坂本鉄男 イタリア便り キーン先生の健康法

 92歳の日本文学研究者、ドナルド・キーン氏がニューヨークでの講演会とオペラ鑑賞後、イタリア諸都市を中心とするヨーロッパ旅行のためローマに到着した。久しぶりにわが家の食卓を囲み、楽しい夕べを過ごしたが、いつもながら桁違いの博識と記憶力には驚かされる。その健康維持の方法を伺ってみた。

 すると、笑いながら「スポーツをしなかったことかな。でも子供の頃は野球ファンで往年の大選手ルー・ゲーリッグの試合も見ましたよ」と言う。毎日、夜半までの読書と執筆の合間に、息抜きのため特にお好きなイタリア・ベルカント・オペラを聴くそうだ。

 著名な美食家の作家たちと親交があった教授だが、好き嫌いはほとんどなく、現在は野菜と魚を中心とする日本食だそうだ。睡眠時間は6時間少々で最近は1時間の午睡をとるとのこと。

 今回の長期旅行は、養子の誠己さんが一緒なので安心である。誠己さんは東京外大フランス語科卒業ながら、全く違う古浄瑠璃の分野に進み、芸名・越後角太夫の演奏家である。また、大英博物館で発見されたわが国唯一の古浄瑠璃本を研究し復元・上演している。

 お二人の実りある旅行とともに、キーン氏が執筆中の著作「石川啄木」の完成を祈りたい。

坂本鉄男

(2015年5月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)