坂本鉄男 イタリア便り 教会や寺院にも入場料

観光客がバチカンのサンピエトロ大聖堂にミケランジェロの傑作「ピエタ」像を見に入っても入場料はタダである。

 一方、初めて日本旅行をしたイタリア人観光客は京都のお寺がどこでもかなり高い入場料(拝観料)を取るのに驚く。教会やお寺は本来は信者が礼拝に訪れる場所だから、昔はお金を取ることはなかったが、イタリアでも入場料を取るところは多くなった。

 例えば、フィレンツェのサンタ・クローチェ大寺院は8ユーロ(約1千円)、ゴシック建築で有名なオルビエートの大寺院は4ユーロと入場料を取る。イタリアの教会は、修道会や個々の信者団体が所有するものが多いが、内務省所轄の国有寺院も全国で820あり、観光客が訪れる有名な寺院が多数含まれるという。

 これらの国有寺院を管轄する予算は、年額600万ユーロ(7億8千万円)しかないらしい。映画のロケに使わせたり、所蔵の重要文化財や美術品を貸し出して貸借料を取ることもあるが、そんなものは定期収入には計上できない。

 そこで、サルビーニ副首相兼内相が考え出したのが、全ての有名な国有教会で入場料を課すことだ。イタリアは世界屈指の観光国だけに、実現すれば、ますます「全てはカネ次第」になるだろう。

坂本鉄男

(2018年12月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 強風と豪雨でバイオリン用の木材消滅

去る10月末にイタリアを襲った強風と豪雨は全国に甚大な被害を及ぼしたが、特に北伊ベネト州のドロミーティ山系南部の被害はバイオリン製造者にとって致命的なものであった。

 バイオリンは、1種類の木で作られるものではない。天才的バイオリン製作者、ストラディバリ(1644~1737年)をはじめ、17世紀から18世紀前半にかけて、北伊クレモナを中心に輩出されたバイオリン製作者が、優れた音響効果を生み出すために試行錯誤した結果、各部分に違った木材を使い、特殊なニスを塗ることで完成された。

 表板は赤唐檜(あかとうひ)、裏板や側板は楓(かえで)といった具合に、部位によってその材料は違うのである。しかも、彼らは、その材料となる木材の産地にも注意を払った。

 今回の台風で北伊では数百万本という樹木がなぎ倒され、その中にはストラディバリたちが表板に使うために山に登り自ら選んだ赤唐檜の林が多数含まれていた。

 専門家によると、優れたバイオリンの材料となる赤唐檜は樹齢200年で年輪の密なものでなければならないらしい。

 まさか、1丁が時価億円単位の名器の値段が上がることはないにしても、バイオリン演奏家にとっては痛手である。

坂本鉄男

(2018年11月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 難民に分断されるEU

移民問題で強硬姿勢を取るイタリアのコンテ政権のサルビーニ副首相兼内相が移民排斥に関する主張で物議を醸している。

 サルビーニ氏は10月初旬、ドイツで難民申請を却下されたアフリカ移民が独政府のチャーター機で経由地となったイタリアに送還される計画が明らかとなったとき、イタリア国内の空港を閉鎖すると警告した。

コンテ政権は、6月にもアフリカ移民を乗せて地中海を漂流していた民間救助船アクエリアス号の伊南部への入港を拒否。フランスなど他の欧州連合(EU)加盟国との間で軋轢(あつれき)を生んだ。

 EUは人道的見地から難民受け入れには寛容とされてきた。シリア内戦初期の難民が割と高学歴で、ある程度裕福だった点は良かったかもしれない。しかし、内戦の長期化による難民の激増に加えて、政情不安と民族間の争いが原因の貧困から逃れるアフリカ難民が際限なく地中海を渡ってくると、状況は変わってきた。EUは6月の首脳会議で、加盟国による自主的な移民施設の新設で合意した。

