坂本鉄男 イタリア便り 倒木が相次ぐ「ローマの松」…赤字の市当局は四苦八苦

「ローマの松」というと、音楽愛好者は誰でも作曲家、レスピーギ(1879~1936年)を思い出す。彼は1913年、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の作曲科教授として赴任して以来、ローマの自然と風物に魅了され「ローマの泉」「ローマの松」「ローマの祭り」の3部の交響詩を作曲した。

 さて、レスピーギを魅了したローマの松だが日本と剪定(せんてい)方法が違う。日本の松は下の方から左右に枝ぶり良く枝を張らせることも多いが、イタリアの松は下枝は全部を切り落として幹をまっすぐ高く伸ばし、てっぺんの方に唐傘のように丸く枝をまとめあげる。このため、てっぺんに雪が積もったり強風に遭ったりすると、根の浅い樹木だけに簡単に重心を失い倒れてしまう。

 2月26日早朝にローマでは珍しくかなりの降雪があり「美しい雪の都」が出現したが、倒木と折れた枝で何台もの車の屋根が壊された。

 これは松だけでなくテベレ川沿いのプラタナスの並木も同じで、昨年だけでローマ市内の倒木事件は約40件に上った。市当局は安全対策として高さ20メートル以上の街路樹の点検を行うことにしたが、赤字財政の市だけに手の打ちようがない。

 今、レスピーギがローマに赴任したら交響詩の着想など到底浮かばないのではないか。

坂本鉄男

(2018年3月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 漏水率の高い国イタリア 日本の10倍以上 なぜこんなに水を無駄にするの?

漏水率とは、浄水場から供給された水道水が家庭の蛇口にまで達する間にどのくらい漏れるかの割合をいう。日本全国の平均漏水率は5%と世界でも最低国の一つといわれている。

 これに対し、イタリア統計局によると、イタリア全国の平均漏水率は55%以上と極めて高い。漏水率42・9%のローマを州都とするラツィオ州の都市フロジノーネの水道は、全国最悪の71・9%の漏水率である。水道とは家庭に水を供給するよりは、地下に水をたれ流すために存在すると言いたいような数字だ。

 全国的に見ると漏水率は北伊が低く、ミラノ12・2%、トリノ24・6%、ベネチア28・7%であるのに対し、南に下っていくに従って悪くなり、フィレンツェ45・7%、ナポリ34%、シチリアの州都パレルモ45%などとなっている。

 中・南伊の漏水率が高いのは、地方自治体が財源難のため水道施設の老朽化に対処し切れない点にある。これだけ飲料水を無駄に地下に流してもそれほど困らずにこられたのは、イタリアが全国的に見れば豊富な水源に恵まれているためだ。

 とはいえ、シチリアなど南部では、夏の渇水期には水不足で断水する市町村が出現する。世界的な温暖化時代だ。今のうちに老朽化に対処しておかなければと心配になる。

坂本鉄男

(2018年2月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 4千万人以上死者出した「スペイン風邪」の教訓

日本と同じように、イタリア国内のインフルエンザの流行は今季、近年になく激しい。1月中旬までに400万人、つまり国民15人に1人が感染したといわれる。原因の一つは、一部地域で配布されたワクチンが今年のインフルエンザに効かないものだったためだ。

 インフルエンザの流行で有名なのは、ちょうど100年前、第一次世界大戦中の1918年に始まった通称「スペイン風邪」だ。患者数は当時の世界人口の3割にあたる約5億人、死者数は4千万人以上と推定される。被害の規模は人類史上最悪の戦争となった第二次世界大戦の犠牲者を上回ったとする推計もある。

 スペイン風邪は、同年3月ごろ米国で発生した。感染源が米国だったにもかかわらず「スペイン」の名を冠したのは、戦争中の各国が情報を隠蔽(いんぺい)する中、中立国だったスペインが流行情報を世界に発信したことに由来するといわれる。

