イタリア マンドリン通信 <新年最初のミラノオーケストラのコンサート><本格的劇場での学生指揮者への指導テレビ放送><新しい友人との会食>


<新年最初のミラノオーケストラのコンサート>

新年開けて最初のコンサートは、”VIVA NAPOLI!”というタイトルで、ソプラノ歌手2人・テノール歌手三人との共演カンツォーネ・ナポレターナ特集でした。

プログラムは、それぞれの歌手が歌い、オーケストラがナポリに因んだマンドリン曲を挟み合計12曲でした。今回は、先月クリスマスコンサートが終わってその後バカンスに突入したため、練習とリハーサルをする日が少なくというか1回しかありませんでした。

コンサート2日前の夜、歌手2人とのリハーサルでした。オーケストラも殆どの譜面が初回であり、難易度は低いにしても歌い手とのテンポ合わせが難しく、?で終了し、やや不安残るなか当日の事前リハーサルとなりました。

しかし、いつもと同様2時間前集合でありながら、時間通り来たのは10名足らず・・・開始時間は30分遅れでした。テノール歌手とはその時初めてのリハーサルでした。なんだか分からない部分ありのまま本番突入。指揮者に合わせるしかないのです。歌手も、思わぬところでリタルタンド(ゆっくり)したりしますから、目が離せませんでした。つまり、歌手と指揮者を見つめつつの演奏(伴奏)でした。

まあ、多少不明瞭でも観客は歌手しか見てない(聴いてない)ので、余り気にせず目立たずで無事終了。皆偉い! さすがはイタリア人です。本番強いですね。練習ではあんなにメタメタでしたが・・・

北イタリアで、南の音楽をするのは結構珍しいですが、満員で観客は大喜びでした。やはり歌は大好きで一緒に歌ってました。まずは一安心でした。

<本格的劇場での学生指揮者への指導テレビ放送>

私が素晴らしい番組と思う一つに、イタリアでの有名な指揮者(スカラ座他)による若い勉強中の指揮者への、本格的劇場でのオーケストラ指揮指導放送です。

何度か見ていますが、ある夜に偶然に見ました。指揮者は、「Riccardo Muti(リッカルド・ムーティ)氏」で現代を代表する巨匠として知られています。

画面を見て驚きましたが、若手フル・オーケストラに、本格的なオペラ曲なので若手オペラ歌手も勢揃いしており、そのオペラ曲の指揮を手取り足取り指導するのです。つまり、オーケストラ・指揮者・歌手全部の指導なのでした。

勿論観客は関係者のようでしたが、その劇場はRavennaの本格的劇場でした。その放送は数時間に及び、学生指揮者がアジア人からイタリア以外の外国人含め、5~6人も登場しました。学生達はまだ指揮の振りが私から見ても、素人風で棒立ちでしたが、それでもこの有名な超一流の指揮者は、決して苛立つこともなく、ユーモアある指導と説明に唖然としました。なんと学生がリラックスして笑顔でその指導を受け入れているのです。

本格的な劇場で、フルオーケストラ・オペラ歌手というその舞台で指導受けるなんて、日本でしたら(まずないでしょう)学生はコチコチになると思います。

しかし、全体を通して何回もダメ出しをそのプロの指揮者はしますが、オケも歌手達も当然ですが学生指揮者に従うのです。

私は、こういう経験をさせてくれるイタリアの音楽指導の理解の深さに脱帽でした。素晴らしいです。大好きな番組の一つです。

<新しい友人との会食>

私の友人Sが、ミラノ学んでいる「占い教室」で知り合った友人との夕食会に私も招待してくれました。肉団子鍋! 喜んで、プロセッコとリクエストの抹茶ティラミスを作り持参して行きました。勿論小豆も炊いて。抹茶のお菓子は人気ですね~。

そのイタリア人女性Hは、ヴィオラ奏者で現在は引退して、現在は室内楽のクァルテットを編成しているそうです。多趣味でハーブも勉強しているとのこと。

私と友人Sはミラノ近くの山のハイクで知り合いましたが、彼女は画家で表千家の
茶道マエストラです。遊びでアコースティックギターを弾いたり、着物の着付けも互いにします。共通の趣味と私と同じ1人暮らしなので、何かと一緒に行動することが多いです。2人とも好奇心旺盛で何でも興味が沸くのです。私は音楽の楽しさとコンサートに出かけることを勧めました。そして今回の彼女の友人Hは北のBolzano出身で、山に詳しいです。

たった3時間でしたが、私達はかなり互いの情報交換を得て親しくなりました。Hさんは、私のイタリアマンドリン留学の経緯を興味を持って聞いてくれました。ご家族も器楽奏者がいて、4月にミラノで室内楽コンサートをすると聞き、私達は是非聴きに伺いたいと申し出ました。日本文化にも親しみあり、この日の和食メニューを全て美味しそうに平らげて、楽しい時間を過ごしました。

友人のお蔭で、新しい出会いはとても嬉しいです。マンドリン仲間は居ますが、音楽以外日常では中々イタリア人と親しくなれる機会は少ないので、これからの展開が楽しみです。

イタリア マンドリン通信 <ブレイシャのクリスマス・コンサート><カンティーナでのミニ・コンサート鑑賞><カゼルタでのクリスマス休暇>


<ブレイシャのクリスマス・コンサート>

12月からイタリアのそれぞれの町はイルミネーションが点灯し、クリスマスマーケットも始まり、すっかりクリスマスシーズンの到来です。ミラノのDuomoも恒例のリナシェンテデパートの豪華なイルミネーションと、広場の色彩豊かな電飾ツリーが観光客を楽しませています。

ブレイシャでは、西山みきさんが指導している我々「アルモニア・イン・ピッチコ」他二つのグループ合同のクリスマスコンサートが、ブレイシャ郊外のある素敵な教会で開催されました。

教会はまず暖房がありませんから、かなりの寒さを想定していましたが、当日は寒さはそれほどではなく安堵しました。

今回は、合唱も共演し神聖な歌声も教会にはふさわしく、私達も落ち着いた選曲で無事演奏を終えました。演奏後は教会側のリンフレスコという、手作りのパニーノやケーキを振る舞って下さるお茶会で、お客様と語らいつつワイン片手にゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。

<ミラノ・オーケストラのクリスマス・コンサート>


クリスマス・コンサートは、例年通りの「Piazzina Liberty」という練習場所に近い、雰囲気ある会場です。今回はハープのソリストを迎えての共演がありました。たった一度だけの合わせで、当日本番でした。正直言いまして、我らオーケストラは40数名の人数なので、あのハープの華麗な調べはかき消されてしまいます。ソロは良いのですが、一緒に奏でる場合はオーケストラはピアニッシモより弱い音で弾かねばならず、よく分からないうちに終わってしまいました。。。

お客様は、そのうっとりするハープの音色に魅了されていましたから、まあ良しとはします。が、余り向いているとは思えませんでした。

このコンサートは、12月初旬でクリスマス直前でないことから、お客様もメンバーも出席率高くて良かったと思います。この時期は、各地でコンサートが開催されますから、特に土日ですと他に流れてしまうのです。

<カンティーナでのミニ・コンサート鑑賞イン ブレイシャ>

前回の通信に書きました、マンドリン・ピアノ・オルガネットの「トリオ・アンコルディス」が、ブレイシャのボッティチーノ(Botticino)にあるカンティーナでのコンサートがあると聞き聴きに行きました。というか、その地のワインがかなり美味しいと聞いたので。

マンドリンの西山さんが教えている生徒さんのご家族が、カンティーナを経営されていてその試飲イベントでのライブを依頼されたとのこと。その辺りは大理石の産地であり、その大理石土壌がワインを美味しくするのだそうです。

演奏を聴きながら、3種類のワインをテイストしていくうちに、やはり最後の熟成ワイン「Gobbio」が他と比較すると最高に美味しく、ワインに詳しい訳ではありませんが、滑らかな口当たりが特別でした。音楽とワインと生ハム・チーズなんて最高の組み合わせですね。ワイン倉庫内の一角で行われましたから、部屋と異なり寒いのですが、暖かな薪ストーブが燃えており、雰囲気あるシチュエーションでした。

演奏終了後は、ワイン貯蔵施設も見学して、最後は勿論ワイン「Gobbio」を購入しました。日本ではかなりのヴィンテージワインのようです。

<カゼルタでのクリスマス休暇>

クリスマスには、例年友人家族の居るカゼルタで過ごしています。今年も事前に誘いがあり、また昨年に続き友人達とトリオで演奏する機会があると聞き、喜んで行くことにしました。

24日0時から、いつもの教会でのイヴのミサでの合唱伴奏をして、翌朝も来てほしいと言われて10:30から同様に演奏。連日でやや疲れましたが、この教会での伴奏はとても得難い経験で、まずこんな機会を与えられたことに感謝し、遣り甲斐があります。ミサ終了後は、複数の方が私達にお礼と素晴らしい演奏だったとのコメントを必ずしてくださいます。

今回のコンサートは、1800年代のイタリア人指揮者・作曲家のジュゼッペマネンテ(Giuseppe Manente)の生誕地モルコーネ(Morcone)で、カゼルタ友人の音楽友人仲間が企画した、セミナーとコンサートに呼ばれました。

カゼルタからは約70k位の所にあり、山の斜面に張り付くように家々があるイタリアらしい古い小さな町です。旧市街は道は細く、路面は勿論アスファルトではない敷石でアンティークな雰囲気漂う町でした。

会場は広く、イタリア語でAuditoriumoという町の公会堂でした。南イタリアらしくプレゼーピオが沢山飾られていました。幸い暖房はありましたが、ファンの音が煩く実際会が始まると切られてしまい、寒い空間となりました。

我らトリオが紹介され、舞台に上がり、まずイタリア・マンドリン作曲家で有名なカラーチェの2曲演奏後、セミナーが再度始まりコメンテーターのそれぞれ会話を挟んで、2回目はマネンテの曲を4曲演奏、セミナー再開と最後に2曲のやや難易度高い曲を用意しておりましたが、第一マンドリン奏者が寒さのため指が思うように動かないと言う事で急遽最後の1曲キャンセルしました。曲とコメンテーター達の話の間がかなり長くて指を冷やさない様に注意しておりましたが、本当にその曲を演奏出来ないのは残念でした。

こんな内陸の小さな町に、マンドリン演奏出来る機会で訪れられるのは光栄です。まして日本人でアマチュア演奏家でありながら、演奏に参加出来るのは友人達のお蔭です。演奏も地道にレッスンを続けながら、オーケストラでないトリオでの演奏が叶うようになり、イタリアに来た甲斐があると実感しています。

イタリア マンドリン通信 <ミラノ・マタロン・コンサート><三夜連続コンサート><イタリア異常気象>

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<ミラノ・マタロン・コンサート>

毎年会員になっている、あるギャラリーでの「Trio Ankordis」のコンサートでした。プロデュースしている2人のピアニストに、昨年彼女達のCDを渡して広報宣伝をしていました。このマタロン美術館では、毎年11月から翌年6月まで、月1回会員に向けてクラッシック中心ですが、様々なジャンルのコンサートを提供しています。

今回私が紹介した「トリオ・アンコルディス」は、ピアノ・オルガネット(小型のアコーディオン・マンドリンの編成で、曲は主にピアソラのタンゴ曲が中心で、あくまでクラッシックは弾かないのです。勿論編曲は彼女らが行い、それぞれの楽器の魅力を活かしたオリジナリティー溢れるものです。まず他には見られない音楽スタイルです。

全員がピアノのディプロマを取得しており音楽のプロです。私はブレイシャでこのトリオのコンサートに行き、ミラノでも是非コンサートで弾いてほしいと願っていたものです。ついにその機会が訪れて、彼女達は勿論のこと私も自分のプレゼンが成功したことを喜びました。

このギャラリーは奥にあり、観客はおよそ50~60人規模のプライベート的空間です。なんと、soldo out で満員のお客様の熱気に包まれたなかコンサートが始まり、聴衆は始めて観る・聴くこの音楽を食い入る様に飲み込まれて行きました。MCはピアノ担当が、にこやかにそして魅力ある会話で更にお客様を引き込み、私はそのコンサートの成功を確信しました。

約1.5hを通しで演奏し、もう盛り上がりは彼女達も聴衆も共有して、2回のアンコールで全ての演奏が終了し、割れんばかりの拍手と「Brave!!!]の連呼で、私も感動で涙が出そうになりました。3人のもう演奏しきった安堵の笑顔は素敵でした。トリオ・アンコルディスはすっかり聴衆の心をとらえたようです。主宰者もシーズン最初のこのコンサートの成功を大変喜んでおりました。

<三夜連続コンサート>

11月の初旬の週末に、三夜連続同じミラノのホールでコンサートがありました。以前、このマンドリン通信に書きましたがミラノのスカラ座を小さくした、アンティークな劇場です。舞台も狭いのでミラノオーケストラ全員が乗れません。でも、小さいのでマンドリンの様な音が小さい楽器には相応しいとは思います。

同じブログラムとはいえ、三夜連続は結構キツイと皆言っておりました。ある程度人数は3日間ばらけて、なんとか終了しました。指揮者は、曲の合間にフランクに聴衆に話しかけたりするものですから、すっかりリラックスな雰囲気でした。

最終日には、指揮者の曲紹介に物足りないのか、ある年配シニョーラが指揮者が指揮棒を挙げた時、大きな声で「作曲者は誰なの? 説明してくれないとわからないわ!」と大きな声で言うものですから、一旦指揮棒を下げ説明する羽目になり小さな劇場は爆笑の渦に。それからは、指揮者は彼女のリクエストに答えて(?)、司会者の説明ありながら更に時代背景その他曲紹介を加えて説明するようになりました・・・親切。

そして、全曲終了後は熱い拍手とBravi!!!の連呼のなか、「Bis! Bis!(アンコール!)」とまあ、いつもながら続いた訳です。そして指揮者再登場し、アンコールにお答えすべく挨拶すると、すかさずそのシニョーラの発した言葉が「Eh il bis è obburigatorio!」(アンコールは義務よ!)でした。これには、またまた大爆笑でした。

この劇場は小さいながらも、結構本格的なクラッシックな劇場のコンサートですが、この掛け合いには笑えましたね。かなりフランクでユーモア(?)ある堅苦しくないコンサートでありました。これもイタリア人モード満載のユニークさに溢れ、まず日本ではありえない、微笑ましい?笑える楽しい時間となりました。本格的クラッシックコンサートでは、こんなことはないと思います。マンドリンという楽器が、聴衆には受け入れやすい聴きやすい親しめる音楽なんだろうなあと感じました。

<イタリア異常気象>

11月は晴れた日が数える位しかない雨の多い月でした。ニュースでご存知かと思いますが、ヴェネツィアのアックア・アルタ(満ち潮で水位が上がる)は有名ですがとんでもない高さの水位になり、水位を堰き止めるMose」という設備が完成していない政治のスキャンダラス問題も議論になり、毎日報道されてました。

南プーリアでは石の町マテーラが大洪水になり、濁流が町の道路の様々なものをなぎ倒して行く恐ろしい様を動画で見ました。また北イタリアでは、早すぎる豪雪により道路を閉鎖させ、雪崩を引き起こしとイタリア全土の様々な都市で異常気象による被害がこれでもかと襲いました。

日本でも大型台風による甚大な被害を受けましたが、ここイタリアでも同様の自然環境の、大きな変化を感じさせる出来事が度重なって起きています。今まで穏やかだった欧州大陸・地中海が地球温暖化による環境変化がじわじわと起きていることを痛感します。

来年は東京オリンピックが夏季に開催されますが、日本の報道を見ても不安材料が沢山あり、特に台風と暑さによる影響がイタリアに居ても心配でなりません。

イタリア マンドリン通信
<新しいギターとの出会い><クーネオ栗祭り><アコースティックギター>

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<新しいギターとの出会い>

イタリアでクラッシックギターを始めて5年目となりました。最初は軽い気持ちで始めましたが、やはり正式に毎週レッスンをしていると、それなりの努力と精進する気持ちが大事で、先生の指導に応えるべく気持ちも生まれて来ています。

現在のギターは、イタリアの友人ギタリストからプレゼントされたYAMAHAの練習用のギターで、ほぼ初心者にはふさわしいレベルでした。

しかし、最近今後の自分のレベルのあり方や、どういったギターの表現を学ぶのか、もう少し、深くクラッシックギターを理解したいと思うようになりました。

ミラノの日本人ギタリストに相談し、細かいことを教えてもらいました。その時彼は私のギターを試し弾きしながら、こう言いました。「関さんのギター4年間は、その年輪に合わせたレベルにあるからこそ、今の楽器では不満なんです。見合う楽器が必要です」と。その時、私は、自分に見合った楽器が必要な時期に来たのだと思いました。

