坂本鉄男 イタリア便り 生きた草刈機はコスト安

財政難にあえぐローマ市は市内外にある公園の草刈り費用の捻出に頭を抱えている。考え抜いた結果、羊を放牧するという考えに至った。低コストかつエコで、日本でも近年、注目されている手法だ。

 羊は体重50キロのオスなら1日に5キロ以上の草を食べるという。たくさんの羊を所有する羊飼いに放牧を任せ、それを数カ月間続ければ、市内外の公園がきれいになるというもくろみだ。

 こうした手法は、既に北伊のトリノ市や欧州のいくつかの都市では前例があるようだ。

 北伊ローディの女性が最近、フランス北西部のブルターニュ半島沖、ウェサン島原産の世界最小といわれる体高45センチ、体重15キロのミニ羊を20頭購入し、草刈り請負業を開始した。

 羊は性格がおとなしく、かわいいと感じる人も多い。ホテルの庭などに放しても牧歌的雰囲気を醸し出す。羊は群生の習慣があり、1ヘクタール当たり4頭をまとめて草の生える期間の春から秋まで貸し出すと、費用は2000ユーロ(約26万円)という。庭師を雇って草刈り機を操作させるより3割以上安く済むそうだ。

 ただし、サッカー場の芝生など1種類の草しか生えない場所での草刈りはダメで、羊が食べる雑草が生えていることが条件である。

坂本鉄男

(2018年8月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 危険伴うが世界的ブームの「洞窟探検」

タイ北部のチェンライ県のタムルアン洞窟に閉じ込められたサッカークラブの少年らとコーチ計13人の安否を世界中が心配した。

 少年らはサッカーの練習後に洞窟に入ったというが、最近では、登山用具、照明装置、潜水用具などの進歩から洞窟探検が世界的に一種のブームになっているようだ。しかし、今回タイで見られた救助作業のとおり危険を伴うことがある。

 洞窟探検では、古代アッシリア王シャルマネセル3世が紀元前853年にチグリス河の源流の洞窟を調べたといわれる。約3,000年後の1800年代に、フランス人マーテル(1859~1938年)が近代洞窟研究の道を開き現在に至ったという。

 洞窟学は洞窟の形成過程を通じ地層、地下水脈、気象、古生物、考古学など多岐にわたる研究を含んでいる。特にカルスト地形と呼ばれる、水に侵食されやすい石灰岩などの石でできた地層を中心に、山口県の秋吉台国定公園にある鍾乳洞など、さまざまな形の洞窟が日本を含め世界各地にある。

 イタリアでは南伊のカステッラーナの鍾乳洞が日本でもよく知られ、わざわざ訪れる観光客もいる。欧州では、イタリアの隣国スロベニアのポストイナの鍾乳洞が有名で、約20キロの長さの内部を小型電車で一巡できる。

坂本鉄男

(2018年7月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り サッカー選手の入れ墨

去る2日夜10時過ぎ、日本とベルギーの試合の直後、イタリア人の友人から電話があった。「日本チームは惜しかったな。ヨーロッパの強豪ベルギーと互角に戦ったのだから」という。この友人以外にどれほど多くのイタリア人サッカーファンがあの試合を見ていたかわからない。特に長友佑都選手と本田圭佑選手はイタリアチームで活躍していたから知名度は極めて高く、2人がボールを取るとアナウンサーの声が興奮気味になったほどだ。

 さて、今回のW杯ロシア大会を見て、つくづく感じたのは腕や足や肩に入れ墨を入れた外国人選手の多いことだ。それも、選手によっては腕や脚全体に施している。

 日本人の多くは伝統的に入れ墨に対してある種の偏見を持っているが、今回のW杯を観戦して分かるように、今や世界では入れ墨は普通の体の装飾になっているのである。

 イタリアでは、皮膚科の専門医の中には、あとで消去したくなったときの困難さを述べて、入れ墨に反対する人が多いが、サッカー選手のみならず、有名な女性オリンピック水泳選手からテレビに出る女性まで堂々と入れ墨を見せている。

 サッカーの試合を観戦しながら考えてしまった。果たして、あと何年後ぐらいに日本でも入れ墨が流行するのだろうかと。

坂本鉄男

(2018年7月8日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 変わった無形文化遺産…って、「家畜の大移動」が?

