坂本鉄男 イタリア便り 「骸骨寺」の逸話

先日久しぶりにローマにあるカプチン修道会の墓地、通称「骸骨寺」を訪れた。

童話集で有名なアンデルセンがイタリア旅行から帰国した後で書き、森鴎外の名訳で著名な「即興詩人」の初めに出てくる場所だ。ここの修道士たちの骸骨は、半地下の乾燥した場所にほとんど装飾品のように並べられたものだ。

これとは対照的に、かつて訪れたシチリアの州都パレルモ市のカプチン修道会の地下の骸骨寺は、規模がはるかに大きく8千体のミイラが収容され、約2千体が見物できる。壁の上段まで埋め尽くす衣をまとったミイラの中でも、特に幼い子供のミイラはいまなお生々しく思え、死臭さえ感じられるようだ。

昔は、英国貴族の若者たちの欧州見学旅行「グランド・ツアー」でも必見の場所だったというが、西洋文明遺産の一つだったのかと奇妙な感じがする。

ここを訪れた作家のモーパッサンが近所の人に聞いたという逸話が残っている。酔っぱらいがミイラの間で寝込んでしまい夜中に目が覚めて大声を上げたが誰も気が付かない。翌朝、入り口の鉄柵にしがみ付いている彼が発見されたが、生涯、正気に戻ることはなかったという。

これから秋の旅行シーズン。閉館時間を厳守するようお願いしたい。

坂本鉄男

(2015年8月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)