坂本鉄男 イタリア便り ナポリの一品 馬車に乗ったモッツァレラ

ピザなどナポリ料理に欠かせない材料の一つがモッツァレラだ。水牛の乳で作られる生チーズで、牛乳で作られるフィオール・ディ・ラッテと比べ、ずっとおいしいし、値段も高い。<br /><br /> 水牛にはアジア種とアフリカ種があり、5世紀ごろにアフリカ種がイタリア南部、特にナポリから南下した場所にあるサレルノ地方に持ち込まれ、モッツァレラが特産物となった。気候変動による平均気温の上昇に伴い、水牛の飼育エリアは北上し、今ではイタリア北部でも生産される。

 生チーズのため消化がよく、100グラム当たり約280キロカロリーでビタミンとミネラルを多く含むことから病人食としても勧められる。

 最も簡単な料理は「カプリ島風サラダ」。300グラムくらいの丸いモッツァレラを半分に切り、端から1センチほどの厚さにくし形に切って、同じ程度の厚さに切ったトマトに乗せ、バジリコの葉をのせて並べればおいしいサラダが出来上がる。

 ほかにナポリで有名な一品は「馬車に乗ったモッツァレラ」。端を落とした角形食パンの間にモッツァレラの薄切りを挟み、溶き卵とパン粉をつけて揚げる。

 昔は丸形パンを切って作ったため「馬車の車輪の上にモッツァレラを乗せた」ように見え、この名が生まれた。今では、この語源を知る人はほとんどいなくなっている。

坂本鉄男

(2020年7月21日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 漁師の健康料理「アクアパッツァ」

イタリア語の料理の名前は、日本人にも発音しやすく、そのまま日本語として使われることが多い。アクアパッツァもその一つ。

 アクアは「水」、パッツァは「奇妙な」とか「暴れた」を意味するが、なぜパッツァを用いるのか、その語源は定かでない。イタリアでは「塩水で味付けする、ごく簡単な料理」程度の意味に捉えられている。

 もともと南部の港町ナポリの漁師料理として19世紀から存在した。有名になったのは、第二次大戦後の1950~60年代に国民的人気を集めたナポリ出身の喜劇俳優、トト(1898~1967年)が好み、ナポリや沖合のカプリ島を訪れた際にレストランで必ず注文したのがきっかけだ。

 南イタリアでは定番の家庭料理。レシピを簡単に紹介すると、まずはオリーブ油で熱した鍋に完熟トマト3個を切ったものとニンニク1個を薄切りにして入れる。火が通った頃合いを見計らい、中型の新鮮なタイ1匹(スズキなどの白身魚も可)を追加する。最後に海水よりやや濃いめの塩水カップ2分の1と辛口白ワインをカップ1入れて15分ほど煮込み、イタリアンパセリのみじん切りをかけたら出来上がり。

 1人前で約170キロカロリーという健康料理。新型コロナウイルス流行下の自粛生活で運動不足の体にうってつけだ。

坂本鉄男

(2020年6月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 人気料理と画家 「カルパッチョ」の起源

日本でも人気の生魚を薄切りにして調味料を加えたイタリア料理「カルパッチョ」は、もともと、「新鮮な牛の生肉の赤身の薄切りに、ごく薄切りのチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノをかけたもの」であった。

 元祖とされるベネチアのレストラン「ハリーズ・バー」創業者のジュゼッペ・チプリアーニ氏によると、起源は1950年。食事制限で「加熱した肉料理は食べられない」と常連客の婦人が話すのを聞き、提供したのが始まりだ。皿に盛られた配色が、15世紀末から16世紀初頭に活躍したベネチア出身の画家、ビットーレ・カルパッチョの作品の鮮やかな赤と白の色使いに似ていたのが命名の由来という。

 これ以前に生の牛肉の薄切り料理がなかったわけではない。例えば、北部ピエモンテ州には生の牛肉の薄切りにオリーブ油、パルミジャーノの薄切り、特産の白トリュフのスライスなどをかけた料理が存在した。