早速、ジェノバの友人ギタリストに相談しましたら、彼の推奨するギター製作者
が作るギターが、素晴らしい音色でそれが良いのでは?とアドバイスされました。まだギターを始めて5年ですから、知られた有名な製作者のギターはとても私の手の届くものではありません。彼の助言に従い、丁度現在製作中のギターが2本仕上がるのと聞き、試奏を兼ねてその製作者のジェノバの工房を友人と訪ねました。

製作者はスペインの方で、もう若い時からイタリアの工房で修行を重ね、現在は独立してオリジナルのギターを製作しています。私は譜面を色々持参し、友人ギタリストの試奏を聴きつつ、その二つのギターを何度も試奏しました。楽器店と異なり、こういう経験が出来るのは素晴らしいことでした。

彼らの専門的な話しを聞いたり、質問したりともうワクワクする時間でした。その製作者のギタは一般的ではなく、かなりオリジナリティあるものでした。それも触って、弾いた途端に想像もしなかった音の響きと鳴り方に唖然でした。弦の振動が素晴らしく、ボディに響き渡るのです。

クラッシックギターは、3本はナイロン弦ですから音も弱いのが通常ですが、全くそれを感じさせない音の威力に脱帽でした。私はギターに詳しくありませんが、余りの今の自分のギターとの違いに驚いた次第です。

友人もコメントも私と同じで、それで疲れない弾き方で十分音が鳴るということでした。ギターはマンドリンと異なり大きいですから、かなり疲れるのです。まあ上手くないからという事もありますが、体を疲れさせない指先の触れ方で
素晴らしい音が出るのは魅力的でした。

まだ、現在結論が出せませんが、折角現在仕上がっており試奏出来、確かめられたこの二つのギターのどちらかを選ぶ予定です。私の希望のギターでの演奏が可能になるのはもうすぐで、期待で一杯の日々となりました。

<クーネオ栗祭り>

2年前の10月に、トリノの友人の誘いでトリノからリグーリア州寄りのクーネオ(Cuneo)に行きました。前回は嵐のような天気で、それでも良い栗を手に入れたい一心で町の中心にある広場やメインストリートの出店で探し周り、マッローネというマロングラッセ用の栗より大きい品質良いものを、1キロゲットしました。そして広場にある、老舗菓子店で栗入りパネットーネを発見し、それも大事に持ち帰り
ました。

今回も、まず出店をチェックして品定めをしてから、マッローネ・出店で味見してとても美味しかった手作り栗入りパネットーネ・マロンクリーム入りチョコレート・
剥き栗・リグーリア産3日のフレッシュオリーブオイル1L・可愛い瓶入りのプーリア産のオリーブオイル・老舗菓子店の栗入りパネットーネ2個を購入し、やや予算オーバーながらかなり満足する買い物でした。持参した30kのリュックが満杯となりました。

友人と品定めしながら、焼き栗の実演を見たり、屋台のマロンスイーツを食べたり屋台のお店の人達をお喋りしながら楽しい時間を過ごしました。栗だけではなくイタリアの食品や、お菓子・チーズ・ワイン・オリーブオイル等が殆ど揃っており尚且つ安いのです。ミラノは都会なので、そういう商品は高いので遠方でも出かけて買う価値大なのです。

家に戻り、明くる日に早速一人前の栗ご飯を炊き、つややかな甘い香りで美味でした。残りの栗の時間掛けて剥き、友人を招くための栗ご飯、残りはシロップ漬けにして忙しい日々でした。

<アコースティックギターでフォークソングを楽しむ>

ミラノでのある友人の1人は、表千家のマエストラですが画家でもあります。そして、彼女はアコースティックギターで日本のフォークソングを歌うという趣味があります。私は一つ古い世代ですが、共通するジャンルでもあり最近一緒に弾き語りを練習し始めました。

彼女は以前のご主人も同じ趣味で始めたそうです。私は、高校時代が正にリアルタイムでのフォークソングブームでしたので、当時のマンドリンクラブの中で、自己流でコードを覚えて、弾き語りを一生懸命練習したのがギターとの出会いの始まりでした。

「あれから何年たったのだろう?」と歌にもあるように、まさかまた始めるそれもイタリアで? でした。彼女はとても熱心で、2人で何時間も歌い続けて楽しい満足した時間を過ごしました。1人より2人の方が断然楽しいです。

今後継続して練習しようということになりました。マンドリンで前奏や間奏入れても面白いかなとか。歌詞・コードは現在はネットでも見ることが出来ますが、友人は沢山歌詞本を持っており、なんとカラオケボックスにある(昔あった)電話帳の様な分厚い歌手別・曲別の本を日本から持って来ており、もうあらゆる歌がそれで歌えるのです。その熱意にはビックリでした。

ミラノでは色々な人と知り合えますし、またお付き合いが始まると意外な今回の様な発見があります。今後も楽しみです。

イタリアマンドリン通信 <ブレイシャのシーズン初コンサート>

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<ブレイシャのシーズン初コンサート>

夏休みが終わり、早速月末の金曜日にブレイシャのある小さな教会でコンサートを行いました。

バカンス明けで、練習も3回しか出来ず直近で演奏した曲目と馴染ある曲目中心でした。場所はブレイシャの中心地からかなり離れており、静かな住宅街の中にある教会教でした。大きさといい、雰囲気はマンドリン演奏するにはピッタリのロケーションで、演奏するのが楽しみでした。

開始時間には、お客様は満員で(嬉しい!)その場に入場すると温かい拍手で迎えられ気分は高揚し始めました。劇場と違い、教会は聴衆との距離が近く、直接にお客様との期待、我々の演奏への反応が直に感じられる場所で大好きです。やはり音楽はお互いのキャッチボールですから。

最初の曲は、ヴィバルディの”Concerto in Do maggire”。西山みきさんのソロが教会に響き渡り、美しい音色に観客はうっとりでした。全ての曲とアンコール曲9曲を弾き終えたときは、達成感と満足感で一杯でした。お客様のスタンディングオベーションで温かい拍手は、このコンサートの大成功を確信しました。

今回から初参加の、15歳女性ヴァイオリンチェリストのAは、このコンサートを楽しみにしていて、私達と演奏出来たことをご両親と共にとても喜んでいました。

<ミラノオーケストラのシーズン初コンサート>

そしてブレイシャでのコンサートの翌々日には、ミラノオーケストラのシーズン初コンサートがありました。場所はミラノ中心地に近いサン・シーロの住宅街の中にある中庭でした。

到着するとそこはアパートの中庭で、地域住民に対する子供教育支援・保育所運営・健康管理・老齢者支援等をされている非営利団体のイベント企画でした。スタッフに限らず住民や子供達総出の準備の様子を見て、今までとは異なるアットホームなコンサートでありました。

子供達はオーケストラの脇の敷物に並んで座り、まさかの桟敷席という感じで例えば映画試写会とか、盆踊りなどの地元開催色満載の雰囲気でした。

しかし、中庭であるため最近夏日でもあり、蚊が物凄く慌ててスプレイを手足とクビにするという状況でした。また4~5人友人を誘っておりましたが、その内二人が事前に着物で来ると聞いており、それにふさわしい環境とはいえませんでしたがいざ着物で登場すると、観客からの写真撮影に何度も応ずるというハプニングがありました。

実際コンサート開始されると、蚊はブンブン飛んでくるわ、飼い犬の吠え声や子供達の嬌声で煩いわ、後ろにはいつのまにか観客がおり掛け声あり、写真撮ったりしてるわ、暗くなり指揮者は黒づくめですから見えなくなりと、何とも落ち着かない少々荒っぽい演奏になったような。割れるような拍手と「Bravi!!!」の連呼でその盛り上がり様は半端でない地元開催祭という感じで終了しました。

今まで、色々なロケーションありましたが、今回の様なのは初めてで、まず日本ではないだろうと友人達と後で話しました。ミラノオケの団員たちは別に驚く風でもなく楽しそうに演奏して過ごし、子供達に声を掛けたり違和感なく過ごしてました。私としては、ナポリ民謡は良いとして、最初に演奏したバロック音楽は外した方が良かったのでは?と思いましたが。とてもそんな雰囲気でないので、イマイチ弾き辛かったです。

<映画鑑賞>

ある親しくなったミラノの友人が映画鑑賞が好きで、誘われて時折水曜10:30の様々な映画を観ています。自宅から徒歩15分位の所にある映画館で、月曜夕方と水曜日午前中が€3の割引となっています。

日本に居たときは、映画鑑賞は観たい映画を観に行ってましたが、こちらではその映画館チラシで、大体のあらすじを事前に見て観に行きます。台詞は最初慣れませんでしたし、全部イタリア語ですから速くて、訛りあり当然全て分かる訳ではありませんが、徐々に観かたが分かってきました。

彼女は数十年通っていますから、映画は良く知っており、私にとっては新しい経験でした。イタリアはもとよりアメリカ・フランス・ドイツ・イギリス、ヨーロッパ各国の映画を観ています。この映画館が選ぶ映画は色々で、イタリアですからコミック作品は勿論ありますが、SFやヴァイオレンス等、まず派手な映画は殆どなくコミックでもヒューマニズムあるドラマ作品が殆どです。受賞作品もあります。

ある日観た映画もハンガリーの作品でしたが、まず日本では見られないであろう地味なしかし中身ある考えさせられる作品で、とても良い映画でした。よくこんなストーリーで表現方法があるものだと、観ながら思わせるものでした。俳優も演技が素晴らしく引き込まれました。実に淡々とした深い内容でした。終わったあとに二人で暫く席でボーっとしつつお互いの所感を話し合いました。

ヨーロッパに居ると、こういう知らない世界を知る・観ることが出来るシーンが多々あり外国に居るのだなあとつくづく思い、そしてそれが自分の中に新たな感性や人間観が生まれている気がします。

イタリアマンドリン通信 <夏バカンス編>

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<夏バカンス編>

イタリア及びヨーロッパのバカンスの過ごし方は、良く知られているとは思いますが、7月~8月の間長い休みを取る習慣です。仕事をしている人は、約2週間の休みを2回に分けて取る傾向があります。他は海や山でず~っと何もしないで?休みます。

さて、私は日本人でそんな長い休暇で旅行等出来る身分ではありませんから、日帰りや数泊の旅行で我慢しております。イタリア人大好きな海は暑くて苦手なので、涼しい山に逃げるのが一番過ごしやすいと感じております。今回この夏、友人と日帰りで出掛けた話題です。

*マントヴァ湖の沼地自然ウォッチング:Valli del Mincio(ポー川の沼地)

ブレイシャの隣にあるマントヴァは、3つの湖に囲まれた歴史ある美しい街です。その北のエリアにある湿地帯から、小さな船での自然ウォッチングツアーに参加しました。マントヴァの街近くからの乗船は大きな船ですが、ここ”Grazie di Curtatone” の船着き場からは小ぶりの船で、その日は私達3人と一組のイタリア人夫婦のみのプライぺート周遊でした。

自然溢れるその景色と静けさの中、沼地には様々な植物や沢山の鳥たちが生息しており、自然ウォッチングが楽しめました。驚いたのはアジアから持ち込まれたという、蓮の花の群生が見られたことです。その広い群生は見事で、私の生まれた東京の「不忍池の蓮池」を思い起こさせました。

船はゆっくりと進み、幸い少ない人数のため操縦ガイドの方は、沢山の説明とお喋りで、私達と会話を楽しみながら、のんびりとしたひとときでした。

URL:http://www.fiumemincio.it/proposte.htm

ランチは船のガイドさんに聞いた、近くにあるアグリーツリズモが経営するレストランで。なんと飲み物(ワイン・水)込でたった€10+カフェ。新鮮な野菜の前菜取り放題、有名なカボチャ味のパスタ、コールドビーフを頂けました。(超満足!)やはりイタリアの地方は、郊外のアグリートリズモのレストランが安くて新鮮な食材で、ワインも魅力です。市内とはかなりの差です。

*San Benedetto Po:マントヴァ県にある町

昼食後に、サン・ベネデット・ポーにある有名な教会と博物館を見学しました。教会広場には、毎年8月14~15日に行われるお祭りでアーティストが集まり、2日間で仕上げるコンクールで描かれた、道路のアートを見ることが出来ました。細かい仕上げには驚きました。

見学は、幸い既に到着していた5~6人と合流してスタート。ガイドは全てボランティアだそうです。見応えある内容で、約1.5時間以上かかりました。熱のこもった案内でさすが地元のボランティアです。全部聞き取るのは大変でした。

中は広く、様々な歴史とその文化に触れ、終わったときはもう夕暮れ。とはいえ夏ですからまだまだ15時位のようでしたが。

*52のトンネルがあるパスビオ山へのハイキング:Strada delle 52 gallerie al Pasubio

友人のご主人がかねてから行きたがっていたという、オーストリアとの戦時中に、山の中に砦を作り物資を運ぶために掘られたという52もの興味深いトンネルが、ハイキングの目玉になっています。

約1200m地点にパーキングをして、そこから1950mの高さにある山小屋まで52のトンネルを通過して登りました。

1200m地点でもう涼しく、これから始まるトンネル通過はどんなものなのか?皆期待を膨らませてスタートしました。8月20日は過ぎており、平日にも関わらず、駐車場は満杯。その人気を物語っている光景でした。若者・家族連れ(幼い子供もパパが背負って)・熟年グループと老若男女がそこに参加していました。

山道はとても広く整備されていて歩き易く、感心しました。しかしトンネル内は涼しいですが、当然ライトを点灯しながら登ります。かなり険しく、濡れていて滑る場所もあり神経を使いました。

トンネル内には、物資を保管した所や大砲が残置されていたり、その歴史を物語る場面が色々ありました。兎も角結構長い道のりで、まあゆっくり楽しみながら、トンネルの数を見ながら約3.5hで最後のトンネルを通過して、山小屋を見下ろした時は達成感を味わいました。

山小屋には沢山の人々で賑わっており、私達も冷たいビールと下山のエネルギー補給に肉をタップリと頂きました。

下山はトンネルを下る勇気はないので、だらだらの高度差ない尾根道をひたすら下り、約2.5hで無事出発地点の駐車場に着きました。この日はなんと27000歩・18kを歩きました。2日後に疲れが来ました。。

URL:https://www.magicoveneto.it/Pasubio/Pasubio/Strada-delle-52-Gallerie-del-Pasubio-Rifugio-Papa.htm

*グランパラディーゾのコーニュへの日帰りハイキング

トリノのある友人が、今年7月に叔母様とその友人とマッターホルンや、ドロミテ渓谷のハイキング旅行に同行・案内したことがきっかけで、山が大好きになり、是非私と山に行きたいと連絡がありました。

その友人は仕事をしているので、結局天候とスケジュールの都合により、日帰りハイクをアオスタ近くにある「グランパラディーゾ国立公園内のコーニュ」ですることになりました。

コーニュは日本のサイトでも知られた、モンブラン等の壮大な山々が町の中央から一日中見渡せる素晴らしいロケーションです。幸い好天に恵まれましたが、私はミラノから長距離バスで2.5h、友人はトリノから1.5hで待ち合わせはアオスタのバスターミナル。しかし、友人のバスは40分も出発が遅れ(?)、コーニュへの乗り継ぎバスは二人の到着時間には間に合わずで、結局お昼頃に到着しました。

まあ、この日は二人のハイクは初めてでしたし、のんびりと高度差ない楽なコースで限られた時間内での歩きを選びました。目的地はLillazという小さな村を通過し、その先にある、2つの滝を目指しました。

山道は色々あり、道標も沢山ありレベルにより幾つかのコースが分かれていました。晴天でしたので、陽が降り注ぐ道は避け、やや山側の低いコースを森林のエキスを浴びながら、涼しく気分よく歩いて滝に1.5で到着。行きの山中では、殆ど誰とも会いませんでした。大抵は車で滝近くまで行くようでした。もったいないですねえ、素晴らしい自然のエキス満載なのにハイクしないのは。。。

滝は美しく清らかな水流で、まさにエアーシャワーのようでした。持参したオニギリのお弁当を食べ(山はオニギリが最高ですね)、涼んでから町まで帰途に着きました。帰りのバスまで時間を残してありましたので、二人でアペリティーボ。もうこれがたまりません。日本だとビールとお蕎麦ですが、イタリアではやはり冷たいワインでアペリティーボでしょうか?

