坂本鉄男 イタリア便り 狭き「裸の楽園」

 昔、知人の美女が「沖に出てビキニをはずし裸で泳ぐと、本当に自由になった気がする」と言ったことがあった。

 泳ぎが下手で沖に出ることなんかできない私は、不埒(ふらち)にもこのイタリア人美女がスッポンポンで泳ぐ姿を想像しながら「それならいっそのこと、ヌーディストになればいいじゃないか」と返事したことを思い出す。

 ヌーディズム(裸体主義)運動は、ドイツで1920年代から始まり、特に第二次大戦後、欧州や米国に広がったが、保守的なイタリアでは発達していない。

 最近のイタリアの有力紙によると、米国は4千万人、ヨーロッパは2千万人でその内、イタリアは40万人というがそれぞれゼロが1つ多い気がする。

 本来のヌーディズムは人為的な衣服から解放され、自然のままの姿で生活することだが、そんなことは不可能で夏休みに海岸などで裸体生活を楽しむだけ。

 ヨーロッパには600カ所以上のヌーディスト専用の施設があるが、イタリアには十数カ所しかない。しかも、その中で一番古い北部ラベンナ近くの美しい海岸が住民の偏見で閉鎖されるという。

 胸と下腹部を申しわけ程度に覆うビキニの細い布と裸体とのあいだには計り知れない距離があるわけだ。

坂本鉄男
(8月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)