坂本鉄男 イタリア便り 日本とイタリアの料理比較… 一番異なるのは何?

 日本とイタリアのテレビの料理番組を比較して一番違うのは使う肉類の種類と量である。

 日本の料理番組で使うのは豚の三枚肉やひき肉数百グラムといったところだが、イタリアでは牛・豚・鶏のほかハム・サラミなど加工品をふんだんに使う。

 実際、食肉の日本人の1人当たりの年間平均消費量は、統計がやや古い2009年度で牛肉5・9キロ、豚肉11・5キロ、鶏肉11キロ。3種で合計28・4キロだった。

 これに対し、14年のイタリアでは、牛肉20キロ、豚肉(ハム・サラミなど原料に使われるものを含めて)37・3キロ、鶏肉19キロの合計76・3キロであった。

 この数字を見ると、日本人の1人当たりの年間食肉消費量は、まだ貧しさから抜け出す途中であった40年前のイタリアの27キロにほぼ等しいことになる。

 日本では魚肉ソーセージがあるが、イタリアではソーセージといえば豚肉以外は考えられない。

  もちろん、食肉の消費量が食卓の豊かさを表すものではない。イタリアではカキやホタテの貝柱は高価で一般家庭ではなかなか手が出ないが、日本では庶民でも食べられる。

 最近、日本ではイノシシやシカの農作物被害が増大しているが、イノシシやシカの肉は料理してもハムにしてもうまい。研究の余地ありだ。

坂本鉄男

(2017年1月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り カーナビ必須の田舎にあっても食べたい有名店の味

 「年末か年始は都心の有名レストランで食事を」と考える方は多いに違いない。日本では有名レストランの大半が東京をはじめとする大都市や京都といった有名観光地の中心に集まっているが、食通の国イタリアでは少々事情が違う。

 例えば、日本でも名を知られ、ミシュランでも2つ星の「ビッサーニ」は、ローマから高速道路を含め片道約130キロの片田舎にある。今でこそ小人数なら宿泊できるが、以前は夕食に行くとローマへの帰宅は夜中の1時過ぎになることが多かった。

 川魚料理で名をはせ、ミシュランの2つ星を取っている「ラ・トロータ」もローマから片道約90キロの田舎の一軒家で、カーナビがなければ到達不可能だ。

 1年に1度は行くローマから車で100キロのトスカーナ南部の温泉ホテルの周辺にも、舗装されていない田舎道を15キロほど走る人里離れた山の中に、腕の良い若手シェフの1つ星レストランが2軒ある。

 ここで紹介した2つ星レストランと1つ星レストランのいずれもがオーナー自身の所有で、高い地代や家賃を料理の皿に盛る必要がない。それだけに値段はリーズナブルだ。

 日本でも、場所は不便でも味で勝負するレストランがもっとできてよいのではないか。

坂本鉄男

(2016年12月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 愛人をめぐる富豪の遺産相続権争い 実は人ごとではない?

 日本でもイタリアでも、最近の民法改正により嫡出子と婚外子の相続権がほぼ平等になった。この新民法の相続権が過去に遡(さかのぼ)って効力があるかどうかをめぐり、ニューヨーク大とフィレンツェの一家の間で、市郊外の大邸宅と敷地、邸宅内の美術品に関する裁判が数年前から行われている。

 大邸宅と数々の美術品の持ち主だった英国人の美術研究家、ハロルド・アクトン氏は1994年、死去に際し、身内がいないことを理由に全ての財産をニューヨーク大に寄贈した。以後、この館は同大の欧州の研究拠点になってきた。

 ところが、ハロルド氏の父で美術品収集家だった富豪のアーサー・アクトン氏には、フィレンツェ出身の女性の愛人がいて、娘1人をもうけていたのである。この愛人の孫たちが時価4億ユーロ(約480億円)以上と推定される遺産の相続権を主張しているのだ。

