坂本鉄男 イタリア便り 消えゆくジノリ

 日本には昔からイタリアの高級陶磁器会社「リチャード・ジノリ」製の飾り物や食器の愛用者が多い。私ども夫婦も50年前にフィレンツェに留学したさい、帰国時に直営店で古参店員と相談して、最も伝統的な色彩と形状のデミタス(小型のコーヒーカップ)を大枚はたいて購入した思い出がある。

 この会社の歴史は古く、1735年にフィレンツェの貴族カルロ・ジノリ侯爵によって設立された。

 約160年後の1896年に、ミラノの実業家アウグスト・リチャード氏のグループに吸収され、今日の「リチャード・ジノリ」の名が生まれたのである。

 デザインも色彩も、金と深紅を主体とした東洋的でクラシックなものから、野菜や果物を主題にしたしゃれた色彩の斬新なものまで、さまざまな世代の愛用者を引きつけてきた。

 だが、現在のように食洗機が普及し、洗浄に適した安い洋食器が幅を利かせるようになると、高級洋食器の出番は減ってくる。それとともに売り上げも減る一方になった。

 5月上旬のさる経済専門紙によると、同社は3千万ユーロ(約29億円)の借入金を抱えており、277年の歴史に幕を下ろしそうだという。古き良きものが消え去る時代である。

坂本鉄男
(7月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)