坂本鉄男 イタリア便り アッシジの5月祭の起源は…

5月を意味する英語のmayも、イタリア語のmaggioも、語源はローマ神話の豊穣(ほうじょう)の女神Maiaにささげた月に由来する。ヨーロッパ各国では昔から、春の到来を祝う祭りとして5月初めに「5月祭」が存在した。

 イタリアでは、共和国憲法第1条が「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国である」と定めてから、5月1日は「労働者の祭典のメーデー」として国民祭日になったが、昔は各地に春祭りがあった。現在、この名残をとどめる一番有名なものは、聖フランシスコの生誕地アッシジの春祭り、カレンディマッジョ「5月1日祭」である。

 この祭りの起源もローマ時代に遡(さかのぼ)るとされているが、アッシジが一番勢力を持った1300年代初頭からは当時のイタリアの全ての都市と同じように、この小さな町も「上の区」と「下の区」の有力者が法王派と皇帝派にわかれて血生臭い争いを続けていた。だが、この祭りの時だけは、町が一つになって祝ったといわれる。

 第二次大戦後に観光と町おこしを兼ねて、再びカレンディマッジョが復活したが、昔と違って、毎年5月の初旬に町が二手に分かれて争う町祭りになっている。「春の女王コンテスト」や「歌合戦」などが主なものだ。

坂本鉄男

(2018年4月29日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 熱湯の中で苦しませて死なすのは残酷との理由で…

イタリアのある雑誌によると、スイスでは今年の3月1日から、伊勢エビやオマールエビなどを生きたまま熱湯に入れてゆで上げるのを禁止しようと考えていたという。理由は、一気に殺すのと違って、熱湯の中で苦しませて死なすのは残酷だからだとか。

 安土桃山時代の大盗賊で「釜ゆでの刑」にされた石川五右衛門が聞いたら「今度生まれ変わってくるならスイスだ」と思うに違いない。

 だが、海がないスイスだとオマールエビなどは、爪を縛られて氷詰めにされ運ばれてくるだろうが、これも残酷といえば残酷だ。

 イタリアでは動物を虐待すると罰せられるが、魚やエビに対する虐待禁止法というのは聞いたことがない。一度、金魚や熱帯魚の水槽の形が問題になったことがあるだけだ。

 2月と3月は豚を殺して生ハムやサラミ類を作る季節である。また、春は昨秋生まれた子ヒツジの食べ頃である。

 ヨーロッパ人は昔から牛や豚や羊を殺してその肉を食べ続けてきたが、この気の毒な家畜たちの殺されるときの苦しみに同情する話は聞いたことがない。

 今に、「鯨の肉を食べる日本人は残酷だ」だけでなく、魚やエビの「生き造り」を食べるのも残酷だと言い出すかもしれない。

坂本鉄男

(2018年4月22日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 胃袋を満たす胃袋料理「トリッパ」 愛される「歯応え」

イタリアの臓物料理の代表的なものの一つはトリッパだ。牛の胃袋料理である。

 牛は上前歯がないので、長い舌で草やわらをからめ、まな板のように硬い上の歯茎と鋭い下歯で切り取った後、奥歯でかみ、胃に送り込む。“うのみ”状態にも近いため、牛の胃袋は4つの部分から成り立つ。口から飲み込んだ草などを第1胃と第2胃である程度、消化した後、もう一度口に戻しかんでから再び第1と第2の胃を経由して第3と第4の胃に送り、本格的に消化する。

 日本でもモツを専門に扱う飲食店では、第1胃をミノ、第2胃をハチノス、第3胃をセンマイ、第4胃をギヤラと呼んで区別する。

 イタリアでは、一般的には胃袋を全部一緒にゆで上げて売っている。ゆで上がった胃袋は全体的に白い。これを、もう一度家庭で柔らかにゆで直し、ある程度の大きさの細長い短冊状に切って料理する。トリッパの料理方法は簡単で、ローマ風でもフィレンツェ風でも基本的にはトマトソースで煮込んだものである。中伊のトスカーナ地方では、一番柔らかい第4胃をランプレドットと呼んで、屋台でパンに挟んで立ち食いしたものだが、今は廃れてしまった。トリッパの独特の歯応えが人々に愛される理由なのだろう。