 サルビーニ氏の排外的な言動は若者の支持を集め、移民への反発はイタリア国内のポピュリズム(大衆迎合主義)を活発にしている。コンテ政権にはEU主要国の自覚を持ち、問題解決に向けて責任を果たしてほしい。

坂本鉄男

(2018年11月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 政権とEUの対立鮮明に

イタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)2党が連立するコンテ政権が先月末に発表した経済財政計画をめぐり、同政権と欧州連合(EU)との対立が鮮明になっている。

コンテ首相は政治経験のない新人。内閣は実質的に第一与党「五つ星運動」のディマイオ副首相兼経済発展・労働相と、第二与党「同盟」のサルビーニ副首相兼内相が牛耳る。

 ディマイオ氏は自党の選挙公約である最低所得保障に固執し、予算案に100億ユーロ(約1兆3,000億円)を盛り込んだ。財政赤字は目標だったGDP(国内総生産)比1.6%から2.4%に膨れ上がった。

 EUはユーロ加盟国に財政赤字をGDP比3%、債務残高は60%以内に抑えるよう求めている。

 欧州では有権者から人気を取ろうと、ばらまき政策を続け債務危機に陥ったギリシャの例がある。イタリアは財政赤字を2021年にGDP比1.8%に減らし債務を圧縮する方針だが、債務残高は約130%とギリシャに次ぐ高水準だ。

 ユンケル欧州委員長は「イタリアはわれわれが合意した財政目標から距離を置きつつある」と手厳しい。

 同委は予算案がEUの財政ルールに違反していると指摘する書簡を出しており、対立はやみそうもない。

坂本鉄男

(2018年10月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 性的虐待問題への怠慢でローマ法王に辞任要求した元大使

ローマ法王庁が外国に派遣する大使をイタリア語では「アンバシャトーレ」とは言わない。「ヌンツィオ・アポストリコ」という特別な呼称がある。もちろん、この職に任命される人物は法王庁でも高位にある人物だ。

 そんな特別な地位にあった元駐米法王庁大使が先頃、法王フランシスコに辞任を求めた。2016年まで大使を務めたカルロ・マリア・ビガノ大司教だ。ビガノ氏は8月、一部メディアに告発文を発表した。米国に駐在中だった13年、法王に米国人高位聖職者による若い修道院生への性的虐待疑惑を報告したにもかかわらず、法王は何の措置も取らなかったと主張した。

 法王は8月、訪問先のアイルランドの首都ダブリンからローマに戻る機内で、問題に関する記者からの質問に「諸君の判断に任せる」と答えた。告発文をめぐっては、真偽が不明との指摘も上がっていた。

 ところが9月には、ドイツのカトリック教会で組織するドイツ司教会議が、同国内の高位聖職者による未成年者への性的虐待に関する報告書を公表。事態はさらに深刻さを増していった。

 法王は結局、来年2月に世界各地の代表司教らと虐待に関する問題を協議する方針を示した。事態が収束する兆しはいまだ見られない。。

坂本鉄男。

(2018年10月7日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)。

坂本鉄男 イタリア便り ベネチアに「墓」はいかが?

水の都ベネチアの、ガラス工房が軒を連ねるムラーノ島に連絡船で行く途中、杉に包まれた墓地の島、サン・ミケーレ島に立ち寄ったことのある方も多いのではないか。この島には8万5千人が眠っているとされる。

 ベネチア市は昨年、この島の整備費用に充てようと、ベネチアの旧家が建てたものの長年放置され、朽ち果てた5つの墓を競売にかけた。

 島には著名人の墓もあり、その中には遺言によりこの島に埋葬された大作曲家、ストラビンスキーの墓もある。

 今年3月、最初に落札された墓は、ストラビンスキーの墓からもさほど遠くない場所にあった。

 購入者は、フランスの製薬会社の男性社長。約35万ユーロ(約4,600万円)で落札した。この社長は「私も妻も、この世界にまれな島が大好きで、この地で将来2人が永遠の眠りにつけることを、この上ない幸せと思う」と語っていた。

