「イタリアマンドリン通信 <今年の蕨採り><兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ><夏のキャンプ>」

mandorin-banner1

<今年の蕨採り>

6月始めに今シーズン最後と思われる「蕨採り」に山に行きました。その前の週に他の友人達が数キロの収穫だったと聞き、私も期待して勇んで行きました。

幾つかの蕨生息地帯があるのですが、もう6月なので蕨はかなり生育していると予想して高い場所を選んで乗りこみました。天気抜群で、現地到着前から登山道の脇には既に伸びきったシダのような蕨が多く、更に上に登りました。

昨年も採った場所に到着すると、なんと斜面は伸びきった蕨畑となっており、その下には更に芽を出している若い蕨が沢山!私達以外誰も居ない静かな斜面で、その蕨畑を登って降りてを繰り返し(そのために脚が鍛えられました)、無我夢中で採りまくりました。その量なんと、ビニール袋ずっしり2袋。友人とお互いの大収穫を褒め称えつつ、めでたく終了しました。

下山を始め、途中のアグリートゥリズモを通りかかると沢山の人々がそこに居ました。近づいて行くと、テーブルの上にアルミフォイルに包まれた何かが沢山あり、販売しているのかと思いきや何と色とりどりの山で採取したであろう茸でした。

色とりどりということは、毒キノコが殆どみたいでしたが、興味深くのぞき込む私達にリーダーであろうイタリア人が私達に話しかけ始めました。つまり、彼らは山で自然を楽しみながら茸を採取して調べて、新しい発見があると研究所に提出するという活動のグループでした。日本にも茸を見に行ったとも言ってました。でも食用のもあると見せてくれましたが、余りの色と姿にちょっと食べられるとは思えませんでしたが。

家に帰って蕨を計量したらなんと2.7キロもあり、更に現地の新鮮な湧き水2.5Lをザックに入れて帰った訳でしたが、疲れもなく楽しい山での一日を思い出しながら深夜までかかって蕨の灰汁取りに奮闘しました。

<兄妹旅行でのイタリア交通事情あれこれ>

6月に日本から兄妹達がイタリアに来て一緒に旅行しました。移動の際にハプニング続出し、私にとってはいつもながらの事ですが、兄妹たちは呆れてました。

その1:
マルペンサ空港からの電車でミラノカドルナ駅で待ち合わせたので、私は地下鉄に乗ろうとすると地下鉄に降りる場所に山の様な人が。?と思いましたが、改札へ行くと地下鉄は何かのトラブルで一部閉鎖中で動いておらず。聞くと代替えバスがあると聞き、あの人々はそれを待っていたのかと理解。すぐ地上に行くとその方面行きの代替えバスが着いていて慌てて飛び乗りました。駅には既に兄妹達が待っており理由を話し、荷物もあるのでタクシー乗り場へ。しかし、この地下鉄不通のため長蛇の列。そこからバスで行こうか思案しつつ約30分以上待つが時間かかりそうで改めて地下鉄を確認しに行くと、運行再開。結局地下鉄で我が家に到着。到着第一日目からトラブルでした。

その2:
明くる日に郊外の町に出かけるため、ミラノ中央駅へ。何故かかなりの人が切符売り場に長蛇の列。何故?と思いつつ、券売機でチケットを買おうとするが、最後の画面でエラー。他の券売機で何度も試すが同様。見たことないエラーなので不思議に思い、そこに唯一居たイタリア国鉄の係員に聞くと、「システムエラーで全ての券売機が機能してない」と。。。行先を聞かれ告げると近距離券売機なら購入可能だと聞き、迫る電車の時間に焦りつつ、すぐさまその券売機で取り敢えず購入して間に合いました。

目的地に着き、帰りの切符を買おうとその駅の件券売機の前で並ぶ。しかし1台だけしか機能しておらず、時間かかりそうでどうしたものかと思いきや、目ざとい妹が駅売店(タバッキ)の入口に国鉄切符販売と書かれた張り紙を発見し、そこで無事購入。近距離だと販売している場合があります。

その日の帰り夕方にミラノ中央駅に着くと、券売機はシステムエラーが解決したようで(イタリアにしては早い)その明くる日の切符も往復買いました。しかし朝の騒ぎは一体どうして対応がないのか?朝、沢山の乗客が目的地に辿り着けなかったと思います。アナウンスもなく係員の指示もなく、乗客は右往左往。私が見たある女性も何度も試して頭をかしげておりました。酷いイタリア国鉄です。今に限ったことではありませんが。こんなこともあるのかと驚いた日でした。なるべくネットか前日に購入することにしました。

その3:
マッジョーレ湖に行きました。駅から歩いて湖畔の離れたところに船着き場がありそれを目指していました。私が以前そこに来たのは13年前なので、かなり景色というか様子が変わっておりました。湖畔に出ると船の特設チケット売り場があり、私は遊覧船のチケット売り場と思い、そこでチケットを購入し船着き場を目指しました。

妹がその赤いチケットをひらひらと持って歩いていると、船着き場手前のボート乗り場の係員から「そのチケット持ってる人!ここここ!」と呼び掛けられました。私は?と思いましたが確かにチケットの印刷の会社と看板が同じ。そこで初めて、大きな遊覧船ではなく小型の25人乗りのボートの遊覧サービスが登場していたことを知りました。

仕方ないので乗りこみ、第一の目的先の島へ到着。するとその船着き場は大きい遊覧船のとは異なる小さな場所で、降りて階段上がるとすぐさま別料金で宮殿見学の看板が。その島にあるある宮殿の入場料でした。本来の船着き場でしたら、別にそこに入場する必要がないので島を散策出来ましたが、この船会社のはそうではなく、更にお金を取るシステムでした(他の出口なし)。私は呆れてその気がないので、次の島に行くことにしてまた船に乗り、次の島の宮殿と庭は素晴らしいので入場料を払って見学しました。それも自由に選べました。まあ、結果的には大きな遊覧船よりは速く、効率良く廻れましたが。マッジョーレ湖に行かれる方がこのシステムをご理解の上、スケジュールに合う船を選ばれることをお薦めいたします。

その4:
北の方面、ミラノから長距離バスでアオスタに行きました。そこから乗り継いで別のバスに乗ることにしました。掲示板にはno.4の停留所番号がありましたが見渡してもそれは見つかりませんでした。チケット売り場で聞くと指さしてあそこの4番と言われましたがその先には番号らしき表示が見えずにウロウロしているうちに時間が経ち、近くのバスの運転手に聞くと、「あそこの奥(infondo)」と言い、初めて気づきました。そうか、奥だったのか! ず~っと歩いて奥に向かうとありました、番号の停留所が。時すでに遅し、1hに1本のバスは既に去っており、待ってやっと乗れて目的地に到着。インフォメーションに行くとイタリア恒例の長い昼休みで閉まっておりました。

ケーブル乗り場はないかと探し、近くに居たイタリア人に聞いて歩いて目指し到着。しかし閉まっており、閑散としておりました。また元の場所に戻るとインフォメーションは開いており、すぐ情報を聞くと、まだ動いているのは2つだけで大きいSky Wayがお薦めと言われました。「歩いて行けるか?」と聞くと3Kあると。「バスチケット売り場で情報聞いて」と言われ聞くと「シャトルバスがあります」と。しかし今出たばかり。。。1h後とか。どうしたら良いか考えていると、「隣にタクシーあるから聞いてみたら」と。しかし閉まっており、表示してある番号に電話するも音は虚しく中から聞えました。

そのケーブルの最終時間から計算すると一刻も無駄には出来ないと判断。となりのレストラン兼BARに飛び込み、シニョーラにタクシー電話しても繋がらないので、他に番号知らないかと聞き、すぐさま運転手に電話して連絡とってくれました。

5分後、無事タクシーに乗車して目指しました。降りて「幾らですか?」と聞くとなんと€25!たった5分の3キロでのこのボラレ料金ですが仕方ありません。支払い、ケーブルチケット売り場に。また「往復で幾らですか?」。なんと€49!!!思わず後ずさりしてしまいました。スキー場のケーブル3つ乗り継いでも€20位が相場。しかし、よく見ると今まで乗ったケーブルとは大違いの宇宙ステーションの様な造りで、豪華・超現代的・お金かかったであろうと想像出来るものでした。3年前にオープンして、まだ一部工事中でした…

兄はどうしても乗りたいと・・・ 支払ってその夢の様な新しい素敵なケーブルカーを乗り継ぎ、間近のモンブランと壮大な自然のパノラマを堪能しました。

機転を利かしてどんどん動いて情報を得ないと、結局上手く行かないこと多いイタリア。在伊?年目でその術は大分習得しましたが、毎度新しい所に行くと簡単には済まないので大変です。ドタバタの一日でした。でも素晴らしいお天気でラッキー?でした。

<マンドリン夏のキャンプ>

7月に恒例の5日間のマンドリンサマーキャンプに参加しました。今回は4回目です。昨年はモデナ近郊のゾッカ(Zocca)といういつもと違う所でしたが、ホテル環境が悪かったので今回は以前のガイアート(Gaiato)。山の中の静か過ぎるほどの涼しい音楽するのにふさわしい場所です。料理も美味しいし、ホテルも親切ですし、滞在しているお年寄り達が私達の発表会兼コンサートをとても喜んでくれます。演奏中も携帯の呼び出し音を消さないので鳴るのが通例ですが・・・

マエストロ達は昨年と同様の私のマエストラ西山みきさん含め3名。来るメンバーも顔馴染みが殆どで、意思疎通は良くなりました。今回はモデナのグループが運営するマンドリンスクールの少年少女約10名が参加で殆ど初心者。ですから、講師陣はその指導と我々大人組とで5日間目一杯のスケジュールでした。5回出演することとなりました。ですから、最終日の発表会は、ギターグループ演奏を含めおよそ2時間に渡るプログラムとなり、また当日変更事項もあり慌ただしいスケジュールで頭が混乱しました。

ただでさえ、殆どイタリア語で通す5日間ですから、日本人のマエストラとの日本語会話以外は常にイタリア語モードにしている訳で、演奏中は兎も角食事中も色々な話題が飛び交う訳で頭も相当疲れました。家に帰ってから、また3~4日寝込みました。。。6月中旬からの旅行と酷い風邪、そのあとのマンドリンサマーキャンプと続き、疲れピークでした。でも、山の中の涼しい環境で美味しい食事付・音楽漬けの贅沢な毎日でした。

「イタリアマンドリン通信」ミラノスカラ座での初バレエ鑑賞、宗教行列「ミステリ」

mandorin-banner1
<ブレイシャのアンサンブルがミラノで初コンサート>

私が会員になっているあるアソシエイツ「Notturno: Associazione culturale Musicale di Milano」の主宰者から、ミラノでマンドリン演奏のコンサート依頼がありました。毎年5月に17年継続しているコンサートで、今回はマンドリン演奏を是非という嬉しい依頼でした。

そのアソシエイツは他の友人の紹介で知り、毎月1回土曜日の夕方に、スフォルツァ城近くのあるギャラリー内で様々な音楽家によるコンサートを始め、様々なコンサート企画をされています。主宰者は日本人女性とイタリア人男性のご夫婦で、ご両人ともピアニストです。お二人の音楽活動は主にピアノ連弾ですが、それぞれもピアニストとしてコンサート出演、また独者のピアノ伴奏もされています。彼らとは日頃より音楽談義や私自身の音楽活動の話をしておりました。

今回のブレイシャのグループ「Armonie in Pizzico」の初ミラノコンサートは、私たちにとっても記念すべき出来事で、期待と成功させたい思いで一杯でした。

第一部は先方のリクエストに応じて、クラッシックと映画音楽で。第二部は、マンドリンオリジナル曲とイタリア人作曲家によるマンドリンのジャズ曲でした。西山さんの曲紹介とお喋りで聴衆との距離もぐっと縮まり、和やかな暖かい雰囲気の中演奏はスムーズに進行し、特に第二部はマンドリン曲なので私達のノリも良く、お客様も笑顔で本当に素晴らしいコンサートでした。アンコールも2曲させて頂き、スタンディングオベーションで大拍手の中私達のコンサートは無事大成功で、私達も感動出来るものでした。

Nottrunoさんも大満足して下さり、私は肩の荷が下りた思いと安堵感で一杯でした。そして、早速次のコンサート出演?話も出ました。期待したいと思います。

<ミラノスカラ座での初バレエ鑑賞>

ある大雨降る夜、ミラノスカラ座に初のバレエ鑑賞に行きました。ミラノでバレエ伴奏や音楽リポート記事を書いている友人の影響を受け、以前から興味あったバレエ。運よく1階のパルコ席が安く取れました。友人のお薦めのこの演目は”Le Corsaire”。海賊と美女の恋愛冒険ドラマです。ストーリーは単純で、実際バレエの踊りがメインです。

その友人曰く、現在のイタリアのスカラ座のバレエダンサーのレベルは高く、ロシアやイギリス、フランスに決してひけはとらないと。私は知識はないため良く分かりませんが、実際素晴らしい踊りでした。間近で見ることが出来たため、その技術高さに圧倒でした。どうしたらああいう新体操を超えるようなダンスが出来るのか?それも長時間・・・ 普段より余程の訓練をしてなければ、出来ない技の数々。

またオーケストラも良く見えたため、指揮者がダンサーを見ながらの指揮とそのタイミングを見て、オペラにない音楽の進行が良く分かりました。脱帽です。

秋には、イタリアの人気プリンシパルと絶妙なコンビのバレリーナ”Roberto Bolle e Svetlana Zakharova(ロベルト・ボッレとスヴェトラーナ・ザハーロワ)” との演目”L’histoire de Manon”の公演があります。これはバレエは勿論ですが、愛の表現力も素晴らしいと聞いており、発売と同時に完売が予想されます。この人気公演をなんとか見られないものかと考えています。

<カンポバッソの宗教的お祭り行事:ミステリ>

昨年9月に、日ごろよりカゼルタの友人を通じて親しくしているカンポバッソのマンドリンオーケストラ「Circolo Musicale “Plettro. Mascagni”チルコロ・ムジカーレ・プレットロ・マスカーニ」と一緒に演奏する機会を持ちました。その時に演奏した場所が、毎年6月に行われるカンポバッソの宗教お祭り行事「Misteri:ミステリ」の博物館でした。私はその行事に大変興味を持ち、次回是非観に行きたい意志を彼らに話しました。

今年5月にカゼルタの友人がそのことを覚えてくれており、またお祭りの前日に、別な町で小さいコンサートをするというので、一緒に演奏を誘ってくれました。

*コンサート編

Hisilicon K3


コンサート前々日にカゼルタに着き、すぐにカンポバッソのオーケストラの練習に出発して皆と再会し、その夜から現地に4日間滞在しました。練習の後は一部のメンバーとピッツェリアで食事、といっても23時から・・・特大のピッツェリアに唖然! しかも様々な具がトッピングされ見たことないバリエーションあるものでした。今まで食べたことない美味しさでした!

ある女子は一人でこの直径50cmはあろうピッツァの3/4は食べてました。。。驚きの胃です。そしてなんとそのあと注文していたのが、フライドポテト2皿。デザートでしょうか? いやはやもうビックリでした。

コンサート当日は、午後16時頃にカンポバッソから車に分乗してTermoli(テルモーリ)という海辺の町に行きました。もう海水浴シーズン開始でした。演奏場所はと見ると、あるガソリンスタンドの脇の広い駐車スペースで、そこに椅子が並べられており、またびっくり。炎天下なのです。「えっ!屋根無いの?」もう夏時間ですから、20:30まで陽がじりじりと照っております。

楽器が痛むのを心配しつつ、長い挨拶を聞きながら待ち、いざ演奏開始で国歌演奏(その日はイタリアの祝日「共和国建国記念日」)そのあと短い曲を2曲演奏して一次退場。しかしそのあと(19:00から)は新しいイタリア政府がスタートしたこともあり、政治弁論大会となり、様々な人々が熱く政治を語る語る1時間半・・・私達はもう演奏の場が回ってこないのでは?と思うほどのこの有様に皆も呆然。聴衆はというと不機嫌そうな人もおりましたが、席立つ人は殆どなく皆聞き入っており、拍手もあり政治談義は好きというイタリア人気質をたっぷりと見ることが出来ました。勿論子供連れも居るのです。

実際また演奏に戻ったのですが、聴衆は騒がしくとてもマンドリンを演奏するムードがなく指揮者も苛立ち、結局司会者からささやきが入り、4曲位はカットとなり、コンサートは終了?しました。その後に控えていた市民クラブらしい人々のダンスや演奏を見ながら、配られた夕食券を握り締め、「ところでいつ夕食?」の疑問を持ちつつショーは終了。既に21:30。すると一連の長い列が目に入り、並ぶ事数十分。列は殆ど進まず、ここで指揮者が大きな決断を。「これは1時間以上は掛かる。帰ろう!」。

諦めて家に帰るメンバーも居りましたが、分乗して車に乗りこみ、指揮者は運転しながらまたもや行きつけのピッツェリアに電話。「12~3人で向かうから、23:00頃着くので、特大ピッツェリア4つ」と注文。私は3夜目のこの夕食が、またもや同じピッツェリアという現実をすぐ受け入れました。2日前のは2皿でしたが、4皿は壮観で完食でした。疲れ切ってホテルに戻ると、ホテルのどこかでカラオケとディスコミュージック。夏のシーズンは大体夜は静かであろうはずはなく、それはホテル内も同様。慣れているとはいえ、耳栓忘れた自分を後悔しつつ、疲れてすぐに眠り着いた夜でした。

*宗教行列「ミステリ」

日曜朝、いよいよ今回の目的である宗教的お祭り行事:ミステリを観に、カンポバッソオケの案内人数人の先導で、行列が開始される通りまで徒歩で移動しました。私以外は待っている間もお喋りに余念なく、私は行列の見える道路の最前列(規制・警護なし。皆好きなように居るから並んでない)に陣取り、スマホの確認とビデオ撮影タイミングを計りつつ待機。行列が始まり、まずはブラスバンドの演奏開始なのでビデオを録画。そして切替え、大きな神輿のような台座の上に位置したエンジェル扮している子供たちの空中場面・真っ黒に塗りたくったデビル扮した大人たちを写真におさめました。

様々な宗教画に登場する聖人なども次々と登場し、圧巻のパレードでした。まあ、あんな小さい子供達が空中高く括り付けられ、大揺れに揺れており、観ている方が怖くなる程のダイナミックな動きで、台座の下は若い大人が10数人神輿の台座を担いでいました。その勇気ある(普通は泣いてしまうであろう)エンジェルの子供達の神々しいこと。演じ切ってました。。私はキリスト教信者ではありませんがこの宗教行列の台座の精巧さ・衣装の素晴らしさと音楽とのコンビネーションは言葉で表現出来ない驚きのパレードでした。13神輿だそうです。これが一度ではなく、町の中心地を3回位行列してました。勿論エンジェルたちも一緒です。本当に見ることが出来て大満足でした。

*********************************************************************************

「イタリアマンドリン通信」<3夜連続コンサート><コンサート鑑賞>

mandorin-banner1
<3夜連続コンサート>

4月は6日ミラノ・7日フェッラーラ・8日ブレイシャの3か所で、それぞれ異なるオーケストラの演奏会に参加しました。まるで巡業のようでした。


*4月6日は、前回書いたミラノのテアートロ・ジローラモという、小さいスカラ座と呼ばれる古い歴史ある劇場でのコンサートで、馴染み深い映画スクリーンを見ながらの、有名な映画音楽の演奏でした。

このシリーズはいつも大変なのが、やはり暗転の中で小さい譜面台に付ける灯りを頼りに映画シーンに合わせて演奏することです。今回は狭い舞台でしたから身動き出来ず、また指揮者が殆ど見えず、また曲目も当日急遽順番が変更になり、苦労しました。

