2018年イタリア連続文化セミナー イタリアの古代美術
第2回 アカンサス装飾とローマ美術(ご報告)

シリーズ第2回は、5月23日(水)に、城西大学教授の篠塚千恵子先生に、「アカンサス装飾とローマ美術」と題し、アカンサス装飾に焦点を絞って詳しくお話しいただいた。(30名参加)。

アカンサスは、パルメットとともに古代世界において最も重要な装飾モティーフといえる。パルメットは、メソポタミアのしゅろ(なつめやし)の葉をかたどった文様である。

アカンサスは、「ディオスコリデスの薬物誌」においては、薬として紹介されている。装飾としては、パルメットの自然な模様を作るため蔓の生え際にギザギザを表す形で現れる。

コリントス式柱頭の考案の起源について語るウィトルウィウスの逸話が有名である。コリントゥスの市民である少女が婚期に達しながら病にかかって死んでしまった。乳母は、少女が生前心傾けていたものを集めて篭に詰め、墓に持って行ってその頂に置き、瓦で覆った。この篭は偶然アカントゥスの根の上に置かれた。そのうちアカントゥスは、春の季節のころまん中から葉と茎を伸ばし、この茎は篭の脇に沿って成長し、瓦の角で重みのために押し下げられ、四隅に渦巻き形の曲線を作らざるをえなかった。ちょうどそのころこの墓碑の辺りを通っていた大理石細工職人のカッリマクスがこの篭とそれを包んで生い茂る葉の柔らかさに気が付きその様子と形の新しさが気に入り、これを手本として柱を作って、そのシュムメトリア(比例)を定めた。ギリシア起源のこのモティーフは、ローマ美術において圧倒的な存在感を持った。

ローマ、アラ・パキス 西面装飾細部


未開墾の地に生命力旺盛に繁茂するこの植物は、ローマ世界独自の象徴性を担い、アウグストゥス帝へ捧げられた「アラ・パキス(平和の祭壇)」では端正な古典的アカンサスつる草がローマ的世界観を表出している一方で、住居壁画などでは、アカンサスつる草はさまざま仮想的造形を取り込んで、いわゆる「グロテスク」装飾を豊かに創造する。

「グロテスク」の語源は、洞窟を意味するイタリア語grottaから由来し、ここで洞窟というのは、西暦64年のローマの大火の後にネロが建設を開始した「ドムス・アウレア」を指す。そのほかファルネジーナ荘やトラヤヌス広場のフリーズ装飾などに見られる。ウィトルウィウスの『建築書』にはいわゆる「グロテスク」装飾を「怪奇なものが壁画に描かれる。現に存在するものでもなく、存在しうるものでもなく、かつて存在したものでもなかった。」と表現している。

その後この植物装飾は中世へと引き継がれ、初期ビザンチン時代には構造体は解体され、本来の形態と象徴性は忘却され、意味が分からなくなりながらも、あらゆる美術に遍在することなる。時に「古代再生」を目指す美術では、比類ない「古代」の装飾としてあざやかに復活する。

装飾は普段はあまり注目をひかない存在でありながら、今回の講座ではその歴史的変遷を多数の画像を見ながら解説していただいたので、装飾が時代を決める非常に重要なものであることが認識できた貴重な経験であった。(山田記)

ローマ、サン・クレメンテ教会
アプシス


<講師プロフィール>
 奈良澤 由美(ならさわ ゆみ)
城西大学教授。東京大学文学部美術史学科修士課程修了後、フランス国エクス=マルセイユ大学にて博士号を取得。専門はフランス・地中海の古代末期~初期中世の考古学・美術史。単著: Les autels chrétiens du Sud de la Gaule : 5e – 12e siècles(Brepols Publisher、辻荘一三浦アンナ賞、地中海学会ヘレンド賞、日本学士院賞)。