「所変われば品変わる」のことわざ通り、イタリアがユネスコに無形文化遺産として申請を準備しているものは、およそ日本では想像できないものだ。イタリア各地の家畜の放牧地では、春と秋の年2回、牧草を求めて羊や牛を山地と平地の間で移動させる習慣がある。最近は100頭くらいの家畜なら専用トラックを使用するが1千頭以上になると歩きである。1千年以上前から続くといわれる家畜の大移動。これが無形文化遺産申請の対象だ。

 現在でも、有名なものは中伊アブルッツォの山地とアドリア海沿岸の平地の間の羊の大移動で、数千頭の羊が馬に乗った大勢の牧童と牧羊犬に守られて、何日間もかけて山を越え谷を渡り目的地に向かう。数百年間、同じルートを通ってきただけに、山や林や草原の中に幅100メートル以上、長さ200キロもの自然の道が作られた。自然の障害で通行できないところでは村落まで出て一般道路を通ることもあるが、公道通過は昔から法的に認められてきたという。

 現在、イタリア全国の羊の飼育頭数は約720万頭で、そのうち40%はサルデーニャ島で飼育されている。昔から貧しい山岳地帯の住民や経済的に遅れた地域の住民にとっては、羊乳で作るチーズや羊毛は生きるための最重要な産物なのである。

坂本鉄男

(2018年7月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 司祭による性的加害行為…妻帯を真剣に考える時代

カトリック教の司祭は童貞を守るのが義務である。その上、司祭には男性しか就くことができない。結果的に、司祭の男性による未成年男女信者に対する性的加害行為が頻発しているが、フランシスコ現法王は断固として許さない。

 5月下旬、米国のミネアポリス大司教区は、450人の未成年の性的被害者に2億1千万ドル(約231億円)の賠償金の支払いを決定した。2007年にロサンゼルス大司教区が508人の未成年性的被害者に支払った6億6千万ドルに及ばずとも巨額な賠償額といえる。教会側は今回の賠償額のうち、1億7千万ドルは保険会社から支払われ、不足分は不動産の売却や教区内からの寄付金などで補うと説明しているが、中小企業なら倒産してもおかしくない金額だ。また、これだけ巨額の保険金を掛けていたということは、考えようによっては、教会が司祭による性的加害行為を予想していたのではないか。

 現在のように、性的刺激の強い雑誌・映画などがあふれている世の中で、聖職者に童貞を守ることを強制すること自体が無理なような気がする。昔の法王の中には愛人に子供を産ませていた人物もいたのだから、カトリック教会も以前から問題になっている司祭の妻帯を真剣に考える時代に入っているのではなかろうか。

坂本鉄男

(2018年6月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り サクランボが実らない桜…20年来の疑問が氷解した山村

サクランボの季節になると思い出すことがある。だいぶ昔のことだが、トスカーナの山奥のタッラ村から「桜をテーマにした講演」の依頼を受けた。再度にわたる要請に「祖国の宣伝のため」と引き受けることにした。

 村民で満席となった公民館のようなところで、日本人が昔から桜の花に抱いてきた感情を詩歌を例に説明し、結びに武士のみならず第二次大戦末期の特攻隊の隊員が死に臨んで自らの気持ちを桜の花に託したことも説明した。

 講演会終了後、村の小さなレストランで食事会が開かれ、冒頭、村長が「本日のお話で20年来の村民の疑問が解けた」と切り出した。話はこうである。

 この村は中部イタリアでは有名なサクランボの産地。その縁で日本からイタリアに贈られた桜の苗木の一部が分け与えられた。村民は大切に育てたのだが一向にサクランボが実らない。諦めた村民は苦渋の決断の末、伐採してしまったという。村長は続けた。