二人で来年は是非フランス側にある「クールマイヨール」の山小屋に泊まり、シャモニーまで連なるコースをケーブルやリフトを乗り継いで、ハイク三昧しようと計画を話し合いました。その計画を指標に体を鍛えねばと確信した一日でした。

イタリアマンドリン通信 
<Ascoli Picenoへの小旅行><料理教室><日本文化講座><ピラティス体験レッスン>

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<Ascoli Picenoへの小旅行>

5月は音楽活動が殆どなく、かねてより行きたかった友人の町を訪ねることにしました。マルケ州のやや内陸にある「アスコリ・ピチェーノ」という町です。ミラノ中央駅から列車でアドリア海沿いに出て、Ancona(アンコーナ)で乗換え含め約6.5hです。

有名なリゾート地のリミニから、海外線沿いを電車は下ります。まだシーズン前で静かな海辺の景色は癒されました。

アスコリ・ピチェーノは思ったより大きな町で、山に囲まれ景色良し空気も清々しく自然溢れる所でした。夏はやはりかなり涼しいようです。友人は、サクスフォン奏者のイタリア人夫と5歳の可愛いお嬢さんの3人暮らしです。

*料理教室*

友人は、ほぼ毎週土曜日に日本家庭料理講座を開いていて、彼女が言うには「こんな田舎なのに、日本食ブームのお蔭で毎回ほぼ満員」とのこと。一番人気メニューは「巻き寿司」。嫌になるほどリクエスト多く、イタリア人はこれを習って家で作って自慢したいとか。時折プロのシェフさん達も参加するのだそうです。

でもシェフ以外のイタリア人生徒さん達は日本人と違い、いくら事前に説明しても、それぞれが説明したことをバラバラと質問するのに閉口だと。日本人は準備が良く、飲み込み早く指示通りに動くし優秀で手が掛からないけどイタリア人生徒は殆ど聞いちゃいないそうで(彼女はイタリア語のレシピも渡しているにも関わらず)納得。これは集団で事を運ぶことに慣れていないからでしょう。料理教室は皆で協力して料理を作る訳ですから、日本人の得意分野ですね。

2番目人気メニューは、「ラーメンと餃子」。ミラノと異なり、麺も餃子の皮も全てパスタ・マシーンで手作り。さすがピッツアの国イタリアらしく、小麦粉大好きですから問題なく作れるのだそうです。

*日本文化講座*

最近「日本語講座」と「お習字講座」の依頼があったそうです。私達日本人は、お習字は幼い頃に習ったことがありますから、本格的でないにせよ教えられます。

生徒二人の日本語講座に参加しました。まだ、初級で「挨拶、自己紹介と数字」ですが生徒の一人は、良く見受けるアニメとゴスプレが大好きな若い学生。もう一人は70歳位の男性で、なんと空手一段。やはり日本の文化を知って、惹きつけられたとのこと。友人は先生として、やや厳しいかな?と感じましたが。

*ピラティス体験レッスン*

友人はストレス?解消のために、週1回ピラティスに通っているとのことで、事前の体験レッスン参加を聞かれ興味ありOKしました。ミラノでも、イタリア人年配中心のヨガ講座に半年ほど通った経験から、大体の流れは分かっていました。

ピラティスは初めてでしたので、ヨガと比べてややハードだと思いました。一つの動作が終わると連続して次の動作となり、久しぶりのこともありましたので、ややキツイと感じ汗びっしょり。まあ、ヨガをやっていたせいと日々ストレッチとスクワットも続けており、殆どこなせてホッとしました。

1人シニア男性生徒が、後半からインストラクターに質問やお喋りが始まり、煩く集中出来ず、これも日本では有り得ない光景でした。終了後は皆が私の初ピラティスを褒めてくれてました。ヨガよりハードなところに興味を持ち、ミラノに戻ったらやって見たいと思い始めました。楽器を弾いている姿勢は、疲れますので有効かと。

*ヴァイオリンレッスン見学*

ある日は、友人が教えているヴァイオリンのレッスンを見学。生徒の少女は以前2年程習っていたそうですが、友人曰く、調弦も教えられてなく全然出来ないので以前の先生は泥棒みたいだと言ってました。音楽院出ではなかったようです。

聡明な少女で、まだまだこれからだと思いますが、友人のお蔭で上達してくれたらと願いました。友人は田舎で音楽活動の機会も殆どないので、錆びついてしまいそうだとも・・・

4日間も滞在し、友人はメルカートの新鮮で安い美味しい食材で沢山お料理を作ってくれ、
地元の名物料理もご馳走になり、本当にゆったりとした時間を過ごせて感謝の旅でした。

<イタリアの医療事情>

4月に酷い風邪を引き、中々治らず不調が続いて食欲もなく寝てばかりでした。ある日、瞼が目ヤニが酷くて開かなくなりました。ネットで症状を検索したら、「結膜炎」のようでした。

友人に相談しましたら、ミラノのある救急病院の一つ(pronto soccorso)の眼科が優秀で有名と紹介してくれました。イタリアの救急病院は大抵の友人達も1度はお世話になっているようで、しかし救急なので当然緊急度の高い、命に関わる怪我人・病人が優先されます。ですから大概5~6時間は待たされると聞いておりました。救急病院に行くほどでもないかと判断して薬局で説明して、薦められた目薬で4日で治りホッとしました。

例えば、ある友人はアレルギーで呼吸困難の症状を起こし、救急車を呼んで救急病院に行きましたが、待たされ順番が来る頃には治ってしまったとか。 

またある友人は、目の下が突然痙攣を起こし夕方に行くも、重症患者に次々順番を飛ばされて結局診て貰えたのは0時頃。でも担当医はその病名をピタリと当てて処方された薬で事なきをえたとか。

そしてまたある友人は、薬局で購入した日本にはない成分入っている鎮痛剤を飲んだら、唇がパンパンに腫れ上がり、慌てて救急車で救急病院へ。診てくれた医師に「君はこの薬は絶対に飲んではいけない。危うく死ぬところだったから」と言われたそうです。

イタリアの病院は、保険扱い医とそうでないプライベート医があり、いずれも事前予約が必要で、日本の様に行けばすぐ診察してくれるというシステムではありません。ですから、すぐに治療を受ける必要がある場合は皆この救急病院に行きます。

血液検査やその他の検査をしたい場合も、社会保険に加入している一般人はまずホームドクターの予約をとって相談し(診察はしない)、処方箋を書いてもらい、自分で該当する診療科のある病院に電話または赴いて、予約をします。そして検査結果が出たら、それをホームドクターの所に持参して判断を仰ぎ、さらなる検査や入院が必要になれば、また処方箋を書いてもらい該当する病院を探して・・・となります。そして検査も何か月も先ということもしばしばです。

ですから治療を急ぐ必要な場合は、保険の効かないプライベート医を選ぶことも多く高額な診療代を払うことになります。歯医者も保険外です。私も歯の治療で€650の見積額に驚き、その時期の日本への往復フライト代より高かったので、日本に帰って治療しました。

このようにかなり面倒なイタリアの医療事情のせいか、皆なんとか薬局で購入する薬で治すようです。ですから、町中に薬局が沢山あるのはそのせいなのか?と思っています。我々日本人には強い薬が多いと聞いており、慎重さが必要です。

イタリアマンドリン通信
<ブレイシャ第2回合同コンサート><ヴァイオリン・ソロコンサート鑑賞>

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<ブレイシャ第2回合同コンサート>

昨年に続き4月に、先生の西山さんが音楽指導をされている3グループ合同コンサートがブレイシャで開催されました。

第一部はそれぞれが各2曲演奏し、第二部は全員で演奏しました。2回目でもあり、進行はスムーズに進み無事終了しました。

今回は、新しい参加メンバーが15歳のチェロ奏者と西山さん友人のお二人。この先生友人の一人はピアニストCでもう一人がオルガネット奏者Gです。何故お二人がマンドリンを弾くことになったのか聞きました。西山さんはお二人とはトリオとして演奏活動している旧知の中で、西山さんが指導しているグループのマンドリン奏者が足りないことから、協力を求め、心良く引き受けてくれたそうです。Cはマンドリン、Gはマンドラを購入し、初めてのコンサートの参加でした。

楽器は異なれど音楽知識と経験・センスはあり、まして向上心月あるわけですから、きっと短期間でマンドリン演奏が実現すると思います。お二人は弦楽器は初めてで、やや控えめな様子でしたが、友人が西山さんのために立ち上がって、協力してくれるなんて素晴らしいなあと思いました。私もいつかピアノを弾けるようになりたいと思っており、異なるジャンルの楽器への興味と感心が彼らによって更に増したような気がします。

<ヴァイオリン・ソロコンサート鑑賞>

ピアニストであり音楽記事を書いている友人から、日本人ヴァイオリン奏者である庄司紗矢香さんのコンサートの情報を得て、早速聴きに行きました。1999年にパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで史上最少年15歳で優勝した世界的ヴァイオリニストです。

ヨーロッパに留学、著名なヴァイオリン指導者に師事し、数々の国際コンクールで常に優勝(1位)、現在欧米・アジア各地で多数のオーケストラとの共演、及びソロ演奏活動をしている素晴らしい奏者と知りました。

コンサートはミラノ音楽院内にある、大きなホールで開催されました。バイオリン1本(ソロ)、共演はこれも有名なイスラエルのピアニスト。

まだ36歳の若さで、繊細で堂々たる演奏に見入ってしまいました。友人によると「もしこのコンサートが日本でしたら、まずチケットは手に入らないだろう!」と。勿論高額でしょうが、今回はわずか数十ユーロでした。

使用楽器は1729年製のストラディヴァリウスとの事。これはもう表現出来ない程の透明感ある音で鳥肌が立ちました。

イタリアに居ることで、こういう貴重な経験・機会を普通に得ることが出来る喜びを改めて感じ、滞在している限り出来るだけコンサートに足を運びたいと思います。

<コンサート鑑賞>

会員になっているピアニスト夫妻のプロデュースするコンサート鑑賞がありました。今回はスペインソプラノ歌手のスペイン歌曲でした。

情熱的な心揺さぶられる素晴らしいソプラノでした。当初は2部制でしたが、なんと1時間以上連続でのコンサート。その歌いっぷりに観客は打ちのめされ、引き込まれイタリアのオペラとは異なる感動を味わいました。

イタリア人観客も大拍手の嵐。アンコール曲は当然イタリアオペラからで、お隣のシニア女性お二人は大喜びで、「私達この曲良く知ってるわ!」と口ずさみます。毎回異なるプログラムで、本当に素敵な音楽を味わえるのは幸せです。

イタリアマンドリン通信
<着物に関する講演会><他の生徒のギターレッスンに奮起><和菓子作りに挑戦>

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<着物に関する講演会>

前回お茶事稽古でお手伝いした茶道表千家の先生が、着物に関する講演をするというので着物で参加しました。

事の発端は、ある日本文化マニアのイタリア人女性がとんでもない着物の知識を披露して、誤った着物に関するルールをイタリア人達に講演していたことを聞き、正しい説明をせねばと思ったからだそうです。

講演は、先生の以前のお弟子さんの協力で、彼女が経営しているティールームにて開催されました。約2時間という長い講演で、「着物の種類とどんなルール着装するのか、相応しい着付けとは、着物の仕立てや模様・染や織の説明」など盛り沢山でした。最後にはお弟子さんモデルに着付け実演もありました。

先生はある程度お茶の稽古が進んだ時に、お弟子さんに出来れば着物でお稽古をしてほしいと言った時に、その彼女はこう答えたそうです。「どうしてお茶のお稽古に、着物を着てお洒落をしなくてはならないのか?」先生は何故着物着用の意味があるのかを、幾度も説明したそうですが、理解はしてくれなかったそうです。決して洋服のドレスコードのようにお洒落をするためではなく、茶室でのその振る舞いには必要なことを。

今回先生は、ある日本の諺を引用して説明をイタリア語で書いて説明したのです。「外見は内面を移す鏡である」、つまり外見は内面の一部で、その人の思想や価値観を表すものであると。

(ネットより引用)
茶道とは、「茶をたてる作法により精神を修養する」という千利休が大成した着想です。相手を持て成すの心、持て成される心を育てる事も大切な要素として考えられています。亭主役(持て成し役)は、客に対して敬意を持ってお茶を立て持て成すのです。その心得には正式には着物でということになります。伝統にのっとった着装でお客様を迎え持て成すためのものだと。決して自分を美しく見せるためではなく。確かに亭主役の振る舞いには、着物着装を想定した所作になっています。当然、季節感も想定した着物で柄・色も限られます。

約30人位のスペースで立ち見もあり、予約希望者殺到の講演でした。キャンセル待ちの方々も大勢だったそうです。日本文化・食が広まりブームとなってますが、このように少しづつでも正しい知識を知らせる活動も必要だと思いました。かなり複雑で難しいとは感じましたが。また、次回も企画するそうです。

<他の生徒のギターレッスンに奮起>

ギター始めて早4年が経ちました。ある日レッスン待っている時に、先生とある生徒のレッスン時の演奏音が聴こえ、ドアに耳をあてると1年以上前にレッスンした私のお気に入りの曲で、思わず聴き入ってしまいました。その演奏はまだ初心者レベルのようでしたが、丁寧で正確かつ綺麗な音でどんな生徒か想像してしまいました。

そのレッスンが終わりドアが開いたので、中に入ると若い女生徒(15歳)でした。私が先生に彼女の事を幾つか質問しましたら、まだギター始めて短いのに彼女はとてもブラーバと答えました。

その時、私は最近自分の練習がマンネリしている事にハッと気付き、自身の怠慢をとっさに反省しました。先生が余り厳しくないことをいいことに甘えていた自分が居ました。矢張り何年か続けていると、どういう練習が良いのかを余り考えずにただ楽譜を読みながら、間違えない様に弾くと言う単純な練習になっていました。

それから、楽譜を良く読み、メロディを考えながら音を意識する練習を始めました。若い彼女との年齢差はどうしようもないですが、時には聴講レッスンも必要だと思いました。

<和菓子作りに挑戦>

ある日曜日朝早く友人達とハイキングに行き、1人の仲間が茶道の先生で、翌日のお稽古のお菓子を作るので早めにミラノに戻るとの事でした。

ハイキングは順調で疲れもなかったので、私もお手伝いを勝手出て一緒に作ることになりました。

和菓子はなんと「練り切り」で、本格的に作ると聞き益々興味が沸きました。外側の練り餡、中の漉し餡とつなぎの求肥は事前に作って冷凍してあり、まず混ぜ込むことからスタート。レンジで温めを2回して丁度良い粘り気が出た所で色付けして丸めて形付けました。

4月ですから桜の花ということで、難しいのはそれらしい花びらにすることでした。教えて頂きながら大半を私が仕上げました。

そして、お薄も頂き満足。先生からは和菓子の頂き方も教わりました。上品な味と我ながらうっとりする出来栄えで、充実した一日でした。

5月には菖蒲の花をイメージした練り切りだそうで、また弟子入りする予定です。日本に居た時は、簡単に味わえる和菓子でそれほど興味ありませんでしたが、ここイタリアで中々材料揃わない中で、工夫して作ることに意義を感じ始め、練り切りは高度レベルですが、きな粉餅や苺大福なら出来そうなので試そうかと思います。

イタリアマンドリン通信 <日本の私のギター><お茶事稽古お手伝い><隣のシニョーラとのプレゼント交換>

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<日本の私のギター>

日本に置いていたギターが、壊れてしまっておりました。年に1度か2度しか一時帰国しないのですが、イタリアのギターのマエストロからいつも休暇で日本に帰国する時に、
練習が出来ない事を気にされていました。やはり、後戻りするからです。いざギター購入となると、それなりの価格となるのでどうしたものか考えており、中々決心がつきませんでした。

今回1月に日本に帰国した際に、色々楽器を持っていた友人に会いましたら、電子ピアノを誰かに譲ったと聞き、その他の楽器(ギター数本、ウクレレ等)について尋ねました。私が練習用に必要なのでと理由を言いながら。彼は一つは息子さんに譲り、もう一つスペインギターがあると答えました。

私はもしもう弾かないのであれば、是非私に譲ってくれませんか?と聞きましたら、なんと私に無償で譲ってくれると言ってくれました。勿論私は適正な価格でお支払いしますと話しましたが、その楽器が私によって有効に役に立つのであれば、喜んで提供したいと。

余りの偶然のギターの出会いと、その嬉しい申し出に驚きました。その友人とはイタリア語を通じて知り合い、15年以上お付き合いを続けて互いに情報交換し、また昨年はミラノにも来てくれました。

いつも思う事ですが、イタリアと音楽を通じて様々な人と出会い、友好関係を継続して常に新しい発見や嬉しい出来事が沢山起きています。私の人一倍の好奇心もそれを更に有効にしています。

その新しいギターは現在日本に置いてあるので、私を待ってくれています。次回会えるのは来年?

