坂本鉄男 イタリア便り リンゴの「フジ」

今から20年くらい前からイタリアの八百屋やスーパーで売られているリンゴで最も好まれる品種の1つは「フジ」である。だが、この「フジ」が日本の青森県南津軽郡藤崎(ふじさき)町の園芸試験場で誕生し、現在世界で最も普及している品種とは誰も知らない。

先日もイタリア人の友人の家の夕食会でデザートに「フジ」が出たのでこの品種の由来を説明したら、物知りを自任する1人が、「フジ」という名から富士山の麓でできたものと推定していたと打ち明けた。さらに、負け惜しみのつもりか、リンゴに関するうんちくを延々と語り始めた。

いわく、リンゴは元来、中央アジアやヨーロッパが発祥だ。旧約聖書の創世記に出てくる人類の祖アダムとイブが食べた禁断の実はリンゴではないかといわれる。また、ホメロスの叙事詩に描かれた神話「トロイア戦争」の発端は、美しさを争っていた3美神に頼まれ裁定者となったトロイアの王子パリスがアフロディーテの手に黄金のリンゴを渡したことだとされる-。

デザートがまずくなるので、彼に花を持たせるためこう言って終止符を打った。「あなたのいうことは正しい。リンゴが日本に導入されたのは150年くらい前にすぎない。だがフジは日本の農業技術がいかに優れているかの証しである」と。

坂本鉄男

(2015年3月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)