坂本鉄男 イタリア便り 頻発する地震で揺らぐ「ある故事」とは

 先月18日の午前と午後、ローマは計4回の地震に見舞われ、地震に慣れていない市民はビックリ仰天した。震源地は昨年の連続地震と同じく約100キロ東のアペニン山脈の麓。スキー客が宿泊するホテルが地震による雪崩に見舞われる惨事も起きた。

 英国生まれの大学者でカトリックの聖人、ベーダ(673~735年)は、「コロッセオが倒れるときはローマも倒れる。ローマが倒れるときは世界も倒れる」と言ったそうだ。

 ローマ第一の観光名所コロッセオは、完成後2千年間に起こった数々の地震のため、最上層と3層目の半分以上が崩壊している。だが、巨石とれんがを積み上げ、重みに強いアーチ構造を駆使して建てたものだけに、現在残っている部分が今後も容易に倒壊するとは思われない。

 ローマ直下に地震帯は走っていないが、地下の地質は沖積層で地震の震動を伝えやすいといわれる。しかも、ローマの近くには東方のアペニン山脈の地震帯に加え、南と北の50キロしか離れていない地震帯もある。

 現代のローマは耐震建築が少ないため、万が一、大地震が起きたら、ベーダの言葉とは違って、「コロッセオは残ってもローマは倒れる」事態になりかねない。

坂本鉄男

(2017年2月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 1億2000万円超投じた鉄道模型を公開へ フィレンツェの侯爵、趣味高じて

 余暇に趣味の模型作りに興じる人は案外多いらしい。特に洋の東西を問わず汽車の模型が好きな男性は多いようだ。

 フィレンツェのサン・ジュリアーノ侯爵(84)もその一人。シチリア島に広大な農場を所有し、800年の歴史を誇るお金持ちで、15年間の歳月と100万ユーロ(約1億2千万円)以上を投じて総面積300平方メートルの模型汽車パークを作り上げた。

 設計技師、機械専門家を含めた5人の仲間とともに、ヨーロッパ中の著名模型汽車の展示場をめぐり、参考にして作っただけに、精巧極まるものだという。

 同パークでは、ミラノの中央駅、ベルリンの中央駅などの模型はもとより、景色にも細心の注意を払って、北伊のドロミーティ山系、中伊のトラジメーノ湖などを再現。実際に走行する模型列車も、ヨーロッパの主要列車のほか、オリエント・エクスプレスなども含まれ、愛好者の垂涎(すいぜん)の的となるものらしい。

 現在はフィレンツェ郊外の侯爵邸の敷地内にあるが、年内にはフィレンツェの真ん中に購入済みの元映画館の中に移して、一般公開するという。

 これでフィレンツェの名物が新たに1つ増えるわけだが、大人の趣味も高じれば町の観光に役立つわけである。

坂本鉄男

(2017年2月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り イタリアで出没する「チーズ泥棒」1つ27キロの石臼型パルミジャーノをトラックに… 力のいる泥棒稼業

 スリやひったくりは技術や脚力が武器で、特段力を必要としない。だが、世の中には力がなければできない泥棒稼業もある。

 日本にはかつて、食糧不足の時代に「米泥棒」が存在したが、1俵は60キロだったから、今の泥棒はとても盗んで走れないだろう。

 最近イタリアでは、米泥棒ならぬ「チーズ泥棒」があちこちに出没し、酪農業者を悩ませている。夜間にトラックで乗り付け、倉庫に保管しているパルミジャーノの「フォルマ」を大量に盗んでいくのだ。

 パルミジャーノは、日本の店ではたいてい、小さな塊に切ったものや粉状にすり下ろしたものしか見られないが、でき上がったばかりのパルミジャーノは大きな石臼形だ。これがイタリア語で「フォルマ」と呼ばれる。

