「イタリア マンドリン通信」 本年初コンサート、家のトラブル、道路事情

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2016-02-mandorin-01<本年初コンサート>

1月6日にストラミラノ(Stramilano)というお芝居のオーケーストラ演奏がありました。昨年最後のコンサートに参加しなかったのですが、6日にこの公演があるとは知ってましたが、3日に指揮者から5日月曜夜にいつもと違う場所での練習(1回のみ)があるとメールあり。。この真近の連絡。。。しかし、皆ごく普通に集まり(とはいえ休み中なので少ない)、当日もいつもの半分のメンバーでした。

今回は劇場ではなく、養老院の大きなサロンでした。舞台の前でしたので、この人数で一杯でした。この公演は年間4回位演奏しましたが、全部ミラノの方言満載で殆ど私には理解出来ない内容ですが、歌あり役者全員特徴ありで楽しい演目です。多分品のない言葉もあるようです。お年寄りたちは当然この言葉を理解しており(若い人は知らない)、爆笑場面満載でした。また、役者さんもこの観客の反応を上手く答えたり、さすがです。私はいつもこの雰囲気が楽しく、出来る限りこれに参加 しています。1時間半くらいの長丁場でした。2016-02-mandorin-02

終了後、リンフレスコという軽い飲み物とお菓子や軽食が振る舞われました。お菓子は私が大好きなパネットーネで、クリスマスあとにスーパーのセールで安くなったパンに近いこのお菓子を毎日食べているほどです。演技者も演奏者、関係者が終わったあとの満足感に溢れた表情でお喋りして解散しました。

<生活編 家のインフラのトラブル>

新しいアパートに引っ越ししてすぐに、古い冷蔵庫が冷えないことに気づき、何と外気温より庫内は高い温度に。。大家さんに連絡して直ぐに新しいものに代えて貰い、やれやれと思ったもつかの間、今度は、突然電気が2回も落ち、ブレーカーを上げることで、すぐ電気は回復しましたが、その後ガスが出なくなってしまいました。地下にある電源室を見に行くとやはりガス給湯システムがダウンしていました。どうも、この電気が落ちたせいで、ガス給湯システムがセキュリティブロックされたようなのです。ガスの元栓のあたりに解除するものがないか探したのですが、見つからず大家さんに電話をして対応を求めました。しかし、大家さんも分からず。結局その日は暖房、料理、シャワー無しで早々に寝ることに。。。

2016-02-mandorin-03明くる日に、大家さんの息子さんが駆けつけてくれ、無事ガス元栓の近くにある小さなキャップを外して中にあったボタンを押したら、無事解除出来ました。このガス給湯システムは暖房も連携しており、便利でもありますがこういう事が起きると、全てが止まってしまうことが分かりました。幸い電気は使えたので、これで電気も回復しなかったらと思うと、休日の夜でしたし、ちょっと怖い経験でした。大家さんがバカンスで連絡取れない、直ぐに対応してくれない、といった話も良く耳にします。私の場合、直ぐ対応してくれる大家さんで幸運でした。その際、ガス栓のキャップが固くて廻しづらく、また同様のことが起きた時困ると思い、すぐ工具を調達しました。

そして、その日がすぐにまた突然訪れたのです。日本に帰る前日の20時過ぎにいきなりまた電気がダウン。ドアを開けて廊下を見ると、今度はなんとアパート全部の電気が落ちていました。これはどうしようも無く、待っているとお隣さんが帰ってきて、「どうするのでしょうか?」とお聞きしたら、「待つしかないわね」と一言。。。地下の電源室を見に行くと全戸が電気落ちてました。

原因は分からないし、どうして復旧したのかも分かりませんが、幸いに10分後くらいに突然復旧しました。そして、例の工具がデビューすることに。固いキャップをゆっくりと工具で廻して、自力でガスの解除を自分で出来ました!用意しておいて良かった。。。習熟しました。

2016-02-mandorin-04<道路事情>

ミラノは、市内のゾーンによってかなり駐車が規制されている場合があります。私は今のところ運転はしないので良く知りません。駐車場に入れる車はごくわずかで、大抵は路上駐車です。それも、歩道にも乗り上げます。しかし、私は引っ越した地域でなんと中央ラインに堂々と駐車する車を見てビックリ。こういうのはあり?よく追突されないものだと思います。時間的に長い駐車かどうか知りませんが、多いときは写真のように連なって駐車されています。とても?な光景です。夜間は長い車の中央分離帯と化します。

それから、「当たり屋」というのもあるそうで、故意に接触してこちらのせいにして、お金を取ろうとするものだそうです。長年イタリアに住む友人も夜、高速道路でこの事件に合いましたが、幸い現金を少ししか持ち合わせていなかったため、少ない被害で済んだそうです。やはり、日本人は狙われやすいとのこと。イタリア人は絶対に自分に非があっても謝らないらしいですから、これに対応するのはかなりの神経を要すると思います。これに限らず町中でも常に注意は必要です。日本以外の国はどこも同じかもしれません。。。

「イタリア マンドリン通信」 年末コンサートとサレルノのイルミネーション

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2015-12-25-01<ビニョーラでのコンサート>

12月3日(木)の夕方、ブレーシャに集合し、モデナの近県の町、ビニョーラ(Vignora)に小型バス(Pulmino)で向かいました。霧の深いなか、約2時間半後に到着。今回は交流のあるモデナのオーケストラの誘いで実現したコンサートでした。用意してくださった軽食を有り難く頂き、21時から約1時間半の演奏を行いました。

舞台が少し狭く、各パートの音のバランスが今一つでしたが、無事終了しました。演奏後お菓子と飲み物を頂き、直ぐまたバスでブレーシャに戻りました。着いたのは1:30。結局夕食出来ず。

バスの中では、まるで修学旅行のように皆はしゃいで、お菓子食べたり、喋りまくり。こういうとんぼ返りのコンサートも楽しかったですね!翌日の夜は次回のクリスマスコンサートのための練習。充実した週末でした。

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<ブレーシャ市庁舎でのクリスマスコンサート>

12月19日(土)17:00より、ブレーシャの市庁舎でクリスマスコンサートが開催されました。会場は、最近になって発見された「判事の間」。平面図には昔からあったものの入り口が塗り固められていた為、どこにあるか分からなかったところで、普段はガイド付きでしか入れないそうです。

我々の目の前にまで座るほどの満員の聴衆で、熱気溢れる中の演奏は最高の気分でした。聴衆から「Bravi!」の連呼と大拍手、2回のアンコールに応え、メンバー全員嬉しく満足出来ました。今年最後のコンサートで、こんな素晴らしい場所での演奏機会を得られて本当に幸せです。フレスコ画が美しかった!
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<旅行編 サレルノのイルミネーション>

クリスマス前に、7年前の夏に2ヵ月だけイタリア語留学した思い出あるサレルノ(Salerno)*1に出かけました。イタリアの友人からそこのイルミネーションはとても綺麗で有名だと勧められ、見たいと思っていました。夕方に到着し、ホテルの人にどういうルートで見たら良いかを訪ねて、いざ出陣。

ホテルは町のメインストリート近くに取ったので、効率よく廻れました。まず大きなツリー。中に細い管が幾つもあり、上から下にまばゆい光が流れていました。ほとんどの路地に様々なイルミネーションが彩られ、ある小さな広場に面するアパートの窓にそれぞれ可愛いイルミネーションが飾られ、それは見事でした!こういう種類のは見たことがなく、圧巻でした!
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劇場近くの公園では、主にディズニー系のイルミネーションで、子供たちがとても喜んで写真撮影していました。夢のあるテーマですね。週末は凄い人混みでとても歩けないとホテルの人が言ってましたが、平日だったのでゆったりと歩いて、写真も色々撮ることが出来ました。このイルミネーションはトリノと1年毎に飾られるとのこと。来年はトリノ。ミラノから近いから是非また見たいですね。

そして、もう一つの目的である、美味しいナポリピザを食べに以前よく行ったピザ屋さんへ。勿論水牛のモッツアレラのピザ!最高に美味しかった!しかもたった8ユーロです。2015-12-25-05

そして、7年前にイタリア語を習った先生と再会、当時の事や友人達、近況などをお喋りして懐かしい時間を過ごしました。最近彼女は公立高校の先生の試験にパスして、とても喜んでいました。安定した職に就くのがかなり難しいイタリア、まして南イタリア。生徒にはアフリカからの移民の子供たちもいて、全く言葉(自国のも含め)を書けない、イタリア語も話せない書けない生徒がおり、そういう子供たちに熱意を持って教えるこの仕事が出来て本当に満足していると話してました。自分のやりたい、打ち込める仕事を持てるのは最高だと思います。充実している彼女を見て私も勇気付けられました。

*1:南イタリアカンパーニャ州の街。ティレニア海に面し、アマルフィ海岸とソレント半島の付け根のサレルノ湾に位置する。州都ナポリから南東へ約50km

「イタリア マンドリン通信」Casa Verdi、ブレーシャの親睦音楽会そしてミラノでの物件探し

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2015-11-23-mandorin-v25-1<Casa Verdi(*1)の親睦音楽会で演奏>

毎年秋に、北イタリア日本人会主催の秋の親睦音楽会がミラノの「Casa Verdi」で開催されており、今年度私は出演依頼を受け、マンドリンクインテットのメンバーの一人として演奏しました。

11月1日、秋晴れのすがすがしい日よりで16:00から約2時間、北イタリアで活躍している日本人音楽家が日ごろの成果を披露しました。器楽演奏はなんと私達クインテットとヴァイオリンとピアノのデュオのみ。あとは、十数人のオペラ歌手の歌でありました。当初、演奏時間10分以内と決められておりましたので、短い曲とメイン曲を二つ選びました。最後のアンコール曲は「真っ赤な秋」。1週間前、日本人音楽家西山みきさん(*2)に私達クィンテットでの伴奏のアレンジを依頼し、短い期間ではありましたが、西山さんはきっちり間に合わせてくれました。

歌が多い中、マンドリン演奏は珍しかったこともあり、お客様は楽しく聞いて頂けたようでした。舞台と違い、大きな広間でお客様もすぐ近くに座っていらっしゃり、Verdiの肖像画を背に演奏することが出来、大変光栄な機会を得られました。

2015-11-23-mandorin-v25-2<ブレーシャ(*3)でのコンサート>

11月14日(土)21:00より、ブレーシャのある教会で西山みきさん主宰のアンサンブル「Armonie in Pizzico」のコンサートで演奏しました。今回は若手男性チェリストが新メンバーとして初参加しました。最初の曲は、まさに彼のためのバッハの「アヴェ マリア」。チェロのソロとギターの演奏で、音色が教会の中に響き渡り、心に染み入るようでした。。。またギターソロとの共演、新しい曲も今回披露し、内容あるコンサートでした。