<お茶事稽古お手伝い>

ある日、ミラノで茶道を教えている友人から「お茶事稽古」をするので、お手伝いをお願いしたいと依頼がありました。炭点前からお懐石、お濃茶、お薄と、利休の時代のおもてなし作法にのっとった、お茶席の一連の作法を勉強するお稽古だそうです。

最近日本から持ち込んだ建材・建具・畳等全てを、彼女が不器用なイタリア人大工にイタリア語に翻訳したマニュアルを元に、苦労して(彼女が)組立てられた本格的な茶室が彼女の家にあります。

今回は、台所で懐石料理の準備と洗い物で、盛り付けやお料理の手順を伝統にのっとり行うと言う事なので、和食の勉強ならと引き受けました。

その前日に、もう一人のお手伝いの方と先生の友人が魚料理を準備され、私はその後野菜料理の下ごしらえを手伝いました。出汁は本格的に一番だし、二番だしそして八方出しを用意し、野菜を切り、明くる日にすぐ出せる状態まで準備しました。

懐石料理を扱うのは初めてでしたので、大変だったのはお膳を作るまでの行程と出す直前の用意です。温かいお料理を温かく出すために、二番だしで漬けておいた野菜を温め実際に器に盛って掛ける出しは一番出汁であり、そのタイミングと温度加減に神経を使いました。コンロはガスでなく電磁調理器であったため、速やかな温めが難しく調整に苦労しました。

先生のイタリア人女性生徒1人が着物着用で「亭主役」。お客様がご夫婦一組とイタリア人男性(カメラマン)、イタリア人男性生徒(お茶マニア)も遠方からこのお稽古のために駆けつけました。レッスンは全てイタリア語で行われますが、私達お手伝いは台所に籠っておりましたので、茶室での様子は分かりませんでした。

兎も角、手順とタイミング、多い品数の準備で何しろお手伝い二人とも初めてなので、あたふたと(始終先生に叱られ注意されながら)、お料理をお出ししました。

安堵の間もなく、お客様が食されている間に我らもその食事を味見しければならず余り余裕なく急いで頂きました。その後すぐに次の準備があり、お酒のお代わりのお燗、食後のさ湯、御新香など次々とありてんてこ舞い。ですからお料理の写真も撮れませんでした。

そして皆様、茶室から出てこられて椅子着席でのお点前となりました。もう正座が我慢できないからとか。。。それはそうでしょう。うん時間もかかってましたから。

私達日本人は幼い頃から自然に、ある程度身につけている習う側の「心得」や「作法の有り方」「生まれた文化の背景・しきたり」は、それが無いイタリア人が、表だけから見た日本文化の洗練さや簡素さだけでは理解出来ません。茶道の中に全て含まれるその感性と背景はどうやっても説明しがたい、説明しても納得させられないものがあると先生である友人は語ってました。

<隣のシニョーラとのプレゼント交換>

私が日本から友人から分けて貰った日本のカレンダーを、隣のシニョーラにお土産として郵便ボックスにメッセージと一緒に入れました。2年前にも喜んでくれたので、きっと気に入ってくれると思いましたので。

このカレンダーは、以前勤めていた会社に障がい者雇用のための特例別会社があり、毎年絵を書くことが好きな、才能ある障がい者のアートによる作品が描かれており、その説明も彼女にしました。

その後、家のインターフォンが鳴り、扉を開けると彼女でした。私にそのプレゼントのお礼と、どんなに気に行ったかを話してくれました。昨年秋に彼女は一人で日本に初めて旅行しイタリアに帰国して会った時に、日本がどんなに素晴らしかったかをとうとうと話してくれました。最初の言葉は「Il Giappone è un’altra pianeta!」(日本は他の惑星だ!)と言ったセリフがいかに想像を超える国で彼女にとっての最上の褒め言葉でした。

つまり、全てが完璧で清潔で整っていて、礼儀正しく親切で・・・と続いたのでした。今までアパート内で出会うと勿論挨拶を交わしますし、問題あると相談したりしていましたが、この旅行を境に私に対する印象が変わったようで、ぐっと身近に感じる振る舞いになったような気がします。

そして手に持っていたのは、イタリアのカレンダー。私へのお返しでした。私のささやかなお土産で、こんなに喜んでくれるとは思いませんでした。更に中には手紙があり、彼女の思いが綴られており、嬉しくなりました。

そしてイタリアでは、「カレンダーは沢山の日にちがあり、つまり沢山の日々が贈られるから、カレンダーをプレゼントすることは希望と良い縁起良い」と書かれていました。またそのカレンダーには月毎に格言の様な言葉が書かれており、それも素敵だなと感じました。

私の気に入ったのは、”La vita è troppo corta per aspettare. Andiamo!”です。

イタリア マンドリン通信<南イタリア小さな町でのクリスマス・コンサート><ナポリ観光>
<イタリア日曜日の電車スト><カウントダウンパーティ>

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<南イタリア小さな町でのクリスマス・コンサート>

クリスマス時期、例年通りカゼルタの友人の家で過ごしました。今回は、友人が約数週間前に知り合ったという方からの依頼で、カプアという小さな町にある小さな教会でのコンサートで、オルガン・リコーダーとマンドリンで共演することになりました。友人が選んだバロック曲・マンドリンオリジナル曲をデュエットともう一人の友人とトリオで演奏するプログラムでした。

しかし、数日前に一緒にリハーサルした来るはずの歌手が風邪で声が出ないため、ピンチヒッターのピアニスト兼歌手で、予定のプログラムが一部出来ませんでしたが、マンドリン演奏が好評で安堵しました。この地域では、マンドリンのバロック演奏など聴いた事ない人々が殆どなので。

この教会は、ビザンティン時代のフレスコ画が宝石のように美しく素敵でしたが、暖房なくとても寒かったです。イタリアは無名の小さな町に、こういう小さな素敵な教会があり、いつも驚かされます。人や町、空気、音楽、雰囲気が北イタリアとはかなり違います。友人のお陰で良い経験を得ました。主催者から来年も是非一緒に演ろうと言われました。

<ナポリ観光>

カゼルタのナターレ滞在の帰りに、ナポリに行きたかった考古学博物館見学に立ち寄りました。ナポリは新しい地下鉄が主要な観光場所を通過しているので、かなり便利になりました。

やはりナターレ季節のため、観光客が多くて驚きました。博物館から「スパッカ・ナポリ」と呼ばれる界隈に脚を伸ばしました。意味は「真っ二つに割る」だそうで、ナポリ湾に平行にひたすらまっすぐ伸びている通りで、立ち並ぶ家々を正に南北に切り分けていることから命名されたそうです。ナポリの見どころが集まっている人気スポットです。ただし夜はやや一人では危険。くれぐれもスリやかっぱらいに注意です。

いや~ 物凄い人でまるで年末のアメ横街のようでした。観光客が目当てのピッツェリアの前で並んで待っているから、ただでさえ狭い路地が人で溢れて中々進めませんでした。こんな混んでいるのは初めて見ました。コートの下にハンドバックを隠し、しっかりと上から抑えて進みました。

スパッカ・ナポリ中心から外れた場所にあったピッツェリアを見つけ、やや空いていたので入り、念願のナポリ・ピッツアを頂きました。とても美味しかったです。久しぶりに食べて感動しました。ミラノにもナポリピザありますが、全く違いますね。安いし来る度に必ず食べたいです。

人混みをかき分けている時間が長かったため、予定の観光出来ずにナポリ中央駅に戻り、電車に乗り込もうとしたら、予約したのは9号車。しかしホームに泊まっているその列車は8号車までしかない??? 出発時間10分前でしたので、慌てて近くにいた車掌さんに聞くと、「あ~、7号車に乗って」と。そして、同じ座席番号に座り検札時にまた確認したら問題ないと。。。

しかしこの席の乗客がローマから乗って来て、私は状況を説明し、穏やかな男性でしたので空いていた隣の席に座ってくださいました(安堵)。結局検札係は来ないのでミラノ到着。実は行きもミラノ中央駅で電工掲示板のトラブルがあり、慌てて乗りこんだのです。やれやれの旅行でした。イタリア鉄道、必ず何かしらあるので本当に速やかな対応をしないと見過ごして乗れない危険性大なのです。かなり鍛えられて慣れましたが・・・

<イタリア日曜日の電車スト>

ある日曜日山にハイキング仲間と行きました。3連休なので人は多めでした。たまたまトレイルランニングを開催しており、出走者はサンタの帽子を被りながらのランで微笑ましかったです。

帰りに駅に着くと、なんとその朝3時からストをやっていて、乗る予定の電車およびその他の電車もキャンセルされてました。当日朝通常通りの電車に乗れたので気づきませんでした。幸い1時間後の電車が来ることがわかり、まあ運が良いと皆で言いつつ電車でミラノに無事戻ることが出来ました。

着いたミラノ・カドルナ駅には、いつ出るか分からない電車を沢山の人々が不安そうに待っていました。12月の連休ですし、このクリスマス時期の日曜日で外出した「お年寄り夫婦」「小さな子供を連れた家族」等々。私達は職員が連休で休みたいがため?の電車のストに憤慨し、意気消沈して諦めの境地の人々が気の毒でなりませんでした。本当に日曜日のストは酷いです。

<カウントダウンパーティ>

今回は私の家で友人二人とカウントダウンパーティをしました。朝からスーパーで買い出し、夕方まで料理し夕方二人の宿泊準備完了。

0時前に年越しそばを食べることになったので、パスタやご飯系を外し料理とナッツ類・ポテトチップス。

ナターレのカゼルタ滞在で、たっぷりの南イタリア料理三昧であったため、野菜中心の惣菜と魚と肉料理にしました。日本人なので毎日イタリア料理はやはり胃腸が持ちません。

0時前から自宅近くにあるチャイナ系レストラン等の従業員が、恒例の花火と爆竹爆音で驚かせさせられました。実際0時同時に私のアパートの5階真下の交差点で花火が打ち上げられ、大音響が周囲に轟き、友人達は驚き耳をふさぎながらでした。かなり長い間でしたが、無事終了してホッとしました。

翌日のTVでは、各地の花火で何人かが指を飛ばしたりする怪我で病院に担ぎ込まれたとか・・・ ホント危険で、禁止されているはずですが警察は見て見ぬふりだとか。

イタリア マンドリン通信 <メンバーの追悼コンサート><ミラノ再発見ツアー参加><友人ピアニストのCD発売プレゼン><偶然の出会い>

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<メンバーの追悼コンサート>

昨年11月に、長い闘病生活を経て亡くなったブレイシャのマンドリングループのあるメンバーを偲ぶコンサートがありました。私も数年間一緒に演奏活動出来たのでそれなりの思い出があります。控え目で笑顔が優しい温かい人でした。まだ58歳の若さでした。

当日は彼との思い出深い曲と、私達グループと親交のあるギタリストもソロ曲で参加し、開演は18時でした。小さい教会でしたが、彼の友人や仲間他沢山の方々で埋まり、熱気ある雰囲気となりました。

最初は彼の自転車仲間による思い出のビデオが映し出され、その代表者の挨拶のあとコンサートは始まりました。通常の演奏とは異なる「偲ぶ」演奏は、私達も聴衆もぐっと身近に寄り沿い合う密な雰囲気を感じました。

亡くなった友人の奥様はクラリネット奏者で、2曲私達の演奏に参加されました。また、彼から私の先生に提供された古いマンドリンが、あるブレイシャ在住の少女の楽器となり、彼女も1曲一緒に演奏しました。

写真の皆が身につけている赤の小物は、生前亡くなった友人が好きだった色です。温かい心が通いあう素敵なコンサートでした。

<ミラノ再発見ツアー ヴィジェバノ ツアー参加>

毎年10月から翌年の6月迄の間に5回程開催される、北イタリア日本人会の「ミラノ再発見ツアー」の11月版に参加しました。

通常はミラノ中心地での散策が中心でしたが、今回は少し郊外のヴィジェバノ(Vigevano)という町にバス仕立てで約35名の参加者でした。

*以下北イタリア日本人会会報のお知らせから*

~Naviglio Grande に沿ってLeonardo とBramante が創ったSforza家の町Vigevano へ~

イタリア国内でも最も美しいピアッツァの一つと云われているヴィジェーヴァノの廻廊広場。この広場にはお城への入り口があり、ミラノの君主であったルドヴィコ・スフォルツァの統治時代、1400年代後半にミラノのルネッサンスに息吹きを与えたレオナルドとブラマンテが、彼らの創造力により実現させた建物の集合体から成りたっています。レオナルドは斬新な厩舎をデザインしています。

とういうお知らせと美しい写真(北イタリア日本人会提供)に惹かれて、友人3人で早速申し込みました。

その当時天気が良くなくうっとうしい天気でしたが、当日は幸い雨が降らず曇り空でした。バスはナビリオ運河沿いを走り、イタリア人ベテランガイドのクリスティーナさんの運河の歴史の説明を聞きながら、その昔は運河の町ミラノであったことを想像しました。ミラノまで荷物を積んだ船は上流から流れるように作られ、漕がずに運ばれたのです。帰りは空の船で労力を掛けずに戻るという賢い方法だったそうです。

この運河は荷物の運搬だけではなく、ミラノの貴族が建てた別荘まで船で行き来があったり、周囲の畑への灌漑水として引き入れたり、農民が家から畑まで通う水路の役割もあったそうです。改めて感心しました。その後ムッソリーニが町の開発のためにミラノの運河の殆どを埋めてしまったとのことでした。

現地に到着して、早速美しい広場を見学し、現在に至るまでの歴史の説明を聞きながらミラノのスフォルツァ城とそっくりのお城を見学。その後、この町はイタリアの靴の生産地としても有名で、資料館があり特別な見学をすることが出来ました。

楽しみのランチは町から離れたアグリーツリズモで、安価な美味しいお料理を頂き皆満足してミラノに戻りました。とても落ち着いた雰囲気の町でミラノから電車でも近距離なので、また改めてゆっくり散策に来たいと思いました。

<友人ピアニストのCD発売プレゼンテーション>

毎月スフォルツァ城近くのギャラリーで行われるクラッシクコンサートを企画されているピアニストご夫妻のCD発売のプレゼンテーションが、ある音楽書店兼サロンで開かれました。

その場所は、ミラノ中心地よりやや外れたある建物の中庭を隔てた内部にあり、表からは見えない知る人ぞ知るという楽譜・書籍販売及びサロンでした。友人と参加し、そのCD作成にあたりお二人の曲に対する思いとそれぞれの曲説明、それに合わせて幾つかの曲を披露してくださいました。

CDタイトルは「FOUR SEASONS FOR HANDS」。日本人作曲家:中田 喜直氏の作曲の4手連弾のための組曲「日本の四季」とピアソラの「ブエノスアイレスの四季」が挿入されています。「日本の四季」には中田喜直氏が作曲された童謡・唱歌が織り込まれており、美しい日本の四季を流れるように歌い上げる曲で、その情景が思い浮かび思わず日本人であれば懐かしく口ずさんでしまう心打たれるものでした。

いらした方々は私も知っている方が多く、久しぶりに再会出来たり、改めて名刺交換したりと交流が深まりました。このサロンにはカフェが併設されており、プレゼンテーション後はお二人が用意してくださったアペリティーボで、お喋りと挨拶で時間を忘れてしまうゆったりとした時間を過ごしました。

<偶然の出会い イン・ブレイシャ>

イタリアでは、各地でクリスマスのイルミネーションが点灯し始めました。それぞれの町らしい綺麗なそれは、夜に外出したくなるウキウキさせるものです。今月最後のブレイシャでのグループの練習日に、町のイルミネーション見学をするためにミラノの友人も同行しました。

暗くなるまで、彼女をブレイシャの中心地を案内していたとき、ある通りで偶然、時々ブレイシャのグループと共演するあるギタリストに出会いました。彼は立ち話の中で、この夕方に私の先生の西山さんとある養老院でコンサートするので、観に来ないか?と誘ってくれました。

その施設はとても立派な建物で、私達の想像を超える豪華な養老院でした。1階にある礼拝堂の併設の広間には、電飾がキラキラとクリスマスツリーが飾られており華やかな雰囲気でした。出来た当初から評判の5つ星の養老院だとか。

コンサートは約1時間程の楽しく聴きやすい演奏曲の数々で、その養老院で過ごされている皆さんもとても和やかに音楽を楽しめた様でした。

西山さん曰く、1週間前に急に連絡あり依頼されたとのことでした。普段からそのギタリストとデュエットをされているので、そんな急な依頼でも息の合ったレパートリー曲を演奏出来たとのこと。