リハはいつも簡単で、主要な曲しか試さないので不安でした。ですから、雰囲気と出だしのタイミングをスムーズにいかないことが多いです。せめて全曲の最初の出だしだけでも、リハでしてほしいと思ってますが・・・聴衆の反応も、映画のシーンと曲目で異なります。難しい曲ではありませんが、私としては合わせるのに苦労するシリーズと感じています。幸い劇場側は満足で、次回も新しいシリーズでの出演依頼があったそうです。

*翌7日は、フェッラーラの有名なマンドリンオーケストラ「ジーノ・ネーリ(Gino・Neri)」の創立120周年記念コンサートに参加する、カンポバッソのオーケストラのメンバーとして参加しました。ミラノ中央駅から電車で発ち、いつも心配な列車の遅れもなくスムーズにコンサートのあるフェッラーラに到着して、待ち合わせのホテルで彼らと合流しました。

会場は、旧市街にあるフェッラーラ市立劇場でミラノのスカラ座同等の大きい立派な劇場でした。今回はおよそ7つほどのイタリアのマンドリンオーケストラが参加し、総勢150人ほどの大人数でした。ですからそれほどの人が乗れる舞台でした。イタリアでこんな大規模なイベントに誘われ演奏出来る機会はめったになく、光栄なことだと現場で改めて感じ入るものでした。

私の親しいモデナのオーケストラのメンバーとも出会え、お互いに再会を喜び合い、会話が弾みました。どちらかというと年配者が多いのですが、フェッラーラのオーケストラでは若い演奏者(少年少女含め)も多く、マンドリン演奏者を育てる環境を素晴らしいと思いました。午後3時から3時間かけて、初めてのリハーサルを全曲行い、私もやっとどんな演奏になるのかが理解出来た次第です。何しろ、譜面を見て1人で練習してきたわけで、細かい所が分からず不安で一杯でしたから。

夜9時からコンサートが始まり、終了したのは0時でした。演奏もそうですが、盛大なセレモニーもあり、否が応でも盛り上がる雰囲気は相当なものでした。最後の曲を弾き終え、やっと肩の荷が下りた思いでした。

*翌8日は、カンポバッソのメンバーと別れを告げ、次の目的地ブレイシャに向かいました。ホールは前回のゲネプロで音響が良くないことが分かり、あるメンバーがミキサーを持参して入念なサウンドチェックを行い、本番がスタートしました。

ブレイシャにある3つのオーケストラの合同コンサートは、普段それぞれが音楽活動をしていますが、今回はマンドリニスタの西山みきさんの提案でこの合同コンサートが実現しました。地元の新聞にも紹介されました。演奏はそれぞれが数曲演奏し、最後は全員合同演奏でした。この合同演奏では、みきさんのお弟子さん(少年少女)も、晴れやかな舞台衣装で上気した笑顔で楽しそうに参加して、彼らの家族もさぞ嬉しい機会だったと思います。

観客は親しい友人・家族が中心ですから、演奏者の演奏をあたたかく見守り応援するというイタリアらしい雰囲気の中、大成功に終わりました。日本ですと演奏会形式において、音楽を奏でて表現することが主な目的ですが、今回の場合は、それぞれのグループの特徴ある演奏と、マンドリン音楽を披露して楽しむといったコンサートでした。

私はこのブレイシャのコンサートに、ミラノの友人夫婦を招待しました。彼らも「イタリアらしい暖かいコンサートでしたね」と同様のことを話しておりました。無事私も3日連続コンサートを無事終了出来、快い疲れを感じつつ、友人達の車でミラノまでリラックスしながら帰りました。

<コンサート鑑賞>

3日連夜のコンサートが終わり、翌週末は毎月1回のコンサートへ聴きに。今回はオペラのトスカで、ソプラノ・テノール・バリトンの歌手3名がオペラのシーンを歌い演じ、ピアノの演奏と進行もあり、まるで舞台を見ているようでした。目の前での迫力ある、歌と演技はリアルで心を揺さぶられるものでした。素晴らしかったです。

翌日は、マルケ州在住の友人ヴィオラ奏者が、ベルガモのチッタアルタにあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会で演奏するため、誘われて聴きに行きました。この教会でのコンサートは何回かありましたが、中に入ると寒くかなり冷えていて演奏者が大変だと思いました。教会のコンサートは素敵で好きなのですが、夏以外は弾くとなるとかなり冷え、着込まないと辛いです。

今回の曲目は、古楽と現代曲がミックスされているそうで、かなり難解で苦労したと友人がコメントしていました。合唱はいわゆるグレゴリオ聖歌で、合奏の方は難解過ぎでした。演奏者は、それぞれがこのコンサートに各地から招集され、自分の実家に帰る目的もあったそうでしたが、イタリア人ヴァイオリニストは、ベルリンから来たとか。彼女も久しぶりの優秀な演奏者達との、練習を含め現地での3日間の音楽漬けの時間は、日々の日常生活を忘れる、自分を成長させる貴重な機会で満足だと話していました。

「イタリアマンドリン通信」
<ミラノの素敵な劇場><イタリアの冬のオリンピック放送><ヴァイオリンチェロとピアノのコンサート鑑賞><外国人向けイタリア語学校巡り>

mandorin-banner1
<ミラノの素敵な劇場>

4月6日と7日にコンサートがTeatro Gerolamo(Duomoの裏のPiazza. Cesare Beccaria)であります。先日そこでリハがありました。1800年代の貴重な劇場です。La Piccola Scala di Milano(ミラノの小さいスカラ座)と呼ばれているそうです。Duomoから近く、私も良く歩いていた場所で、まさかこんな所にこういう劇場があったとは気付きませんでした。

椅子もアンティークで素敵です。昔ここでマリオネットの公演があったとか。しかし、狭いので三段の舞台でも、演奏者は25人が限度。リハは狭い中行いましたが大変でした。コンサートは2日間なので、メンバーはセパレートになると思います。

ミラノオケでは、毎月1~2回コンサートがあり、会場も様々でとても興味深いです。演奏依頼が多くそれだけ色々な経験を得ることが出来て、とても満足です。こういうバラエティに富んだ演奏機会は日本では有り得ません。アマチュアですが、出演料を頂けるのです。マンドリンオーケストラは珍しいのか、集客も良く、聴衆はいつも満足しています。曲目もクラシックだけではなく、大衆演劇の伴奏オーケストラ、スクリーンに映し出された古い映画や有名なシーンに合わせた曲の演奏など、その目的や会場に合わせた偏らないスタイルのコンサートです。それに合わせてゲスト(マンドリニスタ・ヴァイオリニスト・オーボエ奏者・ハモニカ奏者ets)を呼んでのソロ演奏も度々行われます。

マンドリンだけのオリジナルやクラッシックだけですと、聴衆も限られてしまいます。そういう意味では、広く受け入れられる演奏活動をしていると感じます。

<イタリアの冬のオリンピック放送>

2月に韓国のオリンピックがありましたが、Rai2のテレビでも連日放送をしてました。当然イタリアの選手の出場するものだけ。でもスケートは、かなり長い時間を放映してました。フィギュアスケートのイタリア選手のコストナーは人気あり、私も応援しました。

その番組の司会者は、とても地味な若い人で、丁寧で好印象で真面目な司会者振りでした。一方、毎回同じ解説者が登場したのですが、その服装の鮮やかなこと!毎回掛けているメガネのフレームは黄色で同じでしたが、スーツ、ネクタイとポケットチーフの色がまさにオリンピックカラーでした(写真参照)。私は全部観た訳ではありませんが、多分毎回違う色の服装だったと推察します。

さすがにイタリア人と言ったところでしょうか? 年齢はシニアの方でしたが、これほどまで色鮮やかな服装は見たことがありません。よく毎回メガネを個性的な色やかたちは見ますが、司会者や解説者はそれほどでもありません(女性除く)。解説も合わせて、オリンピックの解説出演に気合いが入っていたのだろうと思いました。でも観ていた私は恥ずかしくなるほどでした。

<ヴァイオリンチェロとピアノのコンサート鑑賞>

その日曜日は雨でハイキングを断念し、夕方からヴァイオリンチェロとピアノのコンサートに行って来ました。場所はブースト アルシツィオ(Busto Arsizio(Varese) にある、織物の博物館(Museo di Tessile)中のホールでした。ミラノから電車で30分の町です。このあたりに来るのは初めてでしたが、立派な建物でした。

私は、Nottrunoという音楽・文化協会が毎月土曜1回ミラノで開くコンサートの会員になっており、毎月のそこのNewsletterで知り、申し込みました。

日曜で人通りはなく、町はひっそりしていましたが、コンサート会場は大勢の観客が詰めかけ、音楽を楽しもうという熱気に溢れてました。プログラムはクラシックからジャズ、ビートルズ、ブルースと観客を楽しませる内容でリラックス出来るものでした。チェリストは熟年で経験豊富、とても気さくでお喋りで観客を惹きつけてました。ピアニストもチェリストとコンピを組んでいるベテランで、チェロとの軽快なジャズピアノ演奏にはびっくりしました。堅苦しいクラシックオンリーではなく、演奏者の熱愛する音楽をチェロで表現して、その魅力を観客に近く、分かり易く親しみやすく聴いてもらうスタイルです。会場は大盛り上がり!私も間近でチェロの様々な演奏スタイルとテクニックを見ることが出来、満足でした。

<外国人向けイタリア語学校巡り>

昨年、ある日本人友人からミラノ市営の外国人向けイタリア語講座に通っていて、受講料も€30以下の安価で、先生も二人で良く教えてくれていると聞きました。ミラノ市内に幾つかの支部があり、本来は講座は9月に申し込み、6月までの期間となるのですが、中途入学できるかを尋ねるため、ネットで調べて家の近くにある一つの学校に行きました。

「まずは申し込みをして下さい」と言われ、持参していた自身のドキュメント書類のコピーを渡して、申し込み書に記入しました。レベルチェック試験を受けるため日程を案内されました。

当日、自分のイタリア語学習の経緯を説明し、CILSのB2のコース希望を告げたところ、その支部にはそのコースがなく(ネット上ではあるとなっていた)、別の支部(Lodiにある)を紹介されました。

2日後にLodiにある支部を尋ねると、入口に『入学受付最終日 A1~B1』と張り紙があり、B2がないのかと思案していると、職員らしい男性が「入学ですか?」と言うのでB2希望なんですがと答えると、「一緒に行きましょう」と案内してくれました。

事務室に行き、女性にB2のコース希望と伝えると、「ここはB1までしかない」と。(最初の学校の紹介はなんだったのか?)。「どうしてB2を希望なのか?」と聞かれ、今までの経緯と自分の目的を話すと、「レベルの証明書はあるか?」と聞かれ、「自宅にあります」と答えました。兎も角、自分の学習経過と目的、意志をしっかりと話し、納得させる必要がありました。幾つかのやりとりの後、ついてくるように言われ、ある部屋にいた先生に「B2のクラスはあるか?」と聞いてくれ、先生は「ここにはないと。Viale Campagniaに行くようにと・・・」

私は「家に戻ってレベル証明書を持参した方が良いか?」と尋ねると、「今日は入学受付最終日だから先に学校に行き、証明書はあとでも構わないから早く行きなさい」と言われ、その学校はちょっと離れた場所でありましたが、そこしかないなら行くしかないと向かいました。着いて担当職員に尋ねると回答がこうでした。「B2はありますが、学習は8か月必要です。今2月ですから3か月と少ししかないので、入学は出来ません。次期の9月にいらしてください」と・・・

ここでふと考え、B1なら自宅近くの最初の学校に行くのがよいだろうと。これは最初から想像はしていました。「もしダメなら戻って来ても良いか?」と最初の学校の先生に話していました。この時点でもう11:30で、多分午前中の12:30までに行かないと受付終了だろうと思い、2か所既に廻っていた疲れを押して、急いで最初の学校に戻り申し込みました。

しかし、その講座を受けて見ないと判断つかないので、取り敢えず月曜の授業に行ってみました。テキストに従い授業は進むのですが、ちょっと易しいなと思い、テキストを見るとB1の下のレベルのA2でした・・・結局、色々ありましたが自分の目的のレベルと内容でないことを告げ、入学を断りました。それぞれの学校の情報が共有されていなく、たらい回しされましたが、やはりイタリアだからなのか?私のスペイン人友人もこの学校の話をしていましたが(安いから)、中級以上のレベルには向かないと思いました。

「イタリアマンドリン通信」
<ミラノオケでのパート昇格><年初のミラノオケのコンサート><三回目の雨漏り>

mandorin-banner1
<ミラノオケでのパート昇格>

新年が明け、1月の最終土曜日にミラノオーケストラのコンサートがミラノ市内であり、最初の練習に参加しました。皆と新年の挨拶とバカンスの話とかをしていると、指揮者が近寄って私に声を掛けました。何かなと思いましたら、「今年から第一マンドリンのBグループに異動して下さい」と。私と仲良しのロシア友人も一緒です。

このオーケストラで弾き始めて3年が経ちましたが、おととしは何かと忙しく、余り出席していませんでした。昨年はロシア友人と知り合ったことにより、参加回数が増えてコンサートも殆ど出席したので、その甲斐あって実績を認められたようです。第二マンドリンにいる若いイタリア人奏者も、第一マンドリンに推薦したのですが、彼女は出席回数が低いから(余りあてにならないということらしい)、無理だと言いました。タブレットでその出席率が表になっており、驚きました。学校みたいです!

練習開始に当たり、指揮者はその事を皆に告知し、晴れて第一マンドリンのメンバーとなりました。後日メールでもメンバー全員宛てにその事を書いてました。

皆から、「昇格おめでとう!」と言われて、ああ昇格なんだとわかりました。イタリア人でない、外国人の私達が指揮者と音楽委員長からの推薦で得たポストはとても嬉しく、二人で同時にということも幸運でした。私達が仲が良く、良いコンビであることは、皆も知っており、暖かい目で見てくれたことも感謝です。とはいえ、今までのパートと全部譜面が異なるため、一からの練習となる訳で大変ですが、新年早々に嬉しい出来事で意気軒高、気分爽快で進んでいきたいと思います。

<年初のミラノオケのコンサート>

1月の最終土曜日、Società Svizzera di Milano(ミラノ・スイス協会)主催のコンサートがありました。有名な懐かしい映画音楽を集め、観客はスクリーンに映し出される映画を見ながらのコンサートです。

いつもどんなロケーションで依頼者は誰なのか、余りわからず(他も知らない人多い)。しかし今回のロケーションはバツグンで、歓迎され、またオフィシャルな場所で驚きました。まあ、舞台は狭くて私は最後列の舞台角で、落ちないように緊張しました。因みにフルート奏者落ちました。。無事でしたが。

映画音楽のプログラムは、スクリーンに映画ですから、舞台は暗転で小さなライトで弾くので、良く見えず大変です。しかも私と隣の友人は二人と譜面台ライトを忘れ、オケの代表から借り二人でわずかな光を頼りの演奏で緊張しました。二人はパートを替わって初めての譜面なため、慣れず良く見えずのダブルパンチでひやひやでした。幸い聴衆は画面を見ているので、演奏を聴くだけで我々を見てはいません。皆スクリーンに釘づけで音楽とその懐かしい画面に、それぞれ思いを寄せている表情でした。

翌日、スイス協会の代表者からの多大なお褒めと、感動のコンサートへの賛辞のメールがミラノオケ代表に届き、またまたビックリ! 私としては、まあまあのデキと思っていたので。感動的な画面と音楽がかなりマッチしてたようで、私は客席で聞いて(見て)みたいと思いました。

<4月コンサート連続土日演奏予定>

1月のある日、カンポバッソの指揮者から4月7日にフェッラーラ(Ferrara)での大きなコンサートがあり、「彼のオーケストラのメンバーとして一緒に弾かないか?」と誘いがありました。

いつもは、カゼルタの友人を通じての誘いで今まで2回彼らと演奏に参加しましたが、今回は直接私に演奏依頼あったことがとても嬉しく、承諾しました。依頼メールに曲が添付されてありました。

当日ミラノから午後のリハーサルに参加して、夜本番というスケジュールで(事前のリハには参加出来ないので)、事前に練習をかなりして行けません。

そして、後日ブレイシャの練習に参加して、皆の話から4月に最近出した私達のCDのお披露目を兼ねて、3つのグループでのフェスティバルコンサートをすることを知りました。以前からその話をちらっと知ってはいたのですが、日程は未定でしたから、気にしておりませんでした。マエストラに「いつ頃なんですか?」と聞くと「4月8日日曜日の17:00頃からと!」。つまり、前日7日夜はフェッラーラでのコンサート、宿泊して翌日ミラノに帰る予定が、急遽ブレイシャに翌朝移動するという強行スケジュールになることに・・・ マエストラからは、「大丈夫ですよね??」と何度も念を押され、「ハイ、大丈夫です」というしかなく。もっと以前に知っていたら、フェッラーラを引き受けなかったかもしれません。まあ、同じ日でなかったことだけが幸いです。

フェッラーラへの移動は乗換入れて約3時間弱ですから、それほど大変ではないのですが、まさかコンサートを異なる町で連日演奏するなど思ってもいませんでした。今年はなんか大変な年になりそうです。その後ミラノオケでも4月6日がコンサートと聞き、どうしようかと考え中です。3日間連続となってしまいます。

<三回目の雨漏り>

あるとき、屋根裏で物音がして誰かが上に居る様でした。その入口前に行くと隣のシニョーラもドアから顔を出して、上で物音がすると言うので、二人で屋根裏に行き「誰か居ますか?」と声を掛けても返事はありませんでした。でもオカシイなと思い一応私の部屋の上の当たりを見回して、様子を見ましたが分かりませんでした。でも、私が付けた南京錠は外されており、誰かが侵入したのは間違いないと思いました。

暫くそのことは忘れていましたが、その後雨が暫く振りであり、今日ふと天井を見るとなんと新しい3回目の大きな染みとなっていました。すぐ、天井裏に行くと、以前見た時無かったのに、瓦1枚が大きな亀裂で見事に割れていました。そこから雨が侵入したのです。

直ぐに写真を撮り、また鍵を買いに行き、大家さんにすぐに修理を管理人に依頼してほしいと、写真添付してメールしました。大家さんは、「Emergenza!(緊急)」という件名ですぐに管理人に連絡してくれ、結果明くる日に修理して貰うことになりました。今までにない素早い対応でした。が、これで3回も鍵を壊され、そのたびに誰かが屋根に登り(多分衛星アンテナの設置と思われる)、瓦が踏み壊されるのです。

住民と管理人との会合で何年もの間、修理をすることを議論していて、最近やっと来年の春先に全面交換修理することとなったそうです。この天井の雨漏りは私の家だけではなく、他の家も被害があり問題となっていた案件です。瓦屋根のアパートは古いのです。私のアパートは築100年以上と聞いています。

今回で余りに酷い仕業に呆れ、鍵は頑丈なものを2つ付けました。毎回私がその度に雨漏り被害に遭うのはご免です。これからは、始終鍵のチェックを日々することにしました。最近、呼び鈴故障(結果、私の階の6軒位が故障していた)・ガス点火の不調・雨漏りとこの1か月3件も問題が起き、古い建物特有の不具合を実感する日々です。イタリアでは普通かもしれませんが。隣のシニョーラは呼び鈴故障の修理の時「そういえば、家のも壊れてたわ」とシラッと言ってましたが。。

結果、私のアパートの天井は今までの染みと塗りの色違いで3色カラーになって居ります。春の全面交換修理も本当にするのか?どの位かかるのか?終わってから綺麗に塗って貰うことにしました。また雨漏りするかもしれませんから。

「イタリアマンドリン通信」<ナターレのコンサート><イタリアの温泉とスキーリゾート><大晦日のハイキング>

mandorin-banner1

****************************************************************************

マンドリン通信

<ナターレのコンサート>

ミラノオーケストラでは、12月にナターレコンサートが4回もあり、土日連日もありました。その週末はイタリアの休日で4連休なため、当然ミラノオケのメンバーも家族との休日を優先するため、最初土日のコンサートはほぼ半分のメンバーでの演奏となりました。