坂本鉄男

(2018年4月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

杞憂といえるか 「ローマだけは避けて…」中国宇宙施設「天宮1号」落下騒動

古代中国の周の時代、小さな杞という国のある男が、「もし天が落ちてきたら、また、地が崩れたらどうしよう」と心配し、夜も眠れず昼は食べ物ものどを通らなかったという。「無用に憂うこと」を意味する「杞憂(きゆう)」は、この話から生まれたと言い伝えられている。

 去る4月1日から2日にかけて、イタリアの中部から南部にかけての住民は、中国の無人宇宙実験室「天宮1号」の破片が落ちてくるのではないかと気をもんだ。結局は太平洋上に落ちたが…。

 わが家の管理人は「中国の衛星ですよ、どこに落ちるか分かりません。ちょうど復活祭だから、イエス様にローマだけは避けるよう祈るほかはありません」などと話す始末だった。

 だが、「杞憂なのに」と軽くみてはいけない。

 イタリアの防災局は同国南部への落下の確率が0.1%と発表したが、日本の年末ジャンボ宝くじの1等当せん確率が2千万分の1といわれているだけに、はるかに高い確率だったことになる。

 現在、宇宙を回っている人工衛星の総数は4,400機以上といわれている。この人工衛星がいつの日にか、地球上のわれわれの上に落下するかもしれないと考えると、「杞憂」などとのんきに構えていられない。

坂本鉄男

(2018年4月8日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 4月1日はイースター イエスの磔刑と復活

今日は復活祭(イースター)である。つまり、この日の朝、聖母マリアとマグダラのマリアたちが2日前の金曜日に磔(はりつけ)にされたあと埋葬されたイエスの墓参りに行ったところ墓は空でイエスがすでによみがえっていたことを、つまり復活していたことを知るキリスト教徒の最重要な祭日である。

 古代ローマでは、磔刑(たっけい)は反逆罪や殺人などを犯した重罪人に科せられた。イエスは当時のユダヤ教支配層を厳しく批判したため、ユダヤ人評議会からローマ帝国への反逆者として死刑宣告の権限を持っていたローマの属州総督ピラトに渡された。ピラトはイエスの無実を信じたが、ユダヤ人たちの圧力に屈して磔刑が宣告されたという。

 磔刑による処刑人数が多いので有名なのはキリスト教と関係はないが紀元前73年にベスビオ山麓で起こった剣闘士スパルタクスの反乱である。制圧後捕虜6千人がナポリ北のカプアからローマへのアッピア街道沿いに見せしめのため磔にされ鳥の餌食にされた。

 磔になっても即座に死ぬのではない。罪人は両手首を横木に、両足首を柱にくぎで打ち付けられ体重で体を支えられなくなって呼吸困難になり、長時間苦しんで死んだのである。

 キリストも正午近くに磔にされ午後3時ごろ息を引き取ったとされている。

坂本鉄男

(2018年4月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ナポリ式ピッツァ「マルゲリータ」の由来ってご存じですか?

    昨年12月中旬、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の文化遺産にナポリのピッツァ職人の技術が選ばれた。ナポリで生まれたピッツァは今や日本を含め世界中に普及し、世界一ピッツァ好きの米国人の1人当たりの年間消費量は13キロと、本場イタリア人の7.6キロをはるかに上回る。とはいえ、イタリア中では毎日500万枚のピッツァが焼き上げられ年売上総額100億ユーロ(1兆2,300億円)という一大食品産業である。

 ナポリ式ピッツァは具がトマト、モッツァレラチーズ、オリーブオイル、オレガノなどで、周りが平べったい普通のピッツァと同じだが、形は必ず円盤形で縁がふっくらと盛り上がったタイプのものである点が違う。また、かまども電気を使わず、まきをたくタイプに限っていて、高温でごく短時間で焼き上げる。

