第4回イタリア人講師による特別セミナー「エルバ島 ― 名勝・歴史・著名人」ご報告

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みなさんお元気ですか?
日伊協会の押場です。

3月8日(土)に行われたイタリア人講師による特別セミナー「エルバ島 ― 名勝・歴史・著名人」では、エルバ島についての実に興味深いお話を聞くことができました。

日伊協会のイタリア語講師でもあるフィオーレ・リエート先生はエルバ島のご出身。皆さんもエルバ島の名前はご存じですよね。あのナポレオンが最初に追放された島として有名ですが、フィオーレ先生のお話を聞いていると、それだけではないことが実によくわかりました。

elba005まず冒頭に「エルバ島の面積は佐渡島の1/4だ」という比較されたときは、はっとしました。エルバ島にナポレオンが追放されたように、佐渡島は順徳天皇や日蓮、さらには能の世阿弥も流刑にされた島です。ぼくたちはこの比較から様々な想像が出来ました。佐渡島といえば金や銀が採掘されたことで知られていますが、エルバ島ではヘマタイト Ematite が採れます。ヘマタイトは日本語で赤鉄鉱。この赤い石を高温で熱することで鉄を取り出せます。エルバ島は鉄の錬成で知られる場所だったというのです。

鉄からは武器ができる。武器が取れるエルバ島は地中海の要所となり、やがてエトルリア文化が花開きます。その後やってきたローマ人は、島での鉄の精製を禁じてしまいますが、そのかわりローマ文化をもたらします。海路がひらかれ、みごとな浴場が作られると、この島はローマ人の保養地になっていきます。
まさにエルバ島でローマ人は観光の先駆けを行っていたというわけですね。

elba006中世になると、メディチ家のコジモがエルバ島のポルトフェッライオ(Portoferraio)にやって来ます(地名に鉄 ferro が含まれているのが興味深いですね)。そしてコジモはここにコジモーポリを建設します。当時としては最新の難攻不落の要塞都市で、これによって地中海の覇権を握ろうとするのです。

さらに19世紀のはじめにはナポレオンがやってきます。追放されてやってきたのですが、彼はこの小さな島でまさに王のように振る舞うと、島の交通を整備し、なによりも衛生設備を整えたというのです。

ざっとここまで話をきいても、実に興味深いではありませんか。なにしろフィオーレ先生によれば、この美しい自然に恵まれた島には、美味しい料理とすばらしいワインがあるというのですから。

elba007実はそんな場所が観光地として有名になる前、第二次世界大戦の荒廃から逃れた著名な知識人や画家たちが島にやってきたといいます。お金がなかった彼らは、やがて島の食堂の主人と仲良くなり、食事をごちそうになるかわりに、絵を描いたり、詩作を残したというのです。この食堂の名前は「ダ・レンツォ」。写真でみると、店の中は、そんな彼らが直接に描きつけた絵が壁いっぱいに広がっています。じつに見事なものなのですが、そんな絵を描いた画家たちのひとりがベッペ・リエート。「わたしの父です」というフィーレ先生の言葉には驚きましたね。「へー そうだったのだ!」と、なんだかエルバ島が突然身近に感じられた瞬間でした。

残念ながら、この有名な「画家たちの食堂」は現在閉じられているそうです。なんとか保存しようという運動もあるようなのですが、なかなか難しいようです。長い歴史からすればこの場所などはささやかなものかもしれませんが、それでも記憶の場所が無くなっていくのはさみしいものです。それでも、今回のお話で、少なくとも記憶を語り継ごうとするフィオーレ先生の姿に、ぼくは何か希望のようなものを見た気がしています。

elba09自分の出身地のことを誰でも語れるわけではありません。自分の出身地のことを人前できちんと話すのはなかなか難しい。むしろ、大抵の場合、ぼくたちは自分の生まれた場所のことをよく知らないものです。自分の故郷がどういう場所であるか知るためには距離が必要です。フィオーレ先生は「遠くの日本に来て、イタリア語を教えるようになってから、自分の故郷のことが少しずつ分かるようになってきた」とおっしゃるのです。おそらく、先生のお話がとても興味深かったのは、この距離のお蔭でしょう。

そんなフィオーレ先生のセミナーは、お蔭さまで今回も教室いっぱいの盛況ぶり。多くの皆様と、貴重な機会を共有できたことは本当に嬉しいかぎり。また、次の機会にお会いできることを楽しみしております。