 大学側は、正当な手続きを経て寄贈されたものだとして、あくまで法廷闘争を続けるつもりだし、元愛人の孫たちも、新民法の効力は過去に遡及(そきゅう)すると主張し、遺産の半額を求めて争うつもりらしい。

 巨額の財産を持たない庶民には関係がないにしても、洋の東西、身のまわりをきれいにして死ぬことは大切であることを痛感させる。

坂本鉄男

(2016年12月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 修道院に入りたくない!? 修道女が激減中のカトリック教会の行く末は…

 ローマ法王フランシスコは、法王に就任するや直ちに歴代の法王の居館からバチカン市国内の狭い宿泊施設に移るなど、驚異的な実行力で法王庁内とカトリック教会全体の改革を進めている。

 だが、肝心のカトリック教会内部では、洗礼を授け、ざんげを聞き、ミサをつかさどるなど、信者と最も接触する司祭と、世界各地で布教のみならず救済や教育活動に当たってきた修道女の数が激減しているのだという。

 この現象は、昔からカトリック教会の中心を形成してきた西欧諸国で顕著だ。イタリアでは2002年から10年間で司祭の数が8千人、スペインでも3千人減った。

 また、修道女は、同時期にイタリアで2万人、スペインでは1万人減少した。これは、若者を中心とする教会離れにより、神学校や修道院に入り信仰生活に生涯をささげようとする志願者が減ってきたためだ。

 このため、昔は西欧諸国の司祭は自国出身者が多かったが、今ではアフリカやアジア、中南米出身の司祭が目立つようになり、修道女も同じように欧州以外の出身者が大勢を占めている。

 今後、カトリック教会の中心は西欧出身者から南米やアジアやアフリカ出身者に移る可能性が高い。

坂本鉄男

(2016年12月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り かのアウグストゥスでさえ願った「安楽死」 望みますか

 2千年前の初代ローマ皇帝アウグストゥスでさえ、苦しまずに死ぬ「安楽死」を願い、安楽死を意味するギリシャ語「エウタナシア」をいつも口にしていたと歴史家は伝えている。

 だが現在、安楽死を法的に認めている国はスイス、オランダ、ベルギーなどごくわずかである。最近、ベルギーで17歳の末期患者に未成年者として初めて安楽死が認められ、大問題になった。

 神から授けられた生命の尊厳を重んじるローマ法王庁は、ただちに激しく非難したが、イタリアでは、この問題はこれまでほとんどタブー視されてきた。

 とはいえ、実際には年間100人以上がスイスに安楽死のための片道旅行に赴くといわれる。また、患者とその親族と医師との暗黙の了解の下、延命治療をせず、苦しまずに死を迎えさせる例は数多くあると推定されている。

 こうした社会情勢を踏まえ、今年1月末にイタリア下院の各党代表会議で、近い将来に国会で安楽死を討議することが決まった。しかし、現時点ではこれが討議される見通しは立っておらず、ましてや「安楽死法案」が可決されるとは全く考えられない。

 だが、世界的に高齢化が進む現在、問題が提起されたこと自体、一歩前進といえるのではないか。

坂本鉄男

(2016年11月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 古代ローマよりも退化するトイレ事情

 日本のようにデパート、スーパー、喫茶店はもちろんのこと、新幹線でも広くて清潔なトイレが完備されている国は世界でもまれである。こうした国に住み慣れ、しかも外国人より小水の頻度が多いであろう日本人が、イタリアを旅行中にトイレが見つからずに困ることがよくある。

 ローマで約40年前、この日本人の弱点を見抜き、立派なトイレを店内につくって日本人団体客を集め、大成功した革製品店があった。だが近年、フィレンツェの喫茶店業界が「バール(立ち飲み喫茶店)などは観光客にトイレを開放せよ」との市条例に反対し、行政裁判所から「自分の店の客だけに開放するのは当然」との判決を勝ち取り、物議をかもした。

