坂本鉄男 イタリア便り 「空飛ぶタクシー」実現目指す

イタリア北部トリノで、欧州航空機大手エアバスなどが進めるプロジェクトが始まっている。市当局やトリノ工科大、自動車のデザイン会社も参画する「空飛ぶタクシー」の実現を目指すプロジェクトだ。

 イタリア紙レプブリカが4月、このプロジェクトについて取り上げた。同紙がトリノ市議の話として伝えたところでは、機材はパイロットによって遠隔操縦される仕組みで、将来的には自動航行で人や物を運ぶ構想を実現させたい考えだ。

 折しも5月には欧州連合(EU)欧州委員会が、ドローン(無人機)の運用に関する規制を発表した。事業者や趣味で飛ばす人たちなど操縦する全ての人が対象になる。発表によれば、操縦者は2020年以降、加盟各国で当局への届け出が必要になるという。

 今後、「空飛ぶタクシー」の安全性や経済的効果が証明されれば、各国で人を運べるドローンの研究開発が加速していくだろう。市街地での低空飛行などを実現させるための法整備も進めなくてはならない。

 英BBC放送でも17年にアラブ首長国連邦のドバイで、人を乗せたドローンの試験航行が行われた話題を取り上げていた。ドローンが約100キロの人を乗せて30分間移動したという話だ。日本での研究も積極的に進められることを望む。

坂本鉄男(2019年6月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 噴水の役目とは

ローマには観光客なら誰もが訪れる「トレビの泉」の他にも大小700以上の噴水があるといわれる。有名な噴水の大部分はルネサンス期からバロック期にかけて法王領の首都であったローマを美化しようとした芸術的センスを持ったローマ法王の下で造られた。

 一方、政治的意図を持って造られた噴水もある。例えば、イタリア中部トスカーナ州の古都シエナの中心広場「カンポ」を飾る「ガイアの泉」だ。市民の郷土意識を高め、他の都市国家に誇れるようにと造られたもので、当時の法律に維持・管理に関する規定があったとされる。

 また、2009年の中部アブルッツォ州を襲った地震で大きな被害を受けた州都ラクイラ市の「99の噴水」も同じ目的を持ったものといえよう。かつて周辺の99の小さな領土の城主たちが1つの都市国家を造ろうと相談した結果、首都となる町の中心に横長い噴水群を造ることとなった。各城主が、口から水が噴き出すようにみえる顔の形にかたどった噴き出し口を1個ずつ寄贈すると決めたことが起源という。

 イタリアの古い都市は、他の都市やサラセンの海賊の攻撃を避けるため山上に造られたものが多く、噴水を見ると水道技術は今のイタリアよりむしろ優れていたことが分かる。

坂本鉄男

(2019年5月28日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 端午の節句とナポレオン

この話題は前にもお伝えしたが、時節にふさわしいので形を変えて繰り返させていただく。20年以上前、ナポリ東洋大学での講義中、1人の学生が突然、「先生、(日本では)5月5日はなぜ男の子だけの祭りなのですか」と質問した。とっさにからかい半分で「当たり前だろう。ナポレオンが死んだ日だもの」と答えたところ、質問した学生ら全員が神妙な顔をしてうなずいてしまった。慌てて端午の節句について説明したが、一体なぜ学生らは私のわなに簡単にハマったのか。

 欧州を蹂躙(じゅうりん)し、各国の歴史と政治に重大な変化をもたらしたフランスのナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)は1815年にワーテルローの戦いで連合軍に敗れ、南大西洋の孤島セントヘレナに流され、21年5月5日に孤独のうちに死んだ。

 現在のような通信手段がない時代、絶海の孤島での大英雄の死が欧州にもたらされたのは約2カ月後だった。イタリアでは当時の詩人アレッサンドロ・マンゾーニが英雄の死を悼み、早速、「5月5日」と題した長編詩を発表した。

