坂本鉄男 イタリア便り 毛生え薬

 「日本には良い毛生え薬はないだろうか」。頭髪の薄さを気にする若者を親戚にもつイタリア人の友人に尋ねられた。

 ハリウッドの名優ユル・ブリンナーの精悍(せいかん)な顔つきとテカテカの頭を見て、男らしさを感じてきた私は、「そんなものないよ。毛生え薬が発明されたらノーベル賞ものだといわれている。むしろ、ユル・ブリンナーのような頭をもつことを誇りに思うように言ってやってくれ」と答えた。

 歴史上、「はげ」を気にした英雄は少なくない。古代ローマの歴史家スエトニウスの「ローマ皇帝伝」によると、ジュリアス・シーザーは、少ない頭髪を頭のてっぺんから額の方になで下ろし、少しでも毛があるように見せかけていた。

 まさに、イタリアの前首相ベルルスコーニ氏が、大金をかけて植毛手術を受ける前にやっていた方法と同じである。このため、シーザーは元老院から贈られた名誉の中で、月桂冠を終身かぶれる権利ほど喜んで受け入れたものはなかったとも記されている。

 当時、カツラ会社があったなら、社長は城主に任命されていたかもしれない。ちなみに、一言付け加えれば、シーザーは精力絶倫で、男色家でもあったという。ベルルスコーニ氏もまた、若い女性が好きで数々の問題を起こしてきた。

坂本鉄男
(3月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)