Dormi sugli allori? 月桂樹の上で眠っちゃうの?

alloro2こんにちは。新緑がまぶしく、晴れた休日は外で過ごすのが気持ちのいい季節になってきました。

出会いの春に別れの春にと中々せわしない時期ですが、みなさん元気にお過ごしでしょうか?さて、今回はalloro(月桂樹)をテーマにお便りしたいと思います!

ベイリーフ、ローリエ、ゲッケイジュなどの名で呼ばれ、主に料理で使うベーシックなハーブとして親しまれている月桂樹の葉。日本には20世紀初頭に月桂樹の木が輸入されたと言われています。

そして、日露戦争中に旅順開城を祝って東郷平八郎が日比谷公園に月桂樹を植えたことをきっかけに、その名が広まったようです。(「月桂冠」の酒銘が商標登録されたのも同時期です。)

alloro3さて、この月桂樹。小アジア原産の常緑樹で、古くから地中海北部沿岸の地域で栽培されてきました。イタリアでは中部から南部にかけて自生し、昔からシチリア料理でよく使われるハーブであったことから、現在はイタリア政府によってシチリアの特産物に指定されています。

その用途は多岐に渡り、肉や魚に風味付けのハーブとして用いられることはもちろん、洋服ダンスの虫よけ、本や羊皮紙の保存剤、消化促進作用のある食後酒、咳止めなどとして用いられています。

alloro4古代ギリシアやローマでは、月桂樹はアポロの聖樹とされていました。オリンピック競技の優勝者や偉大な詩人は、知恵、勝利、栄光を象徴するシンボルとして月桂冠laureaを頭上にいただきました。

この風習は中世やルネサンス期のイタリアでも踏襲され、月桂冠を被ったダンテやペトラルカの肖像画が残されています。イタリアの大学を卒業したホヤホヤの学士が今も月桂冠を被るのは、その名残です。また、イギリスには現在もこの風習が制度として残り、英国王室はワーズワースなど第一流の詩人に桂冠詩人poeta laureatoの称号を与えています。

alloro5イタリア語で月桂樹を意味する名詞alloroは、ラテン語で月桂樹を意味する名詞 laurusに指示代名詞のついたilla laurusという表現から派生したと言われています。

古くからalloroが栄誉や成功のシンボルであることから、イタリア語では勝利や名誉ある賞などを指す名詞としても使われます。

例えば、riportare/conquistare l’alloro(月桂樹を勝ち取る)という表現は、「勝利を手にする」という意味になります。一方、dormire/riposare sugli allori(月桂樹の上で眠る)は、成功に満足してその後を無為に過ごすこと。温かな陽気についつい眠気もさそわれますが、どうやら月桂樹の上では眠らないほうがよさそうですね!

alloro6ダンテ・アリギエーリ・シエナ
ヴァンジンネケン玲

Al basilico sole e acqua バジルには、お日様とお水をたっぷりと

basil1こんにちは。寒いながらも冬の陽だまりが気持ちのいい今日この頃、いかがお過ごしですか?節分にはたくさんの福をお招きになったでしょうか?

さて、今年のお便りは、皆さんの2014年が香り高く豊かな1年になることを願い、イタリア料理で使われているハーブをトピックにお届けしたいと思います!

第1回目はイタリア料理の代表的なハーブの一つ、バジルについてのお便りです。 正式にはOcimum basilicumという学名がついているバジル。インド原産のシソ科の一年草です。日本では、現在は「バジル」、「バジリコ」と呼ばれ主に食卓で親しまれていますが、古くは民間の漢方薬として用いられ、種を目の中に入れてゴミを取ったことから「メボウキ」(=目のホウキ)と呼ばれていました。

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一方、イタリア語でバジルを意味するお馴染みの単語basilicoは、ラテン語のbasilĭcumがもとで、さらにはギリシア語のβασιλικόνが語源となっています。元来は「王様の葉」という意味があり、古くからさまざまな用途があったことにちなんでいます。ガリア人はバジルを神聖な植物とし、特別な儀式を経て身を清めた人にだけ栽培を許していました。インドでもバジルは聖なる植物とされ、寺院の周りに植えられていました。また、エジプトではミイラを用意するための香油調合に用い、ローマ人は調味料や媚薬や傷を治す特効薬として役立てていました。

多様な効用と同じく、バジルが象徴する意味もバラエティ豊かです。「憎しみ」、「あなたからの侮辱を忘れない」などという物騒な花言葉から、「恋の媚薬」、「恋する乙女はバジルを窓辺に飾る」というロマンチックな民間伝承まで様々です。
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ジェノヴェーゼ・ペースト、ピッツァ・マルゲリータ、カプレーゼなどなど、バジルを使ったイタリア料理も数えきれないほどあります。

おおかたのハーブと同様、温かい料理に入れる場合は風味を損なわないように最後の最後に加えます。葉は包丁で切らずに、手で千切ったり潰したりするのが風味を最大限に引き出すコツとされています。

バジルの育成には、「Al basilico sole e acqua, ai bambini poppa e pappa(バジルには太陽と水、子供にはミルクとごはん)」と言われように、温かい場所とたっぷりの水やりが必要とされています。basil3また、昔の農家では「悪口雑言を吐きながら種をまくとバジルが元気のよい大きな葉を付ける」と言われていたようで、この迷信から「cantare il basilico(思い切りののしる)」という表現も生まれました。 時にうっとりと愛する人を想い、時に罵声を浴びせながら(!?)、大切に大切に育てたバジルで、食卓に香りと彩りをプラスしてみてはいかがでしょうか?

ダンテ・アリギエーリ・シエナ ヴァンジンネケン 玲

Mangerete il panettone?

今年も無事に年末をお迎えですか?