 フォルマの重さは平均40キロだから、食事制限に気を使う最近の若いイタリア娘の平均体重の50キロに近い。

 値段は卸値で1つ当たり350ユーロ(約4万円)程度。これが最近2年間に2万個以上盗まれたという。

 特に狙われるのは、2年以上熟成させた比較的高価なもので、1つ約27キロ。トラックで逃げるとはいえ、大量に積み込むにもそれなりの力が必要だ。

坂本鉄男

(2017年2月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 相次ぐ地震などで自国の対応に精いっぱい…難民問題は「底なし沼」の様相

 エジプトやリビアの沿岸から2016年、地中海を渡ってイタリアに到着したアフリカ出身者をはじめとする難民や移民は18万人を超えた。

 人道的見地から難民を救うという欧州連合(EU)の政策は正しい。だが、イタリアは相次ぐ地震の被災者や生活困窮者を多数抱えていて、難民保護施設での対応はとても十分とはいえない。

 1月初旬にも北部ベネト州の小村(人口190人)にある1500人収容の難民収容所で、救急車の到着が遅いためアフリカ女性が死亡したと抗議する暴動が起きた。住民に対して難民が多すぎるとして、政府がほかの収容所に一部難民の受け入れを打診したところ、ほとんどが拒否した。

 幸い今までイタリアではイスラム過激派によるテロは起きていないが、警察は警戒を強めている。大勢の難民の中にテロリストが潜んでいる恐れはあるし、刑務所内の外国人約2万人の半数はイスラム教徒だ。社会に不満を抱く彼らがいつの日か、過激派の誘惑を受ける可能性はある。

 シリアでの内戦やアフリカ部族間紛争は当面、終結の見込みがないだけに、今後どれだけの難民が押し寄せて来るか分からない。問題は底なし沼の様相を呈している。

坂本鉄男

(2017年1月29日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 東京で12月10日投函の年賀状がローマ到着が1月17日! 働け、地方公務員

 東京で12月10日前後に投函(とうかん)された年賀状が、1月17日にたくさん届いた。イタリアに到着後の配達の遅れによるものだ。

 ローマまで1カ月以上の郵便とは「アフリカ並み」と言ったらアフリカ諸国に怒られるかもしれない。

 イタリア人は「怠け者」といわれるが、個人商店や私企業の従業員は非常に勤勉だ。問題なのは地方公務員だ。

 1月上旬の有力日刊紙「レプブリカ」によると、シチリア州の州都パレルモ市では、道路清掃・ゴミ収集係の270人が健康上の理由で外で働かず、市に雇われている400人が「運転不適格」の運転手や、門衛しかできない名ばかりの庭園係である上、いずれも医師の診断書提出者だという。一体なぜ不適任者を採用したのか不思議になるが、いい加減な診断書を乱発する医師にも問題がある。

 また、北部のミラノ市では明け方の3時から午前8時まで生鮮食品市場を監督する検査官5人のうち4人が「夜間勤務不適当」の医師の証明書を提出しているという。

 こうした状態は組合の力が強いローマ市も同じだ。せっかく市民が市政改革を願って選んだ「五つ星運動」出身の市長も無能で、市営交通もゴミ処理も一向に改善しない。

坂本鉄男

(2017年1月22日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 日本とイタリアの料理比較… 一番異なるのは何?

