坂本鉄男 イタリア便り 保護したけれど…

 「後悔先に立たず」のことわざほど先人の経験を上手にまとめたものはないと思う。例えばトキである。昔は日本の田野で多くみられたものを乱獲などでほぼ絶滅させ、あげくの果ては中国からもらい受けやっと繁殖にメドがたった。

 だが、野鳥や野獣の数が減ったからといって、無計画に増やすものではない。去る4月に秋田県の「クマ牧場」で、従業員2人が脱走したクマに襲われて死亡する惨事が起こった。クマが凶暴な獣であるのは昔からよく知られている。

 同じようなことが北伊、アルプス山脈の南のトレンティーノ・アルト・アディジェ州でも起ころうとしている。約20年前、野生のクマが二十数頭に減ったため保護し、今では40頭以上に増えてしまった。

 うち1頭がアルプスを越えてドイツ領に入り羊を食い殺して射殺されたが、イタリアの森林警備隊は違う。首輪から出る電波を頼りに、クマが放牧場に近づくとゴム弾を発射して追い払うだけだ。この結果、クマが人家に近づきニワトリ小屋や羊を襲うようになり住民は怒り狂っている。

 スキー客や避暑客など観光が売り物の州だけに、万一、ハイカーや観光客に危害を及ぼすことになれば大変だ。野生動物は管理の行き届いた公園で保護するのが人間にも動物にも最良の方法だろう。

坂本鉄男
(7月8日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)