 残りの墓も順次、競売にかけられているが、応札額は25万ユーロ(約3,300万円)前後というから、日本のお金持ちにも手が届く範囲ではないだろうか。

 ただし、日本国内を移動するよりも、島までは高い交通費がかかることをお忘れなく。

坂本鉄男

(2018年9月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 最も信頼された使徒と同名の魚「サンピエトロ」、日本名は…

カトリックの総本山ローマ市内のバチカンにあるサンピエトロ大聖堂の名前の由来であるサンピエトロ(ペテロ)は、イエス・キリストの12使徒の内で最も信頼され天国の鍵をも託されたと伝わる。

 このサンピエトロと同じ名で呼ばれる魚がある。日本では今が旬の白身魚で、「刺し身によし焼いてよし」とされるマトウダイだ。地中海でも獲れ、ムニエルに最適とイタリアの人々にも親しまれている。

 日本でこの名は、腹にある丸く黒い斑点が弓の的に似ていることが由来というが、サンピエトロの名を冠した背景には、新約聖書のマタイ伝17章にあるそうだ。

 現在のイスラエル北部に位置するガリラヤ湖畔で、サンピエトロは当時、シモンと名乗る漁師だった。イエスが弟子たちとその湖畔で神殿税の納入を求められたとき、イエスは彼に湖で釣りをさせ、「最初に釣れた魚の口の中にある銀貨」で納税するよう命じた。この時釣れた魚の腹にサンピエトロが触れ、丸い斑点ができたという。しかし、ガリラヤ湖は淡水で、マトウダイが生息するはずもなく釣れるとは考えられない。

 マトウダイは、頭が大きく背びれには鋭いとげがある。家庭でムニエルに調理するよりはレストランで食べる方が好みである。

坂本鉄男

(2018年9月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「世界の救世主」に何が?

ひと昔前までは世界の有名美術品を買いあさるのは石油で巨万の富を築いた米国の財閥と相場は決まっていた。イタリアの古代ローマ以前の古墳から盗掘された貴重な彫刻が、いつの間にか米ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館に陳列されていたこともある。

 レオナルド・ダビンチが1500年ごろに描いたとされ、長年行方不明だった油絵「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)をめぐる取引がいわくありげと話題になっている。

 くだんの油絵は昨年11月、米ニューヨークの競売大手クリスティーズで約4億5,000万ドル(当時約508億円)で落札された。

 翌12月、落札者がサウジアラビアの王族と判明。パリのルーブル美術館の海外別館で、アラブ首長国連邦(UAE)にある「ルーブル・アブダビ」が「(油絵の)展示を楽しみにしている」などとツイッターに投稿した。

 ところが今月3日、展示の無期延期が発表された。理由は明かされていないが、AP通信は在米サウジ大使館などの話として、「サウジ王室がオークション数日前に開館した同別館の代理として絵画を購入した」と伝え、展示の延期と王室の関与を示唆した。

 いつの時代も著名な美術品の取引には、込み入った事情がありそうだ。

坂本鉄男

(2018年9月16日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 子供の安全は二の次? 予防接種を巡り露呈した〝寄せ集め内閣〟の実行能力

イタリアの新学年は9月中旬から10月初めにかけて始まる。これを前に、感染症に対する予防接種をめぐる論争が起きている。

 昨秋、前政権の保健相が、小学校就学前の小児を対象に予防接種を義務化した。イタリアでは、小児がかかりやすい水疱瘡(ぼうそう)や麻疹(ましん)などの感染症に対する予防接種を受けたことを示す証明書が発行されるが、入学前にこれを学校に提出することが義務付けられた。

 ところが、今春の総選挙でポピュリスト(大衆迎合主義)政党の連立内閣が発足すると事態は一変。選挙公約に予防接種不要論者の意見を取り入れた、連立第1党の「五つ星運動」出身の新保健相が「証明書の提出義務は1年先送りし、新学年度は接種済み自己申告書の提出だけでよし」としたのだ。