 かつてイタリアの中学校では、授業で古典の名詩を暗唱させたので学生らはナポレオンの命日を知っていたのだろう。だから私のわなに掛かったのだ。日本でも古典の名詩を暗唱させてはいかがか。

坂本鉄男

(2019年5月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 求む スイス人衛兵

バチカンのサンピエトロ広場で開かれるローマ法王出席の式典に花を添えるのは、スイス人の衛兵隊である。ミケランジェロのデザインともいわれる赤・黄・青の派手な縦じまの制服を着てかぶとをかぶり、やりを持って立つ。

 衛兵隊の起源は、500年以上前の壮烈な歴史にさかのぼる。領土などをめぐる周辺国との争いが激しさを増す中、勇猛さで知られたスイス人傭兵を集め、法王ユリウス2世が衛兵隊を創設したのは1509年。27年5月6日、ローマはスペイン王率いるドイツ人傭兵軍団の大略奪を受けた。スイス人傭兵は時の法王クレメンス7世を守り、法王は聖天使城に通じる城壁上の道を抜け難を逃れたが、衛兵149人が戦死した。

 この史実を記念して毎年5月6日、スイス人衛兵の入隊式が行われる。服役期間は2年間。志願者は独身のカトリック信者で、身長174センチ以上などの条件を満たす必要がある。

 かつては除隊してスイスに帰国すれば金融機関などへの就職に有利に働き、希望者が楽に集まったが、近年は事情が変わってきているという。衛兵の勤務時間は長い上、月給も1,500ユーロ(約18万7千円)と母国の給料と比べて決して高くない。スイス人衛兵がこの先も存続するか否かは、「神のみぞ知る」である。

坂本鉄男

(2019年4月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 歴史的価値か安全か サンピエトリーノの石畳

古代、ルネサンス期、現代がごちゃ混ぜになったようなイタリアの首都ローマ。その特徴を最もよく表すのが、中心部の広場や道路に残る石畳である。

 ルネサンス期にローマの街の建築と公共施設と美観に惜しげもなく資金を投入した法王シクストゥス5世(1521~90年)は、サンピエトロ広場からローマ中心部までの道路を敷石で舗装させた。この敷石の最も標準的な大きさは、12センチ×12センチ×6センチの四角いもので、普通、サンピエトリーノと呼ばれる。昔は道路の底に砂を敷き詰め、その上に隙間がないようにこの角形の石をたたき込んだ舗装であった。砂の層がクッションになった画期的な構造で、中部イタリアの他の都市でも取り入れられた。

 だが、当時は馬車が主要な乗り物の時代である。一方、現在は数十人乗りの大型観光バスが乗客と荷物を満載して走り、工事用の大型ダンプカーが走る世の中である。敷石がぐらつき剥がれてバイクの転倒事故や死亡事故が相次ぎ、市が補修に努めても今の請け負い職人の仕事ではすぐに穴があく始末だ。

 市当局は、これまで何度もアスファルト舗装に変えようとしたが、歴史的価値を重んじる文化財保護局が許可を出さない。文化財を後世に残すには、このくらいの頑固さが必要なのかもしれない。

坂本鉄男

(2019年4月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り いくら亥年でも

今年のえとが「亥年」でも、イノシシが豚(とん)コレラの感染源となったり、農作物に大きな被害を与えたりすると、「害獣」として見放されても仕方がない。現在、イタリア全国には100万頭という多数の野生のイノシシが生息していると推定されている。これだけ増えると大都市の郊外には餌を求めてごみ箱をあさりに来る群れが出没し始めるし、夜道を走る車に衝突する事故も多くなってきた。

; 去る1月3日の真夜中に、日本なら東名高速に相当するミラノ-ローマ間の高速道路1号線のミラノからわずか50キロの地点で、交通死亡事故が起きた。道路脇の柵をくぐって侵入したイノシシの群れに乗用車がぶつかり、後続車も巻き込み死者2人、負傷者10人を出す大惨事だった。

