坂本鉄男 イタリア便り 職業に貴賤はない

 わが国では「駅弁大学」の名前が生まれたほど各地に公立・私立大学が乱立し、大学出身者でも、ひと昔前なら旧制の中・高卒の職種に就職するのが普通になった。

 だが、日本と比べ大学の数が少なかったイタリアでは、大卒者は「デスクワーク」に就くのが当然と思われてきた。しかし最近は大学の数が激増して大卒があふれ出し、しかも大不況を迎えると職のより好みなど不可能になってきた。

 例えば、最近、文化財省が行った守衛採用試験である。イタリアには国立・公立・私立を合計して3340もの博物館・美術館・遺跡がある。その職員総数約1万2千人のうち、今年と来年で約1割の退職者が見込まれている。

 このため、手始めに400人の守衛公募を行ったのだが、なんと応募者が約16万人、書類選考合格者が5万人以上、最終試験の筆記・面接試験に合格した者は397人であった。しかも、専門職の学芸員ではない守衛試験の合格者の90%が大学卒であった。

 イタリアの博物館のように所蔵品のごく一部が陳列され、残りは倉庫で半永久的に眠っているものが多ければ、美術や考古学に興味のある人には格好の職場である。イタリアの大学卒にも「職業に貴賤(きせん)はない」ことが分かってきたのであれば幸いだ。

坂本鉄男
(12月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)