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こんにちは。町のイルミネーションがキラキラと美しい季節、皆さんいかがお過ごしですか?寒い冬は、家族や友達と過ごす団らんのひと時がひときわ温かく感じられますね。クリスマスが迫り、イタリアはプレゼント探しに奔走したり帰省準備をしたりする人でどこか忙しない雰囲気です。ご存知の通り、クリスマスは家族で迎える大切なイタリアの祝日。クリスマスから年末年始にかけて長期の冬休みを取るイタリア人も少なくありません。今回は、この時期にいただくクリスマスのお菓子をテーマにお便りします。

mini panettone
近年、日本でも見かけるようになったイタリアのクリスマス菓子。パネットーネやアマレッティなど、綺麗にラッピングされたイタリアのdolciは、日本やヨーロッパの国々をはじめ、イタリア国外でもクリスマス休暇の特別なスイーツとして人気があります。

中でもとりわけ有名なのが、ロンバルディア州のお菓子panettone(パネットーネ)。起源については諸説あり、「1300年に、とある子爵の宮廷で生まれた」、「ルードヴィーコ・スフォルツァの統治する15世紀のミラノで誕生した」などいろいろですが、実際の誕生はもっと古くに遡るという説が有力なようです。ミラノの方言でpanattonが語源です。

pandoro
並んでおなじみなのが、ヴェローナのお菓子pandoro(パンドーロ)。こちらはオーストリアのお菓子に起源があると言われ、さらに遡るとフランスのブリオッシュにたどり着くと言われています。温めたパンドーロに粉砂糖をかけていただくのが王道とされ、通常は好みで甘さの調節ができるよう粉砂糖が小さな袋に分けられてお菓子の箱に入れられています。語源は読んで字のごとく、黄金色のパンを意味するpan(e) d’oroです。
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現在はイタリア各地名産のクリスマス菓子が全国的に手に入るようになり、シエナを代表するクリスマスのお菓子panforte(パンフォルテ)、トスカーナ州のcantucci(カントゥッチ)、ナポリの小さな丸い揚げ菓子struffoli(ストゥルッフォリ)、北イタリアで特に目にすることの多いトレンティーノのzelten(ゼルテン)、ジェノヴァのpandolce(パンドルチェ)、シチリアのbuccellato(ブッチェッラート)、クレモナのtorrone(トッローネ)など、食卓にあがるお菓子もバリエーション豊かです。

どれもこれも美味しいイタリア菓子。クリスマスの温かい団らんのひと時に、家族や友人と取り分けて色々なdolciを味わってみたいですね。

本年もご愛読ありがとうございました!2014年も楽しい記事を発信していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。皆さま、どうぞ素敵なクリスマスと年末年始をお迎えください。Buone feste!

ダンテ・アリギエーリ・シエナ

ヴァンジンネケン 玲

Ognissanti, manicotti e guanti.万聖節にはマフと手袋をお忘れなく

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 こんにちは!秋も深まり、朝晩はめっきり冷え込むようになりました。そろそろ冬支度も万端に整えておきたい今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?
 さて、今月末10月31日はハロウィンのお祭り。イタリアでは比較的新しいイベントながらも、町を歩くとカボチャのお菓子や、カーニバルを彷彿とさせる仮装衣装を見かけるようになりました。しかし、この時期のイタリアでもっと大切な日は、実はその翌日11月1日なのです!今回は「諸聖人の日」と、それにちなんだシエナのお菓子についてお便りします。

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 イタリアでは、毎年11月1日は「Ognissanti」、「Tutti i santi」、「i Santi」などと呼ばれる祝日で、日本語では「諸聖人の日」、「万聖節」と訳されています。一年に一度すべての聖人や殉教者を祀る東方の習慣が起源とされ、キリスト教の祝日として11月1日に祝われるようになったのは9世紀以降と言われています。
 一方、その翌日にあたるハロウィンはケルト文化がルーツであるとされています。ハロウィンとOggnisantiの祝祭自体のつながりに関しては諸説ありますが、Halloweenという名称についてはカトリックの祝日「諸聖人の日」と切り離せない関係があり、ハロウィンは「諸聖人の日の前夜」という意味をもつAll Halllows’ Eveが変化してできたことばです。

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 さて、祝日Ognissantiは、ことばの通りすべての聖人を祀る日。厳密には、聖人のほか殉教者や天国にいったとされる全ての人に祈りを捧げる祝祭です。聖人を意味するイタリア語santoの語源は、ラテン語の動詞sancire(批准する、認める)の過去分詞sanctus。もともとは護民官、城壁、門など、法や戒律によって認可されたすべてのものを指していました。
 その後、キリスト教の戒律で崇めるべきもの、つまり、「聖なる」という意味が一般的になり、名詞の「聖人」となりました。

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 シエナではこのOggnisantiの祝日に「pan co’ santi」、または「pan coi santi」と呼ばれる焼き菓子をいただきます。干しブドウ、クルミ、黒コショウを練りこんだpan co’ santiは家庭で作られるほか、10月初旬頃からはお店やレストランにも出回り、年末のクリスマス休暇ごろまでパティスリーなどに並びます。
 pan co’ santiのお菓子はお茶やコーヒーと一緒に供されるほか、貴腐ワインvinsantoや新ワインvino novelloとの相性も抜群です。

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 In chiesa co’ santi, e all’osteria co’ ghiottoni(教会は聖人と、レストランは食いしん坊と)と言われますが、天高く馬肥える秋、聖人も食卓に降臨して美味しいpan co’ santiに舌鼓を打っているのかもしれません!
 シエナに足を伸ばす際は、皆さんもぜひpan co’ santiを召し上がってみてくださいね。
  
ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

心に宿る甘い思い出

Un ricordo dolce in un cantuccio del cuore.
心に宿る甘い思い出
 

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こんにちは!暑いあつい今年の夏、いかがお過ごしですか?お盆休みも過ぎ、暑い季節もそろそろ終わりに近づいてきました。イタリアではferragosto(聖母被昇天の祝日)、そしてシエナでは8月のパリオ祭も終わり、夏休み気分も一段落です。涼しくなってくると旺盛になるのが食欲!ということで、今回は食欲の秋に先駆けて、シエナのスイーツdolci senesiについてお便りしたいと思います。

イタリアの各地に名産のスイーツがあるように、シエナでも古くから独自のお菓子が作られてきました。シエナのお菓子は旅のお土産としても人気があり、イタリア国内だけでなく国外でもよく知られています。

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その代表格と言えるのがpanforte。小麦粉、砂糖、スパイス、アーモンド、ヘーゼルナッツ、砂糖漬けのフルーツから作られる背の低い丸いケーキで、クリスマスのスイーツとしても有名です。その名の通りとてもかたく(pane forte = pane sodo)、手に取るとずっしりと重みを感じるほど食べ応えもあります。10世紀頃までは小麦粉と水をベースにした質素なお菓子でしたが、十字軍が東方から持ち帰った高価なスパイスを生地に練りこむようになり、貴族のための高価なお菓子になったと言われています。
同じく有名なのが、ricciarelliと呼ばれるやわらかいクッキーのような焼き菓子。アーモンドプードルが40%ほど入った風味豊かなお菓子です。こちらも起源は東方と言われ、16世紀に十字軍から帰還した騎士が持ち込んだお菓子がベースになったとされています。当時は貴族のサロンやパーティーなどで饗されたようです。現在はチョコレートの入ったバージョンもあり、お茶やコーヒーだけでなく、アマレットのリキュールや甘めの発砲ワインなどとの相性も抜群です。