 日本とイタリアのテレビの料理番組を比較して一番違うのは使う肉類の種類と量である。

 日本の料理番組で使うのは豚の三枚肉やひき肉数百グラムといったところだが、イタリアでは牛・豚・鶏のほかハム・サラミなど加工品をふんだんに使う。

 実際、食肉の日本人の1人当たりの年間平均消費量は、統計がやや古い2009年度で牛肉5・9キロ、豚肉11・5キロ、鶏肉11キロ。3種で合計28・4キロだった。

 これに対し、14年のイタリアでは、牛肉20キロ、豚肉(ハム・サラミなど原料に使われるものを含めて)37・3キロ、鶏肉19キロの合計76・3キロであった。

 この数字を見ると、日本人の1人当たりの年間食肉消費量は、まだ貧しさから抜け出す途中であった40年前のイタリアの27キロにほぼ等しいことになる。

 日本では魚肉ソーセージがあるが、イタリアではソーセージといえば豚肉以外は考えられない。

  もちろん、食肉の消費量が食卓の豊かさを表すものではない。イタリアではカキやホタテの貝柱は高価で一般家庭ではなかなか手が出ないが、日本では庶民でも食べられる。

 最近、日本ではイノシシやシカの農作物被害が増大しているが、イノシシやシカの肉は料理してもハムにしてもうまい。研究の余地ありだ。

坂本鉄男

(2017年1月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り カーナビ必須の田舎にあっても食べたい有名店の味

 「年末か年始は都心の有名レストランで食事を」と考える方は多いに違いない。日本では有名レストランの大半が東京をはじめとする大都市や京都といった有名観光地の中心に集まっているが、食通の国イタリアでは少々事情が違う。

 例えば、日本でも名を知られ、ミシュランでも2つ星の「ビッサーニ」は、ローマから高速道路を含め片道約130キロの片田舎にある。今でこそ小人数なら宿泊できるが、以前は夕食に行くとローマへの帰宅は夜中の1時過ぎになることが多かった。

 川魚料理で名をはせ、ミシュランの2つ星を取っている「ラ・トロータ」もローマから片道約90キロの田舎の一軒家で、カーナビがなければ到達不可能だ。

 1年に1度は行くローマから車で100キロのトスカーナ南部の温泉ホテルの周辺にも、舗装されていない田舎道を15キロほど走る人里離れた山の中に、腕の良い若手シェフの1つ星レストランが2軒ある。

 ここで紹介した2つ星レストランと1つ星レストランのいずれもがオーナー自身の所有で、高い地代や家賃を料理の皿に盛る必要がない。それだけに値段はリーズナブルだ。

 日本でも、場所は不便でも味で勝負するレストランがもっとできてよいのではないか。

坂本鉄男

(2016年12月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 愛人をめぐる富豪の遺産相続権争い 実は人ごとではない?

 日本でもイタリアでも、最近の民法改正により嫡出子と婚外子の相続権がほぼ平等になった。この新民法の相続権が過去に遡(さかのぼ)って効力があるかどうかをめぐり、ニューヨーク大とフィレンツェの一家の間で、市郊外の大邸宅と敷地、邸宅内の美術品に関する裁判が数年前から行われている。

 大邸宅と数々の美術品の持ち主だった英国人の美術研究家、ハロルド・アクトン氏は1994年、死去に際し、身内がいないことを理由に全ての財産をニューヨーク大に寄贈した。以後、この館は同大の欧州の研究拠点になってきた。

 ところが、ハロルド氏の父で美術品収集家だった富豪のアーサー・アクトン氏には、フィレンツェ出身の女性の愛人がいて、娘1人をもうけていたのである。この愛人の孫たちが時価4億ユーロ(約480億円)以上と推定される遺産の相続権を主張しているのだ。

 大学側は、正当な手続きを経て寄贈されたものだとして、あくまで法廷闘争を続けるつもりだし、元愛人の孫たちも、新民法の効力は過去に遡及(そきゅう)すると主張し、遺産の半額を求めて争うつもりらしい。

 巨額の財産を持たない庶民には関係がないにしても、洋の東西、身のまわりをきれいにして死ぬことは大切であることを痛感させる。

坂本鉄男

(2016年12月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 修道院に入りたくない!? 修道女が激減中のカトリック教会の行く末は…

 ローマ法王フランシスコは、法王に就任するや直ちに歴代の法王の居館からバチカン市国内の狭い宿泊施設に移るなど、驚異的な実行力で法王庁内とカトリック教会全体の改革を進めている。

 だが、肝心のカトリック教会内部では、洗礼を授け、ざんげを聞き、ミサをつかさどるなど、信者と最も接触する司祭と、世界各地で布教のみならず救済や教育活動に当たってきた修道女の数が激減しているのだという。