 「本日のお話で、日本人は昔から桜は花だけをめで、実には関心がなかったことが分かった。そして、私たちが日本の桜に実を期待したことが間違っていたこともよく分かった」と。

 この広い世界には「花より団子」の人々が大勢いるのである。

坂本鉄男

(2018年6月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り HIVを隠して次々と関係し32人に感染させた「希代なる女性の敵」

イタリアでも日本同様にストーカー行為をされた揚げ句、殺される女性は多い。また、復縁話のもつれから元カレに殺される女性も少なくない。こうした女性が犠牲となる殺人の増加が社会的問題となる中、殺人こそ犯さないが多数の女性に大きな被害を与える男もいる。

 昨年10月、ローマの重罪裁判所はローマ近郊に住む会計士の男(33)に、「希代なる女性の敵」として懲役24年を言い渡した。

 男は2006年から15年までの9年間に、エイズウイルス(HIV)感染者であることを隠したまま50人以上の女性と性的関係を結び、32人の女性および女性のパートナーとなった別の男性にも間接的にHIVを感染させた。検察からは病原菌を蔓延(まんえん)させ、流行病を引き起こしたとして終身刑が求刑されていた。

 この事件は15年11月、1人の被害者からの訴えで発覚し、警察が故意にHIVを感染させたとして男を逮捕。実名で新聞に報道されると、男と関係を持ったと訴える女性が次々と現れ、警察は初めて事件の大きさを知ったという。

 現在は、洋の東西を問わず性に開放的な世の中である。日本でも隠れたこうした女性の敵、あるいは男性の敵がいないと言い切るのは難しいのではないだろうか。

坂本鉄男

(2018年6月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 共和国成立記念日

6月2日はイタリアの共和国成立記念日だ。第二次世界大戦後の1946年6月2日と3日の両日、イタリアで王制を選ぶか共和制を選ぶかの国民投票が実施され、イタリア王国が廃止されイタリア共和国が誕生した。

 だが、その差は僅かで、共和制賛成が1271万票、王制賛成が1071万票、白紙・無効票が149万票であった。北伊の都市部では共和制が勝利したのに対し、南伊では王制が優勢で、例えばナポリでは共和制賛成25万票に対し王制賛成が90万票というありさまだった。

 共和国記念日の6月2日は、国民休日として76年までは毎年その日に祝われたが、77年の経済危機のとき、労働日を1日失わせるべきではないとして、祝日を6月の第一日曜に移したこともある。イタリア人は理想主義的なところが多いが、現実的な面もある。経済危機に際し国民休日(特に宗教的祭日や連休)を取り消すことはしばしばあった。こういう時には、労働時間に関し常に政府と対立する労働組合も賛成してきた。この点、国民の機嫌をとるためか、祭日や連休をむやみに増やしてばかりの最近の日本とはやや異なる。

 共和国記念日が国民休日として、復活したのは、24年後の2001年からである。

坂本鉄男

(2018年6月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ストだらけになるわけだ 市民より組合員の権利か

先進国の首都の中でもローマのように道路は穴だらけ、市営交通機関はでたらめといった都市も少なかろう。市の交通局は、放漫経営のため累積赤字が14億ユーロ(約1835億円)に上り、バスは故障車が半数を占め路線は大幅に減らされている。しかも約1万2千人の交通局職員の欠勤率は10%以上ときては始末が悪い。そればかりではない。昨年度は平均15日に1度はストライキがあった。それも、必ず金曜日に行われるのだから、一般市民に「連休を作るため」と非難されても仕方がない。

 職員のうち、組合に加入していない2,400人のほかは、いわゆる3大労組への加入者が6千人で、あとは12もある小組合の加入者である。しかもこの小組合も憲法で保障されたスト権は持っているからストだらけになるわけだ。