 米軍の進軍とともに大西洋を渡り、5~6月にはヨーロッパ全土に拡大。翌年の秋まで毒性を強め、世界中に蔓延(まんえん)した。日本でも皇族の竹田宮恒久王、東京駅の設計者で建築家の辰野金吾、劇作家の島村抱月など著名人が相次いで死去している。

 100年前のスペイン風邪の教訓を思い出し、万全の感染予防対策に努めたい。

坂本鉄男

(2018年1月28日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 幼いイエスが受け取った3つの贈り物とは

6日はカトリック教会の「ご公現の祝日」で、イタリアでは祭日だ。イエスが初めて人間社会の代表ともいうべき「東方の3博士」の前に姿を現し、贈り物を受け取ったことを祝う日である。

 新約聖書の巻頭のマタイ福音書第2章には、星に導かれ生まれたばかりのイエスを拝みにきた3博士と贈り物の話が登場する。昔のイタリアでは、子供たちはクリスマスではなく、6日にプレゼントをもらった。良い子にはオモチャが、悪い子には黒い炭の形をした砂糖菓子が渡された。

 さて、しばしばルネサンス美術の題材になってきた、幼いイエスに礼拝する3博士の贈り物とは何か、ご存じだろうか。聖書の解説では「(王に対する)黄金」、「(神に対する)乳香」、「(はりつけにされるイエスへの)没薬(もつやく)」とある。黄金は分かるが、乳香と没薬は聞きなれない言葉だ。

 これらはともに、アラビア半島や東アフリカに自生する樹木が分泌する樹脂から採集される。乳香は昔から神殿で香としてたかれた。現在でもローマ法王の出席する儀式で、振り香炉に入れられ、煙で祭壇を清めるのに使われているという。

 没薬も香水の原料となったほか、鎮痛剤、防腐剤などに用いられ、大変高価なものだったらしい。

坂本鉄男

(2018年1月7日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り キリストの生誕日は?

25日は、キリストの生誕を祝うクリスマス。キリスト教徒にとって最大の祝日である。

 キリストが生まれたとされる年が西暦元年に設定され、これより後は、英語ではAD(Anno Domini=主の年)、イタリア語ではd.C(dopo Cristo=キリスト後)などと表される。紀元前は同様にBC(Before Christ)やa.C(avanti Cristo=キリスト前)と表記される。

 この西暦元年は、6世紀のローマの神学者、ディオニシウス・エクシグウスが歴史および占星術上の計算を基に割り出した。しかし、キリストの本当の生まれ年は、ディオニシウスが割り出した元年より4~7年早かったというのが今日では定説になっている。また、誕生日とされる12月25日も、古代ローマ時代の冬至を祝う農民の祭日に重ねたのではないかともいわれている。

 結局キリストが生まれた日は分からないが、どちらにせよ日本人の大部分にとって重要なことではないだろう。せっかくのクリスマスだ。お父さんが買ってきてくれたクリスマスケーキ、お母さんの用意したごちそうを食べて楽しく過ごそうではないか。また親しい友人と飲み食いしてにぎやかに過ごそうではないか。

坂本鉄男(2017年12月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ウナギは冬が一番おいしい!?…ナイフとフォークで食べる1つ星店の「かば焼き」

先日、ローマで人気上昇中のミシュランの一つ星レストランで9皿のフルコースを注文したのだが、最後から2番目に「ウナギのかば焼き」が出たのには驚いた。目をこらして眺めてから口に入れたが、完全に日本式のウナギのかば焼きだった。唯一の違いは腹側の皮がとってあったことだ。ご飯がなく、ナイフとフォークで食べるのもやや味気なかった。

 オーナーシェフを呼んでかば焼きの由来を聞いたところ、北欧系のセカンドシェフが、修業先の東京で料理法を学んで帰ってきたのだという。

「ローマ付近の湖では針でウナギを釣るため、ストレスがたまって味が良くない。北イタリアのポー川河口にあるデルタ(三角州)地帯の中心、コマッキオ産のものを取り寄せて使っています」。オーナーシェフはうんちくを傾けた上で、「ウナギは冬が一番脂が乗っておいしいのです」とも説明した。