その後陽も暮れ、友人と美しいブレイシャのイルミネーションを見ながらドゥオモ広場の素敵なバールでアペリティーボして、彼女はミラノに帰り私は練習に参加しましたが、思いがけず良いひとときを過ごせました。

イタリア マンドリン通信<日本人会の親睦音楽会参加><マンドリン フェスティバル><トリノ・ジャパン・ウィーク><嬉しい出来事>

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<日本人会の親睦音楽会参加>

10月14日(日)に、ミラノのテアートロ・フィロドランマティチで北イタリア日本人会主催の親睦音楽会にブレイシャのマンドリンアン・サンブルとして出演しました。2015年に初めてマンドリン・クインテットで演奏して以来です。今年の5月のミラノで「5月のコンサート」をプロデュースされたアソシエイツ・ノットゥルノさんから、是非と誘われ出演に至りました。例年はカーザ・ヴェルディのホールで開催でしたが、今回はミラノ・スカラ座のすぐ近くで客席200程の可愛い劇場で行われました。

プログラムの中心は、イタリアで活動されている主にオペラ歌手とピアニストの方々で、一部にピアノソロやイタリア人演奏家の器楽演奏もありました。私達ブレイシャのマンドリン・ギター・アンサンブル「アルモニエ・イン・ピッツィコ」は二部の最終演奏でした。歌が多い中、器楽演奏は少なかったせいもあり、2曲演奏しましたが聴衆の方はとても喜んで下さいました。いつもマンドリン演奏は初めて聴いたという方々は多いですね。

ミラノで演奏する機会はそうはありませんから、この機会を提供してくださった日本人会とアソシエイツ・ノットゥルノさんに感謝いたします。

<マンドリン フェスティバル>

10月20日(土)にミラノ・マンドリン・オーケストラ主催で、ミラノ・マンドリン・インターナショナル・フェスティバルがスフォルツァ城近くのテアートロ・ダル・ヴェルメで開催されました。

出演オーケーストラは、ミラノ・タオルミーナ・バルセロナの3つです。この劇場はイタリアでは、収容1400名の大きいホールで集客が心配されましたが、メンバーの努力、
またラジオ局の告知インタビュー出演などで頑張りました。

このフェスティバルは、シチリアのタオルミーナ・オーケストラで参加しているあるご家族の提案であったことを知りました。ミラノオーケストラで演奏参加しているあるカップルがタオルミーナ出身で、そこでもメンバーとして演奏活動をしています。更にその青年のお父様とお母様がギターとマンドリンでそのオーケストラに参加しています。
そして青年の妹さんが、スペインのバルセロナ在住でバルセロナのマンドリンオーケストラで演奏活動をしているのです。正に音楽家族です。

このことから、私がイタリアに来る何年か前からそれぞれの町、タオルミーナとバルセロナでの合同演奏会を行い、そして今回最終ミラノでの共演となったのです。このご家族のマンドリン演奏への熱い思いが、この3つの異なる町、タオルミーナ・バルセロナ・ミラノを繋いでマンドリンフェスティバルが実現したという訳です。

各オーケストラが4曲位、合同演奏は3曲をそれぞれの指揮者の振りで演奏しました。当日午前中のリハーサルで参加した時に、バルセロナとタオルミーナ多彩なプログラムを知り、このコンサートに誘った友人達に慌てて再度情報を送りました。彼らはオペラ歌手との共演があり、曲目もそれぞれの地域の特色ある内容でした。これなら友人達も楽しんでくれるかと。

何しろ日本と異なり、各オーケストラのプログラムの曲目を知ったのが12日前で、プログラムが出来たのが4~5日前でした。当日は満員とは行きませんでしたが、6割は埋まった客席からの熱い視線と期待、それぞれ演奏が終わる度に盛り上がる雰囲気に私も心が躍りました。最終の合同演奏は最高調でした。やはりマンドリンは大人数の方が魅力あると感じました。

日本では余り、複数のオーケストラで共演するコンサートは殆どないように思います。ブレイシャのアルモニエ・イン・ピッチコのプレジデントは、ブレイシャでのマンドリン・フェスティバルをやりたい意志があり、これもいつか実現出来ると良いなあと思います。

<トリノ・ジャパン・ウィーク>

10月21日~24日まで、トリノで開催されている「ジャパン・ウィーク」に、ミラノで着物の着付けやレンタル・イベント企画をしている友人がヘルプすると聞き、見に行きました。

そこにはいくつか日本の伝統工芸を紹介・展示しているのですが、今年日伊協会さんが夏のイタリア人留学生の日本語講座で、日本文化紹介の一つで和裁講座をされた岩本和裁さんがこのジャパン・ウィークに出展され、私の友人がバックアップすることになりました。

このイベントはトリノ東洋美術館で開催されており、入場料が無料とのことで初日より沢山のイタリア人が訪れて入館制限されているほどの人気イベントでした。各日本の紹介ブースでは実際にお客様に参加して貰う体験講座をそれぞれ用意されていたそうですが、初日にあっという間に品切れとなるという盛況ぶり。

専門の通訳はいませんでしたが、その代わりにトリノ大学で日本語を学んでいる生徒さんが各ブースでボランティアで通訳をするとの事でした。実際岩本和裁さんのブースでは殆ど友人が通訳を兼ねてました。

岩本和裁さんでも、可愛い和風生地で小物入れを運針(手縫い)するとか飾り結びの紐を作る講座をされていました。従来外国人は余り器用でないケースが多かったそうですがなんとイタリア人の器用さに驚いたとのこと。人気でした。

他出展は日本刀剣・ビーズ刺繍・日本酒の紹介・お習字やアニメキャラクターのカード作成(日本の大学生のブース)等。この出展の他、日本の踊りや着物のファッションショーなども別途広場はテアートロで開催されたとの事でした。ますます日本文化が人気上がっています。

<嬉しい出来事>

2年前日伊協会の「イタリア人のための日本語・日本文化講座に参加し、私の家にホームスティしたイタリア人友人の息子さんが、10月末無事大学を卒業しました。

彼が13歳の時に私とカゼルタで出会い、私が日本人であることから日本語に興味を持ち、ナポリ東洋大学で日本語科を選択して勉強していました。私の勧めで日伊協会の日本語講座に参加した際は、レベルが高いクラスになり、皆について行くのが大変で毎晩私が勉強のヘルプをしました。

その後も、カゼルタに行く度に日本語の勉強を一緒にし、時にはWhatsAppで日本語の作文の添削を頼まれたりと彼の勉強を手伝い続けました。文法も難しくなり、私でも上手く説明出来ないことも多く、彼もめげることもありました。でも一生懸命応援しました。試験合格の報告を受ける度に、胸をなで下ろす日々でした(母親の心境)。

10月末にFacebookの掲示板で彼の卒業した晴れの写真と、沢山のお祝いの言葉の掲示板を見てすぐに「おめでとうの言葉」を送り、居ても立っても居られなくなり彼の父親である友人に電話しました。そして本人に改めて「Auguri!!!」と本当に頑張ったねと伝え、彼の母親とも話し、私も母親の心境で胸にこみ上げる嬉しさを彼の家族と分かち合い
ました。

イタリアでは大学入学はたやすいですが、卒業するのは大変で父親曰く沢山の生徒が落第したそうです。その中、息子さんは死に物狂いでの勉強だったそうで、普段のおっとりとしたどちらかというと、勉強するのが苦手な面を見ていた私は正直驚きました。今年の9月に良い成績で試験合格の報告を受けた時に、きっちりと4年で卒業すると決意したその心境が伝わったことを思い出しました。

友人曰く、彼はこれから自分の進む道を現実的に考え始めているそうです。勿論以前に、私は彼の思いと考えは多少聞いていましたが、13歳のあどけない少年が毎年成長しながら大人になったことを、家族の思いで見てきた自分を感じています。

イタリアマンドリン通信<シーズン開始><音楽仲間><アルザス旅行>

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<シーズン開始>

9月初旬に日本のバカンスから戻り、早速一つ演奏機会がありました。ミラノオーケストラはミラノ市のカルチャープログラムの組織に属しております。毎週木曜日はオーケストラの練習日でもありますが、音楽監督のマエストロがマンドリン教室も開催しており、その日は他の教室同様にそのPRと告知を兼ねた「オープンデイ」のコンサートでした。場所はある中学校の中の観客席のある広い部屋で、出番は夜20:30頃でした。他にダンス教室、コーラス、器楽演奏など色々披露されていたようです。

コンサートと言っても3~4曲の演奏でしたが、観客は子供を持つ親とそのお子さんが中心でした。マンドリンに興味を持ってくれたらよいなあと思いつつ、マエストロと指揮者が日ごろの活動状況を説明後、演奏はすぐ終了しました。この組織は、音楽だけでなく様々なカルチャープログラムを実施しており、ジャンルは多岐に渡っています。この組織に属していることから、ミラノ市内から演奏オファーが多いのです。

また、ある日の練習にはアメリカからフェッラーラにマンドリン留学をしているシニアの男性が飛び入り参加してました。彼はその週末の演劇プログラムのマンドリン伴奏に興味を持ち、是非参加したいとのことでした。英語教師をされていたとかでイタリア語もある程度わかり、ミラノのメンバーからも歓迎されて楽しかったようでした。

<音楽仲間>

昨年知り合ったミラノの音楽友人が二人います。一人は18歳でイタリアに留学しイタリア男性と結婚し、ミラノスカラ座バレエダンサースクールの伴奏、オペラやバレエのイタリア海外レポートを寄稿しています。もう一人は彼女の友人で、日本である小学校の音楽教師の仕事をしており自身もソプラノで歌い、勿論ピアノも抜群に上手くリコーダーも吹きます。学校を休職しての音楽留学で、昨年は歌のレッスンそして今年2年目はなんと音楽史も専攻していました。音大出ですがイタリア語で更に知識を深めて、日本に戻ったらそれを活かした授業と指導を試みたいと。素晴らしい意志と学習意欲ありすっかり私達は意気投合しました。

3人で演奏してみたいと私が提案し、先日ミラノの音楽学校の1室を予約しました。彼女達がピアノと歌とリコーダー、私はマンドリンで殆ど即興です。二人はピアノの名手で即興が得意。私が持ち寄った楽譜は殆どギター伴奏なのですが、あっという間にピアノ伴奏とメロディを奏でてくれました。凄いです!こんなコラボが簡単に出来るのもイタリアならではで、音出しできる場所と仲間がいるからこそ。これからもレパートリーを増やして、何かしてみたいなと思っています。

また、ある夜その一人がジャズピアノを習っているマエストロが弾いているジャズバーに遊びに行きました。サイトにも地図にもない隠れ家的な場所でした。その友人達はサプライズがあると言ってましたが、なんとマエストロから二人のピアノ連弾即興を披露してみたら?と誘いがあったそうで、他のお客様の前で二人は見事に2曲ジャズ曲とアニメテーマ曲を披露しました。ビックリでした! 正にサプライズ。こんなお店で弾かせて貰えるお店の懐の深さと「Bravi!」と褒めてくれる温かさをとても感じました。勿論録音しました。貴重な経験した二人を見て嬉しかったです。

<アルザス旅行>

9月下旬の週末に、ミラノの日本人2人とイタリアの旅行代理店でアルザス地方のバスツアー旅行に2泊3日で行きました。イタリア旅行代理店のツアー旅行は初めてで以前から興味ありました。丁度私は夏の間はビザの更新中で仮の滞在許可証しかなく、旅行代理店は、正式に許可証が下りてからでないと旅行の申し込み受付は出来ないと言われました。つまり、その間外国には行けない、日本に一時帰国するにもヨーロッパ便は乗り換えは出来ず(入国出来ない)、アリタリアの日本直行便かアジア・中東航空会社の便しか選べません。幸い旅行前2週間前に滞在許可証が発行され、無事申し込みが出来ました。

アルザス地方はフランスとドイツの国境地帯沿いにあり、古くからドイツとフランスの度重なる戦争で両国の領地としての複雑な歴史を得て、現在フランス圏となっています。旅行で訪れたのは主にストラスブールとコルマールそして周辺の美しい小さな村です。地元の言語はフランス語ではあるけれど建物や食文化・村の名前もドイツだと思いました。度重なる過去の戦火で町は幾度となく再建されたそうで、コルマールは戦火を逃れた古い街並みだそうです。

ツアー人数は48人位でバスは満員、私達以外は北イタリア在住(ヴェローナ・ブレイシャ・ミラノ周辺)のイタリア人等でした。とても礼儀正しく大人しく、また時間に正確(集合など)で3人で南イタリア人が居ないとこうも違うのかと納得しました。

朝食と夕食付の低価格ツアー(mezza pensione:メッザペンシオーネといいます)でした。バス運転手・添乗員・現地ツアーガイドともにベルガモ人で(旅行会社がベルガモ)、特に添乗員女性のイタリア語は分かり易く・丁寧・親切で良い方で満足。3日間一緒に同行すると皆親しくなり、軽いお喋りしたりと和気あいあいで過ごせました。幸い天気も抜群で写真も美しく撮れ、こういう旅行も楽しいと感じました。バス旅行ですから気楽に乗っているだけで、あちこち案内とガイド付きで個人旅行とは異なり中身が濃い充実した3日間でした。また参加してみたいです。

「イタリアマンドリン通信 <今年の蕨採り><兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ><夏のキャンプ>」

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<今年の蕨採り>

6月始めに今シーズン最後と思われる「蕨採り」に山に行きました。その前の週に他の友人達が数キロの収穫だったと聞き、私も期待して勇んで行きました。

幾つかの蕨生息地帯があるのですが、もう6月なので蕨はかなり生育していると予想して高い場所を選んで乗りこみました。天気抜群で、現地到着前から登山道の脇には既に伸びきったシダのような蕨が多く、更に上に登りました。

昨年も採った場所に到着すると、なんと斜面は伸びきった蕨畑となっており、その下には更に芽を出している若い蕨が沢山!私達以外誰も居ない静かな斜面で、その蕨畑を登って降りてを繰り返し(そのために脚が鍛えられました)、無我夢中で採りまくりました。その量なんと、ビニール袋ずっしり2袋。友人とお互いの大収穫を褒め称えつつ、めでたく終了しました。

下山を始め、途中のアグリートゥリズモを通りかかると沢山の人々がそこに居ました。近づいて行くと、テーブルの上にアルミフォイルに包まれた何かが沢山あり、販売しているのかと思いきや何と色とりどりの山で採取したであろう茸でした。

色とりどりということは、毒キノコが殆どみたいでしたが、興味深くのぞき込む私達にリーダーであろうイタリア人が私達に話しかけ始めました。つまり、彼らは山で自然を楽しみながら茸を採取して調べて、新しい発見があると研究所に提出するという活動のグループでした。日本にも茸を見に行ったとも言ってました。でも食用のもあると見せてくれましたが、余りの色と姿にちょっと食べられるとは思えませんでしたが。

家に帰って蕨を計量したらなんと2.7キロもあり、更に現地の新鮮な湧き水2.5Lをザックに入れて帰った訳でしたが、疲れもなく楽しい山での一日を思い出しながら深夜までかかって蕨の灰汁取りに奮闘しました。

<兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ>

6月に日本から兄妹達がイタリアに来て一緒に旅行しました。移動の際にハプニング続出し、私にとってはいつもながらの事ですが、兄妹たちは呆れてました。

その1:
マルペンサ空港からの電車でミラノカドルナ駅で待ち合わせたので、私は地下鉄に乗ろうとすると地下鉄に降りる場所に山の様な人が。?と思いましたが、改札へ行くと地下鉄は何かのトラブルで一部閉鎖中で動いておらず。聞くと代替えバスがあると聞き、あの人々はそれを待っていたのかと理解。すぐ地上に行くとその方面行きの代替えバスが着いていて慌てて飛び乗りました。駅には既に兄妹達が待っており理由を話し、荷物もあるのでタクシー乗り場へ。しかし、この地下鉄不通のため長蛇の列。そこからバスで行こうか思案しつつ約30分以上待つが時間かかりそうで改めて地下鉄を確認しに行くと、運行再開。結局地下鉄で我が家に到着。到着第一日目からトラブルでした。

その2:
明くる日に郊外の町に出かけるため、ミラノ中央駅へ。何故かかなりの人が切符売り場に長蛇の列。何故?と思いつつ、券売機でチケットを買おうとするが、最後の画面でエラー。他の券売機で何度も試すが同様。見たことないエラーなので不思議に思い、そこに唯一居たイタリア国鉄の係員に聞くと、「システムエラーで全ての券売機が機能してない」と。。。行先を聞かれ告げると近距離券売機なら購入可能だと聞き、迫る電車の時間に焦りつつ、すぐさまその券売機で取り敢えず購入して間に合いました。