 証明書の提出義務を解消したら、予防接種の受診が徹底されず、児童らの間で感染症の蔓延(まんえん)を防げないのではないか。全国校長連盟は「未接種児童の受け入れ拒否」を決め、全国小児医師会は「接種義務の履行」を求める事態となった。

 世間の反発が相次ぐ中、一旦は証明書の提出を義務化する法案が議会に提出されたが、結局は「今年度は自己申告で可」とする法案が通った。寄せ集め内閣の政策実行能力に疑念を禁じ得ない。

坂本鉄男

(2018年9月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 死して史料を残す ポンペイ火山噴火で見つかった白骨遺体が残したもの

話は古く、今から2,000年ほど前の西暦79年に遡(さかのぼ)る。この年の8月に発生したイタリアのベスビオ火山の噴火で、ナポリ近郊にあった古代都市、ポンペイが完全に地中に埋もれた。人口2万人と推定される都市で、1割ほどの人が亡くなったという。

 今年5月、その遺跡から、首のない男性の白骨遺体が発掘された。噴火による火砕流から逃げる途中で、頭部が巨石に打ち砕かれたとみられていたが、その後、遺体の近くで、口が大きく開いた頭部も見つかった。

 噴火の被害状況を示す史料はこれまで、摂氏500度を超える高温の火砕流に包まれ死亡した犠牲者が灰に埋もれ、肉体が朽ちた跡にできた空洞に石灰を流し込んだ石膏(せっこう)像などに限られていた。発見された石膏像は1,000体以上にのぼる。

 ところが、今回は白骨の状態で見つかった。調べた結果、男性は推定30代で結核性骨髄炎を患い歩行困難であったことも判明した。また、男性の死因は、猛スピードで斜面を駆け下りた火砕流に巻き込まれ、窒息死したとみられるという。

 考古学者にとってこの上ない貴重な史料となろう。「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」ということわざがあるが、この男性は死して貴重な情報を後世に残した。

坂本鉄男

(2018年9月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 日本にとっても対岸の火事でない 高架橋の崩落

去る14日、北イタリアの港湾都市ジェノバで、街の中央を横切る高さ約50メートルの高速道路の高架橋が、長さ約200メートルにわたり崩落した。翌日に祭日「聖母マリアの被昇天」を控えた行楽シーズンのただ中に起きた事故。約40人が死亡し、乗用車や大型トラックなど約30台が橋とともに落下する大惨事となった。

 高速道路を走らせるためには、高架橋の建設が欠かせない。ジェノバは周りを山に囲まれ低地が少ない。イタリアの北・中・南部やフランスを結ぶ高速道路が交わる地点に当たるため、この街には何本もの高架高速道路が走る。

 イタリアは、1950年代後半から国家経済発展の原動力として、高速道路網建設に乗り出した。64年には全長759キロに及ぶ北部ミラノと南部ナポリを結ぶ高速1号線、通称「太陽の高速道路」を全線開通させた。それ以後も高速道路の新規建設が続いた。

 北ボローニャと南方約100キロ先のフィレンツェをつなぐ高架道路の完成は、途中にイタリアを縦貫するアペニン山脈を越える部分もあり世界の耳目を集めた。

 高架道路の寿命は50年ともいわれるが、今回崩落した高架橋は51年前の67年に完成した。日本にとっても対岸の火事で済む問題ではないといえる。

坂本鉄男

(2018年8月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「おへそ」の形が気になる季節

海水浴シーズンが到来し、イタリアの新聞では「水着を着る若い女性が自分のへその形を気にする季節」といわれている。へその形に自信のある女性は積極的にその美しさを誇示するのだという。

 昔はどうだったのか-。ルネサンス期のイタリア絵画に答えを求めようと美術図鑑のページをめくってみた。当時の巨匠たちが「へそ」にそれほど重点を置いているとは思えなかった。

