坂本鉄男 イタリア便り ローマ法王の「生前退位」

 日本の天皇陛下とローマ法王は生涯在位と思われがちだが、ローマ法王の方が自由があるようだ。455年ぶりに非イタリア人法王となったポーランド出身の先々代(第264代)法王、ヨハネ・パウロ2世は、反共の闘士で、在位中に東欧系の刺客の凶弾を受け重傷を負ったこともあった。84歳で死去なさるまで病身にむちを打ち、法王の激務を果たされる姿は気の毒としかいいようがなかった。

 一方、次のドイツ出身の神学者、第265代法王ベネディクト16世は、就任から8年が過ぎようとしていた2013年2月の枢機卿会議の席上で突然、「自分は高齢で体力に自信がなく、この決心は教会のためでもある」と「生前退位」を表明したのである。

 ローマ教会史上、法王の自由な意思による「生前退位」の前例は約700年前に遡(さかのぼ)るだけに、大きな波紋を生じた。

 だが、教会法第332条は「法王が自分の自由意思により、しかも正式な形でその意思を表明された場合は退位を認める」と定めているのである。

 退位後、ベネディクト16世は「名誉法王」の新しい称号で、バチカン市国内の建物で暮らしている。

 今後、法王の高齢化が進めば、前法王の事例は良き前例となるかもしれない。

坂本鉄男

(2016年8月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)