 ローマには、幸いにして市営地下鉄は2路線しかないが、20人の運転手組合がストをすれば全線まひし、毎回地下鉄利用客は大混乱を起こす。

 市民の権利より組合員の権利の方が重んじられるのにあきれ返ったためか、最近、ストとストの間隔は今までの10日でなく20日と決められた。そんなことより、「イタリアは労働に基礎を置く民主共和国である」との共和国憲法第1条を読み聞かせてやった方がよい。

坂本鉄男

(2018年5月27日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 日本とはどこか違う?地中海の魚

「目には青葉 山ホトトギス 初ガツオ」の季節になった。カツオは全世界の熱帯から温帯の海のどこにでも生息すると聞いていたので、イタリアで4月から8月が旬のトンネット(小さいマグロ)と呼ばれる全長50~60センチくらいの脇の上部に横じまのある魚が日本のカツオと同じものだと信じていた。

 だが、考えてみればカツオは脇の下部に横じまがあるし、トンネットはカツオに比べ魚肉が軟らかい気がする。魚類図鑑を調べたら、カツオの学名はカツオヌスうんぬん、一方、イタリアの方の学名はエウチンヌスうんぬんと違うことが判明。トンネットは、最近の日本食ブームで魚のカルパッチョが流行しても生で食べることは少なく、オーブンで焼き上げたり、トマトソースで煮たりするのが普通である。

 地中海は暖流だけが流れていて、暖流の黒潮と寒流の親潮の両方が流れている日本近海とは環境が違う。このため、取れる魚は形が似ていても味や性質がやや違うことが多い。

 例えばアジだ。見かけは日本のアジと全く同じだが、肉が薄く皮のぜいごが硬くて三枚におろすのは大仕事になる。このため、アジの酢の物、アジフライ、アジの開きなどは諦める他はない。わが家の魚屋は下等な魚として初めから仕入れてこない。

坂本鉄男

(2018年5月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 母の日

5月の第2日曜日の本日は「母の日」である。育児、家事、最近では家計を助けるためアルバイトまでする母親は本当に忙しい日々を送っている。だが、このありがたい母親にささげる感謝の日の起源は案外最近だ。

 現在の「母の日」は、南北戦争時代の米国で人道主義者として活躍した女性の娘が亡き母をたたえて、1907年5月12日に母が奉仕した教会で追悼式を催し白いカーネーションをささげたのが起源だといわれている。戦前の日本では普及することなく、戦後米国にならって49年頃から5月の第2日曜日に行われるようになった。イタリアもほぼ同じで、57年に中部アッシジのひとりの修道士が米国にならって祝ったのが最初の「母の日」だといわれる。

 一方、「父の日」はなんでも男性優先だった時代に先に広まった「母の日」に合わせ、20世紀初頭、米国で生まれたそうだ。

 旧カトリック国イタリアでは、イエスの養父聖ヨセフ(イタリア名ジュセッペ)の祝日の3月19日に祝われる。この日には、ヨセフが幼いイエスと妻マリアを連れてエジプトに逃れたとき家族を養うため揚げ菓子を売ったと伝えられるため、ジャムの乗ったシュークリームに似た菓子ゼッポラ・ディ・サン・ジュセッペが贈られる。

坂本鉄男

(2018年5月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ローマ軍団の常備食だった「ペコリーノ・ロマーノ」と生のままのソラマメ

春の到来とともにローマ市民は、祭日や日曜日には家族や友人たちとピクニックを楽しむ。最近は車にバーベキューの道具一式を積んで出かける人が多い。バーベキューの材料は、鶏肉や昨年の秋に生まれた子羊の肉、生ソーセージなどが主役だ。だが、一種のつまみに必ず用意するのが莢(さや)ごとのソラマメと羊乳のチーズ「ペコリーノ・ロマーノ」だ。

 ソラマメは莢からむいて生のまま食べるが、塩味のやや利いたチーズと相性が良い。

 日本人はソラマメの初物は酒のさかなとしてゆでて食べるのが普通であるため、初めはやや青臭い味でなじめないが、慣れてくると「初夏の味」としてなくてはならないものになるから不思議だ。