その夜は少し寒かったのですが、やはり教会は暖房がないこともあり、演奏始めてから徐々に寒さが石の床からじわじわと伝わってきて、中間から手が冷たくなり始め、演奏に支障が出ないかとひやひやでした。幸い、無事最後の曲まで演奏出来ましたが、冬場の教会での演奏は厳しいですね。次回もしあるときはカイロを準備しなければと思います。2015-11-23-mandorin-v25-3

この日の前日、パリの多発テロが起きたこともあり、フランス国歌「La Marseillaise」を急遽アンコール曲の一つとして演奏しました。観客の皆さんは曲が始まるとすぐに起立し、この悲劇に対する哀悼の意を表し黙とうを捧げました。

実際、この日は気分は重く悲しい思いで一杯でした。。。イタリアでは、終日このニュースが流れており、その画面を見てその悲劇の悲惨さ、リアルさを目にし、隣国のこの大きな惨事を、近い距離でとても身近に感じました。ローマを標的とする噂もあり、ミラノでも起きうる可能性を危惧しています。緊張感を持つ必要があるでしょう。

<生活編>

昨年夏から1年少し住んだ家は、ミラノ中心地から離れており、いつかもう少し便利な地域に住みたいと思っていた矢先に偶然、希望にあった物件を見つけました。なんと”Casa Verdi”と目と鼻の先。一目見て気に入り契約して引っ越しました。音楽活動が忙しくなりそうなので、交通の便が良いこの地域はとても快適です。

仲介業者を通して契約するのは初めてでしたが、日本の会社の総務部で仕事していた経験が役立ちました。私はオフィス契約と社員寮・社宅の契約管理をしていたので、国は違えど仕組みは同じでした。私は殆ど仕事しているモードでイタリア人担当者と条件交渉しました。

当初の契約条件が一部私の希望と異なっており、一通りの条件を聞いた後に、自分の条件を4つ提示して(家賃の値引き、解約予告期間の変更、契約開始時期、仲介業者手数料税込みにすること)、当日夕方に全ての私の条件がOKとなり、無事契約と相成りました。ミラノ在住の友人から色々教えて貰い、敷金の相場、契約期間、契約更改時の条件、仲介手数料の計算方法、契約時の小切手の支払い方法など。これを知っていて臨むと、先方の対応がかなり違うと思います。外国人であるけれど、適当に丸め込められないように事前準備は必要です。

賃貸契約にも二通りあり、税務署への税支払い方法が異なったり、ゴミの税を支払う申請をミラノ市に申請すること、光熱費の名義を自分にすることなど細かいことがあり、とても勉強になりました。幸い大家さんはとても親切で全ての手続きを代行してくれました。書類も完璧で、信頼ある仲介業者で幸運だったと思います。この手のトラブルは時折耳にするので注意が必要です。新しいアパートは家具・寝具・食器類等全てが清潔で新しい物で揃えられている物もあり、大家さんの温かい配慮を感じました。

*1Casa Verdi(Casa di Riposo per Musicisti)
ジュセッペ・ヴェルディがミラノのPiazza Buonarrotiに設立した音楽家の為の憩いの場。Casa VerdiはCasa di Riposo per Musicistiの通称。1899年建設。1901年1月27日に息を引き取った偉大な作曲家はこの建物の中にある礼拝堂に眠っている。(北イタリア日本人会会報より借用)

*2西山 みき
イタリア国立音楽院のマンドリン科、ピアノ科をそれぞれ審査員満場一致の最高点で修了。2014年クラヴィチャンバロ科の学士号も取得。アーラ氏国際コンクールで2部門にて第1位獲得。(北イタリア日本人会会報より借用)

*3ブレーシャ(Brescia)
ロンバルディア州都ミラノの東約81kmに位置し、その周辺地域を含む人口約19万人(州で二番目)の都市。

「イタリア マンドリン通信」 音楽交流、ファッション、そして友人との再会

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2015-10-22-mandorin24-1<アコーディオン奏者との交流>

友人のアコーディオン奏者がCDを発表するので、是非来て!と誘われて行ってきました。

彼女とは、ミラノの音楽学校に下見に行ったときに、偶然知り合いました。とてもフレンドリーで初めてこの学校を訪問した私に対して、気さくに声を掛けてくれ、不安げな私のことを理解してくれ、私にとって貴重な出会いが出来たと思いました。もちろんその場で名刺交換しました。

彼女はロシアの音楽院出身でイタリアの男性と結婚されて音楽活動をされています。その後も、ミラノオケのコンサートを案内して、ご主人と来てくれたことがあります。今回のCD発売記念のイベントでは、4人のパネリスト達がアコーディオンと他の楽器と音楽の有り方についてディスカッションしていて、彼女の演奏もあり、お客様との交流もあり、1時間半もかかってました。。。

日本の様にCDを売るという雰囲気が余りなく、ちょっと寂しい気もして、私が売ってあげたかったと思いました。今度一緒に演奏しようと誘われました。いいですね!出来たらきっと楽しいでしょう。

<ミラノ ファッションウィーク>

9月のミラノでは恒例のファッションウィークが開催され、沢山のお店では色々なイベントが

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夜遅くまで開かれ、華やかでファッションの街ミラノを象徴するシーンで溢れていました。

私の友人が日本の着物文化をイタリアに広めるためにミラノで活動しており、着付けとレンタルをイタリアに限らず広くヨーロッパで行っています。

この日は、ある日本の伝統工芸を紹介するお店とタイアップして、「Milano Fashion Week in kimono」を開催したので行って来ました。

イタリアでも着物はかなり知られていて、この日は日本人だけでなく若いイタリア人女性も、着物ファッションでミラノの街を闊歩してました。

日本とは多少異なる着こなしで、こういう着物の着方もありと知らされました。

型にハマらないセンスの着物もイタリア人には良く似合っていて、着付け専門職の友人達も楽しそうに新しい着付けを試みていました。

私は着付けもするのでとても勉強になりました。

<マンドリンコンサート>

10月のミラノオケでは、ミラノのセンピオーネ公園の中にある「CRT Milano Teatro dell’Arte」という立派なホールで、スイスからのマンドリンオーケストラ、イタリアで活躍中の日本人マンドリニスト西山みきさんと共演しました。

2015-10-22-mandorin24-4西山さんは私のイタリアのマンドリンの先生です。ミラノで演奏して貰える滅多にない機会ですから、快く引き受けて下さったことがこのコンサートの成功にも繋がりました。

観客は、マンドリンのオーケストラ演奏だけではなく、マンドリンソロの演奏も楽しむことが出来たと思います。「Brava!」の連呼で私も影の仕掛け人としても、日本人としても誇らしかったです。

もう一つの招待オーケストラ、スイスの”Aurora Vacallo”の何人かのメンバーは、何度か夏のマンドンサマーコースで知り合ったメンバーで、久し振りに再会、同じ舞台で楽しく演奏することが出来ました。

このホールはミラノ市営で、使用するのに費用は掛かりません。イタリアでは教会は勿論、市営のホールは無料ですので、ここが日本と異なることのひとつです。プロは兎も角、アマチュアのコンサートが気軽に楽しめる環境になっているのかと思います。

この1週間前は市外のある教会でミラノオケが演奏する機会があり、満員の観客でした。教会の大きさも丁度良く、音の響きが素晴らしく、気持ちよく演奏出来ました。そして何よりも、演奏あとに「Rinfresco」という、軽い飲み物と軽食を教会側で用意してくださり、ワインとパスタ、地元の人々手作りのブルスケッタ、七面鳥の杏子入りオーブン焼きを振る舞ってくれ、心のこもった美味しいお料理で感動しました。演奏した喜びと私達の音楽を楽しんでくれた地元の人々との交流が出来、暖かい歓迎が嬉しかったです。

<イタリア学校の友人との再会>

2015-10-22-mandorin24-57年前に、南イタリアのサレルノという町で数か月イタリア語留学したときに知り合った友人2名とミラノで再会しました。一人は日本女性で現在はご主人の仕事の関係でイギリス在住、もう一人はドイツ人女性です。偶然ネット上でコンタクトが取れ、交流していましたが、ミラノオケのコンサートを聞きに二人が駆けつけてくれました。

7年間の空白を感じさせない当時と同じ雰囲気で共通語のイタリア語でお喋りし、違和感なく楽しい時間を過ごすことが出来ました。今回のコンサートでも目を輝かせて感動してくれ、招待出来て良かったと思いました。

彼女達とはミラノ近くに一緒に小旅行したり、アペリティーボ、メルカート、美術館、ナヴィリオ地区散策など、イタリアの雰囲気を味わって貰いました。幸い天気も良く、それぞれの国での再会を楽しみに帰国していきました。ヨーロッパは近いですし、航空券もかなり安い(ロンドン・ミラノ往復なんと6,000円相当とのこと)ので、今度は私が出掛ける計画を立て始めようと思います。

「イタリア マンドリン通信」 留学二年目スタート

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<音楽学校のレッスン開始>
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9月も半ばを過ぎましたが、寒くなく快適な日々です。ミラノの音楽学校に通うことを決め、私の留学2年目イン・イタリアがスタートしました。この1年の経験と成果を次に繋げて、語学、音楽、文化や人との出会いの機会を得て更に充実させていけたらと願っています。

この学校のマンドリンコースは生徒が3人以上集まらず開講出来なかったので、マンドリンと同じ撥音楽器でいくらか経験があり馴染みがありましたのでギターのコースを選びました。ギターは幸い友人のギタリストのお弟子さんが新しいギターを購入したので、彼の元に戻ったギターを貸してくれることになりました。日本製でとても良い楽器で感謝で一杯です。このように、イタリアに来て知り合った友人に助けられることが多く、海外で信頼出来る友人はとても大切だと実感しています。

レッスン初日。朝、ふと時間通りに行われるか疑問が生じて学校に確認の電話をしましたが、10時前であいにく留守電でした。外出中に二度も電話がかかり、出られなかったので折り返し電話するとまた留守電でつながりません。仕方なく予定時間に学校に行きましたら、学校はまだ開いておらず、建物入口の受付で「15:00からです」と言われ、ああ、やはり変更連絡をするための電話だったことが分かりました。開講当日にです。。。改めて15:00に学校に行き、セグレタリアに「何度も電話したのに!」と怒られつつ、結局私が選んだ2つのレッスンとも時間変更となりました。そして、翌日はもう一つのレッスンに時間通りに到着するも先生は居らず、30分遅れての開始となり、当然延長とななりましたが。。。慣れてはおりますが、やはりこれもイタリアの日常かと再度認識を新たにしました。めげずに新しい試みに精進しようとは思っております。。。

