坂本鉄男 イタリア便り ダルタニアン最後の望み

 ダルタニアンといってもデュマの名作「三銃士」の主人公のことではない。ローマを訪れる観光客が小銭を投げ込み「またローマに来られますように」などと祈る、あのトレビの泉の小銭泥棒のあだ名である。

 去る12月中旬、62歳で死去したダルタニアンことロベルト・チェルチェレッタ氏は、幼い時からトレビの泉を遊び場とし生涯、泉に投げ込まれる小銭の泥棒を道楽半分でやっていた。小銭を取る道具が剣に似ていたのでダルタニアンと呼ばれた。

 泉に投げ入れられるのは世界各国の小額貨幣で、それを盗んでも生活できるものではない。だが、法的には市の所有物で、定期的に集めてカトリック系の慈善団体に引き渡すことになっている。つまり、小銭の着服は窃盗罪である。

 私は15年ほど前の早朝、偶然にも泉から上がって裸のままのダルタニアンと警察官数人との立ち回りを見たことがある。双方なれ合いで、活劇を楽しんでいるようだった。

 氏の遺言は「自分の棺は必ずトレビの泉の前を通ること」だったそうだ。葬式の当日、泉の前に止めた霊柩(れいきゅう)車から友人らが棺を降ろし、泉と最後の対面をさせた。これには賛否両論があったが、彼ほどトレビの泉を愛した人物もいなかっただろうから、大目に見てよかったのではないか。

坂本鉄男

(2014年1月26日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)