坂本鉄男 イタリア便り 学生に憎まれようと

新聞と雑誌が「イタリアで一番憎まれている女性教授」を話題に取り上げていた。イタリア本土とシチリア島を隔てるメッシーナ海峡に面したメッシーナ市の国立大学の化学担当、ロ・スキアーボ教授である。

なにしろ、彼女の教える必修科目の単位を取るため8年間で43回落とされた学生がいたという伝説が残るそうだ。今年の夏休み前の試験でも7割の学生が落第し、及第するには10回から12回受験するのが普通という厳しさらしい。だが、記者たちの質問に教授は平然とこう答えたという。

「私が教える科目について、理解できないままで及第させるわけにはいきません。なにも知らないまま卒業したら、彼らこそどうなるのでしょう。大学の同僚を通じて甘くするように頼んでくる不届きな学生もいますが相手にしません」

昔、特に南部イタリアにおいて大学は「文化と教養の砦(とりで)」だったと教授は強調する。「もし、大学がこの伝統を失ったら、大学を卒業する者の身になにが残るのでしょうか。私を憎みたければいくらでも憎みなさい。だが、勉強しなければ容赦はしませんよ」

ロ・スキアーボ教授の言葉は、イタリアのみならず、わが国の多くの大学の教師と学生にとっても重い響きを持っているのではないだろうか。

坂本鉄男

(2014年11月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)