坂本鉄男 イタリア便り 医学部は出たものの

 30年ほど前まで、イタリアの大学には定員も入学試験もなかった。その分、卒業が難しいのだが、将来もうかる仕事に就こうと医学部や建築学部、法学部などに学生が殺到し、医学部では人体解剖も見たことがないまま論文を書いて卒業する学生が多いという噂が、まことしやかに流れていた。

 こんな物騒な医師には誰もかかりたくない。実際、イタリアの全国医師・歯科医師会会長が、「医学部を出ても仕事がないから子供を医学部に入れないように」との新聞広告を出したこともあった。

 その後、まず医学部から定員を設けて入試が始められた。続いて他の学部も次々に定員制を導入して入試を始めると、再び医学部の志願者が多くなってきたのである。

 今年も9月上旬、先陣を切って全国の医学部の入試が始まったが、定員1万人に対し8倍以上の8万4千人が受験した。だが、志望者が多いからといって医師の需要が増えているわけではない。毎年9千人が医学部を卒業しているが、その先の専門課程のポストは4500しかないという。

 結局、イタリアでは職がなく、外国人医師を募集している英国で、約2500人のイタリア人医学部卒業生が医師の職に就いているのが現状である。

坂本鉄男
(10月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)