第67回談話会 報告

5月30日に第67回談話会が開催され、日本ロッシーニ協会会長の水谷彰良氏を講師にお迎えして、「現代によみがえる19世紀の天才作曲家ロッシーニ」をテーマにお話していただきました。(参加者数35名)

ロッシーニはモーツァルトに続いて現れた天才作曲家であり、シューベルトやベート-ヴェンと同時代者でした。彼は早熟な才能を顕し12歳で4重奏ソナタ、18歳からオペラ作曲家として活動しましたが、その期間はわずか20年間にすぎません。ロッシーニはその20年間に驚異的なスピードで進化し、伝統的なオペラの形式を完成に導き、≪ギョーム・テル≫(日本では≪ウィリアム・テル≫の題名で知られる)によりロマン派歌劇の扉を開いて、37歳でオペラの筆を折りました。

歌の技法を極限まで高めたベルカントと呼ばれる声楽様式もロッシーニにより頂点を迎えましたが、1840年ごろを境にベルカントの時代が終わりを告げると、その後はロッシーニはオペラ・ブッファの作曲家としてのみ認知されていました。しかし、ロッシーニはオペラ・セーリアの改革を進め、カトリックの厳しい制約を打ち破って、舞台上での殺害や自決などの悲劇的結末を採用した作劇をしました。19世紀末には≪セビーリャの理髪師≫≪セミラーミデ≫≪ギョーム・テル≫だけがレパートリーに残るような状態でしたが、20世紀半ばにマリア・カラスがロッシーニのオペラ・セーリアを歌って再評価が始まり、故郷ペーザロで始まったロッシーニ音楽祭などにより、ロッシーニの音楽の進化と革新性の見直しが始まりました。現在では世界の歌劇場における上演数ではワーグナーを抜き、ヴェルディ、モーツァルト、プッチーニに続いて第4位となっています。

お話の中で、初期の作品からさまざまな歌手によるベルカント様式、声と歌唱の華麗な技法の例、≪オテッロ≫と≪マホメット2世≫からオベラ・セーリアの悲劇的結末の例、またパリ時代のロッシーニの作品≪ランスへの旅≫≪オリー伯爵≫≪ギョーム・テル≫の映像を見せていただきました。短い時間で、さわりだけでしたが緻密にご準備されているので十数本の作品を楽しく鑑賞できました。

ロッシーニは美食家としても大変有名で、そのお話も伺いたかったのですが時間が足りずに伺えず残念でした。またの機会を作りたいと考えています。美食家としてのロッシーニを物語るものとして、先生がポテトチップスの「ロッシーニ味」という商品を見せてくださいました。どんな味なのか是非買って試してみようと思います。

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第4回 日伊文化交流「初夏のフェスタ2015」ご報告

去る6月13日、日伊協会主催の「初夏のフェスタ2015」(共催:イタリア文化会館、後援:在日イタリア商工会議所、協賛:ターキッシュ エアラインズ)を、東京・九段のイタリア文化会館において開催いたしました。
当日は、日伊協会の会員のみならず、イタリアに興味を持つ多くの方に来場いただき、盛会となりました。

笛田博昭氏

笛田氏のテノール独唱

 

第1部前半は、笛田博昭氏のテノール独唱、日伊協会蒲谷昌子氏のピアノ伴奏によるイタリア歌曲、オペラアリアなど。

笛田氏は、昨年の第50回日伊声楽コンコルソ優勝者で新進気鋭のテノール歌手で、その掛け値なしに素晴らしい歌唱力と迫力に会場は圧倒されました。

 

 

笛田氏にインタビューする蒲谷氏

笛田氏にインタビューする蒲谷氏

 

また、蒲谷氏のインタビューに気さくに答えてくださり、その飾り気のない素顔にまた魅了されました。

 

 

 

 

 

熱く語る絹谷画伯

熱く語る絹谷画伯

 

第1部後半は、絹谷幸二画伯の講演です。絹谷画伯は、絢爛たる色彩と迫力でイタリアを描き続け、昨年には文化功労者の顕彰を受けられた現代日本を代表する画家です。

 

 

 

 

自作を前にユーモラスな解説

自作を前にユーモラスな解説

 

画伯がヴェネツィアに留学されたときのエピソード、常人には計り知れない画家としての心構えやものの考え方、そしてイタリアへの熱い思いをユーモラスに語っていただき、楽しいなかに得るものが多いひとときとなりました。

 

 

 

 

第2部はラッフル(くじ付き募金券)抽選会。
ターキッシュ エアラインズのご提供による日本・イタリア往復ペア航空券(ビジネスクラス)をはじめ、数多くの景品のご提供をいただき、抽選会はおおいに盛り上がりました。

150613festa05 この募金は、日本からイタリアへの文化発信事業に助成する「日本文化奨励基金」を拡充することを目的としています。今年の夏も、例年通り、イタリア人大学生に対する「日本語・日本文化夏期講座」に助成をする予定でおります。
おかげさまで、今回もみなさまの暖かいご支援をいただき、用意した500枚を完売いたしました。

 

 

第2部の終わりには、蒲谷理事のピアノと歌唱指導により、全員でナポリ歌謡の『フニクリ・フニクラ』を歌いました。

第3部では、イタリア料理とワインを楽しみながらの歓談の時間です。今回は、これまでの反省をもとに、参加者のみなさまの動線を再考したことで、スムーズな食事ができたかと思います。

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最後になりましたが、ご参加くださった方々に、改めて御礼を申し上げるとともに、今回の企画に協力をいただいた、以下の企業・個人に深く御礼を申し上げます(敬称略)

本イベントに多くの企業・個人からラッフル景品、食材、飲物のご提供など多大の協賛をいただきました。ここにお名前を掲載して御礼申し上げます。(敬称略)

イタリア文化会館、在日イタリア商工会議所、ターキッシュ エアラインズ、株式会社資生堂、ヴァンジ美術館、株式会社文芸社、小田原城カントリー倶楽部、BS日本/テレコムスタッフ株式会社、Caruso 遠藤美紀子、株式会社ジィエィインク、篠利幸、株式会社サンリオ、仙台日伊協会、Barilla Japan株式会社、株式会社リョービツアーズ トゥッタ・イタリアカンパニー、花の騎士団、リストランテ文流、株式会社フォルトゥーナ(バール・デルソーレ)、有機栽培 吉田農園、企業組合かほくイタリア野菜研究会、農業生産法人 KOSMOS、Kふぁーむ(チルコロ共生事業事務局)、エイコ―フードサービス株式会社、株式会社サントリー/CAMPARI JAPAN株式会社、日本リカー株式会社、株式会社ワインウェイヴ、スリーボンド貿易株式会社、有限会社アビコ、日欧商事株式会社、株式会社モリス商会、株式会社ノルレイクインターナショナル、株式会社メモス 東京支店、パラディーゾ・ジャパン株式会社、モンテ物産株式会社 大阪支店、株式会社スマイル

連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』
第3回 アウグストゥスの時代― 文献史料に見られる理想のローマ皇帝像 ― ご報告

5月15日(金)18:30~20:00、2015年連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』シリーズ第3回が開講され、参加者は25名でした。20150515-2

今回のセミナーから各論に入り、前回は肖像や建築物などの美術品から、アウグストゥス皇帝を中心に皇帝のイメージがいかに形成されたかを坂田道生先生にお話いただきましたが、今回は文献資料からアウグストゥス皇帝のイメージがいかに形成されたかという観点から中川亜希先生にお話いただきました。

①まずロムルスが新しい都ローマを建設し、領土の拡大を通じてイタリア半島、次いで地中海世界での覇権を確立した。

②王政から共和政を経て、前44年カエサルの暗殺後、後継者となったオクタウィアヌスは前27年に元老院からアウグストゥス(尊厳者)という称号を与えられ、帝政へ移行した。

③ローマを表すS.P.Q.R.は、「元老院とローマ国民」を意味し、アウグストゥスはプリンケプス=元老院議員の第一人者(市民の第一人者)/元首という形であくまでも元老院を尊重するかのように見せながら、実際は共和制の公職の兼任により絶大な権力を持つ唯一の支配者となった。

アウグストゥス帝は、アウクトリタス(権威)概念を利用し、『神君アウグストゥスの業績録』の記述、例えば「6度目、および7度目のコンスル職の年に、私は既に内乱を終結し、万人の合意に基づいて全権を掌握していたが、国家を私の権限から元老院およびローマ国民の裁定に委ねた。」や「私は権威において万人に優越していることがあっても、権力に関しては、私と共に公職にある同僚たちより卓越したなにものをも、保持することはない。」という記述にそれが表れている。