 70年前にカルパッチョにちなんで命名され、有名になった牛の生肉の薄切り料理の名は、やがて生魚に転用され「スズキのカルパッチョ」などと呼ばれるようになった。この点、イタリアも日本と同じである。

 言葉の意味は時とともに変わる。100年もたてば「カルパッチョ」がベネチア派の画家に由来することなど知る人もいなくなるに違いない。

坂本鉄男

(2020年6月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 中国の責任、国連の場で

全世界で蔓延(まんえん)中の新型コロナウイルスは、ワクチンの開発が急ピッチで進む一方、いつ収束するのか予測も立っていない。このままでは14世紀に欧州を襲い、人口の3分の1を死に追いやり、収束まで何十年もかかったペスト(黒死病)と同じようになるのではないかと想像し、ゾッとする。

 米国の死者はベトナム戦争での米軍戦死者を上回った。報道によると、ミラノを州都に持つイタリア北部ロンバルディア州の死者は、第二次大戦末期の5年間におけるミラノでの民間人犠牲者の約5倍となる1万人を超えた。経済・商業・工業が受けている損害も深刻だ。世界各国の被害額を合計すると天文学的な数字になるのは間違いない。

 新型コロナの発生源が中国の湖北省武漢の周辺(武漢のウイルス研究所との説もある)であることは中国政府も当初、事実上認めていたが、自国の騒ぎが落ち着くと、一転して発生源が他国にあるかのような主張を始めた。マスクを寄贈して恩を売り、南シナ海に行政区を新設して“主権の存在”を既成事実として認めさせようとしている。

 不思議なことに、こうした中国に対して、日本政府から損害賠償を求める声が聞こえてこない。今こそわが国は、原因究明と賠償責任の取り方などを討議する機関の設置を国連の場で求めるべきだ。

坂本鉄男

(2020年5月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り モーツァルトは語学の天才

現在のオーストリアの都市、ザルツブルクに生まれたモーツァルト(1756~91年)は、わずか35年の短い生涯のうち約10年間を英ロンドンや仏パリなどで過ごしている。父、レオポルト(バイオリニスト、作曲家)が息子の非凡な才能に気づき、修養のため当時の音楽の主要都市に連れて回った。

 モーツァルトがこの旅行中に書いた手紙が現存し、5カ国語に及ぶ。イタリアには13~17歳の間に3回、合計720日間滞在したが、彼の書いたイタリアオペラのイタリア語は完璧である。優れた語学力以外に触れなければならない特質は驚くべき暗記力だ。

 1回目のイタリア旅行でバチカンを訪れたとき、システィーナ礼拝堂で、その見事な作曲から教皇自ら門外不出と命じたグレゴリオ・アレグリ(1582~1652年)のコーラス重唱曲「ミゼレーレ」を聴く機会を得たが、この曲をモーツァルトは1度聴いただけで暗譜し、宿に戻ると全く誤ることなく書き写したといわれている。

 18世紀の欧州には、飛行機などもちろんなく、馬車が重要な交通手段だったが、今のような国境を封鎖せざるを得ない新型コロナウイルス騒ぎはなく自由に旅行ができた。文明とは果たして進歩しているのか、それとも逆なのか疑いたくなる。

坂本鉄男

(2020年4月28日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 古代ローマの剣闘士は菜食主義者

古代ローマ人は血なまぐさい決闘競技を見物するのが好きだった。良い季節には、首都ローマの巨大円形闘技場コロッセオをはじめ、植民地にまで建てさせた多くの円形闘技場で闘技が催され、市民を喜ばせた。

 演目は北アフリカから運ばれた猛獣退治に始まり、剣闘士同士の命をかけた決闘で終わる。当時のアフリカは地中海沿岸まで森林が続き、ヒョウなどの野獣がたくさん生息していたが、ローマに送るための動物狩りで激減してしまったといわれる。

