連続文化セミナー『イタリアの祝祭』
第4回 「ローマ社会における『パンとサーカス』」のご報告

2016-07-22-02シリーズの第4回は、6月22日(水)に、東京大学名誉教授、早稲田大学国際教養学部特任教授の本村 凌二先生に「ローマ社会における『パンとサーカス』」と題して、講演いただいた。(参加者25名)

平和と繁栄のなかでローマ帝国の民衆はこの世の娯楽に興じてわれを忘れた。諷刺詩人ユウェナリスはため息まじりで揶揄する。「かつて権力や権威や軍事などのすべてに力を注いでいた市民たちも、今では萎縮して、たった二つのことばかりを気にもんでいる。パンとサーカスだけを」

ローマの歴史を建国神話から説き起こし、やがてしばしば“パックスロマーナ”と呼ばれる泰平の世の中に至って、『パンとサーカス』と呼ばれる世相が現れた。これは、民衆の堕落ぶりを象徴するものと考えられているが、まずはその実態を巡って具体的に確認する必要があるとお話を進められた。

パンの意味するところは、民衆への穀物の配給である。穀物供給管理制度による無料給付の制度化である。パンも大事だが、サーカスの方がもっと大事。サーカスの由来は、circus (円形競争場)である。そこでは、戦車競走が催され、また剣闘士競技などの見世物興行に民衆は熱狂した。『パンとサーカス』の意味は、ギリシャ語で「守護者」を意味するエヴェルゲテースから由来する「エヴェルジェティスム」で説明されよう。すなわち、保護者の民衆への恩恵施与慣行である。

この頃の社会は保護者(patronus)と被護民(clientes)すなわち親分・子分の関係。為政者は、民衆にパン(肉体の活性剤)とサーカス(精神の活性剤)を施し、権力の獲得のためではなく、権威の認知のゆえに恩恵を施すのである。講演では、「残存する円形競技場のデータ」、「剣闘士の生き残る確率」など興味深い資料やローマ史の面白いエピソードをたくさんお聞かせいただいた。なんといっても、丸山真男先生の言葉では、「1200年のローマの歴史に人類の経験したことが全て詰まっている。」のだから、古代ローマ史の第一人者である本村先生の話は尽きない。(山田記)

講師紹介:■本村 凌二(もとむら りょうじ)
東京大学名誉教授、早稲田大学国際教養学部特任教授、博士(文学)。1947年熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科修了。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、現職。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』でサントリー学芸賞、『馬の世界史』でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著作に『多神教と一神教』『愛欲のローマ史』『はじめて読む人のローマ史1200年』など。