④アウグストゥス帝の治世下、属州は大幅に増加し、地中海世界とその周辺地域を支配下に収め、比較的安定した秩序を実現した(パクス・アウグスタ)。スエトニウス『ローマ皇帝伝』の中で自分の業績を青銅版に刻み、自らの霊廟の正面に掲げることを遺言していたがこれは現存せず、小アジアで3つのコピーが発見されている。また『神君アウグストゥスの業績録』標題において「以下は、ローマに置かれた2本の青銅の柱に刻まれた、世界をローマ国民の統治権のもとに服従させた神君アウグストゥスの業績と、国家とローマ国民のために行った支出との写しである。」と戦争での功績のPRに努めている。同時代の文学作品―ウェルギリウス『アエネイス』やオウィディウス『祭暦』においてもローマに境界も期限も限りのない支配が与えられたという意味の表現がみられる。またタキトゥス『年代記』において同時代の元老院議員たちも彼の名誉葬について「彼が征服した民族の名前を掲げて」「凱旋門の下をくぐらせるべきだ」としている。

⑤南仏アルルに4つの徳を刻んだ大理石の盾が残されている。これは、『神君アウグストゥスの業績録』に「勇気と、慈愛と、正義と、神々と祖国に対しての敬虔さの(黄金の)盾を与えた。」とあるもののコピーと考えられる。美徳の人としてのアウグストゥス帝のイメージの形成を図ったものである。

⑥アウグストゥス帝のプロパガンダは、属州においてはアルルの「徳の盾」、アルルやオランジュの劇場(壁にアウグストゥス帝の像が残っている)、また首都ローマにおいてはカエサルが計画したよりも大きく立派に建設されたマルケルス劇場、アウグストゥスの広場(復讐者マルスの神殿―『祭暦』の叙述)、「平和の祭壇(アラ・パキス)」のレリーフ、パンテオン(ディオ・カッシウス『ローマ史』にアグリッパとアウグストゥスの彫像の配置についての記述がある。)など各所にみられ、そのイメージ形成に貢献している。(山田記)

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講師紹介:■中川 亜希(なかがわ あき)
東京大学大学院総合文化研究科学術研究員。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。ボローニャ大学歴史(古代史)学科博士課程修了。PhD。立教大学、東京女子大学、清泉女子大学、日本女子大学、立正大学非常勤講師。共著に『古代地中海世界のダイナミズム』(山川出版社)、『ラテン碑文で楽しむ古代ローマ』(研究社)、『ローマ帝国と地中海文明を歩く』(講談社)、『イタリア文化事典』(丸善出版、「宗教の変遷」「ローマの政治と社会」「古代ローマの思想と文学」を担当)。

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2015年連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』
第2回 ローマ共和政期とアウグストゥス治世の美術作品
―初代皇帝アウグストゥスによる皇帝美術の創出に着目して―(報告)

roma-houkoku-14月17日(金)18:30~20:00、2015年連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』シリーズ第2回が開講され、参加者は約30名でした。今回のセミナーから各論に入り、今回は肖像や建築物などの美術品から、アウグストゥス皇帝を中心に皇帝のイメージがいかに形成されたか話していただきました。

まずローマの起源から説き起こし、エトルリアの支配から脱して共和政を樹立したローマは、やがてギリシャの強い影響を受けることとなるが、単にギリシャの模倣でないことに注目しなければならない。例えばフォルトゥーナ・ウィリリスの神殿は、縦長で、正面からしか入れない形態であることとか、ウェスタ神殿のように円形であったり、フォルトゥーナの神域のように丘の斜面全体を利用するなど、明らかにパルテノン神殿に代表されるギリシャの神殿とは形態を異にしている。また肖像にしても貴族がその社会的な特権的な地位を誇示するための手段であったから個人の顔を忠実に複製したものであって、ギリシャの理想的な顔の肖像とは趣を異にするものであった。

さて前44年カエサルの暗殺後、後継者となったオクタウィアヌスは前27年に元老院からアウグストゥス(尊厳者)という称号を与えられる。この時をもって共和制と帝政の境目とされる。アウグストゥスは若きリーダーとして、また死後に神とされたカエサルの息子として自分を神の子としていたから、彼の彫像は神のように超越しており、死の間際まで若い姿で表現された。またアウグストゥスによる公共建築プロジェクトの中で最も野心的であったのはマルス神殿を含む新たなフォルムの建設であった。この頃大理石の産地であるカッラーラが発見されたため、皇帝は大理石をふんだんに使って大規模な建設を行った。そのほか、ポンデュガールの水道橋やアラパキス・アウグスタエ(アウグストゥスの平和の祭壇)などが有名である。

最後にアウグストゥス治世以降に制作されたティベリウスの洞窟の作品やクラウディウス治世の作品としてアクア・クラウディアを紹介していただきました。

roma-houkoku-3講師紹介:
■坂田 道生(さかた みちお)
千葉商科大学非常勤講師。国際基督教大学教養学部人文科学科卒業、(オランダ)ライデン大学考古学部古典考古学科修士課程修了(M.A.)、筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術専攻博士課程修了。博士(芸術学)。専門は古代ローマの皇帝美術、現在はハドリアヌスとトラヤヌス時代の美術作品を調査中。

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「イタリア島めぐり&50代からのイタリア留学」のご報告

matsuura第一部の旅行セミナーはイタリアに点在する魅力ある島々がテーマでした。

講師のTutta Italiaカンパニー長の松浦さんは、数週間前にまさにイタリアの島にご出張されていたということで、最新の写真を見ながらのお話となりました。

シチリアやサルデーニアといった大きな島はもちろんですが、小さな島々にも見どころは満載です。

まず、イタリア三番目に大きな島、トスカーナ州のエルバ島について紹介され、美しい港や、島を見渡せる丘の上からの風景を地図や写真を見ながらご説明いただきました。また、この島の歴史にかかせないナポレオンについて、その別邸や博物館も紹介していただきました。

次に、日本人にも「青の洞窟」で有名なカプリ島、そしてツアーではなかなか行く事のないプローチダ島とイスキア島についての紹介がありました。小さな島プローチダ島は三輪タクシーでまわるのがお勧めとのことです。イスキア島は温泉とエステで有名です。その温泉を日帰りでも楽しめる施設や、エステのできる高級ホテルも紹介されました。いずれの島も美しい景色に美味しい海の幸が満載です。

イタリア人も愛してやまない青い海と青い空を求めて、そんな島々を訪ねたくなるセミナーでした。

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yuasa第二部は夢と意思を持ってイタリアに滞在された湯浅浩志さんにその体験を伺いました。

ご自身のイタリアとのつながりは、初めて足を踏み入れた40年前の大学時代からとのこと。以来、イタリアは憧れの国でしたが、30数年の会社生活後、2年間のセカンドキャリア休暇を取得してイタリア留学を実現されました。

“イタリアに滞在する”には、パックツアーやロングスティ、留学といった色々な手段方法がある中で、シニアの方々には短期滞在の「遊学」がリスクや自由度を勘案するとお勧めではないかと、例や理由を挙げつつ提案していただきました。

また、湯浅さんが滞在したミラノ、ローマ、ペルージャ、ボローニャそれぞれについて、学校の様子やステイ先のことなどを沢山の写真とともに紹介いただきました。

湯浅さんにとって「遊学」のポイントは「意・食・住・間(意味・食事・住宅・仲間)」で、何の為に「遊学」するのかという「意味」をしっかりとした上で「遊学」することを勧められました。それにより、そこで出会った人々は湯浅さんにとって宝物であり、そしてそれは人生の色々な経験を積んできた今の自分だからこそ出会えたものである、とのこと。

即ち、人生は「やり直す」必要などなく、人生のある時点において、一度、自らの生活を見直し、もう一度、第二の人生を「再起動」するという湯浅さん、「遊学」によって得た人生の確信は自分への自信をもたらしてくれたものだったようです。

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「須賀敦子翻訳賞」受賞記念トーク・イヴェント - 白崎容子先生&関口英子先生に聞く ご報告

OLYMPUS DIGITAL CAMERA去る4月1日(水)、昨年「第1回須賀敦子翻訳賞」*をダブル受賞され、日伊協会のイタリア語講師としてもおなじみの白崎容子先生と関口英子先生をお招きして、トーク・イヴェントが開催されました。お2人のお話が一度に聞けるめったにない機会とあって、会場は満席、お2人の対談にみなさん最後まで興味深く聞き入っていました。

対談では、どうして同じ時期に同じ作家ピランデッロの作品で受賞することになったのか、といった今回の受賞にまつわるお話や、翻訳というお仕事について、またイタリア語を学ぶ魅力など、さまざまなテーマについてお話しいただきました。

受賞作であるピランデッロの他にも、ロダーリ、カルヴィーノ、タブッキ、サヴィアーノ、アバーテ、プラーツ、レーヴィ、ベンニ、ピウミーニなど、様々なイタリア人作家の作品とその特徴なども広く紹介していただき、イタリア文学の奥深さを改めて感じることができました。
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翻訳は「あらかじめ負けの決まっている闘い」という言葉が印象的でしたが、翻訳作品が世に出るまでは、的確かつ魅力的な訳語を生み出すための相当な苦労があり、その反面、必死に考えてそれが形になったときは何物にも変えがたい喜びがあると語ってくださいました。このお話を踏まえてお2人の作品を読めば、また違った発見があるのではないでしょうか。さらに、原作と読み比べれてみれば、この言葉の意味がよくわかるはずです。