 催しの最後を飾る剣闘士について、最近、古代遺跡オスティアの研究者による「剣闘士の骨の調査」の興味深い結果が発表された。

 剣闘士は、ローマとの戦いに敗れた異民族の戦士から、身長1メートル68前後の屈強な30~30歳ごろの若者が選ばれた。彼らは剣闘士養成所で訓練を受ける。

 体中傷だらけになって死ぬまで戦う運命となった彼らの食事は、現代のレスラーのイメージから、血の滴るビフテキなど肉類が主だと類推しそうなものだが、骨の調査から意外にも現在の菜食主義者とほとんど同じであることが判明した。

 主な食べ物は大量の大麦と豆類。飲み物には動物の骨を焼いて砕いた粉や岩塩を溶かし入れたという。

 古代ローマの剣闘士の方が、現代のわれわれより健康的な食事だった?

坂本鉄男

(2020年4月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 中国発の2つの疫病

中国から広まった新型コロナウイルスは、14世紀にヨーロッパを襲った「ペスト」と似ている。当時のぺストも中国から感染が広まったとされるからだ。このペストは蒙古を横切りトルコ、ギリシャを経て1347年ごろイタリア南部のシチリア島に上陸し、そのままイタリアを北上してから、スペイン、英国からアイルランドまで欧州全土を襲い自然終息したといわれる。

 この疫病により、当時のヨーロッパの人口の3分の1、つまり、2千万人から3千万人が死んだとの推定がある。イタリアの古典小説の始祖の一人、ボッカチオ(1313-75)は、ペストから田舎の別荘に逃れたフィレンツェの上流階級の男性3人と女性7人によって語られる物語を「デカメロン」に書いている。

 米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、日本時間30日午前11時現在の新型コロナ感染者は約72万人、死者は約3万人。一方で、治療薬や予防接種に使うワクチンは完成していない。万一、14世紀のペストと同様、自然終息を待たねばならないとすると今後も感染者は増加の一途をたどると思われる。

 中国も、経済発展と軍拡に力を注ぐだけでなく、たとえ700年に一度としても自国発のパンデミック(世界的大流行)が起きないよう衛生状態の改善に尽くしてもらいたいものだ。

坂本鉄男

(2020年3月31日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り リハビリ病院の先駆者

カルロ・ニョッキ司祭(1902~56年)の名前を知っている日本人はほとんどいないだろう。司祭はイタリアにおける「リハビリ病院の元祖」ともいえる人物で、54歳の若さで死去したにもかかわらず、数年後には「福者」(聖人の1つ手前)に列せられた。

 ミラノ近郊で生まれた司祭は若くして聖職に進み、第二次大戦中はアルプス山岳部隊の従軍司祭として兵士と生死を共にした。祖国に戻った司祭が胸を強く打たれたのは、敗戦直後の日本と同じく戦災孤児の多さと松葉づえにすがる傷痍(しょうい)軍人の姿であった。

 「リハビリ」という言葉も知られていない時代である。司祭は、まず資金集めに奔走し手足のない孤児を収容する施設を造った。次いで「リハビリ専門病院」の必要性を痛感し、医療財団の設立に乗り出した。その志は宗教界・政財界から多くの賛同者を集め、「ドン・ニョッキ財団」の発足につながったが、不治の病に侵されていた司祭が発足を見ることはなかった。

 60年以上がたち、医療界にリハビリの重要性が根づいた今、司祭の熱意が生んだ財団はミラノおよびローマにリハビリ専門の大病院を持ち、イタリア全土33カ所でリハビリセンターを運営するまでになった。人道的な目的からまかれた一粒の種がこのように成長した例は少なかろう。

坂本鉄男

(2020年3月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 詐欺師に注意! 「トレビの泉」のケチくさい話

昔、イタリアの喜劇映画には大体こういう筋書きの小話があった。

 ローマを訪れる観光客にならって米国の富豪が「トレビの泉」を眺めながら叫んだ。「わが大アメリカに欠けるのはまさにこうした遺跡だ」。すると、どこからとなく貴族然とした老紳士が現れ名刺を出した。見ると「トレビ大公爵ジュリアス・シーザー14世」とある。