<教会でのコンサート>
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今月のミラノオケは、ミラノでDuomoに次ぐ大きさのサンマルコ教会でのクラシックコンサートで演奏しました。場所はミラノのブレア地区というお洒落な地域で、ブランド店も多く夜遅くまで賑わっている所です。今回はミラノオケのメンバーの一人が、毎夏オーストリアにマンドリンサマーコースに参加していることから、ドイツのあるオーケストラとの共演の話が持ち上がり、今回のコンサートの実現となりました。今回は約25人ほどの参加者が来伊しました。マンドリンパートが全体の半分に満たないので、ギター他低音パートが優勢でオーケストラとしては少しバランスに欠けていたと感じましたが、選曲に日本人作曲家の曲があったり、ギターソロとの協奏曲、マンドリンとギターとの協奏曲とバラエティに富んだプログラムで、観客は楽しめたと思います。フィナーレは先方が用意した曲を合同演奏して大拍手の中、無事にコンサート終了となりました。ドイツのマンドリンは、イタリアのナポリ型マンドリンと異なり、また演奏スタイルも違うので音色も違います。中にはイタリアのマンドリンを弾いているメンバーも何人か見かけました。

日本からは割と頻繁にマンドリン団体が音楽交流でイタリアに旅行も兼ねて来伊していますが、こういった交流は近いヨーロッパ圏内でもっと行えると良いと思います。

<生活編>
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8月に日本に一時帰国して、今回持ち帰ったものは、水回り関係の商品です。ヨーロッパは硬水ですので、洗濯機や浴槽・シャワーなど水回りの掃除でもカルキ対策が必要です。髪の毛はかなり痛み、今回硬水を軟水に帰るシャワーヘッドを購入して取り付けました。幸い金具はピッタリでそれなりの水量でホッとしました。また、日本の美容師からシリコンなしのお薦めのシャンプー剤を使用することにしました。写真のように時々、シャワーヘッドをビネガー水に漬けて詰まった石灰を除去しないとお湯が思うように出なくなります。洗濯機も抗カルキ剤(Anti Calcare)の洗剤を使うのが基本で、或は重曹大さじ1杯を普通の洗剤と一緒に洗濯機に入れて洗う方法もあります(シルク・ウール以外)。

水道の水は飲みません。お腹を壊してしまうので飲料水はミネラルウオーターですが、料理には浄水器でろ過した水でパスタを茹でたり、お米もそれで洗いますので、出来るだけ体内に取り込まないようにしています。水道水をお鍋で沸かすとお鍋の中が真っ白になってしまいます。

アイロンも浄水器等でろ過した水道水を使ったりもするそうです。イタリア人は何でもアイロン掛けることで有名です。シーツ・枕カバー・靴下・下着・Tシャツなども全部アイロン掛けします。私は全くしませんが。。。夏なんて暑くて考えられません。ちなみにクリーニング代は日本より安い気がします。ワンピースは日本の半額でした。

10月にブレイシャで予定していたある教会でのコンサートが急にキャンセルとなりました。なんでも神父様の異動が理由とのこと。。。前職の神父様の企画は全て変わったとのこと。折角練習もしていましたのに、とても残念です。こういう事も起きるのだと知りました。

「イタリア マンドリン通信」 <夏のマンドリン・サマーキャンプ><南イタリアの結婚式と食事>

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<夏のマンドリン・サマーキャンプ>

mandorin22-1最近、イタリアでもマンドリンのサマーキャンプが幾つか開催されます。私は、モデナのグループ開催のサマーキャンプに参加しました。3泊4日の日程で、一日マンドリンの個人・グループレッスンと参加者全員のオーケストラのプログラムでした。この施設は以前サナトリウムだったそうですが、現在は高齢者向けの避暑施設となっていました。山の中にあり、静かで涼しく快適ですが、(プールとかテニスコートとか)何もないので、長期滞在は退屈になるかもしれません。でも、都会から離れて静かな環境で寛げました。

2日目の夜には、モデナのグループによるコンサートがあり、ハープの共演もあり、曲もバラエティに富んだ内容で、観客にも好評でした。このグループは若い演奏者が多く、編曲も作曲を勉強している若いメンバーの一人が担当しており、彼らの今後の活躍が期待されます。3日目の夜は、イタリア在住の日本人マンドリニストとゲストのギタリストによるコンサートでした。それぞれのソロ演奏と共演と、盛り沢山でお二人の素晴らしいテクニックによる、音楽性溢れる演奏で観客は多分初めてであろうマンドリンの演奏に驚いてBRAVI!の連発でした。

4日目の15時から、参加者のソロ・グループ演奏とオーケストラ演奏のコンサートでした。私は、先生の勧めで東日本大震災の復興支援ソング「花が咲く」イタリア語ですと「Fiore fiorisce」をギターの伴奏付で想いを込め(この曲は聞いただけで、涙が溢れるのはどうして?)丁寧に演奏し、複数の参加者が終わったあと、私に近づいて「とっても良かった!素晴らしい演奏だった、感動した!」言ってくれました。音楽はテクニックも大事ですが、表現することの意味を知る良い経験でした。

それぞれがこの滞在期間勉強した成果を披露し、終了しました。最後の記念撮影は写真のように、皆すがすがすがしい笑顔で充実した4日間を過ごした満足感に溢れています。楽しかったですね!私も新たに知り合った友人達とマンドリンを通して、交流と演奏が自然に出来、垣根のない自然な時間を持てるのは、共通した楽器による音楽交流があるからと再認識しました。次回に再会できることを願いつつ挨拶を交し(これが長い!)、お別れしました。

mandorin22-2<南イタリアの結婚式>クリスマスに滞在したカゼルタ(*)に、友人の息子さん(マンドリニスタ)の結婚式に招待されて参列してきました。招待人数を聞くとなんと両家で180人!(友人、親類)。こちらでは、披露宴の費用は全部親が持つそうで招待客はお祝い金を持参しません。親類はお祝い金を直接渡すとかですが友人は、それぞれか皆でプレゼントするlista di nozze(**)は新婚旅行でした。いずれにしても家族は大きな負担ですね。式は、小さな教会で行われました。友人はギタリスタ、マンドリニスタであり息子さんも同じで、音楽仲間が大勢招待されてました。教会の音楽もご友人率いるマンドリンアンサンブルで、それは感動的でした!(イタリアでも稀だそうです)

続いて、場所を移動。新郎・新婦は赤いスポーツカーに乗りこみ、先に出発。残された私達は取り敢えず飲み物とお菓子のサービスがあり、一旦休憩。。そして、郊外のレストランに移動。大きな敷地にある会場でした。まずは、アペリティーボ。これも結構な量があり、お腹が空いていた私はつい2皿食べてしまい、あとで後悔することに。それからが、本番の披露宴でした。室内に移動して、着席スタイル。日本と同様に新郎・新婦が中央席のテーブルに。しかし違うのは、一番彼らに近い席に親類の席であることでした。そして、新郎・新婦の兄妹と従姉、友人達となり、他の招待客は全然離れた場所なのです。家族・叔父叔母→友人→他招待客の順位で家族と友人中心であることが分かりますね。

まず、前菜、プリモが2皿、セコンドは1皿(ホッとする)、そしてフルーツ。これでおしまいかと思いきや、やや時間を置いてから、皆外のプールサイドに移動。何かと思えば、そこで新郎・新婦のケーキカット、ドルチェタイムとなりました。ビュッフェスタイルで沢山のお菓子とシャンパン。私は出遅れて2つしか選べませんでしたが、既にお腹は余地なしで、皆さんの飽くなき食欲と楽しみ方に脱帽です。最後は新郎・新婦からボンボリエーレ(砂糖菓子の入れ物)を手渡して終了と相成りました。このとき既に21時を回っておりました。。。

結局、朝11時からの教会での結婚式に始まり、このプールサイドのドルチェタイムまで連続10時間に渡る、大イベントでありましたが、友人曰くこれは短い方で、朝から晩までのバージョンもあるそうです!2回食事が出るのです。

<南イタリアの食事>

mandorin22-4結婚式あくる日、やっと通常の状態にと思いきや、お昼前に今日は昨日教会で演奏してくれたメンバーとレストランで食事に行くからと言われ、「!」。。。いつ決まったのかと、下の息子さんに聞いたら「今朝だ」と言われました。以前行ったことがある、小さな町のレストランで経営者はナポリ人。とっても美味しいので、それはそれで楽しみでした。昨日と同様の食事パターンを想像して備えました。

いざ食事スタート。当然プリモ2つととセコンドは分かりませんが、想定して少しずつお腹に収めて行きました。生ハムから始まり、野菜系の前菜が7つ続きました。次にプリモのパスタが2種類、セコンドの肉、サラダが出てこれでおしまいかと思えば、魚介のフリットが登場。全員があっけにとられましたが、全てそれぞれのお腹に収まりました。。。「ドルチェは終わってしまったのでない」と、果物はスイカでホッと一安心。。。連日の南イタリアの料理を堪能した次第です。体調良くて良かったです。

mandorin22-3そして、家に戻ってから庭で寛ぎ、教会で演奏したメンバーの2人と即興演奏しよう!ということになり、マンドリン2人、マンドラ、ギターと4人である譜面と即興演奏で盛り上がりました。私も知っているナポリ民謡を弾いて受けました!即興も出来ないと、楽しくないですし、覚えていて良かった。ともかく、積極的に参加するのが大事です。そして、ミラノに戻りましたが、暑さはやや収まっており、ホッとしました。

(*)カゼルタ:ナポリの北約25kmに位置する、人口約7万人の小都市
(**)lista di nozze:イタリアではリスタ・ディ・ノッツェという習慣があり、結婚するカップルが自分達の欲しいプレゼントをリストにして、招待客はその中から自分の予算に合わせたものを選んでプレゼントするもの。自分達が必要とするものをダブることなく、招待客からは送るものを悩むことなく済む合理的なスタイル。