でも、まだまだイタリア語の原作を読むなんて無理・・・と尻込みされている学習者の方も多いのではないかと思います。そんな方向けのコースが4月15日(水)より開講いたします。白崎先生&関口先生による特別共同講座「名作短編で学ぶイタリア語(番外編)」です。お2人は、昨年共著で『名作短編で学ぶイタリア語』(ベレ出版)を出版されました。本書は、完全対訳に文法・文型の解説を加え、イタリアの小説を原文で味わえるイタリア語学習者にとって大変役に立つ内容となっていますが、授業では、この本に収めきれなかった2つの短編を取り上げます。

全6回のうち、前半3回は、関口先生によるカルヴィーノの短編集“Gli amori difficili”より“L’avventura di un automobilista”を、後半3回は、白崎先生によるヴェルガの短編“エクス X”を読んでいきます。

イタリア語の作品を原語で読んでみたいけれど、自分ひとりではなかなか細かいところまで読み取れないという方、ぜひご参加ください。読み物がはじめての方でも、きっと原作を読む楽しみが実感できるはずです。

白崎 容子

白崎 容子

講師プロフィール:

白崎容子(しらさき ようこ)
東京外国語大学修士課程修了。元慶應義塾大学文学部教授。日伊協会理事。
主な訳書に、G.ロダーリ『二度生きたランベルト』(平凡社)、L.ベンティヴォリョ『わたしのヴェルディ』(音楽の友社)、P.アントネッティ『フィレンツェ史』(共訳、白水社))、M.プラーツ『ローマ百景 建築と美術と文学と』 /『官能の庭 マニエリズム・エンブレム・バロック』(ともに共訳、ありな書房)など、著書に『トスカ イタリア的愛の結末』(ありな書房)ほかイタリア語学書などがある。

関口 英子

関口 英子


関口英子(せきぐち えいこ)
旧大阪外国語大学イタリア語学科卒業。翻訳家。児童書から映画字幕までイタリア語の翻訳を幅広く手掛ける。主な訳書に、G.ロダーリ『猫とともに去りぬ』、P.レーヴィ『天使の蝶』(以上、光文社古典新訳文庫)、C.アバーテ『風の丘』(新潮社)、R.サヴィアーノ『コカイン ゼロゼロゼロ』(共訳、河出書房新社)、I.カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』(岩波書店)などがある。

*イタリア文化会館によって2014年に新設された同賞は、イタリア語から日本語への優れた翻訳書を表彰するものです。第1回は、2012年1月~2014年6月に出版された翻訳作品の中から下記の2点が選ばれました。

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■白崎容子、尾河直哉訳『ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語』(白水社、2012)
■関口英子訳『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』(光文社、2012)

※尚、2015年春期イタリア語講座では、白崎先生&関口先生による特別共同講座「名作短編で学ぶイタリア語(番外編)」を開講いたします。詳細は、こちらをご参照ください。

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2015年日伊協会 連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』
第1回「首都ローマのモニュメントから見るローマ皇帝のイメージ」ご報告

2015年日伊協会 連続文化セミナー 『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』の第1回として3月6日(金)「 首都ローマのモニュメントから見るローマ皇帝のイメージ」が開催されました。参加者は30名弱でした。

第1回 首都ローマのモニュメントから見るローマ皇帝のイメージ

201503-3古代ローマでは、モニュメント、彫像、碑文などを通じて、皇帝たちは自らのイメージを人々に伝えていました。現在でも、彼らが残した記録物は地中海やヨーロッパ各地で目にすることができます。ローマ皇帝たちは、これらの記録物を通じてどのようなイメージを伝えようとしたのでしょうか。また、皇帝のイメージはどのように利用されたのでしょうか。この全5回の連続セミナーでは「イメージ」を手がかりとして、歴史や美術など様々な立場から古代ローマの皇帝たちの姿を紹介していただきます。

 
ローマ帝国の首都であったローマには、現在でも皇帝たちのモニュメントが多数残されています。
第1回のセミナーでは、この連続セミナーを総合的に企画調整していただいた福山先生から、まずこの連続セミナーの導入として、そして総論として、古代ローマの皇帝たちがこれらのモニュメントを通じて、どのように皇帝のイメージを作っていったのかが語っていただきました。
アウグストゥス霊廟やハドリアヌス霊廟のような埋葬施設、勝利を記念する凱旋門、記念柱、皇帝たちを描いたレリーフは、偉大な皇帝たちを讃えるものであるだけではなく、様々な思惑を反映したものでもありました。

まず帝位継承を円滑に進めるための「皇帝」家のイメージの強調として多くのモニュメントが作られました。次に皇帝とその家族の神格化が行われました。皇帝の死後に元老院によって神格化決議が行われ、死去した皇帝は国家の神の1人となり、帝国各地で神殿の建設も行われました。

roma1-p2逆に神格化されなかった皇帝は、「記憶の断罪」(ダムナティオ・メモリアエ 人物の公的な記録・記憶を消す処分)に処せられました。皇帝の名前やイメージは公的な碑文や建築物から撤去されました。
またローマには、アウグストゥスのように賞賛される皇帝たちだけではなく、ネロやドミティアヌスのように「悪しき皇帝」とされた人々もいました。ネロは断罪と名誉回復が入れ替わりなされましたが、現代に至るまでに「ローマの大火」や「キリスト教の迫害」との関連で淫蕩残虐な「悪帝」としてのイメージネロのイメージが固まっています。

現代の遺跡の状態から古代ローマの光景まで変化するCG画を交えて紹介しながら、政治指導者としての、最高神祇官としての、商業活動を支え物資や娯楽を提供する『国家の父』としての、そしてローマ軍の最高司令官としての皇帝を象徴するローマ市内の主な古代遺跡を紹介していただきました。

今後月1回、5回にわたり古代ローマの皇帝のイメージを巡ってセミナーが開催されます。皆様の多数のご参加をお待ちしております。

roma1-p1講師紹介:
■福山佑子(早稲田大学ヨーロッパ文明史研究所招聘研究員)早稲田大学ヨーロッパ文明史研究所招聘研究員、早稲田大学文学部・文化構想学部非常勤講師。早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻西洋史学コース博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学文化構想学部助手を経て現職。専門は古代ローマ史。ローマ皇帝の記憶と記録について研究している。

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第6回イタリア語による日伊特別セミナーご報告

p1 こんにちは、日伊協会の押場です。

去る2月28日(土)、日伊特別セミナー「プーリャ:《イタリアのかかと》への旅」(Puglia: Un viaggio lungo il “Tacco d’Italia”)が開かれました。会場はほぼ満席、皆さんの熱心な眼差しを感じながら楽しいひと時を過ごすことができました。おかげさまでこのセミナーも今回で第6回となりました。貴重な場を続けさせていただいたことに感謝したいと思います。そもそも1時間以上も生のイタリア語が聞ける機会はめったにありません。スクリーンに映し出される様々なスライドは、見ているだけでも興味深く、イヤホンを耳につければ日本語の同時通訳だって聞くことができる。なにしろ、このセミナーは同時通訳養成講座のための訓練の場でもあるからです。

しかし、なによりも貴重だと思うのは、講師の先生が母国語であるイタリア語に込めておられる情熱なのではないでしょうか。まずは原稿を書き、同時通訳講座担当のアマデイ先生とともに推敲を重ね、通訳を担当される通訳の皆さんと綿密に打ち合わせをして、それから演壇に立っていただくのです。こうした準備を労を惜しまず重ねていただくことで、内容のあるセミナーが開催できたというわけなのです。

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さて、今回のセミナーをご担当くださったのは、バーリのご出身で、バーリ大学をご卒業されたアントニア・アバテマッテーオ先生。ご自身の故郷でもあるプーリア州、イタリア半島は女性用のブーツの形に見立てると「かかと」の部分、そんな「イタリアのかかと」(Tacco d’Italia)への旅に出てみたくなるようなお話でありました。

セミナーはプーリアの映像での始まりました。「光と潮風を感じてくださいという」アントニアさんの言葉が、満席の会場を一気に南イタリアへと運んでくれます。

スライドに映し出される海と空のブルー、麦とオリーブオイルとゴールド、古い家並みと教会の壁はホワイト、そして深い味わいのワインの色であり伝統的なダンス「タランタ」のコスチュームの色でもある赤。この時点ですっかりプーリャ州に惹きつけられてしまいました。