目的地に着き、帰りの切符を買おうとその駅の件券売機の前で並ぶ。しかし1台だけしか機能しておらず、時間かかりそうでどうしたものかと思いきや、目ざとい妹が駅売店(タバッキ)の入口に国鉄切符販売と書かれた張り紙を発見し、そこで無事購入。近距離だと販売している場合があります。

その日の帰り夕方にミラノ中央駅に着くと、券売機はシステムエラーが解決したようで(イタリアにしては早い)その明くる日の切符も往復買いました。しかし朝の騒ぎは一体どうして対応がないのか?朝、沢山の乗客が目的地に辿り着けなかったと思います。アナウンスもなく係員の指示もなく、乗客は右往左往。私が見たある女性も何度も試して頭をかしげておりました。酷いイタリア国鉄です。今に限ったことではありませんが。こんなこともあるのかと驚いた日でした。なるべくネットか前日に購入することにしました。

その3:
マッジョーレ湖に行きました。駅から歩いて湖畔の離れたところに船着き場がありそれを目指していました。私が以前そこに来たのは13年前なので、かなり景色というか様子が変わっておりました。湖畔に出ると船の特設チケット売り場があり、私は遊覧船のチケット売り場と思い、そこでチケットを購入し船着き場を目指しました。

妹がその赤いチケットをひらひらと持って歩いていると、船着き場手前のボート乗り場の係員から「そのチケット持ってる人!ここここ!」と呼び掛けられました。私は?と思いましたが確かにチケットの印刷の会社と看板が同じ。そこで初めて、大きな遊覧船ではなく小型の25人乗りのボートの遊覧サービスが登場していたことを知りました。

仕方ないので乗りこみ、第一の目的先の島へ到着。するとその船着き場は大きい遊覧船のとは異なる小さな場所で、降りて階段上がるとすぐさま別料金で宮殿見学の看板が。その島にあるある宮殿の入場料でした。本来の船着き場でしたら、別にそこに入場する必要がないので島を散策出来ましたが、この船会社のはそうではなく、更にお金を取るシステムでした(他の出口なし)。私は呆れてその気がないので、次の島に行くことにしてまた船に乗り、次の島の宮殿と庭は素晴らしいので入場料を払って見学しました。それも自由に選べました。まあ、結果的には大きな遊覧船よりは速く、効率良く廻れましたが。マッジョーレ湖に行かれる方がこのシステムをご理解の上、スケジュールに合う船を選ばれることをお薦めいたします。

その4:
北の方面、ミラノから長距離バスでアオスタに行きました。そこから乗り継いで別のバスに乗ることにしました。掲示板にはno.4の停留所番号がありましたが見渡してもそれは見つかりませんでした。チケット売り場で聞くと指さしてあそこの4番と言われましたがその先には番号らしき表示が見えずにウロウロしているうちに時間が経ち、近くのバスの運転手に聞くと、「あそこの奥(infondo)」と言い、初めて気づきました。そうか、奥だったのか! ず~っと歩いて奥に向かうとありました、番号の停留所が。時すでに遅し、1hに1本のバスは既に去っており、待ってやっと乗れて目的地に到着。インフォメーションに行くとイタリア恒例の長い昼休みで閉まっておりました。

ケーブル乗り場はないかと探し、近くに居たイタリア人に聞いて歩いて目指し到着。しかし閉まっており、閑散としておりました。また元の場所に戻るとインフォメーションは開いており、すぐ情報を聞くと、まだ動いているのは2つだけで大きいSky Wayがお薦めと言われました。「歩いて行けるか?」と聞くと3Kあると。「バスチケット売り場で情報聞いて」と言われ聞くと「シャトルバスがあります」と。しかし今出たばかり。。。1h後とか。どうしたら良いか考えていると、「隣にタクシーあるから聞いてみたら」と。しかし閉まっており、表示してある番号に電話するも音は虚しく中から聞えました。

そのケーブルの最終時間から計算すると一刻も無駄には出来ないと判断。となりのレストラン兼BARに飛び込み、シニョーラにタクシー電話しても繋がらないので、他に番号知らないかと聞き、すぐさま運転手に電話して連絡とってくれました。

5分後、無事タクシーに乗車して目指しました。降りて「幾らですか?」と聞くとなんと€25!たった5分の3キロでのこのボラレ料金ですが仕方ありません。支払い、ケーブルチケット売り場に。また「往復で幾らですか?」。なんと€49!!!思わず後ずさりしてしまいました。スキー場のケーブル3つ乗り継いでも€20位が相場。しかし、よく見ると今まで乗ったケーブルとは大違いの宇宙ステーションの様な造りで、豪華・超現代的・お金かかったであろうと想像出来るものでした。3年前にオープンして、まだ一部工事中でした…

兄はどうしても乗りたいと・・・ 支払ってその夢の様な新しい素敵なケーブルカーを乗り継ぎ、間近のモンブランと壮大な自然のパノラマを堪能しました。

機転を利かしてどんどん動いて情報を得ないと、結局上手く行かないこと多いイタリア。在伊?年目でその術は大分習得しましたが、毎度新しい所に行くと簡単には済まないので大変です。ドタバタの一日でした。でも素晴らしいお天気でラッキー?でした。

<マンドリン夏のキャンプ>

7月に恒例の5日間のマンドリンサマーキャンプに参加しました。今回は4回目です。昨年はモデナ近郊のゾッカ(Zocca)といういつもと違う所でしたが、ホテル環境が悪かったので今回は以前のガイアート(Gaiato)。山の中の静か過ぎるほどの涼しい音楽するのにふさわしい場所です。料理も美味しいし、ホテルも親切ですし、滞在しているお年寄り達が私達の発表会兼コンサートをとても喜んでくれます。演奏中も携帯の呼び出し音を消さないので鳴るのが通例ですが・・・

マエストロ達は昨年と同様の私のマエストラ西山みきさん含め3名。来るメンバーも顔馴染みが殆どで、意思疎通は良くなりました。今回はモデナのグループが運営するマンドリンスクールの少年少女約10名が参加で殆ど初心者。ですから、講師陣はその指導と我々大人組とで5日間目一杯のスケジュールでした。5回出演することとなりました。ですから、最終日の発表会は、ギターグループ演奏を含めおよそ2時間に渡るプログラムとなり、また当日変更事項もあり慌ただしいスケジュールで頭が混乱しました。

ただでさえ、殆どイタリア語で通す5日間ですから、日本人のマエストラとの日本語会話以外は常にイタリア語モードにしている訳で、演奏中は兎も角食事中も色々な話題が飛び交う訳で頭も相当疲れました。家に帰ってから、また3~4日寝込みました。。。6月中旬からの旅行と酷い風邪、そのあとのマンドリンサマーキャンプと続き、疲れピークでした。でも、山の中の涼しい環境で美味しい食事付・音楽漬けの贅沢な毎日でした。

「イタリアマンドリン通信」ミラノスカラ座での初バレエ鑑賞、宗教行列「ミステリ」

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<ブレイシャのアンサンブルがミラノで初コンサート>

私が会員になっているあるアソシエイツ「Notturno: Associazione culturale Musicale di Milano」の主宰者から、ミラノでマンドリン演奏のコンサート依頼がありました。毎年5月に17年継続しているコンサートで、今回はマンドリン演奏を是非という嬉しい依頼でした。

そのアソシエイツは他の友人の紹介で知り、毎月1回土曜日の夕方に、スフォルツァ城近くのあるギャラリー内で様々な音楽家によるコンサートを始め、様々なコンサート企画をされています。主宰者は日本人女性とイタリア人男性のご夫婦で、ご両人ともピアニストです。お二人の音楽活動は主にピアノ連弾ですが、それぞれもピアニストとしてコンサート出演、また独者のピアノ伴奏もされています。彼らとは日頃より音楽談義や私自身の音楽活動の話をしておりました。

今回のブレイシャのグループ「Armonie in Pizzico」の初ミラノコンサートは、私たちにとっても記念すべき出来事で、期待と成功させたい思いで一杯でした。

第一部は先方のリクエストに応じて、クラッシックと映画音楽で。第二部は、マンドリンオリジナル曲とイタリア人作曲家によるマンドリンのジャズ曲でした。西山さんの曲紹介とお喋りで聴衆との距離もぐっと縮まり、和やかな暖かい雰囲気の中演奏はスムーズに進行し、特に第二部はマンドリン曲なので私達のノリも良く、お客様も笑顔で本当に素晴らしいコンサートでした。アンコールも2曲させて頂き、スタンディングオベーションで大拍手の中私達のコンサートは無事大成功で、私達も感動出来るものでした。

Nottrunoさんも大満足して下さり、私は肩の荷が下りた思いと安堵感で一杯でした。そして、早速次のコンサート出演?話も出ました。期待したいと思います。

<ミラノスカラ座での初バレエ鑑賞>

ある大雨降る夜、ミラノスカラ座に初のバレエ鑑賞に行きました。ミラノでバレエ伴奏や音楽リポート記事を書いている友人の影響を受け、以前から興味あったバレエ。運よく1階のパルコ席が安く取れました。友人のお薦めのこの演目は”Le Corsaire”。海賊と美女の恋愛冒険ドラマです。ストーリーは単純で、実際バレエの踊りがメインです。

その友人曰く、現在のイタリアのスカラ座のバレエダンサーのレベルは高く、ロシアやイギリス、フランスに決してひけはとらないと。私は知識はないため良く分かりませんが、実際素晴らしい踊りでした。間近で見ることが出来たため、その技術高さに圧倒でした。どうしたらああいう新体操を超えるようなダンスが出来るのか?それも長時間・・・ 普段より余程の訓練をしてなければ、出来ない技の数々。

またオーケストラも良く見えたため、指揮者がダンサーを見ながらの指揮とそのタイミングを見て、オペラにない音楽の進行が良く分かりました。脱帽です。

秋には、イタリアの人気プリンシパルと絶妙なコンビのバレリーナ”Roberto Bolle e Svetlana Zakharova(ロベルト・ボッレとスヴェトラーナ・ザハーロワ)” との演目”L’histoire de Manon”の公演があります。これはバレエは勿論ですが、愛の表現力も素晴らしいと聞いており、発売と同時に完売が予想されます。この人気公演をなんとか見られないものかと考えています。

<カンポバッソの宗教的お祭り行事:ミステリ>

昨年9月に、日ごろよりカゼルタの友人を通じて親しくしているカンポバッソのマンドリンオーケストラ「Circolo Musicale “Plettro. Mascagni”チルコロ・ムジカーレ・プレットロ・マスカーニ」と一緒に演奏する機会を持ちました。その時に演奏した場所が、毎年6月に行われるカンポバッソの宗教お祭り行事「Misteri:ミステリ」の博物館でした。私はその行事に大変興味を持ち、次回是非観に行きたい意志を彼らに話しました。

今年5月にカゼルタの友人がそのことを覚えてくれており、またお祭りの前日に、別な町で小さいコンサートをするというので、一緒に演奏を誘ってくれました。

*コンサート編

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コンサート前々日にカゼルタに着き、すぐにカンポバッソのオーケストラの練習に出発して皆と再会し、その夜から現地に4日間滞在しました。練習の後は一部のメンバーとピッツェリアで食事、といっても23時から・・・特大のピッツェリアに唖然! しかも様々な具がトッピングされ見たことないバリエーションあるものでした。今まで食べたことない美味しさでした!

ある女子は一人でこの直径50cmはあろうピッツァの3/4は食べてました。。。驚きの胃です。そしてなんとそのあと注文していたのが、フライドポテト2皿。デザートでしょうか? いやはやもうビックリでした。

コンサート当日は、午後16時頃にカンポバッソから車に分乗してTermoli(テルモーリ)という海辺の町に行きました。もう海水浴シーズン開始でした。演奏場所はと見ると、あるガソリンスタンドの脇の広い駐車スペースで、そこに椅子が並べられており、またびっくり。炎天下なのです。「えっ!屋根無いの?」もう夏時間ですから、20:30まで陽がじりじりと照っております。

楽器が痛むのを心配しつつ、長い挨拶を聞きながら待ち、いざ演奏開始で国歌演奏(その日はイタリアの祝日「共和国建国記念日」)そのあと短い曲を2曲演奏して一次退場。しかしそのあと(19:00から)は新しいイタリア政府がスタートしたこともあり、政治弁論大会となり、様々な人々が熱く政治を語る語る1時間半・・・私達はもう演奏の場が回ってこないのでは?と思うほどのこの有様に皆も呆然。聴衆はというと不機嫌そうな人もおりましたが、席立つ人は殆どなく皆聞き入っており、拍手もあり政治談義は好きというイタリア人気質をたっぷりと見ることが出来ました。勿論子供連れも居るのです。

実際また演奏に戻ったのですが、聴衆は騒がしくとてもマンドリンを演奏するムードがなく指揮者も苛立ち、結局司会者からささやきが入り、4曲位はカットとなり、コンサートは終了?しました。その後に控えていた市民クラブらしい人々のダンスや演奏を見ながら、配られた夕食券を握り締め、「ところでいつ夕食?」の疑問を持ちつつショーは終了。既に21:30。すると一連の長い列が目に入り、並ぶ事数十分。列は殆ど進まず、ここで指揮者が大きな決断を。「これは1時間以上は掛かる。帰ろう!」。

諦めて家に帰るメンバーも居りましたが、分乗して車に乗りこみ、指揮者は運転しながらまたもや行きつけのピッツェリアに電話。「12~3人で向かうから、23:00頃着くので、特大ピッツェリア4つ」と注文。私は3夜目のこの夕食が、またもや同じピッツェリアという現実をすぐ受け入れました。2日前のは2皿でしたが、4皿は壮観で完食でした。疲れ切ってホテルに戻ると、ホテルのどこかでカラオケとディスコミュージック。夏のシーズンは大体夜は静かであろうはずはなく、それはホテル内も同様。慣れているとはいえ、耳栓忘れた自分を後悔しつつ、疲れてすぐに眠り着いた夜でした。

*宗教行列「ミステリ」

日曜朝、いよいよ今回の目的である宗教的お祭り行事:ミステリを観に、カンポバッソオケの案内人数人の先導で、行列が開始される通りまで徒歩で移動しました。私以外は待っている間もお喋りに余念なく、私は行列の見える道路の最前列(規制・警護なし。皆好きなように居るから並んでない)に陣取り、スマホの確認とビデオ撮影タイミングを計りつつ待機。行列が始まり、まずはブラスバンドの演奏開始なのでビデオを録画。そして切替え、大きな神輿のような台座の上に位置したエンジェル扮している子供たちの空中場面・真っ黒に塗りたくったデビル扮した大人たちを写真におさめました。

様々な宗教画に登場する聖人なども次々と登場し、圧巻のパレードでした。まあ、あんな小さい子供達が空中高く括り付けられ、大揺れに揺れており、観ている方が怖くなる程のダイナミックな動きで、台座の下は若い大人が10数人神輿の台座を担いでいました。その勇気ある(普通は泣いてしまうであろう)エンジェルの子供達の神々しいこと。演じ切ってました。。私はキリスト教信者ではありませんがこの宗教行列の台座の精巧さ・衣装の素晴らしさと音楽とのコンビネーションは言葉で表現出来ない驚きのパレードでした。13神輿だそうです。これが一度ではなく、町の中心地を3回位行列してました。勿論エンジェルたちも一緒です。本当に見ることが出来て大満足でした。

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「イタリアマンドリン通信」<3夜連続コンサート><コンサート鑑賞>

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<3夜連続コンサート>

4月は6日ミラノ・7日フェッラーラ・8日ブレイシャの3か所で、それぞれ異なるオーケストラの演奏会に参加しました。まるで巡業のようでした。


*4月6日は、前回書いたミラノのテアートロ・ジローラモという、小さいスカラ座と呼ばれる古い歴史ある劇場でのコンサートで、馴染み深い映画スクリーンを見ながらの、有名な映画音楽の演奏でした。

このシリーズはいつも大変なのが、やはり暗転の中で小さい譜面台に付ける灯りを頼りに映画シーンに合わせて演奏することです。今回は狭い舞台でしたから身動き出来ず、また指揮者が殆ど見えず、また曲目も当日急遽順番が変更になり、苦労しました。

リハはいつも簡単で、主要な曲しか試さないので不安でした。ですから、雰囲気と出だしのタイミングをスムーズにいかないことが多いです。せめて全曲の最初の出だしだけでも、リハでしてほしいと思ってますが・・・聴衆の反応も、映画のシーンと曲目で異なります。難しい曲ではありませんが、私としては合わせるのに苦労するシリーズと感じています。幸い劇場側は満足で、次回も新しいシリーズでの出演依頼があったそうです。