 日本では江戸時代の学者、平賀源内が夏場の客離れを嘆いた鰻(うなぎ)屋に提案した宣伝文句「土用の丑の日」が定着して以来、ウナギの味に関係なく、夏が旬だと信じられている。夏の「丑の日」に登場する脂の少ないウナギでなく、脂の乗った冬のウナギのかば焼きを食べ、味を比較なさることをぜひおすすめしたい。

坂本鉄男

(2017年12月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ベルルスコーニ氏ニンマリ? 変わる離婚 男たちには「福音」判決か

メディア王で「超大金持ち」のベルルスコーニ元首相と、2014年に離婚が成立した元夫人。法廷を舞台にした両者の争いで、16日、次のような判決が下された。「元夫人はこれまで受け取った扶養料のうち6千万ユーロ(約80億円)を返還すべし」

 当欄でも以前に紹介したように、5月に別の裁判でイタリア最高裁判所が下した判決は、これまでのイタリアの離婚後の扶養料の考え方を根底から覆した。

 夫は離婚後も、妻が従前と同等の生活水準を維持できる額を支払うとされてきたが、「妻が資産を有し経済力がある場合は、扶養料は必要ない」との初判断を示したのである。不動産を処分するなどして苦しい生活を余儀なくされてきた男たちにとっては福音とも呼ぶべき判決だが、歓迎したのは大富豪も同じだった。

 冒頭の判決で、離婚以来元夫人に毎月140万ユーロの扶養料を支払ってきたベルルスコーニ氏の減額要求に対し、ミラノ高裁は「元夫人は経済的に十二分なる能力を有するため、元夫から扶養料をもらう資格はない」と判断した。元夫人は3億ユーロ以上の資産を有するとも推定されている。

 イタリアの法廷の正面には、「法は万人に平等」のモットーが掲げられている。元首相はニンマリと眺めているのではないか。

坂本鉄男

(2017年11月26日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り W杯敗戦ショック 経済への波及効果も…

ミラノで13日に行われたサッカーW杯ロシア大会ヨーロッパ予選プレーオフで、イタリアはホームアンドアウェー方式の第1戦ですでに敗れていたスウェーデンと対戦した。背水の陣を敷いて戦ったが相手の強固な防御に阻まれ引き分けに終わり、14大会連続出場の強豪が60年ぶりに本戦出場を逃すことが決まった。

 サッカーはイタリアの国技ともいうべきスポーツ。W杯出場は当然のことと思われていただけに、北アイルランドに敗れた1958年以来の不出場がイタリア国民に与えたショックは大きい。ある新聞は「国内政治の不統一がチームに影響を与えたのでは」とまで書くありさまだった。

 W杯優勝チームの賞金は約3400万ユーロ(約45億円)。準々決勝まで進出した場合でも約1160万ユーロが支払われるという。本戦出場に伴う高額の賞金も逃した形だが、経済面の影響はイタリアサッカー界にとどまらない。

 2006年にイタリアが優勝したときには、国際的に大きな宣伝になり、イタリア製品の輸出が10%増加したという。国内総生産は4・1%押し上げられたともいわれ、国内経済への波及効果も大きいようだ。

 こう考えると、W杯出場にサッカーファンだけではなく、一般国民も一喜一憂する理由がよくわかる。

坂本鉄男

(2017年11月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 小春日和、伊では「聖者の夏」…その由来は

昔の日本人は、なんとしゃれた艶やかな表現を考え出したのだろう。「小春日和」とは、旧暦の10月の異称の「小春」から出たもので、この時期に(つまり晩秋から初冬にかけて)、気候がまるで一時的に春に似たような暖かい日が続くことをいう。この気象現象は、日本ばかりでなく世界各地で見られ、米国ではインディアン・サマーと表現されるそうだ。

 イタリアでは、この小春日和を「サン(聖)マルティーノの夏」と呼んでいる。伝説によると4世紀、貴族出身でローマ軍団の将校であったマルティーノ(のちにカトリックに改宗し聖人に列せられた)が、晩秋の氷雨が降る日に馬を進めていると、一人の物乞いが寒さに震えていた。これを見たマルティーノは、剣を抜いて自分の羽織っていた白い近衛将校用マントを2つに裂き、片方を与えたのである。