呼ばれた会場は、ミラノ中心から離れた町の催しでした。いつも通り、集合時間に来たメンバーは約半分。。。リハを終え、開演時間前には全員揃いました。当日誰が現れるのかは、皆殆ど解りません。「○○は今日来る?」と聞いても「さあ?なんて言ってたかなあ?」という状態。プレジデンテはいつもメールで「時間厳守!」と書いてますが、およそ殆どが悪びれずに遅れて(遅れてと思ってない)到着して、リハに平然と参加します。

このコンサートでも来ないと思っていたMが来て、セコンドトップの席に開演時に座っているのを見、ではトップは?と探すと最後列に座ってました。。。Mより遅れて到着したから。この感覚がいつも理解出来ません。指揮者が気の毒ですが常に皆は自分優先です。私は最近後ろで弾くようにしてます。なるべくメンバーの若手に前列で弾いて貰いたいからです。

開演時間には観客は満席となり、時期的に華やかな服装で(どんなに年齢を重ねてもこの着飾る心意気というか、キラキラ・派手派手感はさすがイタリア!ピチピチの大きく襟の開いたセクシー感溢れる着こなしで立派です)。期待と熱気溢れる中、コンサートが開始しました。曲が終わるたびに大拍手とBravi!!!の連呼で盛り上がり、エンディング曲終了後、最大の大拍手とほぼ観客全員がスタンディングオベーションで「アンコール!」と満面の笑みでした。

演奏終了後は、この時期恒例のパネットーネ、パンドーロとソフトドリンク、パニーノとスプマンテが振る舞われ、お客さんとスタッフ皆さんの満足した笑顔に気持ちもお腹も一杯になりました。

私達はスペシャリストではないアマチュアで、こういうローカルなコンサートでお客様が気楽に音楽を楽しむために来ているので、(上手いとか下手とか、表現力や音楽センスとかではなく)こんなにも喜んで貰えるこういう世界もあるのだなと思いました。私達もすっかり、演奏した満足感を得られその笑顔に癒され、達成感あるローカルコンサートでした。

夜のこういう地域コンサートは日本にはないですね。夜、大人が楽しむ習慣が無いですし。開演21:00、終演22:30位にも関わらず、父親と小学生連れ、夫婦連れ以外に女性友人グループ、幼児連れ家族、などバラエティーに富んだ観客構成でした。

<イタリアの温泉とスキーリゾート>

友人から予てから行きたかったボルミオ温泉(Bormio、スイス国境近く)に一緒に行こうと誘いがありました。2000年前に発見され古代ローマ時代から愛された温泉の一つです。冬はスキーなどウィンタースポーツのリゾート地としても有名です。

まず、ミラノ中央駅から普通電車でティラーノ(Tirano)まで2.5h、駅前から連結している長距離バスで約50分でボルミオに到着。もう、雪山です。ボルミオ駅からはタクシーを電話で呼び、約10分位(€15)でバンニ・ベッキ(Bagni Vecchi)に到着。バンニ・ヌオービ(Bagni Nuovi)という別の施設あるので注意。

バンニ・ベッキは、山の中にポツンとあるホテルと複数の温泉施設を備えた自然色溢れた所です。勿論露天風呂も色々あります。古い温泉施設なので、何度も改装しておりとても迷路のように複雑な通路で、迷ってしまいます。

まずは腹ごしらえ。ビュッフェもあり別料金ですが、皆バスローブ姿で入浴合間に食事が出来ます。サラダ・生ハム・チーズ・数種類のスープ・フォカッチャ・デザート・ヨーグルト・フルーツ・ワイン・ジュースと盛り沢山でした。開いている時間内なら何回でも利用可能です。

食事後は水着に着替えて、早速展望の良いプールのような露天の風呂へ。友人のお気に入りだそうですが、日本人の私にはぬるい(35度位?)温度で、約2時間は浸かってましたが、温まるとは程遠かったです。でも、そこから眺望は言葉にはならない美しさで、雪の山々と素晴らしい天気で飽きない自然のパノラマを楽しみ、リラックス出来ました。そこにいた人々もため息の連続。スマホで写真撮りまくってました

陽が落ちたので、やや寒くなり室内のお風呂に移動。熱くはないですが丁度良い湯加減で他の外国人は「熱い!」と言ってました。それからサウナへ。42度位と62度と2種類あり、私は当然熱い方へ。誰も居らず、暫くすると10人位のガイド付きのグループが来て、ガイドはまず雪をサウナの石へ放り込み、アロマを振りかけバスタオルを頭上でくるくると熱い空気を廻して、アロマの香りを部屋中に漂わせアロマを3種類変えてました。お蔭でただ汗かくだけでなく、たまたま私もその趣向を楽しむことが出来ました。

外には色々な露天風呂があるのですが、何せ雪があるのでバスローブ姿でビーチサンダルで移動するにはちょっと難しいので止め、洞窟風呂や洞窟にある温泉の温度での自然サウナも体験して終了することにしました。

その夜はティラーノのB&Bに宿泊し、明くる日はボルミオのスキー場に行き、ゴンドラとロープウェイを乗り継ぎ3000mの山頂へ。360度の雪山のパノラマは絶景でした。好天で風もなく雪も結構あり、スキーとスケードボードを楽しむ人々を見て、思わず日本で若い時毎冬八方尾根や苗場、北海道などでスキーをしていたことを思い出し、滑りたくなりました。山頂にあるレストランで昼食を取りながら展望を楽しみました。

次回来るときは前日に宿泊して、明くる日に朝からボルミオ温泉で一日ゆっくり自然たっぷりの中で温泉に浸かって過ごしたいと思いました。お気に入りの場所になりました。

<カゼルタでのナターレ>

-朗読会のナポリ民謡-

ここ例年ナターレをカゼルタの友人の家で過ごしているので、今年も1週間滞在しました。到着した明くる日に、友人がマンドリニストの息子さんと歌手の3人で古いナポリ民謡を演奏するというので同行しました。これらの曲は殆ど日本では聞かれない珍しい美しいメロディと歌です。一体どういうコンサートなのかは、到着して主催者と話すまで知らなかったそうです。

最初は火の炊かれた電灯のない中庭で、詩の朗読のような語りがあり、その合間で演奏するといった進行が続きました。中盤以降に友人の説明から理解出来ました。古くから語り継がれるイタリアの寓話を古いナポリ弁で語る朗読会でした。ですから、即興演奏です。こういうケースは多いので、彼らは慣れています。

参加者および朗読者は20代の若者から年配者に至るまで様々で、各自が選んだ寓話の原稿を手にジェスチャータップリに語り、薄暗い中で友人曰くmagico(魔術的)な雰囲気で皆真剣に耳を傾けて聴いているその空間は不思議な世界でした。若い人たちがこういう趣向で昔話を語ることに、日本人の私としては日本には有り得ない世界を見たと思いました。日本にも寓話を語る世界はありますが大抵は老齢の人々です。

-巻き寿司講座実施-

明くる日は、息子さんの奥さんに以前私に「巻き寿司」の作り方を教えてほしいと頼まれ、「巻き寿司講座」をしました。一番大変なのが、寿司飯を作ることです。イタリアはリゾットしかないですから、白飯を炊くということが分からないので、ネットで写真付きのレシピにイタリア語の説明を追記し、ご飯と寿司酢の分量を表にして説明しました。なんと1kのお米をお鍋で炊きました。

やがて夕食会の始まる頃に彼女の妹さんと友人、お兄さんの彼女とか来始め、彼女達も作りたいというので指導しましたが、まあ自己流で作り始めるので寿司飯は押しつぶすし具は多く入れ過ぎるので切腹してしまうし、海苔の廻りはご飯粒だらけといった様でもう何を言っても難しいので出来上がってから私が綺麗に整えて、何とか綺麗に盛り付けました。彼らの両親たちは、特に女性は殆ど手を付けず(イタリア料理しか食べない)、父親達と若者達はもう喜んで食べまくってました。無事お米が上手く炊けて、ホッと一安心でした。

-教会ミサでの伴奏-

そして、翌日にはクリスマスイブの夜、友人のギターと私のマンドリンで0時からの教会のミサで歌われる歌の伴奏をするために、友人と7曲をアレンジと練習にほぼ1日費やしました。私は初めてなのでコンサートは異なる歌の伴奏を考えつつクリスマスの夜の晩餐後すぐ教会に向かいました。

イブの夜のミサの参加は初めてでした。約1時間半程の時間でした。イエス降誕なので籠にそっとイエスの人形が置かれました。司祭の説教と訪れた人々が代わる代わるに語り、その合間で合唱がありイントロを交えた伴奏を無事終えました。

演奏しながら思ったのは、コンサートと異なり歌詞と曲の繊細なハーモニーが私の演奏に不思議な気持ちが注がれました。アレンジを友人と考えたとき、友人が「歌が主なのであくまでそれを支えるハーモニーがふさわしい」と言ったことが正しいと感じました。マンドリンもギターも各1本なのでアンプに繋げ、フォルテもピアノもないので、あくまで繋げる音を出来るだけ繊細に柔らかい音色にすることを心がけました。

幸いオーケストラで普段演奏しているのと、ソロのレッスンをしているので、自然に音符の音の流れでギターとどう演奏するのかは分かりました。終了後上手く行ったことがわかり、友人と歌の担当者に褒められました。そして参列者の何人かの人が私達の所に私達の演奏が素晴らしかったことを伝えに来てくれ、暖かい気持ちになりました。

教会のボランティアの方々からも絶賛され、明くる日の朝のミサでも是非私に演奏して欲しいと言われとても光栄でした。この教会にはカゼルタに来る度に友人とミサに参加していましたので、何人かのカゼルタの方々とは顔なじみでしたが、今回のようにマンドリンでミサでの演奏により、私の存在を理解してくれたことはとても意味ある出来事だったと思います。

-ナポリ-

カゼルタからミラノに帰る日に、たまたまマンドリンの友人がご主人のナポリの家に前日帰って来ているので、寄りました。ナポリは何度か行ってますが、危ないといつも言われて殆ど観光したことがありませんでした。ほんの数時間ですが、新しく出来たナポリ中央駅から地下鉄(なんと地下4階で、千代田線みたいですね)に乗り、一駅にある彼らの家に行き、中心地を散策して勿論、水牛のモッツアレラとピッツアを頂きました。安くてびっくりです。このピッツエリアは地元の人が行くようでした。表にはピッツア生地で作ったプレゼーピオがありました。ナポリらしいですね。

そしてケーブルカーで高台に行き、ナポリとは思えないお洒落でシックな町並みでした。クラスが上の人々が住んでるそうです。ヴェスビオ火山と海が見渡せて、良い天気ではありませんでしたが、ナポリの風景を上から眺めて満足して列車に乗って帰り、私のナターレバカンスは終了しました。次回はもう少しゆっくりしたいと思いました。彼らの家は広いので安心して泊まれます。

<大晦日のハイキング>

今年の大晦日は日曜で天気が良い予報だったので、山の友人といつものカンツォ(Canzo)にハイキングに行きました。気温はまあまあでしたが、山頂へのコースには、友人曰く1週間前にはなかった雪がかなり積もっており、二人ともアイゼンは持参しなかったので、どうしようかと考えました。でも、他の登山に来ていたイタリア人とかの話しを参考に、天気も良く気温も高くなってきたので、雪が凍っていない明るい斜面を選んで山頂まで登りました。

山頂のほぼ300度の大パノラマは、雪を頂いた山々と空の青さと雲の見せる自然のキャンパスで、風もなく静かな贅沢な時間と澄み切った空気を沢山いただきました。さすがに雪の上でランチは止めて、近くにある山小屋に行き、持参したお弁当と温かいミネストローネスープを注文して体を温めることが出来ました。

雲の動きが速く、また冬季は陽が暮れるのが早いのと、雪の下山は時間がかかるので名残惜しいかったですが、ランチの後は直ぐに出発することにしました。もう青い空はかなり雲に覆われていて、気温も下がって来ました。

雪の下り斜面は滑りながら下りるといった風で、崖に滑り落ちない様、また石場では転んで怪我をしないようにストックを慎重に使いながらの、疲れる下山でした。2度程危ないシーンがありましたが、幸い擦り傷程度で済み山道入口に着いたときはホッとしました。慣れている友人も靴がかなり滑っていたので、疲れたと言っていました。

その夜は大晦日なので、一昨日におでんを仕込んでおいたので、その友人を誘ってビールと一緒に頂きました。イタリアでおでんを作ることは以前は思っていませんでしたがなんとかそれなりの食材はあるので、ハイキングあとの温かいおでんは友人も喜んでくれました。

そして、TVのカウントダウンが始まると、私のアパートの角では恒例の爆竹と花火が派手に打ち上げられ、大音響のお祭り騒ぎで(これも近くの中国人達が勝手に打ち上げていて、誰も苦情など言わない)、発砲ワインで乾杯して楽しい祝宴を終了しました。

その友人の話では、以前フィレンツェに住んでいた時、2000年のミレニアムでは信じられない大騒ぎで(日本ではそこまで騒がない)、なんとその年度が変わる瞬間に皆窓からビール瓶やシャンパン瓶を道路にバンバン投げ、当然怪我人や死亡者もあったそうで、明くる日はフィレンツェの街中の道路が、ガラス瓶の破片だらけになり、最も呆れて驚いた事件だったそうです。どこかの国でトマトを投げ合うお祭りとか見たことがありますが、ガラス瓶を窓から投げ落とすなど考えられないことですね。ぞっとしました。

「イタリアマンドリン通信」 
<ギターコンサート鑑賞><あるメンバーの悲しい旅立ち><巻き寿司講座参加><映画上映の故障とリベンジ>

mandorin-banner1
<ギターコンサート鑑賞>

ギターマエストロからギターソロのコンサートを勧められ行って来ました。17:30開演で初めて行くホールでしたので、慎重に早めに家を出ました。もう陽が短くなっているので暗くなるのが早く、日本とは違い、明るい所が少なく(余程の町中か大通り沿いでなければほぼ暗い)見つけるのが大変なのです。

なんとか辿り着いたのが開演ギリギリ。約500人位収容のホールでしたが満員で熱気溢れる雰囲気が意外でした。暗がりでよく見渡すと、ギターを持った若い男女が沢山おり、驚きました。マエストロ曰く、有名なギター奏者でマスタークラスも同時期に開催しており、その為だとのこと。でもクラシックギターを弾く若い人がこんなにも居るのか(そこ見ただけで判断は?ですが)と思いました。

その夜のコンサートは現代曲が多く、私には少し分かりにくいものでしたが、イタリアのクラシックギターの世界は新鮮でした。来年2月迄はいくつかのギターコンサートがあるのでマエストロと相談しつつ行こうと思っています。

<あるメンバーの悲しい旅立ち>

Armonia in Pizzico(アルモニエ・イン・ピッチコ)のベースギターのEは、長く患っており、それでも音楽活動に参加していましたが、今年の1月のコンサートを最後に参加不可能になり、自宅療養をされてました。マエストラの西山さんからは、かなり悪い状態と聞いておりましたが、ある朝、突然の訃報に大きな悲しみとなりました。

練習には参加出来ないものの、グループのWhatsApp*には始終チャットに参加、ウィットに富むお茶目な発言をしてくれ、まさにいつも活動に参加している気にさせる会話で、心配している皆を和ませてくれる存在でした。

私にもいつも優しく声を掛けてくれた、温かい心の澄み切った謙虚な方でした。ご本人の意志で正式な葬儀は望まずに親しい友人だけの密葬を望まれておられ、その場で最後のお別れの演奏を私達にしてほしいとのことでした。

当日の寒い葬儀場には約100名は超えると思われる彼の親しい友人達が集まりました。メンバーの殆どと親しいギタリストも参加して、私達Armonie in Pizziocoの音楽で見送るといった悲しいけれど、彼が望んでいた送り方が出来たと思います。今年5月にCD録音をして、もうすぐ出来上がるという直前の出来事でした。そのCDを是非手にして聴いて貰いたかったと全員が思っています。

<巻き寿司講座参加>

北イタリア日本人会の中の「なでしこ会」企画の「巻き寿司講座」に参加しました。場所は、ある素敵な和食レストランで、マエストロは勿論日本人シェフ。期待して臨みました。最初にシェフが行程を説明しながら、あっという間に見事なお鮨が目の前に並び、皆歓声とため息の連続。

奥のキッチンで実習開始。まず、裏巻き→細巻き→握りと進みました。用意されたのはマグロ赤身・サーモン・ブリ白身・エビ・飛子・キュウリ・アボガドと豪勢で新鮮な食材でした。ミラノの評判の良い噂通りの信頼できるお店です。

皆さん、和気あいあいと巻きずしに取り組み、奮闘し、そして終わりには素晴らしい出来栄えのお寿司が食べられ、とても満足の様子でした。人気講座と聞いておりましたが、その通りでした。

最初、中々思うような手際でなかった参加者を従業員の皆さんの親切な気配りとヘルプもとても素晴らしいものだと思いました。

今回の巻きずしで感じたことは、かなり美味しかった寿司飯です。寿司はネタも大事ですが、ご飯が大事だと思っています。イタリアでは信頼出来る日本人シェフのお店だけしか行きません。生魚の質と味が日本とは異なりますし、釣ってからの流通行程が信頼出来ません。

私が今回この講座に参加した理由は、ナターレにカゼルタの友人の家のお嫁さんから、巻きずしを習いたいとのリクエストがあったからです。今までは自己流でしたが、人に教えるとなるとさすがに基礎を学んで、コツを身につけたいと思ったのです。今回しっかり教えていただいたので、その日に備えイタリア語のレシピを作り(お米の炊き方から教えねばならないから大変!)、臨みたいと思っております。寿司マエストラと呼ばせてみたいです(笑)。

<映画上映の故障とリベンジ>

ある日友人と映画鑑賞に行きました。平日の午前中ですから観客はシニアの方(我々も)が多いです。イタリア人は携帯を切らない人が多いですから、時折上映中に電話の音が鳴ります。通常は誰かが「Silenzio!静かにして!」と言うのは当然ですが、この日は私の2つ席となりのかなりの老齢男性が電話に出て会話を始めました・・・ブーイングは少しありましたが本人無視。この方は、映画上映開始に遅れて来て、何と席に座る途中の階段で携帯で話しながら到着してましたから、有り得ると思いました。他にも携帯で話す声が聞え、この日は最悪でした。

暫くして、またこの年配男性携帯取り出し、SMSをチェックし始め嫌な予感。すると突然映画画面が中断し、画面が消え、照明が点きました。皆騒然。何のアナウンスもなく、5分少し経過。係員が階下に登場。「放映器が不調で今暫くお待ちください」と言いました。また10分位して照明が暗くなり、放映が開始されました。この中断最中にこの男性またもや、携帯掛け始め、私の友人が見かねて「止めて欲しい」と言うと、「今映画中断しているのだから構わないだろ?」と止めません。いやはやこの方、何しに来たのか?ただの暇潰しとしか思えないですね。

ある友人曰く「イタリア人に携帯電話を持たせたのは、大きな間違いだ!」納得です。地下鉄・バスなどの公共交通機関内、レストラン・バール、歩きながらと常に携帯で話しながら・・・という人が多いです。最近はイタリア人に限らず他の移民風の人々(中国人も)も同様の光景が多くなりました。大きな声ですから、内容はあからさまに分かります(イタリア語の場合)。大抵は母親・恋人と言った近い関係ですね。余りにうるさいとその場をすぐ離れます。音楽やPCで映画等の場合はイヤフォンしているのに、自分で話す言葉が騒音だと気付かない所が不思議ですね。

映画が再開しましたが、まだストーリーは終盤にかかるころ?またしても中断。皆「Oh, no~!」さすがに今回はすぐに階下に係員現れ、「故障で直る見込みがないので、映画は放映出来ません。従いまして映画代は全額返金致します」と。。。友人曰く、「何年もこの映画館に来てるけど、こんな事態は初めて」と。呆れて家に戻りました。ランチのあと、この友人から電話あり、別の映画鑑賞の提案。互いに見たいと話していた映画の誘いでした。今日は映画代が返金されましたので、映画リベンジということで、他の映画鑑賞をした日でありました。