 いろいろ種類は多いが、一番有名なものの一つは「ピッツァ・マルゲリータ」であろう。1889年、サボイア王家のマルゲリータ王妃がナポリの王宮に滞在中、名物のピッツァをご所望になった。感激したナポリ一のピッツァ職人ラファエレ・エスポジトが新生イタリア王国の三色旗を表し、トマトの赤、モッツァレラの白、バジリコの緑をあしらい「マルゲリータ王妃」と命名して献上し大変喜ばれたという逸話が残っている。

坂本鉄男

(2018年3月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 就職試験シーズン…縁故主義、どこにでも

就職試験の季節が始まろうとしている。「君はいいな、コネがあるから」などの会話が聞かれるシーズンである。コネ、すなわち縁故主義は英語でもフランス語でもネポティズムである。この語源は、中世のカトリック教会で世俗的権力を持った高位聖職者が後継者に自分の息子を、ラテン語でネポス、つまりイタリア語の「ニポーテ(おい、めいの意)」と称し登用する悪例から端を発したといわれる。

 その最悪の例を作ったのが、約500年前のボルジア家出身の法王アレクサンデル6世である。

 彼は、愛人に産ませた子供を「ニポーテ」と呼んで、枢機卿(法王選挙権を持ち当時は数が少なく絶大な権力を持っていた)などに任命し自分の周囲を身内で固めようとした。

 小説の主人公にも取り上げられた息子のチェーザレ・ボルジアは枢機卿、軍人、政治家として活躍し、娘のルクレツィア・ボルジアは一度結婚していたが、法王宮殿内で豪華な結婚式を挙げ有力貴族ペーザロ公と結婚させられた。全ての人が実情を知っていたが、公式には「おい」であり、「めい」であったのである。

 縁故主義は人間社会どこにでも存在し、わが国の政界の2世、3世議員などもその類であるし、中国の太子党などもその部類に属する。

坂本鉄男

(2018年3月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 倒木が相次ぐ「ローマの松」…赤字の市当局は四苦八苦

「ローマの松」というと、音楽愛好者は誰でも作曲家、レスピーギ(1879~1936年)を思い出す。彼は1913年、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の作曲科教授として赴任して以来、ローマの自然と風物に魅了され「ローマの泉」「ローマの松」「ローマの祭り」の3部の交響詩を作曲した。

 さて、レスピーギを魅了したローマの松だが日本と剪定(せんてい)方法が違う。日本の松は下の方から左右に枝ぶり良く枝を張らせることも多いが、イタリアの松は下枝は全部を切り落として幹をまっすぐ高く伸ばし、てっぺんの方に唐傘のように丸く枝をまとめあげる。このため、てっぺんに雪が積もったり強風に遭ったりすると、根の浅い樹木だけに簡単に重心を失い倒れてしまう。

 2月26日早朝にローマでは珍しくかなりの降雪があり「美しい雪の都」が出現したが、倒木と折れた枝で何台もの車の屋根が壊された。

 これは松だけでなくテベレ川沿いのプラタナスの並木も同じで、昨年だけでローマ市内の倒木事件は約40件に上った。市当局は安全対策として高さ20メートル以上の街路樹の点検を行うことにしたが、赤字財政の市だけに手の打ちようがない。

 今、レスピーギがローマに赴任したら交響詩の着想など到底浮かばないのではないか。

坂本鉄男

(2018年3月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 漏水率の高い国イタリア 日本の10倍以上 なぜこんなに水を無駄にするの?

漏水率とは、浄水場から供給された水道水が家庭の蛇口にまで達する間にどのくらい漏れるかの割合をいう。日本全国の平均漏水率は5%と世界でも最低国の一つといわれている。

 これに対し、イタリア統計局によると、イタリア全国の平均漏水率は55%以上と極めて高い。漏水率42・9%のローマを州都とするラツィオ州の都市フロジノーネの水道は、全国最悪の71・9%の漏水率である。水道とは家庭に水を供給するよりは、地下に水をたれ流すために存在すると言いたいような数字だ。

