坂本鉄男 イタリア便り 能とオペラの共通点 日本文化説明の難しさ

数年前、ブームに乗って日本を旅行し、偶然、能を見たという若いイタリア人夫婦の訪問を受け、質問攻めにあった。さほど詳しくはないが、むげに断れない。先方は、日本人なら詳しいと思い、頼っている。

 第1問は「劇場内に屋根と柱のある能舞台を造るのはなぜか」。よく観察していると感心しつつ、「昔は舞台の建物と観客の建物が別であったことの名残である。柱は、シテ(主役)が面をかぶり視界が広くないため目印の役目を持つらしい」とお答えした。

 次の質問は「日本人は松が好きだと聞いたが、舞台の背景に松が描いてあるのはそのためか」。「あれは能を見るために降臨した神がよりついた-と伝わる、奈良の神社の聖なる松の絵である」と回答した。

 舞台の床には仕掛けがあるのか-。「足音が響くように床板を張る前に空っぽの甕(かめ)をいくつか入れると聞いた。ナポリのサン・カルロ劇場の改修工事を見学した際、1階席の前の壁に音響効果を上げる何本もの竹が埋め込んであるのが発見されたと聞いたが、同じ発想だね」

 質問は続く。「日本人はあの長々とした単調な文句を理解できるのか」と問われ、「君らも初めて聴くオペラで何が歌われているのか分からないでしょう。それと同じだよ」と突き放してしまった。自国の文化の説明は意外と難しい。

坂本鉄男

(2020年8月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)