編集部注)*WhatsApp:LINEのようなスマートフォン向けメッセンジャーアプリ

「イタリアマンドリン通信」
新しいシーズン開始、北イタリア日本人会の秋バスツアー、不運な出来事連発の日

mandorin-banner1
<Armonie in Pizzico 新しいシーズン開始>

ブレイシャのグループ、アルモニエ・イン・ピッツィコ(Armonie in Pizzico)の新しいシーズンが始まりました。今回はミラノオーケストラの友人、タチアーナ(Tatiana)がマエストラみきさんとのレッスン前日のわれらのグループの練習にも参加したいとのことで急遽、彼女はブレイシャにホテルを取り、金曜日に一緒にブレイシャに行きました。

彼女とはミラノオーケストラでいつも隣同士で弾いており、色々マンドリンに関するお互いの意見交換をする間柄です。かねてより、バロックのマンドリンデュエット、ギターとマンドリンデュエット、カンツォーネ・ナポレターナの演奏等を一緒に演奏したいプログラムを考えていて、車中そんな話で盛り上がりながらブレイシャに到着。

今回のグループ練習は、新しい曲を試す機会でした。初参加のタチアーナも初見の楽譜を見ながら楽しく演奏していました。長いバカンスを終えての再開のせいか、皆久しぶりの仲間との演奏に古い曲も次々とリクエストが上がり、気分良く盛り上がり、楽しい時間を過ごしました。

タチアーナも、ミラノオーケストラとは異なる雰囲気と曲目にやや興奮気味に、気軽にお喋りしつつ、皆でワインで乾杯しました。初参加ではありましたが、皆とも打ち解け、また彼女の望んでいるレベルの演奏であったようです。また次の機会に参加したいとのことで、今回の初参加は成功であったと思いました。

彼女はミラノ近郊のモンツァ(Monza)在住で、ブレイシャへの宿泊を伴う参加はかなり負担がかかると思いますが、マンドリンにかける思いは熱く、その意欲には頭が下がる思いです。そんな友人とイタリアでマンドリンを通じて出会えた幸せを感じます。

<北イタリア日本人会の秋バスツアー参加>

10月中旬の日曜日に、北イタリア日本人会のバス旅行に参加しました。参加者は40名程で、天気も良く暖かい旅行日和でした。

今回はヴェルディのオペラ「リゴレット」の舞台、また世界遺産の町として有名なマントヴァ(Mantova)です。以前から行きたかった所ですが、距離的には近いのですが、電車で行くには乗換が不便な所ですが、今回はバス旅行なので参加しました。

この町は以前4つの湖に囲まれた島でヴェネツィアのようだったそうですが、18世紀にオーストリアに占領されたときに、一つの湖が埋められて現在の3方を湖に囲まれた美しい町になりました。

「15~16世紀にかけてマントヴァは侯爵領となり、続いてコンサーガ公国となり、経済発展とルネッサンス文化・芸術の花咲くヨーロッパ第一級の都市となる。ゴンザーガ家は宮殿をより美しく壮麗に拡大し、隣国フェッラーラから嫁いだイザベッラ・デステによって、その芸術的隆盛は彼女の「教養高い、マントヴァ侯爵夫人」としてイタリアのみならず、ヨーロッパ宮廷からも尊敬され、法皇までもが彼女に一目おいたとされる。」(地球の歩き方から抜粋)

オペラのリゴレットは最初、フランスの王国を舞台としていたそうですが、余りに内容が道化なので、反対されてこのマントヴァ公にすり替えられたとか。不名誉な話ですね。

メインの見学はマントヴァのシンボルと言われるドゥカーレ宮殿、ここは事前予約となっており(最近どこも事前予約が必要な場合が多い)、2組に分かれて見学をしました。壮大な屋敷で部屋が500近くあり、召使の部屋も含めると1,200以上あるとか・・・ 宮殿入口は2つあり、一つは塔になっており、来客が馬にまたがったまま登る低い幅のある階段を、私たちも登りました。もう一つの人間用の入口の階段はやはり幅広く低いのですが、これは、パバーナというダンスを踊りながら登るためのものだとか。なんとも優雅な光景だったでしょう。その踊りやメロディーは、その後ヨーロッパにも伝わり流行り、様々な影響を与えたそうです。今回のガイドさんは歌が上手で、その歌や踊りをいくつか披露してくれました。

宮殿内部は様々な芸術作品が展示されており、特にマンテーニャが描いた有名な「結婚の間」にはゴンザーガ族が描かれており、やや上から見下ろすその絵からは視線が全く下を見ておらず、いかにも権勢を誇った生活だったのだろうと想像しました。

楽しみにしていたお昼のランチは豪勢で、フルコースの熱々料理は中々美味しく満足の行くメニューでした。特にカボチャ料理が有名で、伝統料理のトルテッリは絶品でした。「どれも新鮮でとても美味しかった」とお店のサーブしてくれた方にお礼を言いました。団体でのお料理では珍しいと思います。

余りに沢山の料理にワインを飲み、また時間もかかったので(2時間)そのあとの時間もなくなり、お腹をこなすために湖畔を散策して、ミラノに戻りました。観光客が多く、また狭いので道路の渋滞がひどく、出来れば余り観光客が少ないと思われる冬の平日が良いかなと思いました。またゆっくり訪れたい町の一つです。

<Musica Poesia 新シーズン開始>

昨年から会員になった、毎月1回ミラノ市内の美術ギャラリーで開かれるクラシックコンサート組織「ムジーカ・ポエジア(Musica Poesia)」の新シーズン開始に伴い、プレゼンテーションがありました。会員のみのプライベートな催しで、スカラ座近くにある、大きな建物1階にある銀行のエントランスで開かれました。

主宰者のご夫婦はピアニストでお二人のピアノ連弾演奏、昨年のコンサートでも出演された、テノールとソプラノ歌手のお二人のオペラ曲を鑑賞しました。その建物は古い立派な建物で、天井も高くエントランスは広く音が響き渡り、舞台とは異なるゆったりとしたものでした。

コンサートの後は、アペリティフが用意され、しかもラザニアとリゾットのオーブン焼きという暖かい料理まであり、音楽を心地よく聴いた後のお酒で寛ぎ、歓談する贅沢な時間でした。今回友人を誘い、次回の新シーズンから参加することになりました。

平日の17:30から、中心街にある銀行内のエントランスでコンサートを開けること、一般人がそこに入場して鑑賞出来、アペリティーボでお酒とお料理をいただくなんて、日本では考えられません。コンサートは出来ても、一般人が出入り可能な大きなビルのエントランスが限度です。こういうヨーロッパの音楽に関する緩やかさというか理解が魅力に感じることの一つです。

<不運な出来事連発の日>

ミラノオーケストラの仲間はある夜のコンサート会場で、前のプログラムのダンス発表会が終わるのを待っていました。突然、誰かが倒れたらしく、救急車が来て、暫く救急対応しましたが、残念なことにその方は亡くなったようでした。結果その夜のイベントは中止となりました。救急車が急いで立ち去らなかったのでおかしいなと思ってました。知り合いを4人呼んでいたので残念でしたが、重苦しい気分で皆帰ることになりました。その方のご冥福を祈るばかりです。

そしてトリノの友人の話。
このコンサート前日、バスでスリにあい、それも検札でチケットを見せようとバッグを見たら無いことに気づいて、結局無賃乗車で€90の罰金を課されました。彼女は盗難二回目です。一度目はミラノのトラットリアで、全ての貴重品が入っていたバッグを置き引きに遭いました。今回はバスの中で40~60代のグループだったとか。自分の不注意に呆れてましたが、バスは特にスリが多く、揺れるし混んでいると全く気付かないと思います。私は一度スリに遭ってから、バッグには€20以下の現金しか入れず、それも財布ではなく小さいポーチにしてます。チケット類は別のパス入れに。他の現金やクレジットカードは直接体に隠しています。兎も角、危険を分散しないと掏られたときのショックが大きいからです。皆に勧めていますが、自分は起こりえないと思っている人が多く、被害に遭ってから反省する場合が多いです。

そしてコンサートの有るはずだった夜、私のイタリア語の先生の家の車が盗まれ、なんと翌朝2時に彼女の自宅から近い場所に放置されていたのが見つかり、カーステレオ、座席などすっかり盗まれたと。タイヤは付いていて良かった。新しい車だと唖然とするほど取り外して盗んで行きます。幸い盗難保険掛けてたから良かったそうですが、いずれにせよ不愉快極まりない不幸な事件だったと思います。イタリアでは家には駐車場がなく、自宅前の専用路上に駐車している場合が多く、いつも危険だなあと思って見ています。

「イタリアマンドリン通信」
スカラ座でのコンサート音楽鑑賞、ジェノバへのギターレッスン、南イタリアでの演奏参加

mandorin-banner1
<スカラ座でのコンサート音楽鑑賞>

今年1月の「マダムバタフライ」以来、半年ぶりでスカラ座のコンサートに行きました。やはりスカラ座は独特の雰囲気があり、そこに座っているだけで高揚感を得られます。3階の桟敷でしたが最前列でしたので、良く見え、とても楽しめました。

今回はスカラ座専属のオーケストラではなく、若手中心の奏者のオーケストラで、演奏曲目も現代風で、エネルギー溢れるダイナミックな演奏でした。こういう曲を演奏するのも、古典とはまた異なる感性が必要で、彼らの若い音楽性を見られる気がしました。

特に気に入ったのは、アメリカのジョージ・ガーシュウィン作曲のピアノとオーケストラのための「ピアノ協奏曲 ヘ調」でした。彼はポピュラーとクラシックの両面で活躍し、現代アメリカ音楽を作り上げた作曲家として知られています。

ピアニストはフランス・リヨン出身で、このアメリカ風の協奏曲を見事な弾きっぷりでの演奏でした。とてもお洒落ないでたちで、なんと靴はシルバーのピカピカの銀ラメでした!似合ってましたね~ アンコール曲はロマンチックな流れるような曲で、素敵でした。

ガーシュウィンの名曲「ラプソディ・イン・ブルー」を、2008年にロシアの楽器ドムラ(*1)演奏者をソリストに迎え、日本のあるマンドリンオーケストラで演奏したことを思い出しました。クラシックとは異なる、ポップス調のテンポと展開が慣れなくて難しかったですが、良い思い出です。また弾いてみたい気がしてきました。

<ジェノバへのギターレッスン>

ギターは私が10代の頃、フォークソングをコード進行のみの自己流で弾いてました。その後、30代で約2年、クラシックギターを習いましたが、難しく断念しました。改めてまたギターを始めようと、2015年ミラノの音楽学校に入学し、ここでギターのレッスンを始めて2年が経過しました。

先生はクラシック専門ではなく、生徒の年齢も低学年児童から年配までと幅広く、クラシックギター、ポピュラー音楽、エレキと様々なジャンルの指導をしている先生です。ですから、余り厳しいとはいえず、気楽に音楽を楽しむという路線で今までレッスンをしてきました。

今年5月に無理な姿勢で弾いたせいで、左肘を痛めてしまい、約3か月位休まなければなりませんでした。そこで正しい姿勢と弾き方をきちんと身につける必要性を感じ、9月からの新学期に先立ち、自分のギター演奏の方向性を定めようと思いました。自分には何が欠けていて、どういう練習が必要か?ここでしっかり認識する必要を感じたのです。

上達するにはクラシックの基本による正しい基礎練習が必要で、クラシック専門の友人であるジェノバ在住の日本人の先生に相談することにしました。

私の考えとやりたい方向を先生に説明してレッスンを開始しました。日本語で疑問と意見を言い、それに対して示して貰えたことは有意義だったと思います。実際に先生の前で演奏後、「全く持って駄目で言わなきゃならないことが有り過ぎる」との発言も真摯に正直に受け入れることが出来ました。

まず左手の構え・指板の指の置き方・角度を修正され、また姿勢と椅子の座り方・脚の開き・足置きの位置等は、日本の友人女性ギタリストとスカイプを通じての指導。なんと先生2人がかりでのレッスンでありました。右手がこれまた大事で、良い音を出すには手の弦をつま弾く角度が間違っており、修正した途端に音が良くなりました。

曲を弾く前の基礎楽譜を数十分間試しただけで、かなり今までと違う成果が得られました。これこそ私が知りたかったことで、大満足でした。基本はクラシックで練習しないとまず上達しないとのこと。これも分かってはいましたが、どの時代の誰の曲が良いのかが分かりませんでしたので、これも理解出来ました。

これで、家に戻って言われたことを実行してみると、以前と比較にならない程良い演奏となり、また痛めない様に力を抜いて、正しいフォームと左手の構えを色々試し始めました。

<南イタリアでの演奏参加 カンポバッソ>

親しいカゼルタ(Caserta)の友人から、カンポバッソ(Campobasso)とベネヴェント(Benevento)でのコンサート演奏を誘われて、9月中旬に参加してきました。カンポバッソはモリーゼ州の町で、ミステリ(*2)というある宗教祭事にまつわるある美術館内でのコンサートでした。

コンサート開始に伴い、司会者が主宰者紹介、そしてこのミステリの歴史の説明を、ある教授が話し始めました。
長い。。。。。。
いつ終わるのかと待ち続けましたが、彼は数ページに渡る書類を持ちながら話しており、終わる気配はありませんでした。

指揮者によると「5分で」と言ったにも関わらず・・・とのことでしたが、結局30分もかかりました。もう、私達演奏者は集中力が低下し、観客の目つきと態度もあからさまにイライラしている様子でした。このお蔭で、30分以上も終演時間が遅れましたが、演奏自体は上出来で観客は大喜びで大成功でした。

そしてこのコンサート終わったあと軽くピッツァでの打ち上げだったはずが、このオーケストラの専属ソプラノ歌手の家に夕食ご招待という聞いてない話。その家は市内から遠い農家でした。

初めての家ですし、どんな料理が出てくることになるのかは想像出来ないまま、沢山の料理が並べられ…びっくり!でも毎年飼っている豚を家族総出で作ると言う生ハム、パンツェッタ、サルシッチャ、サラミはかなり美味しかったです。

しかもデザート・フルーツ・カフェが続き、(いつ帰れるのか?) またまた時間が気になるも現地在住組は全然そんな気配なし。カゼルタに帰るには車で1時間半はかかる距離。いつも通り長いイタリアの夜でした。

<南イタリアでの演奏参加 ベネヴェント>

その明くる日はベネヴェントで夏のお祭りの出し物の一つで、ナポリ民謡の歌手の伴奏をマンドリン2名とギター1名のトリオで行うというものでした。これが大変だったのです。

事前に友人から録音が送られて見ると、なんと20曲以上もあり、譜面なしで練習しました。

マンドリン友人が起こした譜面があるらしいのですが、全く初見では不安なので頭に入れていかねばと。そしてなんと、出発前日にイベントプログラムが送られてきて、見たら3人だけで演奏するのが2曲も追加になっていました。

友人の家について、早速練習開始。曲が多いので1回では終わらず、カンポバッソ コンサート当日の午後と明くる日ベネヴェントでコンサート当日午後と全部で3回音合わせしました。

毎回幾つかの譜面が変わり、実際当日弾けるか不安で一杯。しかし友人は「大丈夫、大丈夫」と。実際当日舞台に立つと、観客の視線と耳は歌手に集中しており、われら伴奏グループへの関心はそれ程でもない様子でしたので、ちょっと一安心しました。

今回も、歌手の曲説明が長く、時間が押してしまい、結果的に我らの演奏が1曲、あと5曲位キャンセルとなり、曲の順も変わり、後半にはどこをどう弾いたのか後で余り記憶ないようなことになりました。夜外の舞台で寒くて指が冷たくなりましたが、観客は盛り上がり、大喜びで無事終了しました。ナポリ民謡は人気あるんですね。

あとで感じたことですが、正しく弾くというよりも流れと曲に乗ることが大事だと言うことでした。面白かったので、またやってみたいです。

(編集者注)
(*1)3本もしくは4本のスチール弦と丸い共鳴板を持つロシアの弦楽器
(*2)キリスト生体の祝日(聖体節)のお祭りの日に、宗教劇のワンシーンを、主に聖母マリアの守護エンジェルとデビルが主人公となって扮装して、神輿のように、その主人公たちを担いで町の中を行列する伝統的な催し

「イタリアマンドリン通信」
<夏季限定ミラノ 古楽コンサート><ティレニア海での滞在><素敵な少年との出会い>

mandorin-banner1
<夏季限定ミラノ 古楽コンサート>

ある日の午前、オルガンの古楽コンサートに友人に誘われて行きました。内部のフレスコ画が見事で、ミラノ在住長い友人曰く、「かなり長い間修復してたわ。こんなに見事になったのね~」と感慨深い様子でした。

更に奥の部屋に移動。そこは、COROと呼ばれる教会主祭壇背後にある聖職者祈祷席の部屋でした。その部屋にもフレスコ画がびっしりで、2階には立派なパイプオルガンがありました。その日のコンサートはオルガンでしたが、まさかパイプオルガンとは思っておらず(教会ですからパイプオルガンなのですね)、期待に胸が高まりました。

実際に教会でオルガン演奏を完全に聴いた機会がなく、様々な音色を変えて演奏することを初めて知りました。この素晴らしい重厚な音色のパイプオルガン演奏と、長年の修復を終えた見事なフレスコ画を見ながらのロケーションの素晴らしさ、身近に気軽に楽しめるイタリア古楽を聴く機会を嬉しく感じました。臨場感溢れる体験でした。

数日後、ミラノ音楽院と隣接している教会の奥の部屋でリュート四重奏のコンサートがありました。多分普段は入れない場所と思われます。リュートにふさわしいこじんまりした、これまたフレスコ画と絵画で囲まれた美しい部屋でした。その正面に用意された舞台は、その昔、このように音楽を楽しんだのではと思われ、その時代にタイムスリップする場面でした。

先のミラノ音楽院の隣の教会ではなんとパイプオルガンが2つありました。最終日でもあり、かなりの人出と判断し1時間前から並びましたが、今までとは異なる規模のコンサートでした。イタリアにしては主宰者側の対応が完璧で、列の並びと入場手順がスムーズな観客の誘導でした。

祭壇前の狭い場所に指揮者のチェンバリストを含め、15名編成の若い奏者中心の古楽アンサンブルでした。チェンバリストは演奏しながらの指揮で、演奏者はチェロ、リュート以外は立っての演奏でした。友人曰く、『この時代はこういう形態での演奏があった』そうです。私は初めてでしたので、とても興味深いスタイルでした。

曲目は1700年代から1800年代までのバロックで、Concerti Grossiというこの時代に試された、ヴァイオリンパートのソロとその他の演奏を交互に浮き上がせるスタイルで、ヴァイオリン奏者の演奏も長いソロの妙技に観客を圧倒されました。15人編成で若い奏者が中心でしたが、そのダイナミックな演奏とそのレベルの高さに驚きました。

今回全部で4回ミラノ古楽コンサートに行きました。どれもまず日本では見られない環境でイタリア美術に囲まれながらの音楽鑑賞でした。イタリアの古楽文化の深さ、日本人の私には距離のある優雅な曲の数々…ため息の連続、素晴らしい体験でしたし、少しでも音楽性を学べられていたらと9月からの自分の活動開始に向けて期待したいと思います。

<ティレニア海での滞在>

2002年5月に、私は初めてフィレンツェのイタリア人女性の家で1週間のホームスティをしました。そのホストマザーとはそれ以来のお付き合いで、2007年にも3か月留学でもお世話になりました。彼女は日本にも旅行で訪れて、私の自宅にも招いて数日小旅行と観光案内し、良い思い出となっていました。

2014年からイタリア暮らしを始めてから、まだ彼女と会っておらず、早く会いたいと思っておりましたので、7月から8月中旬まで、いつも彼女が過ごすティレニア海の別荘に今回、呼ばれて数日滞在しました。