 今年の1月にはローマ中心部の古い建物が、1階に土産物店などを含む有料トイレをつくろうとしたが、建物の下に古代ローマの暴君で知られた皇帝ネロの遺跡があることから大反対にあい、計画は立ち消えになった。施設運営者は観光客用トイレの不足から思いついただけで、ネロ帝の遺跡に直接糞(ふん)尿を流すわけでもないのに…。

 ポンペイなど古代ローマの都市遺跡には約2千年前の立派な公共トイレが残っている。現代のイタリアは文明的にむしろ退化していると思ってしまう。

坂本鉄男

(2016年11月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 怖いものの1番は

 「地震、雷、火事、おやじ」とは、昔の人はうまいことを言ったものだ。

 さる8月24日の「アマトリーチェ風スパゲティ」の発祥地一帯を襲った大きな地震が引き金となり、このところイタリア半島を北から南に縦断するアペニン山脈の中部に沿った地震帯を震源とする、強い地震が続いている。

 10月26日の夕刻に2回起きたマグニチュード(M)5~6強の地震は、山間部の多くの小村に、壊滅的な被害をもたらした。

 また、30日朝のM6・6の強震は、カトリック教の大聖人ベネディクトの生地、ノルチャ町の大聖堂を崩壊させた。

 しかも、ある地震学者は、「アペニン山脈に沿った3本の地震帯の一番大きな1本がまだ動いておらず、危険はまだ続く」と警告するのだから、全く油断はできない。

 そればかりではない。各地で地震がある度に、約100キロ離れたローマも大きな揺れに襲われた。

 30日の地震では4大寺院の一つの正面上部に亀裂を生じさせ、地下鉄もストップした。

 地震国日本で生まれ育った私でも、地震の度に大きく揺れる客間のシャンデリアを眺めていると、「怖いものの1番は地震」という、昔の人の教えは正しいと痛感する。

坂本鉄男

(2016年11月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り マフィアの別宅で見つかった「ゴッホ」

 さる9月下旬、ナポリから約30キロ離れたソレント半島の根元の町で、国際的麻薬取引犯の別宅に踏み込んだナポリ警察の捜査官は、無造作に掛けてあった2枚の絵に目を見張った。14年前の2002年12月、アムステルダムのゴッホ美術館で盗まれ、世界中で捜していたゴッホの作品ではないか。

 発見の報を受け、鑑定のためオランダから駆けつけた同美術館の館長が、時価1億ドル(約105億円)といわれる2枚の作品を前に感動したのも無理はない。麻薬犯がどのような経路でこの2枚の名画を入手したかはハッキリしないが、莫大(ばくだい)な金額を支払ったことは間違いない。

 彼らのイタリア内外の不動産投資はつとに知られているが、著名美術品にまで手を伸ばすとは。国際的麻薬組織の資金力がいかにすさまじいか想像できよう。

 ここで思い出すのは1969年10月、シチリアの州都パレルモの寺院から盗まれ、いまだに発見されないカラバッジョの名画である。

 当時のシチリアはマフィア勢力が全盛を誇っており、作品は彼らに盗まれたといわれていた。結局、あまりにも名高い絵画に手を焼いて処分してしまったのかもしれない。今回見つかったゴッホの作品が同じような運命をたどらなかったのは幸いであった。

坂本鉄男

(2016年10月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り いくら美しくても「菊の花束」はイタリア人の家には絶対NG

 日本人にとって春の花の代表は桜であり、秋の花の代表は菊である。日本には昔から数百種の自生の野菊があり、よもぎ餅の材料のヨモギも仲間の一つだ。菊は平安時代から観賞用植物として、あるいは薬用植物として栽培されてきた。現在も日本中に菊の愛好会があり、毎年品評会が催されている。

 また、後鳥羽上皇(1180~1239年)が菊の花を愛し、自分の調度品に菊の花の模様をつけさせたことから、菊の花は皇室の御紋となったといわれる。

 イタリアでも古代より菊の葉は胆汁の分泌を促し、たんを切る効果があるほか、除虫効果もある薬用植物として栽培されていた。

 ただし、イタリアではこの美しい花は観賞用の用途はほとんどないと言ってよい。理由は、菊の花の最盛期が11月2日のカトリック教会暦の「死者を記念する日」に近いためである。