 全国的に見ると漏水率は北伊が低く、ミラノ12・2%、トリノ24・6%、ベネチア28・7%であるのに対し、南に下っていくに従って悪くなり、フィレンツェ45・7%、ナポリ34%、シチリアの州都パレルモ45%などとなっている。

 中・南伊の漏水率が高いのは、地方自治体が財源難のため水道施設の老朽化に対処し切れない点にある。これだけ飲料水を無駄に地下に流してもそれほど困らずにこられたのは、イタリアが全国的に見れば豊富な水源に恵まれているためだ。

 とはいえ、シチリアなど南部では、夏の渇水期には水不足で断水する市町村が出現する。世界的な温暖化時代だ。今のうちに老朽化に対処しておかなければと心配になる。

坂本鉄男

(2018年2月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 4千万人以上死者出した「スペイン風邪」の教訓

日本と同じように、イタリア国内のインフルエンザの流行は今季、近年になく激しい。1月中旬までに400万人、つまり国民15人に1人が感染したといわれる。原因の一つは、一部地域で配布されたワクチンが今年のインフルエンザに効かないものだったためだ。

 インフルエンザの流行で有名なのは、ちょうど100年前、第一次世界大戦中の1918年に始まった通称「スペイン風邪」だ。患者数は当時の世界人口の3割にあたる約5億人、死者数は4千万人以上と推定される。被害の規模は人類史上最悪の戦争となった第二次世界大戦の犠牲者を上回ったとする推計もある。

 スペイン風邪は、同年3月ごろ米国で発生した。感染源が米国だったにもかかわらず「スペイン」の名を冠したのは、戦争中の各国が情報を隠蔽(いんぺい)する中、中立国だったスペインが流行情報を世界に発信したことに由来するといわれる。

 米軍の進軍とともに大西洋を渡り、5~6月にはヨーロッパ全土に拡大。翌年の秋まで毒性を強め、世界中に蔓延(まんえん)した。日本でも皇族の竹田宮恒久王、東京駅の設計者で建築家の辰野金吾、劇作家の島村抱月など著名人が相次いで死去している。

 100年前のスペイン風邪の教訓を思い出し、万全の感染予防対策に努めたい。

坂本鉄男

(2018年1月28日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 幼いイエスが受け取った3つの贈り物とは

6日はカトリック教会の「ご公現の祝日」で、イタリアでは祭日だ。イエスが初めて人間社会の代表ともいうべき「東方の3博士」の前に姿を現し、贈り物を受け取ったことを祝う日である。

 新約聖書の巻頭のマタイ福音書第2章には、星に導かれ生まれたばかりのイエスを拝みにきた3博士と贈り物の話が登場する。昔のイタリアでは、子供たちはクリスマスではなく、6日にプレゼントをもらった。良い子にはオモチャが、悪い子には黒い炭の形をした砂糖菓子が渡された。

 さて、しばしばルネサンス美術の題材になってきた、幼いイエスに礼拝する3博士の贈り物とは何か、ご存じだろうか。聖書の解説では「(王に対する)黄金」、「(神に対する)乳香」、「(はりつけにされるイエスへの)没薬(もつやく)」とある。黄金は分かるが、乳香と没薬は聞きなれない言葉だ。

 これらはともに、アラビア半島や東アフリカに自生する樹木が分泌する樹脂から採集される。乳香は昔から神殿で香としてたかれた。現在でもローマ法王の出席する儀式で、振り香炉に入れられ、煙で祭壇を清めるのに使われているという。

 没薬も香水の原料となったほか、鎮痛剤、防腐剤などに用いられ、大変高価なものだったらしい。

坂本鉄男

(2018年1月7日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り キリストの生誕日は?