 羊の乳で作るチーズ、ペコリーノの歴史は古く、古代ローマの博物学者で軍人でもあった大プリニウスの記述にも出てくるほどだ。

 保存が利くことと高い栄養価のためローマ軍団の常備食に加えられていたという。ペコリーノ・ロマーノと呼ばれてはいるが、現在ではローマ近辺産ものは少なく、羊飼いの多いサルデーニャ島産のものが大部分である。切って食べるには6カ月ほど熟成させたものが、すり下ろしてパスタにかけるには1年少し熟成させたものが良い。

坂本鉄男

(2018年5月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り アッシジの5月祭の起源は…

5月を意味する英語のmayも、イタリア語のmaggioも、語源はローマ神話の豊穣(ほうじょう)の女神Maiaにささげた月に由来する。ヨーロッパ各国では昔から、春の到来を祝う祭りとして5月初めに「5月祭」が存在した。

 イタリアでは、共和国憲法第1条が「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国である」と定めてから、5月1日は「労働者の祭典のメーデー」として国民祭日になったが、昔は各地に春祭りがあった。現在、この名残をとどめる一番有名なものは、聖フランシスコの生誕地アッシジの春祭り、カレンディマッジョ「5月1日祭」である。

 この祭りの起源もローマ時代に遡(さかのぼ)るとされているが、アッシジが一番勢力を持った1300年代初頭からは当時のイタリアの全ての都市と同じように、この小さな町も「上の区」と「下の区」の有力者が法王派と皇帝派にわかれて血生臭い争いを続けていた。だが、この祭りの時だけは、町が一つになって祝ったといわれる。

 第二次大戦後に観光と町おこしを兼ねて、再びカレンディマッジョが復活したが、昔と違って、毎年5月の初旬に町が二手に分かれて争う町祭りになっている。「春の女王コンテスト」や「歌合戦」などが主なものだ。

坂本鉄男

(2018年4月29日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 熱湯の中で苦しませて死なすのは残酷との理由で…

イタリアのある雑誌によると、スイスでは今年の3月1日から、伊勢エビやオマールエビなどを生きたまま熱湯に入れてゆで上げるのを禁止しようと考えていたという。理由は、一気に殺すのと違って、熱湯の中で苦しませて死なすのは残酷だからだとか。

 安土桃山時代の大盗賊で「釜ゆでの刑」にされた石川五右衛門が聞いたら「今度生まれ変わってくるならスイスだ」と思うに違いない。

 だが、海がないスイスだとオマールエビなどは、爪を縛られて氷詰めにされ運ばれてくるだろうが、これも残酷といえば残酷だ。

 イタリアでは動物を虐待すると罰せられるが、魚やエビに対する虐待禁止法というのは聞いたことがない。一度、金魚や熱帯魚の水槽の形が問題になったことがあるだけだ。

 2月と3月は豚を殺して生ハムやサラミ類を作る季節である。また、春は昨秋生まれた子ヒツジの食べ頃である。

 ヨーロッパ人は昔から牛や豚や羊を殺してその肉を食べ続けてきたが、この気の毒な家畜たちの殺されるときの苦しみに同情する話は聞いたことがない。

 今に、「鯨の肉を食べる日本人は残酷だ」だけでなく、魚やエビの「生き造り」を食べるのも残酷だと言い出すかもしれない。

坂本鉄男

(2018年4月22日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 胃袋を満たす胃袋料理「トリッパ」 愛される「歯応え」

イタリアの臓物料理の代表的なものの一つはトリッパだ。牛の胃袋料理である。

 牛は上前歯がないので、長い舌で草やわらをからめ、まな板のように硬い上の歯茎と鋭い下歯で切り取った後、奥歯でかみ、胃に送り込む。“うのみ”状態にも近いため、牛の胃袋は4つの部分から成り立つ。口から飲み込んだ草などを第1胃と第2胃である程度、消化した後、もう一度口に戻しかんでから再び第1と第2の胃を経由して第3と第4の胃に送り、本格的に消化する。