 古代ローマ時代からイノシシは狩猟の対象で、王侯貴族の宴会にはイノシシの丸焼きは欠かせない料理であった。だが、第二次大戦後の狩猟ブームに乗り、中欧から繁殖力の強い種類が輸入され、狩猟地に放されたためイノシシが急増したといわれている。しかも人間とは勝手なもので、狩猟ブームが去った後もそのまま放置したから今のようになってしまった。

 その上、現代のイタリア人はあまりイノシシの肉を食べないからお手上げである。

坂本鉄男

(2019年3月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 当地を愛したドナルド・キーン先生

先月末、96歳の人生を全うされた日本文学研究者のドナルド・キーン先生は大のイタリア好きであった。一時は毎年、イタリアを訪れてわが家で食事をなさるのが慣習だった。

 中でも、元上智大理事長・学長で、当時はグレゴリアン大学長だった故ヨゼフ・ピタウ大司教もお招きしたときの超知日外国人お二人による「日本食談議」は、私たち夫婦もそばで大笑いしたほどの傑作で、このコラムでも紹介したことがある。

 先生の日本文学への驚嘆すべき造詣の深さと、三島由紀夫や川端康成ら日本の代表的文人・知識人との交友は周知のことだが、音楽とオペラにも大変通じていらっしゃった。ローマやベネチアの音楽会やオペラに行くのがお好きで、家内が来伊に合わせて切符をあらかじめ買い、お待ちしたものだった。先生はイタリア語で大学の講義をしてくださったことがあるほどイタリア語に堪能で、オペラの歌詞を暗記して独学なさったとのことだった。

坂本鉄男

(2019年3月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 誰がために鐘は鳴る

時計が1軒の家にいくつもある現在と違って、昔は洋の東西を問わず、お寺や教会の鐘の音は冠婚葬祭などの宗教的行事のみならず、時刻を知らせる役割も果たしていた。

 日本の童謡「夕焼け小焼け」や、ミレーの名画「晩鐘」などは、寺や教会の鐘の音が子供や農民に遊びや仕事をやめて帰宅する時間が近づいたことを知らせていたことを示す代表的な童謡と絵画である。

 ローマから東に約160キロのぺスカッセロリ村は 海抜約1千メートルの山地にあり避暑地として名高い。

 この村に約1,100年前に創立された「聖ピエトロ・パオロ教会」の司祭アンドレア・フォリオ神父は、村の少子高齢化で教会の鐘が葬式ばかりに鳴るのにうんざりして一計を案じた。「村民の諸君、特に若い女性の皆さん、今度から赤ちゃんが生まれるたびに赤ちゃんの100歳までの長寿を祈り教会の鐘を100回鳴らすことにします」と。奇抜な案に村民は驚いたものの多くが賛成した。

 イタリアの少子化は著しく、一昨年の老齢化による死者の数が63万4千人だったのに対し、新生児は44万8千人であった。

 これではフォリオ神父が心配するごとく、教会の鐘はまさに「誰(た)がために鳴る」のか問いたくなる。

坂本鉄男

(2019年2月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「子供の名前」

生まれた子供の命名権は親権の一部であるという。このため、普通はどんな名前でも受理されるが、日本でもイタリアでも「悪魔」のような、子供の将来に不利を生じさせるような名前は受理されない。

 イタリアでは、伝統的に男の子にも女の子にもカトリック教の聖人・聖女の名前をつけるのが普通であったが、最近は以前は存在しなかったような変わった名前をつけることが流行だ。

 昨年5月、ミラノで命名をめぐりある出来事があった。娘に青色を意味する「ブルー」と名付けた夫妻に対し、裁判所が「法律に、名前は性別が明らかであることの条項があるから改名せよ」と通知した。結局、「戸籍を見れば性別は簡単に判明する」との両親側の申し立てが通り、「ブルーちゃん」の名前はそのままで良いことになった。