 ボッティチェッリの「ビーナスの誕生」で描かれているへそは小さく丸いかわいい形だし、ラファエロが「3美神」で描いたのは、丸くくぼんだ何気ない印象だ。ティツィアーノの傑作「聖愛と俗愛」で見られるのも小さくへこんだ形をしている。

 そもそもへそは、母体から胎児に栄養と酸素を送る重要な管が出生と同時に役目を終え切断され、その管の端にできた穴が固い筋膜で覆われてできるという。日本で昔から「おヘそを出していると雷様に取られますよ」と注意されたように、人に見せるものではなかった。

 しかし時代は変わった。イタリアでは自分の好きなモデルのヘその写真を持参して、「この形にしてください」と形成外科を訪ねる女性も少なくないという。日本でもイタリアでも、手術代は20万円前後と聞く。

坂本鉄男

(2018年8月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 生きた草刈機はコスト安

財政難にあえぐローマ市は市内外にある公園の草刈り費用の捻出に頭を抱えている。考え抜いた結果、羊を放牧するという考えに至った。低コストかつエコで、日本でも近年、注目されている手法だ。

 羊は体重50キロのオスなら1日に5キロ以上の草を食べるという。たくさんの羊を所有する羊飼いに放牧を任せ、それを数カ月間続ければ、市内外の公園がきれいになるというもくろみだ。

 こうした手法は、既に北伊のトリノ市や欧州のいくつかの都市では前例があるようだ。

 北伊ローディの女性が最近、フランス北西部のブルターニュ半島沖、ウェサン島原産の世界最小といわれる体高45センチ、体重15キロのミニ羊を20頭購入し、草刈り請負業を開始した。

 羊は性格がおとなしく、かわいいと感じる人も多い。ホテルの庭などに放しても牧歌的雰囲気を醸し出す。羊は群生の習慣があり、1ヘクタール当たり4頭をまとめて草の生える期間の春から秋まで貸し出すと、費用は2000ユーロ(約26万円)という。庭師を雇って草刈り機を操作させるより3割以上安く済むそうだ。

 ただし、サッカー場の芝生など1種類の草しか生えない場所での草刈りはダメで、羊が食べる雑草が生えていることが条件である。

坂本鉄男

(2018年8月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 危険伴うが世界的ブームの「洞窟探検」

タイ北部のチェンライ県のタムルアン洞窟に閉じ込められたサッカークラブの少年らとコーチ計13人の安否を世界中が心配した。

 少年らはサッカーの練習後に洞窟に入ったというが、最近では、登山用具、照明装置、潜水用具などの進歩から洞窟探検が世界的に一種のブームになっているようだ。しかし、今回タイで見られた救助作業のとおり危険を伴うことがある。

 洞窟探検では、古代アッシリア王シャルマネセル3世が紀元前853年にチグリス河の源流の洞窟を調べたといわれる。約3,000年後の1800年代に、フランス人マーテル(1859~1938年)が近代洞窟研究の道を開き現在に至ったという。

 洞窟学は洞窟の形成過程を通じ地層、地下水脈、気象、古生物、考古学など多岐にわたる研究を含んでいる。特にカルスト地形と呼ばれる、水に侵食されやすい石灰岩などの石でできた地層を中心に、山口県の秋吉台国定公園にある鍾乳洞など、さまざまな形の洞窟が日本を含め世界各地にある。

 イタリアでは南伊のカステッラーナの鍾乳洞が日本でもよく知られ、わざわざ訪れる観光客もいる。欧州では、イタリアの隣国スロベニアのポストイナの鍾乳洞が有名で、約20キロの長さの内部を小型電車で一巡できる。