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旅の出発はイタリアで最も西に位置するオトラント。ちょうどイタリア半島のヒールの突端にあたる都市。アドリア海とイオニア海のふたつの美しい海にする都市なのですが、オトラント大聖堂の話を聞けば、そこはまさに記憶の場所。かつてエルサレムの解放のために十字軍が旅立った場所であるとともに、15世紀末にはオスマン帝国軍によって陥落し、キリスト教からの改宗を拒否した多くの市民が虐殺された悲劇の歴史を伝えてくれます。オトラント近くの美しい入江は「トルコ人の入江」(Baia dei Turchi)と呼ばれてるのだそうです。思わず、現代のヨーロッパ世界とイスラム世界の関係を考えさせられてしまいます。

次の目的地はレッチェ。この地にやってきたローマが「狼 Lupiae」という名前をつけたことに由来するそうです。その足跡は今に残るローマ風円形劇場によっても偲ばれます。レッチェが繁栄したのは16世紀から18世紀、このころレッチェ石という柔らかい素材を利用し、巧みな細工をほどこした建物がいくつも作られたそうです。その美しい街並みからレッチェは「バロック風フィレンツェ」と呼ばれています。サンタ・クローチェ大聖堂や市庁舎のスライドで、その美しいバロック様式を紹介していただきましたが、これは足を運んでみたくなりますよね。

魅力的なのは街並みだけではありません。レッチェは地方色豊かな料理も有名。その伝統的な素材は、比較的安価な大麦の全粒粉などを使う「質素な」ものですが、それが今逆に自然な食材を使った料理として評価されています。 独特の手延べパスタ (Sagne‘ncannulate )や肉巻きのロースト(Turcineddi)、それから伝統的なケーキのスライドは、見ているだけでお腹がすいてきます。

オトラントやレッテェが位置するのはサレント地方。この地方には東方の文化の影響を受けてきたわけですが、その中に「グリーコ」(griko)と呼ばれる方言があるそうです。グリーコとはギリシャ語という意味です。実際、イタリアの南部は、かつてマグナ・グラエキア(大ギリシャ)の植民地でした。そしてサレント地方には、当時の言葉と文化が伝えられている「サレントのギリシャ」と呼ばれる地位があります。けれども18世紀にイタリアが統一されて以降、さすがにグリーコ方言が話されることは少なくなり、ほとんど死語になりそうなってきました。そこで現在では、このグリーコの保存活動が行われ、この方言を学校でも教えるようになっているというのは、実に興味深い話ではありませんか。

グリーコだけではなく、プーリャ州には少しずつ異なる様々な方言が点在し、大別すると2つのグループに分かれるそうです。北部はナポリ方言から派生した方言群からなり、南部のサレント地方にはシチリア方言の派生方言が見られるというのです。こうした事情もあり、南部のレッチェの人々と北部のバーリの人々は、強いライバル関係にあるというのです。なるほどこれは、日本で言えば関西に似ていますよね。東京から見えれば同じに見えるかもしれませんが、あちらでは少し場所が変わっただけで方言も少しずつ変わってくる。方言の少し違う相手とは微妙なライバル関係が生まれてゆく。プーリャでもそれは同じということなのでしょう。

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p6 p7そんな方言の話をはさんで、アントニアさんの旅はバーリへと進んで行きます。バーリはブーリャ州の州都ですね。有名なのはバーリ風のフォカッチャ。バーリの人々には欠かせないおやつなのだそうです。そのトマトとオリーブがたっぷりと乗せられた写真は一見ピザのようですが、よく見ると生地は少し厚め。アントニアさんによると、食べる時にはトマトがこぼれ落ちないように注意しなければならないそうですが、そんな話を聞きながら、きっとみなさんも、このフォカッチャをがぶりと食べたい衝動にかられたことだろうと思います。

続いてバーリの旧市街の街並みのスライドです。どこかナポリの下町を思い出させる風景ですが、光と壁の色が違います。バーリのほうがはるかに明るように見えます。そこでは路地にテーブルを出した女性たちが、独特のパスタ「オレキエッテ」を作っています。耳(オレッキェ)の形をしていることから「オレッキエッテ(小さな耳)」呼ばれるこのパスタは、薄い形に整えられたものほど高級なのだそうです。そんなパスタの一品が「チーメ・ディ・ラーパのオレキエッテ」。 チーメ・ディ・ラーパは日本の菜の花に似た野菜ですね。 このパスタがスクリーンに映し出されると、会場からは「おおっ」と声があがりました。

p8バーリで有名なのは聖ニコラ大聖堂ですが、数々の奇跡を起こしたことで知られる聖ニコラはバーリの守護聖人でもあります。けれども聖人が生まれたのは小アジアです。

今のトルコがかつてはローマ帝国の属州でした。やがて東ローマ帝国領となり、11世紀後半にはセルジューク朝に征服されることになります。このとき、バーリから来ていた船乗りたちが聖ニコラの遺体を持ち去り、故郷の教会に安置したというのです。それが聖ニコラ教会となったというのです。このバーリの教会にも、トルコのイスラム世界との関わりの歴史が刻まれているというわけですね。

p9バーリ近郊には有名なアルベルベッロがあります。トゥルッリ(trulli)と呼ばれる白壁に石を積み上げた屋根をもつ家屋郡が知られていますが、 今では日本からも多くの観光客が訪れるようになっていますね。独特の景観を作っているこの石屋根ですが、実はその背後に興味深い歴史が隠されています。かつてこの地を開拓した領主は、当時の支配者だったナポリ王国から税金を取られたくはありませんでした。そこで、ナポリから監察官が来ることがわかると、家々を取り壊させたそうです。モルタルを使わずに石を積み上げた屋根は、支えを外せば簡単に崩せるものであり、監察官が立ち去ると、人々はまた石を積み上げて家を作り直します。そうやって、壊しては作ってきたのが、アルベルベッロノのトゥルッリなのだそうです。

このアルベルベッロから数キロ離れたところにジョイア・デル・コッレがあります。 今回のセミナーを担当いただいいたアントニアさんは、 この町にあるノルマン・シュヴァーベン城について卒論をお書きになったということですが、お話を伺うととても興味深い場所のようです。そのノルマン・シュヴァーベン(イタリア語では Normanno Svevo )という名前は、11世紀から12世紀にかけて南イタリアを支配していたノルマン人(ヴィスコンティの『山猫』でアラン・ドロンが演じたタンクレーディは、そんなノルマン人の名前ですね)を想起させるものですし、シュヴァーベンといえば神聖ローマ皇帝を輩出したホーエンシュタウフェン家を出したドイツ南西部の地名です。実際、13世紀にイタリアの統一を目指した神聖ローマ皇帝フェデリコ2世は、このジョイア・デル・コッレの城を鷹狩りのための居城としたということです。

アントニアさんは、そんなノルマン・シュヴァーベン城にまつわる逸話を聞かせてくれました。皇帝フェデリコ2世の時代、その息子マンフレーデイが父の妾であったビアンカ・ランチャと関係を結び、子供を身ごもらせてしまいます。怒ったフェデリコ2世はビアンカをこの城の塔に幽閉すると、そこで人知れず出産させようとするのです。しかしビアンカは、生まれた赤子とともに献上させるようにと、自らの胸を切り落とし命を絶ってしまいます。以来この城には毎晩ビアンカの嘆き声が聞こえるようになったというのです。

そんな怖い話もふくめて、この地の長い歴史を感じさせてくれるノルマン・シュヴァーベン城を訪れたときには、この地の名産品も味わいたいもの。アントニアさんはジョイエ・デル・コッロの特産ワイン「ヴィーノ・プリミティーヴォ」と、モッツァレラを始めとするいくつかの美味しそうなチーズもご紹介くださいました。

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p15プーリャの旅をさらに北へと続けると、アンドリアで謎の建造物と出会うことができます。今回ご紹介いただいたのはカステル・デル・モンテ。その名の通り小高い丘の上に立つ「山の城」ですが、驚くのはその形。城全体が八角形の平面で構成され、中央には八角形の中庭があり、それぞれの角には八角形の小塔があるという独特の形状をした建築物なのです。

この城を建てたのは、中世で最も進歩的な君主と呼ばれる神聖ローマ皇帝フェデリコ2世。知的好奇心が旺盛だったこの皇帝は、アラビア数字を導入したレオナルド・フィナボッチのような数学者を庇護したことでも知られていますが、だからでしょうか、カステル・デル・モンテの構造はまさに数学的なものですよね。

それにしても、どうしてそんな構造をしているのか。実は今でもよくわからないそうなのです。アントニアさんは、いくつかの仮説をご紹介くださいました。

p16まずは城の形が「聖杯」(Sacro Graal)を表しているという仮説。聖杯とは中世ヨーロッパで生まれた騎士道物語のなかに登場するもので、アーサー王伝説などが有名ですが、映画『インディー・ジョーンズ』なども、失われた聖杯を求めるストーリーでした。次に何かのイニシエーションを行う施設ではなかったかという仮説。この城の門を入って中庭に抜けるためには、城の中の迷路のような通路を通り抜けなければならないのです。ですから、知力のある者だけが中庭にたどり着くことができるというわけです。知性を愛したフェデリコ2世という皇帝なら、そんなことを考えたのかもしれません。それから城それ自体が皇帝の冠の形を模しているという仮説。たしかに、この城は小高い山の上にあるので、遠くにまでフェデリコ2世の広大な権力を見せつけることができたのでしょう。さらには天文観察のための建物だという仮説。中庭から八角形に切り取られた空を見上げて、星々を動きを観察したのだというのですが、なるほど中世最大の知のパトロンであった皇帝らしい動機です。似たような動機としては、巨大な数学的装置であったというものもあります。また、城の中からフェデリコ2世の狩りの様子を描いたレリーフが見つかったことから、鷹狩りのための拠点だったという説もあります。