 この点、日本では、漢字の読み方がいくら難しくても何通りあろうとも受理されるようだ。

 明治安田生命保険によると、昨年人気だった名前は男の子の1位が「蓮」、2位が「湊(みなと)」、3位が「大翔(ひろと)」で、女の子の1位が「結月(ゆづき)」、2位が「結愛(ゆあ)」、3位が「結菜(ゆいな)」だったそうである。

 これらの名前には、他にも複数の読み方があるが、読者の皆様は幾つの読み方がお出来になるだろう。

坂本鉄男

(2019年1月29日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 地方の魅力掘り起こせ

ローマのサンタ・チェチリア管弦楽団大ホールで先月、世界最高峰のピアニスト、マルタ・アルゲリッチ女史が総監督を務める「別府アルゲリッチ音楽祭」の20周年記念公演が開催された。同女史や名チェロ奏者、ミッシャ・マイスキー氏らを迎え、2,800人収容の会場を超満員にする大成功を収めた。大分県主催の観光・物産展も開かれ地元メディアで紹介された。

 大分とローマに縁があるとすれば約40年前のことを思い出す。大分市の高崎山でサルが増え過ぎ、最小の集団が他の集団のいじめで絶滅状態に陥った。当時、市がサルの引受先を探していることを在ローマ日本大使館から聞いた私は、親友でローマ市立動物園園長のブロンジーニ博士に相談した。園長らの尽力で約30匹の受け入れが実現した。

 縁はあるにせよ友好・姉妹都市の関係を結んでいるわけではないローマ市での公演が成功したのは、大分県と別府市がアルゲリッチ女史を大の大分・別府好きにして、20年間演奏会を続けた努力のたまものだ。

 日本には外国人が目を見張る風光明媚な観光地や施設完備された名温泉が多いが、日本人はとかく内向的であるせいかアピールが弱い。来年の東京五輪・パラリンピックを機に各地方を愛好する外国人を増やす積極的な海外発信を期待する。

坂本鉄男

(2019年1月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り サラミとソーセージは別物、ところ変われば名も…

日本からイタリア旅行に来た友人が言った。「お土産にと思って、食料品店でサラミソーセージをくれと言ったが、通じなかった」

 それもそのはず。イタリア語で「サラーメ」というサラミと「サルシッチャ」というソーセージは、豚肉が原料なのは基本的に同じだが、作り方も食べ方も違う「別物」だからだ。

 サラミの歴史は古い。豚肉のいくつかの部位を細かくきざんで塩(サーレ)を入れて豚の腸に詰め、乾燥させて長持ちさせる。古代ローマ時代以前に考えられたイタリア発祥の製法だ。

 使用する豚肉の部位や混ぜ込む香辛料などの違いで、ミラノ風サラミや、ナポリ風サラミといった地元伝統の味が生まれた。

 一方のソーセージ。豚のひき肉に塩と香辛料を入れ腸に詰めたものだが、そのままでは食べられない。焼いたり茹(ゆ)でたり、調理する必要がある。日本でいう「生ソーセージ」のことだ。

 フランクフルトやウィーンなど、欧州の地名がついたソーセージが日本では有名だ。ただ、日本で「ボローニャ(ボロニア)ソーセージ」と呼ばれるソーセージは、地元ボローニャの店にはない。ひと抱えもある大きな「モルタデッラ」と言わなければ通じない。

 ところ変われば名も変わるものだ。

坂本鉄男

(2018年12月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 教会や寺院にも入場料

観光客がバチカンのサンピエトロ大聖堂にミケランジェロの傑作「ピエタ」像を見に入っても入場料はタダである。

 一方、初めて日本旅行をしたイタリア人観光客は京都のお寺がどこでもかなり高い入場料(拝観料)を取るのに驚く。教会やお寺は本来は信者が礼拝に訪れる場所だから、昔はお金を取ることはなかったが、イタリアでも入場料を取るところは多くなった。