 日本でもモツを専門に扱う飲食店では、第1胃をミノ、第2胃をハチノス、第3胃をセンマイ、第4胃をギヤラと呼んで区別する。

 イタリアでは、一般的には胃袋を全部一緒にゆで上げて売っている。ゆで上がった胃袋は全体的に白い。これを、もう一度家庭で柔らかにゆで直し、ある程度の大きさの細長い短冊状に切って料理する。トリッパの料理方法は簡単で、ローマ風でもフィレンツェ風でも基本的にはトマトソースで煮込んだものである。中伊のトスカーナ地方では、一番柔らかい第4胃をランプレドットと呼んで、屋台でパンに挟んで立ち食いしたものだが、今は廃れてしまった。トリッパの独特の歯応えが人々に愛される理由なのだろう。

坂本鉄男

(2018年4月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

杞憂といえるか 「ローマだけは避けて…」中国宇宙施設「天宮1号」落下騒動

古代中国の周の時代、小さな杞という国のある男が、「もし天が落ちてきたら、また、地が崩れたらどうしよう」と心配し、夜も眠れず昼は食べ物ものどを通らなかったという。「無用に憂うこと」を意味する「杞憂(きゆう)」は、この話から生まれたと言い伝えられている。

 去る4月1日から2日にかけて、イタリアの中部から南部にかけての住民は、中国の無人宇宙実験室「天宮1号」の破片が落ちてくるのではないかと気をもんだ。結局は太平洋上に落ちたが…。

 わが家の管理人は「中国の衛星ですよ、どこに落ちるか分かりません。ちょうど復活祭だから、イエス様にローマだけは避けるよう祈るほかはありません」などと話す始末だった。

 だが、「杞憂なのに」と軽くみてはいけない。

 イタリアの防災局は同国南部への落下の確率が0.1%と発表したが、日本の年末ジャンボ宝くじの1等当せん確率が2千万分の1といわれているだけに、はるかに高い確率だったことになる。

 現在、宇宙を回っている人工衛星の総数は4,400機以上といわれている。この人工衛星がいつの日にか、地球上のわれわれの上に落下するかもしれないと考えると、「杞憂」などとのんきに構えていられない。

坂本鉄男

(2018年4月8日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 4月1日はイースター イエスの磔刑と復活

今日は復活祭(イースター)である。つまり、この日の朝、聖母マリアとマグダラのマリアたちが2日前の金曜日に磔(はりつけ)にされたあと埋葬されたイエスの墓参りに行ったところ墓は空でイエスがすでによみがえっていたことを、つまり復活していたことを知るキリスト教徒の最重要な祭日である。

 古代ローマでは、磔刑(たっけい)は反逆罪や殺人などを犯した重罪人に科せられた。イエスは当時のユダヤ教支配層を厳しく批判したため、ユダヤ人評議会からローマ帝国への反逆者として死刑宣告の権限を持っていたローマの属州総督ピラトに渡された。ピラトはイエスの無実を信じたが、ユダヤ人たちの圧力に屈して磔刑が宣告されたという。

 磔刑による処刑人数が多いので有名なのはキリスト教と関係はないが紀元前73年にベスビオ山麓で起こった剣闘士スパルタクスの反乱である。制圧後捕虜6千人がナポリ北のカプアからローマへのアッピア街道沿いに見せしめのため磔にされ鳥の餌食にされた。

 磔になっても即座に死ぬのではない。罪人は両手首を横木に、両足首を柱にくぎで打ち付けられ体重で体を支えられなくなって呼吸困難になり、長時間苦しんで死んだのである。

 キリストも正午近くに磔にされ午後3時ごろ息を引き取ったとされている。

坂本鉄男

(2018年4月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ナポリ式ピッツァ「マルゲリータ」の由来ってご存じですか?