 いくら歴史の重みに弱い米国人でも驚いた。老紳士は続けてこう吹っかけたのである。「昨日もブラジルの富豪がこの泉を200万ドルで売ってくれと申し出たのですが、私はアメリカびいきだ。あなたくらいなら半額の100万ドルでお譲りしましょう」。

 話の結末は忘れたが、最近の「泉」をめぐる話はケチくさい。

 地元紙によると、少し奥まったところにある泉には5方向から小道がある。どの小道の両側にも土産物屋が軒を連ね、観光客を目当てにしている。ところが道しるべの標識が曲げられたり汚されたりして、特定の店に導くようになっているというのだ。この知らせに市役所も新しい標識を付けるなど対策を講じ始めた。

 日本でも間もなく東京五輪・パラリンピックがある。大勢の観光客を前にして詐欺師まがいの手口で「ぬれ手でアワ」をもくろむ連中が出てこないとも限らない。

坂本鉄男

(2020年3月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 消えたクリムト 23年後の発見

19世紀末から20世紀初頭にかけて、工芸、美術、建築、絵画など広範囲の分野で「アールヌーボー」という全く新しい芸術様式が欧州を中心に花開いた。今回は、この分野で活躍したオーストリアの代表的画家、グスタフ・クリムト(1862年~1918年)の作品の一つをめぐる事件についてお伝えしたい。

 97年2月、イタリア北部ピアチェンツァの現代美術館からクリムトの傑作の一つ「婦人の肖像」が盗まれた。直ちに捜索が行われたが行方は全くわからなかった。ところが23年の歳月を経た昨年12月、同じ美術館の裏庭の隔壁の間から庭師によって無傷のまま発見されたのである。

 一体これは何を意味するのであろうか。考えられる理由の一つは、盗みに成功したまではいいが、あまりにも知られ過ぎた美術品であるがために転売が不可能となったことである。盗み出すにはかなりの準備と資金を要したであろうに、23年間手元に保管した後に何の報酬もないまま「返却」するとは間の抜けた盗賊団といわれても仕方がない。

 ただ、世の中には表の社会には姿を見せない大金持ちがいる。「婦人の肖像」も彼らが大金を投じて手に入れ、密室で眺めて楽しんでいたという推理もできそうだ。そう考えると、世の中を驚かせる謎の盗難事件はこれからも起きるのかもしれない。

坂本鉄男

(2020年2月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 典型的なクリスマス料理はウナギ

われわれ日本人は、昔から有名人の言葉を信用しすぎる傾向があるらしい。

 その一例が「土用のウナギ」だ。江戸時代の博学で名高い平賀源内が真夏の脂のないウナギの売れ行きが悪いのを嘆いていた知人のウナギ屋のために「本日、土用の丑の日」なるウナギの味と全く関係ない宣伝文句を貼らせたところ、これが大当たりをして、現在の日本人と土用のウナギの関係が生じたと伝えられる。

 実際、ウナギの一番うまいのは脂がのった秋から冬である。イタリアでは地方によって、典型的なクリスマス料理の一つにウナギ料理が加えられる。

 一番簡単なものは、はらわたを除き、太いものは皮をむき、7~8センチくらいのぶつ切りにし、レモン汁とオリーブ油を混ぜたものに香辛野菜を加え、この中にウナギのぶつ切りをつけておき、オーブンで焼いたり油で揚げたりしたものだ。もちろん、トマト煮も一般的であるし、面倒なら食料品店でオリーブ油漬けのぶつ切りの焼きウナギを購入する人々も多い。

 ここで結論を言えば、いずれのイタリア式ウナギ料理も日本式「かば焼き」の味に慣れたわれわれの舌には落第だ。もっとも、ウナギ通のイタリア人は「かば焼きのように手を加えすぎたらウナギ本来の味は消えてしまう」というのだが。