 例えば、フィレンツェのサンタ・クローチェ大寺院は8ユーロ(約1千円)、ゴシック建築で有名なオルビエートの大寺院は4ユーロと入場料を取る。イタリアの教会は、修道会や個々の信者団体が所有するものが多いが、内務省所轄の国有寺院も全国で820あり、観光客が訪れる有名な寺院が多数含まれるという。

 これらの国有寺院を管轄する予算は、年額600万ユーロ(7億8千万円)しかないらしい。映画のロケに使わせたり、所蔵の重要文化財や美術品を貸し出して貸借料を取ることもあるが、そんなものは定期収入には計上できない。

 そこで、サルビーニ副首相兼内相が考え出したのが、全ての有名な国有教会で入場料を課すことだ。イタリアは世界屈指の観光国だけに、実現すれば、ますます「全てはカネ次第」になるだろう。

坂本鉄男

(2018年12月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 強風と豪雨でバイオリン用の木材消滅

去る10月末にイタリアを襲った強風と豪雨は全国に甚大な被害を及ぼしたが、特に北伊ベネト州のドロミーティ山系南部の被害はバイオリン製造者にとって致命的なものであった。

 バイオリンは、1種類の木で作られるものではない。天才的バイオリン製作者、ストラディバリ(1644~1737年)をはじめ、17世紀から18世紀前半にかけて、北伊クレモナを中心に輩出されたバイオリン製作者が、優れた音響効果を生み出すために試行錯誤した結果、各部分に違った木材を使い、特殊なニスを塗ることで完成された。

 表板は赤唐檜(あかとうひ)、裏板や側板は楓(かえで)といった具合に、部位によってその材料は違うのである。しかも、彼らは、その材料となる木材の産地にも注意を払った。

 今回の台風で北伊では数百万本という樹木がなぎ倒され、その中にはストラディバリたちが表板に使うために山に登り自ら選んだ赤唐檜の林が多数含まれていた。

 専門家によると、優れたバイオリンの材料となる赤唐檜は樹齢200年で年輪の密なものでなければならないらしい。

 まさか、1丁が時価億円単位の名器の値段が上がることはないにしても、バイオリン演奏家にとっては痛手である。

坂本鉄男

(2018年11月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 難民に分断されるEU

移民問題で強硬姿勢を取るイタリアのコンテ政権のサルビーニ副首相兼内相が移民排斥に関する主張で物議を醸している。

 サルビーニ氏は10月初旬、ドイツで難民申請を却下されたアフリカ移民が独政府のチャーター機で経由地となったイタリアに送還される計画が明らかとなったとき、イタリア国内の空港を閉鎖すると警告した。

コンテ政権は、6月にもアフリカ移民を乗せて地中海を漂流していた民間救助船アクエリアス号の伊南部への入港を拒否。フランスなど他の欧州連合(EU)加盟国との間で軋轢(あつれき)を生んだ。

 EUは人道的見地から難民受け入れには寛容とされてきた。シリア内戦初期の難民が割と高学歴で、ある程度裕福だった点は良かったかもしれない。しかし、内戦の長期化による難民の激増に加えて、政情不安と民族間の争いが原因の貧困から逃れるアフリカ難民が際限なく地中海を渡ってくると、状況は変わってきた。EUは6月の首脳会議で、加盟国による自主的な移民施設の新設で合意した。

 サルビーニ氏の排外的な言動は若者の支持を集め、移民への反発はイタリア国内のポピュリズム(大衆迎合主義)を活発にしている。コンテ政権にはEU主要国の自覚を持ち、問題解決に向けて責任を果たしてほしい。

坂本鉄男

(2018年11月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 政権とEUの対立鮮明に

イタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)2党が連立するコンテ政権が先月末に発表した経済財政計画をめぐり、同政権と欧州連合(EU)との対立が鮮明になっている。