*翌7日は、フェッラーラの有名なマンドリンオーケストラ「ジーノ・ネーリ(Gino・Neri)」の創立120周年記念コンサートに参加する、カンポバッソのオーケストラのメンバーとして参加しました。ミラノ中央駅から電車で発ち、いつも心配な列車の遅れもなくスムーズにコンサートのあるフェッラーラに到着して、待ち合わせのホテルで彼らと合流しました。

会場は、旧市街にあるフェッラーラ市立劇場でミラノのスカラ座同等の大きい立派な劇場でした。今回はおよそ7つほどのイタリアのマンドリンオーケストラが参加し、総勢150人ほどの大人数でした。ですからそれほどの人が乗れる舞台でした。イタリアでこんな大規模なイベントに誘われ演奏出来る機会はめったになく、光栄なことだと現場で改めて感じ入るものでした。

私の親しいモデナのオーケストラのメンバーとも出会え、お互いに再会を喜び合い、会話が弾みました。どちらかというと年配者が多いのですが、フェッラーラのオーケストラでは若い演奏者(少年少女含め)も多く、マンドリン演奏者を育てる環境を素晴らしいと思いました。午後3時から3時間かけて、初めてのリハーサルを全曲行い、私もやっとどんな演奏になるのかが理解出来た次第です。何しろ、譜面を見て1人で練習してきたわけで、細かい所が分からず不安で一杯でしたから。

夜9時からコンサートが始まり、終了したのは0時でした。演奏もそうですが、盛大なセレモニーもあり、否が応でも盛り上がる雰囲気は相当なものでした。最後の曲を弾き終え、やっと肩の荷が下りた思いでした。

*翌8日は、カンポバッソのメンバーと別れを告げ、次の目的地ブレイシャに向かいました。ホールは前回のゲネプロで音響が良くないことが分かり、あるメンバーがミキサーを持参して入念なサウンドチェックを行い、本番がスタートしました。

ブレイシャにある3つのオーケストラの合同コンサートは、普段それぞれが音楽活動をしていますが、今回はマンドリニスタの西山みきさんの提案でこの合同コンサートが実現しました。地元の新聞にも紹介されました。演奏はそれぞれが数曲演奏し、最後は全員合同演奏でした。この合同演奏では、みきさんのお弟子さん(少年少女)も、晴れやかな舞台衣装で上気した笑顔で楽しそうに参加して、彼らの家族もさぞ嬉しい機会だったと思います。

観客は親しい友人・家族が中心ですから、演奏者の演奏をあたたかく見守り応援するというイタリアらしい雰囲気の中、大成功に終わりました。日本ですと演奏会形式において、音楽を奏でて表現することが主な目的ですが、今回の場合は、それぞれのグループの特徴ある演奏と、マンドリン音楽を披露して楽しむといったコンサートでした。

私はこのブレイシャのコンサートに、ミラノの友人夫婦を招待しました。彼らも「イタリアらしい暖かいコンサートでしたね」と同様のことを話しておりました。無事私も3日連続コンサートを無事終了出来、快い疲れを感じつつ、友人達の車でミラノまでリラックスしながら帰りました。

<コンサート鑑賞>

3日連夜のコンサートが終わり、翌週末は毎月1回のコンサートへ聴きに。今回はオペラのトスカで、ソプラノ・テノール・バリトンの歌手3名がオペラのシーンを歌い演じ、ピアノの演奏と進行もあり、まるで舞台を見ているようでした。目の前での迫力ある、歌と演技はリアルで心を揺さぶられるものでした。素晴らしかったです。

翌日は、マルケ州在住の友人ヴィオラ奏者が、ベルガモのチッタアルタにあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会で演奏するため、誘われて聴きに行きました。この教会でのコンサートは何回かありましたが、中に入ると寒くかなり冷えていて演奏者が大変だと思いました。教会のコンサートは素敵で好きなのですが、夏以外は弾くとなるとかなり冷え、着込まないと辛いです。

今回の曲目は、古楽と現代曲がミックスされているそうで、かなり難解で苦労したと友人がコメントしていました。合唱はいわゆるグレゴリオ聖歌で、合奏の方は難解過ぎでした。演奏者は、それぞれがこのコンサートに各地から招集され、自分の実家に帰る目的もあったそうでしたが、イタリア人ヴァイオリニストは、ベルリンから来たとか。彼女も久しぶりの優秀な演奏者達との、練習を含め現地での3日間の音楽漬けの時間は、日々の日常生活を忘れる、自分を成長させる貴重な機会で満足だと話していました。

「イタリアマンドリン通信」
<ミラノの素敵な劇場><イタリアの冬のオリンピック放送><ヴァイオリンチェロとピアノのコンサート鑑賞><外国人向けイタリア語学校巡り>

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<ミラノの素敵な劇場>

4月6日と7日にコンサートがTeatro Gerolamo(Duomoの裏のPiazza. Cesare Beccaria)であります。先日そこでリハがありました。1800年代の貴重な劇場です。La Piccola Scala di Milano(ミラノの小さいスカラ座)と呼ばれているそうです。Duomoから近く、私も良く歩いていた場所で、まさかこんな所にこういう劇場があったとは気付きませんでした。

椅子もアンティークで素敵です。昔ここでマリオネットの公演があったとか。しかし、狭いので三段の舞台でも、演奏者は25人が限度。リハは狭い中行いましたが大変でした。コンサートは2日間なので、メンバーはセパレートになると思います。

ミラノオケでは、毎月1~2回コンサートがあり、会場も様々でとても興味深いです。演奏依頼が多くそれだけ色々な経験を得ることが出来て、とても満足です。こういうバラエティに富んだ演奏機会は日本では有り得ません。アマチュアですが、出演料を頂けるのです。マンドリンオーケストラは珍しいのか、集客も良く、聴衆はいつも満足しています。曲目もクラシックだけではなく、大衆演劇の伴奏オーケストラ、スクリーンに映し出された古い映画や有名なシーンに合わせた曲の演奏など、その目的や会場に合わせた偏らないスタイルのコンサートです。それに合わせてゲスト(マンドリニスタ・ヴァイオリニスト・オーボエ奏者・ハモニカ奏者ets)を呼んでのソロ演奏も度々行われます。

マンドリンだけのオリジナルやクラッシックだけですと、聴衆も限られてしまいます。そういう意味では、広く受け入れられる演奏活動をしていると感じます。

<イタリアの冬のオリンピック放送>

2月に韓国のオリンピックがありましたが、Rai2のテレビでも連日放送をしてました。当然イタリアの選手の出場するものだけ。でもスケートは、かなり長い時間を放映してました。フィギュアスケートのイタリア選手のコストナーは人気あり、私も応援しました。

その番組の司会者は、とても地味な若い人で、丁寧で好印象で真面目な司会者振りでした。一方、毎回同じ解説者が登場したのですが、その服装の鮮やかなこと!毎回掛けているメガネのフレームは黄色で同じでしたが、スーツ、ネクタイとポケットチーフの色がまさにオリンピックカラーでした(写真参照)。私は全部観た訳ではありませんが、多分毎回違う色の服装だったと推察します。

さすがにイタリア人と言ったところでしょうか? 年齢はシニアの方でしたが、これほどまで色鮮やかな服装は見たことがありません。よく毎回メガネを個性的な色やかたちは見ますが、司会者や解説者はそれほどでもありません(女性除く)。解説も合わせて、オリンピックの解説出演に気合いが入っていたのだろうと思いました。でも観ていた私は恥ずかしくなるほどでした。

<ヴァイオリンチェロとピアノのコンサート鑑賞>

その日曜日は雨でハイキングを断念し、夕方からヴァイオリンチェロとピアノのコンサートに行って来ました。場所はブースト アルシツィオ(Busto Arsizio(Varese) にある、織物の博物館(Museo di Tessile)中のホールでした。ミラノから電車で30分の町です。このあたりに来るのは初めてでしたが、立派な建物でした。

私は、Nottrunoという音楽・文化協会が毎月土曜1回ミラノで開くコンサートの会員になっており、毎月のそこのNewsletterで知り、申し込みました。

日曜で人通りはなく、町はひっそりしていましたが、コンサート会場は大勢の観客が詰めかけ、音楽を楽しもうという熱気に溢れてました。プログラムはクラシックからジャズ、ビートルズ、ブルースと観客を楽しませる内容でリラックス出来るものでした。チェリストは熟年で経験豊富、とても気さくでお喋りで観客を惹きつけてました。ピアニストもチェリストとコンピを組んでいるベテランで、チェロとの軽快なジャズピアノ演奏にはびっくりしました。堅苦しいクラシックオンリーではなく、演奏者の熱愛する音楽をチェロで表現して、その魅力を観客に近く、分かり易く親しみやすく聴いてもらうスタイルです。会場は大盛り上がり!私も間近でチェロの様々な演奏スタイルとテクニックを見ることが出来、満足でした。

<外国人向けイタリア語学校巡り>

昨年、ある日本人友人からミラノ市営の外国人向けイタリア語講座に通っていて、受講料も€30以下の安価で、先生も二人で良く教えてくれていると聞きました。ミラノ市内に幾つかの支部があり、本来は講座は9月に申し込み、6月までの期間となるのですが、中途入学できるかを尋ねるため、ネットで調べて家の近くにある一つの学校に行きました。

「まずは申し込みをして下さい」と言われ、持参していた自身のドキュメント書類のコピーを渡して、申し込み書に記入しました。レベルチェック試験を受けるため日程を案内されました。

当日、自分のイタリア語学習の経緯を説明し、CILSのB2のコース希望を告げたところ、その支部にはそのコースがなく(ネット上ではあるとなっていた)、別の支部(Lodiにある)を紹介されました。

2日後にLodiにある支部を尋ねると、入口に『入学受付最終日 A1~B1』と張り紙があり、B2がないのかと思案していると、職員らしい男性が「入学ですか?」と言うのでB2希望なんですがと答えると、「一緒に行きましょう」と案内してくれました。

事務室に行き、女性にB2のコース希望と伝えると、「ここはB1までしかない」と。(最初の学校の紹介はなんだったのか?)。「どうしてB2を希望なのか?」と聞かれ、今までの経緯と自分の目的を話すと、「レベルの証明書はあるか?」と聞かれ、「自宅にあります」と答えました。兎も角、自分の学習経過と目的、意志をしっかりと話し、納得させる必要がありました。幾つかのやりとりの後、ついてくるように言われ、ある部屋にいた先生に「B2のクラスはあるか?」と聞いてくれ、先生は「ここにはないと。Viale Campagniaに行くようにと・・・」

私は「家に戻ってレベル証明書を持参した方が良いか?」と尋ねると、「今日は入学受付最終日だから先に学校に行き、証明書はあとでも構わないから早く行きなさい」と言われ、その学校はちょっと離れた場所でありましたが、そこしかないなら行くしかないと向かいました。着いて担当職員に尋ねると回答がこうでした。「B2はありますが、学習は8か月必要です。今2月ですから3か月と少ししかないので、入学は出来ません。次期の9月にいらしてください」と・・・

ここでふと考え、B1なら自宅近くの最初の学校に行くのがよいだろうと。これは最初から想像はしていました。「もしダメなら戻って来ても良いか?」と最初の学校の先生に話していました。この時点でもう11:30で、多分午前中の12:30までに行かないと受付終了だろうと思い、2か所既に廻っていた疲れを押して、急いで最初の学校に戻り申し込みました。

しかし、その講座を受けて見ないと判断つかないので、取り敢えず月曜の授業に行ってみました。テキストに従い授業は進むのですが、ちょっと易しいなと思い、テキストを見るとB1の下のレベルのA2でした・・・結局、色々ありましたが自分の目的のレベルと内容でないことを告げ、入学を断りました。それぞれの学校の情報が共有されていなく、たらい回しされましたが、やはりイタリアだからなのか?私のスペイン人友人もこの学校の話をしていましたが(安いから)、中級以上のレベルには向かないと思いました。

「イタリアマンドリン通信」
<ミラノオケでのパート昇格><年初のミラノオケのコンサート><三回目の雨漏り>

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<ミラノオケでのパート昇格>

新年が明け、1月の最終土曜日にミラノオーケストラのコンサートがミラノ市内であり、最初の練習に参加しました。皆と新年の挨拶とバカンスの話とかをしていると、指揮者が近寄って私に声を掛けました。何かなと思いましたら、「今年から第一マンドリンのBグループに異動して下さい」と。私と仲良しのロシア友人も一緒です。

このオーケストラで弾き始めて3年が経ちましたが、おととしは何かと忙しく、余り出席していませんでした。昨年はロシア友人と知り合ったことにより、参加回数が増えてコンサートも殆ど出席したので、その甲斐あって実績を認められたようです。第二マンドリンにいる若いイタリア人奏者も、第一マンドリンに推薦したのですが、彼女は出席回数が低いから(余りあてにならないということらしい)、無理だと言いました。タブレットでその出席率が表になっており、驚きました。学校みたいです!

練習開始に当たり、指揮者はその事を皆に告知し、晴れて第一マンドリンのメンバーとなりました。後日メールでもメンバー全員宛てにその事を書いてました。

皆から、「昇格おめでとう!」と言われて、ああ昇格なんだとわかりました。イタリア人でない、外国人の私達が指揮者と音楽委員長からの推薦で得たポストはとても嬉しく、二人で同時にということも幸運でした。私達が仲が良く、良いコンビであることは、皆も知っており、暖かい目で見てくれたことも感謝です。とはいえ、今までのパートと全部譜面が異なるため、一からの練習となる訳で大変ですが、新年早々に嬉しい出来事で意気軒高、気分爽快で進んでいきたいと思います。

<年初のミラノオケのコンサート>

1月の最終土曜日、Società Svizzera di Milano(ミラノ・スイス協会)主催のコンサートがありました。有名な懐かしい映画音楽を集め、観客はスクリーンに映し出される映画を見ながらのコンサートです。

いつもどんなロケーションで依頼者は誰なのか、余りわからず(他も知らない人多い)。しかし今回のロケーションはバツグンで、歓迎され、またオフィシャルな場所で驚きました。まあ、舞台は狭くて私は最後列の舞台角で、落ちないように緊張しました。因みにフルート奏者落ちました。。無事でしたが。

映画音楽のプログラムは、スクリーンに映画ですから、舞台は暗転で小さなライトで弾くので、良く見えず大変です。しかも私と隣の友人は二人と譜面台ライトを忘れ、オケの代表から借り二人でわずかな光を頼りの演奏で緊張しました。二人はパートを替わって初めての譜面なため、慣れず良く見えずのダブルパンチでひやひやでした。幸い聴衆は画面を見ているので、演奏を聴くだけで我々を見てはいません。皆スクリーンに釘づけで音楽とその懐かしい画面に、それぞれ思いを寄せている表情でした。

翌日、スイス協会の代表者からの多大なお褒めと、感動のコンサートへの賛辞のメールがミラノオケ代表に届き、またまたビックリ! 私としては、まあまあのデキと思っていたので。感動的な画面と音楽がかなりマッチしてたようで、私は客席で聞いて(見て)みたいと思いました。

<4月コンサート連続土日演奏予定>

1月のある日、カンポバッソの指揮者から4月7日にフェッラーラ(Ferrara)での大きなコンサートがあり、「彼のオーケストラのメンバーとして一緒に弾かないか?」と誘いがありました。

いつもは、カゼルタの友人を通じての誘いで今まで2回彼らと演奏に参加しましたが、今回は直接私に演奏依頼あったことがとても嬉しく、承諾しました。依頼メールに曲が添付されてありました。

当日ミラノから午後のリハーサルに参加して、夜本番というスケジュールで(事前のリハには参加出来ないので)、事前に練習をかなりして行けません。

そして、後日ブレイシャの練習に参加して、皆の話から4月に最近出した私達のCDのお披露目を兼ねて、3つのグループでのフェスティバルコンサートをすることを知りました。以前からその話をちらっと知ってはいたのですが、日程は未定でしたから、気にしておりませんでした。マエストラに「いつ頃なんですか?」と聞くと「4月8日日曜日の17:00頃からと!」。つまり、前日7日夜はフェッラーラでのコンサート、宿泊して翌日ミラノに帰る予定が、急遽ブレイシャに翌朝移動するという強行スケジュールになることに・・・ マエストラからは、「大丈夫ですよね??」と何度も念を押され、「ハイ、大丈夫です」というしかなく。もっと以前に知っていたら、フェッラーラを引き受けなかったかもしれません。まあ、同じ日でなかったことだけが幸いです。