「イタリア マンドリン通信」 ミラノの暑い夏

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<暑いミラノ>

mandorin21-1ミラノに戻るといきなり猛暑です!6F西向きの我が家は夜でも32度あります。2日間にかけて扇風機を3回買いました(>_< )。1回目はスーパーで安かったのですがタイマーが無いことに気付き、タイマー付に変えましたら開けて見て、部品が壊れておりました(既に箱は空いていたので一抹の不安が的中しました)。。。 店員からお金を返すか?新しい扇風機を買うか?を尋ねられ(まさか返金するとは思いませんでした)、勿論返金して貰い、今度は電車に乗って電気店に行き、店頭にあった最後の商品を購入。その扇風機は値段は高く、既に新品ではないので、当然値引き交渉。粘りましたが、ダメでした。すでに定価から10ユーロ値引きとなっており、これしかないとのことで、これ以上は出来ないと。仕方なくそのまま家に持ち帰り、早速プラグを差しこみましたが動きません!お店ではちゃんと動いていたのに。。。 3度目の不具合にすっかり憔悴し(日中の暑さのなか往復した疲れ)、暫く頭を冷やしてから考え、本体をよ~く見たら本体と羽根の部分の止め具が外れておりました。。。組立てあったのでそのまま運んで来た時に緩んで外れたようですが、私は想像もしませんでしたので唖然としました。 気を取り直し、すぐ直して動いた時の感動!2日間のこの経験は、諦めてはいけないことを教えてくれました。。。日本では有り得ない事です(壊れているのに確認もせず、そのまま売っていること。分解した時、色々な部分が余りにチャチな作りであることなど)。要注意です!クレームは事実をしっかり言う事が欠かせません。 <電車の乗車券検札>

mandorin21-2金曜日に毎週練習でブレイシャに行くのですが、イタリアで列車に乗る時は乗車券を「刻印(ティンブラーレ)」しなければなりません。もし忘れると罰金を取られます。ところが、ミラノ中央駅という大きな駅で、EXPOも始まったというのにも関わらず、この刻印機が古いままなのです。以前から壊れているものもいくつかあり、刻印してもインクが全く付かない(どうして補充しないのか?)という現象がよくあります。今回刻印しても色が全くなく、しかし2度打ちは日付隠しの不正乗車と勘違いされそうなのでそのまま乗車しました(多少不安ありました)。

以前は余り検札に来ない普通電車でしたが、最近EXPOが始まったせいか?廻ってくるようになり、不安的中。ブレイシャ駅直前で車掌が検札に来ました。乗車券を見せたら車掌は刻印していないと、罰金の手続きをしようとしたので、私は刻印したと反論。刻印の跡がついていないと彼は指摘しましたが、私は数回に渡り断固として「絶対忘れていない、自分はここに刻印した!」と主張し、無いと言い張る彼を説得するため(?)言い続けました。諦めてはいけません。罰金なんて払うつもりは毛頭ありません。

まもなく列車はブレイシャの駅に着きそうになり、彼はようやくかすかに見える刻印の印(見えない…)を差して、「ここにあるのだな?」と言い、そうだと頷く私。やっと鋏を入れてくれました。。。目の前にいた女性は、さもあることと分かった顔でにが笑いしてました。最後に彼に「こういう場合は、どうするのか?」と質問。彼は「私達の所に言いに来てください。」と答えました。つまり、乗車する前に刻印したけど、このように刻印されなかったとか、忘れたときも自主的に申告しに行くと、鋏を入れてくれるのです。しかし、実際には一人で盗まれても良い何かを席に置いて、他の荷物を持って言いにいくのは大変です。まして混んでいると先頭車両に辿りつけません。そのあくる日から、他の紙で刻印試してから、切符に刻印することにしました。時間に余裕がないと難しい。。。

余談ですが、このブレイシャ行きの電車の同じ車両で、偶然有名なイタリアのマンドリニストと出会いました。私がマンドリンを置いて席に座ろうとしたら視線を感じてその方向を見ると、背の高いやや年配の男性が私とマンドリンをじっと見ておりました。なんか見たことのある方だなと思いながら考えていると、彼は「マンドリンですか?」と聞いてきたので、「そうです」と答えたら、「私はUgo Orlandiです」と自己紹介されました。

ビックリ!!しました。日本でも一番有名なイタリアのマンドリンの巨匠です。私はそれだけですぐその場を離れました。恐れ多くて。。。彼もブレイシャで降りました(ある楽団の指導をされています)。彼の生徒である私の友人に後日話すと、その日レッスンが有ってその時間帯に電車に乗る予定だったそうです。

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<夏のメニュー>

暑いので食欲がなく、また火を使うと暑いので冷たい料理が食べやすいです。写真は「Insalata di riso お米のサラダ」「ガスパチョ」です。お米のサラダはbarでも夏は一品として良く見かけます。でも、自分で作ると美味しいのです。私はパスタみたいにお米を茹でて水で洗って粘りをとって、あとは野菜のピクルスやコーン、ソーセージ、カルチョーフィ、ツナ缶、トマト、ゆで卵などを入れて、ビネガーとオリーブオイル、塩・胡椒で味付けます。これ一つで野菜もタンパク質もとれるので、夏向きの料理です。オリーブオイルも余り使いませんし、ヘルシーです。これから更に暑くなるので、体力を落とさない様食事は工夫して乗り切りたいです。

「イタリア マンドリン通信」 春のコンサート

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<ミラノでのコンサート>

4月10日金曜日の夜、ミラノオーケストラのコンサートがありました。
他の催しの中の一つのプログラムとして参加したため、このイベントは21時に始まりましたが、私達の出番は22時過ぎと聞いていました。。。21時集合でしたが、22時過ぎてもまだ出番とならず、待ち時間で気力が徐々に薄れる中、出番の時間となりました。

皆すっかり集中力が欠け、眠くなり、(私は)何とかせねばと舞台に上がりました。遅くなったことで、急遽プログラムは変更となり、主要な曲はカット!この日は或るヴァイオリン奏者との共演があったので、それを優先させたのです。演奏は1時間で終えましたが、すでに23時半を廻っており、友人に送ってもらい帰途につきました。。。

こんなコンサートもあるのかという一つでした。珍しくスカラ座近くの街の中心部でのコンサートでしたが、ちょっと残念でした。

<Fiori sul Naviglio Grand(ナビリオ植木市)>

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4月12日の日曜日に、私の好きなNaviglioで植木市がありました。
運河の両側に沢山のお店が並び、植木、種、切り花、お菓子、その他もろもろ。。。良いお天気で、沢山の人が訪れていて、賑わいは凄いものでした。まさに春の訪れのイベントですね。
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バールもレストランも通り一杯にテーブルを並べて、人々は陽を浴びながらの寛いだ時間を楽しんでいました。勿論、好きな植木や鉢植えをじっくりと見ながら選ぶ楽しみは、見ていて微笑ましい光景ですね。気温はかなり暑く、夏日でした。ですから、皆ビールにジェラートです!私もいつも立ち寄るジェラテリアで、レモンシャーベットとマスカルポーネを頂きました。

私は、鉢植えでなく好きな切り花の「アルストロエメリア(百合水仙)」を購入。一本に沢山の花が付いていて、華やかです。暖かいので蕾のものを選びました。日本では切り花しか見かけませんでしたが、鉢植えがありました。サボテンも人気がありました。普段はない花を沢山見付けられる季節なので、一つ€4を三つで€10になり、楽しく選んで購入していました。
 
<ブレイシャでの日本オーケストラとの合同コンサート>

4月27日に、私の所属するブレイシャのアンサンブルと日本の或るオーケストラとの合同コンサートがありました。
彼らの旅程は前々日にミラノに到着、前日に他の場所でのコンサートを終え、その日の夜遅くにブレイシャに到着され、合同で演奏する曲のリハーサルをするという大変なものでした。

コンサート当日はまず、私達イタリアアンサンブルの演奏で始まり、そのあと日本のオーケストラの演奏、そして合同の演奏と進み、無事終了しました。

彼らは強行軍のこの日程にも拘わらず、和やかな日伊合同コンサートを楽しんでくださったようで、コンサート後、イタリア人メンバーとの写真撮影も行われ、短い時間でしたが、交流が行われました。皆さんと笑顔でお別れしましたが、もう少しゆっくりとお互いの言葉を超えた交流が出来たらと思いました。通訳が同行されて居なかったので、私も未熟ながら、イタリア側と日本側との間の意志疎通にイタリア語で微力ながら協力でき、ホッとしています。

彼らはその後、ローマ、ナポリでのコンサートを予定していて、本当に慌ただしいスケジュールですが、コンサートが上手く行くことを願ってお別れしました。。。
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「イタリア マンドリン通信」 市民マラソン大会とナビオリ骨董市

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mandorin20-1<市民マラソン”Stramilano”>

3月29日にミラノの市民マラソン大会のStramilanoが開催されました。イタリア大好きの友人が東京からこれに参加するために、来伊しました。

コースは、10キロと20キロがあり友人は初めてなので、10キロを走りました。いつからか分かりませんが、DUOMOに特設会場が出来ており、彼女の参加申込書を持って、ゼッケンとTシャツ他記念品を受け取りに行きました。当日は9時スタートと聞いていたので、
30分前に到着しましたが、公共交通機関はゼッケン付けた参加者が大勢居て、皆DUOMO目指しておりました。

mandorin20-3スタート場所には既に参加者で溢れており、ブラスバンドの演奏で盛り上がっておりました。スタート地点の前には、先導白バイ隊員が待機しておりましたが、日本と異なることは、その白バイ隊の前にスタートしようとしている人々が順不同で待機していることでした。

係員は一応外に出るように注意しますが、聞き入れません。。。係員に写真撮らせたり、マイペースなお国柄?まず、白バイ隊が先導スタートし、続いてなんと大砲でのスタート音が鳴り響き一斉にスタート!まさか、あの大砲が鳴るとは(*_*;でした!