    昨年12月中旬、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化遺産にナポリのピッツァ職人の技術が選ばれた。ナポリで生まれたピッツァは今や日本を含め世界中に普及し、世界一ピッツァ好きの米国人の1人当たりの年間消費量は13キロと、本場イタリア人の7.6キロをはるかに上回る。とはいえ、イタリア中では毎日500万枚のピッツァが焼き上げられ年売上総額100億ユーロ(1兆2,300億円)という一大食品産業である。

 ナポリ式ピッツァは具がトマト、モッツァレラチーズ、オリーブオイル、オレガノなどで、周りが平べったい普通のピッツァと同じだが、形は必ず円盤形で縁がふっくらと盛り上がったタイプのものである点が違う。また、かまども電気を使わず、まきをたくタイプに限っていて、高温でごく短時間で焼き上げる。

 いろいろ種類は多いが、一番有名なものの一つは「ピッツァ・マルゲリータ」であろう。1889年、サボイア王家のマルゲリータ王妃がナポリの王宮に滞在中、名物のピッツァをご所望になった。感激したナポリ一のピッツァ職人ラファエレ・エスポジトが新生イタリア王国の三色旗を表し、トマトの赤、モッツァレラの白、バジリコの緑をあしらい「マルゲリータ王妃」と命名して献上し大変喜ばれたという逸話が残っている。

坂本鉄男

(2018年3月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 就職試験シーズン…縁故主義、どこにでも

就職試験の季節が始まろうとしている。「君はいいな、コネがあるから」などの会話が聞かれるシーズンである。コネ、すなわち縁故主義は英語でもフランス語でもネポティズムである。この語源は、中世のカトリック教会で世俗的権力を持った高位聖職者が後継者に自分の息子を、ラテン語でネポス、つまりイタリア語の「ニポーテ(おい、めいの意)」と称し登用する悪例から端を発したといわれる。

 その最悪の例を作ったのが、約500年前のボルジア家出身の法王アレクサンデル6世である。

 彼は、愛人に産ませた子供を「ニポーテ」と呼んで、枢機卿(法王選挙権を持ち当時は数が少なく絶大な権力を持っていた)などに任命し自分の周囲を身内で固めようとした。

 小説の主人公にも取り上げられた息子のチェーザレ・ボルジアは枢機卿、軍人、政治家として活躍し、娘のルクレツィア・ボルジアは一度結婚していたが、法王宮殿内で豪華な結婚式を挙げ有力貴族ペーザロ公と結婚させられた。全ての人が実情を知っていたが、公式には「おい」であり、「めい」であったのである。

 縁故主義は人間社会どこにでも存在し、わが国の政界の2世、3世議員などもその類であるし、中国の太子党などもその部類に属する。

坂本鉄男

(2018年3月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 倒木が相次ぐ「ローマの松」…赤字の市当局は四苦八苦

「ローマの松」というと、音楽愛好者は誰でも作曲家、レスピーギ(1879~1936年)を思い出す。彼は1913年、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の作曲科教授として赴任して以来、ローマの自然と風物に魅了され「ローマの泉」「ローマの松」「ローマの祭り」の3部の交響詩を作曲した。

 さて、レスピーギを魅了したローマの松だが日本と剪定(せんてい)方法が違う。日本の松は下の方から左右に枝ぶり良く枝を張らせることも多いが、イタリアの松は下枝は全部を切り落として幹をまっすぐ高く伸ばし、てっぺんの方に唐傘のように丸く枝をまとめあげる。このため、てっぺんに雪が積もったり強風に遭ったりすると、根の浅い樹木だけに簡単に重心を失い倒れてしまう。

 2月26日早朝にローマでは珍しくかなりの降雪があり「美しい雪の都」が出現したが、倒木と折れた枝で何台もの車の屋根が壊された。

 これは松だけでなくテベレ川沿いのプラタナスの並木も同じで、昨年だけでローマ市内の倒木事件は約40件に上った。市当局は安全対策として高さ20メートル以上の街路樹の点検を行うことにしたが、赤字財政の市だけに手の打ちようがない。

 今、レスピーギがローマに赴任したら交響詩の着想など到底浮かばないのではないか。

坂本鉄男

(2018年3月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)