イタリア マンドリン通信 <新型コロナウィルス感染症の世界的流行>

<新型コロナウィルス感染症の世界的流行>

2020年開けて始まったこの新しい感染症の流行を、誰がこんなに世界中に広まるかを予測出来たでしょうか。

私は2月21日に日本の一時帰国からイタリアに戻り、その翌週から大変な事態となりました。北イタリアの小さな町コドーニョで発生したコロナウィルスは、その周辺に広がり周辺区域が封鎖されましたが、まだ北イタリア全体には広がっていませんでした。その後、感染はあっという間に北イタリアとイタリア全土に広がってしまいました。

3月初旬にイタリア首相がロックダウンを決定し、約2ヵ月半に渡る厳しい規制のある外出禁止令・商業活動禁止の生活が始まりました。

*3/12のコンティ首相の演説の最後の言葉*

「(現行の移動制限を指して)もし、皆がルールを守ったら、より早くこの危機から脱することができるでしょう。国は、私たち一人ひとりの責任を必要としています。6000万人のイタリア人が、毎日、大小の犠牲を払って果たす責任です。この危機が続く限り、私たちは同じ共同体の一部です。それぞれ個人は、自分の犠牲だけでなく、他人の犠牲の恩恵も受けているのです。これが我が国の力、ノルベルト・エリアスが述べるところの「諸個人の社会」です。

今日は距離を置きましょう。明日、もっと早く走るために、もっと熱く抱擁するために。皆で一緒に、きっと上手く行くはず。」

イタリア人は、この言葉を信じ受け入れました。日本人友人達も、「コンティ首相で良かった」と言ってました。

生活に必要な食糧と一部の営業を除いては、殆どのお店・活動がストップしました。世界にも知られたイタリアの尋常でない感染者数と死者数は、恐ろしいほどの勢いで上がり続け、ヨーロッパと世界中が次々と異常な事態となりました。

<ロックダウン徐々に解除>

そして家に籠る生活2か月半が過ぎ、数字が徐々に下がり始めました。5月8日にイタリア首相により徐々に生活を戻す「Fese2」という政令が発令され、段階的に経済・産業活動・文化活動、人々の行動範囲が解除されるという喜ばしい、しかし、完全に封じ込めてはいないこのウィルスとの共存が前提の生活が始まりました。

今このコロナについて語るには、とても言い尽くせない余りにも長い辛い日々であり、様々な出来事があり、々はウィルスの恐ろしさを忘れてはならないですし、決して終わったわけではないのです。まだ6月21日現在、感染増は224人、死者は24人(ピークは3/27の969名)で、ロンバルディア、ピエモンテが殆どです。つまり経済中心地です。

人々の移動は州内は宣誓書なしで可能となり、6月3日から他の州への移動が解除になりました。また、EU加盟国・シェンゲン協定加盟国・英国・北アイルランド・アンドラ・モナコ公国・サンマリノ共和国・バチカン市国との移動は、証明される仕事上の必要性・絶対的に緊急である必要性・健康上の理由を除き,6月30日まで禁止のままです。自らの住所・居住地・居所への帰還は認められる。(在ミラノ日本国総領事館情報より)

現在はヨーロッパ中で、いかに経済を取り戻していくかの議論が毎日展開されてます。これからの夏に向けて、ガラガラの海辺や観光地がテレビの画面に寂しく映し出されています。。。観光収入のイタリアは海外からの観光客が来れないことには、どうにもなりません。

しかしマスクをするのは義務です。このヨーロッパで殆どの人々がマスクをしている姿は過去にない想像しがたいものです。コロナ流行が進むにつれ、マスク議論が毎日あり、結局マスクの必要性を認識する迄に長い時間がありました。マスクは医療従事者か病人がするものでしたから、当初かなりの抵抗がありました。私達(中国人・韓国人含む)は外で堂々とマスクをすることが出来ることにホッとしています。

しかしもう夏到来。人々はアペリティーボに繰り出し、夕方からもう密状態。マスクをしている人は殆どなし。パーソナルディスタンスは守られず、皆お喋りしまくりです。これが7月にどう反映されるのか? 北京・ドイツでの第二波は報道されてますが、人々は、もうあのロックダウン中のことは忘れている?ようです。まともな友人達は心配し嘆いています。私はまだまだ慎重です。必要以外stay homeです。

私の音楽活動(レッスン・オーケストラ活動)は、中断されたままであり、幸いレッスンはスカイプにより継続はしています。まだまだ、人が集まる活動は当分延期されており、いつ皆で演奏活動が再開できるかは不明です。

このマンドリン通信を再開したのは、この未知の感染症に怯え、ただただ家からⅠ一歩も出られなかった2ヵ月半の生活がやっと終わり、無事に乗り切ったとことの安堵感と嬉しさ、これからどうやって新しい生活をつなげて行けるのかを考え始めたからです。

例年通りの夏は迎えられそうもなく、でも自分自身を奮い立たせて、前に向かって行くしかありません。これから、少しづつまたイタリアの様子をお知らせするために書いていこうと思います。

<プロジェクト Suoniamo insieme>

5月初旬、ミラノオーケストラにフェッラーラのマンドリンオーケストラ”Orchestra Gino Neri”から、あるプロジェクトへの参加の誘いがありました。タイトルは”Suoniamo inseiem per il 2 giugno”です。目的は、この苦しい時期を乗り越えてFese2を皆が迎えることが出来、6月2日の”Festa della Repbblica(イタリア建国・共和国記念日”の記念すべき日に、私達マンドリン音楽を再出発の喜びと感謝を込めて、皆に聴いてもらいましょうという事です。

事前にそれぞれが自宅で演奏を録画し、リモート編集をして作るという大変な作業でした。最終的にかなりのオーケストラ総勢170人の参加となりました。

私も是非ともこの意味あるプロジェクトに参加したいと思い、参加表明しました。でも実際録画するのにイヤフォンで音源聴きながら、テンポを体に刻み、他のパートを聴きながら合わせるのは苦労しました。また、私のアパートは町中にあり道路に面しており、様々な騒音が入り何度も取り直しました(-.-;)。

また録画を撮るに当たり、注意書きがA4で4ページ位あり事前に良く読まなければなりませんでした(締切日・前奏ソロ部分の説明・全員が弾く箇所・画像解像度・横画面で録画・調律440ヘルツ・音源2つの使い方・速さ・音の大きさ・曲の表現ポイント・音の強調・衣装の色・録画ファイル名の付け方と送り先のURL・未成年参加者の場合届けなど)。締切日でしたので、なんとか間に合わせもうクタクタで大仕事でした。そのあとの編集は更に大変だったと思います。イタリア人がよく期限に間に合わせたと感動です。

今回のコロナで分かったことは、イタリア人は普段は期限守ることは余りないですが、緊急事態は仕事するのだと。速い!毎回の政令の文章も見事でしたし、給付金の振り込みも素早く(申請は勿論オンライン、初日殺到してパンクしたにもかかわらず)、感心しました。なんだやれば出来るんだと。

今回コロナ危機時にこの意味あるプロジェクトに無事参加でき、発表出来たことは喜ばしい限りです。一生の思い出の一つになりました。