参加者をビデオで撮りましたが、良く見るとゼッケン背負った愛犬連れ、ベビーカー押しながらのママさん、自転車乗った少年、一家全員と思われるグループと様々です。

そして余りの人の多さのため、後列は詰まって歩く羽目に。(数分事の分けたスタートではないため)和気合い合いのその様子に、思わず笑ってしまいました。

mandorin20-2また、走りたい人はガードから外にでて追い越して行きました。友人とはゴール地点で待ち合わせしました。彼女は無事ゴールしましたが余りの人々が歩いてのゴールのため、走り抜けてゴール!とは行かない最後でした。。。

給水所はどんな様子かと聞きましたら、皆自分で水やジュースをコップに自ら注ぎ、談笑しながらクッキーなどをつまみながらということでした。素晴らしい天気で、市民は楽しい催しだったようですね。さすがに20kを走ったと思われる人々はお疲れモードでした。日頃は走っている人は日本のように、殆ど見かけませんから新鮮でした。

友人は、週2~3回ジムで走っているそうですが、終盤はやや疲れが出てしまったそうで、「もっと鍛えねば」と言い、来年は20キロを目指すと話していました。イタリアには、他の町でもこのような市民マラソンがあるようで、他も参加したら?と話してみました。

<ナビリオの骨董市>

このマラソンの日は、たまたま月1回のNaviglioの骨董市の日で、午後から2人で出掛けました。このサイトで日程が見られます(Calendario)。もし、興味ある方は、その日を旅行の旅程に入れられたらミラノの違った魅力が楽しめると思います。

mandorin20-4かなりの暖かい陽気のせいか、まるで夏の賑わいでした。この骨董市は沢山のお店が開かれ、規模が大きく家具・ジュエリー・陶器・食器・絵画・本・バッグ・鞄・衣服など多種多様の物が売られています。骨董市は店主と値段を交渉しながら、折り合えば購入するので私も中古のバッグを3つ購入しましたが、1~2回の交渉で安くなりました。このやりとりが面白いのです。軽いお喋りをしながらお互いの買い気と売り気のバランスで結果が出ます。余り、しつこいのは避けた方が良いですが。

このNaviglioは大きな運河が2つあり、レストラン、バール、ショッピングに最適で人気があるお洒落なスポットです。水辺は魅力ありますね。かなり以前から運河の工事をしていましたが完成していて、すっきりした景観になっていました。ミラノの友人によると30年前はこの地区は貧しい区域だったそうですが、お店が次々と出来てきて現在のような観光スポットにもなり、今の地価は高くなっているそうです。

<キリスト復活祭 Pasqua>
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4月の第一週の週末からPasquaの休暇となりました。キリストの復活を祝うお祭りです。卵型のチョコレートと鳩の形のColombaという鳩型のお菓子、シャンパンでお祝いします。

Colombaは大きくて食べきれないので、小さいものを探したら、あるお店で発見!Colombineという名前(小さい鳩)で売られていて、買いました。私は祝う家族が居ないので、Bresciaの友人宅に日曜に出かけましたが、なんとバスが12:30で終了しており、一切公共交通機関は走って居りませんでした。。。ミラノは休日ダイヤでしたが。

大型スーパーも全てのお店はお休みでした。家に居るしかありません。私も友人からこの卵型チョコレートをプレゼントされましたが、この卵型の中には、おもちゃや可愛い文房具、ちょっとしたアクセサリーなどが入っています。初めてチョコの中を見て、このチョコレートを頂きました。

ミラノの春のコンサート

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春到来のミラノです。桜は、3月初旬から咲き始めました。日本の桜と違い種類が分かりませんが、ピンク色が濃いものです。結構様々な町で見かけました。こちらでは日本のように、花見の習慣はありませんが、ふと日本を思い出しました。そして、意外なことに辛夷(こぶし)の花が沢山の花を付けて咲き乱れているのです。その豪華な姿にうっとりしてしまいました。

<ミラノの市民の会話講座>

友人から安い料金の市民為の会話講座のことを聞いて、早速家の近くにある申し込み窓口を訪ねました。受付には厚化粧の女性が眼鏡越しの冷たい目で私の質問を聞いた後、ミラノの語学コースのURLが明記された小さな紙切れを出し、「講座を受けるにはここに登録して、初心者でない場合はテストを受けてください。レベルによって、クラスが分かれており、開始時期も表記されているから」と言われ、家に戻ってから確認して登録しました。

しかし、テストを予約する申込画面がなく、翌日にまた行くと同じ女性がいて、用件を伝えてその画面のコピーを見せながら言うとやれやれといった顔で、笑顔は全くない表情で、「この日はもう満席です。また、いずれ次回の日程が提示されるから、そうしたら申込出来ます。時々見てください。」と言われました。

いつ次の日程がわかるか?と食い下がると、パスクワ(復活祭)の後ですと言い、パスクワはいつか(*1)と訪ねると5日とやっと聞き出しました。しかし、この2回の彼女とのやり取りは親切とは程遠い対応で、正直講座を受けようという気は失せました。

現在の私のレベルの講座は、自宅近くの開催場所にはなく、真反対のはるか遠い地域にあるのが分かり、不可能と判断しました。講座は外国人向けのもので週2回で3か月60時間で90€という安さです。初心者はテストがありません。様々な外国人が来ているようです。

Mandorin19-3<ミラノ音楽院のコンサート>

先日、ミラノの音楽院でマンドリンを勉強している友人からコンサートの案内を受け取りました。音楽院なので、日々何らかのコンサートがあり、その一つが毎週水曜日にこの音楽院の小ホールで学生のコンサートがあるそうです。友人と聞きに行きました。小ホールとはいえ、300人位収容出来そうな広さでした。アルパ奏者2名、ギターソロ、マンドリンとギター、そしてソプラノとクラリネットとピアノのあるオペラ曲の演奏でした。一度にそれぞれ異なる楽器での演奏は、曲を知る上でも興味深く勉強になりました。また若い演奏者の舞台は初々しく、楽しめました。

遅い時間ではなかったので、コンサートのあとブラブラと歩きながらバールに入り、アペリティーボをしながら音楽談義。食事ではなく、軽いアルコール飲み物を飲みながら、ちょっとした軽食を頂くのですが、このアペリティーボが私は好きで、リラックス出来ます。レストランで食事すると結構重いのですが、映画やコンサートの前や早い時間であれば気軽で楽しめる習慣だと思います。

Mandorin19-4<ミラノオーケストラのコンサート>

3月19日にCernusco(*2)という、郊外の町でミラノオケのコンサートがありました。会場は大き過ぎず、舞台も割と広く丁度良い大きさで、観客も多く、私達は良い雰囲気の中で演奏をすることが出来ました。皆の気持ちがピッタリと合い、観客の反応も良く、息の合った演奏でメンバーも最後、笑顔で満足だったと思います。

今回は友人3人を招待しました。そのうちの一人は、ミラノの音楽学校で偶然知り合ったアコーディオン奏者のロシア女性(*3)で、ベルガモ(*4)という離れた町にお住まいにも拘らず、「とても興味ある」と言ってくれて、イタリア人のご主人と一緒に最後まで聴いてくれました。

演奏終了後、すぐ挨拶してミラノオケの指揮者に彼女を紹介紹しました。私達のオーケストラは、クラリネット・フルートは常に共演していますが、時折、ヴァイオリン奏者や他の楽器奏者とも共演しますので、いつか彼女のアコーディオンで共演出来たらとも思います。指揮者もその話をしていました。

編集部注
*1:復活祭の日程についてはグレゴリオ暦を採用以降、協会によって日程が違う現象が起きており、現在でも一本化されていない。
*2:人口3万人弱の小さな町
*3:「マンドリン通信」 新しい出会いとコンサート に紹介された女性
*4:ミラノの北東約40kmに位置する、約12万人の小都市

ミラノの公共交通機関

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mandorin18-1朝、学校に行くためバス停で待っていると、大抵お年寄りの女性と出会います。とても気さくで、よく話しかけてきます。「今、丁度行っちゃったのよ!待たなければならないわ!」そして、日常話となります。「今日は寒いですね」と言うと、「あら、あなたはズボンで暖かいでしょ?私はいつもスカート、ほら、この通り」と厚手のタイツではありながら、確かにスカート。「私達の年代は、ズボンなんて履いたら皆に笑われたわ。ずーっとスカートよ。それに、サイズもね?ないしね。」と得意そうにお話しされます。「あなた、家は近く?私はあそこよ」と。ある日毛皮のロングコートを颯爽と羽織り、背筋をまっすぐとのばしていたあるお年寄りの女性。なんと、7センチはあろうかのハイヒールでしゃきっとした綺麗な脚!それも、タイツでなく肌色の透明ストッキングでした!結構寒い朝にも関わらず。。。

バスに乗っても、ご主人はすぐ空いた席に座ってましたが、奥様はよろけることもなく立って乗っていらっしゃいました!大抵ロングの毛皮コートを着用しているのはこういうご年配の女性です。この女性は背中が曲がっておらず、後ろ姿が美しく、さすが、イタリアマダム!と拍手したくなる光景でした。

mandorin18-32月から電車の運賃が値上がりました!ブレイシャ(*1)に行くときに、「えっ?値上がった?」と券売機の前で、ビックリ。またブレイシャ駅の2台の乗車打刻機はかなり前から壊れていて、沢山の人が乗車券を何回も入れて、「?」の状態です。私はその場にいるときは、「これは壊れています。あっちは動いています。」と電車を待っているときは何回も教えてあげている次第です。人々は「Grazie! E’ molto gentile!」と言う訳です。(値上げはするのに、何故修理しないのか? 誰も言わないから?)

先日、ミラノ中央駅で往復の乗車券を購入し、時間がなかったので、すぐその場を離れようとしたら、若いアフリカ系の女性が「Padova(北イタリアの町)に行きたいので、買い方分からないので片道乗車券を買ってほしい」と頼まれました。

イタリア語が余り出来ない方で取り敢えず急いで、画面で探して約1時間後の電車を勧めて、支払い画面になった時、その券売機は現金は扱っていないことに気づき、そのことを言うと「私のカードで買って下さい」と言って、現金を私に差出したのです。それは余り気が進まず、時間がないにも関わらず他の現金扱いの券売機に行き彼女の切符を買ってあげて、説明してすぐ私はホームに走りました。

私の電車は発車まであと5分しかなかったのですが、幸い間に合い、(まあ手伝ってあげて良かった)とは思いました。彼女がとても喜んでましたから。。。しかも切符を手渡した時、いつの間にか怪しげな男が私のすぐ隣におり、「お釣り出てるよ」と言って、チップ貰おうと手を差出したので、私は無視して彼女にすぐ渡しました。盗られなくて良かった!(*2)

mandorin18-2自動券売機はもっと注意が必要です。私は大きい駅の場合、なるべくオープンでない、チケットオフィス内かガラスで囲まれた鉄道職員がいるところで買うようにしています。外にある券売機には、買い方を教えて小銭を稼ごうとする怪しい輩が沢山居て、極力そこでは買いません。

大体外国人が狙われており、強い口調で断わらないと危険なのです。昼間ならまだ人目もありますが、夜間はお釣りをかすめ取ったり、何かを盗まれる危険性が大なのです。この券売機は最初の画面で必ず「ひったくりにご注意!」とアナウンスします。

また、他の人が使って正常に動いているかどうかを確認してから購入するのがベターです。€50も入れてお釣りが出ず、画面も戻らない人を何回も見ました。その券売機はその前の人が「動かない!」と言っていました。急いでいたのか入れた€20諦めてその場を離れていました。>私はいつもクレジットカードを使い今のところ失敗はありませんが、いつカードを飲み込まれるか、心配しながら使ってます。

兎も角、時間に余裕を持って購入しないと上手く行かなかったとき、電車に乗り遅れる可能性がかなりあり得ます。間違えてチケット売り場で変更をしなければならない時は数時間待つこととなります。小さい駅なら並んでいる人数にもよりますが、大きい駅でしたらいつ出来るかは全く予想できないほどの人が待っているのです。