 イタリア人は日本人より墓参をよくする国民であるため、10月下旬からは墓地の近くの花屋は色とりどりの美しい菊の花で埋め尽くされ、墓地も菊の花だらけになる。

 当然ながら菊花の値段が一番高い季節でもある。イタリア人の家を訪問する際は、いくら美しくても菊の花束を持参することは絶対になさいませんように。

坂本鉄男

(2016年10月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り イタリア人はパンを食べない? 東欧から輸入の安い冷凍パンのせい

 新米のおいしい季節になった。とはいえ、日本では食生活や好みの変化で米の消費量は減少している。同様にイタリアでもパンの消費量が急激に減っている。

 国が貧しかった時代には、日本でもイタリアでも国民は主食、つまりご飯やパンで腹をいっぱいにしていた。実際、今から150年前のイタリアでは、1人平均1日当たり1キロのパンを消費していたという。それが、ある調査では、1980年には230グラムとなり、2015年には85グラムにまで減った。つまり1年間に30キロ強と、150年前の1カ月分の消費量と同程度にまで落ち込んでいる。

 だが、この減少傾向はまだ続くものと思われる。昔は、日本のどこにいっても、いろいろな品種の米を精米して売っている米屋があった。同じように、イタリアでは、どこの町内にも朝早くからかぐわしい匂いを漂わせるパン屋があったものだ。

 結局、消費者離れによる専門店の減少で、日本でも米をスーパーで買うのと同じようにイタリアでも工場で大量生産されるパンをスーパーや食料品店で購入するのが普通になっている。

 生き残っているイタリアのパン屋にとっての脅威は、東欧から輸入される安い冷凍パンであるという。気の毒にもパン屋の悩みは尽きることがなさそうだ。

坂本鉄男

(2016年10月16日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

あきらめの悪いイタリア男… ストーカー被害が年に1300件 洋の東西で消えぬ男尊女卑の名残

 日本で最近「元カレ」によるストーカー事件から発展した殺人事件や、元カレや元夫の復縁を拒絶したあげくの殺人事件が急増しているが、これは一種の世界的現象かもしれない。

 イタリアでも昨年度中に、前述のような原因で約155人の女性が殺害された。今年も既に約60人の女性が殺されている。昨年は、困った女性用の駆け込み相談電話に、夫や元カレからの暴行事件8800件、ストーカー被害1300件の相談があったが、警察への届け出は全体の10%に満たなかったという。

 ローマでは5月下旬の深夜に、むごい殺人事件が起こった。ローマ大学の女子学生(22)が、それまで交際していた男(27)を捨てて別の男性と付き合い始めたところ、彼女をあきらめ切れない男が新しい相手の家から帰る途中の彼女を待ち伏せし、車にガソリンをかけて炎上させたほか、逃げる彼女も焼き殺してしまった。

 この種の原因で、洋の東西で多くの女性が殺され、暴行を受けているのは何故なのだろうか? ある社会学者は「男尊女卑の名残で、いまだに多くの男性が一度付き合った女性を自分の所有物のように考えるため」としている。

 世の中の女性は、思い切りの悪い男が非常に多いことを知るべきだ。

坂本鉄男

(2016年10月9日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 真実の口の拝観料

 ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の柱廊にある彫刻「真実の口」は、映画「ローマの休日」でグレゴリー・ペックがオードリー・ヘプバーンを驚かそうと、口に入れた手が抜けなくなる演技をして有名になって以来、観光客の聖地になっている。

 ところが、さる8月、教会側が「建物の維持・修復費」の理由で口に手を入れて記念写真を撮る観光客から1人2ユーロ(約220円)の料金を徴収するようになった。早速、観光ガイド組合は「彫刻そのものに宗教的な意味はなく、これまで通り無料とするのが当然だ」と抗議した。

