坂本鉄男 イタリア便り バチカン“貸し切り”

「世界の美術遺産ともいえるシスティーナ礼拝堂を賃貸しした」と言っても、これは単なる金もうけの話ではない。法王フランシスコは、前々から「バチカンの財宝は慈善のために役立てたい」と言ってきたが、その最初の例である。

先月中旬のある土曜日の夕刻、システィーナ礼拝堂で僅か40人の聴衆のために、ロッシーニ(1792~1868)の「小荘厳ミサ曲」がローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団付属のコーラスにより演奏された。法王選挙など重要な会議や儀式が行われるばかりでなく、ミケランジェロの天井画と大壁画で名高い場所である。

年間600万人、毎日1万5千人の参観者が訪れる礼拝堂を“独占”した40人の聴衆とは、ドイツの高級車メーカー、ポルシェの組織する旅行クラブのローマツアーのメンバーであった。豪華演奏会のため会社がバチカンに寄付した金額は公表されていないが、相当なものであったに違いない。メンバーが支払った入場料も1人5千ユーロ(約70万円)というから、普通のバチカン博物館の入場料16ユーロとは桁違いである。

金持ちからの浄財を貧しい人々に恵むという考えは、大司教時代に毎晩隠れて貧者にお金を恵んでいたという法王でなければ、生まれてこなかったのではないか。

坂本鉄男

(2014年11月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)