先日、ミラノ中央駅のコンコースに行ってビックリ。今まで改札がなく自由に出入りするシステムが、低い柵が設置されて入口で何と職員にチケットを見せてホームに入るようになってました。つまり、無賃乗車を食い止めるための措置がようやく始まったのか?いよいよ自動改札が設置されるのか?近いうちにまた確認しに行こうと思っています。

ミラノはもうすぐEXPOが開催されますから、少しづつ色々なことが改善されるのと期待されますが、どこまで間に合うのか?しかしこの催しは全国から様々なひったくりやスリなどが集結するようですので、かなり注意が必要です。周りでは皆そんな話をしています。お祭り系は全て同じですが。。。

またミラノにはトラムが沢山走っております。まあ、ゆっくりで時間がかかりますが。そして、時々電流不足で停車し、乗客全員が「しょうがない。。」といった表情で黙って、下車し、次の電車を待ちます。最初、意味が分からず「どうして?」と他の乗客に聞いたところ、「Senza corrente!(*3)」と言われ、あ~ 電気来ないわけ?と納得。

また、ある日は自宅近くの停留所に泊まるはずの27番トラムに乗って2~3駅走ったところ、いきなりアナウンス。「このトラムは今から12番になるので、27番の乗客はお乗換ください」と。。。「えっ?」と思っている間に、手動で、行先をくるくると回して換えていました。他の乗客に「何故?」と聞きましたが、「分からないよ!」という表情とジェスチャー。正しい行先に乗ったからといって、目的地には辿りつかない場合がある交通機関のイタリアです。

(編集部注釈)
*1:ブレイシャ(Brescia) 州都ミラノの東約80kmの街
*2:在ミラノ日本国総領事館から「北イタリア治安情勢通報第6号:~ミラノ中央駅発ヴェネツィア行列車に御注意~」が発表されています。ミラノ中央駅を利用される方はご一読をお勧めします。
*3:Senza corrente! (電気)不通

「マンドリン通信」 新しい出会いとコンサート

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私は現在、語学留学でイタリアに滞在していますが、次年度は音楽の知識習得とレッスンをしたいと思い、ミラノにある私立の音楽学校を訪ねました。友人の友人がその学校でレッスンを受けていることを聞き、情報を得たかったのです。

事務局は親切で、回答も明快でイタリアらしくない?と感じました。友人によるとイタリアとは思えない優秀さのセグレテリア(事務職員)だそうです。HPにはマンドリンのコースはありませんでしたが、登録している先生は居るとのことで、コース開設は可能だという返事でした。西洋音楽史・ソルフェージュ(西洋音楽の学習において楽譜を読むことを 中心とした基礎訓練のこと)は常設で問題なく受けられると。「検討してまた訪問します」と学校を出ました。

すると事務室に居合わせていた女性が私に声を掛けてきて、少し立ち話をしたところ、その学校でアコーディオンを教えているというロシアの女性でした。私が話している内容を全て聞いていたらしく、興味深そうに質問をしてきました。マンドリン奏者も何人か知ってること、自分の生徒のこと、日本の有名なアコーディオン奏者のCobaさんのことなどを、矢継ぎ早に話し掛けられました。

名刺交換をすると、「何かあったら遠慮なく連絡してね、頑張ってね!」と言ってくれ、新しい音楽での出会いに嬉しくなりました。後日、私のイタリアでの様子をメールで少し補足したところ、すぐ返事があり、「同じ音階だから弾いてみてね」とロシアにあるドムラというマンドリンに似た楽器の楽譜が添付されていました。また「マンドリンのコンサートがあれば是非とも行きたい」とあったので、早速2月のコンサートの予定を連絡しました。出来るだけ出会いを大切にしたいと思っているので、今後も機会を見つけて連絡を取って行きたいと思います。

mandorin17-12月13日夜21時より、LodiのAuditorium Tiziano Zalli というホールで以前このブログでもお知らせした、演劇「StraMilano」のコンサートがあり、知り合いの韓国人の友人Jさんを誘いました。ホールは800人位収容の広さで、観客もほぼ6割のまずまずの入りでした。舞台開始前に主宰者挨拶があったのですが、3人が代わる代わるの挨拶、そして最後はビデオ上映(10分位)で合計40分の前座(!)でした。このため、すっかりメンバーは集中力が欠けることとなり、最初は気分が盛り上がるスタートとは言えませんでした。

舞台にスポットライトが当たり、観客は当然演劇を集中して見ているので、オーケストラの細かいところまでは見てないようでしたが、オーケストラは小さい照明機具を譜面台に付けただけの演奏なので暗く、指揮者と演技者の両方が見えにくくとても神経を使いました。1時間30分以上の休憩なしの舞台のエンディング曲になったときはホッとしました。沢山の拍手と賛美の言葉を頂き、良いコンサートになったようです。ミラノ市内からかなり離れていた場所にも関わらず、これだけのお客様が来てくれたのはとても嬉しかったです。

mandorin17-2自宅まで親しいメンバーに車で送って貰いましたが、0時半をとうに回っており、夕食を取る時間がなかったのでお茶とチョコレートを少し食べてすぐ就寝しました。長い夜でした。日本のオーケストラですと、コンサートの後は必ず飲み会に流れるのですが、こちらではすぐ家に帰るといった場合が多いです。まあ、勿論いつも開始が21時で終了時間が23時は過ぎてますから当然かもしれませんが。。。

来週は、ミラノ市内での週末連続3夜のコンサートがあります(!)。私は土日だけ2回しか出られませんが。1週間前の今でさえ、まだ指揮者から演奏曲目は明らかになっていません。。。友人によると大体「・・・・」だと思うと。私は提案された26曲目の内、半分しか演奏しておらず、不安の日々となっています。当日のぶっつけとなるのか、楽しみな(?)コンサートです!

「マンドリン通信」 素晴らしき仲間

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所属するマンドリンオケの練習が始まりました。ブレイシャ*では、4月に日本のあるマンドリンオーケストラが音楽交流で来伊し、合同コンサートの予定があります。この日は参加者が少なく、ミラノから電車で参加している私は、マンドリン奏者がいつもの半分でしたので貴重な弾き手として歓迎されました。

このグループは皆仲がよく、和気あいあいで、それぞれがワインとサラミ、お菓子やおつまみを用意していて、練習のあと皆でそれを片手に歓談します。これが楽しいのです!この日は、スプマンテとパネットーネ、そしてメンバーが ホームベーカリーで作ってくれた私の好きな柔らかいふわふわパン!サラミと絶妙な取り合わせで美味しかった!

この練習の前に個人レッスンがありましたが、長い休暇中に私なりに、練習をしてきた甲斐があり、良い成果で マエストラ(女性)に、「Sekiさん、とっても良いじゃないですか!」と初めて褒められ!!!実は、私の以前の弾き方は「日本式」のため、イタリアの演奏法と異なり、ダメ出しの連続で、若くはない私にとって変更は難しく挫けそうになっていましたが、ようやく一筋の光が見えて来ました。

日本のマンドリニスタが海外に留学して音楽院に行った場合、ほぼやり直しになることが、ままあるようです。特にドイツは楽器やピック、奏法が異なり、苦労するマンドリニスタがいらっしゃいました。私はアマチュアですが、イタリア奏法は理に適っていて、より優れた演奏をするのに納得することが多く、頑張って変更しています。マエストラからはレッスン後、私の好きなバッハのバロック音楽の譜面を「次回からやりましょう」と提案され、少し前進できたことが私を更に励ましてくれました。
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ミラノのオケの練習もスタートしました。2月~4月まで コンサートが毎月あり、今年になりまだ弾いていない曲が20曲も送られて来ました。プリンタがないので、その都度コピーショップ行って印刷してくるのですが、面倒で経費も掛かるので、最近プリンタを購入しようかと思っています。

嬉しいことがありました。昨年夏、手首を骨折してしまった6年来の マンドリン友人が今月からオーケストラに復帰しました。治癒祝いに誘って食事した時、彼の好きなマンドリニスタのCDをプレゼントされ、私は怪我で来れなかった彼のためにモデナ**で プレゼントされたマンドリン曲集をプレゼントしました。彼は年齢遅くしてマンドリンを習い始めましたが、私以上に有り余る情熱をマンドリンに注いでいて、一生懸命なその姿に感銘しています。まだ、手首は完治とは言えませんが少しずつでも治ってほしいと願う日々です。

そして、年末にチャイナタウンで知り合った韓国人女性Jさんとランチをしました。共通言語のイタリア語で何と4時間もお喋りしました。何故か、互いに初めて会った気がせず、何の違和感もなくイタリアの情報交換をした充実の時間でした。彼女はイタリアで4年間ジュエリーデザインの勉強をしたのち、あらためて仕事を探しに昨年来伊、幸運にも仕事を得たとのことでした(才能があるのだと思います)。以前は別の仕事を韓国でしていたそうですが、若くはない(40歳代)人生の再スタートをイタリアで始めたそうで、その勇気と運の良さにビックリしました。

Jさんの話では、イタリア在住の自国の友人より他国籍の友人に助けられたことが多いとの事でした。 一人でデザイン画を描くという仕事柄、 孤独になりがちになるので、私と知り合えたことをとても喜んでいました。私もそう話してくれるJさんが、とても身近に思え、素晴らしい出会いだと思っています。同じアジア人ということで人付き合いの仕方にも、似た習慣がありますね。これからのお付き合いが楽しみです。コンサートに誘う予定です。

私のマンドリンを通じて知り合ったイタリア友人達は、いつも心広く迎えてくれ、助けられたこと、甘えさせてもらったこと数多く、そんな友人を持てたことを幸せだと痛感しています。特に、南の友人達はいつもこう言ってくれます。「この家のドアはいつも君のために開いている。いつでも、いらっしゃい」と。勿論私も好意を受けるだけでなく、自分も出来るだけの情報提供や、手助けを沢山しています。文化も言葉もかなり異なる東洋人である私を、理解して貰うためには、進んで近づく努力が必要です。言葉の上手下手ではないということを、自ら実践して身につけました。

*ブレイシャ:州都ミラノの東約80km、ベルガモ、クレモナからも約50kmに位置する街
**モデナ:エミリア=ロマーニャ州の人口18万人の街。ミラノからは南東へ約165kmの距離

「マンドリン通信」 良いマンドリンと出会う難しさ

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mandorin14-1新年が明け、5日から授業が始まり、なんとPassato Remotoからスタートという気の重い内容です。。。先生は、レベルが高いから本をしっかり読むためにはこれを理解しなければいけないとのこと。しかし、普段は殆ど使わないこのイレギュラーだらけの動詞を一体どうやって覚えたらいいのか?憂鬱な日々となっています。

