坂本鉄男 イタリア便り モーツァルトは語学の天才

現在のオーストリアの都市、ザルツブルクに生まれたモーツァルト(1756~91年)は、わずか35年の短い生涯のうち約10年間を英ロンドンや仏パリなどで過ごしている。父、レオポルト(バイオリニスト、作曲家)が息子の非凡な才能に気づき、修養のため当時の音楽の主要都市に連れて回った。

 モーツァルトがこの旅行中に書いた手紙が現存し、5カ国語に及ぶ。イタリアには13~17歳の間に3回、合計720日間滞在したが、彼の書いたイタリアオペラのイタリア語は完璧である。優れた語学力以外に触れなければならない特質は驚くべき暗記力だ。

 1回目のイタリア旅行でバチカンを訪れたとき、システィーナ礼拝堂で、その見事な作曲から教皇自ら門外不出と命じたグレゴリオ・アレグリ(1582~1652年)のコーラス重唱曲「ミゼレーレ」を聴く機会を得たが、この曲をモーツァルトは1度聴いただけで暗譜し、宿に戻ると全く誤ることなく書き写したといわれている。

 18世紀の欧州には、飛行機などもちろんなく、馬車が重要な交通手段だったが、今のような国境を封鎖せざるを得ない新型コロナウイルス騒ぎはなく自由に旅行ができた。文明とは果たして進歩しているのか、それとも逆なのか疑いたくなる。

坂本鉄男

(2020年4月28日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)