坂本鉄男 イタリア便り 聖骸布

 聖骸布(せいがいふ)と言われてもなんのことだか分からない人が大部分だと思う。

 これは、磔(はりつけ)にされたイエス・キリストの遺体を十字架から降ろしたときに包んだ布のことであり、北イタリアのトリノ市の大聖堂に保管されていている。

 どういうわけか、14世紀中ごろに発見され15世紀中ごろからは元イタリア王家のサヴォイア家が所有していたが、第二次大戦後カトリック教会に引き渡された。普段は、本物は特別礼拝堂の聖櫃(せいひつ)に納められていて、聖堂内部に実物大のネガ写真が飾ってある。

 私は昨年もネガ写真を拝観したが、ボランタリーの案内係の説明によると長さ4・36メートル、幅1・1メートルの細長い布で、紀元1世紀の杉綾織のリンネルだそうだ。二つ折りにして身長約170センチの男性が包まれていたそうで、背中と腹部に当たるところに血痕のような染みがある。

 「どうして1世紀の布であると分かるのですか」とぶしつけな質問をしたところ、正直な案内係は「そうですね、1988年の放射性炭素測定では13世紀末から100年の間のものだとも言われているのですよ」と答えた。

 だが、こういう遺物はありがたく拝観するもので科学調査の対象にすべきではない。

 今年は4月10日から5月下旬まで本物が拝観できることになり、毎日、信者で長蛇の列ができている。聖なる遺物とはそれでよいのである。

坂本鉄男
(5月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)