25日は、キリストの生誕を祝うクリスマス。キリスト教徒にとって最大の祝日である。

 キリストが生まれたとされる年が西暦元年に設定され、これより後は、英語ではAD(Anno Domini=主の年)、イタリア語ではd.C(dopo Cristo=キリスト後)などと表される。紀元前は同様にBC(Before Christ)やa.C(avanti Cristo=キリスト前)と表記される。

 この西暦元年は、6世紀のローマの神学者、ディオニシウス・エクシグウスが歴史および占星術上の計算を基に割り出した。しかし、キリストの本当の生まれ年は、ディオニシウスが割り出した元年より4~7年早かったというのが今日では定説になっている。また、誕生日とされる12月25日も、古代ローマ時代の冬至を祝う農民の祭日に重ねたのではないかともいわれている。

 結局キリストが生まれた日は分からないが、どちらにせよ日本人の大部分にとって重要なことではないだろう。せっかくのクリスマスだ。お父さんが買ってきてくれたクリスマスケーキ、お母さんの用意したごちそうを食べて楽しく過ごそうではないか。また親しい友人と飲み食いしてにぎやかに過ごそうではないか。

坂本鉄男(2017年12月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ウナギは冬が一番おいしい!?…ナイフとフォークで食べる1つ星店の「かば焼き」

先日、ローマで人気上昇中のミシュランの一つ星レストランで9皿のフルコースを注文したのだが、最後から2番目に「ウナギのかば焼き」が出たのには驚いた。目をこらして眺めてから口に入れたが、完全に日本式のウナギのかば焼きだった。唯一の違いは腹側の皮がとってあったことだ。ご飯がなく、ナイフとフォークで食べるのもやや味気なかった。

 オーナーシェフを呼んでかば焼きの由来を聞いたところ、北欧系のセカンドシェフが、修業先の東京で料理法を学んで帰ってきたのだという。

「ローマ付近の湖では針でウナギを釣るため、ストレスがたまって味が良くない。北イタリアのポー川河口にあるデルタ(三角州)地帯の中心、コマッキオ産のものを取り寄せて使っています」。オーナーシェフはうんちくを傾けた上で、「ウナギは冬が一番脂が乗っておいしいのです」とも説明した。

 日本では江戸時代の学者、平賀源内が夏場の客離れを嘆いた鰻(うなぎ)屋に提案した宣伝文句「土用の丑の日」が定着して以来、ウナギの味に関係なく、夏が旬だと信じられている。夏の「丑の日」に登場する脂の少ないウナギでなく、脂の乗った冬のウナギのかば焼きを食べ、味を比較なさることをぜひおすすめしたい。

坂本鉄男

(2017年12月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ベルルスコーニ氏ニンマリ? 変わる離婚 男たちには「福音」判決か

メディア王で「超大金持ち」のベルルスコーニ元首相と、2014年に離婚が成立した元夫人。法廷を舞台にした両者の争いで、16日、次のような判決が下された。「元夫人はこれまで受け取った扶養料のうち6千万ユーロ(約80億円)を返還すべし」

 当欄でも以前に紹介したように、5月に別の裁判でイタリア最高裁判所が下した判決は、これまでのイタリアの離婚後の扶養料の考え方を根底から覆した。

 夫は離婚後も、妻が従前と同等の生活水準を維持できる額を支払うとされてきたが、「妻が資産を有し経済力がある場合は、扶養料は必要ない」との初判断を示したのである。不動産を処分するなどして苦しい生活を余儀なくされてきた男たちにとっては福音とも呼ぶべき判決だが、歓迎したのは大富豪も同じだった。

 冒頭の判決で、離婚以来元夫人に毎月140万ユーロの扶養料を支払ってきたベルルスコーニ氏の減額要求に対し、ミラノ高裁は「元夫人は経済的に十二分なる能力を有するため、元夫から扶養料をもらう資格はない」と判断した。元夫人は3億ユーロ以上の資産を有するとも推定されている。

 イタリアの法廷の正面には、「法は万人に平等」のモットーが掲げられている。元首相はニンマリと眺めているのではないか。

坂本鉄男

(2017年11月26日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り W杯敗戦ショック 経済への波及効果も…

ミラノで13日に行われたサッカーW杯ロシア大会ヨーロッパ予選プレーオフで、イタリアはホームアンドアウェー方式の第1戦ですでに敗れていたスウェーデンと対戦した。背水の陣を敷いて戦ったが相手の強固な防御に阻まれ引き分けに終わり、14大会連続出場の強豪が60年ぶりに本戦出場を逃すことが決まった。

