坂本鉄男 イタリア便り しのぎ削る大理石論争

バチカンのサン・ピエトロ寺院を訪れる観光客がまず見物するのはミケランジェロ(1475~1564年)の「ピエタ」像だ。死んだわが子イエスを膝にのせて嘆く聖母が表現された真っ白な大理石像は、まるで昨日彫られたように美しい。

ミケランジェロは大理石像を彫るとき、自らトスカーナ州の西部、ティレニア海を望むアプアナ山系の大理石採掘場に赴き、巨大な大理石の固まりを選別したという。

アプアナ山系は平均1300メートルの山々が連なり、総面積数千ヘクタールの山々は全て大理石だといわれている。今では大理石は石像用としてよりも、床や壁面用の建築材料としての用途が主だ。カッラーラ市を中心とする約300の採掘場からは、年間1千万トン以上が世界各国に輸出され、イタリアの外貨獲得に大きな貢献をしている。

だが、何世紀にも及ぶ乱掘のため山頂の大理石層を削られた山々は姿を変え、むき出しの大理石が雪に覆われたかのような景観を呈している。

トスカーナ州議会は昨年、環境保全のため新規の採掘場をつくるのを禁止しようと考えたが、採掘業者は外貨獲得源と1万5千人の雇用を奪うとして反対している。どちらの言い分も正しいだけに、解決の難しい問題だ。

坂本鉄男

(2015年3月29日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)