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食後酒と一緒にいただくスイーツと言えばもう一つ、アーモンドの入ったカリカリのクッキーcantucciを忘れることはできません。甘口の貴腐ワインvin santoといただくお馴染みのクッキーは、別名biscotti di Pratoとも呼ばれ、シエナを含むトスカーナ州の各地で昔から作られています。1691年版のクルスカ学会の辞書にはcantucciと呼ばれていたお菓子について記載がありますが、当時特に有名だったのはピサで作られたものだったようです。もともとの語源はcantoという名詞で、cantuccioには本来「隅っこ」という意味があります。
シエナには、ほかにもcavallucciやpan co’ santiなど色々なdolciがあります。Conserviamo un ricordo in un cantuccio del cuore(心の片隅に思い出をしまっておく)。異国で出会ったスイーツに旅の思い出をいっぱい詰めて、甘いバカンスを口いっぱいに頬張ってみてはいかがでしょうか?
  
ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

寒さで凍える冬、ジェラートをほおばる夏

D’inverno congelato, d’estate con gelato.
寒さで凍える冬、ジェラートをほおばる夏
  こんにちは。ようやく夏らしいお天気になり、こんがりと日焼けした肌が町を彩り始めました。暑い日にいただきたいdolceといえば、誰もがご存知、夏の風物詩ともいえるジェラートです。秋冬は休業のジェラート店も春先からぼちぼちと営業を再開し、お天気のいい真夏日には長い行列を眼にするようになってきました。今回は旬の真っ盛り、美味しいイタリアのgelatoについてお便りします。
 

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日本でもすっかり定着したジェラートという言葉。「凍る、凍らせる」という意味を持つ動詞gelareの過去分詞から派生した名詞です。接尾辞をgelatoにつけてgelateriaとするとジェラート店、gelataioとするとジェラート屋さんを意味する単語になります。また、縮小辞をつけてgelatinaとすると同じく夏に美味しいゼリーになります。
 ジェラートの歴史についてはいろいろな説がありますが、その起源は、シチリアとアラブの二つの文化が融合して生まれたグラニータに遡るようです。そして、16世紀、カテリーナ・ディ・メディチとアンリ2世の結婚式に際して、フィレンツェのルッジェーリという料理研究家が今日のジェラートに似たデザートを作ったといわれています。
 
  続く17世紀、シチリア出身の料理人フランチェスコ・プロコピオ・ディ・コルテッリがパリにカフェ・ル・プロコップをオープンさせます。フランチェスコは、祖父が趣味で研究していたジェラート製造機を改良し、たくさんのジェラートを作りました。カフェに登場するやいなや、ジェラートは流行に敏感なパリの人々を夢中にさせました。パリに集う芸術家や思想家たちもその例に漏れず、かのヴォルテールは「こんなに美味しいジェラートが合法だなんて!(La glace est exquise – quel dommage il n’est pas illegal)」とコメントを残しており、その虜になっていた様子が窺えます。
 

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現在、ジェラートには大きく2つの種類があり、大量生産型のgelato industrialeと手造り型のgelato artigianaleがあります。イタリアは世界で唯一ジェラート市場の55%をgelato artigianaleが占める国と言われ、半島には小規模経営の美味しいジェラート店がひしめいています。夏は、いろいろなジェラテリアを巡りながらお気に入りのお店を見つけて、イタリアをひんやり甘く味わってみてはいかがでしょうか?
  
ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏 ウトウトまどろむ四月

campagna.JPGAprile, dolce dormire.

 こんにちは!若草の萌える春うらら、いかがお過ごしですか?

イタリアでは復活祭のバカンスも終わり、春も本番です。温かな陽が心地よく、今まで家にこもりがちだった人々もハイキングに出かけたり、広場やカフェのテラスでおしゃべりに花を咲かせたりと、外で過ごすことが多くなってきました。

 そんな春は、まさにdolceな季節。dolceと聞くとついつい美味しいスイーツのことで頭がいっぱいになってしまいがちですが、この形容詞は古くから詩の中でも使われてきた雅な言葉で、「甘い」という味覚のほかにもたくさんの美しい意味を持っています。ヴァイオリンの甘美な調べil dolce suono di un violino、シエナのなだらかな丘陵地帯le dolci colline senesi、のんびりと過ごす贅沢な無為il dolce far niente、愛情に溢れた眼差しuno sguardo dolceといった具合です。そして、穏やかな暖かい春風un dolce zefiroや、うららかな春の日にウトウトと誘われる眠気un dolce sonnoなどなど、温暖な春はdolceでいっぱいです。

dolcedormire1.GIF Andiamo a fare merenda in campagna? そんな穏やかな春の日にイタリア人が愛して病まないことの一つが、友だちや家族と郊外へ出かけてピクニックをしたり、大自然に囲まれたバールやトラットリアなどで軽食を楽しんだりする時間。お茶やコーヒーと一緒に甘いお菓子dolciを食べたり、早めのハッピーアワーさながら、ブルスケッタやチーズや生ハムなどをおつまみにワインを飲んだりしてゆったりと午後のひと時を過ごします。 

 
merenda1.JPG 郊外へ足を伸ばすことができない平日は、町中のバールやカフェのテラス席が春を楽しむ特等席。会社や大学の終わる5時ごろになると、たくさんの人がハッピーアワーaperitivoに集い、羽を伸ばします。バールのカウンターに並ぶ無料のおつまみに舌鼓を打ち、気心のしれた仲間とのおしゃべりに興じながら口にする冷えた一杯。夕方の心地よい風に吹かれながらaperitivoを堪能する人々で賑わうバールのテラス席は、まさに春から夏にかけての風物詩です。

 Aprile, dolce dormire e forte sospirare; i granai sono vuoti e le botti cominciano a sonare. 春眠が暁を覚えないのは古今東西の常のようですが、あとで深いため息をつかないように仕事にも勉強にもしっかり励みつつ甘い季節を堪能いたしましょう!
  
ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏-春も近づくヴァレンタイン!

Per san Valentino la primavera sta vicino.

春も近づくヴァレンタイン!

 こんにちは!立春とは言えまだまだ寒い2月、いかがお過ごしですか?クリスマスから1月にかけてのバカンスシーズンの名残を惜しみつつ、2013年も本格的にエンジンがかかってきました。昨年の「festa」に引き続き、今年は「dolce」をテーマにシエナからお便りしたいと思います!