先日突然、日本の友人の1人、関西でマンドリン系統の楽器を扱う方からメッセージが入り、ミラノに居るとのこと。しかし、翌々日に帰国予定のため急遽会うことになり、久しぶりに イタリアマンドリン談義に楽しい時間を過ごしました。 彼は、メールだけでなく直接販売元(工房や個人コレクター)に直に出向き、 信頼関係を構築しつつ、良い商品を仕入れるという考えで、それには私も同感です。 今回も顧客のリクエストに応じた楽器を仕入ることが目的だったそうです。日本のマンドリン愛好者は、高価なプランドのアンティーク楽器で、尚且つ完璧なコンディションを要望しますので、実際に手にして自分で確かめての仕入は大事だと仰っていました。 また美しく仕上げるために、大体日本の工房にリフォームを依頼します。イタリア人職人さんは、修理はイマイチ丁寧とは言えないやや雑な所があります。それでも、なかなかアンティーク物は、経験と知識が必要です。

ランチのあと、私も知っている彼の仕入先でもある楽器工房を訪ね、久し振りに楽器職人の方と再会し、彼も喜んで迎えてくれました。 彼の作る楽器は高級楽器です。自身で制作し、更に職人を育てる学校で指導もしています。何人か日本人弟子も彼の元を巣立って日本で工房を開いている方も居ます。彼は高度なテクニックと楽器に対する有り余る情熱を持っていて それが価値の高い芸術品とも言える程の楽器を創り出します。

私には苦い経験があります。数年前に友人のつてである工房から1台マンドリンを見ずに購入しました。知り合いの日本人マンドリン愛好者が数台のマンドリンを購入していましたし、友人のイタリア人マエストロが絶賛していた有名なブランドであり、かねてより欲しかった楽器ですが、しかもやや安かったのです。しかし、念のために日本人の楽器職人さんに診断を(?)依頼しに工房に出向きました。彼はまるで歯医者さんが使う楽器の中を見る小さい鏡を使いながら、こう言いました。「とんでもなく重大な欠陥があります。 全部楽器を開けて、完璧な修理をする必要があります」と。その費用はなんと、楽器より高かったのです!

私は、ショックで言葉を失いましたが、それからが私の試練の始まりでした。「何故、私が最初はあんなに気に入っていたのが、1か月後に気に入らなくなったのか?」と、専門の彼がその欠陥を知らないはずはないのですが、最後までその欠陥を気づいていないことを通してました。3か月に渡る交渉(これもイタリア語の勉強でした)となり、先方を怒らせずに、じわじわと攻めて相手が折れるのを待ちつつ。。。結局、全額返してくれることになり、私の目論みは大成功しました!

これには私が会社員だった時の営業での様々な交渉経験があり、これがかなり役立ちました。焦らず、相手の出方を待ち、攻めるという方法です。イタリア語の先生や、イタリア人友人マンドリニストにもいろいろ相談して、相応しい表現で文章を添削してもらいましたが。。。

さて2月のコンサートに向けて私のマンドリン活動も再開し、ミラノのオーケストラでは早速夜の練習に参加しました。2月初旬に以前書いた、”Stramilano”の舞台があり、20日過ぎには小規模のクラッシクコンサートを予定しています。 昨日クラスで、馴染みある先生からまた、クラスメイトで日本人テノール歌手のMさんのカンツォーネと韓国人のギター、私のマンドリンの小さいコンサートをまたしてほしい!と要望されました。今まで、3回?位披露したのですが。私達アジアンミュージシャンはいつも好評です。さて、本当にするか?まだ未定ですが。。。

「マンドリン通信」 南イタリア カゼルタでのナターレ

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2008年に知り合った友人家族の家で南イタリアのクリスマスを体験してきました。

23日夕方に着き、夜カゼルタの町を車で案内してくれ、色・形とりどりのイルミネーションを楽しみました。ミラノのDuomoのツリーより煌びやかで うっとりしました。24日はその友人の家!で15:00からの食卓でした。 奥様が敬虔なカトリック信者なので夜のミサに参列するために。

24日は通常魚料理で25日は肉料理だそうです。
プリモがスパゲッティボンゴレ、セコンドは暖炉で車エビを炙って焼いたもの、スズキのワイン蒸し、野菜がブロッコリー葉炒め、レタスとケッパー・アンチョビ・黒オリーブ炒め、デザートはフルーツ入りビスケット(Roccocò)、チョコを塗した柔らかいビスケット(Mustaccioli)、最後はナッツ3種類を延々と食べるというものでした。

スパゲッティボンゴレもアルデンテ以前に鍋から引き揚げて、ゆっくりソースに絡めるという絶妙な作り方。参考になりました。暖炉はいいですね~。

前日までは、通りは日本の年末と一緒で、凄い混雑状態(皆買物に走っている)でした。しかし、夜20時以降は、車は殆どなし。。。皆家で食べて飲んでいるからです。 正に静寂でした。

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mandorin14-3そして、22:30から近くの教会に出かけました。 友人がボランティアでこの教会で讃美歌の伴奏をギターでしています。 参列者は130人以上だったと思います。力強い声の神父様の説教は心に染み入るようでした。ミサは0:00過ぎに終わり、参列している子供たちも眠そうでした。ミサ後、一同は別室でクリスマスケーキ(パネットーネとパンドーロ)をスプマンテで頂きました。これがイタリアでは恒例のようです。ミラノもそうでした。

翌日午後に友人の奥様の実家に家族揃って(私は便乗者)料理を沢山 詰め込んで向かいました。 車で約1時間のチェッレート・サンニータという小さい町です。既に一度訪問して知っている お兄様の家族でした。 到着するとすでに家族親類総勢12名はスタンバイしていました。それは賑やかというか大盛り上がりで、食べ・飲み・歌い・踊り・・延々5時間以上に渡る宴会で、もう、あんなにおかしくて楽しいのは久し振りでした。特に歌うのが好きで、大合唱。私も手招きされ一緒に オーソレミオを歌う羽目に。。。 男性は酔うとよくマイク代わりに何かを持つ週間が日本でもありますが、ここでも同じで赤いプラスチックのコップをマイク代わりに持って絶唱してました!もう笑っちゃいました。 友人の息子さんが「これが南イタリアのクリスマスだよ!」でも、料理はもっと2倍出す家もあるとのこと。

成程と思ったのは、みな奥さんたちが料理を持ち寄りで、実家の奥さんが全部 作るということはないのでした。これなら長男の嫁も助かりますよね。散々食べて、更にお菓子、チョコレート、ナッツ類。そして、更に最後は恒例の発砲ワインとクリスマスケーキ!もう入りません!!!その家には入れ替わり立ち代わり友人達が挨拶に訪れ、クリスマスを祝うという日でした。

編集部注:カゼルタ(Caserta)はナポリの北約25キロ、人口約8万人の街。世界遺産であるカゼルタ宮殿が有名。
チェッレート・サンニータ (Cerreto Sannita) は人口わずか5千人の村

「マンドリン通信」 ヴェネツィア訪問

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mandorin13-1金曜日の午後に、雨のミラノから同じ日伊協会を通じてヴェネツィアに留学しているMさんに会いに行きました。

曇り空で私の心も幾分曇っておりましたが、Venezia Santa Lucia駅に到着し、Mさんと再会し駅の外に出たら、なんとすっきりとした夜になっておりました。観光客は少なく、静かなローマ広場。。。いつもと違うヴェネツィアでした。

いつもと違うのはお天気だけではなく、ヴァポレット(水上バス)乗り場にはなんとチケットがないと開かない改札が!(+_+)です。Mさん曰く、彼女がトリエステに行った時まではなかったそうです。7月にヴェネツィアに戻ったら既に出来ていたとのこと。ただ、まだ全部の停車場にあるわけではなく、主要な場所以外はまだ設置されていないのでそこからはチケットなしで乗車出来るそうで、そういうことを望む人々はそこから乗車しているとのことでした。しかもこのチケットはどこでも売っている訳ではないので、おかしな話ですね。

彼女はヴァポレットの定期券を持っていて、月額€31で初月は手数料で€40もしたそうです!有効期限も人によるそうで彼女は5年とのこと。ミラノのバス・地下鉄の定期は、26歳以上は初月€45で次回から毎月€35です。ヴァポレットの高額な手数料にビックリです。私は3日間のチケット€40を支払い、これで安心して何回も乗れるので快適でした。

心地よい風を受けながらライトアップされたヴェネツィアの美しい夜景を眺めながら、静かでロマンチックで快適に運河を楽しみました。冬以外は、(人と犬で)満員で、およそ快適とは言えない混雑ですから、この時期に来て良かったと思いました。ただ、アックアアルタ(acqua alta:異常潮位現象)の問題はありますが、幸運にも私の滞在時には警報はありませんでした。

mandorin13-5Mさんは、ビーズでアクセサリーを作る趣味をお持ちなので、私も(買うのが)好きで当然のようにムラーノ島に出かけました。1件目のお店で、早速気に入ったものが目に入ってしまい、売るのが上手なお店の母娘の勧めに乗ってしまい、購入。。。ブレスレットだけでなく、なんと同じネックレスを見せられ、あっという間に買う羽目になりました。Mさんはさすがにこのビーズや石、ガラスの材料の流行に詳しく、私のは新しいものだそうです。彼女は、ヴェネツィア滞在中もネックレスやピアスなどの作品を作って先生にプレゼントして喜ばれていたそうです。素敵な趣味でこんなことが出来れば、すぐに親しくなれる大きなポイントだと思います。写真は彼女の作品で私にプレゼントしてくれたものです。大切にしたいですね。

mandorin13-3今回ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のオペラ演目「Traviata」を見に行くことにしました。ムラーノ島からサンマルコ広場に行き、Mさんはフェニーチェ劇場で当日券の席を聞いたところ、一番安いのがloggioneという天井桟敷席、それから舞台すぐ脇の席(舞台は見えないかもしれないとのこと)が€45、そしてさらに1階の高い席でした。私達は今回は、安いloggioneを選び買って外に出て劇場前でお喋りしていました。するとあるSignoraが近づいて来て、息子さん夫婦が急に来れなくなったので、1階のPlatea席(舞台正面席)が2枚あり、€100を€80にするけどどう?と声を掛けてきました!勿論イタリア語で。私達はアジア人なのにイタリア語が出来ると思っていたのでしょうか???そんな雰囲気が私達にあったのか?兎も角、残念ながら安い席買ってしまったし、そんな良い席に座るような洋服ではないし、お断りしました。。。