いずれにせよ、この城には堀も城壁もなく、王座もなく寝室も台所もありません。あるのは小さな休息室と水場だけですから、とても長期滞在できるようなものではなかったようです。そんな謎のカステル・デル・モンテは、現在ユネスコの世界遺産に登録され、世界的な名城のひとつとして数えられるもの。中世における最大の近代人と称されたフェデリコ2世の記憶をよびさましながら、ヨーロッパ文化とアラビア文化の交差する場所を指し示してくれているのではないでしょうか。

プーリャ州を南から北へと旅してきたアントニアさんのお話は、アドリア海に突き出したヴィエステの町で終わりを迎えます。その美しい街の景色のスライドとともに「みなさん、ぜひ一度訪れてみてください」という彼女の言葉に、会場の誰もが心の中でうなずいていたのではないでしょうか。

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ソンドリオ県後援 イタリア食文化セミナーご報告

3月4日(水)13:00~17:00、北イタリアから来日中の食文化の専門家を講師にお迎えして、40名弱のご参加をいただき、食文化セミナーを開催いたしました。

DSC01412この日のセミナーは2部構成。第1部は、「北イタリア・ロンバルディア州からピエモンテ州へ-食と景観の世界遺産をめぐって」というテーマで、まずは、ロンバルディア州ソンドリオ県観光局のステファーニャ・ストッパーニさんから、ロンバルディア州北部ソンドリオ県のヴァルテッリーナ地方についてお話を伺いました。

ヴァルテッリーナは、スイスとの国境、アルプス山脈中心部に位置する広大な渓谷地帯で、アルプスの雄大な山々や氷河の景観を楽しむ列車として知られる、世界遺産・ベルニナ急行の出発地でもあります。終点のスイスのサンモリッツまで、高低差が約1800mという起伏あるルートをかけ抜けるこの登山電車は、箱根登山電車とも姉妹関係を結んでいるそうです。山岳リゾートでもあるこの地方では、夏はトレッキングやハイキング、冬にはスキーが楽しめます。

また、その食文化もとても魅力的です。険しい山肌の急斜面に張り付くように延々と続く、段々畑のブドウ園の光景が特徴的なこの地方はワインの生産が盛んですが、その土地は、平地が少なく痩せています。そのため小麦に代わってライ麦や日本人にも馴染みの深い蕎麦が栽培され、蕎麦粉の手打ちパスタ「ピッツォッケリ」や、チーズを蕎麦粉の衣で揚げたストリートフード「シャット」、ライ麦のドルチェなどが代表的な郷土料理となっています。また、谷あいでは酪農がおこなわれ、「ビット」や「カゼーラ」といったチーズが有名です。赤身の牛肉を塩漬けにした生ハムの一種「ブレザオラ」はヴァルテッリーナが発祥の地だそうですが、脂分がないことからアスリートにも好んで食べられているそうです。

ステファーニャさんのお話の後は、ピエモンテのバローロ同様、ネッビオーロ種100%を使用した赤ワイン「ヴァルテッリーナ・スペリオーレ“インフェルノ”」と共に、洋梨の砂糖煮が添えられた「カゼーラ」チーズを楽しみました。

DSC01433次に、スローフード運動発祥の地として知られるピエモンテ州トリノを拠点にイタリア料理を学ぶ人のための研修を行っているICT(イー・チー・ティ)代表のダニエラ・パトリアルカさんの登場です。

ピエモンテ州は、「ピエモンテ=山の麓」という名前どおり、アルプス山脈の麓に位置する州ですが、丘陵地帯、そしてパダーノ平野へと続く変化に富んだ地形をしています。豊穣な土地からはたくさんの魅力的な食材が生まれ、ピエモンテはいわば農民たちによって守られてきた土地でもあります。

その代表がバローロやバルバレスコに代表されるワイン。今やピエモンテは世界に名だたるワインの一大産地となりましたが、近代になるまでその品質はあまり評価されていませんでした。ピエモンテの長いワイン生産の歴史の中で、画期的な役割を果たしたのが統一イタリア王国初代首相、ピエモンテ出身のカミッロ・ベンソ・カヴール伯爵です。自らワインの改良に乗り出し、フランスからワイン学者を招いてピエモンテのワイン醸造の近代化の礎を築きました。

その拠点となったのが、伯爵の居城でもあったグリンザーネ城で、現在もこの地方のワイン文化を知るための施設として利用されています。この城の他にも、この地方には16世紀頃に立てられた城がたくさん残っています。この美しいブドウ畑の景観が魅力的なピエモンテ州南部のランゲ・ロエロ・モンフェッラート丘陵地帯は、「人間と大地が特別に深く結びついた土地」として、イタリアで50番目の世界遺産に登録されています。

また、この地方の特徴として、一般家庭でも岩場に掘られた洞窟がカンティーナ(ワイン貯蔵庫)として使われています。集落は丘の上に作られ、「カッシーナ」と呼ばれる数世帯が一緒に生活できるアパートのような家々が特徴的です。

ランゲ丘陵地帯は、イタリアを代表する作家のひとりであるチェーザレ・パヴェーゼの出身地でもあります。彼の作品の中では、この丘陵地帯の美しさが頻繁に描かれていますが、セミナーの中では、パヴェーゼの小説のフレーズに丘陵地帯の風景をマッチさせた美しい映像も見せていただきました。

お話の後は、本日2度目の試飲・試食タイムです。ピエモンテ州から届いた特産品は、アルネイス種という古くからの土着品種から作られる白ワイン「ロエロ・アルネイス」とネッビオーロ種100%の赤ワイン「アルブニャーノ・スーペリオーレ」、そして前述の洋梨の砂糖煮にマスタード・エッセンスを加えた「モスタルダ」を添えた「ラスケラ」チーズ。このころにはほんのりと顔を薔薇色に染めた参加者の姿もちらほら見受けられました。

DSC014172回の試飲・試食タイムでは、ダニエラさんといっしょにICTで活動されていてAIS(イタリア ソムリエ協会)公認ソムリエであり、AIS認定講師として、各地でワイン、加工肉、チーズなどの講習を行っていらっしゃるコスタンティーノ・トモポウロスさんから、産地や製造法、ワインと食べ物との組み合わせなど、ワインやチーズにまつわる興味深いお話を伺うことが出来ました。

第2部は、「イタリア式シェフの育て方」と題し、イタリア食文化研究家の長本和子先生にお話しいただきました。長本先生には、第一部の通訳もご担当いただきましたが、その食文化の知識に裏付けされたわかりやすく丁寧な通訳のおかげで参加者の理解も一層深まりました。

nagamoto5第2部では、イタリア料理とはいったい何なのか、という普遍的なテーマから始まりました。イタリア料理は、そもそも「クチーナ・ポーヴェラ(庶民の料理)」が礎となっており、フランス料理の源流となっている、ルネッサンス時代にカテリーナ・ド・メディチがイタリアからフランスへ持ち込んだ料理は、あくまでも「クチーナ・リッコ(貴族の料理)」である、としてイタリア料理とフランス料理の明確な違いを説明。いくつものコンロと鍋を駆使して仕上げるフランス料理に対し、家庭料理が元となっているイタリア料理は鍋一つで完成させられるのです。家庭で作られる料理だからこそ、その郷土に根付いた季節ごとの伝統料理が連綿と受け継がれています。

長本先生は長きにわたり、日本人のイタリア料理人育成に携わっていらっしゃいます。料理人育成に重要なのは、料理をとりまく文化的背景や、食材が厨房に運ばれるまでの過程を実際に目にし、理解し、経験することだとして、現地で多面的な実習を行い、その愛弟子たちは全国各地で活躍されています。セミナーでは、長本先生の人間味あふれる語りからイタリア料理の奥深さを再発見することが出来ました。

今年5月からは、いよいよミラノ万博が開催されます。この日紹介された北イタリアの地方は、ミラノからのアクセスも良く、鉄道を使って気軽に訪れることができます。ぜひ足を運んで、ご自身の目と舌で、食、自然、文化が融合したこれらの地方の魅力をお確かめください!