駅に着くと満面の笑みで迎えてくれ、車の中でも話がとどまることなく続きました。以前にもその別荘に滞在したことがあり、懐かしい思いでした。建物は全部綺麗に改装されており、ホテルのコテージの用でした。かなりお金がかかっただろうと思いました。

彼女曰く『その家は古かったし、自宅のあるフィレンツェの夏はかなり暑いし、町は観光客で溢れて年々居心地は余り良くないので、夏だけでなく、母親の実家にも近いその家に年間度々滞在する気持ちになって、思い切って綺麗にした』とのことでした。毎日3回はお母様に電話をし、無事を確かめ、お喋りして楽しませている彼女を尊敬しました。近くに住むお兄様も今は年金生活なので毎日母親の家に行って、助けているそうです。中々出来ることではありません。イタリア人の家族の思いやりの深さを感じました。

ある日の夕食だけ、私がお礼の意味で材料持参した「野菜の五目寿司」と「干しシイタケと素麺のすまし汁」を作って振る舞いました。イタリアのInsalata di riso と似ていますので、和食を食べたことのない彼女のパートナーも大丈夫だろうと。和食が好きで野菜系の彼女のことを思って作った五目寿司は好評でホッとしました。

帰る前日、私が最初にフィレンツェに留学した時に、何度かお会いした日本人女性の友人が、海に来た帰りに立ち寄られ、お互いに喜び会いました。もうかなり長い事会っていませんでしたので、お互いとても嬉しかったです。

その日本人女性が結婚するときに、私のフィレンツェのホストマザーの家から花嫁支度をして、結婚式に向かったそうです。そしてホストマザーのパートナーがその日本人の父親役を仰せつかり、結婚行進曲が流れる中、式場で花婿が待つ祭壇まで花嫁を導いたとのこと。ああ何て素敵なシーンだったでしょう。是非見たかったですね。思い出すように私に話してくれました。「彼女の家からお嫁に出たかった」と。家族同様のお付き合いの彼ら、そして今彼女の小さな息子さんにとって彼らがNonno(祖父)、Nonna(祖母)になっている姿を微笑ましく見ることが出来ました。

<素敵な少年との出会い>

前回のマンドリンサマーキャンプに、13歳のギターを弾く少年が初参加で来ていました。すらっとした容姿、透き通ったブルーの瞳、金髪もう一目でお気に入りマークを付けました(笑)。マダムキラー(古い?)と言うのでしょうか・・・ 通常はこの位の年齢でしたら当然保護者(母親か父親)同伴での参加ですが、何回か近くのテーブルで食事をしましたが、見当たりません。本人に尋ねると『独りで参加』で母親は送ってきて帰ったとのこと。びっくりしました。

レッスン時は兎も角、殆ど大人が参加者である中、彼に近い年齢の青少年は一人のみ。しかし彼はその少年とも常に一緒という訳でなく、あえて毎回異なる大人たちの中に交じって、笑顔で会話をしているのでした。

ギターのマエストロとも親しくかなり長い時間色々な話題の会話をしておりました。つまり、マエストロがある話をするとそれに対し自分の意見や会話をしているのです!まったくもってひるまず、子供っぽさとかはなく、一人前の会話をしているのです。

イタリアでは、割と少年少女は子供っぽく幼い場合が多く、母親は特に息子に対しては溺愛する傾向があり、今回のように大人びた13歳は珍しく驚きでした。

そして、私の先生(女性)も同意見でした。たまたまそこにその少年が通りかかったので、私の先生は彼を呼び止め「私達はあなたのファンなの♡。後で一緒に写真撮りたいけど構わない?」と言ったら、笑顔で「勿論!」と。。。その後、度々ホテルや練習場所ですれ違ったり、顔が合うと何ととろけるような眼差しと笑顔を返すのには参りましたです。もう一人前のイタリア男性ですね~。最終日の発表会もしっかりと演奏をし、その度胸と自信には脱帽でした。見習わねば。

そして、やっと彼とのショットを撮る機会を得て、私と先生はその写真でデレデレの笑顔で収まったのでした。あ~あ良い夏の思い出です。。来年も参加してくれるのを密かに期待しつつ。

「イタリアマンドリン通信」
<サマーキャンプ><Concerto della Musica Antica><ミラノの道路清掃と騒音>

mandorin-banner1
<マンドリンサマーキャンプ>

毎年恒例となったモデナのグループ主催のマンドリンサマーキャンプ、今回は3回目の参加となりました。前回まではGaiatoというモデナの郊外でしたが、今年はモデナから約1時間程のゾッカ(Zocca)という小さな山の上の町で行われました。

音楽とイタリア語会話の5日間の嵐の中、マエストリ(先生)3名のコンサートが14日夜に、そして最終日は参加者の発表会とファイナルコンサートでした。毎日練習した成果を発表しました。私はミラノオケの友人とデュエット、ソロで先生のピアノ伴奏で演奏したかった曲を披露しました。

ソロは最初どうしても上がりましたが、直ぐ慣れて演奏出来ました。皆いい曲だと褒めてはくれましたが、まだまだ反省点が多く、引き続き練習が必要だと感じました。今回別なイタリア人のマンドリンのマエストロの指導があり、また違った観点があり、収穫がありました。

ホテルは三ツ星でしたが、設備とサービスはとてもそれに達するレベルではなく特にマットレスが柔らかすぎて、体が休まらず、またシャワー設備も悪くて寛げる環境ではありませんでした。レストランの食事はまあまあでしたが、時間が掛かり過ぎ、休憩する時間がなくなり、かなり疲労が溜まりました。同室のイタリア女性は途中からマットレスを床に敷いてました。しかもある朝は3:00頃、近くのディスコの大音量の音楽で起こされました。あんな小さな町でこんな騒音に会うとは思いませんでした。。。

<サマーキャンプ終了後のアペリティーボ>

ある参加者の家(生家)がゾッカの近くにあり、最終日のコンサートが18:00で終了後、サマーキャンプの参加者からアペリティーボに招待されました。私は当初モデナまで車で送って貰い、そこから電車でミラノに帰る予定が、ミラノオケの友人が自宅まで送って貰うことになりました。成り行きからアペリティーボにも参加することにもなりました。予定はすぐに常に変わるのがイタリアです。自分の思うようにはなりません。。

その家は大きく、庭は広大で招待されたメンバーの車約7台がなんと入口からの敷地に全部駐車出来たのでした。庭にはなんと樹齢数百年と思われる大木が何本もありました。

用意されたアペリティーボは、ワイン、スプマンテ、生ハム、サラミ、インサラータ・ディ・リゾ、グリルしたサルシッチャ、フルーツ、手作りのデザートと盛り沢山でした。そのご家族の温かいもてなしに、皆とても寛げてお喋りと楽しい時間を過ごすことが出来ました。このご家族はミラノ在住で、毎週ミラノオケの練習後いつもご主人が私を自宅まで送ってくれる方で、このマンドリンのサマーキャンプ中も練習を一緒にして過ごしました。

20時過ぎ、帰りの挨拶が続き、これが長く約30分以上かかり中々出発になりません。いつもどこでもそうですが、時には数時間にもなるとか。送って頂けるのは有り難いのですが、遅くなるのが気になりました。車で約3時間はかかると思いましたから。「ユミコ、ミラノまで車で送ってもらえる君は幸運だよ!」とあるメンバーから言われましたが、ホントは電車で早く帰りたかったけど、そうは行かないのがイタリア。

以前は、私は余り会話が続くほどのイタリア語ではなかったのですが、参加3回目ですから親しくなると当然会話が増え、頭がず〜っとイタリア語モードでしたからかなり疲れが溜まりました。会話長いですから。。帰りの車中も、寝ようと思ってワインをかなり
飲みましたが、後ろの席で、隣に座った女性の孫の写真を沢山見せてくれ、説明続き、飲んだワインで眠気をこらえてコメントするのが大変でした。しかし、よく喋る!

マエストラの西山さんも、あるメンバーがブレイシャの家まで送って貰うことになり、後で聞いたら、到着するまで(3時間)喋りっぱなしだったとか。。。その彼はいつも話が長いのを知ってましたから、私は同乗しないで良かったと胸をなで降ろしました。モデナ→ブレイシャ→ベルガモ→レッコ(彼の家)まで一体何時間掛かったのでしょうか?5~6時間位かな?イタリア人は遠回りでも気軽に送ってくれます。全く親切です。車の移動が当たり前なイタリアでは、7時間車で移動も普通です。勿論大抵一人で運転です。それも決して若くないのです。70歳超えていても車の運転は現役です。日本じゃ有り得ない。

ミラノに23:30に着き、やっと自分のベッドで快適に寝られました。今回、ホテルではイタリア人女性と相部屋でしたから、合間も会話は続きあまり休めませんでした。イタリア人は本当に夜が強い!ついて行けませんです。。でも、参加者とは親しく更に打ち解けて、秋にモデナでコンサートあるから一緒に弾こうと誘ってくれました。

<Concerto della Musica Antica>

フルートの発表会で知り合ったピアニストの女性から、毎年6月から8月の間にミラノのチェントロにある、主に教会での古楽のコンサートが開かれることを聞きました。早速調べてみると、かなりの回数がありました。

チェンバロ、チェロ、ヴァイオリン、オルガンなどの器楽演奏と合唱のコンサートで、この催しは6年目。セミナーとコンサートや、チェンバロの国際コンクール、そのあと優勝者のコンサートもあり、チケットも€10~€15で安く、一部は無料でロケーションもDUOMOやSan Babira、Lanza、Cairoli、Sant’Ambrogio と中心地に近い知られた教会で開催されるので、主に、地下鉄などの公共交通機関が利用出来る良い場所です。

マンドリンのサマーキャンプから戻ると、早速友人から誘いがあり、チェンバロのコンサートに行きました。その教会はチェンバロのコンサートにはふさわしい小さな落ち着く教会でした。

しかし、蒸し暑く風のない夜でした。観客は扇子を仰ぎながらですが、大変なのは演奏者です。1曲終わる毎にタオルで汗をぬぐいながらの、素晴らしい演奏でした。友人曰くこのチェンバロ奏者は世界的にも知られた方で、日本であれば高額のチケットがあっという間に完売になるでしょうと・・・バカンスで人も少ないミラノの住人のための、夏季期間のこれらコンサートを安価な料金で楽しめる幸運を感じました。なんという企画でしょう!

来週はチェントロ国際コンクールのセミファイナル、ファイナル、そして優勝者によるコンサートと立て続けにあります。若い日本人がノミネートされているそうです。もし順位に入ったら嬉しいです。

<ミラノの道路清掃と騒音>

ミラノの道路清掃は、週に何日か、深夜なんと2時頃と午前中9時頃、と大体2回あります。私のアパートは十字路の角に位置しており、窓側なためその騒音はかなりのボリュームです。清掃車は更に往復してますから、午前中家の窓からその清掃車がゆっくりと騒音を立てながら道路を清掃する様子を見たとき、もう一人の清掃担当者が箒で道路の中央に掃き出しているのが見えました。

イタリアの町中の道路という道路(時には歩道も)は全て駐車で埋まっており、道路清掃車がその淵に溜まったゴミ(殆どは皆が投げ捨てるタバコの吸い殻)を走行中の回転ブラシで回収するのは不可能だと見ていました。ああ、時折はこうやってするのかと納得。深夜はわざわざ窓を開けて見ないので分かりませんでした。

またイタリアでは、午前中或は一日中広場や幅の広い通りでメルカートが開かれます。ある日、たまたま車で通った広い通りの中央分離帯のような所でメルカートのお店が閉めているところを通りかかりました。なんと、通りはその各業者が廃棄した段ボール・ビニール袋や沢山のゴミが散乱し一部は空中に飛んで、車道はゴミだらけ・・・

私が車に同乗していたマンドリンの友人シニョーラに「凄いゴミだらけ!こんなに捨てていってどうするの???」と言ったら、返事はこうでした。「ああ、Yumiko,大丈夫よ。彼らが帰ったあと、道路清掃車が来て、回収して皆綺麗に掃除するから」と・・・

清掃・回収する以前の問題と思っていた私は、多分そういう返事だろうと予測していました。汚く散らかすこの習慣は、何もここだけではなく、日本以外の国は大体こんな様子でしょう。どうして段ボールを畳んで、ごみを袋に入れて置いていかないのか?不潔で不愉快で日本人の私はその疑問を持ってしまいます。空中に舞ったゴミの中を車で走行したとき、車中にいて良かったと思いました。あんな空気は吸いたくありません!

確かに、例えば海外ではスポーツ観戦で、唯一自分たちの席のゴミを回収して持参した大きなビニール袋に入れて、立ち去るのは日本人グループだけ。アメリカの野球中継を見てると、選手のボックス側の床は選手のゴミだらけです。

日ごろイタリアのTVで、健康に関する特集を見ていて、コレステロールやビタミンCなどの食べ物摂取の話や、健康管理についてあんなに議論しているのに、この感覚は本当に理解出来ません。

また普段から、家の立地環境から音は日常で車の走行音は勿論のこと、救急車・宣伝カー、ゴミ回収車、清掃車、いつも何かに反応して鳴り響く路上の車のアラームの物凄い音、そして最近は向かい斜めで始まった建物の改修工事です。

夏になり家にいることが多いため、一日中音の中で暮らしているという状況です。交通の便が良いですし、都会育ちですから慣れてはおりますが、さすがに深夜の道路清掃車の騒音と、早朝の瓶回収車の回収の瓶・ガラスの満載の大きな収集BOXをひっくり返すあの「ガラガラガッシャーン」の音には閉口します。飲食店が並ぶ通りに位置しているため、週末は午前1時~2時まではまず静寂は有り得ません。夏は大体、耳栓をして寝る日々です。

朝は、街路樹の鳥達のお喋りで眼が覚めます。山なら良いのですが、騒音の中にこれまた結構な音量で、このコラボには中々慣れないですね。お昼と夕方には近くの教会の鐘の音が・・・ ま、これはヨーロッパの風情で騒音とは感じませんが。

「イタリアマンドリン通信」ミラノオケコンサート、デュエット演奏、映画、ハイキング

mandorin-banner1
<ミラノオケのコンサート:スフォルツァ城広場>

前期最終のミラノオケのコンサートは、ミラノ中心にあるスフォルツァ城の中の広場でありました。

このFestaに参加するかどうか、3月に色々議論されました。今回は前夜にもあり、連夜なのです。議論白熱の結果、(チケット有料ではあるけれど、普段とは異なるこの有名な場所での演奏することはとても意義がある)とほぼ全員での参加決定がされました。今回コンサートは前期最後になるので、2つのうち1つは出演しようと思ってました。

しかし、2週間前の夜の練習に行くとまばらな人数・・・ もうバカンス開始の雰囲気ありありでした。。委員の一人が私に、「Yumiko,2つのコンサート参加よね?!」「はい。。」と答えている私。「そう!良かったわ!」。いつも前列で弾いている2人のご婦人たちは「Yumiko, 私達出ないから1番前で弾いて!」。もう決定でした。5月より左肘を痛めてしまい、今回は軽く弾いて済まそうとしていた私は甘かった。しかも曲目が多いし、速く弾く曲も多い。しかも何と最前列での演奏をすることとなってしまった。

しかし、あの3月の議論は一体何だったのか?集客は出来るのか?不安要素がかなりあった中、1週間前からエンジンがかかり、やっと「全員参加のこのコンサート。なんとしてでもチケット売って集客せよ!」とのメッセージの日々。「あと5日!」なんて掛け声も。。。今頃言っても、ちと遅いと感じつつ、皆それなりに活動始め、やっと動き出した集客活動でした。誰かが「チケット4枚!」と書けば、他方が「チケット追加2枚!」と続く。イタリア人は直前にならないと本気モードにはならないこのいつもの事。さて、当日はいかに???

夜の広場でのコンサートは久し振りで、開放感溢れる夏のイベントは楽しみでした。それも素晴らしいロケーションでの演奏です。実際現地で舞台を見たらワクワクしていました。しかしその日朝早くに雷雨があったため、客席には雨溜まりが・・・ まずその水を捨てる作業から。数百の席ですから大変でした。

20:00過ぎから受付開始し、お客様が続々と来られ、中々よい滑り出しでした。心配した客席もまずまずの埋まり具合で、演奏する我々としては、これで良い演奏をする気分が盛り上がりました。心配した雷雨はなく、夜の素晴らしいロケーションのこの会場で、お客様の反応も良く、気分良く演奏が出来ました。早朝の雷雨のお蔭でとても涼しい野外コンサートととなり、約1時間40分の演奏を無事終え、嵐のような拍手とスタンディングオベーションでアンコールを2曲を終え、今年前期の活動が終了しました。しかし、蚊が多く演奏中もブンブン飛んできて、虫除けスプレイの効果空しく、手足を12箇所以上も刺されました。

今回はバカンスに既に出てしまったメンバーも数多く、全員参加とはなりませんでしたが、やる気あるメンバーだったせいか、団結していつもより中身ある充実したコンサートになった気がしました。チケット販売や、受付でのCD販売、アンティークマンドリンを展示したりとお客様へのアピールをいつもより熱心にしていました。良い締めくくりになったと満足して、ビールを飲んで帰り気分最高でした。

<発表会でギターと二重奏>

5月中旬にギターレッスンを受けている学校で、フルートのクラスのマエストロからそのクラスの発表会でギター伴奏をしませんかと提案があり、興味ありお受けして練習をし始めました。ギターを始めて2年ですが、普段オケで演奏している経験から依頼されたのだと思います。

フルートのマエストロは、以前スカラ座のオーケストラで主席奏者だった方で、実際に一緒のレッスンに参加した時は、その指導ぶりはマンドリンを弾く私にとってとても参考になるものでした。フルート生徒はティーンエイジャーの日伊ハーフの女性で、ミラノの音楽院でも勉強しているそうですが、この先生のレッスンを受けられることを満足しているとのことでした。

始めは二重奏をする段階で、呼吸を必要とする楽器とのタイミングが合わずちょっと考えました。2~3回合わせで呼吸が合うようになりました。お互いに確認しつつ、意見しながら練習を進めました。

発表会当日のプログラムは、幼い少年達のデュオ、先生とのデュオ、ピアノ伴奏、ピアノとチェロとの三重奏、ソロ、そして私ギターとのデュオとバラエティに富んでいました。私も初めての経験で少し硬くなりましたが、彼女の演奏を聴きながらテンポを合わせて、乱れないよう心を合わせて、無事最後まで(多少ミスはありますが・・・)、終わりました。観客の拍手とマエストロの笑顔で、私達の演奏が上手く行ったと思いました。

勿論正確に弾くのは当然として、同じ気持ちで曲を弾くと言う、寄り添いがとても大事だと感じました。二人で演奏するのは特にそれが必要ですね。ピアノの友人が言ってました。「一緒に歌うのよ」と。特に私は伴奏者であくまでソリストを支えるという役目です。異なる楽器との伴奏をしてみて知った良い楽しい経験でした。

そして後日、ふと北イタリア日本人会の秋のコンサートで器楽演奏者を募集していたことを思い出し、フルート奏者とピアノ伴奏者を推薦しました。締め切り間近だったため、私が取りまとめて手続きをしました。フルート奏者のご両親もとても喜んで下さり、こんなご縁で新しい展開が生まれたことを嬉しく思いました。

<映画鑑賞>

映画好きの友人からの情報で、「Rassegna Speciale a solo 3 Euro」という特別鑑賞期間上映があり、涼みに(?)行って来ました。家から近いので気軽に行ける小規模の映画館です。通常映画が€8ですが、今回はなんと€3です。翌月3日まで約1か月間に毎週水曜日に上映されます。

勿論、イタリア映画のほかにフランス、アメリカ、イギリス映画色々。チラシがあり、裏にはあらすじがイタリア語であるので、事前に読んでいけば勉強にもなるし、実際映画を見るには全部の言葉が理解出来なくてもポイントを押さえて理解出来ると思います。今回の映画は、ある二つの家族の複雑な事情にまつわるストーリーでしたが、演技が素晴らしくとても心に沁みる良い映画でした。