フェッラーラへの移動は乗換入れて約3時間弱ですから、それほど大変ではないのですが、まさかコンサートを異なる町で連日演奏するなど思ってもいませんでした。今年はなんか大変な年になりそうです。その後ミラノオケでも4月6日がコンサートと聞き、どうしようかと考え中です。3日間連続となってしまいます。

<三回目の雨漏り>

あるとき、屋根裏で物音がして誰かが上に居る様でした。その入口前に行くと隣のシニョーラもドアから顔を出して、上で物音がすると言うので、二人で屋根裏に行き「誰か居ますか?」と声を掛けても返事はありませんでした。でもオカシイなと思い一応私の部屋の上の当たりを見回して、様子を見ましたが分かりませんでした。でも、私が付けた南京錠は外されており、誰かが侵入したのは間違いないと思いました。

暫くそのことは忘れていましたが、その後雨が暫く振りであり、今日ふと天井を見るとなんと新しい3回目の大きな染みとなっていました。すぐ、天井裏に行くと、以前見た時無かったのに、瓦1枚が大きな亀裂で見事に割れていました。そこから雨が侵入したのです。

直ぐに写真を撮り、また鍵を買いに行き、大家さんにすぐに修理を管理人に依頼してほしいと、写真添付してメールしました。大家さんは、「Emergenza!(緊急)」という件名ですぐに管理人に連絡してくれ、結果明くる日に修理して貰うことになりました。今までにない素早い対応でした。が、これで3回も鍵を壊され、そのたびに誰かが屋根に登り(多分衛星アンテナの設置と思われる)、瓦が踏み壊されるのです。

住民と管理人との会合で何年もの間、修理をすることを議論していて、最近やっと来年の春先に全面交換修理することとなったそうです。この天井の雨漏りは私の家だけではなく、他の家も被害があり問題となっていた案件です。瓦屋根のアパートは古いのです。私のアパートは築100年以上と聞いています。

今回で余りに酷い仕業に呆れ、鍵は頑丈なものを2つ付けました。毎回私がその度に雨漏り被害に遭うのはご免です。これからは、始終鍵のチェックを日々することにしました。最近、呼び鈴故障(結果、私の階の6軒位が故障していた)・ガス点火の不調・雨漏りとこの1か月3件も問題が起き、古い建物特有の不具合を実感する日々です。イタリアでは普通かもしれませんが。隣のシニョーラは呼び鈴故障の修理の時「そういえば、家のも壊れてたわ」とシラッと言ってましたが。。

結果、私のアパートの天井は今までの染みと塗りの色違いで3色カラーになって居ります。春の全面交換修理も本当にするのか?どの位かかるのか?終わってから綺麗に塗って貰うことにしました。また雨漏りするかもしれませんから。

「イタリアマンドリン通信」<ナターレのコンサート><イタリアの温泉とスキーリゾート><大晦日のハイキング>

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マンドリン通信

<ナターレのコンサート>

ミラノオーケストラでは、12月にナターレコンサートが4回もあり、土日連日もありました。その週末はイタリアの休日で4連休なため、当然ミラノオケのメンバーも家族との休日を優先するため、最初土日のコンサートはほぼ半分のメンバーでの演奏となりました。

呼ばれた会場は、ミラノ中心から離れた町の催しでした。いつも通り、集合時間に来たメンバーは約半分。。。リハを終え、開演時間前には全員揃いました。当日誰が現れるのかは、皆殆ど解りません。「○○は今日来る?」と聞いても「さあ?なんて言ってたかなあ?」という状態。プレジデンテはいつもメールで「時間厳守!」と書いてますが、およそ殆どが悪びれずに遅れて(遅れてと思ってない)到着して、リハに平然と参加します。

このコンサートでも来ないと思っていたMが来て、セコンドトップの席に開演時に座っているのを見、ではトップは?と探すと最後列に座ってました。。。Mより遅れて到着したから。この感覚がいつも理解出来ません。指揮者が気の毒ですが常に皆は自分優先です。私は最近後ろで弾くようにしてます。なるべくメンバーの若手に前列で弾いて貰いたいからです。

開演時間には観客は満席となり、時期的に華やかな服装で(どんなに年齢を重ねてもこの着飾る心意気というか、キラキラ・派手派手感はさすがイタリア!ピチピチの大きく襟の開いたセクシー感溢れる着こなしで立派です)。期待と熱気溢れる中、コンサートが開始しました。曲が終わるたびに大拍手とBravi!!!の連呼で盛り上がり、エンディング曲終了後、最大の大拍手とほぼ観客全員がスタンディングオベーションで「アンコール!」と満面の笑みでした。

演奏終了後は、この時期恒例のパネットーネ、パンドーロとソフトドリンク、パニーノとスプマンテが振る舞われ、お客さんとスタッフ皆さんの満足した笑顔に気持ちもお腹も一杯になりました。

私達はスペシャリストではないアマチュアで、こういうローカルなコンサートでお客様が気楽に音楽を楽しむために来ているので、(上手いとか下手とか、表現力や音楽センスとかではなく)こんなにも喜んで貰えるこういう世界もあるのだなと思いました。私達もすっかり、演奏した満足感を得られその笑顔に癒され、達成感あるローカルコンサートでした。

夜のこういう地域コンサートは日本にはないですね。夜、大人が楽しむ習慣が無いですし。開演21:00、終演22:30位にも関わらず、父親と小学生連れ、夫婦連れ以外に女性友人グループ、幼児連れ家族、などバラエティーに富んだ観客構成でした。

<イタリアの温泉とスキーリゾート>

友人から予てから行きたかったボルミオ温泉(Bormio、スイス国境近く)に一緒に行こうと誘いがありました。2000年前に発見され古代ローマ時代から愛された温泉の一つです。冬はスキーなどウィンタースポーツのリゾート地としても有名です。

まず、ミラノ中央駅から普通電車でティラーノ(Tirano)まで2.5h、駅前から連結している長距離バスで約50分でボルミオに到着。もう、雪山です。ボルミオ駅からはタクシーを電話で呼び、約10分位(€15)でバンニ・ベッキ(Bagni Vecchi)に到着。バンニ・ヌオービ(Bagni Nuovi)という別の施設あるので注意。

バンニ・ベッキは、山の中にポツンとあるホテルと複数の温泉施設を備えた自然色溢れた所です。勿論露天風呂も色々あります。古い温泉施設なので、何度も改装しておりとても迷路のように複雑な通路で、迷ってしまいます。

まずは腹ごしらえ。ビュッフェもあり別料金ですが、皆バスローブ姿で入浴合間に食事が出来ます。サラダ・生ハム・チーズ・数種類のスープ・フォカッチャ・デザート・ヨーグルト・フルーツ・ワイン・ジュースと盛り沢山でした。開いている時間内なら何回でも利用可能です。

食事後は水着に着替えて、早速展望の良いプールのような露天の風呂へ。友人のお気に入りだそうですが、日本人の私にはぬるい(35度位?)温度で、約2時間は浸かってましたが、温まるとは程遠かったです。でも、そこから眺望は言葉にはならない美しさで、雪の山々と素晴らしい天気で飽きない自然のパノラマを楽しみ、リラックス出来ました。そこにいた人々もため息の連続。スマホで写真撮りまくってました

陽が落ちたので、やや寒くなり室内のお風呂に移動。熱くはないですが丁度良い湯加減で他の外国人は「熱い!」と言ってました。それからサウナへ。42度位と62度と2種類あり、私は当然熱い方へ。誰も居らず、暫くすると10人位のガイド付きのグループが来て、ガイドはまず雪をサウナの石へ放り込み、アロマを振りかけバスタオルを頭上でくるくると熱い空気を廻して、アロマの香りを部屋中に漂わせアロマを3種類変えてました。お蔭でただ汗かくだけでなく、たまたま私もその趣向を楽しむことが出来ました。

外には色々な露天風呂があるのですが、何せ雪があるのでバスローブ姿でビーチサンダルで移動するにはちょっと難しいので止め、洞窟風呂や洞窟にある温泉の温度での自然サウナも体験して終了することにしました。

その夜はティラーノのB&Bに宿泊し、明くる日はボルミオのスキー場に行き、ゴンドラとロープウェイを乗り継ぎ3000mの山頂へ。360度の雪山のパノラマは絶景でした。好天で風もなく雪も結構あり、スキーとスケードボードを楽しむ人々を見て、思わず日本で若い時毎冬八方尾根や苗場、北海道などでスキーをしていたことを思い出し、滑りたくなりました。山頂にあるレストランで昼食を取りながら展望を楽しみました。

次回来るときは前日に宿泊して、明くる日に朝からボルミオ温泉で一日ゆっくり自然たっぷりの中で温泉に浸かって過ごしたいと思いました。お気に入りの場所になりました。

<カゼルタでのナターレ>

-朗読会のナポリ民謡-

ここ例年ナターレをカゼルタの友人の家で過ごしているので、今年も1週間滞在しました。到着した明くる日に、友人がマンドリニストの息子さんと歌手の3人で古いナポリ民謡を演奏するというので同行しました。これらの曲は殆ど日本では聞かれない珍しい美しいメロディと歌です。一体どういうコンサートなのかは、到着して主催者と話すまで知らなかったそうです。

最初は火の炊かれた電灯のない中庭で、詩の朗読のような語りがあり、その合間で演奏するといった進行が続きました。中盤以降に友人の説明から理解出来ました。古くから語り継がれるイタリアの寓話を古いナポリ弁で語る朗読会でした。ですから、即興演奏です。こういうケースは多いので、彼らは慣れています。

参加者および朗読者は20代の若者から年配者に至るまで様々で、各自が選んだ寓話の原稿を手にジェスチャータップリに語り、薄暗い中で友人曰くmagico(魔術的)な雰囲気で皆真剣に耳を傾けて聴いているその空間は不思議な世界でした。若い人たちがこういう趣向で昔話を語ることに、日本人の私としては日本には有り得ない世界を見たと思いました。日本にも寓話を語る世界はありますが大抵は老齢の人々です。

-巻き寿司講座実施-

明くる日は、息子さんの奥さんに以前私に「巻き寿司」の作り方を教えてほしいと頼まれ、「巻き寿司講座」をしました。一番大変なのが、寿司飯を作ることです。イタリアはリゾットしかないですから、白飯を炊くということが分からないので、ネットで写真付きのレシピにイタリア語の説明を追記し、ご飯と寿司酢の分量を表にして説明しました。なんと1kのお米をお鍋で炊きました。

やがて夕食会の始まる頃に彼女の妹さんと友人、お兄さんの彼女とか来始め、彼女達も作りたいというので指導しましたが、まあ自己流で作り始めるので寿司飯は押しつぶすし具は多く入れ過ぎるので切腹してしまうし、海苔の廻りはご飯粒だらけといった様でもう何を言っても難しいので出来上がってから私が綺麗に整えて、何とか綺麗に盛り付けました。彼らの両親たちは、特に女性は殆ど手を付けず(イタリア料理しか食べない)、父親達と若者達はもう喜んで食べまくってました。無事お米が上手く炊けて、ホッと一安心でした。

-教会ミサでの伴奏-

そして、翌日にはクリスマスイブの夜、友人のギターと私のマンドリンで0時からの教会のミサで歌われる歌の伴奏をするために、友人と7曲をアレンジと練習にほぼ1日費やしました。私は初めてなのでコンサートは異なる歌の伴奏を考えつつクリスマスの夜の晩餐後すぐ教会に向かいました。

イブの夜のミサの参加は初めてでした。約1時間半程の時間でした。イエス降誕なので籠にそっとイエスの人形が置かれました。司祭の説教と訪れた人々が代わる代わるに語り、その合間で合唱がありイントロを交えた伴奏を無事終えました。

演奏しながら思ったのは、コンサートと異なり歌詞と曲の繊細なハーモニーが私の演奏に不思議な気持ちが注がれました。アレンジを友人と考えたとき、友人が「歌が主なのであくまでそれを支えるハーモニーがふさわしい」と言ったことが正しいと感じました。マンドリンもギターも各1本なのでアンプに繋げ、フォルテもピアノもないので、あくまで繋げる音を出来るだけ繊細に柔らかい音色にすることを心がけました。

幸いオーケストラで普段演奏しているのと、ソロのレッスンをしているので、自然に音符の音の流れでギターとどう演奏するのかは分かりました。終了後上手く行ったことがわかり、友人と歌の担当者に褒められました。そして参列者の何人かの人が私達の所に私達の演奏が素晴らしかったことを伝えに来てくれ、暖かい気持ちになりました。

教会のボランティアの方々からも絶賛され、明くる日の朝のミサでも是非私に演奏して欲しいと言われとても光栄でした。この教会にはカゼルタに来る度に友人とミサに参加していましたので、何人かのカゼルタの方々とは顔なじみでしたが、今回のようにマンドリンでミサでの演奏により、私の存在を理解してくれたことはとても意味ある出来事だったと思います。

-ナポリ-

カゼルタからミラノに帰る日に、たまたまマンドリンの友人がご主人のナポリの家に前日帰って来ているので、寄りました。ナポリは何度か行ってますが、危ないといつも言われて殆ど観光したことがありませんでした。ほんの数時間ですが、新しく出来たナポリ中央駅から地下鉄(なんと地下4階で、千代田線みたいですね)に乗り、一駅にある彼らの家に行き、中心地を散策して勿論、水牛のモッツアレラとピッツアを頂きました。安くてびっくりです。このピッツエリアは地元の人が行くようでした。表にはピッツア生地で作ったプレゼーピオがありました。ナポリらしいですね。

そしてケーブルカーで高台に行き、ナポリとは思えないお洒落でシックな町並みでした。クラスが上の人々が住んでるそうです。ヴェスビオ火山と海が見渡せて、良い天気ではありませんでしたが、ナポリの風景を上から眺めて満足して列車に乗って帰り、私のナターレバカンスは終了しました。次回はもう少しゆっくりしたいと思いました。彼らの家は広いので安心して泊まれます。

<大晦日のハイキング>

今年の大晦日は日曜で天気が良い予報だったので、山の友人といつものカンツォ(Canzo)にハイキングに行きました。気温はまあまあでしたが、山頂へのコースには、友人曰く1週間前にはなかった雪がかなり積もっており、二人ともアイゼンは持参しなかったので、どうしようかと考えました。でも、他の登山に来ていたイタリア人とかの話しを参考に、天気も良く気温も高くなってきたので、雪が凍っていない明るい斜面を選んで山頂まで登りました。

山頂のほぼ300度の大パノラマは、雪を頂いた山々と空の青さと雲の見せる自然のキャンパスで、風もなく静かな贅沢な時間と澄み切った空気を沢山いただきました。さすがに雪の上でランチは止めて、近くにある山小屋に行き、持参したお弁当と温かいミネストローネスープを注文して体を温めることが出来ました。

雲の動きが速く、また冬季は陽が暮れるのが早いのと、雪の下山は時間がかかるので名残惜しいかったですが、ランチの後は直ぐに出発することにしました。もう青い空はかなり雲に覆われていて、気温も下がって来ました。

雪の下り斜面は滑りながら下りるといった風で、崖に滑り落ちない様、また石場では転んで怪我をしないようにストックを慎重に使いながらの、疲れる下山でした。2度程危ないシーンがありましたが、幸い擦り傷程度で済み山道入口に着いたときはホッとしました。慣れている友人も靴がかなり滑っていたので、疲れたと言っていました。

その夜は大晦日なので、一昨日におでんを仕込んでおいたので、その友人を誘ってビールと一緒に頂きました。イタリアでおでんを作ることは以前は思っていませんでしたがなんとかそれなりの食材はあるので、ハイキングあとの温かいおでんは友人も喜んでくれました。

そして、TVのカウントダウンが始まると、私のアパートの角では恒例の爆竹と花火が派手に打ち上げられ、大音響のお祭り騒ぎで(これも近くの中国人達が勝手に打ち上げていて、誰も苦情など言わない)、発砲ワインで乾杯して楽しい祝宴を終了しました。

その友人の話では、以前フィレンツェに住んでいた時、2000年のミレニアムでは信じられない大騒ぎで(日本ではそこまで騒がない)、なんとその年度が変わる瞬間に皆窓からビール瓶やシャンパン瓶を道路にバンバン投げ、当然怪我人や死亡者もあったそうで、明くる日はフィレンツェの街中の道路が、ガラス瓶の破片だらけになり、最も呆れて驚いた事件だったそうです。どこかの国でトマトを投げ合うお祭りとか見たことがありますが、ガラス瓶を窓から投げ落とすなど考えられないことですね。ぞっとしました。