坂本鉄男 イタリア便り 世界最短の国際鉄道

 ローマ市内にあるバチカン市国には、イタリア領との間に全長わずか1270メートルの世界最短の国際鉄道路線がある。イタリア領内は約1キロ、バチカン領内は約300メートルしかないが複線で、しかも2013年には電化もしている。

 このイタリア国鉄からの引き込み線は、1929年のラテラノ条約に基づき、イタリア側の費用負担で開設されたものだ。この条約は、1861年のイタリア王国成立によるローマ法王領接収を機に生じた対立関係を解消するために結ばれた。

 法王領内の駅は、サンピエトロ大聖堂の左手奥にあり、2階建てのしゃれたものである。この路線が実際に使われたことは、第二次大戦末期以外にはほとんどない。中立国バチカンの立場を利用して運び入れられた食料が、バチカン市国に残っていた聖職者や市民のほか、ひそかにローマ市民らに配られたのだ。現在、バチカンに運ばれる物資・食料は全てトラックによるものだ。

 ローマ法王自身がバチカン市国内の駅から出発したのは1962年10月、ヨハネ23世がイタリア大統領専用列車でアッシジ巡礼に出かけたことが記録に残る最大のイベントである。今では法王の“イタリア旅行”には、ほとんどの場合、ヘリコプターが使われている。

坂本鉄男

(2014年4月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)