坂本鉄男 イタリア便り 法王の勇気ある決断

 これまで、ローマ法王は天皇陛下と同じく、終身在位であるように思われてきた。このため、去る2月11日、ローマ法王ベネディクト16世が枢機卿会議の席上、突然発表した今月末の退位は、前例が1415年のグレゴリウス12世まで遡(さかのぼ)るだけに、法王庁内部はもちろんのこと全世界を驚かせた。
 日本の場合、天皇陛下の退位規定は憲法にも皇室典範にもないが、法王庁法令には「法王が自らの意思により自ら公表すること」を前提とした退位規定がある。
 法王の職務は激務だ。国際情勢を熟慮した上での外交政策の決定や、外国要人との会見、数多くの儀式(儀式用の衣装だけでも重量10キロ以上もある)など、心臓にペースメーカーを入れた85歳の老法王には重労働だった。
 法王は退位の理由として体力的な衰えを挙げ、「カトリック教会のため」とした。しかしその後、間接的に「(世俗的争いのある)法王庁内部の正常化」も理由の一つとして指摘している。
 これまでの法王は病苦と戦い、死ぬまで職務を全うしてきたが、急速に変化する社会に法王庁が対処するためには、若い健康な指導者が必要だ。
 現法王が長い慣習を破り、退位の新しい前例を作ったことは誠に勇気ある決断であったといえよう。
坂本鉄男
(2月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)