいます)でした。バス運転手・添乗員・現地ツアーガイドともにベルガモ人で(旅行会社がベルガモ)、特に添乗員女性のイタリア語は分かり易く・丁寧・親切で良い方で満足。3日間一緒に同行すると皆親しくなり、軽いお喋りしたりと和気あいあいで過ごせました。幸い天気も抜群で写真も美しく撮れ、こういう旅行も楽しいと感じました。バス旅行ですから気楽に乗っているだけで、あちこち案内とガイド付きで個人旅行とは異なり中身が濃い充実した3日間でした。また参加してみたいです。

「イタリアマンドリン通信 <今年の蕨採り><兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ><夏のキャンプ>」

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<今年の蕨採り>

6月始めに今シーズン最後と思われる「蕨採り」に山に行きました。その前の週に他の友人達が数キロの収穫だったと聞き、私も期待して勇んで行きました。

幾つかの蕨生息地帯があるのですが、もう6月なので蕨はかなり生育していると予想して高い場所を選んで乗りこみました。天気抜群で、現地到着前から登山道の脇には既に伸びきったシダのような蕨が多く、更に上に登りました。

昨年も採った場所に到着すると、なんと斜面は伸びきった蕨畑となっており、その下には更に芽を出している若い蕨が沢山!私達以外誰も居ない静かな斜面で、その蕨畑を登って降りてを繰り返し(そのために脚が鍛えられました)、無我夢中で採りまくりました。その量なんと、ビニール袋ずっしり2袋。友人とお互いの大収穫を褒め称えつつ、めでたく終了しました。

下山を始め、途中のアグリートゥリズモを通りかかると沢山の人々がそこに居ました。近づいて行くと、テーブルの上にアルミフォイルに包まれた何かが沢山あり、販売しているのかと思いきや何と色とりどりの山で採取したであろう茸でした。

色とりどりということは、毒キノコが殆どみたいでしたが、興味深くのぞき込む私達にリーダーであろうイタリア人が私達に話しかけ始めました。つまり、彼らは山で自然を楽しみながら茸を採取して調べて、新しい発見があると研究所に提出するという活動のグループでした。日本にも茸を見に行ったとも言ってました。でも食用のもあると見せてくれましたが、余りの色と姿にちょっと食べられるとは思えませんでしたが。

家に帰って蕨を計量したらなんと2.7キロもあり、更に現地の新鮮な湧き水2.5Lをザックに入れて帰った訳でしたが、疲れもなく楽しい山での一日を思い出しながら深夜までかかって蕨の灰汁取りに奮闘しました。

<兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ>

6月に日本から兄妹達がイタリアに来て一緒に旅行しました。移動の際にハプニング続出し、私にとってはいつもながらの事ですが、兄妹たちは呆れてました。

その1:
マルペンサ空港からの電車でミラノカドルナ駅で待ち合わせたので、私は地下鉄に乗ろうとすると地下鉄に降りる場所に山の様な人が。?と思いましたが、改札へ行くと地下鉄は何かのトラブルで一部閉鎖中で動いておらず。聞くと代替えバスがあると聞き、あの人々はそれを待っていたのかと理解。すぐ地上に行くとその方面行きの代替えバスが着いていて慌てて飛び乗りました。駅には既に兄妹達が待っており理由を話し、荷物もあるのでタクシー乗り場へ。しかし、この地下鉄不通のため長蛇の列。そこからバスで行こうか思案しつつ約30分以上待つが時間かかりそうで改めて地下鉄を確認しに行くと、運行再開。結局地下鉄で我が家に到着。到着第一日目からトラブルでした。

その2:
明くる日に郊外の町に出かけるため、ミラノ中央駅へ。何故かかなりの人が切符売り場に長蛇の列。何故?と思いつつ、券売機でチケットを買おうとするが、最後の画面でエラー。他の券売機で何度も試すが同様。見たことないエラーなので不思議に思い、そこに唯一居たイタリア国鉄の係員に聞くと、「システムエラーで全ての券売機が機能してない」と。。。行先を聞かれ告げると近距離券売機なら購入可能だと聞き、迫る電車の時間に焦りつつ、すぐさまその券売機で取り敢えず購入して間に合いました。

目的地に着き、帰りの切符を買おうとその駅の件券売機の前で並ぶ。しかし1台だけしか機能しておらず、時間かかりそうでどうしたものかと思いきや、目ざとい妹が駅売店(タバッキ)の入口に国鉄切符販売と書かれた張り紙を発見し、そこで無事購入。近距離だと販売している場合があります。

その日の帰り夕方にミラノ中央駅に着くと、券売機はシステムエラーが解決したようで(イタリアにしては早い)その明くる日の切符も往復買いました。しかし朝の騒ぎは一体どうして対応がないのか?朝、沢山の乗客が目的地に辿り着けなかったと思います。アナウンスもなく係員の指示もなく、乗客は右往左往。私が見たある女性も何度も試して頭をかしげておりました。酷いイタリア国鉄です。今に限ったことではありませんが。こんなこともあるのかと驚いた日でした。なるべくネットか前日に購入することにしました。

その3:
マッジョーレ湖に行きました。駅から歩いて湖畔の離れたところに船着き場がありそれを目指していました。私が以前そこに来たのは13年前なので、かなり景色というか様子が変わっておりました。湖畔に出ると船の特設チケット売り場があり、私は遊覧船のチケット売り場と思い、そこでチケットを購入し船着き場を目指しました。

