2018年連続文化セミナーイタリアの古代美術―スタート

古代地中海世界で栄華を誇ったイタリアには、その繁栄と交流を物語る多くの美術作品が残されている。本年度の連続文化セミナーでは、マグナ・グラエキアの美術から、ローマ美術、初期キリスト教美術まで、様々な作品を取り上げ、作品に織り込まれた、歴史、文学、宗教、社会などの要素も交えながら、美術が伝える芳醇な古代イタリア世界をわかりやすくお伝えしたいと考えている。

藤澤房俊先生のご指導の下、福山佑子先生(日本学術振興会特別研究員PD)により企画、コーディネートされ、古代イタリアの美術を大きく俯瞰する興味深い連続セミナーがスタートできたことに感謝申し上げたい。

第1回 ローマ以前の古代イタリアに展開したギリシャ美術―パエストゥムを中心に―(ご報告)

シリーズ第1回は、4月20日(金)に、元武蔵野美術大学教授(この3月末に退官されたばかり)の篠塚千恵子先生に、前半で古代イタリアの地に展開したギリシャ人の足跡をたどり、後半にはパエストゥムの遺跡に焦点を絞って詳しくお話しいただいた。それに先立ち冒頭福山先生から今回のセミナーの総論として全5回を概観してご紹介していただいた。(35名参加)。

本講義の前半では、ローマ以前の古代イタリアの住民たちの動向を把握しながら、マグナ・グラエキア美術の特徴を概観した。ローマに統一される前の古代イタリアにはさまざまな住民が活動していた。中部イタリアのエトルリア人と並んで、先進的な文化によって際立っていたのが、南イタリアとシチリア島に早くから多くの都市を建設していたギリシャ人である。

一方フェニキア人はカルタゴを中心に西地中海方面に勢力を拡大していた。ギリシャ人は最初ギリシャに近いシーバリ(シュバリス)、クロトーネ(クロトン)、ターラント(タラス)、ロークリ(ロクロイ・エピゼビュリオイ)、メタポント(メタポンティオン)などのイオニア海側に植民都市を建設していたが、鉱物資源を目的にエトルリア人と交易することを欲し、次第にナポリ(ネアポリス)やパエストゥム(ポセイドニア)、イスキア島などティレニア海側に進出した(かっこ内は古名)。キケロは、「マグナ・グラエキア(大いなるギリシア)と呼ばれる強大な、かつ、偉大な複数の都市がイタリアで繁栄した。」と述べている。彼らがこの地にもたらしたギリシャ美術は周辺の住民に大きな影響を与えたが、ギリシャ人もまた異文化に触れて自身の文化を変容させ、本土ギリシャのそれとはいくぶん異なる性格をもった美術―マグナ・グラエキア美術―を花開かせた。

ピタゴラスはサモス島の出身で、クロトンに移り、そこを追放された後メタポンティオンで死んだと伝えられているが、そのメタポンティオンには立派なヘラ神殿の遺跡がある。ロクロイに残された絵にみられるのはペルセポネ(冥界の女王)で、半身のみが誕生しつつあるように描かれているのは、後にボティチェリがヴィーナスの誕生を全身描いているのと比較すると興味深い。イスキアでは、ラッコアメーノのアクロポリスの跡が残っており、考古学博物館に収蔵されているカップにはアルファベットの文字が見られ、ホメロスの詩を引用している。これは文明史上非常に貴重なものである。

後半では、保存の良い神殿遺構と発掘遺品に富むパエストゥム(ギリシャ名ポセイドニア)に焦点を当てて、周辺居住民であるルカニア人との交流の跡を示す美術作品などをスライドにより鑑賞、考察した。

パエストゥム、バジリカとヘラ神殿

パエストゥムは、前7世紀後半からシュバリス人によって都市建設が始まり、前575~550年ころ第1ヘラ神殿が建造、前510年ころアテナ神殿が建造された。前510年ころシュバリスは、クロトンによって崩壊。前460年ころ第2ヘラ神殿が建造された。前5世紀末頃ルカニア人によって征服された。ルカニア人は壁画装飾のある墓を残している。最も興味深いのは、「飛び込む人の墓」である。

類似のものとして、エトルリアの「漁労と狩猟の墓」、またギリシャの太陽神、曙の女神、天体(星々)の動きの中にみられる絵がある。この絵の解釈はむつかしいが、一説に「あの世への飛び込み」ではないかといわれている。長辺約2.3m、短辺約1.0m、深さ約0.8mの箱形の棺である。徳島にある大塚国際美術館のレプリカによって棺と装飾画の立体像が見られる。

ゲーテの「イタリア紀行」、和辻哲郎の「イタリア古寺巡礼」、G.R.ホッケの「マグナ・グラエキア」、またアンデルセン作森鴎外訳「即興詩人」など多くの文学作品に取り上げられているのを読んでパエストゥムを楽しむもよし、また是非現地を訪れて神殿を見、絵画の宝庫であるMuseoを楽しみ、ついでに付属のRistoranteで現地の特産であるモッツァレラチーズを賞味するのも先生のお勧めである。(山田記)

<講師プロフィール>
 篠塚 千惠子(しのづか ちえこ) 元武蔵野美術大学教授。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。専門は古代ギリシャ美術史。著書に『死者を記念する—古代ギリシャの墓辺図研究』(中央公論美術出版)、『アフロディテの指先』(国書刊行会)など。 訳書にエリー・フォール『美術史1古代美術』(国書刊行会)、スーザン・ウッドフォード『古代美術とトロイア戦争物語』(ミュージアム図書、共訳)など。