 しばらく行くと、別の物乞いが同じように寒さに震えている。彼は自分の残りのマントを与えたが、天がこの行為を見て、寒さを和らげたと伝えられている。この場面は、聖人の逸話としてよくカトリック絵画の題材に取り上げられてきた。

 彼は後年、フランスのツールの市民に請われて司教となり、布教に尽くしたといわれる。

坂本鉄男

(2017年11月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り インチキ百人隊長にご注意

古代ローマ帝国の強力な軍団の中枢をなしていたのが、ケントゥリオ(イタリア語でチェントゥリオーネ)と呼ばれる「百人隊長」だった。大体、100人の部下を指揮・監督していたのでこの名前で呼ばれた。百人隊長の軍装は、普通の軍団兵と比べて非常に派手で、羽根飾りのついたかぶとや数多くの勲章をぶら下げたよろい、左前にさした短剣などが特徴であった。

 さて、この古代ローマの百人隊長の格好をした男たちが、円形闘技場コロッセオなどローマ市内の名所旧跡にたむろし、観光客を相手に記念写真を撮らせてチップを取っている。一時、市当局がこうしたいかがわしい連中は観光都市にふさわしくなく、違法だとして処分を下したが、彼らの一部が生活権の侵害として行政裁判所に訴えた結果、市の禁止条例が停止され、無秩序状態に陥っている。

 東京から来た友人は、古代ローマとはなんの関係もないローマ市のど真ん中の観光名所「スペイン階段」で、この古代の軍装をした男に呼び止められた。一緒に記念写真を撮ってチップを与えたところ、額が少ないと脅される目に遭ったという。

 秋の観光シーズンにローマにおいでの方は、遺跡で待ち構えるハリボテで飾ったインチキ百人隊長の餌食にならないようご注意を。

坂本鉄男

(2017年10月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 蒸気機関車の発明が生んだ新たな悲劇…後を絶たない鉄道自殺

東京近郊に住む友人の手紙にこうあった。「都心に行くのにJR中央線を利用するのだが、よく人身事故による遅延に出くわす。大部分が投身自殺だ。中央線は日本でも最も投身自殺が多い路線の一つらしい」と。

 イタリアでも最近鉄道自殺が多くなり、2015年には135件発生している。だが、未遂を含む発生件数が過去10年間で約6千件にも上るという日本ほどではない。

 私が外国にも鉄道自殺があるのを知ったのは中学時代、トルストイの長編小説「アンナ・カレーニナ」を読んでからだ。美しく裕福な女主人公が人生に絶望して列車に飛び込み自殺する状況を、トルストイがかなり詳しく描いているのに驚いたことを思い出す。

 「鉄道の父」スティーブンソンが蒸気機関車を製作したのが1814年。イタリアのナポリ-ポルティチ間で約7キロの路線が開通したのが1839年。新橋-横浜間での鉄道開業が1872(明治5)年。そして、1877年に「アンナ・カレーニナ」の初版が刊行された。

 こうしてみると、蒸気機関車の発明が人間に新しい自殺の方法を教えるのに、それほどの年月がかからなかったことがわかる。

 不幸を抱えて列車に飛び込む人をなんとか助けられないものか。

坂本鉄男

(2017年10月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 風呂との縁切ってしまった中世ヨーロッパ

残暑の厳しいときは入浴が一番である。浴槽の中で手足を伸ばしたとき、日本に生まれた幸福感を一番強く感じる瞬間ではないか。

 古代ギリシャ人もローマ人も風呂が好きだった。このため、古代ギリシャでは客に風呂を所望され、断ることは大きな侮辱になったといわれる。カラカラ帝の大浴場で知られるように、ローマ皇帝たちは民衆の人気集めに大浴場を建設し、国外に植民都市を建設するときにも必ず大浴場を建てた。現在も各地の植民地跡にその名残がある。

