坂本鉄男 イタリア便り 安楽死

 人間とは不自由な生き物だ。自分が生まれたくて生まれたのではないのに、死ぬのも自由にならない。不治の病にかかり、死にたいと思っても死ねないで苦しんでいる人もいる。

 こうした気の毒な人の苦しみを早く取り除き死期を早めるために薬剤を投与するのが「積極的安楽死」で、延命治療措置を中止して間接的に死期を早めるのが「消極的安楽死」だ。現在、積極的安楽死を法的に認めている国はスイス、オランダなど僅かである。日本は法的に安楽死を認めておらず、積極的安楽死は刑法上、殺人罪になる。延命治療措置の方は、厚生労働省が2007年、中止手続きのガイドラインを出したのにとどまる。

 人間が苦しまないで死ぬのを望むのは当たり前のことであって、今では多くの人が知っているフランス語の「ユータナジー」(安楽死)は古代ギリシャ語エウタナシア「良い死」から出た言葉である。

 初代ローマ皇帝アウグストゥス(紀元前63~紀元14年)は、苦しまずに死んだ人の話を聞くと自分と両親に同じような「安楽死」が訪れることを祈り、いつもこのギリシャ語を口にしていたといわれる。2000年前に古代世界を制覇した皇帝も現代の民衆も同じことを願っているとは、なんと人類は進歩していないことか。

坂本鉄男
(6月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)