 サッカーはイタリアの国技ともいうべきスポーツ。W杯出場は当然のことと思われていただけに、北アイルランドに敗れた1958年以来の不出場がイタリア国民に与えたショックは大きい。ある新聞は「国内政治の不統一がチームに影響を与えたのでは」とまで書くありさまだった。

 W杯優勝チームの賞金は約3400万ユーロ(約45億円)。準々決勝まで進出した場合でも約1160万ユーロが支払われるという。本戦出場に伴う高額の賞金も逃した形だが、経済面の影響はイタリアサッカー界にとどまらない。

 2006年にイタリアが優勝したときには、国際的に大きな宣伝になり、イタリア製品の輸出が10%増加したという。国内総生産は4・1%押し上げられたともいわれ、国内経済への波及効果も大きいようだ。

 こう考えると、W杯出場にサッカーファンだけではなく、一般国民も一喜一憂する理由がよくわかる。

坂本鉄男

(2017年11月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 小春日和、伊では「聖者の夏」…その由来は

昔の日本人は、なんとしゃれた艶やかな表現を考え出したのだろう。「小春日和」とは、旧暦の10月の異称の「小春」から出たもので、この時期に(つまり晩秋から初冬にかけて)、気候がまるで一時的に春に似たような暖かい日が続くことをいう。この気象現象は、日本ばかりでなく世界各地で見られ、米国ではインディアン・サマーと表現されるそうだ。

 イタリアでは、この小春日和を「サン(聖)マルティーノの夏」と呼んでいる。伝説によると4世紀、貴族出身でローマ軍団の将校であったマルティーノ(のちにカトリックに改宗し聖人に列せられた)が、晩秋の氷雨が降る日に馬を進めていると、一人の物乞いが寒さに震えていた。これを見たマルティーノは、剣を抜いて自分の羽織っていた白い近衛将校用マントを2つに裂き、片方を与えたのである。

 しばらく行くと、別の物乞いが同じように寒さに震えている。彼は自分の残りのマントを与えたが、天がこの行為を見て、寒さを和らげたと伝えられている。この場面は、聖人の逸話としてよくカトリック絵画の題材に取り上げられてきた。

 彼は後年、フランスのツールの市民に請われて司教となり、布教に尽くしたといわれる。

坂本鉄男

(2017年11月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り インチキ百人隊長にご注意

古代ローマ帝国の強力な軍団の中枢をなしていたのが、ケントゥリオ(イタリア語でチェントゥリオーネ)と呼ばれる「百人隊長」だった。大体、100人の部下を指揮・監督していたのでこの名前で呼ばれた。百人隊長の軍装は、普通の軍団兵と比べて非常に派手で、羽根飾りのついたかぶとや数多くの勲章をぶら下げたよろい、左前にさした短剣などが特徴であった。

 さて、この古代ローマの百人隊長の格好をした男たちが、円形闘技場コロッセオなどローマ市内の名所旧跡にたむろし、観光客を相手に記念写真を撮らせてチップを取っている。一時、市当局がこうしたいかがわしい連中は観光都市にふさわしくなく、違法だとして処分を下したが、彼らの一部が生活権の侵害として行政裁判所に訴えた結果、市の禁止条例が停止され、無秩序状態に陥っている。

 東京から来た友人は、古代ローマとはなんの関係もないローマ市のど真ん中の観光名所「スペイン階段」で、この古代の軍装をした男に呼び止められた。一緒に記念写真を撮ってチップを与えたところ、額が少ないと脅される目に遭ったという。

 秋の観光シーズンにローマにおいでの方は、遺跡で待ち構えるハリボテで飾ったインチキ百人隊長の餌食にならないようご注意を。

坂本鉄男

(2017年10月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 蒸気機関車の発明が生んだ新たな悲劇…後を絶たない鉄道自殺

東京近郊に住む友人の手紙にこうあった。「都心に行くのにJR中央線を利用するのだが、よく人身事故による遅延に出くわす。大部分が投身自殺だ。中央線は日本でも最も投身自殺が多い路線の一つらしい」と。