映画大好きの友人は、ほぼ毎週何かしらの映画を観ていて、映画の観方を理解しており、私も少し見習おうと思いました。というのは、もともとTVが好きではなく、じっと数時間テレビの前で観るというのが苦手なため、映画・スポーツ中継など長い番組はほとんど観たことがありません。映画は訛りあり特徴ある喋りなど普段聞きなれない台詞が沢山あり、(勿論、イタリア人が笑っても笑えませんが・・・)今回もナポリが舞台でしたので、当然ナポリ弁があり、?の連続でした。幸い主役クラスは標準語ですので、分かる言葉があると嬉しかったりしました。

<イタリアのハイキング Canzo>

ハイキング第二弾は、前回と同じ方面の近くの山に登りました。朝7:08の電車で、久しぶりの早起きで気持ちよい一日の始まりを感じました。

駅からの登山コースを行くと人も多く、ファミリーで来ているグループや犬連れも多く見かけました。沢沿いのなだらかな道を、ゆっくりとしたペースで行くと、沢では犬や子供たちが嬌声を上げながら、冷たい水のなかで遊んでいるのを見つつ、更に登って行きました。

約1時間半で、アグリーツリズモに到着。大きな農場で放し飼いの馬や羊、ヤギがゆったりと草を食みながら移動している様子、人慣れしている家畜でした。友人によると、この農場で作っているヤギのフレッシュチーズが絶品ということで、早速中に入ると狭い店内にはヤギのチーズ、冷えたヨーグルトを買うお客さんで一杯。順番を待ちながら私はチーズ6つとヨーグルトを購入。持参した凍らせた水を入れた保冷バッグに入れ、暫く小休止。

大体、ハイキング客はここまでで、更に上を目指すのは我々と少数の登山経験者と見えました。余り居ないのです。イタリアではジョギングもそうですが、大体が男性で女性の姿を見ることは稀です。殆どが一人か二人組の男性が多く、日本のように女性の年配者がハイキングする姿は少ないです。

そこから約1時間半ほど登ると広い山頂に出て、素晴らしい眺めが待っていました。Sasso Malascara(Sasso Malascarpa?)と言い、四角の切り立った岩が積んである面白い光景でした。そこに何とマウンテンバイクを担いで登って来た、若くないカップル!最後の登りは岩場で結構しんどい登りでしたからビックリでした。

下りは別な山道を取り、1時間半ほど下ると山小屋があり、そこには大勢の人々が丘の上で、水着およびそれに近い姿での日光浴。日本ではまず見られない光景です。日焼けが怖いですね~。そこには、割と気楽に登れるルートがあるそうで、沢山の人が来るそうです。

更に下山するルートは、やや急勾配でもあるので、出会った人もまばらでした。登山したときの分岐の渓流に出て、下に下りると水場があり、持参したペットボトルに美味しい水を汲み、約12k程を歩いた疲れと脱力感を感じつつ、気分良くミラノに戻りました。

「イタリアマンドリン通信」 CD録音、コンサート、ゲネプロ、ハイキング、ミラノツァー

mandorin-banner1
<演奏CD録音>

私がブレーシャの街で所属するアンサンブル「Armonie in Pizzico」が、CD作成用の録音をすることになりました。曲目は5曲。メンバーが減ったのでちょっと不安であり、マンドリンパートは2名なので、演奏には正確さと音量の安定さが求められます。コンサートとは違う緊張感がありました。場所はある小さなホール風の舞台でした。スタジオのように防音設備がないので、周囲の異音(犬の鳴き声、人の笑い声、車の音等)が時折入るので、ちょっと録音が上手く行くのか心配でした。

2回演奏し、不安定な箇所を弾き直し、後で編集してもらうというスタイルでした。各パートからも意見が出て、どういう進行とつなぎが良いかなど、細かいことを決めつつ、実質約2時間位で終了しました。ヘッドフォンで部分的に聴いてみましたが、実際の自分のパートの音が想像とは異なる音質や音量であり、今まで気づかなかった点も多く、こういう機会はとても重要で、今後の演奏スタイルを修正する必要を感じました。果たしてどのようなCDが出来るかが楽しみです。

<ブレーシャのコンサート>

今回のブレーシャのコンサートは、中心地からやや郊外の町の小さなホールでした。ミラノオケの友人が、明くる日に西山さんとのレッスンがあり、前日のこのコンサートに聴きに来たいと希望があり、ミラノから一緒にブレーシャに同行しました。

会場は客席の傾斜が有り過ぎ、また舞台と一番前の席に空間がないため音が下に行ってしまい、前列と中央は音が聞えないことが、リハーサルをすると判明しました。事前のリハでの確認がとても重要です。特に私達のグループは人数が少ないので、配置の工夫が必要でした。

我々のグループの友人達、特に若いギタリストの家が近いため、多くの聴衆が彼の友人・家族・親類であり、とてもアットホームな雰囲気で、打ち解けた肩の凝らないコンサートとなりました。拍手も暖かく、私達もとても演奏し易かったです。

今回も前回に引き続き、オルガネット奏者との共演があり、タンゴの曲を披露しました。アンコールは、西山さんとオルガネットのシャンソン風の軽い楽しい曲、マンドリンオケは「La vita è bella」を演奏して、大拍手の中コンサートは無事終了しました。

コンサートのあとは、リンフレスコ(軽いお茶会)があり、主宰者と演奏者、内輪の友人達でワイン、ソフトドリンク、パニーノ、ケーキで、お互いの健闘と演奏終了の安堵感を感じつつ寛ぐことが出来ました。やはり舞台は緊張します。それが好きですが。

<クラッシックコンサート鑑賞>

友人からあるコンサートのゲネプロ(コンサートの公開リハーサル)のお誘いがありました。何でも彼女の同じアパートにクラッシク音楽大好きのイタリア人女性から始終お誘いがあるとか。私は日本でもゲネプロには行ったことがなかったので、とても楽しみでした。

約1,000人は入るであろう2階席もあるスフォルツァ城近くの大きなホールで、演奏はフルオーケストラと15歳でAbbado賞を受賞し、現在18歳の若手ヴァイオリニストでした。目玉は勿論彼のソロで、曲はパガニーニの「Concerto per violino e orchestra n.1」。

とてもハンサム(古い)なイタリア青年の見事な演奏に、観客(特に女性?)は魅了され、大歓声と大賛辞が送られました。やはり、ヴァイオリンはマンドリンよりテクニックの多さとその表現スタイル・見せ場が多く魅力的ですね。

オーケストラの演奏は、イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinskij)の「プルチネルラ(Pulcinella, suite dal balletto)」でした。これも、イタリアの道化師Pulcinellaをイメージした曲のようで、その曲想が分かり易く肩の凝らないクラッシック曲で楽しめるものでした。

このゲネプロのシステムは朝少し早めにホールに行き、チケットカウンターで空いてる席を選べて、たったの€8でした。勿論本番はもっと厳粛な雰囲気の正式なコンサートであるはずですが、気軽に楽しめるこのシステムは気に入りました。通常の料金は席の場所により異なりますが、€9~€20.00/回、定期券だと€107.5~€236.25/15回プラス前売り手数料のようでした。

ヴァイオリン以外に、共演としてソプラノ歌手・クラリネット・ピアノ・ピアノデュオ・チェロ・トロンボーン・テノール・バス歌手・合唱など、年間コンサートのプログラムはバラエティーに富んでおり、その予定表を見ながら楽しみが増えました。会場はシニア層が殆どで、日本と似ています。午前中に、コンサートを楽しめるのはこういう年代の方の特権ですね。

<イタリアのハイキング>

クラシックコンサートを誘ってくれた友人からハイキングが好きな方がいると聞いて紹介してもらい、早速その週末日曜日に同行しました。

あいにく曇り空でしたが、割りと暖かくハイキングには適した天候でした。もう一人若い女性の参加者と出発駅で落ち合い、普通電車で1.5hのAssoという駅に到着。幾つか手前から駅に降りる、ザックを担いだ少年少女やシニアのグループが見られ東京のワンデイハイク光景が、思い出されました。駅から徒歩で川沿いを歩き(東京の武蔵五日市に似ています)、スポーツ自転車での登りのイタリア人達が多く見られました。

その山には「蕨」が群生しており、今回も前夜の雨で湿った良いコンディションを期待しつつ、軽い登りからスタートしました。曇りの割には空気が澄んでおり、遠くの山並みは雪を頂いているのも含め美しく、清らかな空気と沢と久しぶりの自然に浮き浮きしました。

登山口から約1時間程のところに、アグリツーリズモ(Agriturismo:農園とレストラン併設)があり、今回の山行主宰者によると、自然栽培の食材で作られたランチは€25で、ちょっと登山の合間のランチには豪華すぎるので、今回は各自お弁当持参でした。

カフェの女性主人に3回も勧められた自家製チーズケーキ(絶品でした!)とレモンネードを外で頂き、山々の素晴らしい景色を見ながらゆっくりとお喋りしながら休憩しました。夏前ですから、新緑も素晴らしく、「この季節が一番良いね」と皆で意見が一致しました。

レストランの前には、なんと樹齢300年という栗の木があり、その季節には沢山の人々が栗拾いに訪れるそうです。是非来て見たいですね。休憩のあとは、一番の目的の「蕨採り」。その群生している場所を主宰者に教えてもらい各自蕨採り開始。もうなんか夢中になって探しては採りとそれぞれの場所を移動しつつ、沢山の収穫に全員が大満足。立派な蕨でした。そして楽しみの昼食タイム。山の中腹を更に登り、残雪のスイスの山々の眺望と新緑を楽しみながら、お弁当(勿論オニギリ)と手作りのお惣菜を頂きました。誰も居ませんでしたし、最高でした!

今回知り合った友人達とも意気投合し、また今後の山行計画を話しつつミラノに戻りました。主宰者は毎週このあたりにハイキングしているそうで、回数券を持ってました。東京近郊のハイキングと似ており、山道も整備されており、安全で安心して登れる山でした。また次回が楽しみです。

<ミラノ再発見ツアー>

毎月北イタリア日本人会主催の「ミラノ再発見ツアー」に久しぶりに参加しました。今回は「ミラノのゴールデンゾーン、モンテナポレオーネ界隈」のツアーでした。普段余り近づかない場所で、詳しい歴史やその謂れの知識は乏しいので是非知りたいと常々思っておりました。

出発地点は、地下鉄モンテナポレオーネ駅からVia Manzoniを歩いて、大きな門の一つPta Nuovaとの交差点のVia Spiegaから。この通りはローマ時代に運河が流れていたそうです。現在は交通量の多い通りで、環状道路になっています。この地域は、ミラノで最も上流社会の建物と昨今の著名人の住居が存在しているそうです。イタリア人ガイドの女性と皆で、徒歩で説明を聴きながら歩きました。廻りには当然観光客も多いですし、迷惑にならないように団体での移動は大変でした。

最初に裏道を歩きながらミラノで古い劇場に到着。バロック様式で建設されており、そのロビー正面にあるフレスコ画が見事でした。劇場内部には入れませんでしたがこの古い歴史ある劇場も、近年にショッピングセンターになる話があり、その通路にあったお店は既に移転しており、何とも寂しい景観でした。通路の建設様式もまだ残されており、芸術的にも素晴らしいのに、イタリアでも近代化の波が押し寄せていることを実感しました。反対する人も多数とか。是非まだ残しておいてほしい場所の一つです。

周辺の通りや、見つけにくい小さな路地には古き良き時代の残りが見られてその歴史を感じさせました。

モンテナポレオーネ通りから1本路地にある「Vottega Veneta」のお店の前に到着。バッグブランドで有名ですが、ここは家具製品のショールームとなっており、数人なら兎も角、大勢の見学は無理であろうというガイドさんのお話しでしたが、なんと見学させてもらえることになりました。中はとてもエレガントで、さすがにイタリアブランドを感じさせるショールームでした。特に奥にある居間には、ローマ時代の見事なフレスコ画が描かれており、その雰囲気は日常を忘れさせる優雅な空間でした。ランプのコードもこのブランドの特徴である市松模様になっており、細やかな造りとセンスに圧倒されました。。。ため息の連続。

カッコイイ店員さん達はとても愛想よく親切で、我々がイタリア語を理解できることもあるのでしょうが、色々説明してくれ、こちらからも質問をしてかなり有意義な見学をすることが出来ました。

Via Sant Spirito に辿り着き、そこには「Casa Bagatti Valsecchi」の美術館とその家族の屋敷が通りを挟んで2つの建物がありました。1400~1500年の建設スタイルで建設されているそうです。特徴は建物は1800年でも、1400年代のものをはめ込んだ造りが見られてその調和を感じさせることを表現しているとのことでした。

ガイドさんが説明をしているときに、なんとそのBagatti家のご主人がたまたま出てこられ(我々の訪問を喜んでくださり)、ご本人より説明をして下さいました。この偶然の出会いにびっくりしました。

ミラノの古い建物の特徴は、表は地味ですが奥に美しい中庭があり、その昔画家のスタンダールがその美しさを語ったとか。確かにモンテナポレオーネ通りに面したファッションブランドの店も奥に中庭があり、入ると異なる次元を感じる空間でした。今までファッションブランドはもう興味も余裕もないのでこの辺りに来ることはなかったのですが、今回の再発見ツアーで新たな魅力を知り、時間があるときにゆっくり再確認したいと思っています。

イタリアマンドリン通信 マンドリン修理とトリノ訪問

mandorin-banner1
<マンドリン友人をマエストラにレッスン紹介>

ミラノオケで知り合った友人で、ミラノ郊外のMonzaという町に住んでいるロシア人女性が、私のマンドリンのマエストラ*の西山さんにレッスンを受けたいと要望がありました。彼女は西山さんの住むブレーシャへは多分2時間はかかる距離でしたが、「是非にも一度レッスンを受けたい!」との熱い思いがやっと先日実現しました。

西山さんは演奏のテクニックだけではなく、クラシック音楽の基礎的な考え方や演奏表現も詳しく説明してくれ、どういう時代背景でその当時の譜面を見せながら、その時代の音楽家がいかに優秀であったか、何故そういう演奏になるのか?盛り上げ方、切り替え方など盛り沢山で、惜しみなく教えてくれます。イタリアの考え方、フランス風演奏方法、ドイツの演奏表現等。

私はそのお蔭でその譜面からなんとか自分に取り込もうと、どうしてこういうフレーズなのか?を考えたり質問することが出来るようになりました。音楽の繊細さを見つけようとすることが楽しく、分かったときの嬉しさも感じるようになりました。

こういう話をその友人に何度となく話すことにより、彼女の西山さんに対する尊敬とそのレッスンを夢見るようになったのです。私たちは何時間も、Monzaにある壮大な公園を散歩しながらこの話をしてすっかり意気投合しました。彼女は毎週は行けないにせよ、毎回2時間のレッスンを月2回希望しており、私もその成果を期待しています。同じ先生の生徒というだけでなく、2人でデュエットも可能ですし気が合うので、今後の演奏がとても楽しみです。もし、今年夏前に発表会があれば是非とも彼女と2人で弾きたいと考えています。

<マンドリンのフレット修理>

イタリアに来てから3年目となり、マンドリンを弾く(練習も含め)ことが日課の日々。やはり、マンドリンの指板が消耗しており、かねてから修理したいと思っていました。マエストラの西山さんにブレーシャで、彼女が常日頃メンテナンスや古いマンドリンの修復を依頼しているliutaio(楽器職人)のFabioさんを紹介してもらいました。

彼はまだ若いにもかからわず、楽器の修理・修復以外に、ミラノのliutaioの学校で教えているという腕の良い優秀な人材とのことでした。お会いしてとても気さくで優しく、丁寧な人柄で、お任せすることにしました。なんと1週間で全部交換してくれることになり、たまたまコンサートがない月に修理出来るのが、良いタイミングと判断しました。

後日、取りに行くと、仕上がった楽器に施された調整について細かく説明してくれ、すっかり生まれ変わった我が楽器を手にして意気揚々とその夜の練習に参加しました。すり減ったフレットによる不安定な音程が軽いタッチで定まること、音が一定に鳴ることの違いにびっくりでした。今まで、苦労して(そう感じてなかったかも)探りながらの演奏だったことに気づいたのです。

後日に、私の所感とお礼をあらためて彼に書きました。私がどう感じているのかを知りたがっていましたので、とても喜んでくれました。これで、イタリアで信頼出来るliutaioを知ることが出来、いつでも相談出来ることが可能になり、安心して演奏活動が出来ます。

<トリノ郊外観光とスローフードの町訪問>

かねてから行きたかったトリノの世界遺産の宮殿ヴェナリア宮殿(La Venaria Reale)に行って来ました。トリノの友人から楽な行き方を教えてもらい、Torino Porta Susaという停車場から市営バスで乗換なしで約40分位で着けました。宮殿ですから、広大です。まずは宮殿の中のSavoia家の歴史を辿る展示から始まり、トリノに点在する他の宮殿、住居の展示、所蔵する数々の絵画や宝石類、家具等。

最後の見せ場は、有名なガッレリアです。これが見たくて行きました。その場に立ったとき、フランスのベルサイユ宮殿の豪華さではない清らかな美しさと光の使い方、静かな趣きに感動し立ちすくんでしまいました。他の観光客も多分同じ様相で眼を瞠はるばかり。この時代にこのガッレリアでどんな光景があったのかを想像してしまいました。さぞ優雅なものだったでしょう。

外に出ると、整備された庭園が広がり、宮殿の背後にある残雪が残る山々が見渡せ、暫くその美しい景色を眺めながら歩き、宮殿を後にしました。帰りのバスに乗りそびれやっとトリノに着き、そこでもまた「バスは行ったばかり」とイタリア人女性に言われ、がっかり。更に待ち続け、冷たい風に当たり過ぎて疲れてしまいました。この時期は、何故かまた寒い季節に戻り風もありちょっと辛い日でありました。
 
明くる日は、トリノの友人から誘われたスローフードで知られた町Braを訪ねました。友人がかねてから行きたかったというレストランで昼食を取りました。日本人料理人も沢山訪れる有名なお店だそうです。

季節柄レストランには藤の花が満開で、とても綺麗でした。それぞれがフルコースの食事を堪能しました。厳選されたクオリティの高い食材の新鮮さと繊細な味付けに脱帽しました。

私はプロではありませんが、イタリア料理で、余り美味しいと思う出会いが少ないので、わざわざここまで来た甲斐がありました。コスト的にもごく普通の価格であり、このクオリティーの料理をミラノで臨んだら多分倍はするでしょう。ピエモンテ州は美食で有名です。是非また来たいと思いました。それだけの価値があるお店でした。

<4月のクラシックコンサート鑑賞>

毎月開かれるクラシックコンサートの4月は、イタリアで活躍されている日本人ソプラノ歌手の方と、ユーゴスラビアのバリトン歌手お二人のソロで主宰者であるピアニストの伴奏でのプログラムでした。いつもより満席でやはりイタリアではオペラ曲が人気があるのを感じました。

プログラム曲は、バラエティーに富んだ様々な曲目の数々で、お二人は交互に7~9曲を披露され、広くない室内での迫力ある歌声を身近に楽しむことが出来ました。今回は観客のアンコールにお二人とも答えてくださり、更に盛り上がりました。こういう機会が得られることを、いつも本当に贅沢な時間であると感じています。

今回は私も着物を着て参加しました。日本からいくつか持参しました着物のひとつで化繊のものですが、とても着やすいですし、扱いが楽でクリーニングでも問題ないです。イタリア人の友人と家族の方も、色合いとかをとても褒めてくれ、選んで良かったと思いました。

終わったあとは近くのBarで友人達とアペリティーボしながら、陽の長くなった良い季節の夕べの時間をゆったりと過ごしました。着物なので廻りから、ジロジロと観察されました。Barのウェイターの一人から「背中にしょっているのは何?」と聞かれました(笑)。