5_carnevale.jpg さて、2月のイタリアは寒さがまだ厳しいながらも、謝肉祭にバレンタインデーにとホットな行事が目白押しです。華やかなカーニバルの仮装やバレンタインのロマンティックなプレゼントとともに欠かせない存在がdolci(お菓子)です。

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 カーニバルのお菓子は地方によって多種多様。その中でも有名なのが小麦粉、卵、砂糖で作った生地を焼いたり揚げたりして粉砂糖をまぶしたdolce。細長くギザギザの切り口が特徴です。通称chiacchiereと呼ばれる一方で地方ごとに名前が変わるのも大きな特徴として知られています。例えば、ジェノヴァやトリノなどではbugie、ローマやヴィテルボなどではfrappe、トスカーナではcenciやcrogettiやstruffoliの名で親しまれています。
 
  このように地方ごとに変わる同義語はgeosinonimiと呼ばれ、豊かなイタリア語を彩る要素の一つになっています。特に生活に密着した言葉は地域によって異なる名前で呼ばれることが多く、チーズがcacioやformaggioとなったり、スイカがcocomeroやanguriaと名を変えたりします。

 
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 一方、ヴァレンタインデーのdolciに目を移してみると、こちらは日本のチョコレートのような「王道」はなく、クッキーやケーキなどのさまざまなdolciがプレゼントになっています。もともとはロマンティックなメッセージカードの交換に添えられていたdolciや花のプレゼント。イタリアでは一人ひとりのアイディアによるところが大きく、バラの花や宝石やデザートワインを贈るなど、恋人のハートを溶かすような思い思いの「甘いプレゼント」を選ぶようです。
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 2月は季節のお菓子をいただきながら、いつも以上に甘い生活が堪能できそうですね!

Buon Carnevale e buon san Valetino!

 

ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

クリスマスはご馳走でお祝い!

A Natale, o grosso o piccino, su ogni tavola c’è il tacchino.< ?xml:namespace prefix = o ns = "urn:schemas-microsoft-com:office:office" />

クリスマスはご馳走でお祝い!

 

 こんにちは。あっという間に迎える年の瀬、2012年も終わりに近づいてきました。シエナではクリスマスの準備も大詰めに入り、イルミネーションで彩られた町は家族や友人へのプレゼント選びに奔走する人々でいっぱいです。本年度最後のお便りはイタリアを代表するfesteの一つ、クリスマスをテーマにお届けします!

 


 
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 イタリアのクリスマスは、カトリックでは復活祭に次ぐ重要な祝日。12月に入るとキラキラと飾り付けられた町のあちこちからクリスマスソングが流れ出し、イブやクリスマス当日も沢山の人が外出して祝う日本のクリスマスに比べると、イタリアのクリスマスはぐっと落ち着いた雰囲気があります。イタリア語でクリスマスを意味するNataleは、もともと「誕生の」という意味を持つ形容詞。単語が示す通り、イエス=キリストの誕生を祝うfestaとして宗教的に大きな意味を持つ祝祭であるとともに、イタリアでは何よりも家族と過ごす特別な時間です。


  家族の集まる温かい食卓はクリスマスの象徴でもあり、そこには古くからの伝統が息づいています。実は、タイトルの諺やディケンズの小説にあるようなクリスマスの七面鳥料理は、イタリアでは比較的新しいメニュー。地域によってバリエーションがありますが、魚や野菜をメインとしたイブの晩餐と、去勢された雄鶏
capponeとスープをメインとしたクリスマス当日のお昼の正餐が昔ながらの典型的なクリスマスの食卓とされています。

 

 七面鳥が16世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに渡ってきたことを考えると、フライやマリネとしてイブに供される魚は長い歴史を経て現代に受け継がれてきた食材です。魚は古代からインド=ヨーロッパ文化圏では豊穣と知恵のシンボルであり、またキリスト教ではichthysと呼ばれるイエス=キリストのシンボルです。(ギリシア語で「イエス=キリスト、神の子、救世主」を意味するΙησος Χριστός Θεo Υιός Σωτήρをラテン語に置き換えて頭文字を並べると、ギリシア語で「魚」を意味するichthysとなります。)

 


Ichthys.jpg クリスマスに限らず食はさまざまな
festeに欠かせないの要素の一つです。古くは儀礼の中で神様に捧げられたりと重要な意味持っていました。その名残としてfeste自体を象徴するような食の伝統は現代にも多く伝えられ、クリスマスはその代表格とも言えます。

 


ornamento (1).jpg 例えば、ある時代の典型的なクリスマスのギフトは、アーモンド、ドライフルーツ、胡桃、ヘーゼルナッツ、栗、果汁と蜂蜜をベースにした手作りのケーキなどでした。胡桃、ヘーゼルナッツ、アーモンドなど硬い殻に包まれたナッツ類は「堅固に守られた真実」のシンボル、乾燥イチジクは沢山の種があることから「豊潤」や「繁栄」のシンボル、という具合にそれぞれに長い歴史が隠されています。そしてそれを受け継ぐように、現代イタリアのクリスマスケーキがあり、特に砂糖漬けのドライフルーツの入った甘いパン状のお菓子は典型的なクリスマスの焼き菓子として全国的に食べられています。

 

  ご馳走を囲みながら温かい家族団欒のひと時を分かち合えることを喜び、お互いの幸せを祈るクリスマス。みなさんにも素敵なクリスマスが訪れますように。Tanti auguri e buone feste!!

ダンテ・アリギエーリ シエナ

ヴァンジンネケン

 

シエナの裏-ワインは長寿の薬

Chi beve vino campa cent’anni.< ?xml:namespace prefix = o ns = "urn:schemas-microsoft-com:office:office" />

ワインは長寿の薬

 こんにちは。秋もだいぶ深まってきました。芸術鑑賞、読書、グルメなど、季節ならではの楽しい時間をお過ごしでしょうか?シエナではオリーブやブドウの収穫も一段落して、オイルやワインの初物が出回り始めました。今回はイタリアの食卓と切っても切れない関係にあるワインのお話し。11月のnovello解禁のお祝いをテーマにお便りします。


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通称novelloと呼ばれるvino novelloは、収穫されたばかりのブドウから作られる「新酒」とも呼ばれる旬のテーブルワイン。収穫年の1231日までに瓶詰めされ、解禁日は毎年116日とされています。厳密にはvino nuovoと呼ばれる一般的な新酒とは異なり、novelloは最低30%以上の新物のブドウを含み、フランスのボジョレー・ヌーボーと同様に「炭酸ガス浸潤法」という醸造方法で作られます。この醸造方法ではブドウを破砕せずに自然発酵させるので、novello独特のタンニンが少なくフレッシュで軽い口当たりに仕上がります。