 イタリアでも最近鉄道自殺が多くなり、2015年には135件発生している。だが、未遂を含む発生件数が過去10年間で約6千件にも上るという日本ほどではない。

 私が外国にも鉄道自殺があるのを知ったのは中学時代、トルストイの長編小説「アンナ・カレーニナ」を読んでからだ。美しく裕福な女主人公が人生に絶望して列車に飛び込み自殺する状況を、トルストイがかなり詳しく描いているのに驚いたことを思い出す。

 「鉄道の父」スティーブンソンが蒸気機関車を製作したのが1814年。イタリアのナポリ-ポルティチ間で約7キロの路線が開通したのが1839年。新橋-横浜間での鉄道開業が1872(明治5)年。そして、1877年に「アンナ・カレーニナ」の初版が刊行された。

 こうしてみると、蒸気機関車の発明が人間に新しい自殺の方法を教えるのに、それほどの年月がかからなかったことがわかる。

 不幸を抱えて列車に飛び込む人をなんとか助けられないものか。

坂本鉄男

(2017年10月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 風呂との縁切ってしまった中世ヨーロッパ

残暑の厳しいときは入浴が一番である。浴槽の中で手足を伸ばしたとき、日本に生まれた幸福感を一番強く感じる瞬間ではないか。

 古代ギリシャ人もローマ人も風呂が好きだった。このため、古代ギリシャでは客に風呂を所望され、断ることは大きな侮辱になったといわれる。カラカラ帝の大浴場で知られるように、ローマ皇帝たちは民衆の人気集めに大浴場を建設し、国外に植民都市を建設するときにも必ず大浴場を建てた。現在も各地の植民地跡にその名残がある。

 そんなヨーロッパ人と風呂の縁が切れるのは、蛮族の侵入により水道施設や浴場が破壊されたことと、キリスト教文化による。教会は、体の清潔は精神的清浄を意味すると考える一方、裸体で浴槽につかっていることは肉欲にも繋がると否定的だった。中世の医学でも、入浴により皮膚の表面から水の悪い成分が体内に入ると信じられた。

 ローマの貴族出身で、わずか13歳で殉教したと伝えられる聖女アグネスは、一度も入浴したことがないといわれる。フランス王ルイ14世は約70年の在位中1回風呂に入っただけであった。貴婦人たちも同様で、風呂に入る代わりに下着を絶えず替え、体臭を隠すため香水をふりかけていた。

 湯浴(ゆあ)み好きだった日本女性の方がずっと清潔であったのである。

坂本鉄男

(2017年9月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 青かびチーズ・ゴルゴンゾーラのにおい 日本人向きの「甘口」、「辛口」は強烈

7月に日欧の経済連携協定(EPA)が大枠合意に達し、輸入拡大が見込まれる欧州産チーズ。フランスに負けず劣らず、イタリアにも豊富な種類のチーズが存在することが、日本ではあまり知られていない。

 牛乳あるいは羊乳のチーズを青かびで熟成させたブルーチーズでいえば、イタリアのゴルゴンゾーラはフランスのロックフォール、イギリスのスティルトンと並び、世界の三大ブルーチーズと称されている。近年は日本でもかなり人気で、そのままパンに塗って食べたり、パスタのソースに混ぜて使われたりしている。

 北伊のピエモンテ州とロンバルディア州の特産品。牛乳のみを原料とする。名前の起源はロンバルディアの州都ミラノの東、約15キロのゴルゴンゾーラ村だ。それほど歴史の古いチーズではなく、15世紀以降のものといわれる。

 普通は店で切ってもらい購入するが、原型は直径25センチ前後、高さ15センチほどの円筒型である。甘口(ドルチェ)と辛口(ピッカンテ)の2種類があり、50日ほど熟成させた甘口は、青かびの量も少なく、独特のクセはそれほどではない。

 一方、辛口は甘口の原形に針で穴をたくさん開け、内部まで青かびを浸透させ80日ほど熟成させたものだ。慣れない日本人は、匂いの強い辛口は避けた方が良い。

坂本鉄男

(2017年9月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)