坂本鉄男

(2019年12月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り カレンダーに潜む謎

以前、日本人として初めてローマ教皇庁の大臣クラスを務めた故浜尾文郎枢機卿に伺ったことがある。

 「昔は神学校と神学大学ではラテン語は必須科目で、教皇庁内でも知らない外国人枢機卿とはラテン語で通じ合ったものだった。今はラテン語に代わり英語ですね」と。

 つまり、十数世紀の長きにわたりキリスト教会の公式言語であったラテン語が教会内部でも重要性を失いつつあるわけだ。

 欧米語には、ラテン語およびラテン文化の影響を受けたものが多い。一例を挙げると、英語で12月を表すディッセンバーは、ラテン語ではデケムベルという。

 ラテン俗語から直接派生したイタリア語は当然ラテン語の影響を受けているのだが、9~12月にかけてのイタリア語の表記にはちょっとした謎が隠れている。

 9月=セッテンブレ、10月=オットーブレ、11月=ノベンブレ、12月=ディチェンブレというのだが、太字で強調した冒頭部は、ほぼそのまま現代イタリア語の7、8、9、10なのだ。では、なぜ9月の語の頭が7で、10月の語頭が8なのだろうか?

 これは古代ローマのカレンダーが現在の3月から始まっていたためだ。つまり現在の9月は3月から数え始めて7番目、10月は8番目の月だったというわけである。

坂本鉄男

(2019年12月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ワイン好き待望の日

毎年11月の第3木曜日(今年は11月21日)は、ワイン好きにとっては待望の「ボージョレ・ヌーボー」の販売解禁日である。

 このワインは、ブドウを搾った液を発酵させ時間をかけて熟成させる伝統的なワインとは醸造方法が違うものだ。

 フランス中東部のボージョレ地区で取れるガメイ種ブドウを房のまま容器に詰めて密封し、ブドウ自体の重みで流れ出す液を、これまたブドウ自体から発生する炭酸ガスにより発酵させた短期間で出来上がるワインである。

 タンニン味が低く、フレッシュな香りが楽しめるのだが、保存がきかないため年内に飲みきる方がよい。

 近年、イタリアでもボージョレ・ヌーボーの製造方法を取り入れていろいろなブドウ品種で造られているが、伝統的な方法で醸造する新酒ビーノ・ヌオーボと区別して「ビーノ・ノベッロ」の名称で親しまれている。

 このビーノ・ノベッロは、法律により伝統的醸造法で造られた新酒を60%加えることが許されているほか、アルコール度も11%以上と規定され、10月末から12月末まで販売される。

 伝統的醸造法で生産された年代物を好むワイン愛好者はボージョレ・ヌーボーを敬遠しがちと聞く。今年はイタリア産ビーノ・ノベッロを試されてはいかが。

坂本鉄男

(2019年11月26日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 法王と長崎の少年の写真

全世界約12億人のカトリック教徒の頂点に立つローマ法王フランシスコが、11月23日から26日までの4日間、来日し、東京、長崎、広島を訪問する。

 昨年1月下旬、法王がチリおよびペルー訪問に赴く機中のことである。同行記者団との懇談の席上、あらかじめ用意してきた一枚の写真を配って、言った。

「これが核戦争のもたらすものだ。偶然この写真を入手したが、1945年、長崎に原爆が投下された直後、少年が死んだ弟を背負い火葬場の列に並んでいる姿を写している。多くの言葉の羅列より、もっと胸を打つものだ」

 記者の一人が「法王は核戦争を恐れておられるのですか」と質問したところ、法王はこう答えた。「そうだ。われわれは今、瀬戸際に立たされており、何かの偶発的出来事が事態を急変させ得る。核兵器は廃絶しなければならない」

 法王が記者団に配ったという写真の少年の姿をよく見ると、法王が説明した内容とはやや場面が違うような気もするが、そんなことは重要な問題ではない。

 カトリック教徒の多い長崎の被爆者の姿が法王の胸を強く打ち、核兵器廃絶への信念を固めさせたことは紛れもない真実である。長崎、広島を訪問された後、声を高くして全世界に核兵器廃絶を訴えていただきたい。

坂本鉄男

(2019年11月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 難航する高速鉄道

イタリアは北側国境を、フランスの地中海沿岸からスイス、オーストリアを経てスロベニアまで至る険阻なアルプス山脈に囲まれている。このため中欧からイタリアに入るには、この山脈を越えなければならない。