 この現象は、昔からカトリック教会の中心を形成してきた西欧諸国で顕著だ。イタリアでは2002年から10年間で司祭の数が8千人、スペインでも3千人減った。

 また、修道女は、同時期にイタリアで2万人、スペインでは1万人減少した。これは、若者を中心とする教会離れにより、神学校や修道院に入り信仰生活に生涯をささげようとする志願者が減ってきたためだ。

 このため、昔は西欧諸国の司祭は自国出身者が多かったが、今ではアフリカやアジア、中南米出身の司祭が目立つようになり、修道女も同じように欧州以外の出身者が大勢を占めている。

 今後、カトリック教会の中心は西欧出身者から南米やアジアやアフリカ出身者に移る可能性が高い。

坂本鉄男

(2016年12月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り かのアウグストゥスでさえ願った「安楽死」 望みますか

 2千年前の初代ローマ皇帝アウグストゥスでさえ、苦しまずに死ぬ「安楽死」を願い、安楽死を意味するギリシャ語「エウタナシア」をいつも口にしていたと歴史家は伝えている。

 だが現在、安楽死を法的に認めている国はスイス、オランダ、ベルギーなどごくわずかである。最近、ベルギーで17歳の末期患者に未成年者として初めて安楽死が認められ、大問題になった。

 神から授けられた生命の尊厳を重んじるローマ法王庁は、ただちに激しく非難したが、イタリアでは、この問題はこれまでほとんどタブー視されてきた。

 とはいえ、実際には年間100人以上がスイスに安楽死のための片道旅行に赴くといわれる。また、患者とその親族と医師との暗黙の了解の下、延命治療をせず、苦しまずに死を迎えさせる例は数多くあると推定されている。

 こうした社会情勢を踏まえ、今年1月末にイタリア下院の各党代表会議で、近い将来に国会で安楽死を討議することが決まった。しかし、現時点ではこれが討議される見通しは立っておらず、ましてや「安楽死法案」が可決されるとは全く考えられない。

 だが、世界的に高齢化が進む現在、問題が提起されたこと自体、一歩前進といえるのではないか。

坂本鉄男

(2016年11月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 古代ローマよりも退化するトイレ事情

 日本のようにデパート、スーパー、喫茶店はもちろんのこと、新幹線でも広くて清潔なトイレが完備されている国は世界でもまれである。こうした国に住み慣れ、しかも外国人より小水の頻度が多いであろう日本人が、イタリアを旅行中にトイレが見つからずに困ることがよくある。

 ローマで約40年前、この日本人の弱点を見抜き、立派なトイレを店内につくって日本人団体客を集め、大成功した革製品店があった。だが近年、フィレンツェの喫茶店業界が「バール(立ち飲み喫茶店)などは観光客にトイレを開放せよ」との市条例に反対し、行政裁判所から「自分の店の客だけに開放するのは当然」との判決を勝ち取り、物議をかもした。

 今年の1月にはローマ中心部の古い建物が、1階に土産物店などを含む有料トイレをつくろうとしたが、建物の下に古代ローマの暴君で知られた皇帝ネロの遺跡があることから大反対にあい、計画は立ち消えになった。施設運営者は観光客用トイレの不足から思いついただけで、ネロ帝の遺跡に直接糞(ふん)尿を流すわけでもないのに…。

 ポンペイなど古代ローマの都市遺跡には約2千年前の立派な公共トイレが残っている。現代のイタリアは文明的にむしろ退化していると思ってしまう。

坂本鉄男

(2016年11月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 怖いものの1番は

 「地震、雷、火事、おやじ」とは、昔の人はうまいことを言ったものだ。

 さる8月24日の「アマトリーチェ風スパゲティ」の発祥地一帯を襲った大きな地震が引き金となり、このところイタリア半島を北から南に縦断するアペニン山脈の中部に沿った地震帯を震源とする、強い地震が続いている。