最後になりましたが、ご参加くださったみなさま、遥々イタリアからお越しいただいた3人の講師のみなさま、長本先生、そして試食品をご提供いただきました株式会社アーク様(チーズご提供)、郵船商事様(ピエモンテ産ワインご提供)、モンテ物産様(ヴァルテッリーナ産ワイン)にあらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。

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第10回「BUONA FORCHETTAの会」ご報告

去る2月12日、第10回「BUONA FORCHETTAの会」が、晴海トリトンにある「ビステッケリア ヤマサキ」で開かれました。

第10回ブォーナ・フォルケッタの会

オーナーシェフの山崎さん(奥)と、食事を楽しむ参加者


当日は、参加者が31名を数え、かなりの盛況となりました。

「ビステッケリア ヤマサキ」は昨年オープンしたばかりのお店ですが、日本初の「ビステッケリア」(イタリアスタイルのステーキ店)ということで、注目を浴びています。

山崎夏紀シェフはローマで修行を重ね、帰国後はイータリージャパン総料理長を経て、2014年6月に現在の店をオープンしました。

当日は、ご自慢のビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)をメインにして、前菜はハム、サラミの盛り合わせ、そして、ローマ風前菜、カルボナーラをいただき、満足の上に満腹で帰途に着くことができました。

ハム、サラミの前菜(3~4人分)。この他に、ローマ風前菜の盛り合わせも付きました!

ハム、サラミの前菜(3~4人分)。この他に、ローマ風前菜の盛り合わせも付きました!

お待ちかね! ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(3~4人分)

お待ちかね! ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(3~4人分)

このレベルのビステッカ・アッラ・フィオレンティーナは、日本ではなかなか味わうことができないと思います。
しかも、ワインもをリーズナブルな価格で提供していただいており、今後も肉食男子、肉食女子ともに、目が離せないお店といえるでしょう。

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山崎夏紀シェフ、ありがとうございました!
会員のみなさまも、また次のイベントを楽しみに。

なお、「ビステッケリア ヤマサキ」でビステッカ・アッラ・フィオレンティーナをご希望の方は、前もって予約をすることをおすすめします。
約1kgの肉なので、3、4人でシェアするのがいいかと思います。
もちろん、一人で食べ切れる自信のあるかたは、お一人でもぜひ。

連続文化セミナー 『ファシズムと芸術』
第5回 ファシズムの舞踊 ─ ファシズムとイタリアのモダン・ダンス

 ファシストたちがイタリアの政権を担った1922年から42年の「ファシズムの時代」を生きた芸術家たちとその作品について、様々な分野から専門家が5回にわたって解説してきました2014年連続文化セミナー 『ファシズムと芸術』 もいよいよ最後の回を迎えました。DSC01322

第5回は、12月13日(土)に『ファシズムの舞踊 ─ ファシズムとイタリアのモダン・ダンス』と題して、東京外国語大学リサーチ・フェローの横田さやか先生にお話しいただきました。参加者は、20名弱でした。

ファシズムの時代、さまざまな芸術形式がプロパガンダの媒体を演じたとき、はたして舞踊はいかなる役目を担ったのでしょうか。身体そのものによって実践される表現芸術である舞踊には政策が及ばず、ファシズムによる舞踊形式は誕生しませんでした。20世紀初頭のヨーロッパでは、自由な表現によるモダン・ダンスが隆盛し、「踊る身体」は、前世紀に確立された厳密な規律に基づくバレエから解放された新たな表現を試みます。

イタリアにおいては、20世紀の舞踊史を牽引するほどの支配的なスタイルは確立されなかったと定義されるのが一般的ですが、イタリア性を象徴する興味深い傾向が同時に見られることが今再考察されています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA本セミナーでは、ファシズムの時代に見られる舞踊を考察するにあたり、まず、19世紀末のナショナリズムを象徴する「バッロ・グランデ」と、20世紀初頭の、具体的には1917年のフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによる「未来派ダンス」宣言から始まる未来派ダンスの動向を詳しくお話しいただきました。身体の機械化に特徴付けられる未来派の身体概念から始まり、「増強する身体」を可能にする理想的主題たる「踊る身体」を最もよく表現する”飛行”するダンス―ジャンニーナ・チェンシによる「航空ダンス」については、その映像が発見されていないためその教え子であるシルヴァーナ・バルバリー二(Silvana Barbarini)によって再現された映像(本邦初公開)で見せていただきました。最後にアントン・ジュリオ・ブラガリアによる新しいイタリア的舞踊教育への提言等に触れて、ファシズム期における「踊る身体」の変容について考察していただきました。

<講師プロフィール>
■横田 さやか(よこた さやか)
慶応義塾大学文学部卒業、東京外国語大学大学院博士後期課程、ボローニャ大学大学院博士課程修了。ロータリー財団奨学金によりミラノ大学へ留学した後、東京外国語大学・ボローニャ大学間に締結された共同指導共同学位授与制度に則し、ボローニャ大学芸術学部に於いて研究活動を行い、両学にて博士号を取得。専門は、イタリア未来派とイタリア20世紀舞踊史。

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さて5回にわたってお送りした「ファシズムと芸術」の連続シリーズを終えました。
おそらくその芸術形式の性格に大きく依存すると思われますが、「建築」、「都市計画」、「映画」においてはファシズムがその宣伝に利用し、政策が反映されたのに対して、「美術」と「舞踊」においては、直接の関係は持たなかったと言えると思われます。しかしいずれも芸術が抑圧されることなく、「未来派」という現代につながる大きな芸術の流れがこの時期に生まれ、育っていったことに大きな驚きをもちました。

この日伊協会の名物となりました連続文化セミナーシリーズは、来年新たな構想の下「ローマの皇帝とそのイメージ(仮題)」としてお送りします。ご期待ください。
  (山田記)

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第24回イタリア語スピーチコンテストのご報告

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12月6日(土)13:00より、イタリア文化会館アニェッリホールにて、第24回イタリア語スピーチコンテストが開催されました。

今回、本選に参加した13名の方々は中学生から60代と年齢層も幅広く、イタリア語への関心が各層にわたっていることが伺われました。また本年は審査時間の間、トーク・イベント「ここから始まるイタリア語」を開催し、本コンテスト2009年優勝者で日伊協会講師の粒良麻央さん、粒良さんとともにNHKテレビ講座にご出演でやはり日伊協会講師のアンドレア・フィオレッティさん、そして昨年の優勝者の本多祐太朗さんをお招きし、日伊協会イタリア語主任講師の押場靖志先生の司会で外国語を学ぶ楽しさや学習のコツについてトークショー形式でお話していただきました

(結果)
第1位:逸見 祐太(早稲田大学)  「文学と私のイタリア滞在」
第2位:藤原 聖大(東京大学大学院)  「三度目のヴェネツィァ訪問」
第3位:齊藤 紀子(会社員)  「ベッペ・フィノーリオ、ランゲに植を下ろした人生」
朝日新聞社賞:佐伯 直勝(医師)  「モノリンガルとバイリンガルの脳の違い―手術例の観察から―」
日伊協会賞:宮下 采子(文京区立音羽中学校)  「ありがとう。マンマ・ジョヴァンナ」
(敬称略)
以上の方々が入賞なさいました。

なんと1位の逸見祐太さんは現在日伊協会の受講生です!!
なお、1位から3位の方には日伊協会より賞状、賞杯が贈られ、景品として1位の方には、アリタリア-イタリア航空より東京-ローマ往復航空券、Roma Torre di Babele校よりイタリア語研修費、及び日伊協会より滞在費10万円、イタリア文化会館よりイタリア食品詰め合わせ、2位の方には㈱ワールドエアサービス提供のイタリア往復航空券、Bologna Cultura Italiana校よりイタリア語研修費。3位の方には5万円の図書券が贈られました。入賞者の皆様おめでとうございました。

惜しくも入賞を逃されましたが、素晴らしいスピーチをされた方々は以下の通りです。
更に研鑽を重ねて、次の機会に頑張って下さい。(アルファベット順 敬称略)
石川 勉   「剣道、無心の『一本』」
一色 映里  「我が家の“イタリア人“」
三嶋 路子  「原点へ」
宮原 千夏 「私のイタリアの家族」
杉島 明日華  「おいしい宝石」
谷口 眞理子  「8組 さあがんばろう!」
得能 淑子  「行け、我が想いよ」
冨嵜 綾乃  「兜で友を得る」

ご協賛、ご後援を頂いた下記の皆さまに御礼申し上げます。

協賛:スルガ銀行、アリタリア-イタリア航空、“Tutta Italia”㈱ワールドエアサービス
後援:イタリア大使館、朝日新聞社、NHK

また下記の審査委員の先生方にも重ねて御礼申し上げます。
審査委員長:長神悟(東京大学大学院教授)
白崎容子(元慶応義塾大学教授)
高田和文(静岡文化芸術大学副学長)
Marisa di Russo(元東京外国語大学客員教授)
Silvio Vita(京都外国語大学教授)
Norberto Steinmayr(イタリア文化会館文化担当官)

質問者:竹内マテルダ(日伊協会イタリア語講師)
(敬称略)