妹がその赤いチケットをひらひらと持って歩いていると、船着き場手前のボート乗り場の係員から「そのチケット持ってる人!ここここ!」と呼び掛けられました。私は?と思いましたが確かにチケットの印刷の会社と看板が同じ。そこで初めて、大きな遊覧船ではなく小型の25人乗りのボートの遊覧サービスが登場していたことを知りました。

仕方ないので乗りこみ、第一の目的先の島へ到着。するとその船着き場は大きい遊覧船のとは異なる小さな場所で、降りて階段上がるとすぐさま別料金で宮殿見学の看板が。その島にあるある宮殿の入場料でした。本来の船着き場でしたら、別にそこに入場する必要がないので島を散策出来ましたが、この船会社のはそうではなく、更にお金を取るシステムでした(他の出口なし)。私は呆れてその気がないので、次の島に行くことにしてまた船に乗り、次の島の宮殿と庭は素晴らしいので入場料を払って見学しました。それも自由に選べました。まあ、結果的には大きな遊覧船よりは速く、効率良く廻れましたが。マッジョーレ湖に行かれる方がこのシステムをご理解の上、スケジュールに合う船を選ばれることをお薦めいたします。

その4:
北の方面、ミラノから長距離バスでアオスタに行きました。そこから乗り継いで別のバスに乗ることにしました。掲示板にはno.4の停留所番号がありましたが見渡してもそれは見つかりませんでした。チケット売り場で聞くと指さしてあそこの4番と言われましたがその先には番号らしき表示が見えずにウロウロしているうちに時間が経ち、近くのバスの運転手に聞くと、「あそこの奥(infondo)」と言い、初めて気づきました。そうか、奥だったのか! ず~っと歩いて奥に向かうとありました、番号の停留所が。時すでに遅し、1hに1本のバスは既に去っており、待ってやっと乗れて目的地に到着。インフォメーションに行くとイタリア恒例の長い昼休みで閉まっておりました。

ケーブル乗り場はないかと探し、近くに居たイタリア人に聞いて歩いて目指し到着。しかし閉まっており、閑散としておりました。また元の場所に戻るとインフォメーションは開いており、すぐ情報を聞くと、まだ動いているのは2つだけで大きいSky Wayがお薦めと言われました。「歩いて行けるか?」と聞くと3Kあると。「バスチケット売り場で情報聞いて」と言われ聞くと「シャトルバスがあります」と。しかし今出たばかり。。。1h後とか。どうしたら良いか考えていると、「隣にタクシーあるから聞いてみたら」と。しかし閉まっており、表示してある番号に電話するも音は虚しく中から聞えました。

そのケーブルの最終時間から計算すると一刻も無駄には出来ないと判断。となりのレストラン兼BARに飛び込み、シニョーラにタクシー電話しても繋がらないので、他に番号知らないかと聞き、すぐさま運転手に電話して連絡とってくれました。

5分後、無事タクシーに乗車して目指しました。降りて「幾らですか?」と聞くとなんと€25!たった5分の3キロでのこのボラレ料金ですが仕方ありません。支払い、ケーブルチケット売り場に。また「往復で幾らですか?」。なんと€49!!!思わず後ずさりしてしまいました。スキー場のケーブル3つ乗り継いでも€20位が相場。しかし、よく見ると今まで乗ったケーブルとは大違いの宇宙ステーションの様な造りで、豪華・超現代的・お金かかったであろうと想像出来るものでした。3年前にオープンして、まだ一部工事中でした…

兄はどうしても乗りたいと・・・ 支払ってその夢の様な新しい素敵なケーブルカーを乗り継ぎ、間近のモンブランと壮大な自然のパノラマを堪能しました。

機転を利かしてどんどん動いて情報を得ないと、結局上手く行かないこと多いイタリア。在伊?年目でその術は大分習得しましたが、毎度新しい所に行くと簡単には済まないので大変です。ドタバタの一日でした。でも素晴らしいお天気でラッキー?でした。

<マンドリン夏のキャンプ>

7月に恒例の5日間のマンドリンサマーキャンプに参加しました。今回は4回目です。昨年はモデナ近郊のゾッカ(Zocca)といういつもと違う所でしたが、ホテル環境が悪かったので今回は以前のガイアート(Gaiato)。山の中の静か過ぎるほどの涼しい音楽するのにふさわしい場所です。料理も美味しいし、ホテルも親切ですし、滞在しているお年寄り達が私達の発表会兼コンサートをとても喜んでくれます。演奏中も携帯の呼び出し音を消さないので鳴るのが通例ですが・・・

マエストロ達は昨年と同様の私のマエストラ西山みきさん含め3名。来るメンバーも顔馴染みが殆どで、意思疎通は良くなりました。今回はモデナのグループが運営するマンドリンスクールの少年少女約10名が参加で殆ど初心者。ですから、講師陣はその指導と我々大人組とで5日間目一杯のスケジュールでした。5回出演することとなりました。ですから、最終日の発表会は、ギターグループ演奏を含めおよそ2時間に渡るプログラムとなり、また当日変更事項もあり慌ただしいスケジュールで頭が混乱しました。

ただでさえ、殆どイタリア語で通す5日間ですから、日本人のマエストラとの日本語会話以外は常にイタリア語モードにしている訳で、演奏中は兎も角食事中も色々な話題が飛び交う訳で頭も相当疲れました。家に帰ってから、また3~4日寝込みました。。。6月中旬からの旅行と酷い風邪、そのあとのマンドリンサマーキャンプと続き、疲れピークでした。でも、山の中の涼しい環境で美味しい食事付・音楽漬けの贅沢な毎日でした。