 そんなヨーロッパ人と風呂の縁が切れるのは、蛮族の侵入により水道施設や浴場が破壊されたことと、キリスト教文化による。教会は、体の清潔は精神的清浄を意味すると考える一方、裸体で浴槽につかっていることは肉欲にも繋がると否定的だった。中世の医学でも、入浴により皮膚の表面から水の悪い成分が体内に入ると信じられた。

 ローマの貴族出身で、わずか13歳で殉教したと伝えられる聖女アグネスは、一度も入浴したことがないといわれる。フランス王ルイ14世は約70年の在位中1回風呂に入っただけであった。貴婦人たちも同様で、風呂に入る代わりに下着を絶えず替え、体臭を隠すため香水をふりかけていた。

 湯浴(ゆあ)み好きだった日本女性の方がずっと清潔であったのである。

坂本鉄男

(2017年9月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 青かびチーズ・ゴルゴンゾーラのにおい 日本人向きの「甘口」、「辛口」は強烈

7月に日欧の経済連携協定(EPA)が大枠合意に達し、輸入拡大が見込まれる欧州産チーズ。フランスに負けず劣らず、イタリアにも豊富な種類のチーズが存在することが、日本ではあまり知られていない。

 牛乳あるいは羊乳のチーズを青かびで熟成させたブルーチーズでいえば、イタリアのゴルゴンゾーラはフランスのロックフォール、イギリスのスティルトンと並び、世界の三大ブルーチーズと称されている。近年は日本でもかなり人気で、そのままパンに塗って食べたり、パスタのソースに混ぜて使われたりしている。

 北伊のピエモンテ州とロンバルディア州の特産品。牛乳のみを原料とする。名前の起源はロンバルディアの州都ミラノの東、約15キロのゴルゴンゾーラ村だ。それほど歴史の古いチーズではなく、15世紀以降のものといわれる。

 普通は店で切ってもらい購入するが、原型は直径25センチ前後、高さ15センチほどの円筒型である。甘口(ドルチェ)と辛口(ピッカンテ)の2種類があり、50日ほど熟成させた甘口は、青かびの量も少なく、独特のクセはそれほどではない。

 一方、辛口は甘口の原形に針で穴をたくさん開け、内部まで青かびを浸透させ80日ほど熟成させたものだ。慣れない日本人は、匂いの強い辛口は避けた方が良い。

坂本鉄男

(2017年9月10日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ローマにもいた 露店牛耳る大親分一家 巨額の権利保持する「帝国」の実態

香具師(やし)とは、縁日などで露店や見せ物などの場所割りをする地元の顔役のことで、的屋(てきや)とも呼ばれ歴史は古い。日本独特の存在だと信じていたら、ローマにもよく似た露店の大親分一家がいることがわかった。

 秋から冬にかけ、ローマを観光で訪れた方は、スペイン広場の角をはじめとする目抜き通りの方々に露天の焼きぐり屋があるのを覚えておられるだろう。あるいは夏、観光名所に駐車して冷たい飲み物などを売っている小型バス式の野外販売店が記憶に残っているかもしれない。それらのほとんどは、「トレディチーネ一家」の下で働いている。

 ローマ市が許可した野外販売の小型バス68台のうち42台は、この一家のものだという。ある労働組合の試算によると、この販売店の権利だけで時価総額は5千万ユーロ(65億円)に上るという。

 このほか、クリスマスの時期にナボーナ広場を埋め尽くす露店や、野外劇のテントなども一家が多くの権利を持つ。市当局も口を挟めないほどだ。

 一家の初代ドナート氏は1969年に田舎から出てきて昼は労働者、夜は焼きぐり屋として働いた。人々がこの世界のうまみにまだ気づかないときに、市からさまざまな形態の権利を取り集め、「露店帝国」を築いたという。