*:「マエストロ」は日本では「巨匠」だが、イタリアでは「指揮者」の意味も。女性指揮者だとマエストラ。このブログでは「先生」の意味で使われている

イタリアマンドリン通信 「友人から譲られたマンドリン」

mandorin-banner1
<La festa delle donne>

毎年3月8日は「国際女性デー」で、イタリアでは女性が互いにミモザ(ギンヨウアカシア – Cootamundra wattle)の花を贈り合い(もともと男性が女性に贈る習慣がある)、この季節を迎えると街中にミモザの花がみられます。

私はその日、イタリア人と日本人の女性4人でランチを一緒にしてお祝いしました。その間も、イタリア人女性達の家族から、「Auguri!おめでとう!」と次々とメッセージがスマホに届きます。何かとても暖かい、家族・友人思いの彼らのこの習慣を羨ましいと思いました。そのレストランでも、帰りがけにコックさんからミモザの可愛い花束を皆にプレゼントされました。

春を迎え、町も花が咲き始め過ごしやすい良い季節となり、友人と「郊外にお弁当作ってピクニックでもしに行きたいね」と話しています。

<友人から譲られたマンドリン>

昨年のある日、ミラノ在住の日本人女性から「そう言えば、日本の実家に祖父が弾いていたマンドリンがあるんだけど、誰も使わないので譲りたい」と話がありました。早速写真を送ってもらうととても綺麗で状態が良さそうなので、日本の私の家に送って貰いました。

実は日本にいる友人に私のマンドリンを貸したままで、(そろそろその友人に見合った楽器が必要か?)と考えていたところでした。一時帰国していた私が実際に手にして見ると、弾きやすく、早速その友人に譲ることにしました。

そこで私はその楽器を綺麗に磨き、お店で弦も新しく張り替えて友人に持ち帰って貰いました。後日、本人も「とても弾きやすい!」と気に入って、喜んでくれ、(良い出会いだったなあ!)と実感しました。

マンドリンも誰から手にされることなく放置されているよりも、弾いて貰えることになったわけで、良い引き取り手に行くことになって、満足していることと思います。

私もとても嬉しく、ミラノに戻ってからマンドリンを譲ってくれた友人にその報告をして、お礼に夕食に招待しました。マンドリンとは縁のない友人とこんな繋がりが出来、橋渡しが出来たことが偶然とは言え満足しました。

その夜は、その女性とイタリア人彼氏も一緒に招待して和食を作りました。インゲンと人参の金平、今旬のアスパラとエビの出汁おひたし、カジキマグロの竜田揚げ、白菜と豚バラ肉・鶏肉・干しシイタケのスープ、五目ずしのおにぎり、デザートはジェラートに小豆餡と日本から持参した黒蜜掛け。

なるべくイタリア人の口に合いそうなメニューを選び、喜んでもらい完食してくれました。

私は料理を作って振る舞うのが好きです。日頃は一人暮らしですと沢山作れませんし、一緒に頂くことで喜んでもらい、話が弾むのはとても楽しいことです。特に今回はイタリア語での会話なのでとても勉強にもなり、貴重で楽しいひとときでした。

<3月のクラッシックコンサート鑑賞>

毎月に開かれるクラシックコンサート第5弾は、若いピアニストとヴァイオリニストのデュオ演奏でした。お二人ともミラノ音楽院を主席で卒業し、その後も高名な師に学び、更に別の音楽院(イタリア国内・国外)でも学ばれて、演奏活動も活発にされているという優秀で素晴らしい演奏者でした。

エネルギッシュな演奏スタイル、細やかな技術、身近でその音を浴びることが出来、観客からの割れるような大拍手と賛辞の中で、本当に贅沢な時間を過ごすことが出来ました。

私は着物のレンタルサービスをしている友人達と、この音楽を楽しみました。今回も彼女のお弟子さん達が、しっかりと着付けをして着物で参加。こうした機会に晴れやかに着飾って参加されているのは、日本人としてとても嬉しいことです。

友人は過日もある日本人とイタリア人共同経営のエノテカで、「着物とワイン」のコラボレーションをして、何とヴェネツィアからもイタリア人女性が参加したとか。(写真友人提供)

イタリアでは、年々「着物・浴衣の日本文化を知りたい、是非着たい!」とリクエストが増えています。

夏には、バールやレストランのお店での浴衣でのウエイトレス姿が見られます。今年も更にこういった機会が広がることを願っています。(写真提供:着物レンタル ミラノWajyaku和寂)

<市民マラソン Stramilano>

毎年恒例のミラノの市民マラソン「Stramilano」が3月18日に開催されました。今回も3回目という日本の友人とその仲間数名が遥々日本からやって来ました。全参加者は数万人で、一般の人々は大抵10キロコースを家族や友人、ペットと走り(歩き)ます。参加者が多いので、走るのは先頭集団だけでしょうか?

春到来で天気も穏やかで、花も咲き乱れとても良い季節です。お喋りしながら、休憩コーナーでお菓子(ビスケットやキャンディ)やドリンクサービスを利用して和気あいあいのこの催し。何が何でも走るという日本人とは異なる、なんとものんびりした時間の過ごし方の一つですね。

その友人は前夜にミラノに到着したのですが、ヘルシンキで航空会社のストの為、ロンドン経由となってしまい、夜9時に電話を貰った時、「まだロンドンにいると。。。 夜遅いので、便はなく、あくる朝7時過ぎの便となる」との連絡でした。

結局ミラノの私の家に着いたのは、翌日の昼の12時位。前夜はロンドンの空港ベンチで寝たそうです。乗り継ぎ便での旅は、時にはこういうハプニングが起こると大変な時間のロスとストレス疲れとなります。今回は、ストだったので、新たな支払いをしないで済んだそうです。無事着いて安心しました。

イタリアマンドリン通信 「ヴェネツィアのカーニバル」「天井の雨漏り騒動とタクシースト」

mandorin-banner1
<ヴェネツィアのカーニバル>

ミラノからヴェネツィアは割と近いので、好きな場所の一つです。なんといってもあの現実離れした町は魅力一杯です。夏はかなりの観光客で狭い路地を歩くのは大変ですし、運河の匂いも強いのですが、冬はさほどの人出もでなくお薦めです。それ程寒くないですし、潮位が上がる日(acqua alta)以外なら静かに過ごせます。

今回はかねてから行きたかったカーニバルを見に行きました。土日にイベントがあり、サンマルコには仮装のコンテスト開催していたり、町中に仮装をした人々が闊歩しており、写真を100枚位撮りました。一般の人が仮装している場合もあるのですが、どうも町が保存していると思われる様々な時代衣装を、地元の人々がまとっていると思われます。あまりにも完璧な衣装とマスクであり、とても個人で所有しているとは思えないものが多かったのです。仮装の人々は町を闊歩しながら、観光客の写真撮影に常に応じてポーズをとり、時にはプロのカメラマン達の要望に応じながら、ヴェネツィアのサンマルコ周辺と街並みの中で写真撮影をしていました。

一体どの位歩いたのでしょうかと言う位、歩き回りました。当然公共交通機関はヴァポレットという船しかありませんが、1回€7.5もするのでそんなに乗る気にはなりません。

ヴェネツィアの料理というと海が近いですから海鮮料理でしょうが、イカスミのパスタ位でしょうか?ですから高いレストランは避けて、今回はバーカロという地元の一杯飲み屋?的なお店を探して、そこでおつまみを少しづつ選んで、ワインで頂きました。表通りはレストランとバールしかないですが、路地の奥を探すと幾つかあります。

小さい店ですが、地元ヴェネツィアの人との会話も楽しいですし、お薦めの一品を聞いて美味しく頂きました。安価です。なんと宿泊した主人から聞いたのは、「PIZZAを食べるなら、チェーン店のほうが安いし美味しい」と。。。確かに観光客価格の店ばかりですから。

今回はこのイベントでさぞかしの人出と想像しておりましたが、ミラノからの電車もガラガラでしたし、町も夏程でもないし、なんと宿泊もローシーズン価格で今回は交通費と宿泊で€100で済みました。意外と低コストなので、旅行での一般の方も気軽に行ける楽しいイベントだと思います。

<アパートの雨漏り>

日本からイタリアに帰った次の日、天井を見たらなんと大きな雨染みが!昨年もあり、2回目でした。私の部屋は最上階ですぐ上は屋根裏の物置となっており、屋根の瓦が壊れて雨が吹き込んだのです。以前からアパート全体で修理が必要とのことですが、最上階以外の部屋には関係ないことだと、幾つかの部屋の持ち主は費用を負担することに合意していないとか・・・それを聞いて、隣人の方に天井の染みを見せました。今回の雨はさほどではなかったにも関わらず、私の部屋の上に雨漏りがひどく、「もし嵐のような事になれば最上階全体に大きな被害が出て、大変な費用がかかるから皆で何とか大きな声で抗議しなければならない」と怒ってくれました。

日本のマンションでは毎月の管理費と修繕費を積立てて建物全体の費用にあてることが通常ですが、ここイタリアではどうもそうではないようです。とは言え、私の小さな部屋の天井の大部分の染みは見ているだけで不愉快で、あらためて貸主のオーナーさんに不満と不安を訴えました。このまま屋根の修理がされないと、私の部屋の天井全体が染みだらけになることも考えられるのです。

オーナーさんは彼のお抱え業者を派遣して見て貰うことになり、もし乾いていたらすぐペンキを塗ってくれることになりました。その翌週、すぐにペンキ塗りと屋根瓦の修理をしてくれました。瓦は4枚ほど割れておりました。染みがなくなり白い天井でスッキリしました。

他の友人にこの話をしたら、なんと彼女のアパートも天井上にある管の水が漏れるので、年3回天井を塗って貰っていると!原因を解決しない限り、この状況は続くので何度も抗議しているそうですが、解決には至ってないそうです。まだ私はましな方なんでしょうか?

家の問題は、友人と話すと必ず有ります。ある友人のアパートは家に居た時に、天井にある隙間から突然大量の水が落ちて来て、近所に住んでいた私は連絡を受けて飛んで行きました。。勿論大家さんも呼びましたが。

そういえば以前サレルノに留学していたとき、洗面台の下の水道管が破裂して、あっという間に寝室に水が大量に流れ込み、プールのようになってしまったことを思い出しました。慌てて大家さんに連絡したらご夫婦で飛んできて、直ぐに元栓を閉め、戸棚にある大量の毛布で水を吸い取り、慣れた素早い手つきで対応してくれました。あの大量の毛布はそのためだったのかと後で納得しました。明くる日に学校で、宿泊担当のイタリア人が私に「Yumiko、昨日はアパートの寝室で泳いだんだって?」と言いながら笑ってました。。

<ミラノとローマのタクシースト>

私が日本からミラノに戻り、タクシー乗り場で待っていたら、いつもは何台も並んでいるのに1台も来ません。並んでいた女性に「おかしいですね~」と話して、遠くの通りを見てもタクシーは走っていません。私は「もしかして、ストかも?」と言ったら、「まさか!」と。しかし、通りかかった女性がその話を聞いたのか「そうよ!タクシースト中よ」と。並んでいた全員は諦めて駅方面へ歩き始め、私も重いスーツケース2つ、リュック、手提げバッグと大荷物を引きずりながら地下鉄に乗って帰りました。。。

しかし、このストはなんとその後も続き、しかも観光客が多いミラノとローマでタクシーが何日もストを実行するなんて、驚き、呆れてしまいました。4日位続いていたようです。幾つかの記事によると、タクシー業界にとって不利になる公共交通に関する法律改正に対する抗議として以前から続いており、特にローマではその抗議が強かったようです。それにしても記事では、ストにより沢山の人々や状況に不自由と困惑を与えてたことを嘆いていました。イタリアに戻って、ストと家の問題と立て続けにイタリアの洗礼を受けました。

イタリアマンドリン通信 「新年初コンサート」「ミラノスカラ座公演鑑賞」「トリノでのランチ」

mandorin-banner1
<新年初コンサート>2017-02-mandorin-01.jpg

新年早々、ブレーシャから車で30分の町の教会で初コンサートがありました。

インフルエンザにかかりコンサートで弾けないメンバー(マンドラ*)が2人もいて、他に前日になってその日がコンサートと知らなかったという情けない新メンバーが1人、そしてなんとマエストラの西山さんも前日に38度以上の熱を出し・・・一体どうなるやら?の新年幕開けでした。

マンドラ2名が欠けては音楽にならないので、急遽ブレーシャ在住の日本人マンドリニスタにピンチヒッターを依頼したのがコンサート2日前。合同練習は新年1回だけで本番となりました。

当日西山さんは、熱は下がったとのことでコンサートには出演され、ホっとしました。当然調子は悪そうですが、凄い責任感ある方です。熱があってもいらしたでしょう。。。

会場の教会は、幸い暖房が効いており、寒さはしのげたので凍える演奏とはなりませんでした。新年早々でまだクリスマスバカンス中ということに加え、当日はかなりの寒さでもあり、、観客は少なく少し寂しいコンサートでした。
2017-02-mandorin-02.jpg
コンサート終了後すぐ帰るのかと思いきや、皆でPizzaを食べに行こうということになりました。そこは郊外のレストランが幾つかあり、映画館もある広い施設でした。当然予約していませんが、10名でも簡単に入れるアメリカンスタイルのレストランで、入ると床に何か散乱していて汚いなと思ったら、それは落花生の殻でした。

メンバーの2人が手に一杯の落花生をどこからか持ってきて、皆がビールと料理を待っている間、それを剥きながら食べ始めました。友人に聞くと、アメリカンスタイルというのはこの落花生を食べながら、殻はどんどん床に捨てるのだと。

「アメリカってそうでしょ?」と言われて、確かにメジャーリーグの試合で、お客も選手も座席やダッグアウトでゴミをどんどん捨てるテレビのシーンが頭に浮かびました。

しかしレストランの床が落花生だらけで、ゴミはそれだけではないですが、皆平気で床にゴミを捨てて行くのは、何もここだけではありません。駅も町も全部です。これが、私のちょっと嫌な海外の習慣の一つです。彼らは日本のどこに行ってもゴミが落ちてないことが不思議なのです。

実は、今回のコンサートが最後というメンバーが一人おり、最後は花束贈呈となり長年一緒に活動してきた仲間が去ることで、私は一緒に弾いたのは数年ですが胸が一杯になり涙ぐんでしまいました。いつも私に気遣ってくれ優しい方でした。本当に残念ですが、今後彼不在のセコンドで自分を奮い立たせるしかありません。

<ミラノスカラ座公演鑑賞 マダムバタフライ>
2017-02-mandorin-03.jpg
12月にテレビでミラノスカラ座公演「マダムバタフライ」を見て、その演技と音楽に感動して、なんとかチケットが取れないものかと探しておりましたら、1枚ガレリア2階席でしたが€110でやっと見つけて取りました。ミラノに住んでいながら、スカラ座でのオペラ鑑賞をしたことがなく、いつか行ってみたいと思いつつも実現しておりませんでした。

実際に行くと、ガレリア席も満席で立ち見の人もいました。遠くはありましたが、幸い舞台正面であり、全体とオーケストラも見えてまずは良かったと思います。しかし、テレビではオペレッタの演技が画面一杯に写って、その表情と演技力に感動したのですが、彼女は小さくしか見えず、オペラというのは背景の素晴らしさ、オーケストラの演奏と歌手の歌唱力と演技力が揃って初めてドラマになるのだと思いました(良く知らないので)。

今回スカラ座で公演された「蝶々夫人」は、なんと150年ぶりに復活した初演バージョンだそうで注目されました。しかし今までの蝶々夫人は中国風の着物であったり、部屋もなにか日本の江戸時代とはかけ離れた、おかしな舞台であったのを覚えています。
2017-02-mandorin-04.jpg
しかし今回は日本文化を正しく見直して演出するために、日伊の関係者が協力して出来上がったものだそうです。とは言え、女性のカツラがまるで花魁のように大きくて派手な髪飾りだったり、平安時代風の武士が出てきたり???、お辞儀や座り方、座敷への上がり方など我々があれ!と思うおかしなことが沢山ありました。仕方ありませんが、かなりデフォルメされていることは確かです。

でも舞台背景の作りが素晴らしく、特に長崎の海を眺める風景や桜の花びらが散った庭が大きい障子から現れるシーンは観客からため息が漏れました。浮世絵や花が次々と写しだされ今までにない、美しい日本の背景が見事で感心しました。しかし何と言っても蝶々夫人役のオペレッタは、出ずっぱりの歌いっぱなしという印象で驚きました。大変な役だと思います。また次回違う演目で是非鑑賞に行きたいと思います。

<トリノでのランチと夕食づくり>
2017-02-mandorin-05.jpg
トリノの友人の一人がご主人の転勤で日本へ帰国するので、トリノのピエモンテ料理のレストランでランチをしました。天気も良く明るい日差しが降り注ぎ、とても店員も親切で可愛いレストランでした。

トリノは建築物も重厚で歴史ある町です。私は特にパスティッチェリア(お菓子屋)とバールがお洒落で、ミラノとは違う雰囲気が大好きです。建物の間から雪山が見え、寒いからこそのとても美しい眺めでした。

列車はいつもItaloを使いますが、普通列車とは異なる綺麗な車両で、しかも格安料金で1時間であっという間に着きます。トリノはミラノから近くのお薦めの場所です。

今回はトリノ友人の友人(イタリア人)の家に泊まり、夕食にロールキャベツと炒飯を作りました。
2017-02-mandorin-06.jpg
その友人のお父様も来て、「美味しい」と言ってくださりホッとしました。作ったロールキャベツは日本風にアレンジした洋風家庭料理ですので、純和食より余り抵抗なく食べられると思って作りました。野菜もタップリ入れたのでスープもパンで浸して全部食べてくれ好評でした。

その友人に一番好きな日本の一品は?と聞いたら即座に「ラーメン!」と答えてました。。

イタリア人に日本料理を作って欲しいと言われるときは、余り純和風のものよりこういった家庭料理の方が受け入れ易いのです。餃子や肉じゃがも好きですね。お寿司は寿司飯を作るのが結構大変で手間もかかるし、新鮮な魚は少ないし、海苔巻きは準備がかかるし殆どしません。でもイタリア人は好きなので練習しておこうかなあとも思ってますが。
*マンドラはマンドリン属で、マンドリンよりも一回り大きい弦楽器。

イタリアマンドリン通信 「イタリアの年末年始は大忙し」

mandorin-banner1
<クリスマスムード満載のミラノ>

mandorin38-01
12月に入り、Duomo広場にクリスマスツリーとイルミネーションが点灯されました。

スカラ座では「蝶々夫人」が開幕、初日はTVでライブ中継があり、ミラノでこのライブ放送を見ることが出来る幸運を味わいました。

このオペラの規模の大きさと、主演のソプラノ歌手の方の歌唱力・演技力とも表現出来ない位の素晴らしさで、スカラ座で鑑賞していたら泣いてしまうだろうと思いました。

来年もし席があれば見に行こうと思います。

mandorin38-04
デパートのリナシェンテ(Rinascente)のショーウィンドウには、蝶々夫人の衣装と日本の浮世絵・その時代の女性の着物姿などのディスプレイが迫力あり、見て圧倒されました。

ややディフォルメされてはいますが、とても優雅で日本人の私が見ても素敵だと思いました。2016年は日伊国交150年ですから、葛飾北斎展もPalazzo Realeで開催されており、かなりの評判です。

昨夏のExpoから日本ブームは続いており、これからも日本に関するイベントは更に増えそうです。

<クリスマスコンサート>

今月はコンサートが3回もありました。4日ブレーシャ、17日・18日はミラノオーケストラでした。4日のブレーシャでのコンサートは、こじんまりとした教会でしたが、何せ寒い!暖房があると聞いて薄着のドレスにしたのを後悔。。