 ミケランジェロの「ピエタ」像のあるサン・ピエトロ大聖堂をはじめ、カトリックの教会は、原則として入場無料である。結局、ローマ司教区が介入して、再び「お布施入れ」を残して無料に戻った。

 日本に詳しい友人が言った。「君、そんなことを言っても京都や奈良のお寺を考えてごらん。大人1人500円が普通で、苔寺は入場予約が必要な上、1人3000円も取るんだぜ。お寺さんだって維持・管理費の捻出で大変なんだよ。220円なら日本の半額ではないか」と教会側に理解を示した。言われてみればそうかもしれない。観光客はなにがしかのお布施を入れるべきなのかもしれない。

坂本鉄男

(2016年10月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 行方不明者、今どこに…死体を薬品で溶かされるケースも

 夏は家出人、つまり行方不明者が増えるシーズンである。日本の警察庁によると、平成27年に受理した行方不明者届は8万2035人で、所在が確認される不明者も最近、年間8万人前後で推移しているという。海に囲まれていて勝手に出国できない上、警察組織が発達していることが背景にあろう。

 イタリアでは最近、行方不明者が増加し、2015年末現在で3万5千人と前年比で5千人も増えたが、日本とは内容が異なる。大部分は東欧や中近東、アフリカなどから移住してきた外国人で、家族全員を置き去りにしたり、子供だけ連れて帰国したりするケースが多い。

 一方、イタリア人の行方不明者は約8千人で大部分が男性である。手続きをせず国を出て姿を消す者、山などでの自殺者のほか、事故や誘拐事件に巻き込まれて殺された者も含まれると想像される。

 1983年6月、バチカン市国内に両親と一緒に住んでいたエマヌエーラ・オルランドさん(当時15歳)は、ローマ市の中心から1・5キロの人通りの多い道を自宅に帰る途中で行方不明になり、いまだに消息が分からない。

 実際、親への報復としてマフィアに殺され、死体を薬品で溶かされた少年のケースもあるから恐ろしい。

坂本鉄男

(2016年9月18日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 危険な山登り… 「保険は常識」とならないものか

 「なぜ山に登るの?」と聞かれ、著名な登山家の言葉をまねて「そこに山があるからだ」と答える人もいるようだ。「危険に備え、万全の用意をしているから登るのさ」と答えられないものだろうか。

 登山は危険を伴うスポーツである。イタリアとフランス、スイス、オーストリアとの国境に連なるアルプス山脈とその支脈は、世界中の登山家の名所であるが、危険な高山も多い。危険が比較的少ない夏場でも、今年の7、8月の2カ月間で、遭難による死者が45人も出ている。

 日本でも山登りが一種のブームになっているが、遭難しても、自衛隊や都道府県警察の救助隊がヘリコプターで救援に来てくれる、と安易に考える向きもあるらしい。

 このため、軽々しい考えで山に登り遭難した者には、救出実費を請求すべきだと考える人もいる。実際、民間の救助隊を頼むと1人当たりの日当5万円以上、民間ヘリなら1時間約50万円という事例もあるそうで、莫大(ばくだい)な額になる。

 イタリアでは州ごとに救助費用が若干異なり、例えばベネト州の場合は重傷者は最高自己負担額が7000ユーロ(約80万円)と決められている。

 登山にも保険がある。登山家が「保険を掛けるのは常識」というふうにならないものか。

坂本鉄男

(2016年9月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 求む、笛吹き男

 新興政党「五つ星運動」はローマ市長の座と市議会を制覇したが、党内分裂で市民が期待した市政刷新はおろか、ゴミ収集やバス、地下鉄など市営交通の状況も一向に改善されない。

 先日、ローマの下町トラステベレで、友人とワインを飲んでいた47歳の女性が足の親指を大きなネズミにかまれた。放置されたゴミに群がるネズミを見かけることはあったが、人が襲われたのは初めてである。