坂本鉄男

(2017年9月3日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 代表的貝料理 コッツェの食べ方

イタリア語で「コッツェ」とはフランス語の「ムール貝」のことである。日本にも「イガイ」の名前で存在するが、小さくて食用としてはあまり一般的ではないかもしれない。イタリアのレストランで魚介類のパスタを注文すると、エビ、アサリなどのほかに、黒くてやや細長い、大ぶりのコッツェがたくさん入ってくる。案外身が小さいものも多いが、コッツェだけを注文すれば大きなものを山盛りにした皿が運ばれてくる。

 ヨーロッパの海、特にイタリアやフランスの静かな海では、いかだがずらりと並び、波に揺れている。コッツェの養殖いかだだ。いかだから海底にわらのひもを垂らし、稚貝を付着させて大きくさせる方法をとる。

 ナポリ衛生局などは、A型肝炎にかかる危険が非常に大きいとして、きれいな海水で養殖されたもの以外は生で食べないよう注意喚起している。もっとも、温度85度で15分、100度で1分煮れば安全というから、十分火を通したものを食べれば問題ない。

 一方、家庭でコッツェを料理する際は掃除が大変だ。貝からわらを引き抜き、金属たわしで貝の付着物を落とさなければならない。

 結局、レストランで食べるべき代表的貝料理の一つである。

坂本鉄男

(2017年8月27日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 放置された180万年前の鯨の化石

古くから鯨の肉を食べてきた日本人と違い、鯨と関わりのない国民、とりわけ山間部の地域住民にとって鯨の化石など全く興味がないらしい。

 奇妙な屋根を持つ石積みの家が並ぶ街アルベロベッロと並び、南イタリアの日本人観光客が必ず訪れるのが、谷の岩場の斜面を掘った「洞窟住居」で知られるマテーラだ。

 2006年の夏、マテーラから数キロの人工湖付近で農民夫婦が推定180万年前の鯨の化石を発見した。脊柱12個、脇腹の骨や顎など多数が見つかり、全長は世界最大級の25メートルに及ぶという大発見だった。しかし、その後10年間箱詰めにされ、詳しい調査が行われないまま放置されてきた。

 一方、発見者の農民は、「貴重な品物を掘り当てた場合、その価値の半分の報奨金が与えられる」と聞いていたので、しびれを切らし弁護士を立てて国を訴えた。この結果判明したのは、予算不足でこの貴重な化石を放置してきた事実だった。

 マテーラは、世界遺産に指定される洞窟住居で観光客を集め、19年には一年間にわたり集中的に各種の文化行事を展開する「欧州文化首都」にも指定されている。欧州を代表する文化都市だというのに、「世紀の大発見」といわれる化石に目を向けないのは不思議でならない。

坂本鉄男

(2017年8月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り オトコたちに朗報?

離婚の原因は洋の東西を問わず男性側の浮気がいちばん多いようだ。これまでのイタリアだと、ある程度資産家の男性に非がある場合には「元妻が死ぬまで、結婚生活時の水準を維持していくだけの扶養費を支払い続けるか、それに見合う金額の慰謝料を支払うこと」が離婚調停の成立条件の一つになることが多かった。

 例えば、イタリア有数の資産家であるベルルスコーニ元首相の場合も、長年連れ添ったベロニカ・ラリオ元夫人に対し法定別居期間中の扶養費として、1審では広大な屋敷など不動産のほか、月々300万ユーロ(約3億7千万円)を支払うよう命じられた。あまりに高すぎるとして訴えた最高裁判所でも、つい最近、減らされたとはいえ月々200万ユーロの支払い判決を受けた。

 さて、同じ最高裁は、去る5月に「離婚の慰謝料は、元妻に経済的余裕がある場合にはこれを勘案して定める」との革命的ともいえる判決を下した。イタリアでは離婚に伴う慰謝料支払いのため夫が住居を売り貧しい暮らしに陥っているケースが多いだけに、当事者の男たちにとっては“福音”ともいえる内容にちがいない。