 10月26日の夕刻に2回起きたマグニチュード(M)5~6強の地震は、山間部の多くの小村に、壊滅的な被害をもたらした。

 また、30日朝のM6・6の強震は、カトリック教の大聖人ベネディクトの生地、ノルチャ町の大聖堂を崩壊させた。

 しかも、ある地震学者は、「アペニン山脈に沿った3本の地震帯の一番大きな1本がまだ動いておらず、危険はまだ続く」と警告するのだから、全く油断はできない。

 そればかりではない。各地で地震がある度に、約100キロ離れたローマも大きな揺れに襲われた。

 30日の地震では4大寺院の一つの正面上部に亀裂を生じさせ、地下鉄もストップした。

 地震国日本で生まれ育った私でも、地震の度に大きく揺れる客間のシャンデリアを眺めていると、「怖いものの1番は地震」という、昔の人の教えは正しいと痛感する。

坂本鉄男

(2016年11月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り マフィアの別宅で見つかった「ゴッホ」

 さる9月下旬、ナポリから約30キロ離れたソレント半島の根元の町で、国際的麻薬取引犯の別宅に踏み込んだナポリ警察の捜査官は、無造作に掛けてあった2枚の絵に目を見張った。14年前の2002年12月、アムステルダムのゴッホ美術館で盗まれ、世界中で捜していたゴッホの作品ではないか。

 発見の報を受け、鑑定のためオランダから駆けつけた同美術館の館長が、時価1億ドル(約105億円)といわれる2枚の作品を前に感動したのも無理はない。麻薬犯がどのような経路でこの2枚の名画を入手したかはハッキリしないが、莫大(ばくだい)な金額を支払ったことは間違いない。

 彼らのイタリア内外の不動産投資はつとに知られているが、著名美術品にまで手を伸ばすとは。国際的麻薬組織の資金力がいかにすさまじいか想像できよう。

 ここで思い出すのは1969年10月、シチリアの州都パレルモの寺院から盗まれ、いまだに発見されないカラバッジョの名画である。

 当時のシチリアはマフィア勢力が全盛を誇っており、作品は彼らに盗まれたといわれていた。結局、あまりにも名高い絵画に手を焼いて処分してしまったのかもしれない。今回見つかったゴッホの作品が同じような運命をたどらなかったのは幸いであった。

坂本鉄男

(2016年10月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り いくら美しくても「菊の花束」はイタリア人の家には絶対NG

 日本人にとって春の花の代表は桜であり、秋の花の代表は菊である。日本には昔から数百種の自生の野菊があり、よもぎ餅の材料のヨモギも仲間の一つだ。菊は平安時代から観賞用植物として、あるいは薬用植物として栽培されてきた。現在も日本中に菊の愛好会があり、毎年品評会が催されている。

 また、後鳥羽上皇(1180~1239年)が菊の花を愛し、自分の調度品に菊の花の模様をつけさせたことから、菊の花は皇室の御紋となったといわれる。

 イタリアでも古代より菊の葉は胆汁の分泌を促し、たんを切る効果があるほか、除虫効果もある薬用植物として栽培されていた。

 ただし、イタリアではこの美しい花は観賞用の用途はほとんどないと言ってよい。理由は、菊の花の最盛期が11月2日のカトリック教会暦の「死者を記念する日」に近いためである。

 イタリア人は日本人より墓参をよくする国民であるため、10月下旬からは墓地の近くの花屋は色とりどりの美しい菊の花で埋め尽くされ、墓地も菊の花だらけになる。

 当然ながら菊花の値段が一番高い季節でもある。イタリア人の家を訪問する際は、いくら美しくても菊の花束を持参することは絶対になさいませんように。

坂本鉄男

(2016年10月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り イタリア人はパンを食べない? 東欧から輸入の安い冷凍パンのせい

