坂本鉄男 イタリア便り 別荘よりも海外旅行

 毎年6月になると、なじみの理髪店の主人が、この時期のお決まりの文句のように「夏休みは日本ですか」と尋ねてくる。

 ローマでは想像できない日本の夏の蒸し暑さなどを説明するのも面倒だから、こちらも主人が150キロ離れた山村に小さな家を持ち、そこで20日間の夏休みを過ごすのを知っているくせに、毎年同じように「あなたはどこに行くの」と聞き返す。

 イタリア人は海や山に、別荘を持つのが好きだ。多くは小さなマンションで、全国の総数3200万軒の個人住宅のうち300万軒以上がバカンス用の家だといわれてきた。今も、海辺や山間のリゾート地には住宅の建設が続いている。

 お金持ちは隣国のモナコやフランスに住宅を持つのがはやりだった。しかし、最近は、ドル安で住宅の値段が下がったことから、米国に住宅を購入するのもブームとなっている。

 これだけの数の別荘があるのだから、夏休みは、別荘で一家だんらんの時を過ごす家族が多い。だが、近ごろ、格安の航空路線ができ、高速道路網が発達したため、若者は、親が汗水流して手に入れ、子供のころから行き慣れた別荘に飽きて、海外旅行を楽しむ者が多くなっている。

 今に、イタリアの海と山には売り別荘があふれるに違いない。

坂本鉄男
(7月31日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)