坂本鉄男 イタリア便り 気の毒な生誕200年

  去る12月7日、ミラノ・スカラ座の今シーズンが、ヴェルディ(1813~1901年)生誕200年祭の最後を飾り、彼の傑作オペラ「椿姫」で幕を開けた。だが、実況中継を見て、ヴェルディが気の毒になった。

 このオペラは、アレクサンドル・デュマ(息子の方)が書いた戯曲に基づく。当時のパリで、美貌で評判を得ながら肺結核のために早世した高級娼婦(しょうふ)の物語だ。この劇を見たヴェルディの依頼を受けたリブレット(オペラ台本)作家ピアーベは、1800年代前半の社交界の退廃的な一面を背景に、女主人公ヴィオレッタと田舎貴族の純情な青年アルフレードとの純愛物語を書き上げた。ヴェルディはこの台本を元にして、現在も世界中で愛されているオペラ「椿姫」を作曲したのである。

 だが、今回のスカラ座の「椿姫」は、ロシア人演出家によって舞台も衣装も現代風にアレンジされ、ヴェルディが用いた台本はほとんど無視されていた。オペラが終わって演出家が舞台に現れると、客から激しいヤジを浴びたが当然である。オペラの台本を無視し現代化することがはやっているが、伝統文化に対する冒涜(ぼうとく)といえよう。このオペラ台本の対訳・解説書を音楽之友社から出している私には、なおさら大作曲家が気の毒になったわけだ。

坂本鉄男

(1月12日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)