 幼いときに読んだグリム童話「ハーメルンの笛吹き男」を思い出した。

 伝承によると、1284年、ドイツの町ハーメルンは大繁殖したネズミに悩まされていた。そこへ笛を手にした男が現れ、「報酬をくれるならネズミを退治しよう」と申し出た。町の人々が承諾し、男が笛を吹くと、町中のネズミが集まり、男に川の中に導かれて溺死した。

 だが、人々は男に約束の報酬を与えなかった。ある日、男が再び現れ笛を吹き始めると、町中の子供が集まり男の後に従って山の洞窟の中に消え、二度と帰ってこなかったという。

 ローマに限らず、ネズミの被害に悩まされる都市、公約を守らない政治家の多い都市、腐敗職員の多い都市の市民らは、どんなにか「ハーメルンの笛吹き男」の出現を待ちわびていることか分からない。

坂本鉄男

(2016年9月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り テロだけでなくマフィアから汚職摘発まで大活躍 日本でも盗聴と隠しカメラの導入はいかが

 最近、日本を含め世界中で残虐なテロ事件や大量殺傷事件が連続して起こっている。これらのテロリストや犯罪者の割り出し、逮捕につながったのは、街中や幹線道路、駅をはじめとするさまざまな場所に設置された、防犯カメラの画像解析によるものが大部分である。

 イタリアの新聞・テレビは、テロ事件ばかりでなく、連日のように汚職や犯罪の犯人摘発を報道している。その際、重要な役割を担った摘発手段は、電話盗聴と隠しカメラによる証拠固めである。

 先日も警察の元締めである内務大臣の親族に便宜供与の容疑が掛けられたが、これも彼の父親への電話盗聴によるものであった。内相は「80歳を超えた老人のたわごとを信じるとは」と憤慨したが、捜査ともなれば首相や内相の家族といえども電話盗聴を辞さないことが分かる。

 もちろん、昔からイタリア社会を食い荒らし国家権力に対抗するマフィア組織の頻繁なる摘発もほとんどが電話盗聴によるものである。

 わが国でも、日本社会をむしばむ政治家の汚職、暴力団や麻薬の取り締まりなどには、たとえ善良な市民の一部の自由を脅かすとはいえ“イタリア方式”を導入するのも良策ではないかと思ってしまうのだが。

坂本鉄男

(2016年9月4日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 「道路は車庫」だから路上駐車だらけ

 夏休みシーズンたけなわだというのに、ローマの市中の道路の両側を埋め尽くす自動車の数がそれほど減らない。避暑にはほとんどの人が自家用車で行くが、それでも路上駐車が減らないのは、一家に1台以上の車がある家庭が多いためだ。

 ローマ郊外に住む知人の家では、夫婦と子供3人がそれぞれ車を持っているが、路上駐車するので車庫がなくても問題はない。

 統計によると2014年度のヨーロッパの大・中都市の車の平均台数は、人口1千人当たり489台だったのに対し、イタリアは610台だった。他の国々では公共交通機関の発達によりこの割合は減少傾向にあるが、市内の公共交通機関の発達が遅れているイタリアでは反対である。

 市交通局のでたらめ経営により、ローマのわが家の近くを走る市営バスは路線が2本から1本に減らされた上、運行本数も減った。これでは、昨年度の通勤手段調査で「自家用車74・3%」「徒歩11・8%」「公共輸送機関11・3%」の結果が出るのも当然だ。

 イタリア人の多くは、ぜいたくとの偏見によりタクシーは利用せず、路上駐車に慣れた結果、車庫を持たず、有料駐車場の利用も嫌う。これではイタリア中の道路の両側が路上駐車でいっぱいになるわけだ。