 形容詞novelloは現代イタリア語で「生まれたての、できたての、新米の」という意味があり、patate novelle(新ジャガ)、sposi novelli(ホヤホヤの新婚さん)などと使われます。語源は形容詞nuovoと同じくラテン語のnovusで、それに縮小辞をつけたnovellusがもとになっています。


enoteca chianti.jpg 解禁日にはイタリア各地で新酒を祝う
festeが盛大に開催されます。シエナの町では、毎年115日の夜中から6日の未明にかけて旧市街のトロメイ広場でnovello祭りが開かれます。主催はCivettaのコントラーダで、屋外コンサートに興じながらnovello解禁の夜を祝おうという趣旨。広場の小さな屋台ではボトル15ユーロ、紙コップ一杯1ユーロという手軽な値段でシエナ近郊で作られたvini novelliが販売されます。屋台には老若男女が群がり、小銭を手に押し合い圧し合いでワインを買い求めます。

 また、novelloはその年のブドウの出来を評価するためにも大切なワイン。エノテカやレストランではvini novelliの試飲会も催されます。シエナの国立エノテカで開かれるnovello祭りでは、テラスで供される相性抜群の焼き栗を楽しみながらイタリア各地の新酒をテイスティングすることができます。


 
vitigno.jpg エドモンド・デアミーチスが
Il vino aggiunge un sorriso all’amicizia ed una scintilla all’amore. と言ったように、気心のしれた仲間や大好きな恋人と過ごすnovello解禁のお祝いはすてきな時間になりそうですが、飲みすぎにはくれぐれもご用心。Errare è umano, perdonare è divino. (過つは人の常、許すは神の業)を文字って、Errare è umano, perdonare è di vino.(過つは人の常、許すはワインの業)などと苦しい言い訳をしないように節度を持って楽しみたいものです。

 

ダンテ・アリギエーリ シエナ

ヴァンジンネケン

シエナの裏 「どんなお祭りが好きですか?」

Meglio una festa che cento festicciole.
どんなお祭りが好きですか?

Bancone.JPG こんにちは。8月のバカンスシーズンも終わり、こんがり日焼けして夏休みから戻ったイタリア人は今年はどんな休暇を過ごしたのかおしゃべりに花を咲かせています。そんな会話のキーワードは、故郷のお祭りや海辺のパーティーなどさまざまなfesteです。今回のお便りはfestaという言葉自体にスポットを当てみたいと思います!

 今年度のお便りのテーマになっているfesteという言葉。現代イタリア語での基本的な意味は「祝日、祭日、休暇、パーティー、祝宴、陽気な気分にさせるものごと」とされています。毎週やって来る日曜日domenicaも語源をたどればキリスト教のdominica dies(神の日)であり、労働日に対する安息日festaでした。現代イタリア語では祝祭日のほか日曜日もgiorni festiviとされ、それと対になる平日はgiorni ferialiと定義されています。

 
Coppa Mondiale.jpgもともとfestaという言葉はラテン語のfestus dies (儀式を執り行う日) が起源で、特別なお祝いをする日に捧げられた期間を指していました。本来festeには世俗と神聖を分ける役割があったといわれており、収穫祭、洗礼式、結婚式、など、一年という時間や人の一生の中である区切りをつけ、ある状態から別の状態への移行を象徴するものでした。日常的な労働日と特別な服や食べ物で儀式を行うfesteはいわば表裏一体となって、私たちの一生の時間を構成している大切な要素と言えるのです。

  さまざまなfesteは本来厳かに儀礼を行う神事の時間と賑やかな祝祭の時間の二つから構成され、儀礼によって人々は集団の秩序を再認識し、祝祭によって集団の一体化を強めると言われています。宗教的な起源を持つNataleやPasquaなどはもちろん、Epifaniaのように宗教的な意味が薄れたりMille Migliaのように全く宗教と切り離されたfesteも含め、現代でもfesteは人々を深く巻きこみ人々とのつながりを強く感じさせてくれる貴重な瞬間です。
 

Palio.jpg 悠久の歴史の中ではぐくまれた伝統が脈々と受け継がれ今なお強く息づくイタリア。祝祭を「お祭り騒ぎ」で祝うだけでなく、その由来に興味を持って楽しむと、festeをより深く堪能できることに間違いはありません!秋も収穫祭、芸術祭などさまざまなfesteが目白押し。イタリアの人々と共感する時間、festeの醍醐味をみなさんも堪能してくださいね! 

ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏 号外「シエナのパリオ祭」

こんにちは。夏も本番、太陽のまぶしい季節になりました! シエナでは、町のアイデンティティともいえるお祭りil Palio(パリオ祭)が近づき、人々の熱気がぐんぐん高まってきました。
世界的に有名なパリオ祭をいっそう楽しめるよう、今回の号外編ではシエナの町が誇るパリオについてお届けしたいと思います!

シエナと言えばパリオ、パリオと言えばシエナ

パリオ祭はシエナ市の企画運営する大規模なイベントです。毎年7月2日と8月16日の2回、 市の中心に位置するカンポ広場(Piazza del Campo)で行われる馬のレースのお祭りとしてよく知られています。
シエナの旧市街はコントラーダと呼ばれる17の地区に分かれており、各パリオごとに10コントラーダが馬のレースで競い合います。年間を通してシエナの人々の生活はコントラーダを基本に営まれており、パリオ祭はそのメインイベント。町とは切っても切れない関係があります。

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パリオ

パリオ祭の起源は13世紀にさかのぼると言われ、町の歴史と常に深いつながりを持ってきました。1260年のモンタペルティの戦いでシエナが勝利した際、聖母マリアに感謝の祈りを捧げるために祭りと馬のレースを行ったのが始まりと言われています。
シエナ共和国の黄金時代(13世紀初頭から14世紀半ばにかけての150年間)には、パリオは8月15日の聖母マリア被昇天を厳かに締めくくるお祭りでした。長い歴史の中でお祭りのスタイルは様々に変化し、いろいろな形式のパリオが行われてきました。

有名なのは14世紀初頭の長距離レース。シエナの町のいずれかの門をスタートし、大聖堂ドゥオーモがゴールがゴールとなっていました。時には騎手の乗っていない馬が走ることもあったようです。勝者には高価な織物でできた旗が贈られ、その旗がpalliumと呼ばれていたために祭り自体の名前がパリオとなりました。

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現在パリオ祭のレースは、特別に整備されたカンポ広場で開催されます。歴史装束を身にまとった人々の豪華絢爛な大行進に続いて馬のレースとなります。1回のパリオ祭に出場するのは10のコントラーダのみ。10頭の馬が広場のコースを3周して一番にゴールしたコントラーダが優勝旗パリオを手にします。
観覧方法は、広場の周りにめぐらされたベンチや広場に面する窓を予約するか(有料)、広場内で場所を確保して観覧するか(無料)の二つになります。いずれも入場できる制限時間があるので気をつけましょう!