 一方で元首相のように高額な扶養費を支払っている金持ちが、減額を求め法的措置に訴える事態も予想される。

坂本鉄男

(2017年6月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 山火事との闘い

南欧の夏は山火事との闘いである。雨が何カ月も降らず乾燥した森林が薪のように火がつきやすくなることに加え、放火が多いという問題も抱えている。

 先月も、ローマ郊外の海岸沿いにある松林が広範囲にわたって焼け、近くに別邸を持つ大統領は「放火魔には刑法を改正し厳罰を」と訴えた。放火犯の量刑は4~10年の禁錮刑と重いが過失の場合は1~5年と軽い。これまで故意を立証するのが難しく、軽い刑で終わってしまうことが多かった。

 さて、山火事の際に威力を発揮するのは、カナダの航空機メーカー、カナディア社で開発された消火用飛行艇である。最大時速250キロで現場に飛行し、大量の水を一気に投下する。給水には海や湖の水面すれすれを時速140キロで移動し、わずか12秒で6千リットルもの水をくみ上げていく。

 ただ、1機約260億円と高価なのが欠点。イタリアで稼働する同型艇16機は全て民間の所有で、国が契約を結び借り上げている。今年のように山火事が多いと、国家の支出は莫大(ばくだい)だ。

 歌舞伎や落語でおなじみの「八百屋お七」は、火事が縁で知り合った恋人に会いたい一心で放火に及び、火あぶりに処せられた。やはり、犯行には厳罰が待ち受けていることを周知させることが重要ではないか。

坂本鉄男

(2017年8月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り クレオパトラの鼻はそんなに素晴らしい?

古代ローマのジュリアス・シーザーとアントニウスの両英雄をその美貌でとりこにした絶世の美女、クレオパトラ。紀元前30年8月に毒蛇コブラに胸を噛ませて(一説には毒薬を飲んで)黄金のベッドの上で自殺した。彼女の死は、プトレマイオス朝の古代エジプト王国の滅亡を招いた。

フランスの哲学者、パスカルの有名な表現「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら世界の歴史は変わっただろう」(原文の意訳)とあるように、クレオパトラはエジプトの女王ではあったがギリシャ系の生まれで、鼻が高く目の大きい美しい容貌をしていたものと想像される。しかし、彼女の顔を描いたものは残存していない。

 現代人は、ハリウッド映画で名女優、エリザベス・テーラーが演じたクレオパトラの顔を想像するが、全然違っていたかもしれぬ。実際、パスカルもクレオパトラの美しさを評価したわけではなく、「顔の一部である鼻、すなわち些細(ささい)なことが、大きな影響を与える可能性がある」ということを意味したとも言われている。

 日本人は、鼻が低いことに劣等感を持つ必要はない。白人だって、鼻が高すぎるのを気にしている人もいるのだから。貴方の彼女の鼻が一番奇麗だと思っているほうが利口ですよ。

坂本鉄男&

(2017年8月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 食い止めた「偽装出産」

ローマの南、ラティーナ市。強盗罪で入獄したばかりの夫と面会するために妻が偽装出産を計画した。子供連れで面会を申請すると、許可される可能性が高まると考えたためだとみられる。

 妻は、悪徳仲介業者に妊娠4カ月のルーマニア人の独身女性を探してもらい、出産と同時にその赤ん坊を受け取る契約を結んだ。近所に怪しまれないように、腹に少しずつ厚い袋を巻き付けていき、妊娠しているよう装った。

 市役所の戸籍係に何度も足を運んでは、出産の届け出の方法まで尋ねる念の入れようだった。

 そして、今年2月、届けられてきた赤ん坊を見て驚いた。黒い肌だったのだ。夫婦はともに白人。妻はすぐに「約束と違う」と赤ん坊を返した。

 一方、不審に思ったのは市役所の戸籍係。出産予定日を1カ月以上過ぎたのに、あんなに熱心だった女が姿を見せない。女の自宅の近所を訪ねたが、出産したという噂はまったくなかった。

 そこで届けを受けた警察が捜査した結果、「偽装出産」が判明した次第。赤ん坊は本当の父親である、アフリカ系移民の黒人男性に引き取られた。

 仕事熱心な公務員がいたからこそ、赤子は無事であったわけである。

坂本鉄男

(2017年7月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)