Mさんも残念がっていました。彼女も以前、この劇場でPlatea席を購入した時、Biglietteria(切符売り場)の人から、「正装で髪もキチンとしてきて座ってくださいね!」と言われたそうで、そのためにドレスを購入したそうです。確かに、1階席の方々は全て、男性は正装かダークスーツ、女性はロングドレス姿はありませんでしたが、皆シックな装いでした。次回は、事前に演目を調べてドレス持参で乗りこみたいと思った次第です。でも、男性同伴でないと 恰好が付かないかもしれません。ヨーロッパには?星のレストランとかも、女性だけで入らない、必ず男性のエスコートが当然と言う暗黙のルールがあります。スイス在住40年の友人がそう言って嘆いていました。

天井桟敷席は、ライトが目の前にありその隙間から舞台が垣間見え(チケットにはsolo ascolto(聴くだけ)と記載)そして、オーケストラの真上のため、演奏の様子が全て見え、とても興味深い席でした。そして、曲も演奏した覚えがあり、最初のシーンの曲でハッとし、その後の場面で「ああこの曲はこの場面だったのか!」と納得することも度々で、良い勉強になりました。

mandorin13-4翌日は、天気もまあまあなので早起きして、サンマルコ広場で日の出を見ることを決め、6:30ころ出発してサンマルコ広場で待機。やはり、そういう写真をとるべくカメラマンらしき人々が確かに絵葉書で見たことある場所で陣取って待機してました。寒くはなく、人気のない日の出前の美しい景色は、早起きして来て良かったと。。。しかし、曇っており念願の景色は臨めませんでした。。

たった2日間でしたが、雨にも殆ど振られず、静かな佇まいのヴェネツィアを堪能しました。夏よりお薦めです!落ち着いて、ゆっくりとこの非現実的な町を楽しむことが出来ました。ミラノから2時間と少しで来られます。また、来年一人でぶらっと来たいと考えています。(アックアルタ情報を知った上で。)

Mさんの滞在している、ジューデッカ島のRedentore Camplus livingという宿泊施設は快適で、私は今回そこに部屋を取って貰いました。夏は勿論、沢山の生徒が滞在するそうですが、設備は整っており、気に入っているとのこと。ヴェネツィアの学校を選ぶのであれば、この施設が部屋の設備、バスルーム、お湯も沢山出ているし、勉強できる部屋や庭などゆったりしており、ヴァポレットの駅から数分で近く、夜も安心です。何と言ってもヴァポレットの駅の対岸はサンマルコ広場が右手に見え、施設の庭からも運河が見える景色で、素晴らしい場所だと思います。1泊€40でした。ホテルではないので、あくまで宿泊のみで安く済ませたいという方にはお薦めです。

「マンドリン通信」 Stramilano

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毎月スフォルツァ城の近くにあるギャラリーで小さなクラッシックコンサートがあり、これも会員制のもので私は友人のつてで、2回聴いて来ました。Organizzatori(主催者)は、ピアニストのご夫婦で奥様が日本人の方です。ピアノ・チェロ・オペラ歌手などプロの方がたの演奏を身近で拝聴できる機会でした。19日は北イタリア日本人会主催のほぼ日本人音楽家による、「秋の親睦会」というコンサートがミラノのCasa Verdiであり、これも会員制のため友人のつてで拝聴してきました。

各音楽家は持ち時間が約10分程度で短く、大体1曲か2曲の演奏でした。オペラ歌手の方が多かったです。女性はソプラノ、男性はテノールでした。興味深かったのは、女性オペラの3人の方たちの日本の唄でした。素晴らしいハーモニーで、単調なメロディでありながら繊細で、こういう歌は外国にはないので、日本の唄の懐の深さを感じました。友人の担当者から、「関さん、来年は是非マンドリン弾いてくださいね!まだ、マンドリン演奏はないので。。」と言われました。もしイタリアにまた居れば、友人とやってみようかなと。

これらのコンサートは全て、無料で驚きました。なぜ無料なのかと友人に聞きましたら、イタリアでは殆どのコンサートは無料で、有料にしたら殆ど人は来ないと。。。皆、余暇を楽しむ費用は、節約していてとてもお金を出してという人は少ないようです。ですから、演奏者に支払われるギャラはないそうです。多分交通費程度?でも、私は彼らのプロとしての立派な演奏に対して、敬意を払うべく金額は必要だと思います。少額でも取るべきではないかと思いました。

BolognaのCIRCOLO UFFICIALI dell’ESERCITOでの、私のマンドリンのマエストラとピアニストのコンサートもギャラなしだと聞いていましたが、入場したときに”Offerta(寄付)”として€5支払うシステムでした。これはどういう費用になるのかは、わかりませんでしたが、それでもないよりマシかなと思いました。とても素敵な場所で、長年Bolognaに住んでいるという彼らの友人でさえ、こんな良いところがあるなんて知らなかったと言ってました。。。

マエストラ(女性の先生)は、大体無料が多く本当に音楽では生活出来ないと嘆いています。日本でも同様でしょうが、まだ小さいコンサートでも有料ですから、まだイタリアより良い方だと思います。音楽の地元であるイタリアでこれでは余りにも状況が酷いと感じます。

mandorin2-1次に私のマンドリン活動です。今月からミラノのオーケストラでの活動を開始しました。早速、ある面白いコンサートがあります。ミラノのある劇団の公演”Staramilano“というタイトルでオペラのように伴奏なのです。ミラノの風刺劇らしく全部ミラノ弁で、面白可笑しい内容のようです(私は、先日の練習の時、初めての譜面で歌が入るので複雑で弾くのが精一杯でした)。真後ろで、大きな声で歌うので自分の音が聞こえず聞く余裕がありませんでした。友人の楽団に質問した回答がこれです。

Stramilano e uno spettacolo teatrale con delle parti di musica e delle parti recitate. Le persone che c’erano ieri sono gli attori che recitano in dialetto nello spettacolo e che cantano accompagnati da noi.Le canzoni sono cantate in dialetto milanese, che e diverso dall’italiano. Alcune cose che dicono non le capisco neanche io!Per farti un’idea, pui guardare Staramilano”

このビデオで、舞台の前で演奏しているのがミラノのオーケストラです。私は、11月の9日と10日の2回出演するつもりです。新しい体験が出来そうです。

「マンドリン通信」

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イタリアに行く目的は十人十色。
ご自身に合った留学を見つけていただくことで滞在はとても豊かなものになります。
日伊協会を通じてミラノに留学し、現地でマンドリン奏者の一員として演奏活動をされている関さんに、イタリア暮らしとマンドリンを通して見えてきたイタリア、イタリア人の素顔をこれから日伊協会会員ブログ「イタリア マンドリン通信」としてご紹介していただきます。是非連載をお楽しみ下さい。
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私のマンドリン、そしてイタリアとの出会い、留学までのイタリアとの関わり方
seki1-mandorinイタリア語の勉強は、初めてイタリアを旅行したとき、テレビとラジオの講座で始めました。そして、実際にイタリアでこの言葉を耳にしたとき、とても新鮮な言葉の響きを感じました。英語にはない、特有の発音と独特な語彙にとても惹かれ、語学学校に通い始めました。上達しない自分のふがいなさを感じながらも、十数年に渡って地道に勉強を続けてきました。

一方マンドリンは中学・高校のマンドリンクラブに在籍して演奏活動をしておりましたが、社会人になってからは全く楽器を手にしておりませんでした。2003年から、あるマンドリニストを知ることで、およそ30年振りに演奏活動を再開しました。そして、あるアマチュアのマンドリンオーケストラに所属して、オーストリアとクロアチアの海外演奏旅行に参加し、初めてマンドリンを弾く海外の方々との交流を体験しました。ウィーンで合同コンサート終了後、そこのマンドリンオーケストラのあるメンバーとイタリア語で会話し、海外音楽交流を自分自身の肌で実感し、音楽交流に興味を持ちました。また、そこで出会ったイタリアで活躍されている、日本人マンドリニスタの西山 みきさんと知り合ったたことも大きな出来事でした。
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2007年に体調を崩し、早めに仕事をリタイアすることを決意し、しばらくの休養の後、フィレンツェにイタリア語学留学をしました。帰国後、イタリア語をもっと上達させるためには自分自身に目的がないと意味がないと考え、思いついたのがマンドリン留学でした。私はアマチュアなので、コンセルバトリオ(音楽専門大学院)に入学することよりも、一般のマンドリンを弾くイタリア人との交流をしたいと思い、インターネットで数人のマンドリニスタにイタリア語でメールを出し、数日後にあるイタリア人の演奏家から、とても丁寧なイタリア語での返事を受け取り、幾度かやりとりの後、行くことを決めました。彼は、CasertaというNapoliから近い町に住んでおり、私にその当時に彼の音楽グループ主催のLa Mostraに誘われ、そこで行われた毎晩のマンドリンコンサートを聴く機会を得、クラッシック以外に更に南のマンドリン音楽を知ることになりました。
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いわゆる、La Canzone Napolitana(ナポリ地方の伝承音楽)ですが、それに限らずその地域の大衆音楽があり、彼らはそういう演奏活動もしていました。また、そこで知り合ったマンドリン関係の友人から、毎年夏に行われるインターナショナル マンドリン講習があるのを知り、現在までに4回参加しました。そこでは、様々な国からのマンドリン愛好家が参加しており、イタリア語・英語・フランス語が飛び交い、私も参加して沢山の友人が出来、このことが大きなきっかけとなり、その後毎年その繋がりからコンサートや、友人宅に出かけて、彼らの練習に参加したり、様々なマンドリンに関する機会を得ました。

昨年母親が他界し、かねてからの自分の大きな目標である、イタリアのマンドリングループにメンバーとして参加して演奏活動することを決め、日伊協会さんに留学相談をし、親切で思いやりある担当者:加藤さんに親身な対応に助けられ、今年6月から、念願の私の目標が実現しました。

現在は、平日はLINGUADUEに通い、BRESCIAのマンドリンアンサンブルで演奏活動し、10月からは、ミラノのマンドリンオーケストラの友人の誘いでそこでも演奏することになりました。
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イタリアでは、マンドリンに限らず色々な小さなコンサートがあり、私は出来るだけ出向きます。またヨーロッパは他国ととても近いので、日本とは異なる文化・音楽の歴史を肌で感じる得がたい経験が出来、コンサートや研修で、出かけることも可能です。今後、こういった活動も合わせて広げて行きたいと考えています。

何故私はイタリア語を続けてきたのか?マンドリンを通じてイタリアで交流を始めたとき、その理由がはっきりわかりました。正にこのことをするためだったのです!私はイタリア語とマンドリンとの出会いが、今の私の人生を大きく変えたことを実感している日々です。

Yumiko Luna Seki