グッドラック! In bocca al lupo!

こんにちは。みなさん、お元気ですか?

日に日に寒さが厳しくなってきました。

さて、今年も残りわずか、あと1か月ほどとなりました。2017年はシエナのコントラーダにちなんだ連載ですが、はやくも最終回です。コントラーダ・シリーズの締めくくりとして、今回はオオカミのコントラーダをチョイス。イタリア語の「オオカミ」にまつわるお話と、ローマやシエナの伝説をご紹介したいと思います。

ルーパ Contrada della Lupa

シエナの旧市街北部に位置するオオカミのコントラーダは、イタリア語で「 Contrada della Lupa (コントラーダ・デッラ・ルーパ)」と呼ばれています。イタリア語ではオオカミのことを「 lupo (ルーポ)」といいますが、コントラーダの名前には「 lupa (ルーパ)」とあり、語末が女性形。つまり、「雌オオカミ」をシンボルとしたコントラーダということになります。

コントラーダの旗を見てもオオカミがオスでないことは一目瞭然。旗に描かれたオオカミは、人間の赤ちゃん二人にミルクを与えています。

母オオカミと赤ちゃんのモチーフと聞いて、イタリア旅行をした方はどこかで見かけた覚えがありませんか?そう、イタリアの首都ローマのシンボル、「カピトリヌスの雌オオカミ」と瓜二つなんです。

ルーパのコントラーダが掲げるモットーは「ローマとシエナの紋章と栄光( ET URBIS ET SENAE SIGNUM ET DECUS )」。それからも明らかなように、ルーパはただのオオカミではなく特別な雌オオカミ。ローマやシエナの町の起源にまつわる伝説上の動物なんです。

カピトリーノの雌オオカミ

ローマとシエナは、いずれも乳飲み子をたずさえた母オオカミを町のシンボルとしています。その理由は、どちらも町の発祥を伝える神話にあります。

ローマのシンボルとされているのは、ローマ建国の神話に登場する動物で、通称「カピトリヌスの雌オオカミ」。現代イタリア語では「 Lupa capitolina (ルーパ・カピトリーナ)」と呼ばれています。

神話によれば、ローマの建国者とされるロムルスとレムスという双子の兄弟は、幼いころにオオカミに育てられました。この二人を育てた母親のようなオオカミが、このカピトリヌスの雌オオカミです。

ローマの建国神話はとても古く、すでに紀元前3世紀ごろにはカピトリヌスの雌オオカミをモチーフとした彫刻やコインがつくられていました。

シエナの雌オオカミ
一方、シエナの雌オオカミ「 Lupa senese (ルーパ・セネーゼ)」は、このローマ建国神話をもとにした民間伝承に登場するオオカミ。中世に広まったモチーフと言われています。

シエナ誕生の逸話はたくさんありますが、その中でよく知られているのはロムルスの双子の息子を町の祖とするもの。次のように、ローマ建国神話の続きとなるような内容です。

ロムルスはローマの王となりました。しかし、弟のレムスはだんだん嫉妬の炎を燃やすようになります。そして、ついにレムスがロムルスの息子を手にかけようとしたところ、間一髪、双子の兄弟は父と叔父(ロムルスとレムス)を育てた雌オオカミを連れてローマから逃げ出します。ギリシアの神アポロンとディアナのくれた白黒2頭の馬に乗り、二人はエトゥルリアへ向かいました。そしてたどり着いた場所に町をおこします……。

レムスの刃から逃れた双子は、道中に自分たちを守ってくれたローマのオオカミを町のシンボルとしました。そして、逃げるときに乗ってきた白馬と黒馬にちなんで、白と黒の紋章を定めました。シエナをおこした双子の名は、イタリア語で Senio (セーニオ)と Ascanio (アスカーニオ)。Senio の名が転じて、町の名前はシエナとなりました。

恐ろしいオオカミ

ローマやシエナの伝説に登場する母オオカミは、子供にミルクを与えるという慈愛に満ちた姿をしています。けれど、本来オオカミは家畜や人を襲う獣。古くからヨーロッパで恐れられてきました。

そのため、イタリア語でオオカミを表す lupo や lupa という単語にも、しっかりとそのネガティブな要素が刻みこまれています。例えば、ダンテの『神曲』の中では恐ろしいオオカミの姿が貪欲や吝嗇の象徴として描かれています。現代イタリア語にも lupo や lupa と言う単語を用いて貪欲や横暴をしめす表現がたくさんあります。例えば、「 finire in bocca al lupo 」という言い回しは直訳で「オオカミの口に行きつく」こと。つまり、悪意のある人や敵対する人の手中に落ちることを意味しています。

そんな恐ろしいイメージをまとう lupo を使った表現の中に、イタリアでよく耳にする「 In bocca al lupo ! (イン・ボッカ・アル・ルーポ)」というフレーズがあります。文字通りに訳すと「オオカミの口に(行っておいで)」となりますが、実際は「頑張っておいで!」という意味の応援表現。テストを受けに行く大学生や、大事なプレゼンをする同僚にかけるような応援のことばです。言われた人は「オオカミなんてくたばれ!」といった調子で、「 Crepi! (クレーピ) 」と返すのがお決まり。正念場に向かう前の、一種のげんかつぎ的なやり取りになっています。

2017年もあとわずか。2018年は、どんな冒険が私たちを待っているのでしょうか?「 In bocca al lupo ! 」と願いをこめながら、2017年のお便りをおしまいにしたいと思います。それでは、みなさん、どうぞよいお年をお迎えください。

ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン玲