2018年連続文化セミナー  「イタリアの古代美術」
第4回 「ピアッツァ・アルメリーナのヴィッラの舗床モザイク ― 図像、表現、役割に着目して―」―ご報告

シリーズ第4回は、7月13日(金)に、千葉商科大学非常勤講師の坂田道生先生に、「ピアッツァ・アルメリーナのヴィッラの舗床モザイク ― 図像、表現、役割に着目して―」と題し、ピアッツァ・アルメリーナのヴィッラに残されるモザイク画ついて詳しくお話しいただいた。(35名参加)

シチリア島のほぼ中央部に位置するピアッツァ・アルメリーナという小さな町の近郊には、大規模なヴィッラの遺構が残されている。広大な遺跡の中でも床面を飾る舗床モザイクがよく知られており、ビキニを身に着けた女性が踊る《ビキニ・ガールズ》や狩猟に関係する場面を描いた《大狩猟図》など色鮮やかなモザイク画が残されている。なぜこのような僻地に位置していて、豪華な装飾が施されているヴィラが建設されたのか。

所有者に関しては、皇帝所有説(マクシミアヌス帝やマクセンティウス帝)、貴族所有説(プロクルス・ポプロニウス・4世紀の富裕な貴族・シチリアの初代州知事)があるが、決め手となる決定的な手がかりはなく、いまだに論議は決着していない。
1950年代にヴィッラから6キロの位置にあるソフィアーナと呼ばれる町の跡が発見された。2011年ボウズによって踏査による広範囲な発掘調査が行われた。この町は、後1世紀ころから集落が出来始め、後4世紀から6世紀頃にかけて最盛期を迎えた。長い間、この町はヴィッラで働く人々のために建設されたと考えられてきたが、むしろ逆にこのヴィッラがソフィアーナの町の近くに建設されたとボウズは推定した。後4世紀から5世紀にかけてシチリア島内陸部が繁栄した。この時期エジプトの穀物がコンスタンティノープルへと振り分けられ、北アフリカは異民族に占領されてしまったため、シチリアはローマと帝国西側のための食料庫となった。3世紀ころから土地所有が広がると土地の所有者である人物は所有地に豪華な邸宅を構えてそこに住み、労働者達は近くに作られた町に定住させられた。

古代ローマのヴィッラは近くの農園と関係する経済的な役割があっただけではなく、ヴィッラを訪れたゲストをもてなすことも重要な役割であり、読書、狩猟、乗馬などさまざまな娯楽の中で最も重要であったのは饗宴であったとされる。古代ローマにおける饗宴のスタイルは、2つに大別される。①Triclinium3つの寝椅子を配して行われる。②Stibadium半円形の寝椅子を用いて行われる。

ピアッツァ・アルメリーナのヴィッラに残される多様な主題のモザイク画のいくつかを取り上げ、それぞれの部屋の役割を見る。まず正面の3つのアーチを備えた門(これも遺構から復元した物を見ると立派なカラフルな門)から入って玄関部分の床のモザイク、さらに中庭とそれを取り巻く回廊の舗床モザイク、その先の70mの長い廊下の「大狩猟図」など見ごたえのあるモザイクが続く。

饗宴に用いられた部屋を見ると、まずTricliniumとして使用された部屋は、「小狩猟図」(縦7.05m、横5.9mで、12の狩猟に関係する場面が表現されている。この部屋を囲む列柱の柱頭はイオニア式であり、3世紀終わり頃あるいは4世紀初めにかけて製作されたものとされる。中央のスペースは狭く、主人と最重要の客とが話をしやすいような配置で使用したものと思われる。

《ビキニ・ガールズ》 ピアッツァ・アルメリーナのヴィッラ 後4世紀頃

一方Stibadiumとして使用された部屋は、広いスペースを中央に持ち、音楽やダンスが供された、よりリラックスした雰囲気のものであったと推測される。3つのアプシス部分には、北にヘラクレス、東にヘラクレスに矢で射られた怪物、南にデュクレゴスとアンブロシアの神話場面が表現され、中央には12の功業においてヘラクレスが倒した敵が表現されている。

その他控えの間と思われる部屋には有名なビキニ・ガールズの図(ダンベルのような物を持っての走り幅跳び、中央はボール投げではなく円盤投げ、右の2人は競走、左端の削れている部分は槍投げと推測される。下段は表彰式の様子か)。プライベートなスペースの寝室とその前室にも個性的なモザイクが見られる(詳細は省略)。モザイク画について一つ一つ詳しく見ていくだけではなく、モザイク画が描かれていた部屋で古代ローマ人がどのような生活を送っていたかについても鮮やかに描き出していただいてとても楽しいひと時でした。(山田記)

<講師プロフィール>
 坂田 道生(さかた みちお)
千葉商科大学非常勤講師。国際基督教大学教養学部人文科学科卒業、(オランダ)ライデン大学考古学部古典考古学科修士課程修了(M.A.)、筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術専攻博士課程修了。博士(芸術学)。専門は古代ローマ帝政期の美術作品、現在はマルクス・アウレリウスの記念柱とトイトブルグの森の戦いについて調査中。

| カテゴリー : レポート | 投稿者 : adminaigtokyo