 新米のおいしい季節になった。とはいえ、日本では食生活や好みの変化で米の消費量は減少している。同様にイタリアでもパンの消費量が急激に減っている。

 国が貧しかった時代には、日本でもイタリアでも国民は主食、つまりご飯やパンで腹をいっぱいにしていた。実際、今から150年前のイタリアでは、1人平均1日当たり1キロのパンを消費していたという。それが、ある調査では、1980年には230グラムとなり、2015年には85グラムにまで減った。つまり1年間に30キロ強と、150年前の1カ月分の消費量と同程度にまで落ち込んでいる。

 だが、この減少傾向はまだ続くものと思われる。昔は、日本のどこにいっても、いろいろな品種の米を精米して売っている米屋があった。同じように、イタリアでは、どこの町内にも朝早くからかぐわしい匂いを漂わせるパン屋があったものだ。

 結局、消費者離れによる専門店の減少で、日本でも米をスーパーで買うのと同じようにイタリアでも工場で大量生産されるパンをスーパーや食料品店で購入するのが普通になっている。

 生き残っているイタリアのパン屋にとっての脅威は、東欧から輸入される安い冷凍パンであるという。気の毒にもパン屋の悩みは尽きることがなさそうだ。

坂本鉄男

(2016年10月16日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

あきらめの悪いイタリア男… ストーカー被害が年に1300件 洋の東西で消えぬ男尊女卑の名残

 日本で最近「元カレ」によるストーカー事件から発展した殺人事件や、元カレや元夫の復縁を拒絶したあげくの殺人事件が急増しているが、これは一種の世界的現象かもしれない。

 イタリアでも昨年度中に、前述のような原因で約155人の女性が殺害された。今年も既に約60人の女性が殺されている。昨年は、困った女性用の駆け込み相談電話に、夫や元カレからの暴行事件8800件、ストーカー被害1300件の相談があったが、警察への届け出は全体の10%に満たなかったという。

 ローマでは5月下旬の深夜に、むごい殺人事件が起こった。ローマ大学の女子学生(22)が、それまで交際していた男(27)を捨てて別の男性と付き合い始めたところ、彼女をあきらめ切れない男が新しい相手の家から帰る途中の彼女を待ち伏せし、車にガソリンをかけて炎上させたほか、逃げる彼女も焼き殺してしまった。

 この種の原因で、洋の東西で多くの女性が殺され、暴行を受けているのは何故なのだろうか? ある社会学者は「男尊女卑の名残で、いまだに多くの男性が一度付き合った女性を自分の所有物のように考えるため」としている。

 世の中の女性は、思い切りの悪い男が非常に多いことを知るべきだ。

坂本鉄男

(2016年10月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 真実の口の拝観料

 ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の柱廊にある彫刻「真実の口」は、映画「ローマの休日」でグレゴリー・ペックがオードリー・ヘプバーンを驚かそうと、口に入れた手が抜けなくなる演技をして有名になって以来、観光客の聖地になっている。

 ところが、さる8月、教会側が「建物の維持・修復費」の理由で口に手を入れて記念写真を撮る観光客から1人2ユーロ(約220円)の料金を徴収するようになった。早速、観光ガイド組合は「彫刻そのものに宗教的な意味はなく、これまで通り無料とするのが当然だ」と抗議した。

 ミケランジェロの「ピエタ」像のあるサン・ピエトロ大聖堂をはじめ、カトリックの教会は、原則として入場無料である。結局、ローマ司教区が介入して、再び「お布施入れ」を残して無料に戻った。

 日本に詳しい友人が言った。「君、そんなことを言っても京都や奈良のお寺を考えてごらん。大人1人500円が普通で、苔寺は入場予約が必要な上、1人3000円も取るんだぜ。お寺さんだって維持・管理費の捻出で大変なんだよ。220円なら日本の半額ではないか」と教会側に理解を示した。言われてみればそうかもしれない。観光客はなにがしかのお布施を入れるべきなのかもしれない。

坂本鉄男

(2016年10月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 行方不明者、今どこに…死体を薬品で溶かされるケースも