主催:公益財団法人日伊協会、イタリア文化会館

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第4回「楽しいビュッフェ交歓会」のご報告

barabarao11月18日(火)、日伊協会主催の第4回「楽しいビュッフェ交歓会」が銀座「バラババオ(Barababao)」で催されました。

アンティキ・サポーリの姉妹店であるバラババオは、ベネツイアのバーカロの雰囲気をそのまま再現したオステリアです。当協会の法人会員ミキインターナショナル グループのお店の一つで、今回も特別のご協力をいただきました。

参加者が135名の大盛況!
参加者全員在日イタリア商工会議所のイタリア料理コンテスト優勝者の山崎大輔料理長が腕をふるうベネツイア料理10種類に、デザートとコーヒーがつくサービス満点のおもてなしを楽しみました。

会は長尾理事の総合とりまとめの下、内田理事の司会により進行し、サプライズ企画としては蒲谷理事門下のソプラノ歌手3名の方々のボランティア出演によるオペラのアリアとカンツオーネの披露に加えて、バカルティ ジャパン社提供のカクテルワイン3本の当たる抽選会もあり、雰囲気が盛り上がりお得感十分のイベントとなりました。

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第24回イタリア語スピ-チコンテスト開催のご案内

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日伊協会では、20年以上にわたり「イタリア語スピーチコンテスト」を主催しております。24回目を迎える本年も下記要領で開催いたします。書類審査を通過した約10名の方が、スピーチとイタリア語による質疑応答で最終審査に臨みます。イタリア語を勉強されている方も、これから始めようと思っていらっしゃる方も、是非会場に熱いスピーチを聴きにいらして下さい。

今回は審査時間を利用して、トーク・イヴェント「ここから始まるイタリア語(Primo passo verso l’italiano)」を開催します。本スピーチコンテストの2009年優勝者である粒良麻央さんと、2013年優勝者の本多祐太朗さん、粒良さんとともにNHKテレビ講座にご出演中で、日本語にも堪能なアンドレア・フィオレッティさんをお招きし、日伊協会イタリア語主任講師の押場靖志先生の司会で、外国語を学ぶ楽しさや学習のコツについてトーク・ショー形式でお話しいただきます。
皆様のご来場をお待ちしております。

日 時 2014年12月6日(土)
13:00~イタリア語スピーチコンテスト 
15:00~トーク・イヴェント「ここから始まるイタリア語(Primo passo verso l’italiano)」
16:00~授賞式及び懇親会 

入場:無料

主催:公益財団法人日伊協会、イタリア文化会館
後援:イタリア大使館、朝日新聞社、NHK
協賛:スルガ銀行、アリタリア・イタリア航空、(株)ワールドエアサービス
場所:イタリア文化会館(東京・九段) アニェッリホ-ル


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談話会のご報告

OLYMPUS DIGITAL CAMERA11月22日の談話会はトスカーナでワイン製造に取り組む宮川秀之さんをお迎えして、80人を超す方に参加をいただき三笠会館にて開催されました。

オートバイで世界1周をめざし、イタリアで“沈没”して54年。イタリアが好きでマリーザさんと知り合い7人の子供を育てた宮川さんの最初はトリノを拠点に、後に世界的なカーデザイナー ジウジ・アーロさんと会社を興し、マツダなどの車のデザイン、日本とイタリアの架け橋となった経験をユーモアを交え話して下さいました。

現在はSveretoで年8万本のワインを畑の中の自社工場で作っています。地元のワイン組合長も6年半務め、イタリアに30余りしか指定されていない最高級ワイン産地(D.O.C.D)の最後の指定を獲得しました。今は50人ほどが泊まれるアグリツーリズモにも力を入れています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA会には中田英、デル・ピエーロさん、ザッケローニ監督のマネージャーを務めた次男善次郎さんや、トラッサルディジャパンの代表を務めた四男ダヴィデさんに孫1人の三人の家族も挨拶をされて、日本の印象や父親論を楽しく話して下さいました。皆さんも宮川さんのアグリツーリズモを訪れて、自然豊かなイタリアのイタリア生活を楽しまれてはいかがでしょうか。

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旅行&留学セミナー2014秋「TUTTA UMBRIA」のご報告

『日伊協会主催の旅行&留学セミナー2014秋、11/12は「TUTTA UMBRIA!」でした。

イタリアの「緑のハート」といわれ、緑豊かで山の幸に恵まれたウンブリア州。
その魅力をふんだんにお届けしたセミナーとなりました。
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第一部ではウンブリア刺繍の魅力を中心に、現在スポレートで暮らしている粉川妙さんに彼女の暮らすウンブリア州について、本業でもある食を中心にその魅力を語っていただきました。そしてウンブリアにある10種類ほどの刺繍技法が画像と共に紹介されました。

世界の”刺繍の本”といったものには必ず掲載されているほど有名なアッシジ刺繍から。方眼紙のようなものに書かれた原案デザインを忠実に再現していく技法です。続いて、木成のざっくりした生地に大きめの糸でさしていくカテリーナ・メディチ刺繍、そしてソルベッロ刺繍にパニカーレ刺繍。。。。ウンブリアにはたくさんの種類の刺繍があり、それは農村の女性たちがそれぞれの地域に作られた刺繍学校で学び、その土地の名前をつけた独特の技法で制作していき、そこから多くの名前が生まれたからだそうです。

最後に粉川さんの通訳で受講する刺繍学校のプランや、ウンブリアを食で巡る旅についても紹介されました。日本でも手芸ブームが再燃しているといわれています。是非、イタリアで刺繍体験、いかがでしょうか。

第二部ではトーディにある語学学校ラ リングア ラ ヴィータ校ステファーニア校長に映画、文学、音楽の中のワインについてお話しをしていただきました。

軽快なお話しとともに、参加された方々には実際にトーディから送っていただいたワインを召し上がっていただき、リラックスした雰囲気でセミナーは進みました。まずは白ワインを召し上がっていただきながらトーディと学校の紹介から始まりです。ウンブリアの自然に囲まれた中での楽しそうな田舎滞在の様子に、思わず引き込まれてしまいます。
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そして、いよいよワインのセミナーです。ワインの歴史は古代ローマの時代からととても古いものです。そして、象徴的に”キリストの血”と称されるように、キリスト教とワインの関係についても説明されました。次に芸術作品の中のワインとして、イタリアの著名な画家カラヴァッジョやティツィアーノの絵画にも描かれていること、詩や文学作品の中で触れられているワインについても解説いただきました。イタリアで乾杯する際に言われる「チンチン!」という言葉はマルコポーロが中国から伝えたといわれているそうです。時代が現代に移り、映画やカンツォーネの中でもワインは欠かせないものであることを、実際の映像や歌詞を聞きながら説明していただきました。

ここで、参加者の皆様には、さらに赤ワインも振る舞われ、ウンブリア州においてワイン評価の称号DOCGとDOCの認定を得ている銘柄の紹介をしていただき、セミナーは修了しました。

ラ リングア ラ ヴィータ校では滞在型の留学が可能です。イタリア語の勉強だけでなく、ワインやオリーブの生産農家を訪ねたりする滞在もイタリアの楽しみ方の一つです。イタリア旅行をお考えの方、次回はウンブリアに足をお運びいただくというのはいかがでしょうか。

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旅行&留学セミナー2014秋「トッレ・ディ・バベレ」エンツォ校長
イタリア語体験レッスンのご報告

torredibabele11日伊協会主催の旅行&留学セミナー2014秋シリーズ、11/5は「ローマ「トッレ・ディ・バベレ」のエンツォ校長とイタリア語体験レッスンでした。

イタリアの学校の授業はどんな風に行われているのかな? イタリア語ばかりで理解できるのかしら?
そういった疑問やご不安にお答えすべく、校長自らが、用意した教材に添って実際の学校のレッスンを再現してくださいました。

まずは双方による名前などの簡単な自己紹介からスタートです。

その次に「ローマとそのシンボル」というタイトルで、その成り立ちの歴史、ローマの丘の話、水道やオベリスクについて、ローマ郷土料理のお話しなどが紹介されました。生徒の皆さんへも画像を見ながら質問が投げかけられ、次第にリラックスしてきた参加者の方からは微笑みも出てきました。

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その後はいよいよ参加型レッスンの開始です!

