坂本鉄男 イタリア便り 赤い靴の職人

 赤い靴といっても野口雨情の詩に作曲された童謡「赤い靴」のことではない。ローマ法王の靴のことである。
 新法王フランシスコは清貧をモットーとする。アルゼンチンのブエノスアイレスの大司教時代、立派な大司教館に住まず、そばの小さなアパートで自炊し、大司教用の公用車にも乗らずバスと地下鉄を利用していた。
 法王に即位してからも、首から下げる十字架は従来の伝統だった純金製でなく鉄製のものを用い、儀式用の衣装も華美を避け、特製の赤い靴も履いていない。
 法王の靴が赤いのは、血潮の色で表される殉教者への敬意を示すとされている。
 最近の法王用特製靴の製作者は、先々代の法王ヨハネ・パウロ2世が病気のため足元がおぼつかない様子を見て、履きやすい靴を製作して献上した北伊ノバラ市の靴職人だ。
 前法王ベネディクト16世には、8年間の在位中に牛革製の赤い靴5足のほか、室内履きと登山靴2足を献上したそうで、「前法王の靴の裏がすり減っているのを見て、よくこんなにお履きくださったと職人冥利(みょうり)に尽きた」と語っている。新法王は現在履いている型の崩れた黒い古靴をどんな靴に替えるのだろう。
坂本鉄男
(4月7日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)