コンテ首相は政治経験のない新人。内閣は実質的に第一与党「五つ星運動」のディマイオ副首相兼経済発展・労働相と、第二与党「同盟」のサルビーニ副首相兼内相が牛耳る。

 ディマイオ氏は自党の選挙公約である最低所得保障に固執し、予算案に100億ユーロ(約1兆3,000億円)を盛り込んだ。財政赤字は目標だったGDP(国内総生産)比1.6%から2.4%に膨れ上がった。

 EUはユーロ加盟国に財政赤字をGDP比3%、債務残高は60%以内に抑えるよう求めている。

 欧州では有権者から人気を取ろうと、ばらまき政策を続け債務危機に陥ったギリシャの例がある。イタリアは財政赤字を2021年にGDP比1.8%に減らし債務を圧縮する方針だが、債務残高は約130%とギリシャに次ぐ高水準だ。

 ユンケル欧州委員長は「イタリアはわれわれが合意した財政目標から距離を置きつつある」と手厳しい。

 同委は予算案がEUの財政ルールに違反していると指摘する書簡を出しており、対立はやみそうもない。

坂本鉄男

(2018年10月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 性的虐待問題への怠慢でローマ法王に辞任要求した元大使

ローマ法王庁が外国に派遣する大使をイタリア語では「アンバシャトーレ」とは言わない。「ヌンツィオ・アポストリコ」という特別な呼称がある。もちろん、この職に任命される人物は法王庁でも高位にある人物だ。

 そんな特別な地位にあった元駐米法王庁大使が先頃、法王フランシスコに辞任を求めた。2016年まで大使を務めたカルロ・マリア・ビガノ大司教だ。ビガノ氏は8月、一部メディアに告発文を発表した。米国に駐在中だった13年、法王に米国人高位聖職者による若い修道院生への性的虐待疑惑を報告したにもかかわらず、法王は何の措置も取らなかったと主張した。

 法王は8月、訪問先のアイルランドの首都ダブリンからローマに戻る機内で、問題に関する記者からの質問に「諸君の判断に任せる」と答えた。告発文をめぐっては、真偽が不明との指摘も上がっていた。

 ところが9月には、ドイツのカトリック教会で組織するドイツ司教会議が、同国内の高位聖職者による未成年者への性的虐待に関する報告書を公表。事態はさらに深刻さを増していった。

 法王は結局、来年2月に世界各地の代表司教らと虐待に関する問題を協議する方針を示した。事態が収束する兆しはいまだ見られない。。

坂本鉄男。

(2018年10月7日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)。

坂本鉄男 イタリア便り ベネチアに「墓」はいかが?

水の都ベネチアの、ガラス工房が軒を連ねるムラーノ島に連絡船で行く途中、杉に包まれた墓地の島、サン・ミケーレ島に立ち寄ったことのある方も多いのではないか。この島には8万5千人が眠っているとされる。

 ベネチア市は昨年、この島の整備費用に充てようと、ベネチアの旧家が建てたものの長年放置され、朽ち果てた5つの墓を競売にかけた。

 島には著名人の墓もあり、その中には遺言によりこの島に埋葬された大作曲家、ストラビンスキーの墓もある。

 今年3月、最初に落札された墓は、ストラビンスキーの墓からもさほど遠くない場所にあった。

 購入者は、フランスの製薬会社の男性社長。約35万ユーロ(約4,600万円)で落札した。この社長は「私も妻も、この世界にまれな島が大好きで、この地で将来2人が永遠の眠りにつけることを、この上ない幸せと思う」と語っていた。

 残りの墓も順次、競売にかけられているが、応札額は25万ユーロ(約3,300万円)前後というから、日本のお金持ちにも手が届く範囲ではないだろうか。

 ただし、日本国内を移動するよりも、島までは高い交通費がかかることをお忘れなく。

坂本鉄男

(2018年9月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 最も信頼された使徒と同名の魚「サンピエトロ」、日本名は…

カトリックの総本山ローマ市内のバチカンにあるサンピエトロ大聖堂の名前の由来であるサンピエトロ(ペテロ)は、イエス・キリストの12使徒の内で最も信頼され天国の鍵をも託されたと伝わる。