コントラーダ

シエナの旧市街は3つの丘に沿って広がり、それぞれの丘によって町が3分割されています。この3区画はさらに17の区域に細分化することができ、この17区域がコントラーダと呼ばれます。もともとは中世の軍事的背景を基盤に59ものコントラーダが編成されていましたが、時を経るにつれ再編淘汰が進み軍事的機能を失っていきました。
しかし、コントラーダはただ地理的に町を区画するだけではなく、シエナの人々の魂を包括するような存在となりま した。洗礼、結婚、葬儀、パリオ祭、食事会、パーティーなど、コントラーダの担う役割は広く、人々の生活から切り離せません。

各コントラーダは動物などのシンボルを自らの名前として掲げています。 Aquila (ワシ)、Bruco (イモムシ)、Chiocciola (カタツムリ)、Civetta (フクロウ)、Drago (竜)、Giraffa (キリン)、Istrice (ヤマアラシ)、Leocorno (ユニコーン)、Lupa (雌オオカミ)、Nicchio (貝)、Oca (アヒル)、Onda (波)、Pantera (ヒョウ)、Selva (森)、Tartuca (カメ)、Torre (塔)、Valdimontone (雄羊) 。

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シエナの人々は、パリオが近づくと自分のコントラーダのスカーフを身に着けて生活します。

フランスの人類学者レビ=ストロースは、その様子を「Il fazzoletto è la bandiera personale dei senesi」と言い表し、シエナの人々が各々コントラーダの旗を掲げてパリオ祭に臨んでいるさまを観察しています。

お土産店で売っているスカーフを巻くときは注意が必要。スカーフを巻いて、ライバル関係にあるコントラーダの区域を通るとトラブルとなることがあるので気をつけましょう!

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お祭りをフルに楽しもう!

一般的なパリオ祭のイメージは7月2日と8月16日の馬のレース。確かに興奮が頂点に達するまたとない瞬間ですが、それだけを観るなんてもったいない! パリオ祭の醍醐味はその前後にあると言っても過言ではありません。パリオ祭当日までの熱い熱い3日間をご紹介するので、ぜひ足を運んでみてください!

6月29日と8月13日@カンポ広場: 馬の選出と抽選
パリオ祭に出場する10のコントラーダと10頭の競走馬の組み合わせを決める。早朝から馬の選出開始。午後はパリオ祭に出場する10のコントラーダによる抽選。

6月29日~7月3日と8月13日~16日@カンポ広場: 試走
パリオ祭の3日前の夕方から当日の朝まで全6回(朝は9時ごろ、夕方は7時半ごろ)。特に盛り上がるのは祭り前日の夕方に開催される第5回目の試走 “prova generale” 。

当日午前@カンポ広場: ジョッキーの祈祷、最終試走など
午前8時ごろから開始。市庁舎に隣接する礼拝堂で大司教によりジョッキーへの祈祷に続き、”provaccia” と呼ばれる最後の試走が行われる。

当日午後@旧市街各所: 馬の洗礼、大行進など
午後3時ごろから各コントラーダの礼拝堂で馬の洗礼。その後、中世の衣装に身を包んだコントラーダの代表やシエナ市の代表が旧市街を行進し、ドゥオーモ広場に集合。大聖堂正面あたりで各コントラーダの旗手が旗をふるパフォーマンス。

当日夕方@カンポ広場: 各種行進、レース
午後5時ごろには、イタリア国防省の騎馬部隊による行進。続いて豪華絢爛な衣装が圧巻の行進il Corteo Storicoが開始。行進が終わるとすぐにクライマックスのレース。

当日夕方@カンポ広場~各教会: 賛歌テ・デウム
パリオ旗の授与後、優勝コンラーダは神へ感謝の歌テ・デウムを捧げに教会へ向う(7月のパリオ祭はProvenzano教会、8月の場合は大聖堂ドゥオーモ)。優勝したコントラーダの地区での祝宴。コントラーダの教会では、飾られたパリオ旗を見学することができる。

120629試走.jpgイベントが目白押しのパリオ祭。私たちには想像も及ばないほど、シエナの人々にとってパリオ祭はとても神聖なお祭りです。普段は絶対的に安全な町ですが、祭り前後は緊張や興奮から気が立っている人も少なくないので、要らぬトラブルを避けるためにも不注意な言動や行動には気をつけましょう。
世界中の人々がパリオ祭を一目見ようと集まってきますが、「祭りの主役はあくまでもコントラーダに属するシエナの人々」ということを頭の片隅に置いておくと、一層楽しく深くお祭りを味わうことができるはずです。 また、日中は日差しも強く かなり暑くなるので、日射病や熱中症の対策を万全にして楽しく見学してくださいね!

ダンテ・アリギエーリ シエナ校
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏 「花のほころぶ4月、大地の色づく5月」

Aprile fa il fiore e maggio si ha il colore
花のほころぶ4月、大地の色づく5月

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bentley verde5.JPGこんにちは。イタリア人の大好きな夏まであと一息!5月に入ってシエナはますます活気づいてきました。今回は現代のお祭り、毎年5月にイタリアを横断するミッレミリアのカーレースをテーマにお便りしたいと思います!

 近年は毎年5月に開催されるクラシックカーレース『ミッレミリア』。その起源は1927年に始まった自動車レースにあります。現在は世界各地からの参加者が集まり、ご自慢のクラシックカーでブレーシャ=ローマ間の公道を往復。計 1000マイル(mille miglia)の距離を走行します。2012年の走行日程は5月17日~20日の4日間。往年のクラシックカーが行路に沿って各都市のチェックポイントを通過します。情緒溢れる町並みを背景にクラシックカーが連なる様子はなんとも圧巻です!