「私はローマに住むイタリア人として、ローマの町を皆さんに紹介しました。

次は皆さんの番です。
私は初めて東京に来ました。何もわかりません。この私にお勧めしたいものを考えて教えて下さい。」という問題が投げかけられました。

生徒の皆さんは2-3人のグループに分かれ、5分ほどの間に相談しながらお勧めを決めます。
そして順番に発表です。

「私はエンツォさんに着物を買う事をお勧めします」
「それはどこで買えますか?
「銀座です。」
「それは高いですか?」
「はい、高いです。そして次に歌舞伎座で歌舞伎を見る事をお勧めします。」
「それはどこにありますか?」
「銀座の近くです。歩いていけます。」
「切符は高いですか?」
「はい、高いです。」
「う~ん、、、。 では私は高い着物を買って、高い切符を買って歌舞伎を見ます。」

(一同笑)

「私は築地をお勧めします。」
「どうして?」
「お魚のマーケットがあるからです。そこでお寿司を食べて下さい。」
「それは何時ごろ行けばいいですか?」
「朝6時前に、、、。」
「私は朝6時から生魚は食べるんですね!!がんばります。」

(一同笑)

「東京では是非てんぷらを食べて下さい。」
「それは何ですが?」
「野菜や魚を揚げたものです。」
「お勧めのお店はありますか?」
「あります。友人が働いています。」
「彼は何かサービスしてくれますか?」
「判りませんが言って見ましょうか?山本くんと言います。良ければ今晩一緒に行きましょうか?」

終始笑い声の聞かれる楽しいレッスンでした。

最後に学校およびローマのビデオを見て修了しました。

留学というと敷居を高く感じる方も多いとは思いますが、滞在型の留学や1週間の短期といった比較的入りやすい留学もございます。詳細が決まっていなくても、どんなものなのかな?というご質問でも是非お気軽に日伊協会にご相談下さいませ。』

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旅行&留学セミナー2014秋「TUTTA MILANO」のご報告

tuttamilano711月6日(木)『日伊協会主催の旅行&留学セミナー2014秋、「TUTTA MILANO」が開催されました。

来年2015年5月から184日間、ミラノ郊外で開催される『ミラノ国際博覧会』。そんな人々の関心が集まりつつある街、ミラノに関するホットでタイムリーな話題をお届けするセミナーでした。セミナーは一部と二部にわかれ、日本とイタリア両方から見た万博の楽しみ方を伺いました。

第一部ではイタリア個人旅行専門旅行会社(株)ワールドエアサービスの五十嵐さんに日本からのアクセス方法やお勧めのポイントを中心にお話しをしていただきました。万博に向けて建設中の建物や、交通期間、その変貌の様子がバルーンカメラで随時公開されている事、万博を見渡せるホテルでは地上50メートルでのディナー体験ができる、といった面白い情報をたくさんうかがう事が出来ました。ミラノの街中でも高層ビルが次々出来上がっているガリバルディ地区など、以前ミラノにいらした方も再訪しその変貌を驚いてみるのも楽しいのでは、ということをポイントを押さえたわかりやすい解説で説明していただきました。

tuttamilano8第二部ではミラノの語学学校レオナルド ダ ヴィンチ校WOLFANGO校長より万博の詳細についてのお話しをいただきました。ミラノ国際博覧会2015年のテーマは『地球に食料を、生命にエネルギーを!』です。その『食』を中心に各国のパビリオンの取り組みの様子や、万博会場にそのテーマがどのように盛り込まれているかを、沢山の画像とともに解説していただきました。

また、ミラノの人々が万博の開催地として、どのような意識をもって訪れる多くの外国人を迎えようとしているか、街中にある運河地域の様子を例に説明していただきました。食材をイメージしたマスコットキャラクター”フーディー”の説明、万博公式イメージビデオも鑑賞し万博を寄り身近に感じる事ができました。加えて、学校としても「食」をテーマにした万博スペシャルプログラムを計画している事も発表されました。

最後にイタリアから持参いただいたワインを、万博の成功や多くの日本の方がミラノに足を運んでくれるよう願いを込めて乾杯し、学校およびミラノのイメージビデオを拝見しながら参加者皆で美味しくいただきました。

来年イタリア滞在をお考えの方、万博というまたとない機会に、ミラノに足をお運びいただくのはいかがでしょうか。

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連続文化セミナー「ファシズムと芸術」第4回「“ファシズム期の”美術  ~ その複数の貌と再生する未来派の記憶 ~」(ご報告)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA連続文化セミナー『ファシズムと芸術』シリーズ第4回は、10月25日(土)に、「“ファシズム期の”美術 ~ その複数の貌と再生する未来派の記憶 ~」と題して、東京造形大学などで西洋美術史の講師をされている巖谷 睦月さんにお話ししていただきした。(20名参加)

全体主義国家における美術のイメージについて、ナポレオンやヒットラーが国家を強大に見せる美学をもっていたのに対して、イタリアにおいてもこうした表現は存在するがそれが全てではなかったこと、またナチス・ドイツにおいて『頽廃芸術展』のような形でモダニズムは排斥されたが、ファシスト・イタリアにおいてはモダニズムは排斥されていないことが示されました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティと未来派の運動がファシズムの公式芸術のように扱われるが、実際のところ、フランスの『フィガロ』紙上にマリネッティの「未来派宣言」が掲載され、この芸術運動が産声を上げたのは、いまだ第一次世界大戦も開戦をむかえていない1909年のことでした。戦争を「世界の唯一の健康法」と位置づけ、新しい時代にふさわしい美として動きと機械と速度を礼賛した未来派の運動。この鮮烈な攻撃性が次第にファシズムの台頭へ関与していったのは事実とはいえ、未来派の生みだす美術は、“ファシズム期の”美術ではあっても“ファシズムの”美術ではありませんでした。

そもそもファシズム政権下において、ナチズム政権下に示されたような統一的な美術の規範、明確な“ファシズムの”美術の規範は存在しません。20世紀前半のヨーロッパとその中のイタリアには様々な美術の動きが次々と生まれました。暴力的で前衛的だった未来派の運動(ウンベルト・ボッチョーニ、ジャコモ・バッラ、アレッサンドロ・ブルスケッティ、エンリコ・プランポリーニなど)、マルゲリータ・サルファッティの先導したノヴェチェント派の伝統回帰、デ・キリコに始まった形而上絵画、フランスのアプストラクシオン・クレアシオンの流れを汲む抽象芸術グループなど。エルネスト・トレッカーを中心に雑誌『コッレンテ』が創刊され、反ファシズムの芸術家に影響を与えるような動きもみられました。

アレッサンドロ・ブルスケッティ《雲間の軽業》1934年

アレッサンドロ・ブルスケッティ
《雲間の軽業》1934年

そこにはただ、さまざまな貌を同時に持つ“ファシズム期の”美術が存在するのみです。にもかかわらず、敗北のなかに第二次世界大戦が終結をみると、未来派による美術はあたかも“ファシズムの”美術であったかのように扱われ、人々から目を背けられました。ふたたび光のもとで語られるようになるまで、未来派の美術とその作家たちは、長い年月を闇のなかですごすのです。

最後につけくわえる形で、第二次世界大戦後のイタリアにおいて新たな形で生まれなおす「未来派の記憶」について、ルーチョ・フォンターナの第9回ミラノ・トリエンナーレ(1951年)で展示された「ネオンのアラベスク」を中心に触れられました。

参加者からの活発な質疑応答がなされ、充実したひと時を過ごせました。講師と参加者の方々に御礼申し上げます。(山田 記)

<講師プロフィール>
■巖谷 睦月(いわや むつき)
東京藝術大学専門研究員、大学非常勤講師。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了、博士(美術)。東京造形大学などで西洋美術史の講義を担当。専門はイタリア、とくにルーチョ・フォンターナを中心とする20世紀の美術。

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日伊協会特別トーク・イベント Mao & Andrea ~ バールから始めるイタリア語 ~ご報告

andrea29月27日(土)の午後、NHKのテレビ・ラジオ講座でご活躍中で、日伊協会でもイタリア語クラスを担当している、粒良麻央さんとアンドレア・フィオレッティさんをお招きして、トーク・イベントを開催いたしました。

司会は、以前、NHKテレビ講座講師を務め、生徒役の土屋アンナさんとの軽妙なやりとりで人気を博した押場靖志先生です。押場先生のナビゲーションで、おふたりが出演しているテレビ講座のスキット「Amici del bar」の話題から、外国語学習の楽しさや、なぜ異文化に興味をもったか等々、おふたりの学生時代の写真などもスライドで紹介しながら、時にジュークも交えつつ終始和やかなムードの中でお話しいただきました。

いまや、イタリア本国で『たけくらべ』のイタリア語翻訳本を出版するまでの日本語の達人となったアンドレアさんと、ネイティブと見紛おうばかりのイタリア語を駆使し、イタリア文学の研究に邁進している粒良さん、おふたりとも、最初はもちろんまったくの初心者でした。そんなおふたりに共通するのは、異文化や人への好奇心。言葉を知ることによって、相手の国や人への理解も深まり、つながりも広がっていったそうです。また、一緒に学習する“仲間”も、語学を学ぶ上での大切な要素だと語っていた粒良さん。1人では気づかないところも仲間が気づかせてくれたり、途中でめげそうになっても励ましてくれたり・・・語学学習を長続きさせるための秘訣の1つかもしれませんね。

みなさんも、“イタリア語”を通して、かたちはないけれど、心を豊かにしてくれるモノを探す旅にでかけませんか?

日伊協会のイタリア語講座の詳細は、こちらからどうぞ。