坂本鉄男 イタリア便り 祖国に帰りたい

 今年1月、パリでイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載した新聞社と、ユダヤ系食料品店がテロリストに襲われた。事件後の1カ月間に、フランスからイスラエルに移ったユダヤ人は1800人以上に上ったという。欧州最大の50万人を抱えるフランスのユダヤ人社会では、ごく一部ではあるが…。

 ちなみに、昨年中に祖国に帰ったフランス系ユダヤ人は約6600人、イタリア系ユダヤ人は約300人であった。

 彼らが祖国に抱く感情は日本人にはうかがい知れないものがある。紀元70年、後にローマ皇帝になるティトゥスによりエルサレムを徹底的に破壊されて以来、ユダヤ人国家は史上から抹殺され、1948年のイスラエル共和国独立宣言まで、約1900年間も祖国を持つことができなかったのである。

 そればかりでない。欧州の何世紀にもわたるキリスト教社会でのさまざまな迫害、ナチスによる大量虐殺のほか、最近でも欧州各地でユダヤ人に対する嫌がらせ事件が頻発し、フランス政府も取り締まりに乗り出しているほどだ。

 現在のイスラエルは、経済的にも安定し、強力な軍事力も保有する。欧州のユダヤ人が、安心して暮らせる祖国に帰りたい気持ちはよく分かる。

坂本鉄男

(2015年5月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)