 夏は家出人、つまり行方不明者が増えるシーズンである。日本の警察庁によると、平成27年に受理した行方不明者届は8万2035人で、所在が確認される不明者も最近、年間8万人前後で推移しているという。海に囲まれていて勝手に出国できない上、警察組織が発達していることが背景にあろう。

 イタリアでは最近、行方不明者が増加し、2015年末現在で3万5千人と前年比で5千人も増えたが、日本とは内容が異なる。大部分は東欧や中近東、アフリカなどから移住してきた外国人で、家族全員を置き去りにしたり、子供だけ連れて帰国したりするケースが多い。

 一方、イタリア人の行方不明者は約8千人で大部分が男性である。手続きをせず国を出て姿を消す者、山などでの自殺者のほか、事故や誘拐事件に巻き込まれて殺された者も含まれると想像される。

 1983年6月、バチカン市国内に両親と一緒に住んでいたエマヌエーラ・オルランドさん(当時15歳)は、ローマ市の中心から1・5キロの人通りの多い道を自宅に帰る途中で行方不明になり、いまだに消息が分からない。

 実際、親への報復としてマフィアに殺され、死体を薬品で溶かされた少年のケースもあるから恐ろしい。

坂本鉄男

(2016年9月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 危険な山登り… 「保険は常識」とならないものか

 「なぜ山に登るの?」と聞かれ、著名な登山家の言葉をまねて「そこに山があるからだ」と答える人もいるようだ。「危険に備え、万全の用意をしているから登るのさ」と答えられないものだろうか。

 登山は危険を伴うスポーツである。イタリアとフランス、スイス、オーストリアとの国境に連なるアルプス山脈とその支脈は、世界中の登山家の名所であるが、危険な高山も多い。危険が比較的少ない夏場でも、今年の7、8月の2カ月間で、遭難による死者が45人も出ている。

 日本でも山登りが一種のブームになっているが、遭難しても、自衛隊や都道府県警察の救助隊がヘリコプターで救援に来てくれる、と安易に考える向きもあるらしい。

 このため、軽々しい考えで山に登り遭難した者には、救出実費を請求すべきだと考える人もいる。実際、民間の救助隊を頼むと1人当たりの日当5万円以上、民間ヘリなら1時間約50万円という事例もあるそうで、莫大(ばくだい)な額になる。

 イタリアでは州ごとに救助費用が若干異なり、例えばベネト州の場合は重傷者は最高自己負担額が7000ユーロ(約80万円)と決められている。

 登山にも保険がある。登山家が「保険を掛けるのは常識」というふうにならないものか。

坂本鉄男

(2016年9月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 求む、笛吹き男

 新興政党「五つ星運動」はローマ市長の座と市議会を制覇したが、党内分裂で市民が期待した市政刷新はおろか、ゴミ収集やバス、地下鉄など市営交通の状況も一向に改善されない。

 先日、ローマの下町トラステベレで、友人とワインを飲んでいた47歳の女性が足の親指を大きなネズミにかまれた。放置されたゴミに群がるネズミを見かけることはあったが、人が襲われたのは初めてである。

 幼いときに読んだグリム童話「ハーメルンの笛吹き男」を思い出した。

 伝承によると、1284年、ドイツの町ハーメルンは大繁殖したネズミに悩まされていた。そこへ笛を手にした男が現れ、「報酬をくれるならネズミを退治しよう」と申し出た。町の人々が承諾し、男が笛を吹くと、町中のネズミが集まり、男に川の中に導かれて溺死した。

 だが、人々は男に約束の報酬を与えなかった。ある日、男が再び現れ笛を吹き始めると、町中の子供が集まり男の後に従って山の洞窟の中に消え、二度と帰ってこなかったという。

 ローマに限らず、ネズミの被害に悩まされる都市、公約を守らない政治家の多い都市、腐敗職員の多い都市の市民らは、どんなにか「ハーメルンの笛吹き男」の出現を待ちわびていることか分からない。

坂本鉄男

(2016年9月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)