 紀元前では象と大軍を率いたハンニバルの「雪のアルプス越え」が有名だし、近世ではゲーテやモーツァルトたちの徒歩や馬車によるブレンネル峠越えが知られている。このため、1965年に開通した仏・伊を結ぶモンブラン・トンネルは、ヨーロッパの自動車旅行と陸上輸送にとって画期的な出来事であった。

 仏伊両政府は、20年以上前から、アルプスの下をトンネルで通り中仏リヨンと北伊トリノを結ぶ高速鉄道の建設計画を進め、欧州連合(EU)も中欧と東欧を結ぶ新大動脈として巨額な資金援助を約束している。

 この完成により、トリノ-パリ間がわずか3時間半に短縮されるほか、2030年には9千万トンに達すると推定される現在の陸上輸送も、この高速鉄道に移行される部分が大きい。

 だが、すでにフランス側は工事が進捗しているのに、イタリア側はポピュリスト(大衆迎合主義)政党「五つ星運動」の反対で1年以上も工事が停滞。同党と中道左派「民主党」の新連立政権誕生で工事が進むかどうか。

坂本鉄男

(2019年10月22日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り カトリックの枢機卿とは

アルゼンチン出身のローマ法王フランシスコは来る10月5日に枢機卿会議を招集し、13人の新枢機卿の任命を発表する。では、枢機卿とは全カトリック教会の中でどのような地位を占める聖職者なのであろうか。

 簡単に言うと、法王自ら選任する、法王に次ぐ高位聖職者だ。終身制で、80歳になるまでの間に実施される「コンクラーベ(法王選挙)」で、選挙権および被選挙権を持つ。

 中世から前世紀までは、法王庁内の権力構造により枢機卿の数が少なく、しかもイタリア出身者が大部分を占めていたので、必然的にローマ法王はイタリア出身者と決まっていた。

 実際、1522年選出のオランダ出身のハドリアヌス6世から1978年選出のポーランド出身のヨハネ・パウロ2世が選出されるまでの間、実に約450年もイタリア人が法王の座を独占していたのである。

 現在は法王選挙権を持つ枢機卿の数は原則120人と決められ、布教上の必要から世界各地から選ばれることが多くなった。

 カトリック系紙によると、今年末の選挙権保有枢機卿を地域分けすると、欧州50人(うちイタリア20人)、ラテンアメリカ23人、アフリカ17人、アジア14人、北米12人、大洋州4人だ。イタリア人法王選出の可能性はさらに低くなった。

坂本鉄男

(2019年10月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り スペイン階段 座ると罰金

「スペイン階段」の通称で親しまれるローマの観光名所の一つ「トリニタ・デイ・モンティ教会の大階段」で7月5日から、市条例により、腰をおろすだけで250ユーロ(約3万円)、飲食物などで故意に汚した場合は400ユーロ(約4万7,000円)の罰金が科せられることになった。

 この大階段は、毎年春になると植物園から運ばれる美しいツツジの大きな植木鉢が並べられ、夏の夜にはファッションショーが開かれるなど市民を楽しませる場所であった。

 有名ブティックの寄付により、大階段は最近、修復、清浄されたばかりだったが、階段上で野宿をしたり、階段に座って飲食した後で片付けもせずに立ち去る者が激増している。

 近年、イタリアでは、格安航空運賃の普及による大観光ブームと世界的な若者の行儀の悪さを背景に、名所旧跡が心ない観光客によって傷つけられたり、汚されたりする事例が各地で報告されている。この大階段もその一例だといえる。

 市当局は緊急対策として罰金導入に踏み切ったのだが、多言語で表記された禁止条例の掲示板が不足していることから、いざこざの発生が指摘されている。

 東京五輪・パラリンピックを1年後に控え、観光客の増加を見込む日本の市町村にとっても、教訓となりそうな点があるのではないか。

坂本鉄男

(2019年8月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 遺灰の扱い

カトリック教では昔、この世の最後の日に死者が墓からよみがえり、神の裁きを受けるものと信じられてきた。そのため、死者は土葬するものと決まっていた。教会が時代の流れに押され正式に火葬禁止を解いたのは1963年のことである。