 このサンピエトロと同じ名で呼ばれる魚がある。日本では今が旬の白身魚で、「刺し身によし焼いてよし」とされるマトウダイだ。地中海でも獲れ、ムニエルに最適とイタリアの人々にも親しまれている。

 日本でこの名は、腹にある丸く黒い斑点が弓の的に似ていることが由来というが、サンピエトロの名を冠した背景には、新約聖書のマタイ伝17章にあるそうだ。

 現在のイスラエル北部に位置するガリラヤ湖畔で、サンピエトロは当時、シモンと名乗る漁師だった。イエスが弟子たちとその湖畔で神殿税の納入を求められたとき、イエスは彼に湖で釣りをさせ、「最初に釣れた魚の口の中にある銀貨」で納税するよう命じた。この時釣れた魚の腹にサンピエトロが触れ、丸い斑点ができたという。しかし、ガリラヤ湖は淡水で、マトウダイが生息するはずもなく釣れるとは考えられない。

 マトウダイは、頭が大きく背びれには鋭いとげがある。家庭でムニエルに調理するよりはレストランで食べる方が好みである。

坂本鉄男

(2018年9月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「世界の救世主」に何が?

ひと昔前までは世界の有名美術品を買いあさるのは石油で巨万の富を築いた米国の財閥と相場は決まっていた。イタリアの古代ローマ以前の古墳から盗掘された貴重な彫刻が、いつの間にか米ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館に陳列されていたこともある。

 レオナルド・ダビンチが1500年ごろに描いたとされ、長年行方不明だった油絵「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)をめぐる取引がいわくありげと話題になっている。

 くだんの油絵は昨年11月、米ニューヨークの競売大手クリスティーズで約4億5,000万ドル(当時約508億円)で落札された。

 翌12月、落札者がサウジアラビアの王族と判明。パリのルーブル美術館の海外別館で、アラブ首長国連邦(UAE)にある「ルーブル・アブダビ」が「(油絵の)展示を楽しみにしている」などとツイッターに投稿した。

 ところが今月3日、展示の無期延期が発表された。理由は明かされていないが、AP通信は在米サウジ大使館などの話として、「サウジ王室がオークション数日前に開館した同別館の代理として絵画を購入した」と伝え、展示の延期と王室の関与を示唆した。

 いつの時代も著名な美術品の取引には、込み入った事情がありそうだ。

坂本鉄男

(2018年9月16日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 子供の安全は二の次? 予防接種を巡り露呈した〝寄せ集め内閣〟の実行能力

イタリアの新学年は9月中旬から10月初めにかけて始まる。これを前に、感染症に対する予防接種をめぐる論争が起きている。

 昨秋、前政権の保健相が、小学校就学前の小児を対象に予防接種を義務化した。イタリアでは、小児がかかりやすい水疱瘡(ぼうそう)や麻疹(ましん)などの感染症に対する予防接種を受けたことを示す証明書が発行されるが、入学前にこれを学校に提出することが義務付けられた。

 ところが、今春の総選挙でポピュリスト(大衆迎合主義)政党の連立内閣が発足すると事態は一変。選挙公約に予防接種不要論者の意見を取り入れた、連立第1党の「五つ星運動」出身の新保健相が「証明書の提出義務は1年先送りし、新学年度は接種済み自己申告書の提出だけでよし」としたのだ。

 証明書の提出義務を解消したら、予防接種の受診が徹底されず、児童らの間で感染症の蔓延(まんえん)を防げないのではないか。全国校長連盟は「未接種児童の受け入れ拒否」を決め、全国小児医師会は「接種義務の履行」を求める事態となった。

 世間の反発が相次ぐ中、一旦は証明書の提出を義務化する法案が議会に提出されたが、結局は「今年度は自己申告で可」とする法案が通った。寄せ集め内閣の政策実行能力に疑念を禁じ得ない。

坂本鉄男

(2018年9月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)