しかしカーディガンだけは持参したので、なんとか乗り切りました。何人かのメンバー(特にギタリスト)は指が動かなくなるとどうにもならないので、かなり気を使ってました(手袋・カイロ等)。
mandorin38-02
今回のコンサートには、オルガネット奏者とソプラノ歌手をゲスト奏者として共演しました。教会の祭壇前でソプラノ歌手の澄み切った美しい声が響き渡り、それは神聖な光景で、演奏しながらその雰囲気に感動し引き込まれました。

オルガネットとの共演では、ピアソラ*のタンゴがピッタリで、マンドリンとクラシックに限らない演奏スタイルもお客様に楽しめたと思います。

ハプニングはただ一人のチェリストがコンサート当日の12月4日のイタリア国民投票の開票作業に駆り出されてしまうことが、コンサート2週間前になって判明、急遽ピンチヒッターのシニアのチェリストとなりました。

しかし、ソロの曲は当日どうしてもオケと息が合わず、結局ソロ中止。。。残念でした。バッハのアヴェマリア、チェロで聴かせたかったです。教会で演奏するとより一層に臨場感溢れる音楽となります。次回1月のコンサートに期待したいです。

女性司会者が素晴らしくコンサートを盛り上げてくださり、聴衆を巻き込んでの展開となり、私達もその波に乗れて気分よく演奏出来ました。聴く側の気分も演奏には大事な要素であるので、舞台と客席との距離を近づけるのは互いに良い音楽を楽しめる結果を生み出します。そういった点で、大成功だったと感じました。

最後はお客様総立ちで、一度バックに戻っても、再度の挨拶を待ってくださり、改めて舞台に戻ると、また嵐のような大拍手でした。アンコールを2つ用意しておいて良かったです。勿論反省点もありますが、とても気分よく演奏を終えることが出来、自分としては気合いを入れて、気持ちを集中して演奏した甲斐がありました。

演奏後は、季節柄パネットーネと温かいレモンティーを頂き、温かい感謝の言葉と笑顔、細やかな暖かいもてなしを受け、自然に自分たちも笑顔になり、とても気持ちの良いものでした。

<クリスマス 南イタリア編>

mandorin38-07
親しくしている南イタリアのカゼルタのイタリア人家族から、またクリスマス・フェスタに招待され、行ってきました。

電車を探したところ、イタロ(Italo)**でなんとミラノ-ナポリ往復が€104という割安な切符を発見しすぐ購入しました。さすがに22日から26日は既に完売か数倍の価格しかありませんでしたが。次の日にはもうその席はありませんでした。

日本と違い、イタリアでは前もって予約購入するとかなり安い切符が買えます。日にちにより金額が飛行機のように変わります。キャンセルは出来ませんが、確実な旅程ならかなり格安で電車の旅が可能です。

mandorin38-06
日本のお正月のように、24日の夕食の献立用に沢山の食材とワインを買い込み、その準備の大変なこと。今回は、友人の姉の家族との合同の食事会でした。

総勢10名。暖炉に火がともされ、プレゼピオ***も飾ってあり、食事は盛り沢山でした。24日は魚料理と決まっています。よく25日はランチで肉料理。後に続く料理を聞いた上で量を調整しつつ、全部お腹に納めることが出来ました。

南イタリアは家族・親類・友人たちとのクリスマスのお祝いで、日本のお正月の様に挨拶廻りをします。私も毎日大体同行して、久しぶりに会った方達や、初めて会う友人など中身の濃い日程でした。

25日夜は友人の奥様の実家に伺い、そして友人夫婦が式を挙げた教会に立ち寄り、大きいプレゼピオを見学しました。夜明けから日没までを演出してあり、町の人々が家族で見学に訪れていました。日本にはないキリスト教信仰ある国の風景です。

mandorin38-03
29日は5年前楽器を購入したことのあるマンドリンとギターの収集家宅を訪問しました。ご病気をされていたそうですが、今はお元気で私の訪問をとても喜んでくれました。

沢山の楽器を色々見せてくださり、5年前に私が気に入って欲しいと言ったとき、「売れない」という返事だった楽器も、私のためにとってあると言われました。あの時、売ってくれたら良かったのに!今は状況が変わったので購入出来ないので。

その夜は、近くの教会主宰のトンボラ(ビンゴ)大会に呼ばれ皆さんと楽しみました。そのあと、ニンニクオイルのスパゲッティと野菜のパイ、ワイン、パネットーネが振る舞われました。

友人はギターとマンドリンを持参してきて、ビンゴの間はずっとカンツォーネナポレターナと民謡を弾いていて、数人の男性がそれに合わせて歌っていました。

食事の後は、私にマンドリンが渡され、何曲かをギター伴奏で弾いて、皆が歌うというシーンになり、即興で弾けて良かったです。皆とても喜んでくれました。もう少しレパートリーを増やしてまた披露したいと思います。

mandorin38-05
翌日は、カゼルタの友人の息子さんエマヌエレさんのライブコンサートがあり、少し滞在を延ばして彼の晴れの舞台を見ることが出来ました。

彼は日伊協会主催の「イタリア人大学生のための日本語・日本文化講座2016」に参加し、その際、東京でのホームステイ先として彼を受け入れました。最近彼はカゼルタのジャズのバンドにシンガーとしてスカウトされたのです。

場所はカゼルタでも高級のレストランの一角にあるライブスペースでした。若いお客さんも居ましたが、やや年齢高い大人の来る所らしく、落ち着いたお洒落な雰囲気でした。

バンドのメンバーはほぼ50代以降で、ジャズ・ソウル・ボサノバなどが中心の音楽で、彼がそれまで好きで歌っていたジャンルにほぼ合致しており、大人のミュージシャンの中で堂々とした、ビートの効いた歌いっぷりに脱帽でした。このバンドでは、全て歌とMCを担当していました。立派です!

Bravi!Bis!の大コールの中で、アンコールを2曲披露し、コンサートは盛り上がり、一緒に同行したご両親も、息子さんの晴れ舞台に大喜びでした。今後の彼の歌手として成長、活躍することを期待しつつ、ミラノに戻りました。

<カウントダウンパーティ>

31日は、自宅に近いレストランのカウントダウンパーティに友人から誘われ、沢山のイタリア人に交じって楽しんで来ました。

料理は、前菜・プリモ2皿・セコンド2皿・正月料理の豆料理コテキーノと続き、デザートはパンドーロの生クリームたっぷり、締めはリモンチェッロ。兎も角、このレストランはローカルな雰囲気で気取ってないので、気楽でしたし、中はぎっしりと人々が埋まり、隙間ないレイアウトでした。

食べ・飲み・喋る・歌い・踊るが連続し、お馴染みさんが多く隣り合った人々はにこやかにこの日を楽しみにしていたことがよ~く分かりました。

着飾り方もそれぞれで、とくに熟年女性のドレスアップ度とメイクアップ度は群を抜いておりました。。。

超ミニドレス、露出度満点!気合い入ってましたね!少し見習わないとと思いました。カウントダウンも大合唱とともに、スプマンテが振る舞われ、そのあとは全員がそれぞれ廻りの人々とハグしながらの「Auguri!!!おめでとう」の連続。

興奮が盛り上がったところで、皆で踊り廻るというフィナーレでした。友人は歌うのが好き、その友人は踊るのが好きということで、そんなシーンを見つつお腹も一杯。気分も晴れやかなうちに、2時過ぎとなり、徐々にパーティはお開きとなって行きました。最後まで持ちこたえられて、良かった。。。

数日後、その友人達が毎週出かけるカラオケレストランに「Yumikoの分も予約しておく?」と聞かれ、今後どうなることか・・・

*アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla, 1921年3月11日 – 1992年7月4日)アルゼンチンの作曲家
**イタロ(Italo):2012年4月から運行開始した民間鉄道会社による高速列車。トリノ、ミラノ、ヴェネツィア、ボローニャ、フィレンツェ、ローマ、ナポリなどイタリア国内主要都市間を結んでいる。
***プレゼピオ(Presepio)キリスト生誕の場面をテラコッタの人形で再現したもの

イタリアマンドリン通信
<クラッシックコンサート><ミラノ再発見ツアー><料理教室>

mandorin-banner1
mandorin-37-01
mandorin-37-02<クラッシックコンサートを聴きに>

ミラノの中心地にあるギャラリーの定期クラッシックコンサートに友人と行ってきました。

その友人は着物のレンタルと着付けをイタリア人に教えているので、いつか私も着物で参加しようと思っています。新たな楽しみですね。

今回はヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・ピアノのクァルテットでした。Wolfgang Amadeus Mozart、Gustav Mahler、Franz Lehàr、Johann Strauss Jr.といった馴染みある作曲家の名曲を身近で楽しんで来ました。

オーケストラの曲を4重奏で聴くと結構迫力があり、ワルツも演奏者のメリハリある音楽表現を間近で見て、その演奏振りに引き込まれました。毎月が楽しみです。

<ミラノ再発見ツアー:Cimitero Monumentale di Milano>
mandorin-37-03
北イタリア日本人会のミラノ再発見ツアーに参加しました。今回はCimitero Monumentale(共同墓地)です。

当日は久しぶりの雲一つない晴天で、まさにお墓参り日和(?)でした。イタリアは11月2日がお墓参りの日(*1)で、この墓地にもミラノ市が、菊の花を沢山供えてあり、また家族の墓参りで供えられたお花もありました。実は私のお気に入りの場所で、今回で3回目の訪問でした。私は友人がミラノに訪ねて来たとき、日程に余裕がある場合はご案内する場所の一つです。

だだっ広いので、全部見きれておりません。本当に芸術品とも言えるモニュメントばかりで、今回はイタリア人のガイドさんから、詳細な説明を受けながらのお墓探
検で有意義なものでした。

まず、何故この共同墓地が作られたか?というと、イタリア統一直後に、当時は一般人のお墓は共同墓地にまとめて埋葬されるのが通常であったのが、著名人以外でも各家の個別のお墓にするのはどうか?という話が持ち上がり、論議された結果、自分の大切な人のお墓があることは、家族にとって大事なことであるという結論になり、この共同墓地が出来たそうです。
mandorin-37-04
一番最初に埋葬されたのが、有名な作家のAlessandro Manzoni(*2)で、入口にそびえたつFAMEDIO(ファメディオ)と呼ばれる建物(教会ではない)、一番中央に安置されていました。ヴェネツィアに見られるオリエンタルビザンチン様式です。ともかく、お墓というより美術館のようで、その彫刻の見事さ、表現の面白さ、奇抜さ、その時代の様式や亡くなった家族への想いが込められた芸術作品の数々・・・圧巻の場所であります。

当時の一流の彫刻家の作品が見られます。

私が一番驚いたのは、お酒のCAMPARIで有名な、Famiglia Davide Campariのお墓です。なんと彫刻はレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」と同じものです。これはかなり奥の方にあるのですが、見たとき絶句しました・・・勿論最近亡くなった方の現代風な作品も、多く見られます。総ガラス張りとか・・・ カッラーラ(*3)の有名な白い大理石尽くしとか。

ガイドさんは、今はもう発行されていない詳細なイタリア語パンフレットを持参してくれ、有り難くいただきました。じっくり読み込んで、再訪を臨みたいと思っています。

<料理教室>
mandorin-37-05
今回のイタリア料理教室は①Topinambur trifolati(トビナンプールのオイル炒)②Ossobuco alla milanese(牛テールの煮込み) ③Tarto tatin(リンゴのタルト)①トピナンプールは、日本の菊芋に似ていて、シャキッとした歯ごたえあるお芋の一つです。生でも薄切りにして、オリーブオイルと塩で前菜でいただけます。

今回はニンニクオイルと炒めて、少量の水を入れて、蒸し煮としました。火を通すと、崩れず根菜の風味が出て初めて食べる触感でした。

②オッソブーコは牛テールの煮込み料理で、ミラノの代表的な一品です。レストランのソースはかなりこってりとしており、大抵ミラノ風リゾット添えになっています。玉ねぎを炒めた中に、塩水だけで煮込み、あっさりとした味で食べやすいものでした。

仕上げにレモン皮をすりおろし、ニンニクもすりおろし、風味を付けました。付け合わせはポレンタ。質の良いトウモロコシの粉を塩水とエクストラバージンオイルを入れて、さっくりとまぜて圧力鍋で作りました。圧力鍋でないと、約1時間は混ぜ続けるとか。大変な作業となるそうです。でも、ふっくらと美味しいポレンタが出来上がりました。スーパーで売っているインスタントと違い、とても美味しく肉の付け合わせにピッタリでした。
mandorin-37-06
③のタルトタタンはリンゴをなんと9個も使い、バターで溶かした砂糖の上で煮込んでから、タルト皮をのせてオーブンで焼く簡単なお菓子です。今回は先生が無印良品で見つけた鉄のすき焼き鍋を使って焼きました。毎回変わった調理器具が登場するので、感心します。タルト皮も手打ちではなく、材料をミキサーで一気に混ぜて、あっという間出来たので、簡単だと思いました。

<Le tasse di rifiuti:清掃税>

アパート賃貸借契約をすると「le tasse di rifiuti(ゴミ清掃税)」という請求書が毎年9月中旬頃に届きます。アパートの大きさや家族数にもよるらしいのですが私の小さいアパートで€130/年でした。

昨年契約したときに、借主が変更になった申請をミラノ市役所に大家さんに代行してもらいました。9月下旬に大家さんから彼女宛てで届いたとの連絡があり(変更申請をしたはずなのに不思議に思いましたが)、ミラノの事務所に再申請をしてくださいとのこと。

早速その事務所に行って説明をすると、窓口では「この場合は大家が先に停止の手続きをまず行い、その後に新しい賃借人への手続きをしなければならない」と言い、電話番号が書かれた連絡先メモを渡され、その手続きが済んだら、来年から新しい居住者の所に請求が行きますとのことでした。

何事も一度では済まないイタリア。。。取り敢えず、その旨を大家さんに伝えたところ、昨年同様の手続きをしたにも関わらずそれが実行されていなかったらしく、また改めてするはめになり、憤慨してました。今年は大家宛ての請求書で支払いをすることで落ち着きました。多分来年は私の名義で私の住所に届くはずだと思いますが。このやり取りで2週間かかりました。早い方かな・・・

*1:11月2日は il giorno dei morti イル ジョルノ デイ モルティ「死者の日」
*2:アレッサンドロ・フランチェスコ・トンマーゾ・アントニオ・マンゾーニ(Alessandro Francesco Tommaso Antonio Manzoni) 1785年3月7日-1873年5月22日)詩人、作家
*3:カッラーラ(Carrara)、トスカーナ州にある大理石の産地

「イタリア マンドリン通信」
<栗料理教室><栗祭り><モデナでのコンサート>

mandorin-banner1
<栗尽くし料理教室>
mandorin-36-1
今回のイタリア料理教室は、栗料理でした。献立は①Pici all’Aglione(手打ちバスタのトマトソース) ②Rotolo di maiale con castagne(豚肉の栗入りサルシッチャ巻き)③モンブラン

①は手打ちバスタでうどんのようにコシがあり、パスタマシーンを使わず手のひらで伸ばして作ります。栗は大きいものと天津甘栗の様に小さいのと2種類あり、味も異なります。ソースはニンニクを香りづけだけでなくそのままソースとして食べるので、ワインで煮るというところが新しい発見でした。

mandorin-36-2②は、通常はウサギの肉を使うのですが、今回は豚肉でサルシッチャに栗を混ぜてローストするものでした。栗のほのかな甘みが肉を引き立てあっさりとした味でした。

③はモンブランですが、イタリア人は割とあっさりとした味に仕上げるらしく、ミルクを多めとか。日本人はフランス風のモンブランの味に慣れているせいかそれでは物足りないので、生クリーム多めでの仕上げとなるそうです。栗のペーストを作るのに、イタリア製の擦りマシーンが登場しました。これでパッサータ ディ ポモドーロ(passata di pomodoro:トマトピューレ)を作るそうで、毎回料理の必要に応じたイタリア製調理器具が登場するので興味深かったです。

<栗祭り:Cuneo(クーネオ)>

雨と風が強い日だったにも関わらず、トリノから電車で1時間位の小さな町Cuneoで開催された国際栗祭り(Fiera nazionale del Marrone 2016)に行きました。目的は良い栗を見つけることとそれを使った商品を買いたいと思ったからです。

駅からやや離れた中心地にある大きな通り沿いには、沢山のお店があり、お菓子屋さんのウィンドウには、栗尽くしのお菓子でデコレートされていて、それは賑やかで、美味しそうで栗が名物であることを物語っていました。

広場に着くと、雨で人出が少ないせいか店は半分は閉まっており、私達も寒くて凍えそうな中、まずは良い栗を探しに廻りました。幸いすぐに€5/Kという品質の良い、他と比べても一段と輝く存在の大きい栗を見つけて購入しました。他にも新鮮なオリーブオイル、栗の甘煮、ポルケッタ(子豚の丸焼き肉)、白いジャーマンソーセージなどの商品を手に入れました。

予定通りの買い物をしてほっとし、寒くなった体を温めるべく、広場近くにあるデコレーションが素晴らしい老舗洋菓子店に入り、美味しいコーヒーとモンブランを食べました。この時期限定の栗入りパネットーネを発見して、それも購入。すっかり満足して駅に向かいました。

町に着いたときに、雨と風で見えなかったこの町を見下ろす山々が、帰る頃には、この数日の寒さで真っ白い雪で覆われた美しい景色となって私達の前に広がり、車窓からもこの素晴らしい景色を見ながら、この町を後にしました。翌日には早速、日本人大好き栗ご飯を作りました。期待通りの良い栗を20個も入れ、美味しく炊けました。

mandorin-36-3 mandorin-36-4 mandorin-36-5

<モデナでのコンサート>

写真右がハックブレット(ハンマード ダルシマー:伊名サルタリオ)」、左がスピネット(伊名はスピネッタ)

写真右がハックブレット(ハンマード ダルシマー:伊名サルタリオ)」、左がスピネット(伊名はスピネッタ)

10月下旬の週末にイタリア在住のマンドリニスト西山さんのコンサートがモデナと近郊の町で2回ありました。今回は、日本から来られたチェンバリストとハックブレット*1奏者との珍しい日本人バロック音楽コンサートでした。前日から西山さんとモデナ入りし、日本からのお二人の演奏家とのリハーサルに立会いながら、色々お話しすることが出来、プロの演奏家ではない私にはめったにない機会なので大変な収穫でした。

今回のコンサート会場は、中心地にある個人宅のギャラリーで約80名のお客様で満席となりました。ただ、暖房がないのでドレスの演奏者は寒そうで少し気の毒でした。内1曲は日本人作曲のもので、演奏者は着物を羽織って演奏され、注目のシーンでした。リハーサルは前日だけという厳しい日程でしたので、それぞれ演奏の息を合わせるのに苦労されていました。

しかも今回はチェンバロではなく、小さいスピネットというチェンバロに似た楽器で、チェンバロより音もややデリケートで、演奏に苦慮されているようでした。普段使い慣れた自身の楽器を使えない演奏者は、現地での楽器に対応しなければならないのは、大変なことだと思います。またびっしりと各弦が細い3本で並んでおり、当日は会場照明で光ってしまって見えないのです!演奏者は感で弾くしかないと仰ってました。。。

お客様はこの三重奏をとても興味深く聴いて頂けたようで、まずは成功のうちに終了することが出来ました。特にハックブレットの演奏は多分聞いたことがない(私も)方が多い中、コンサート終了後も演奏者に質問をされていらっしゃいました。

私はミラノでもこの三重奏が実現出来たらと考え始めました。イタリアでの演奏をしたいと仰っていたお二人にとっても、更なる演奏機会が出来れば得ることも多いでしょうし、イタリア人の聴衆にとっても貴重な演奏を楽しむことが出来るはずです。小さな教会で出来たら、さぞ素敵ではないかと思いました。

*1:ハックブレット(Hackbrett:独名ハックブレット、別名ハンマードダルシマー伊名サルタリオ)写真参照下さい。