Mille-Miglia-Arrow.pngレースの名前Mille miglia(ミッレミリア)は、走行距離である1000マイルを指すイタリア語に由来しています。レース名の表記法はいろいろとバリエーションがあり、la corsa delle mille miglia、le Mille miglia、la Mille miglia、la Millemiglia など様々です。レースでは「1000 MIGLIA」と書かれた赤いロゴをいたる所で目にします。元々はコースの進路を示すために用いられていたとのことで、さすがに読みやすく目を引きます。

もともとミッレミリアは1927年から1957年までの30年間に開催されたカーレースでした。第二次大戦による休止期間(1941~1946年 )をはさみ、戦前の13レースと戦後の11レースに分かれます。アルファロメオ、フェラーリ、OM、ランチャ、フィアットなどのイタリア車両もちろん、ベンツ、BMW、プジョー、アストンマーチンなどヨーロッパ各国の車両も参加しました。

fiat 500.JPG当時のレースは圧倒的なスピードを競い合うもの。コースである1000マイルの公道を猛進、一気にゴールを目指していました。回を重ねるにつれて平均時速はぐんぐんと伸び、1955年のレースではミッレミリア史上最高の時速157kmにも及びました。そのような熱狂の中、1957年度のレース中に観客をも巻き込んだ悲惨な事故が起きました。その結果、ミッレミリアはイタリア政府により開催中止を命じられることになります。

こうした悲しい事件の20年後、ミッレミリアは1977年にクラシックカーレースとして復活を果たしました。タイムトライアル方式を採用するとともに、参加資格が変更されました。参加車両は、
①1957年以前に製造さていること
②当時のミッレミリアに参加しているか、当時の参加車両と同じ型であること
という二つの条件を満たさなければなりません。行路は以前と同様、ブレーシャ=ローマ間の公道を往復する1000マイルですが、安全一番の優雅なレースへと転身しました。

Aprile fa il fiore e maggio si ha il colore (花ほころぶ4月、大地色づく5月)。自然が色づく美しい季節のイタリアを横断するミッレミリアの自動車レース。 太陽のもと緑もクラシックカーも輝いて、 初夏のイタリアをますます鮮やかに彩り、私たちの心も華やぎそうです!

ダンテ・アリギエーリ シエナ校
ヴァンジンネケン 玲

シエナでは、ゲーテも愛したカンポ広場がチェックポイント。なんともフォトジェニックな景観です。カメラを持ってぜひ出かけましょう!
通過時間:2012年5月19日、午前11時50分に先頭車両が到着
チェックポイント:カンポ広場の市庁舎前
行路:strada Cassia Sud (SR2), strada Massetana Romana (SP6), strada Massetana, piazzale Marcello Biringucci, porta San Marco, via delle Sperandie, via Sarrocchi, via Casato di Sopra, via Casato di Sotto, piazza il Campo/Anello Inferiore (Controllo a Timbro), via Rinaldini, via Banchi di Sotto, via Banchi di Sopra, via Montanini, via Garibaldi, viale Giuseppe Mazzini, via Achille Sclavo, via Giovanni Paolo II, strada Statale Chiantigiana SR222

*その他の都市は、ミッレミリア公式HPで確認できます。

 

シエナの裏 「家族と祝うクリスマス、仲間と出かける復活祭」

Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi
家族と祝うクリスマス、仲間と出かける復活祭

FOTO2012-03 (1).JPGこんにちは。3月に入り春めいてきたシエナでは色とりどりの花がきれいに咲き始めました。
今回は春の代名詞ともいうべき復活祭 Pasquaをテーマにお便りします!

イタリアでクリスマスとともに重要な祝祭日の一つとされる復活祭 Pasqua。日本ではイースターの名で馴染みのある復活祭は、イタリアではイエスの復活を祝うキリスト教の祭日です。Pasqua の祭日は太陰暦をもとに定められるため、年ごとに日付が変わります。正確には、春分の日から最初に迎えた満月の後にくる日曜日が Pasqua となるので、可能性としては3月22日~4月25日の間に祝うことになり、今年2012年は4月8日の日曜日が Pasqua にあたります。

イタリア語の Pasquaは、ヘブライ語で「通過」を意味する pesah から派生した言葉で、ラテン語の pascua(牧草、牧草地)という言葉と混ざり、pascha の形を経て Pasqua となりました。 言葉の変遷が示すとおり、イタリアの Pasqua はユダヤ教の復活祭にあたる過越の祭りや、古代信仰の春の祝祭と深い関わりがありました。

FOTO2012-03 (2).JPG復活祭を迎える前には、肉食を断つ四旬節、最後の晩餐やキリストの受難をを記念する聖金曜日などさまざまな典礼があります。日曜日の Pasqua 当日は、クリスマスと同様にたくさんのご馳走でお祝いします。正餐の主役は羊と卵。羊肉は旧約聖書でモーゼによって過越の祭りの食べ物として定められ、その伝統がキリスト教にも引き継がれました。そしてイースターエッグとしてもよく知られる卵は、まさに復活のシンボル。イタリアではゆで卵として食されるほか、卵形のチョコレートとしてもお馴染みです。

このチョコ卵、 Pasqua が近づくと、鳩の形をしたケーキ Colomba とともに町のあちこちを彩ります。見ているだけでもきれい!食べるだけでも美味しい!のですが、さらに嬉しい秘密があります。多くの卵は中が空洞になっていて、お楽しみのプレゼントが隠されているのです。大手メーカーのチョコ卵をよく目にする一方で、恋人のために老舗の店でチョコ卵をオーダーメード、中にダイヤの指輪を入れて贈る、という凝った人もいるようです。チョコ卵の大きさはフットボールサイズの卵が一般的ですが、人間が中に入れそうな巨大卵から、中をくり抜いていないウズラの卵くらいのものまでいろいろ。もちろんチョコの種類もホワイト、ヘーゼルナッツ入り、ピスタチオ風味など様々です。

FOTO2012-03 (3).JPGPasqua venga alta o venga bassa vien con la foglia e con la frasca (遅かれ早かれ、復活祭は春の息吹とともにやって来る)という諺もあるように、 Pasqua は生命の賛歌ともいうべき春のお祭りです。Pasqua 翌日の月曜日は Pasquetta と呼ばれ、多くのイタリア人は家族や友達と連れ立って春を満喫しに郊外を散策したり、ピックニックへ出かけたりします。(少し早めの海水浴を楽しむ人も少なくありません!)

FOTO2012-03 (4).JPGNatale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi. 復活祭にお花見に、ところ変われど、大好きな家族や友達と春を楽しもうとウキウキする気持ちに変わりはありませんね!Buona primavera!

ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏 「主顕節でお祭りはおしまい」

Epifania tutte le feste le porta via
主顕節でお祭りはおしまい

Buon Anno 2012! 今年はお祭りをキーワードに、旬のイタリア便をお届けしていきたいと思います!