坂本鉄男

(2018年7月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り サッカー選手の入れ墨

去る2日夜10時過ぎ、日本とベルギーの試合の直後、イタリア人の友人から電話があった。「日本チームは惜しかったな。ヨーロッパの強豪ベルギーと互角に戦ったのだから」という。この友人以外にどれほど多くのイタリア人サッカーファンがあの試合を見ていたかわからない。特に長友佑都選手と本田圭佑選手はイタリアチームで活躍していたから知名度は極めて高く、2人がボールを取るとアナウンサーの声が興奮気味になったほどだ。

 さて、今回のW杯ロシア大会を見て、つくづく感じたのは腕や足や肩に入れ墨を入れた外国人選手の多いことだ。それも、選手によっては腕や脚全体に施している。

 日本人の多くは伝統的に入れ墨に対してある種の偏見を持っているが、今回のW杯を観戦して分かるように、今や世界では入れ墨は普通の体の装飾になっているのである。

 イタリアでは、皮膚科の専門医の中には、あとで消去したくなったときの困難さを述べて、入れ墨に反対する人が多いが、サッカー選手のみならず、有名な女性オリンピック水泳選手からテレビに出る女性まで堂々と入れ墨を見せている。

 サッカーの試合を観戦しながら考えてしまった。果たして、あと何年後ぐらいに日本でも入れ墨が流行するのだろうかと。

坂本鉄男

(2018年7月8日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 変わった無形文化遺産…って、「家畜の大移動」が?

「所変われば品変わる」のことわざ通り、イタリアがユネスコに無形文化遺産として申請を準備しているものは、およそ日本では想像できないものだ。イタリア各地の家畜の放牧地では、春と秋の年2回、牧草を求めて羊や牛を山地と平地の間で移動させる習慣がある。最近は100頭くらいの家畜なら専用トラックを使用するが1千頭以上になると歩きである。1千年以上前から続くといわれる家畜の大移動。これが無形文化遺産申請の対象だ。

 現在でも、有名なものは中伊アブルッツォの山地とアドリア海沿岸の平地の間の羊の大移動で、数千頭の羊が馬に乗った大勢の牧童と牧羊犬に守られて、何日間もかけて山を越え谷を渡り目的地に向かう。数百年間、同じルートを通ってきただけに、山や林や草原の中に幅100メートル以上、長さ200キロもの自然の道が作られた。自然の障害で通行できないところでは村落まで出て一般道路を通ることもあるが、公道通過は昔から法的に認められてきたという。

 現在、イタリア全国の羊の飼育頭数は約720万頭で、そのうち40%はサルデーニャ島で飼育されている。昔から貧しい山岳地帯の住民や経済的に遅れた地域の住民にとっては、羊乳で作るチーズや羊毛は生きるための最重要な産物なのである。

坂本鉄男

(2018年7月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 司祭による性的加害行為…妻帯を真剣に考える時代

カトリック教の司祭は童貞を守るのが義務である。その上、司祭には男性しか就くことができない。結果的に、司祭の男性による未成年男女信者に対する性的加害行為が頻発しているが、フランシスコ現法王は断固として許さない。

 5月下旬、米国のミネアポリス大司教区は、450人の未成年の性的被害者に2億1千万ドル(約231億円)の賠償金の支払いを決定した。2007年にロサンゼルス大司教区が508人の未成年性的被害者に支払った6億6千万ドルに及ばずとも巨額な賠償額といえる。教会側は今回の賠償額のうち、1億7千万ドルは保険会社から支払われ、不足分は不動産の売却や教区内からの寄付金などで補うと説明しているが、中小企業なら倒産してもおかしくない金額だ。また、これだけ巨額の保険金を掛けていたということは、考えようによっては、教会が司祭による性的加害行為を予想していたのではないか。

 現在のように、性的刺激の強い雑誌・映画などがあふれている世の中で、聖職者に童貞を守ることを強制すること自体が無理なような気がする。昔の法王の中には愛人に子供を産ませていた人物もいたのだから、カトリック教会も以前から問題になっている司祭の妻帯を真剣に考える時代に入っているのではなかろうか。

坂本鉄男

(2018年6月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り サクランボが実らない桜…20年来の疑問が氷解した山村