坂本鉄男

(2016年8月21日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り ローマ法王の「生前退位」

 日本の天皇陛下とローマ法王は生涯在位と思われがちだが、ローマ法王の方が自由があるようだ。455年ぶりに非イタリア人法王となったポーランド出身の先々代(第264代)法王、ヨハネ・パウロ2世は、反共の闘士で、在位中に東欧系の刺客の凶弾を受け重傷を負ったこともあった。84歳で死去なさるまで病身にむちを打ち、法王の激務を果たされる姿は気の毒としかいいようがなかった。

 一方、次のドイツ出身の神学者、第265代法王ベネディクト16世は、就任から8年が過ぎようとしていた2013年2月の枢機卿会議の席上で突然、「自分は高齢で体力に自信がなく、この決心は教会のためでもある」と「生前退位」を表明したのである。

 ローマ教会史上、法王の自由な意思による「生前退位」の前例は約700年前に遡(さかのぼ)るだけに、大きな波紋を生じた。

 だが、教会法第332条は「法王が自分の自由意思により、しかも正式な形でその意思を表明された場合は退位を認める」と定めているのである。

 退位後、ベネディクト16世は「名誉法王」の新しい称号で、バチカン市国内の建物で暮らしている。

 今後、法王の高齢化が進めば、前法王の事例は良き前例となるかもしれない。

坂本鉄男

(2016年8月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り お金に執着のない人たちが作る修道院ビールの喉ごし

 「トラピスト修道院」と聞くと、「函館の近くにあるバターやビスケットで有名な修道院だ」と思う人もいるかもしれない。だが、ヨーロッパの、特にベルギーの幾つかのトラピスト修道院(カトリック修道会の一つで厳律シトー会修道院の別称)では、牧畜や農産物から作った食品のほかに、本当の手作りビール、それも「国際トラピスト協会」の厳密な検査を受け、特別なマークの使用が許されたビールを造っている。

 ローマ市の南にあるこの派の修道院は、南欧で唯一の特別ビール製造所を持っている。

 10人のシトー会修道士たちが16ヘクタールの土地を耕し、純粋な原料で作るチョコレートやジャムやオリーブ油などで以前から有名だった。だが、何年か前からビールの醸造に乗り出したところ、長年の食品製造で鍛えた味覚の持ち主たちだけあって、見事な味のビールを造ることに成功した。

 ただ、お金には執着のない修道士たちだけに、他の収益と同様、ビールの収益も修道院の運営経費と慈善活動の足しにするだけで満足している。

 このため、せっかくのうまいビールも、どれだけ購入希望者がいようとお構いなしに、年間1万リットルしか造らない。もっとも、こうしたところに味の秘密があるのかもしれない。

坂本鉄男

(2016年7月31日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

坂本鉄男 イタリア便り 長寿国に異変あり

 イタリアは世界一の長寿国日本に次いで、またスイス、スペインなどと並んで長寿国に数えられてきた。実際、イタリアの新聞によると現在、世界一の長寿者は1899年生まれのイタリア女性、エマ・モラノさんで116歳である。

 イタリアには100歳以上の高齢者が2万人いる。だが、最近のイタリア統計局の発表によると、2015年の平均寿命は男性が80・1歳と前年比で0・2歳減、女性も84・7歳で0・3歳減だった。このような平均寿命の低下現象は、イタリアでは第二次大戦後初めてだそうだ。

 ある有力日刊紙は、寿命低下の原因を「長年の不況のため」と指摘する。だが、有力調査機関Doxaの15年の調査によると、イタリア人の住居の平均面積は104平方メートルで、80%が持ち家だとされる。

 また、統計局の発表によると昨年度の1世帯の平均月間支出は2500ユーロ(約30万円)だったという。これでは寿命低下が不況のためだとは思えない。考えられる原因は、生活習慣病の蔓延(まんえん)のようだ。

 この点、日本人の平均寿命が長いのは、他の国とは比較にならぬ程に充実した健康保険制度と、設備の整った公的医療機関、公的介護システムが理由に挙げられる。日本人は幸せだ。

坂本鉄男

(2016年7月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)