Luci Citta'.JPG さて、イタリアでは長いクリスマス休暇がようやくあけました。冬休み気分も抜けて、新年が本格的にスタート!ということで、今回はバカンスに終止符を打つ1月6日の Epifania(エピファニーア)の祭日にまつわるお話しです。

Presepio.JPG 日本では主顕節や公現祭と呼ばれるEpifania。イタリアではもともとキリスト教の祭日として祝われ、東方の三博士が幼いイエスを礼拝しに訪れたことを記念する日でした。現在ではBefana(ベファーナ)とも呼ばれ、おばあさんの魔女が子供にプレゼントを持ってくる日としても盛んにお祝いされています。暖炉などにはプレゼントを受け取るためのソックスが吊るされ、一年いい子だった子にはお菓子やプレゼントが、悪い子には炭(!)が贈られます。

Regalo Befana.JPGBefanaの
 祭りは、冬至を境に古い一年が終わり新年を祝う古代の民間信仰から発展しました。Befanaの魔女が老婆であることは古い一年を象徴し、また魔女であることはキリスト教ではない異教の祭りという概念と結びついたためであり、プレゼントの風習は古代ローマの祝祭を受け継いだから、または東方の三博士がイエスに貢物をもっていったから、などと説明されています。

 さて、 epifaniaとbefanaという言葉。どちらも古代ギリシア語の動詞ἐπιφάινω (epifàino)が起源とされています。派生名詞ἐπιφάνεια (epifanèia)を経てイタリア語のepifaniaとなり、そこからさらにbifanìa、befanìaと変形してbefanaが生まれました。Epifaniaのもともとの意味は「顕在、出現」。キリスト教では、三博士の前にイエス様が現れたように奇跡などを通して神様の存在が我々の眼に明らかになることを指します。

 
Camino.JPG 20世紀文学においてはepifaniaという言葉が重要なテーマを表しました。19世紀から我々の世界観は大きく変わり、時間の概念は二極化されます。時計で計れるような自らの外に流れる客観的な時間と、自らの内にある一瞬一瞬から成る主観的な時間。内なる時間とは、単調な時間の流れの中で突然にして魂が揺さぶられるような瞬間であり、ジョイスはそれをepiphanyと名づけました。詩人モンターレはoccasioneと、プルーストは intermittences du cœurと呼ぶなど名称は異なるものの、多くの文学者がこの「生に満ちた一瞬」の表現を模索しました。

 止まぬ雨などないように、終わりのこない休暇はない…。会社や学校の再開に「Epifania tutte le feste le porta via!」とため息混じりにつぶやくイタリア人も少なくありません。しかし、彼らが日常の生活に戻り、今年もそこに宿るepifaniaの輝きを謳歌していくであろうことは疑う余地もありません!!

ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン 玲

シエナの裏-美術展

Siena.JPGはじめまして! イタリア中部の町シエナにあるダンテ・アリギエーリ校の金子です。
菜の花が春風にゆれるトスカーナよりお便りです。

今春シエナで、初期ルネサンスをテーマにした大規模な美術展“Le arti a Siena nel primo Rinascimento”の幕が開けました。
世界各国の135もの美術館から集められた芸術作品は、いずれもためいきの出るようなものばかり。
さながら優美なるタイムカプセルのごとく、在りし日の栄華を物語っています。
町を知る人の中には「え?ルネサンス?シエナ?栄華?」と思う方もいるかもしれません。
現在のシエナは人口6万人ほどの小さな町で、ユネスコに登録されているとは言え、芸術の都パリのような華やかさもなければ、メガロポリス東京のような都会のダイナミズムもありません。
また、ゴシック建築の町並みやパリオ祭に代表される「中世」「コンサバ」というイメージが浸透しているため、ギャップを感じるのはもっとも至極と言えます。
今回は、ステレオタイプのラベルを裏切るシエナの顔をご紹介したいと思います。

【歴史のミルフィーユ!】
映画のセットのようなレンガの町並みで有名なシエナですが、その起源は中世から大きく前にさかのぼり、紀元前のエトルリア人居住地が発祥とされています。
その後、古代ローマ帝国軍の城塞を中心に町は発展し、南北に縦断する巡礼路 via Francigena に沿うように3つの丘の上に広がっていきました。
強大な中世都市国家として勢力をのばすころ、旧市街地はおおむね現在の形となりました。
何世紀にも渡る変遷を経たものの、各時代の痕跡は今も町のいたるところにとどまり、エノテカの地下にあるワイン倉がエトルリア時代に掘られたものであったり、アパート内部に中世の教会のアーチが残されていたりと、歴史が日常に溶け込んでいます。

Santa Maria della Scala Retro.JPGまた、美術展の会場の一つともなっている Santa Maria della Scala は、時代の変遷を凝縮しているシンボルとも言えます。
現在、複合アート施設となっている建物は、エトルリア建築を土台に今世紀まで増改築が繰り返され、複雑な構造のあちこちにその歴史を宿しています。
代表的なフレスコ画は、建物がヨーロッパ最古の巡礼者宿泊施設・病院の一つとして使われていた当時を伝え、治療や慈善活動の様子をありありと物語っています。

【アバン・ギャルド】
もう一つのシエナの顔は、ルネサンスの夜明けに興ったアバン・ギャルドの精神です。
時代の最先端をゆくメンタリティは、強大な都市国家を実現するとともに、ヨーロッパ文化の発展にも大きく貢献しました。
この精神はルネサンス前派とされるシエナ派の芸術家たちにもよくうかがえます。
13世紀ごろの作品には、遠近法を試みたり、絵画のモチーフに風景を取り入れたりと、彼らが“primitivi senesi”の通称とは裏腹に新時代のアートを模索していた様子がよく表れています。
「金地の背景に聖人」という当時の定番をくつがえす飛躍的な転換は、あの世からこの世への視線の転換、現世の肯定というルネサンスの思想そのものです。
さらに、実生活の面でもシエナはヨーロッパ全体に多くの影響力を及ぼしていきました。
15世紀半ばには世界初の銀行と言われる Monte dei Paschi di Siena が生まれ、勢力下の町からは二人の教皇を輩出します。
また、続く16世紀には他の町に先駆けて本格的なイタリア語教育機関が設立されるなど、まさに最先端の代名詞ともいえる町でした。

現在のシエナは、伝統と現代の共存をめざすヒューマンサイズの町として21世紀を生きています。
さまざまな歴史的変遷の中、いずれの時代も町の精神には「調和」というキーワードが共通しているように思えます。
国立絵画美術館、キジャーナ音楽院、国立大学、諸研究所など、町が擁する多くの文化施設や教育研究機関には現在も世界中から文化人が集まり、国際色豊かな調和は、ルネサンス前夜に描かれたロレンツェッティのフレスコ画『善政』を彷彿とさせます。
lorenzetti buongoverno2.jpgこのような町シエナから、これから「旬のイタリア」をテーマにお便りをしていく予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。