 イタリアはかつてカトリック教が国教だったため土葬が当たり前だった。しかし、火葬が解禁されて以来、急速に火葬が普及し、2016年の統計では死者の23%が火葬された。

 だが、火葬場の増設が追いつかない。ローマの場合、火葬の待ち時間は通常5~7日間で、混雑時には15日間待ちという、日本では考えられない事態が起きている。

 驚くのはこれだけではない。火葬後の遺灰の扱いにもいろいろ規則があり、下手をすると禁錮刑や罰金を科せられる。遺書があれば故人の遺志を尊重し、風葬や海に流すことも法的には可能だが、普通は骨つぼに納められて封印され、墓地や納骨堂に納められる。

 ローマ市北部にある140ヘクタールものイタリア一広大な公営墓地。バスも巡回するほど広い敷地内を通る道路上に、それまで自宅に保管していた母親の骨つぼを放置し、訴えられた男性がいた。駅の遺失物保管所には置き忘れた骨つぼまであると聞く。日本とは故人の遺灰に対する考え方がかなり違うようだ。

坂本鉄男

(2019年7月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ノンキな日本人

先日、経済が専門のイタリア人の友人に言われた。「君の言うとおりイタリアは財源がないのにポピュリスト(大衆迎合主義者)政権がバラマキ政策を取ろうとするから大変だ。だが君は日本の財政赤字のすごさを知っているのかい」と。

 彼によると、イタリアの債務残高は国内総生産(GDP)比で約130%と欧州連合(EU)でギリシャに次いで高く、EUの一員だけにEU欧州委員会から絶えず警告を受けている。一方、日本には警告をしてくれる国際機関はなく、債務残高は膨れるばかり。GDP比では先進国の中で最も高い約240%という。

 これは、日本国民1人当たり赤ん坊を含め850万円以上の借金になり、給与所得が年額550万円の若年家庭で、例えば夫の収入だけで暮らす3人家族なら、4年以上飲まず食わずで借金返済に追われる額だという。「老後に2千万円が必要」どころの騒ぎではない。

 EU諸国では消費税は20%前後が普通だが、この高税率でも国民はなんとか過ごしている。日本は10%への消費増税をめぐり大議論が起きているが、将来に残しかねない莫大(ばくだい)な借金の減額のためなら我慢もやむをえまい。だが、もしバラマキ政策のためとなれば、日本もポピュリスト政権と呼ばれることになるだろう。

坂本鉄男

(2019年7月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「空飛ぶタクシー」実現目指す

イタリア北部トリノで、欧州航空機大手エアバスなどが進めるプロジェクトが始まっている。市当局やトリノ工科大、自動車のデザイン会社も参画する「空飛ぶタクシー」の実現を目指すプロジェクトだ。

 イタリア紙レプブリカが4月、このプロジェクトについて取り上げた。同紙がトリノ市議の話として伝えたところでは、機材はパイロットによって遠隔操縦される仕組みで、将来的には自動航行で人や物を運ぶ構想を実現させたい考えだ。

 折しも5月には欧州連合(EU)欧州委員会が、ドローン(無人機)の運用に関する規制を発表した。事業者や趣味で飛ばす人たちなど操縦する全ての人が対象になる。発表によれば、操縦者は2020年以降、加盟各国で当局への届け出が必要になるという。

 今後、「空飛ぶタクシー」の安全性や経済的効果が証明されれば、各国で人を運べるドローンの研究開発が加速していくだろう。市街地での低空飛行などを実現させるための法整備も進めなくてはならない。

 英BBC放送でも17年にアラブ首長国連邦のドバイで、人を乗せたドローンの試験航行が行われた話題を取り上げていた。ドローンが約100キロの人を乗せて30分間移動したという話だ。日本での研究も積極的に進められることを望む。

坂本鉄男(2019年6月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)