坂本鉄男 イタリア便り 食べ物への偏見

 約50年前までのイタリアでは、豚肉は主としてハムやソーセージ、サラミ類を作るために使われ、そのまま食肉として利用されることはあまりなかった。しかも、夏場にはカロリーが多すぎると信じられ、4月半ばを境に店先から姿を消すのが常だった。

 幸い今では真夏でも売っている。だが、昔から生ハムなどの加工食品の材料と考えられてきただけに、食肉として改良するための努力をしてこなかったらしい。このせいか、味と柔らかさでは日本の豚肉の方がはるかにうまい。

 魚では、カタクチイワシを除き「青魚は下等な魚」との昔からの偏見が今でも残り、最近でこそサバが店頭に並べられるようになったが、マイワシやアジはまだ扱わない魚屋が多い。イタリア近海産の魚介類が国内需要の30%を満たすにすぎない中で、サバ、マイワシ、アジなどは新鮮な沿岸ものなのに、偏見とは恐ろしい。

 野菜の中にも日本で食べられてもイタリアでは見向きもされないものがある。以前、野草に詳しい知人とワラビ採りに行ったが、われわれが採っているのを不思議そうに眺めていた農家の人が近づいてきてこう言ったのである。

 「日本人はシダの若芽まで食べるのかね。イタリアじゃあ牛も豚も食わねえのに」と。

坂本鉄男
(11月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)