サクランボの季節になると思い出すことがある。だいぶ昔のことだが、トスカーナの山奥のタッラ村から「桜をテーマにした講演」の依頼を受けた。再度にわたる要請に「祖国の宣伝のため」と引き受けることにした。

 村民で満席となった公民館のようなところで、日本人が昔から桜の花に抱いてきた感情を詩歌を例に説明し、結びに武士のみならず第二次大戦末期の特攻隊の隊員が死に臨んで自らの気持ちを桜の花に託したことも説明した。

 講演会終了後、村の小さなレストランで食事会が開かれ、冒頭、村長が「本日のお話で20年来の村民の疑問が解けた」と切り出した。話はこうである。

 この村は中部イタリアでは有名なサクランボの産地。その縁で日本からイタリアに贈られた桜の苗木の一部が分け与えられた。村民は大切に育てたのだが一向にサクランボが実らない。諦めた村民は苦渋の決断の末、伐採してしまったという。村長は続けた。

 「本日のお話で、日本人は昔から桜は花だけをめで、実には関心がなかったことが分かった。そして、私たちが日本の桜に実を期待したことが間違っていたこともよく分かった」と。

 この広い世界には「花より団子」の人々が大勢いるのである。

坂本鉄男

(2018年6月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り HIVを隠して次々と関係し32人に感染させた「希代なる女性の敵」

イタリアでも日本同様にストーカー行為をされた揚げ句、殺される女性は多い。また、復縁話のもつれから元カレに殺される女性も少なくない。こうした女性が犠牲となる殺人の増加が社会的問題となる中、殺人こそ犯さないが多数の女性に大きな被害を与える男もいる。

 昨年10月、ローマの重罪裁判所はローマ近郊に住む会計士の男(33)に、「希代なる女性の敵」として懲役24年を言い渡した。

 男は2006年から15年までの9年間に、エイズウイルス(HIV)感染者であることを隠したまま50人以上の女性と性的関係を結び、32人の女性および女性のパートナーとなった別の男性にも間接的にHIVを感染させた。検察からは病原菌を蔓延(まんえん)させ、流行病を引き起こしたとして終身刑が求刑されていた。

 この事件は15年11月、1人の被害者からの訴えで発覚し、警察が故意にHIVを感染させたとして男を逮捕。実名で新聞に報道されると、男と関係を持ったと訴える女性が次々と現れ、警察は初めて事件の大きさを知ったという。

 現在は、洋の東西を問わず性に開放的な世の中である。日本でも隠れたこうした女性の敵、あるいは男性の敵がいないと言い切るのは難しいのではないだろうか。

坂本鉄男

(2018年6月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 共和国成立記念日

6月2日はイタリアの共和国成立記念日だ。第二次世界大戦後の1946年6月2日と3日の両日、イタリアで王制を選ぶか共和制を選ぶかの国民投票が実施され、イタリア王国が廃止されイタリア共和国が誕生した。

 だが、その差は僅かで、共和制賛成が1271万票、王制賛成が1071万票、白紙・無効票が149万票であった。北伊の都市部では共和制が勝利したのに対し、南伊では王制が優勢で、例えばナポリでは共和制賛成25万票に対し王制賛成が90万票というありさまだった。

 共和国記念日の6月2日は、国民休日として76年までは毎年その日に祝われたが、77年の経済危機のとき、労働日を1日失わせるべきではないとして、祝日を6月の第一日曜に移したこともある。イタリア人は理想主義的なところが多いが、現実的な面もある。経済危機に際し国民休日(特に宗教的祭日や連休)を取り消すことはしばしばあった。こういう時には、労働時間に関し常に政府と対立する労働組合も賛成してきた。この点、国民の機嫌をとるためか、祭日や連休をむやみに増やしてばかりの最近の日本とはやや異なる。

 共和国記念日が国民休日として、復活したのは、24年後の2001年からである。

坂本鉄男

(2018年6月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)